
総合評価
(6件)| 5 | ||
| 0 | ||
| 1 | ||
| 0 | ||
| 0 |
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
小説に関係のあるインドネシア年表 ・1942年 日本軍がオランダ領東インドに侵攻 ・1945年8月17日 日本敗戦直後に独立し「インドネシア共和国」となる。初代大統領スカルノ。しかしオランダも戻ってきて4年以上に渡る独立戦争に突入。 ・1965年9月30日 スカルノに対する軍事クーデターから、共産党員と支持者への虐殺。スカルノは失脚し、二代大統領になったのがスハルト。7選までしたらしい。 ・1975年 作者エカ・クルニアワン生まれる ・1998年 独裁体制だったスハルト退陣 ネタバレしない程度で主人公デヴィ・アユの血縁者 ・伝説:美女ルンガ二ス姫。争いを避けるため犬と結婚したという。 ・祖父母:テッド・スタームラー(オランダ人ご主人)、マ・イヤン(インドネシア妾) ・祖母の恋人:マ・グディック(インドネシア人荷車引き) ・両親:ヘンリ・スタームラー(テッドとオランダ人正妻の息子)、アネウ・スタームラー(テッドとマ・イヤンの息子)※二人はテッドを父とした異母兄妹。 ・娘たち:アラマンダ(父親日本兵)、アディンダ(父親インドネシア独立ゲリラ)、マヤ・デヴィ(父親はインドネシア人の客?)、チャンティック(22年ぶりの妊娠。父親はインドネシア人の客?) ・娘たちに関わった男たち:小団長(占領日本軍に反乱を起こしたインドネシア人。その後インドネシア政府軍人)、共産党員クリウォン(インドネシア人)、やくざママン・ゲンデン(両親はオランダご主人・インドネシア女中) ・孫たち:ヌルール・アイニ(娘)、クリサン(息子)、ルンガ二ス(娘) ・孫たちに関わる男:キンキン(インドネシア人) ※※※以下、あらすじメモなのでかなりネタバレしています※※※ 52歳で死んだ娼婦のデヴィ・アユは、21年後に墓場から蘇った。家に戻って四人目の娘であるチャンティックと初めて顔を合わせる。21年前、デヴィ・アユは「どうせまた美しいんだろ、美しい赤ちゃんなんて見たくもない」といって赤ちゃんを見ることは拒否したのだ。だが「美しい」という意味のチャンティックと名付けられた赤ちゃんはとても醜かったのだ。チャンティックは母のデヴィ・アユが死んだあと口が効けない女中のロシナーに育てられたが自分の醜さにうんざりしきっていた。 デヴィ・アユは当時インドネシアの宗主国だったオランダの血を引いている。 ジャワ島の港町ハリムンダの屋敷のご主人のテッド・スタームラーは、現地の娘マ・イヤンを妾にした。テッドには、正妻の間には息子のヘンリ、妾の間に娘のアネウが生まれた。そしてこの異母兄妹がデヴィ・アユの両親だ。 第二次大戦が始まり、日本軍がインドネシアを攻撃して都市を陥落させる。オランダ人たちは海外に逃れた。だがデヴィ・アユだけは頑なにハリムンダに残った。先に逃れた一家の乗った船は沈没し、ハリムンダにも日本軍が迫っている。 16歳になったデヴィ・アユは老人のマ・グディックを拐ってきて強引に結婚した。この老人は、実はテッドの妾に差し出されたマ・イヤンの恋人だった。二人は「16年後に必ず合いましょう。その時こそ結ばれましょう」と誓い合っていた。16年の間にマ・イヤンはアネウを産み、マ・グディックは糞を食って小屋に縛り付けられてただただその時を待ち続けていた。そして再会、性交、再びの別れを経験し、また小屋に閉じこもっていた。スタームラー家の投手になったデヴィ・アユが真っ先にしたことが、恋人同士を引き離した祖父テッドへの怒りとして祖母の恋人との結婚だった。数日後、マ・グディッグは飛び降りて岩に叩きつけられた。 デヴィ・アユたちオランダ人は、日本軍により強制収容所に入れられる。イモリを喰い、牛の血を飲み、医療のために日本軍人と性交し、腹の中に指輪を隠し、肥溜めを堀り、鰐を釣り、蛭やゴキブリを避けながらそこで過ごす。 そして年頃の女たちは日本軍人のための娼婦として移動させられた。娼館の主はママ・カロン(蝙蝠)と呼ばれ、もともと地元の娼館を仕切り、つまりは町を仕切り、日本軍の娼婦としてオランダ人捕虜収容所から女たちを運ばせ管理者となった。他の娘たちの恐れ、抵抗、叫びは虚しく、そのなかでデヴィ・アユは無抵抗・無関心で接することにより一目置かれるようになる。そして一人の日本人将軍により女性への強姦が禁止され、束の間の安心を得ることができるように。デヴィ・アユは最初の娘アラマンダをママ・カロンの娼館で産んだ。 日本に二発の爆弾が投下され、日本が降伏したニュースが届いた。日本軍人は退却したり処刑されたりした。娼館の女たちは派遣されたオランダ兵に護衛されて連合国の助けを待つ。だが地元民ゲリラが忍び込みそのたびにオランダ兵は殺され、女たちは強姦される。 やがてイギリス軍が到着して、女たちは家族のもとに戻ることができた。だが二度目の妊娠中のデヴィ・アユはハリムンダに残る。昔自分の住んでいた屋敷を取り戻すために、ママ・カロンの助けを借りたデヴィ・アユは、昼はアラマンダと次女アディンダの主婦として、夜はハリムンダ一番の娼婦として20年を過ごした。 そのころデヴィ・アユに本気で求婚した男がいる。ご主人(オランダ人ですよね?)から妊娠させられた下女を母として、拳術使いに仕込まれたママン・ゲンデンだった。彼を妊娠していた母を追い出した父は、日本軍侵攻により逃亡したが、日本が敗走しインドネシア共和国となると義勇軍ゲリラに処刑されていた。ママン・ゲンデンも革命戦争の義勇軍ゲリラとなった。戦争が終わると盗賊となる。そこで男たちを狂わせる美姫と、ハリムンダという土地の名前を知る。デヴィ・アユを見たママン・ゲンデンは、彼女をその姫と定めて求婚し、地元のやくざ者を次々片付けた。デヴィ・アユも結婚こそしないが特別な客とする。 こうしてデヴィ・アユの20年に渡る公共娼婦は終わり…、 かと思ったんだけど、今度は地元の反乱軍を率いた小団長がママ・カロンにやってきてデヴィ・アユにのしかかって放射した。 この小団長、青年のころに日本軍の訓練を受けたが日本軍に反乱を起こす。攻撃、反撃、殺害、敗走…。日本敗走の後は「我が国初めての反乱の指導者で、独立の根本を作った」として敬意を持たれるが。小団長はまだ戦い続けた。残っていた日本兵、戻ってきたオランダ兵、勝軍として入ってきたイギリス兵を相手に終わりのない戦いだったが、オランダがインドネシアから手を引き戦う理由もなくなった。 その後は人脈と商才とリーダーの素質とで物資密輸で暮らしていた。 ある時、小団長は猪刈りの助けを請われる。ハリムンダでは以前猪を殺したらそれが人間の死体に変わったので、それ以降心情的に猪を殺すことができなくなっていたのだ。だが小団長は町や田畑を荒らす猪たちを一層し、すっかり土地のボス格と認められた。 そんな小団長が、デヴィ・アユの長女アラマンダに一目惚れする。 だがアラマンダには恋人クリウォンがいた。 アラマンダはさすがデヴィ・アユの娘っていうか、すごい美少女で、恐れを知らない、小団長も鼻にも掛けず、小団長は「どんな戦闘よりも恐ろしい」恋の戦いに挑むことになる。 そんなアラマンダは8歳の時にクリウォンの心を捕らえていた。彼は地元でまあまあの資産を持ち、母親に「父親のように共産主義者として殺されないように」過保護に育てられて、陽キャでパリピって青年になっていた。ある時、家では父親の昔の共産主義者同志のサリムを匿うことになる。 えーっと、ここで共産主義者について語られるんだけど、もうわけわからなくなってきた。 <「何を盗んだの?」クリウォンは訪ねた。 「オランダ領東インドを」 つまり男は謀反人だったのである。それに共産主義者であり通称も同士だった(P190抜粋)> <「われわれにとっては、どちららでも同じことです。」苦々しい悲壮感をにじませて兵士は言った。「この町は、悪党と盗賊と、革命軍の元ゲリラ兵と、それに共和主義者の生き残りで一杯です。われわれはやつらの引き起こすゴタゴタ全部に対処しなければならず、どうすることもできないでいるのです。」(P140)> <ドイツと日本はどの先進国にも劣らぬ力をつけ、自分達の分け前を要求している。何百年もの間、地球上の半分以上がヨーロッパの国々の支配下にあり、植民地とされ、そこで見つかるものでヨーロッパに持って帰って富の元になるものはなんでも吸い上げられた。けれど、ドイツと日本は違った。ドイツと日本は分前に与からず、今それを要求している。それがこの戦争の、貪欲な国々の間の戦争のすべての現況なのだ。(P193)> クリウォンは何年もアラマンダに恋に苦しみならず者浮浪者のような生活を送る。母は「父のように共産主義者として処刑されるのでなければ、ならず者の方が良い」と思っていた。だがクリウォンは共産主義者として立ち直った。そしてアラマンダも彼に本気の恋をした。 そんなアラマンダに恋情を持ったのが、小団長。クリウォンは大学留学でハリムンダを去り、アラマンダは小団長を弄び、ついに小団長は眠り薬でアラマンダを強姦する。アラマンダはプライドから「小団長を愛して結婚する」ことを装う。結婚してからのアラマンダは、貞操帯で性行為を断固拒絶しながらも、表向きは夫の小団長と仲の良い夫婦を装った。弄んだ相手に強姦されて愛のない結婚をしたなどと知られるわけには行かないのだ。一年に渡る一人寝に耐えられなくなった小団長は、アラマンダをベッドに縛り付けて昼夜強姦した。それにより彼女は妊娠する。 共産主義者になったクリウォン同士はハリムンダに戻り漁業利権を握ろうとする小団長と争いが起こる。 P264でまた新しい登場人物が。 ゴミ捨て場に捨てられた赤ん坊だ。彼はハリムンダで嫌われ者の金貸しおばさんマコジャーに育てられエディと呼ばれるようになる。マコジャーおばさんが嫌われていたように、エディもならず者として嫌われ者になる。彼は弱い同級生たちの庇護者として徒党を組み、強盗、殺人に手を染める。マコジャーおばさんは「ハリムンダのみんながあたしを嫌ったことの返済だよ」と喜ぶ。 マコジャーおばさんが死に、エディはさらに好き勝手に過ごが、ある日流れ者に殺された。 それが、デヴィ・アユに本気のプロポーズをしたママン・ゲンデンだった。 ハリムンダは新たなならず者を得たのだ。 …なんかあっというまに出てきて退場していったな。 デヴィ・アユの次女アディンダは、元は奥手で、男を弄ぶ姉アラマンダを非難していた。だがアラマンダが小団長と結婚すると、アディンダが共産党員クリウォンを追いかけるようになる。 デヴィ・アユは長女と次女の男関係を嘆き、12歳の三女マヤ・デヴィを早く結婚させることにした。相手に選んだのは、自分の愛人ママン・ゲンデン。そしてデヴィ・アユは娼婦に戻った。 新婚夫婦はさすがに性行為は行わず、だが自分のために家を整え、近所の人達とも可愛がられる新妻を本当に大事に思うようになる。 そのころ小団長率いる兵士たちがハリムンダで無銭での飲食性行為、や暴力など好き勝手に振る舞い、住人はママン・ゲンデン率いるならず者達に取り締まりを願うようになる。ママン・ゲンデンは娼婦だったデヴィ・アユをほぼ強姦した小団長に含みを持ちながらも、ハリムンダの安定のため「見せかけの友情」を結ぶ。ならず者たちが住人から金品を巻き上げ、その上がりを一部小団長の兵士たちに収め、その金で店や娼館に支払いするという。 さすがにこの茶番関係はハリムンダの人々を呆れさせるが、力を持つ彼らに抵抗はできない。年月が経つと、二人は「妻を愛しているが、性交できない」苦しみを分かち合う相手として新たな友情を育むようになる。 クリウォンはハリムンダで多くのストライキを組織し、千人以上の共産主義者を組織し、政府の共産党からも声がかかるくらいだった。だが1965年のクーデターから共産党員弾圧には「新聞が来ない」(新聞社が占拠されたので)ことに囚われ何もしなかった。ハリムンダの千人の共産党員ほぼ虐殺され、クリウォンも逮捕される。 かつて、そして今もクリウォンを愛するアラマンダは、夫の小団長に向かって「自分の愛と引き換えにクリウォンの命を助けること」を持ちかける。こうしてアラマンダと小団長は本当の夫婦となった。 そのころ17歳になったマヤ・デヴィと、ママン・ゲンデンも本当の夫婦となっていた。そして釈放されたクリウォンはアディンダと結婚する。 こうして、同じころにデヴィ・アユの三人の孫、ヌルール・アイニ、ルニガニス、クリサンが生まれる。父親たちは「自分たちの子供で、自分たちの諍いを治めよう」と約束し合う。だがいとこ同志である二人の娘と一人の息子の間には三角関係が予期されていた。 さらに一人の子供、キンキンの運命も絡みついていた。両親は、墓掘りのカミノとハリムンダで最初に殺された共産党員の娘のファリダだった。カミノは父の墓の側から離れないファリダに恋をして、ファリダは父の墓の側にいるためにプロポーズを受けたのだ。 …おお!この物語始まって最初の、暴力のない男女関係だ!(父が殺されたのは暴力ではあるけれど) 時代は飛んで1976年。 オランダから70代のヘンリとアネウ夫妻がやってきた。異母兄弟で結婚するためにインドネシアから駆け落ちしてほぼ50年ぶりの帰郷だ。 メモをとっておいて良かった。ヘンリとアネウはデヴィ・アユの両親。そして1976年ならもう作者は生まれてる。この時点でデヴィ・アユは最初の死の最中なのでしばらく出てきません。 ヘンリとアネウは娘が町一番の娼婦になり死んだこと、孫やひ孫がいることを知り、不道徳さに眉を顰める。 そしてハリムンダには、殺された共産党員の亡霊たちが姿を見せていた。デヴィ・アユの娘婿たち(小団長、共産党員クリウォン、やくざママン・ゲンデン)は、政治的にも個人的にも諍いがあったが子供たち(ヌルール・アイニ、クリサン、ルンガニス)によって仮初の友情を結んでいた。 しかし再度の労働者デモにより彼らの友情は終わる。 物語は16歳になったヌルール・アイニ(アラマンダの娘)、クリサン(アディンダの息子)、美女ルンガニス(マヤ・デヴィの娘)の世代に。多分デヴィ・アユが死んだのはこの孫たちが11歳の時のはず。 美女ルンガニスはものすごい美女だが知的障害がある? ヌルール・アイニは自分を美女ルンガニスの庇護者だとしている。 クリサンはヌルール・アイニ愛しているが、美女ルンガニスから結婚を望まれている。 この三人が、それぞれの父親を巻き込んでの大事件が連鎖的に起こっていって、話としては面白いんだけど「なぜここまで悪い子になっちゃったんだ(-_-;)」という気に。話としては面白いので終盤は一気に読みましたけど。 そして本当の終盤。 53歳で死んだデヴィ・アユが20年ぶりに墓場から蘇って家に帰ってきた。醜い娘の四女チャンティック(多分父親は娼館の客)を育てたのは口が利けない女中ロシナーだった。 ロシナーはこの小説で一番着実で考えも行動も一貫しています。性的には騙されてしまったことがあるが(-_-;) ここで冒頭に繋がったー。メモ取っておいてよかったー。ヌルール・アイニ、クリサン、美女ルンガニスたちの事件から15年くらい チャンティックは学校入学を断られて自分の醜さを嘆いて引きこもり。しかし誰からも教えられないのに読み書きができたり、ハリムンダのことを知っている。 そして誰もいない部屋で性行為の声がする。自慰ではない。妊娠したからだ。相手は亡霊なのか? デヴィ・アユは悟った。テッド・スタームラーの血を引く者たちには強烈な悪意を持った邪霊が取り付いている。デヴィ・アユが蘇ったのもそのためだ。 デヴィ・アユは邪霊と対面し、その怨みを聞き、邪霊を止めるために… デヴィ・アユは再度消えた。 四人の娘たち、アラマンダ、アディンダ、マヤ・デヴィ、チャンティックは寄り添い合う。 「美は傷だから」 === 途中は連続で読むには辛かったんですが、終盤は話も面白いし冒頭からのつながりを確認しながら一気読み。 邪霊はもっと早く出してくれていたほうが面白く感じられたかも。最後だけとはもったいない。
32投稿日: 2026.01.04
powered by ブクログ「美」はインドネシア語で「チャンティック」。デウィ・アユの四番目の、最後の娘の名前でもあった。 人間って生殖ばっかりしてんだなー、と半ば呆れる。 最後の方のページ、小団長が竃の前にいた場面に、「不明」と書いた誰かの付箋が貼ってあったけど、最初に出てくるじゃん、と笑ってしまった。 「この小説では、コロンビアの作家ガブリエル・ガルシア=マルケス風のマジックレアリズムの手法が意識的に使われている。ガルシア=マルケスの代表作『百年の孤独』のように、この小説で展開するのは、オランダ植民地時代末期から百年近くにわたる、娼婦デウィ・アユの一家三世代とハリムンダという架空の町の物語だ。植民地支配、戦勝、日本軍による占領、独立闘争、インドネシアという国家となってからのその後と一九六五年の政変。オランダ人農園主と現地人の妾との間に生まれたデウィ・アユは、日本軍の捕虜になり、日本兵たちのための慰安婦となることを強いられ、戦後は町一番の娼婦として名を馳せて、そんな激動の時代を生き抜いていく。デウィ・アユの娘たちと孫たちも機会な運命の波に呑み込まれていく。」(訳者あとがきより)
1投稿日: 2025.12.03
powered by ブクログインドネシア国家独立前後の近現代史を、一人の娼婦とその四人の娘たち通して物語る長編小説。マジックリアリズム小説は、とっつき難い読者も多いと思うのだが本作は魔力やや控えめのテイストなので、身構えず手に取るのが吉ではないか。かなりの力作。 主人公デウィ・アユはインドネシア植民地時代のオランダ人富豪の血筋だが、日本軍の進駐により強制収容される。日本軍高官向けの娼館が作られる際に、強制収容所内にいるオランダ人女性が娼婦とされるが、その一人に選ばれる。 このデウィ・アユが繋げていくことになる血筋が、奇しくも近現代史インドネシアをそのまま体現していくという野心的な500ページ。長女は日本人の血を引き、次女は日本軍と戦うゲリラ兵士の血を引き、三女は自ら選び取って娼婦を職としてから客との間に生まれた。四女は...(ネタバレ回避)。この母娘が魔的な美貌の持ち主であり、社会のひずみ、怨嗟を呼び込んでいく姿が語られる。 美しく生まれた娘たちはそれぞれ、独立戦争の英雄や、共産主義のエリートや、闇組織の実力者によって求められ...。インドネシア近現代史が辿る血生臭い歴史をデウィ・アユの一族が一身に負うかの如く描くその筆致が、苛烈でもあり、哀切を伴う暗い笑いのようでもある。 解説にもある通り著者は、本作で描かれた負の歴史を現役で経験していない世代である。血を流した世代による論功話とは異なるという点が、この小説の深みだと思う。自国の全体像を見つめたい、という意思が明確であり、信頼するに値する批評眼がここにはあると感じる。
11投稿日: 2025.10.12
powered by ブクログ実は途中で読むのをリタイアしました。 実際には起きるはずのない、不思議な事が事が起きる場面や、実際に起きたであろう、戦争の不条理な場面、ゲリラや娼婦たちは、リアルなのか物語的なのか、私には分からなかったけど、 混沌とさせる事で、この物語自体を形成している事はよく分かりました。 途中まで読んだのですが、500ページ以上の物語の中で、この混乱状態がずっと続くのかと思ったら、辛くなってしまい、読み進める事が出来なくなってしまいました。 つまらないお話ではないです。重厚です。 でも心の体力が必要かもしれません。
0投稿日: 2025.08.11
powered by ブクログBeauty is a wound Eka Kurniawan インドネシアの小説 和訳 美は傷 地の魂の苦しみ、植民地としての過去、蔑ろにされる女性の尊厳、生きていくための手段。暴力と愛と呪い。 マジカルリアリズム、強く生きる女たちの壮大な物語
0投稿日: 2025.08.04
powered by ブクログ新聞の書評欄で知り読んでみた。インドネシアのマジックリアリズム文学と評される。読んだところ「百年の孤独」より傑作だと思えた。 日本の小説は人物を描くのに生い立ちや人間関係あるいは時代背景を描写することで、読者が作中の人物の視点を持つことができるようにして、作品世界を渉猟できるようするのが一般的である。あるいは村上春樹のように一歩引いた、醒めた視点で人物や出来事が語られる描き方もある。 この小説の登場人物は頑固だったり、乱暴だったりあるいは純粋だったりする、過激な人ばかりである。その過激な人に感情移入することは難しく、作中の人物の視点に立ちにくい。しかしそれは、起きる出来事を冷静に鳥眼視するように誘う。作中の人物のように感じることはできないものの人物がどうすれば良かったのかと問いかけるようでもある。 そして、作中時々純愛が描かれ、とてつもなく美しい。まるで手の中の壊れやすい宝石のようである。 純愛がこの作品のテーマであることは間違いない。なぜなら作品中の純愛は成就しないのだから。 物語の中心になるのはデウィ・アユをはじめとする美人、美女たちである。それらの美女に一目惚れして愛し、拒絶され愛を誓っても仲を引き裂れ、愛しているのに結婚できない、愛しているのに性交できないなどの様々な困難に見舞われる。 また戦争や資本家による寡占、騒乱などの事件が登場人物にふりかかる。それらの困難は、インドネシアの人々がこの百年の間に経験してきた困難であることに気付かされる。そうして様々な困難に、登場人物はそれぞれのやり方で対処する。 感情移入しにくい登場人物が多いものの、感情移入しやすい登場人物は性格の良いクリウォン、やくざだが直情径行型のママン・ゲンデン、男を手玉に取っていたのに純愛に目覚めるアラマンダ、ひたすら真面目なデウィ・アユなどであった。 運命の過酷さを一種醒めた目で見ることで、インドネシアという国の現代史百年を感じることができる佳作であった。 ちなみに登場人物の仕事は 売春婦 客がいるなら儲かる 兵隊 命令されたら動く ヤクザ 命令されたら動く 共産党員 命令されたら活動する 焼き菓子売り、海パン製造 自分の才覚で切り開く というようなカテゴリーでこれもまたインドネシアのある側面を切り取っているのだと思う。
7投稿日: 2025.06.16
