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疫病と人文学 あらがい,書きとめ,待ちうける
疫病と人文学 あらがい,書きとめ,待ちうける
藤原辰史、香西豊子/岩波書店
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総合評価

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    【1】出版の背景と問題意識 COVID-19パンデミックは、医療や経済だけでなく、人々の生死、記憶、制度、価値観に大きな影響を与えた。 この非常時において「人文学」は何ができるのか、あるいは何をしなければならないのかという問いが、研究者たちに突きつけられた。 科学・医療が前面に出る中で、文化・歴史・宗教・哲学・記憶・ケア・想像力といった人文学的視点が軽視・忘却されている。 本書は、「疫病と人文学」という視座から、感染症をめぐる社会のあり方を再考し、次のパンデミックに備えるための知的構えを模索するものである。 【2】全体構成と論点の展開 ◆ 序章「暗中模索の人文学――つぎの疫病に向けて」(藤原辰史) パンデミックは生態系破壊、制度的脆弱さ、差別構造、ケアの軽視などの社会問題を可視化した。 人文学は「問いを問う力」を持ち、変化しない構造に挑む。 本書は「次の疫病に向けて」、人文学がなすべき準備と記録を行うことを目的とする。 ◆ 第Ⅰ部「疫病の現場から」 パンデミックの影響を受けた当事者たちの実感知・証言を集めることで、「現場」に立脚した人文学を構築。 身体的制約、死産、ジェンダー不平等、外国人排除、宗教儀礼の変容など、社会制度からこぼれ落ちる声を拾う。 「ステイホーム」の不可能性や、不可視化される苦しみが「現代の排除構造」を浮き彫りにする。 ◆ 第Ⅱ部「過去から現在を投影する」 感染症の歴史を振り返ることで、現代のパンデミックの社会的構造を理解する。 手洗い・石鹸の文化史、スペイン風邪の経済史、天然痘と民間信仰、衛生映画の教育的役割などが取り上げられる。 過去の感染症への対応には、現在と連続する国家統治・メディア戦略・差別構造が存在する。 感染症は歴史的にも**「社会を映す鏡」であり、忘却の危険**と隣り合わせである。 ◆ 第Ⅲ部「他者との遭遇と変貌」 ウイルスや感染そのものを**「他者との遭遇」と捉え**、人間の思考・制度・文化の変容を論じる。 感染は野生・非人間・霊的存在などとの「境界接触」であり、恐怖と創造の両義性を持つ。 「手」に象徴される接触と恐怖、ウイルスと人間の遺伝子レベルの共生、監視とバイオポリティクスの構造が論じられる。 他者との接触を通じて、人間のあり方そのものが変容する可能性と危機を提示。 ◆ 終章「死者」からみる疫病(香西豊子) 「死者」は統計の数字に還元されがちだが、個々に人生があり、記憶がある。 明治以降の死因統計の制度化は、死者を「社会的・政策的に意味づける存在」へと変化させた。 パンデミックにおいて、「死を悼む営み」が失われつつあることの問題を提起。 人文学の役割は、記録されない死者たちの声を汲み上げ、語り直すことにある。 【3】本書全体の主張と意義 ● 人文学の実践的使命 感染症という危機は、「科学的知識」だけではなく、「文化的・倫理的理解」をもって対応すべき複合的問題である。 人文学は疫病によって見過ごされた存在(女性、障害者、外国人、宗教者、死者など)を記述し、社会の“穴”を埋める役割を担う。 ● パンデミックは制度と価値観の鏡 社会は感染症を通じて、自らの構造的差別・脆弱性・排除性を映し出す。 人文学的アプローチは、制度の見直し、政策提言、記憶の継承の基盤となる。 ● 「書きとめる」「あらがう」「待ちうける」 本書の副題にある通り、人文学には①記録し(書きとめる)、②制度や価値に抗い(あらがう)、③次なる災厄を想像力で迎え撃つ(待ちうける)という3つの姿勢が求められる。

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    投稿日: 2025.04.04