翔太と猫のインサイトの夏休み 哲学的諸問題へのいざない
永井均(著)
/ちくま学芸文庫
この作品のレビュー
平均 4.2 (52件のレビュー)
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永井均は、大学一回生の頃に『転校生とブラックジャック』を読んで一目惚れし、それ以来ずっと気になっている哲学者である。とは言え、彼の著作は今までほとんど読めていない。それは、彼の著作に挑むには、かなり…の勇気を要するからだ!
本書は、副題に「哲学的諸問題へのいざない」とあることからも分かるように、哲学の入門書である。読むのに哲学の特別な知識は必要でない。中学生の翔太と猫のインサイトが対話をする中で考えを深めていくという内容になっている。だが、この設定や可愛らしい表紙に騙されてはいけない。入門書と言いつつも非常に本質的な議論が展開され、読者は、普段の生活のなかでは気にも留めなかったがよくよく考えてみると不思議な問題について自分の頭でトコトン考える営みに誘われる。レビューの最初に「永井均を読むには勇気を要する」と書いたのはこれである。つまり、生半可な覚悟で読み始めると目は紙面を滑るだけで議論を追えず、ましてや自分の考えを深めることなどできず、ただ時間を浪費するだけになりかねない(僕自身の経験です笑)。哲学は、決して知識の羅列ではなく、自分の頭で考え続ける営みそのものだ、ということに気づかせてくれる一冊だ。
・p.11 少し前に書いた『鬼滅の刃無限列車編』のレビューと偶然にも関連している。
・p.32 「立花由美」が生まれてから死ぬまでに一度も怒ったことがないのに、(彼女を怒らせる出来事がなかっただけで)彼女は実は怒りんぼうだったということが有り得るかという問題について。「怒りやすさ」のアナロジーとして「才能」が思い浮かんだ。例えば、「何に才能があるか分からないから色々なことを経験するべき」という言説があるが、これは暗黙のうちに才能というものの実在を仮定している。現実としてあるのは、「人物AがあることBをして上手くいった」ということだけで、それを後から見て「AはBに才能があった(だから上手くいった)」と言っているだけなのに。そういう言い方をすると、人の一生は予め決まっているのだ、みたいな決定論・運命論に繋がってくる。あたかも実在があるかのように言っていることは、身の回りにたくさんある気がする。そのほとんどは別に実在的だろうがそうでなかろうが特に困らないだろうが、才能のようなセンシティブな事柄については慎重にならなければならないように感じた。
・p.35「自然な」超越とはなんだろうか?何をもってその自然さは妥当なものとされるのだろう。以前読んだ『科学哲学の冒険』には、科学の一推論手法としての帰納法は、世界の連続性がないと成り立たないと書いてあった。多分、自然さも世界の連続性から担保されるのだと思う。ただ、世界は連続だと言っても、僕たちが感じている世界には不連続性が至るところにあるし、僕たちにとっては僕たちが感じ取れる世界がすべてなのだ。例えば、瞬き(コンマ数秒の不連続)・夜寝ること(数時間の不連続)。確かにそれこそ「寝ている間」にも世界は実在していると思い込むしかないだろう(し、それが自然だと思う)。
・p.56 「H2O」が物質であるのに対し、「水」は現象であるように感じる。「水」というものは、僕たちが普段感じるあの「水らしさ」から定義されていると思う。例えば「水に流す」など、比喩の中で水という言葉が使われることも多いが、そういうとき、水を物質としてではなく、性質から構成されるものとして捉えている気がする。つまり、「水」は「H2O」であろうとなかろうと依然として「水」だ。
・p.110 時空間的な連続性が他者の同一性を保証しているとあるが、普段の生活の中ではそんなことはしていないだろう。ある日友人と別れて次の日また会ったとき、(その間の連続性を確認していないわけだから)ある日あった友人と次の日あった友人を同一であると見なすのは、結局顔や声・体つきだ(もちろん、別れてからずっと監視していれば、時空間的に連続しているかあるいは不連続かが確かめられるけど)。自分がどのように同一であるかを他者にも当てはめているか、見た目で区別がつかない人間が二人現れることは滅多にないという確率的・統計的な推論をしているのだと思う。
・p.135 有名なラッセルのパラドックスに構造が似ている。
・p.206 大学に入ってすぐの頃、数学基礎論を少し勉強してなんか大学っぽいことをやってるなぁと嬉しがっていたのだが、例えばモーダスポネンスといった推論規則は公理として認めることにガッカリした記憶がある。それを最初から認めるなら、全然「基礎」じゃないじゃん、と正直不満だった。大学院生のチューターの方はそれについて「メタ的な議論なわけだね」って言ってたけど。今考えてみれば当たり前で、数学は公理が与えられないとどうしようもない(それは、数学基礎論であろうと)。数学も「言語ゲーム」の一つなわけだ。今となってはそのとき勉強した知識を使う機会もないけど、数学基礎論とか公理的集合論とか勉強して良かったと思っている(唐突な自分語り)。
・p.232 「ここ」と「いま」の違いには、空間は前進・後退ができるけど、時間は一方向にしか流れないという違いも大きいと思う。続きを読む投稿日:2021.10.24
真夏の自由研究シリーズのつもりでほんの出来心で読み始めたところ、とんでもない思考と思索のなかへ飛び込んでしまっていました。
読んでは考え、読んでは戻り、しばしば居眠りこきつつもどうにかこうにか読了。気…付けば10月に。これが’永井哲学’か…。
「予備知識のいらない、『子ども』のための哲学入門。」という紹介と本秀康氏のほのぼののんびりした装画が醸すシニカル。これらを額面通りに受け取るのは早計、いや、確かにこれは哲学に関しては何にも知らない、ナチュラルな「子ども」の状態のうちに読んでおきたい一冊でありました。〈はじめに〉に曰く「この本の語っていることが、たとえ専門家には理解されなくても、中学生・高校生には理解される可能性を、私は信じています。」(p9)とある通り、妙に中途半端な知識を持たずに触れるべきであろう。
以下、私なりに得た事を書き出す。
・「ぼくらが知ることができないような事実によって正しい主張であることはできないんだよ。」(p36)…感情論や感覚論でほんとうは/実は〇〇に違いない!と正しく主張することは出来ない。「その『正しさ』がどういう観点からのものか」(p37)を認められるか否かが重要。
懐疑論的アプローチ。デカルトのはなし。
・自分という、《ぼく》が存在することの「奇跡性」(p126)、超越論的観念論、カントのはなし。超越論的とは「ぼくらが経験できる世界を超えて、あたかもその外に立ったかのような立場から、ぼくらが経験できる世界の成り立ちとしくみを調べる、そういう哲学者の立場」(p136)のこと。
・「自分の気に入った考えしか自分のものとして持てない人は、思想は持つことはできても、哲学をすることはできないんだよ。」(p155)「ぼくらの側に絶対的な正しさがあるという事実と、それはぼくらの側がたまたま多数派だったからだという事実とは、いわば次元が違うんだよ。」(p156)…「哲学が人々に受け入れられるっていうのはね、みんながその主張に賛成するようになることじゃないんだよ。むしろね、その主張に反対する人でさえも、その哲学が設定した空間の中でしか反対できないようになるってことなんだ。」(p207)「前提されることになる空間こそが哲学なんだ。」(p208)’正しい’ということの不確実さと心もとなさ。ちょっとまだ腑に落ちていない章。
・人生の意味とは。「死ぬのが嫌なのは、死んでるって状態じゃなくて、もう生きられないってことが嫌なんだよ。」(p244)「存在と無は、生と死は、究極的にはね、話じゃないんだよ。それは、現実なんだよ。ただ、受け入れるべき現実なんだよ。」(p249)「人生の全体を、つまりそれが存在したってことを、まるごと外から意味づけるものなんて、ありえないさ。そんなものがありえないってことこそが、それをほんものの奇跡にしているんだ」(p251)。ハイデガーのはなし。存在論的差異。
目が覚めるような読書ではあったが、まだまだ自分の言葉に落とし込めるまでには至らず。その意味でまだ星は付けられないと判断した。クタクタになるまで探究を続け、考えなければ。
13刷
2023.10.14続きを読む投稿日:2023.10.14
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