
総合評価
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powered by ブクログ歴史好き、旅行好きが少し過ぎて、現在トルコで仕事をしている。 トルコには12000年前、新石器時代の遺跡ギョベクリ・テペからオスマントルコの遺跡まで、遺跡の宝庫だ。中でも楔形文字を使い、かつては鉄を発明したと言われていたヒッタイト文明がお気に入りだ。 楔形文字・古代オリエント の文字に惹かれ、一時帰国中に読了した。 今から5000年以上も前のこと。ティグリス・ユーフラテスの両河に挟まれたメソポタミアに住むシュメル人の都市ウルクで最初の楔形文字が開発され、その地域一帯に広がっていったらしい。 ことばだけでは文明は発展しない。そこには文字が必要で、それ故オリエントの世界が発展していったのだろう。 都市が発展すれば、その中で権力抗争が始まる。また、他の都市や国の征服欲も出てくる。 本書では、楔形文字を使用していたオリエント地域の各都市にスポットを当て、粘土板に残された文字を読み取り、歴史背景を説明してくれる。 興味があるヒッタイトだが、元々印欧語系のヒッタイト人が非印欧語系民族の多いアナトリアに進出して楔形文字を借用したとのこと。内容は年代記、条約、勅令、書簡、法典など多岐にわたっており、ヒッタイト学の基礎となったらしい。前14世紀に書かれた『ヒッタイト法典』が残っており、「もし誰かが自由人の目を見えなくしたり、歯を折ったならば」と先行するメソポタミアの法典と同じ解疑法形式で書かれている。だが、傷害罪の懲罰について同害復讐刑は採らず賠償で済ますなど、独自の法典を作ったことは面白いところだ。 アナトリアには、岩に彫られたヒッタイトの絵が残り、博物館にも楔形文字の粘土板が展示されているが、また見方が変わってくるだろう。 残念ながら、イラン、イラク、シリアなど、足を運べない場所の紹介も多くされているが、いつの日か安心して行ける日がこればと願う。
3投稿日: 2026.05.15
