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powered by ブクログ線形思考、非線形思考みたいな話や、 構造的、非構造的な話も含めて、思考法にたいする考えを深めたくて読んだ。 軸は違うけど、やはりその思考法を客観的全体的に俯瞰して理解しておくのは、議論の前提として起用有した方がよいな。面白い軸になる。
0投稿日: 2025.11.15
powered by ブクログ<OPAC> https://opac.jp.net/Opac/NZ07RHV2FVFkRq0-73eaBwfieml/SDtWjg7CaxA224yIIaGprf4Zf0l/description.html
0投稿日: 2025.11.14
powered by ブクログリアル本にて。 ゆる言語学ラジオで紹介されていた、「論理的思考の文化的基盤」が面白そうだったが、難しそうだったので、同著者の新書版であるこちらを読んでみた。 国ごとに歴史的経緯から重要視する論理展開が異なり、それに合わせた作文教育を行ってきた結果、ある文章が論理的かどうかは読み手によって、もっといえば読み手の国籍によって異なるという主張。 この主張も面白いのだが、個人的にはその主張に至る前段の説明である、序章「西洋の思考パターン」が面白かった。 西洋の思考パターンに、論理学、レトリック、科学、哲学があり、それぞれ目的と論理的とする条件が異なる。論理学は、真理を証明するために、ある法則から具体的な結論を得る演繹的推論を行う。レトリックは、一般常識と具体例を、話術を駆使して語ることで、一般大衆を説得することを目的とする。科学では物理的真理を見いだすために、アブダクションにより挙げた仮説の整合性を確認する。哲学は、一般的に自明でない概念を定義付けするために、弁証法(ある見方→反する見方→それらを総合する見方)を用いる。 普段なにげなく考えているが、言われてみるとたしかに、異なる思考法を用いている。 なお、日本文化的思考法は、小学生の感想文みたい、と揶揄されることが多いが、本書の中ではその価値を見出だし、むしろこれからはもっと必要になると述べている。その点も、好感がもてる。
0投稿日: 2025.11.14
powered by ブクログ論理的思考の方法は世界共通でもなければ不変でもない。そう言われると「おお、そうなのか~」となるのだが、その先がイマイチ入ってこない感じ。書いてあることを理解できないわけでもない(と思う)し、同意できないわけでもないのだけれど、どうしたことか。 示されている4つの型のなかで、日本の感想文だけどうも見劣りするような気がしてしまう。
0投稿日: 2025.11.12
powered by ブクログ論理的思考は目的によって形を変えて現れる、としてアメリカ(経済)、フランス(政治)、イラン(法)、日本(社会)の作文教育から論理的思考の型を比較することに多くが割かれている。 教育文化論が専門の筆者ということで各パーツは読み応えはあるが、アメリカ=経済のような図式に落とし込むのは単純化しすぎなきらいがあるし(この辺最後の方でうまく回収しているのだが)、なぜ作文教育に着目するのか?もピンと来ない。「論理的思考とは何か」の答えに辿り着けるのかこれ?と感じて途中からあまり内容が入ってこなかった(なのでちゃんとテクストを読めてない悪循環)。 「なぜ読書感想文を書かされたのか」に厚みを持たせて1冊、のほうがより学びはあったかなという気がした。
0投稿日: 2025.11.12
powered by ブクログ新しい知識や考え方を知ることができる。本書は100人いたら100人に薦める価値のある本である。 論理的思考とはなにか?この問いは歳を重ねるほどに付きまとうと思う。もっと論理的に、相手にわかりやすく伝えることを求められていくからだ。 本書ではこの問いに対して、そもそも論理的とは「読み手にとって記述に必要な要素が読み手の期待する順番に並んでいることから生まれる感覚である」と定義している。 私たちが論理的であるというとき、数学で習った命題を思い浮かべる。AならばB、BならばC、よってAならばCという演繹的推論を思い浮かべる。これが絶対視されてるが、ここにはAという命題が常に真であるという前提がある。この世界について、または個人の問題について考えるとき、必ず真となるものが果たしていくつあるのだろう。人によって、価値観によって、文化によって正しいものは異なる。つまり、ほかの論理的思考が必要となる。また、人によって価値観が異なるという前提を考えたとき、相手がいて初めて論理というのはこの世界で認識されるのである。 ここで先ほどの定義の意味が理解できる。論理的とは「読み手にとって記述に必要な要素が読み手の期待する順番に並んでいることから生まれる感覚である」 本書ではこの論理的思考は四つの分野で異なる方法をとっていると指摘する。経済、政治、法技術、社会の四つである。これらの論理的思考は目的が異なるため、その方法が異なる。 なんらかの問題の解決を考える時、解決にかかる費用や時間を優先させるのか、コストが高くついても問題に関わる人々の利益を最大限に考えるのか、規範やイデオロギーの遵守を優先させるのか、それとも共同体のつながりや存続を重視するのか。(167) 私たちは日々論理的に物事を考える。果たしてどの領域からそれらを眺めているのか、今は別の領域から眺めるべきではないのか。新しい価値観のもとそれらを眺めたときに新しい何かを得られる気がする。 本書は新しい価値観や知識を与えてくれただけでなく、これから新しい知識を得たときに、その知識が何倍にも深まる気がするのである。 YouTubeにまとめ動画があった。 https://youtu.be/tHhWNx-KyZU?si=IhnAQozuZpCJfLHp
11投稿日: 2025.11.07
powered by ブクログ社会的背景と分野によって正しいとされる考え方の筋道は違うよ、という話。 読みたい内容とはちょっと違ったんだけど、日本の国語の授業が道徳の側面を持つ背景についてのくだりは面白かった
0投稿日: 2025.11.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
おもしろい本で、大学生が読むにはいい本だと思う。 しかし、論理の話ではないと思う。アメリカ(経済・科学中心)・フランス(政治哲学中心)・イラン(宗教法律中心)・日本(社会共感中心)の作文指導を中心とした教育文化論であるという印象をうけた。 フランスのバカロレアに用いられる弁証法の部分は興味深いが、トマス・アクイナス『神学大全』などもフランス(やイラン)の作文指導の文化に影響を与えているような気がする。 また、全体的に理系の作文や統計をもちいた社会科学の作文については論じられていない。 論理というのは基本的に文化に左右されないもので、それはこの書物でも言っていることだが、「論理《的》思考」となると、とたんにあいまいになると思う。要するに論理ではなく、レトリックの領域に入っていると思う。論理は当然すぎてつまらないのかもしれないが、その当然すぎるところが大事なのではないかと思う。後件肯定の誤りは、双条件(同値)の場合は誤りではなくなるし、前件否定の誤りについてもふれるべきではないかと思う。こうした論理(論理的ではなく)はどんな文化であろうと共通のものであり、論理的思考がいくつかあっても、論理が文化によって変わるわけではない。(安易に)「日本式論理」などと言うのが出てきたら、ちょっと危ういと思う。それは日本的価値観の言い換えじゃないかと思う。 また、経済・政治・宗教・社会と、どの領域で話をしているのかが違えば論理的とされるものもちがい、期待される文章も異なるという話だが、結局、どの領域を選択するのかという点は政治的になるし、根源的価値観が根強いものなら、そう簡単に選択をゆずらないのではないか。「人類が滅んでも資本主義が終わらない」などと言われる経済主義の根強さを、社会的領域で中和することは相応の困難が伴うと思う。 多元的思考が大事だし、それを切り替えられるのも大事だが、それで問題が解決するのであろうか? 物の見え方が変わったところで、解決や合意が得られるかというとそうではないように思える。 ともあれ、日本の作文教育も「共感」だけではダメであると思う。世界にはさまざまな論理《的》思考があるという点を知られるという点ではいい本だと思う。
1投稿日: 2025.10.29
powered by ブクログ話題になってるから期待して読みましたが、思ってたんと違った、というのが正直なところ。 (読みが足りないだけかもですが) 文化によって論理・合理が変わるという内容かと思って読んだら、文脈や背景によって論理的だと感じられるレトリックって違うよね、という話だと理解しました。 本質論理という言葉で、文脈や領域によって異なる優先度=価値観を「論理」の中に混ぜ込んで議論するしているように感じました。 でも、これって要は評価関数の異なる最適化問題の解法みたいなものであって、問題の違いに応じて適したレトリックや議論スタイルが選ばれるだけということでは?これを論理や思考の違いと言ってしまうのは危うい気がします。 またこの違いを、文化=国による論理の違いと言い換えてしまっている点も疑問。 公的教育の影響はもちろん大きいと思いますが、文化とか国の価値観みたいに言ってしまうのは、ステレオタイプが混じってるように思えてしまいます。 無理に国と繋げる必要がなかった?? 科学的、論理的に議論するなら、 文化の影響を見るために同じ経済分野の論文での国ごと差異を比較するとか、逆に同じ文化内での領域の異なる文献での傾向の合一性を見る、みたいな整理をしても、よさそう。 また、政治や社会の文脈でも損得なり良否の判断基準とルールが明確であれば経済と同じようなアプローチ・結論となることはないか?そうなる・そうならない要因とは?のような疑問も出てくる。 蘊蓄とか教訓として面白い話もありましたが、 タイトルから期待される内容ではなかったのと、議論が怪しく感じられ、2章の途中で離脱しました。
0投稿日: 2025.10.24
powered by ブクログ大変興味深く読了。(読んで面白い文体ではないが、内容が私には大変に興味深く、刺さった) アメリカの学校に子どもを通わせた経験から、アメリカでは小学生のときから「5パラグラフエッセイ」(主張、その主張を支える論拠3つ、結論(主張に戻る))の形式で作文を書かせることを知り、日本の「感想文」とは全く違うのだなぁ…(日本の感想文形式で作文したらアメリカでは点数をもらえない)と感銘を受けたことを思い出しながら読んだ次第。 また、フランスの学校では「正-反-合」という、1人ディベートみたいな形で作文させるという。(さらにイランの学校で教える作文形式も取り上げられているが割愛) そして、この4つの型はそれぞれ目的が違い、どれが優れているとかではなく、威力(?)を発揮する領域が異なる、というのがこの本の内容(私の理解では)。 いやー、頭の整理になりました。なるほど…
0投稿日: 2025.10.23
powered by ブクログゆる言語学ラジオで扱われていた書籍を手に取ったものの、専門的で読みこなせそうにないと思い、同じ著者によるこちらの新書を手に取った。 普段は英語、日本語の会議通訳をしていて、日本のおじさまたちの話が曖昧で論旨がはっきりしない、などど同僚たちと愚痴りあうことも多いため、読んで自分たちの浅はかさをおおいに反省した。 それ以外の部分でも、英語通訳は英語圏、特にアメリカの価値観に偏ったバイアスを思った以上に内面化しているのだなぁ、と思う。フランスとの作文の論旨の立て方との比較が特に興味深かった。 日本の作文の歴史、綴り方からの変遷の部分も面白かった。感想文は戦後、比較的に新しく導入されたものであること、綴り方は明治中期から大正時代に子供達が自分の精神生活を文字にして、喜びや悲しみを友人と共有し共感力を涵養することが目的であった。 作文の技術を習得するよりも自分の内面を見つめ開示することが重要視され、そのため、添削をしたり評価点をつけず、教師は最後に1行感想を書くのみにとどめることとしたそう。 大学に入学してアメリカ人講師の授業で、何度出してもエッセイが合格せず、ただ単に同じ内容の情報の出し方の順番を入れ替えるだけで合格できた、という経験があったのを思い出した。 書く技術か、書くことを通しての人格教育か、ということが明治期に盛んに論争になったとのことで、なるほどなぁ、日本の作文の基礎は人格形成にあるのだなぁと思う。だから読書感想文も書くのが難しいのだ。分析ではなく、自分の感情や成長を無理矢理にでも書かされるから。それはやっぱり辛いものだと思う。ただ楽しく読んだものに道徳を求められるのはしんどい。 ざっと読んで、面白かったが、全部は消化しきれていないと思う。 ただフランス式の作文は政治の場面に確かに有効だと思う。思いつきで軽い政策を無責任に出して、影響を考えない日本の政治家に学んでほしいと思った。
0投稿日: 2025.10.22
powered by ブクログ手順の正しさが厳密かつ客観的に保証されている論理的思考は、論理学の形式論理だけである。しかし、日常生活で形式論理に基づいて会話や議論を行うことはほとんどなく、私たちは常識に基づく“大体正しい”蓋然的推論を用いている。 論理的思考は目的によって異なる形をとる。主な目的として、経済・政治・法技術・社会があり、それぞれに「正しい」とされる文章の書き方がある。 アメリカでは経済を目的とした論理が主で、主張・根拠・結論を最短で無駄なく述べることが求められる。論文やビジネスでもスタンダードな形式であり、根拠は客観的な事実に基づく。 フランスでは政治を目的とした論理が使われ、弁証法をベースに、問題・テーゼ・アンチテーゼ・それらの矛盾を乗り越える解決という構成をとる。反対意見も論じ、網羅的に議論を行う点がアメリカ式と異なる。根拠は過去の例証(引用)によって示される。 イランでは法技術を目的とした論理が中心で、聖典をもとに第一原理から出発し、演繹的に問題の真偽を論じる。結びにはことわざや詩、神への感謝を置く。正しさはあらかじめ聖典に定められており、個人の意見が入る余地はない。 日本では社会を目的とした論理が主で、書き手の体験とその変化を述べ、他者の共感を得ることが重視される。 感想: これまで論理的と教えられ、自分も信じていたアメリカ式の論理が、複数の視点の中の一つに過ぎないことを知った。特に、馴染みのなかったフランス式の論理への理解が深まり、以前「冗長で引用が多く読みにくい」と感じていた文章の理由がわかった。 表を使った整理や簡潔な言い回しなど、著者の説明が非常にわかりやすい。著者の他の著作も読みたい。
0投稿日: 2025.10.22
powered by ブクログhttps://paz-library.opac.jp/opac/Holding_list?rgtn=00060964
0投稿日: 2025.10.20
powered by ブクログ感想文の構成が日本人に染み付いているというのは、言われてみれば確かにぶくろぐのレビューを読んでいても感じる。思ったことや本を手に取った背景よりもまず先に、あらすじを書いている方が多い。「学校の教育なんて意味あるのか」的な論争が数多くある中で、作文教育は無意識レベルで論理を使いこなすための、非常に意義のあるものを言えるだろう。 飛躍があるかもしれないが、これを読んで思ったのは、論理的思考は国よりもっと細かく、個々人それぞれあるのでは?ということだ。自分の理解では、それぞれの価値観がまず先にあって、それを支える論理を組み立てていくことで、その価値観固有の論理的思考が形成される(と読み取った)。 その論理的思考法(感想文、エッセイ等)は型があれど、グローバル化の影響もあってか、土台となる価値観は現代においては実に多様と言える。そして各々微妙に違う価値観に合わせて、無意識のうちに論理を使い分けているのかもしれない。 本書の内容が個人レベルでも適用可能なら、例えば「こいつと話は合わないな」と思ったとしても、その人にはその人の価値観と論理が備わっていると理解ができる。この理解を直感的にではなく、それこそ論理的にできるようになれば、他人と自分の価値観を相対的に(論理的思考を4象限で表したように)見られるだろう。自分が象限の原点にいないことに気づく事こそ、相互理解の第一歩なのかもしれない。
0投稿日: 2025.10.19
powered by ブクログ文化的な背景によって論理的思考は異なり、大きく4つの論理的思考について説明されている。 これを読むまでアメリカ式の論理が論理的思考だと思っていたが、何を大切にするかによって相手を納得させられる論理展開が異なるのは必然だなと納得。 仕事なのかプライベートなのか、どのシーンでどの論理を取り出すのか適切に使うのかが大切。
0投稿日: 2025.10.18
powered by ブクログ論理的思考は、1つではない(目的に応じて形を変える)。そのために、多元的思考という視点を持ち、目的に合った思考法を選ぶ必要がある、というのが本書の主張。 論理的に考える基本的な思考のパターンは4つあり(演繹、蓋然的、アブダクション、弁証法)、それぞれ推論できること、できないこと、得意不得意などがある。目的に応じて最も適した思考法を選ぶこと、また他者がどの思考法で議論しているのかに目を向けることにより、より建設的な目的達成並びにコミュニケーションが期待できる。 論理的に考えるパターンが複数あるという提示は、私には目から鱗の体験。新たな視点が得られ大変嬉しい。一方、目的に応じて思考法を選択することなどは、それぞれの思考のパターンをよく理解し、かつ使いこなすといった訓練も必要になるだろう。このあたりのことを学びたくなる。
7投稿日: 2025.10.11
powered by ブクログ論理の形は文化によって違い得る。そのことをアメリカ(経済領域)、フランス(政治領域)、イラン(法技術領域)、日本(社会領域)の作文教育の方の違いから示す。一歩間違うとステレオタイプ化になりうるけど、「どの国においても四つの領域があり、人々は日常の判断においてそれら四つの領域の間をスイッチしたり、ザッピングして見比べたりしながら、四領域の区分をあまり意識しないまま選択を行なっている」(169ページ)とあるように人間は柔軟さを持っている。 よく言われる日本人の論理のなさを弁護する意図が感じられたりするのは穿った見方すぎるだろうか。
0投稿日: 2025.09.29
powered by ブクログ普遍的であるように感じられる「論理的である」ということ自体が、文化や目的によって異なるということに、とても納得しました。 ひととの繋がりのなかで、相手の論理が成り立っていないと感じることは、誰しもあると思います。そういったとき、私はお互いの視野の狭さや理解の低さに原因を感じていました。 しかし、同じ文化や教育を共有している日本人同士でも、それぞれの立場による「目的」に違いがあり、結果、論理的思考の文脈の違いが生じたことに原因があると理解・整理することで、自分と他者の意見の違いについて、考えやすくなったように思います。 本書の中で、日本人は起承転結スタイルだと語られています。私もそのスタイルだと読みやすいし、わかりやすいと感じます。しっかり日本人型なんだなぁと実感しました。
13投稿日: 2025.09.20
powered by ブクログ論理的に話して。 これまで何度も言われてきた言葉だ。どうして伝わらないのだろう。なんでこの人は私の言いたいことが理解できないんだろう。幾度となく悩んできた。その悩みを解決するのがこの本だ。 そもそも論理的であるということはどういうことなのか説明し、しかもそれが国や文化によって異なるという目から鱗としか言いようがない事実を私に突きつける。 大切なことを学んだ。それは相手の枠組みを理解し、それに対応することで物事はずっとシンプルになる。 難しい内容が多く、全てを理解できた訳ではないが非常に為になった。
2投稿日: 2025.09.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
思考には四つの型があって、それを理解して使いこなすことができないといけない。 それぞれのよさは何か。どんな欠点があるのか。詳しく書かれていた。 Kindleで読んだけど紙の方が良かったな。 加えて、思考することについて。何が前提で、主張は何か。根拠は。反論は。過去の文献は。結論は。どう組み立てどう伝えるのか、日頃から意識することが必要。 日本の教育では、説得ってあまりやらない。論破ばかりが独り歩きしている。それはかなり感情によっているから議論にならなかったりする。 熱き心、冷静な頭、清き手。
0投稿日: 2025.09.05
powered by ブクログ<OPAC> https://opac.jp.net/Opac/NZ07RHV2FVFkRq0-73eaBwfieml/SDtWjg7CaxA224yIIaGprf4Zf0l/description.html
0投稿日: 2025.09.04
powered by ブクログメモ→ https://x.com/nobushiromasaki/status/1960689267803611162?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw
0投稿日: 2025.08.27
powered by ブクログちょっと難しかったですが、とても面白かった! 文化、領域(経済、政治、法技術、社会)によって論理的思考の仕方がこんなにも違うということに驚いた。アメリカとフランスの違いにビックリ! 何が目的なのかを特定し、目的に応じて思考法を使い分けるとのこと。もっと若い時に知りたかった! 高校生、大学生に是非読んで欲しい。
0投稿日: 2025.08.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
仕事をしながら、上司や同僚の求める論理性になんとなく違和感を感じていた。 「ロジカル、論理的である」の定義が文化によって異なるのではないか、という本書の問題提起に、もしかしたら違和感のヒントがあるのかもしれないと思い、手に取った。 作文教育の中で「なんのために書くか、伝えるか」という目的をどう設定するのかが、論理性の文化に影響を与えており、その論理性の文化を分類すると、経済・政治・法技術・社会という4領域となるようだ。 ビジネスの場面では自分自身の現在の利益を最大化する「経済領域の論理」が採用されるが、政治の面では最も多くの人の害を最小化できるように複数の利害を調整する「政治領域の論理」が採用される。利害調整ではなく、日常生活に秩序をもたらすのが「法技術領域の論理」であり、社会の中で自分自身をよりよく変えていこうとするのが「社会領域の論理」である。 日本の作文教育では書くことによって、自身の経験を振り返り、経験した事象の前後で「自分自身がどのように変わったか」を表現させる。 これは、事象と自分自身の価値観に因果関係を見出す訓練をしているとも言える。 対象が何によって、どのように変化したか、それが読み手によっても因果関係を見出しうるのかが評価にされる。 他者も同様に因果関係を見出しうることを「共感」と呼び、この共感をもって社会の秩序、統制をとっているのが日本の価値観だといえる。 一方で、経済領域の価値観を反映したアメリカの5パラグラフ・エッセイは、現在、全世界でビジネスにおける文書の基本形として受け入れられている。 これは自身の主張を、根拠を添えて相手に伝えるかこと目的としており、主張を支えられる事実以外の情報を削ぎ落とすことで、主張のメリットのみを効率的に伝えるものである。 仕事の中で「論理的に」と言われる際の最も大きな違和感は、「結論を先に述べる=論理的」といわれる点だ。 結論や主張は、検討の結果であり、時系列的には最後になる。 それを先に提示することを要求するのは、読み手、あるいは聞き手自身が、結論について検討をする意思がないと感じる。 また、「結論」は必ずしも経済領域の論理でいう主張ではなく、話のテーマを指していることもある。 「論理的」とは、相手が期待する文章構造に従って説明されること、というのがわたしの理解だ。 相手が期待する文章構造は文化によって異なり、単に日本の作文の結びを先頭に持ってきただけでは、相手が理解しやすい説明になるわけではない。 相手が、確かに結論と補足説明の間に因果関係≒共感を感じられるような伝え方が、日本においてのコミュニケーションでは最も効率が良くなるのではないかと感じた。
2投稿日: 2025.08.16
powered by ブクログ広義の論理的思考。 レトリックの地域差に着目しており、論理は本当に思考を要するか否か等については触れていない。
1投稿日: 2025.08.03
powered by ブクログ型があり、使い分けを推奨。 恐るべきはフランスのディセルタシオン。 ヘーゲルの弁証法を取り入れてる。 フランス、ドイツが現代哲学においても牽引しているのはそういうことなんだろうな。 日本の感想文もそんな効用があったのか!と目から鱗。如何にアメリカ式エッセイが優れていると表面的に受け取っていたか。 イランのエンシャーについては、『「論理的思考」の文化的基盤』を読んだ方が暗唱の凄さが分かる。この辺りは司馬遼太郎『十六の話』に出てくる井筒俊彦の師匠の話を思い出した。
0投稿日: 2025.08.02
powered by ブクログ「論理的」と言うと、小論文のようなエッセイのことが思い浮かぶ。結論ファーストで端的に説明し、いかに自分の意見が効率的かを皆に説得するときに用いられるものを、論理的な説明だと思っていた。本書ではエッセイの他にもディセルタシオン、エンシャー、感想文の4つに大別して、各国の論理的な思考法とそれぞれの差異を敷衍した。感想文が論理的なのか疑問に感じたが、読後はその疑問は払拭された。 本書を読んで、エッセイの目的論的な思考に忌避感を覚えるのにも、私たちが子供の頃に書かされた感想文が関係してあるように感じた。
0投稿日: 2025.07.31
powered by ブクログタイトルにある通り論理的思考とは何か?という点で、西洋での論理文化を形成してきた4つの専門領域(論理学・レトリック・科学・哲学)の解説を始め、社会を構成する4つの専門領域(経済・政治・法技術・社会)に対して紐付けられた思考法などを、章を追って段階的に学ぶことができます。 文中に難しい言い回しなどがあったりして、自分には難し過ぎるかなとも思ったのですが、読み終わってみれば勉強になったなと感じました。中でも個人的に、代表する4ヶ国(アメリカ・フランス・イラン・日本)の「作文の型」について紹介する章が面白かったです。昔ブログをやっていてその時色んな文章の書き方を調べたのですが、その書き方のほとんどが結論から述べるアメリカのエッセイ式を主としているんだなと思いました。 本書でもありますが、1つの思考法に縛られず目的に応じた思考法を活用する「多元的思考」というものを、これから少しずつでも活用していければなと思います。
5投稿日: 2025.07.28
powered by ブクログ巷に溢れているいわゆる「ロジカルシンキング」を身につけるものではないです。 そもそも「論理的とは何か」という問いから始まり、論理的思考を4種類に分類し、それぞれの目的、優先するもの、得意不得意、を解説してくれています。 またそれがどのような文化から派生して、どのような領域で扱われるのかを分かりやすく書かれている。それがもう個人的には新しい視点で非常に勉強になりました。 ちょこっと論理学を齧ったのですが、その論理学の考え方が、全てが全ての場面で効果を発揮するかと言われれば、そうではないと実感しています。 相手が優先しているもの、目的としているものがぼんやりと違うからかなと思っていました。 ですが、この本を読んで異なる論理的思考をベースにしているからだと気づきました。 まずは自分がどの論理的思考をベースにしているのか、その次に相手、そしてどの論理的思考を使うべきかを考える。 常にロジカルシンキングで相手を説得することが目的ではないのだと胸に刺さりました。 この著者の他の本も読みたくなりました。
0投稿日: 2025.07.20
powered by ブクログ小さい時、アメリカは憧れだった。科学技術もコンテンツも日本の数歩先をいっている感覚だった。でも最近はその短絡的な行動にあきれつつある。トランプの支離滅裂さ然り、機関投資家の強欲さ然りだ。 この本は論理的思考は文化的背景によって異なることをアメリカ、フランス、イラン、日本の作文教育を比較しながら論じる。アメリカの典型的なエッセイの型は経済領域に位置づけられ、何よりも効率が重要視される。そして真偽はともかく因果がもっともらしい論拠を元に自分の考えを主張することが求められる。この型への違和感が最近感じていたアメリカへのあきれの原因なんだと腑に落ちた。 言われてみれば、ロジカルシンキングで論を尖らせて主張を際立たせ、相手を説得することにも最近疲れてきている。そりゃ文化的背景が違うのにやみくもにアメリカ型の論理思考をしていたら当然だ。 なにもアメリカ型の論理思考が悪いわけではない。どの国も本書で挙げられている4つの領域を使い分けているとも書かれている。要はどういう型の論理思考があって、その文化的な背景や目的は何かを理解することが重要ということだ。郷に入れば郷に従うとは相手の論理的思考を理解しつつ対話することでもあるなと思う。
3投稿日: 2025.06.30
powered by ブクログこれを読むことで世の中には論理的思考の型が複数あり、論理的であるとはその型に従っていること、かつ両者でその型を共有していることなのだとしっくりきた。今までどれだけ自分なりに論理的に話していても、相手に通じないな、のれんに腕押しだなと思うことがあったが、これが原因だろう。また、この本を読んで改めて日本の作文教育が私は嫌いだと思った。
0投稿日: 2025.06.29
powered by ブクログ「論理的思考」の型とその使い分けについて、非常にわかりやすく考察されていた。タイトルだけ見ると身構えてしまうが、読みやすかった。これまで自分が思っていた論理的であることはアメリカ的なものであった。行動の目的を明確にし、その目的と相性の良い論理的思考の型を認識し、使い分けることで相手に対して有効な伝え方が可能となる。反対に、もし議論の中で相手と齟齬が生じている時はその目的か議論の型、あるいはその両方が一致していない可能性がある、ということ。技術的なところは練習する必要があるが、このような俯瞰的な視点を持つことは重要だと思った。これまで読んだ数少ない新書の中ではトップクラスに有益であった。
1投稿日: 2025.06.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
論理的思考とはなにかについて、 論理的思考は目的に応じて形を変えて存在する と答えた本作。 論理的思考というとひとつと思っていたが、 四つの専門学(論理学、レトリック、科学、哲学)よそれぞれの目的に対応した思考パターンがさらに社会を構成する四つの領域(経済、政治、法技術、社会)の価値に紐づけられた論理と思考法であることを知った。 後半でアメリカ、フランス、イラン、日本の 作文比較は面白く、義務教育を通して国毎の価値観を伝達しており、読書感想文はまさに日本が社会他者をおもいやる精神があらわされており、アメリカとは違うこと容易に想像できて興味深かった。
0投稿日: 2025.06.27
powered by ブクログ国によって論理思考が異なるということだが、このことをきちんと認識していれば、英文による外国出願の文書などをもっと精査できたのではないかとあらためて感じる。
0投稿日: 2025.06.26
powered by ブクログ論理を複数覚えて、それを目的に応じて使いこなすという考え方は良い。確かにアメリカ的なひたすら効率重心の考え方は平成の経済成長の時代にはいいのかもしれないが、今後の複雑化した世界では、この論理の選び方が求められるのかもしれない。グローバルな人材に求められるスキルだと思われる。 また、日本的な「感想文」のロジックはすごい好き。正直自分は得意ではないけど、AI などが発展していく中、EQ 的な観点で大事なスキルな気がする。また、日本の社会の居心地の良さ(民度の高さ)について、良くも悪くもこの感想文により培われた共感力が活かされているのだなと思った。
0投稿日: 2025.06.18
powered by ブクログ論理的思考を4パターンに分け、それぞれが実用性を発揮する分野について解説している。分野が違えば有効な論理も変わるというわけだ。 しかしながら、私が本書を読んで感じたのは人は自分のパラダイムでしかものを見られないということである。自分のパラダイムから外れたものは全て非論理的なんである。本書を読むことで自身のパラダイムを広げることができるのではないだろうか。本書が非論理的に見える他者を理解する一助になる、かもしれない。
1投稿日: 2025.06.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
難しかったけどためになった。 論理的思考とはひとつではなく、さまざまな価値観や状況で変化するもので、手段として論理的思考を使って、目的に応じて変えていくことが重要だと分かった。 “論理的思考には価値観に紐づいた思考の型がある” “思考の技術を使いこなすには、目的(そこに価値観が現れる)をまず特定してその目的に合った思考法を選ぶこと” “「目的は何か」、その目的のためには「どの思考法」がよいのかを考えること” “主体的に考えるとは、まずは思考し判断する「目的を明確にする」こと、そして目的に応じて「手段を選べること」にある。論理的思考法は目的ではない。あくまで手段である。”
0投稿日: 2025.06.15
powered by ブクログ論理的思考はひとつではない。世界共通でも不変でもない。これからは、異なる論理的思考目的にあわせてそれらを選択することが必要という。 異なる論理的思考はそれぞれの国の文化であり、作文授業がそれを保持している。教育の重要性/恐ろしさも感じた。 理解を助けるために図解や表の他に箇条書きのまとめ囲みが数カ所出てくるが、そこだけ読んでもわからないので、不要に感じた。
0投稿日: 2025.06.15
powered by ブクログ論理とは、世界共通の概念であると教わってきて数十年、本書を読むまでは、それは自分が酷く曲解していたものだと知ることになった。 論理そのものは共通にあるとしても、論理そのものの思考方法が、国や地域ごとにシステマチックに分類され、当然ながら日本とはまったく別のものであることが多いことが説得力をもって明らかになる過程に知的好奇心をくすぐられる。その国の論理過程を知らなければ文章の論理を正しく追うことも難しくなってくる、そんな視座を与えてくれたのは非常に大きかった。 AIが発達し、海外の至るところで多くの情報が手に入る今だからこそ、論理的思考のパターンを知り、正しく情報を読み取る技術が求められる。そのヒントが詰まっている一冊であると感じた。
5投稿日: 2025.06.14
powered by ブクログ子どもの読書に関する仕事をしていた時に、やたらと「論理的思考」という言葉を聞いたし使っていたが、いや待てよ、そういえばなんだったんだっけ、とこの本を手に取ったのであった。ざっくりいうと、思考する目的によって思考の方法も変わってくるよ!すなわち、論理的思考ってのは一つじゃないよ!ましてや世界共通なんかでもない!「多元的思考」をたくましくすることが大事!世界に羽ばたくみんなは特にがんばって!みたいなことを、各国の文化的背景や、作文指導などから説いていく。こういうちょっと難しい本を読むと、ほんっとわかってないことが多いな、と思う。いつかもう1回読もう(たぶん)。
1投稿日: 2025.06.07
powered by ブクログ書店で目に入った。 読んでみたいな、でも難しそう、、、。 一読手にして書棚に戻してを、何回か繰り返した後、購入。 いわゆる「論理的」思考が得意ではない私は自分にいつも自信がなかった。 私が「論理的」な思考、文章に違和感を感じていた理由が、本書に詳細に書かれており、長年の悩みが解消しつつある。
2投稿日: 2025.06.05
powered by ブクログガツンと系でした カツ丼大盛りとざるうどんのセットですってそれはお腹にガツンと! 前頭葉にガツンと来ました 『論理的思考とは何か』と問われれば、それは世界共通で不変の論理があると思ってました まさに本書の問題提起のところ全く同じ しかしそうじゃないよ!っていうのよ 「論理的思考」ってのは、背景となる文化の違い、価値観の違いによって変わってくるよってことなのよ そして、四つの領域について代表的なアメリカ、フランス、イラン、日本の学校教育の内容を見ることで、超分かりやすく解説してくれてます さらには、それぞれの「論理的思考」を目的に応じて選択することで、多元的な考え方が出来るようになるよと結んでます いやーほんとガツンときたわ! かき揚げ丼とミニパンチとたぬきうどんのセットってそれはもういいわ! 山田うどんか!( ゚д゚ )クワッ!!
67投稿日: 2025.06.04
powered by ブクログ2025年6月「眼横鼻直」 https://www.komazawa-u.ac.jp/facilities/library/plan-special-feature/gannoubichoku/2025/0601-17309.html
0投稿日: 2025.06.02
powered by ブクログ昨年末に出た本で関心があったので読んでみた。難しい箇所もあるが、全体的にはわかりやすく非常に興味深い内容だった。 論理的思考とは、ロジカルシンキングの考え方で唯一のものと思ってたけど、この本ではそれを含めて目的の異なる4種類の論理と思考法が示される。 よく拙い報告書のことを、読書感想文のような、と言う時があるが、あれは違う目的の領域での論理展開だったんだな。 この本は、ちょっと世の中の見方が変わったかも、と言うと大袈裟すぎるかもしれないが、それくらい新鮮でインパクトがあった。
3投稿日: 2025.05.29
powered by ブクログとても良い本。高校生のときに読みたかった。プラグマティックにも有益な本。大学受験の記述問題準備にも、ビジネスパーソンが社内文書や提案書などを書くときにも、非常に参考になるだろう。但し、この本を読んで感銘を受けたおませな高校生が、この本の片言隻語を金科玉条のように振り回さないことを祈る。著者もそれは望んでいない。自分で考えたことをどのように人に伝えるのが最も適切かという技術を涵養するのが大事なのだから。 著者は、記録に残りにくい口頭の言葉ではなく作文・論文に焦点を当てて研究を重ねた結果、論理的な書き方、説明の仕方というのは、必ずしも世界に一つ決まっているわけではないと断言するに至った。価値観の違いにより、何を論理的であると思うかが違ってくるというのだ。 昔勤務した会社では、「文書を書くときは最初に結論を書いてくれ。最後まで読まないと何が言いたいのかわからない文書は、読む人に時間の無駄を強いるものだ」とよく言われた。ビジネスの世界では、今もその考え方は変わっていないだろう。この本によれば、そのような考え方は、論理的思考の一つの形態に過ぎず、アメリカ式経済優先の論理的思考形態だということになる。逆に、日本の学校で書かれる感想文のような、そこはかとなく人々の共感を呼び起こすような作文もまんざら捨てたものではなく、それも論理的思考の一形態と言ってよく、「社会領域のレトリックを体現する」(114ページ)ものなのだという。 著者は論理的思考の型を、アメリカの経済の論理、フランスの政治の論理、イランの法技術の論理、日本の社会の論理、という4つに分類し、それぞれの国の作文の書き方をそのモデルとして詳述している。だが、もしかすると他の国にはまた少し違う思考形式があるのではないかとも思えてくる。例えば、ロシアは? 中国は? インドは? ケニアは? エジプトは? ブラジルは? などなど。とは言っても無限に調べているわけにはいかないし、著者の「経済」「政治」「法技術」「社会」という分類を前提としたフレームワークは当面極めて有効なものとなるだろう。個人的にはノーベル賞ものだとも思う。 ところで、私のこのような、とりとめのない文章はどの型に該当するのだろうか? 日本の「社会の論理」ということになるのか、それとも拙すぎて分類対象外ということになるのだろうか。
2投稿日: 2025.05.21
powered by ブクログ◆書評(NIKKEIリスキリング 2025 / 5 / 16) https://reskill.nikkei.com/article/DGXZQOLM148UQ0U5A510C2000000/
0投稿日: 2025.05.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
・一言で論理的思考といっても文化によって筋道(型)の違いがある。そして作文の構造によって論理の筋道は導かれる。 ・
1投稿日: 2025.05.14
powered by ブクログ一般に論理的思考とは、普遍的で、万人に共通な思考であると考えられがちである。しかし、本書では、価値観や目的によって、異なる論理的思考があると説く。 社会を構成する4つの領域(経済、政治、法技術、社会) それぞれに固有の論理的思考、議論の技術、作文の型がある。ある領域の思考法からすると、他の領域の思考法や議論が不合理なものと感じられる。コミュニケーションがうまくいかないときや、相手の論理が不合理であると感じられるとき、実はお互いが別の領域の論理で考えていることが多い。 現代日本では、アメリカ型のエッセイ、すなわち主張とそれを支える根拠、最後に主張を繰り返す結論、という形式の文章が主流となっている。これは効率性を重視するビジネスや経済領域における議論には親和的である。しかし、慎重な合意形成が求められる政治領域や、他者への共感や道徳的な振る舞いが求められる社会領域では、不都合なことが多い。 日本人の思考法は非論理的だ、日本の学校で習う作文は主観的で論理性に欠ける、などと批判されることもあるが、「共感や利他性に基づき、緩やかに統合される社会」という観点から見ると、実は合理的だったりする。 価値観が多様化し、様々な文化を背景に持つ人々が共生している現代社会では、複数の論理的思考を知り、状況に応じて使いこなせる「多元的思考」が、より必要になっていく。本書はその入門書として最適だろう。
1投稿日: 2025.05.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「論理的思考は目的に応じて形を変えて存在する」 先日、コミュニーケーション論の一つとして、「わかりあえないことから」(平田オリザ著)を読んだが、まだ違った視点でのコミュニケーション論だったように思う。 帯に「『分かり合えない』と決めつける前に知っておきたい、4つの論理!」と書かれてあったわけだが、確かに知っておきたい論理だった。 アメリカ、フランス、イラン、日本の論理の型を解説してくれるわけだが、まさしく目的や相手、状況などに応じて適切な論理というものがあるということがわかった。 何が良くて悪い、という話ではない。 アメリカ的な論理が生きる場があれば、日本的な論理が生きる場所もある。 日本の「感想文」の意味や目的も知ることができてよかった。 国語教育に携わる端くれとして、とても勉強になった。 心情把握の問題が読解にあるのは日本独特のものだなんて…! 「国語」という教科を通して何を求めているのかがよくわかる。 再読は必須。
1投稿日: 2025.05.06
powered by ブクログ各国の「論理」がどのようにして形作られ、なぜ分かり合えないのかが示されていた。 現在のトランプ政権が陥っている暴走の原因にも示唆があったように思える。また、いわゆる哲学書がなんとなく読みづらいと感じていた理由も提示されていたように感じた。 各推論の形については理解が追いついていない部分もあり、深めたいところ
1投稿日: 2025.05.05
powered by ブクログ論理的思考は、世界共通ではない! ここでまず驚くのであるが、本書では四つの思考の型と、いわゆる”作文”の比較がなされている。 文化によって、どのような述べ方が論理的であるかが異なるとのこと。 結論的には相手の価値観に合わせ、論理的思考を切り替える異なることが薦められる。 海外で取引するような仕事等、自分の話が通じないと感じる場面では有効だろう。 そうでなくても、国語教育に携わる者として、日本的な作文と、他国のエッセイやディゼルダシオン、エンシャーとの比較は興味深かった。 これらとの比較により、作文が共感的能力の育成の一助となっていることや、日本人的な価値観を改めて考えることができた。 また、著者が感想文を非論理的なものとせず、日本的な論理的思考で構成されているものと位置付けていることもよかった。 内容は簡単ではないのだが、非常に読み応えがあり、繰り返し立ち返って読み込みたい本であるし、著者の別の本も読んでみたくなった。
3投稿日: 2025.04.28
powered by ブクログほんの少し国語教育に関わる身として非常に響くものがありました。各国の作文教育の違いに論理的思考の違いが見て取れる、というのはこれまで考えたことなかったし、そりゃあ意見が対立するよな、と理解できました。日本の思考がどのように成り立っているのか、頷くことばかり。論理的思考は手段、目的によって使い分ける、という筆者の言葉が沁みます。使い分けられるぐらいに、さまざまな思考法を知っておかねばなりませんね。そして、子供の頃から作文を書くことで日本の論理的思考を身につけた我々、手放さないでいたいと強く思わされました。
2投稿日: 2025.04.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
論理的思考とは武器である。相手を説得するレトリック。常識を疑い本質を掴む哲学。そのほか複数の思考法を用い、組み合わせることで、各思考領域にて目的と向き合う手段となる。本書を読む事で、私は論理的思考は厄介な難敵ではなく、有意な選択肢だと考えらるようになった。
2投稿日: 2025.04.17
powered by ブクログ論理的思考とは何か。私たちは、早いと幼児期から感覚と身体を通して規則を学び、小学校低学年時の頃には客観的思考の発達が始まる。 現代においては、テクノロジーが身近になり、良し悪し問わず論理的思考が急速に発展・発達していくことだろう。 論理的思考とは、生まれた国の文化や価値観に大きく影響されると示唆されており、その垣根はネットという媒介を通して想像以上に論理的思考を学習する全ての人間に影響が出てくるのではないか、または研究も進むのではないかと期待している。 論理的思考は分野が違えば、ものの見方や論理的手法も多様になる。テクノロジーを通して論理的思考を学ぶことも大変良いが、自分の頭で考えて様々な角度と視点と世界の捉え方で論理の結末が異なるということを私たちは知らねばならない。
1投稿日: 2025.04.17
powered by ブクログ薄いのに読むのに時間がかかった。ちょっと自分には難しかったかも。もう1回読んだらもう少し理解できるかなぁ。 一つわかったことは、論理的に思考する方法が「ひとつではない」こと。 専門領域や国によって違うそう。 外国の著書を読んだときに、なんとなく読みづらいなぁって感じることがあるのは、論理的思考のアプローチが違うから、アウトプットとしての文章の組み立ても違うからなのかとなんとなく腑に落ちた。
1投稿日: 2025.04.15
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
理系なので科学的論文の構成法には慣れているが、社会科学でも同様の構成とすることに対し、強い違和感を覚えていたが、論理的展開は文化であることを知り、腑に落ちた。予想される論理展開のパターンでないと、論理的に受け止められないという。フランスの論文では弁証法で書くとのことで、弁証法自身はいい思い出がないが、直線的でない論理構成には腑に落ちるものがある。
1投稿日: 2025.04.13
powered by ブクログ経済、政治、法技術、社会。国によって重視する価値が異なることで、そのよって立つ論理の構造も多様であり、論理的であることの意味そのものが異なってくる。いわゆるアメリカ流のロジカル・シンキングだけが論理的であるというわけではないことが示される。 優先的な価値に即した論理構造を選ぶことで、適切な解を導くことが出来るというのが著者の主張であるが、そもそも現代社会では優先的な価値をめぐる論争が絶えず、個人の頭の整理としては役立つとしても、社会的な合意を目指すための技術としてはやや物足りない気もする。 日本では感想文教育をはじめとして、体験を通した他者の共感を重視しているとされるが、国際比較において日本人の共感性が著しく低いとされることとの関係はどうなっているのか、少し気になった。
2投稿日: 2025.04.05
powered by ブクログ私が購読している新聞は日経ですが、外国人記者の書いた記事(論考的な長文記事)がよく出てきます。私にとってはすごく読みづらい、ということが多いのですが、その要因は、この本に書いてあることが一つなのかもしれません。外国人記者の記事は、冒頭から肌に合わない、皮肉っているのかボケているのかよくわからない中途半端なぶっ込みがあり、文中もよく分からない角度で長くダラダラと薄っぺらい記述が続く、という印象が強く、率直に言って好きではないのです。同じ位置付けの日本人記者の記事の方が圧倒的に読みやすい。これは、「論理的」とする基盤を共有していないからなのかもしれませんね。というか、私が日本以外の基盤を理解できていないだけで、あれを良しとして掲載している日経の編集者には、理解できているので良い記述なのでしょう。何か、モヤモヤが残りますw まとめると、この本は日本を再発見できて、感動する。です。
1投稿日: 2025.04.03
powered by ブクログ【琉大OPACリンク】 https://opac.lib.u-ryukyu.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BD09125485
0投稿日: 2025.04.01
powered by ブクログ論理的思考は一つではない。アメリカ、フランス、イラン、そして日本で学校で教える作文の型から論理の型を見つける。本質論理を構成する四つの領域:経済、政治、法技術、社会の特徴を明らかにする。それぞれ、アメリカのエッセイ、フランスのディセルタシオン、イランのエンシャー、日本の感想文。
1投稿日: 2025.03.28
powered by ブクログ【星:5.0】 世界共通の論理的思考というものはなく、目的が違えば論理的思考の方法も変わり、重要なのは、目的に応じて適切な論理的思考方法を選択して使うことだと著者は説く。 少なくとも、私には目新しい考え方で、目からウロコという感じであった。 論理的思考というと、巷でいうロジカルシンキングのことであり、これが世界共通の論理的思考であるというのが世間一般の認識だと思う。 しかし、この本では、このアメリカ的な論理的思考方法は、あくまでその1つではないということをわかりやすく説明してくれている。 具体的には「経済の論理(いわゆるロジカルシンキング)」、「政治の論理(フランス)」、「法技術の論理(イラン)」、「社会の論理(日本)」と4つに論理的思考方法を分け、それぞれを比較しながらその特徴を明らかにしていく。 目的による論理的思考方法の使い分け、という新たな視点を提供してくれたなかなかの1冊であった。
2投稿日: 2025.03.27
powered by ブクログ読解力がないのか理解するのに時間がかかったが、興味深い内容だった。 特に二章のアメリカ、フランス、イラン、日本の学校で教えられる作文の型や、そこに至る歴史的背景をまとめた部分が自分的ツボ。
2投稿日: 2025.03.26
powered by ブクログ1079. 2025.12.03 ・「論理的思考」といっても不合理と思われない作文の並べ方というぐらいの緩い意味。 ・四か国の教育において是とされる作文形式において、加点減点される基準を比較すると、それぞれの合理性の内側では「論理的」に評価されるべき基準が他の基準からはまるで悪口のように不当なものにもみえるというのが興味深い。
1投稿日: 2025.03.23
powered by ブクログ51 論理的であること=「読み手にとって記述に必要な要素が読み手の期待する順番に並んでいることから生じる感覚である」→論理的であることは社会的な合意の上に成り立っている 55 目的の優先順位に価値観が現れる 「私たちはある価値観を優先し、その価値観に紐づけられた各領域の論理を論理的だと考えている」=実質論理 58 各領域の価値基準に基づいて形式論理的に判断した時、合理的な行為が決まる 163 論理的に考えるということは、育った環境や信条も好みも異なる個人が、パターン化された思考をもとに「非個人的に」、「安定して」、「伝達可能な形で」考えることなのである。 日本-社会論理 感想を抱き、言語化する。その時、当事者性と切実性を持つ。日本語の語りは、起承転結によって秩序づけられる。
1投稿日: 2025.03.22
powered by ブクログ非常に面白かった。教育に関心がある人なら多くの人が面白いと感じるだろう。各国の「作文」を通して見た価値体系をキレのある論じ方で示していた。しかも、各国の文化の深いところまで掘り下げられていて、非常に勉強になった。
3投稿日: 2025.03.20
powered by ブクログ著者は「論理的」という感覚がいささかも普遍的なものではなく、歴史的・文化的・社会的に構築されたものであると主張する。各国で用いられている作文のテクストから論理の「型」を取り出し、分類していく部分はやや単純化が過ぎるように感じるし、そもそも教育やカリキュラムの「送り手」側の理念やメッセージしか議論されていない。そのため、日本の国語教育における「綴り方」の評価には首をかしげてしまう部分もあった。 しかし、「論理」を考える際、普遍的・本質主義的なとらえ方から解放してくれる着想は勉強になる。つまり著者の立場からすれば、論理学を学ぶことと「論理的思考」を学ぶことは決してイコールにはならないわけなのだ。「思考」=考えの形成のプロセスを文章の「型」から見ていこうとするプラグマティックな発想もなかなか面白かった。著者のスタンスを応用することで、「考えの形成」の道筋をモデル化していくと、大学での初年次教育でも活用できそうな気がする。
2投稿日: 2025.03.20
powered by ブクログ著者による学術書「論理的思考の社会的構築」が気になりつつも、なかなか手を出せなかったところにちょうど縮約版とも言えそうな新書が出されていたので手に取ってみた。 米国式とフランス式の「論理的思考」の違いについては、双方の哲学書を読む中で薄々感じ取っていたことが言語化されていたが、さらにそこにイスラームの論理と日本の論理を対置してそれぞれの論理を4象限に分けて論ずることで、論理の多元性がさらに掴みやすくなった。 日本の読書感想文カルチャーを一つの論理として見つめ直すことができるというのは目から鱗で、そもそもなぜこれほどまでに「気持ち」を問う国語授業が当たり前化しているのか、歴史的な側面からも触れられているため、日本ではどのような論理的思考が重視されているのか見つめ直すことができた。
2投稿日: 2025.03.18
powered by ブクログ論理的思考法。 これについて解説している人や本は巷に溢れていますが、この本はちょっと視点が違っています。 そこに興味が湧き読んでみました。 大筋としては、私たちが思っている論理的な言い方、書き方、考え方は、そんなに万能じゃないよ!という話。 論理的思考というツールを使って、どんな問題を解決したいのか。 それによって、適切な思考法は変わってくるよと言っています。 なんか最近論破がトレンドになってますね。 日本でもやたらと攻撃力の高い自己主張型の人が謎に支持を得るのは、やはりアメリカの、経済重視な思考型の影響なんでしょうか。 それはさておき、でもこいつのこの論破って微妙だった、無理があったよね、そもそも論破できてない。 そんなふうに低評価の烙印を押されてしまうことがあるのは、論破の目的と手段が噛み合ってないからなのでは? と腑に落ちる瞬間が、読んでいる途中にありました。 学術的な要素を含んでいて小難しい話もありましたが、それぞれの型に文化的な背景や良し悪しがあって面白かったです。 自己主張のストレートパンチを得意とするアメリカ、まわりくどさに定評のあるフランス、宗教上の理由から融通の効かないイラン、自分語りと共感が物をいう日本。 これらが対決しているような構図の章もあって、熱いですね。 論理的思考法を切り替えるという器用な真似は、実践するにはなかなか難しそうですが、論理的に語ってる風の人を冷静に見る観察眼を養えそうな一冊です。
10投稿日: 2025.03.15
powered by ブクログ論理的思考は万国共通の、シンプルで目的合理な思考だと思い込んでいたが、そうではないことがわかったことでメタ認知できた。 論理学(演繹)、レトリック(蓋然)、科学(遡及的、アブダクション)、哲学(弁証法)の思考のフレームと、経済、政治、法、社会のそれぞれの目的と作文にみる論理展開の違いは、自分の中できれいに体系化できた
1投稿日: 2025.03.14
powered by ブクログ『論理的思考』は一つではなかった。世界は広い。 でも相手も一つではない事を、知っていないと『論理的思考』として認識されない。結局、国によって使い分けるのか?五つ星を付けている人達みたいに理解が出来ていない。でも理解したいと思わせる本である。しばらくしてから、再挑戦してみます。
2投稿日: 2025.03.13
powered by ブクログなんだか久しぶりに紙の本で読了。 論理的思考、と言ってもその考え方は歴史や文化的背景によって異なる、と言うのが新しく新鮮な視点だった。論理的思考といえばアメリカのような、結論→根拠→結論、という型ばかり言われて、日本の感想文は非論理的って言われるけど、そんなこともない。むしろ、多様性の時代(トランプ氏のせいで逆行してるけど)においては、他者の感覚を取り入れていく日本の感想文における論理的思考こそ、案外大事になるんじゃないかと思った。 恣意的な結論と、そこに必要ないものを切り捨てていく思考方法は、スピード感あってシンプルがゆえに、説得力があるし決断の速さにも直結する。けど、これからの不確実性がより高い時代には、もしかしたら多様な価値観を反映したスピード感に欠ける思考方法こそ、もしかしたらより良い結論にら結びつくのかもしれない。(本当に最近のアメリカ見てると、シンプルなものがいいとは思えないしね) いずれにせよ、その時々、状況に応じた思考方法の型を持っておく、少なくとも知っておくことは、より幅広く寛容なコミュニケーションにつながるのかもしれない。
2投稿日: 2025.03.09
powered by ブクログ実は半月近く前に読み終わっていたけれど、記録を先延ばしにしてきた一冊。 興味深く読めたことは間違いない。 ただ、読んでいる最中には、「おお、そうなのか!」と思うのだが、本を閉じると「あれ?」と思うことがしばしばあって…。 どうにもレビューが書きにくい。 第一章に、本書のテーマである論理的であることとは何かが、とても分かりやすく示される。 それは、「読み手にとって必要な情報が、読み手の期待する順番に並んでいることから生まれる感覚」だと。 つまり、「論理的である」ことは社会的合意の中で形成されるものであるため、文化による差が生まれる。 この話は、以前読んだ同じ著者の本でも述べられたことで、とても興味深く感じられたことだった。 さて、この本の構成は、最初に「西洋の思考のパターン」として、四類型が示される。 論理学、レトリック、アブダクション(科学)、哲学である。 で、それぞれの特徴を解説し、第一章の論理的であることの文化的側面の話に移っていく。 ここで合理性が形式合理性(手段が目的に適合していると感じられるか)と、実質合理性(行為に値する目的だと感じられるか)の二軸と、主観・客観という別の二軸を交差させた四領域を作成し、どの社会にも存在すると思われる経済領域、社会領域、政治領域、法技術領域に割り振っていく。 ・主観+形式合理性…経済領域 ・主観+実質合理性…社会領域 ・客観+形式合理性…法技術領域 ・客観+実質合理性…政治領域 実は、このあたりから、ややついていけない感じがしてくる。 まず「西洋の思考のパターン」として取り上げられている4つは、文化と時代を超越した普遍的なものなのか? 筆者はどう考えているのか、いまひとつわからない。 もちろん、文化相対主義のように、異なるものを比べても意味がない、という議論をするのではなく、あえてそれを類型として見るのだ、ということだと理解できなくもないのだが… 「西洋の思考のパターン」と第一章で出てくる4領域とのつながりもわかりにくい(重ねたいのかなあ、と思われるけれど、きれいに重なっているわけではない)。 第2章では、アメリカ、フランス、イラン、日本の作文教育で教えられている型の分析。 著者の他の本でも論じていた内容。 例を挙げてどのような論の展開になるのか示されるので以前読んだ本でより理解が進んだ気がする。 第3章では他の文化圏から、別領域の作文(もちろん、そこでの論理展開)を見るとどう見えるのかということも説明されている。 本書ではっきりとわかったのだが、著者は日本の感想文や意見文を意外と高く評価している。 日本型の作文では共感が必要とされるため、高度な非認知能力を養う効果が期待できるのだそうだ。 その中で社会化された人々は、道徳観を内面化し、強圧的な措置なく社会秩序が保たれるということを強みとして捉えている(それが決断力の欠如などの短所につながることも同時に指摘してもいる)。 終章は、タイプの違う思考方法を柔軟に使い分ける多元思考を推奨して終わる。 たしかに、今や日本でもアメリカ風の5パラグラフ・エッセイばかりがもてはやされている。 (哲学の論文ももしや、今やその型で書くのだろうか?) そういう風潮に一石を投じることになる本だと思う。 が、一方ではそう簡単に複数の型を身につけ、使いこなせるのだろうか、という疑問を感じてしまう。
1投稿日: 2025.03.08
powered by ブクログ話題に成っていた本だったので 購入に至り 本日 読了致しました 先ず 私自身にとって (論理的思考)と言う概念が イマイチ掴めずに読み始めた頃は そう感じて居ました 中々 難解な内容では在りましたが 読み進めて行くうちに 何となくでは在りますが ボンヤリと(論理的思考)と 言う概念に少しづつ 近付いて行けました レトリックとして 高校や大学で例えば 小論文等々を作成する際に 活用されるのが 先ずは 本書の狙いの一つだと 思いますが 高校や大学に 行って居なくて 大人に 成ってからでも 様々な 観点から 渡邉氏は この作品を著述されているので 思考法として 現代人の 大人としての教養として 受け容れられる作品かなとも 思いました 哲学や科学 社会学 等々 様々なジャンルの分野から 俯瞰して物事を捉え 論理的に説明する事を 目的とした 作品だと 私は捉えて居ます 読了しましたが かなり勉強に成りましたので 再読も有りかなとも 私自身 思って居ります とても勉強に成る 作品でした。
1投稿日: 2025.03.07
powered by ブクログ渡邉雅子『論理的思考とは何か』読了。論理的というと普遍的、万国共通なものとなんとなく思っていたが、経済、政治、法技術、社会に代表される四分野でその内実も異なることを米、仏、イラン、日本各国の教育過程で重視される「作文」の型を通じて示す。トランプが政治の場面においてディールすなわち経済の論理で押し進めようとすることに対して米国内でも批判はあろうが、支持者をそれを支持する背景にこういったことが(少なくとも一部には)あろうということは頷ける。日本でも共通善であったり公共の福祉を実現することを目指すべき政治分野で同様に新自由主義の論理を突き進めることに恥じない人が増えているよなあ
3投稿日: 2025.03.02
powered by ブクログ一般的な論理的思考に対する見方を相対化する本と言える。 これまで学校で習う論理と、ビジネスで求められる論理との違いに疑問を感じたことがあった。つまり、学校では感情や気付いたことなどの感想を書いたり話したりするように求められるのに、ビジネスでは結論ファーストで、長々と書いたり話したりすることを良しとしない。そのズレについて、疑問に思っていた。 本書は、まさにこの疑問に対する一定の答えを示した。要するに、領域が異なるため、そこで目指される目的が異なるからと言える。学校では社会領域における論理が伝達されるが、ビジネスでは経済領域における論理が支配的となる。であれば、当然、目的が異なるため論理も異なり、その間にはギャップが生じることになる。 感覚的にはわかるため普段当たり前のように用いるけれども、説明しようとするとなんだかよくわからない、論理的思考という不思議な言葉について、4カ国の作文の比較を通して実証的に明らかにした良書と言える。
2投稿日: 2025.03.02作文の型は思考の型を形成する
日本の大学入試の国語で特徴的なのは、小説の登場人物の心情を問う問題がやたら多いこと。 状況描写から心情を読み解くこの問題は、場の空気を読んで反応できる共感力を試している。 一見非論理的と思われがちな日本の感想文も、実はこの能力を育んでいる。 我々は、読み手の期待する順番にすべての要素が並んでいると、論理的だと感じる。 日本の感想文は、必ずしも結論が明確に示されるわけではないけれど、体験に基づく感情の推移や変化を重視する。 これは、共感に基づく社会性や協調性を重んじる日本の文化を反映した、独自の論理と言えるだろう。 アメリカのエッセイのように、結論を最初に提示し、根拠を論理的に積み上げていくスタイルとは大きく異なる。 しかし、だからと言って日本の感想文が非論理的かというと、そうではない。 感情の描写を通して、書き手と読み手の間に共感の橋を架ける。 暗黙の了解や行間を読むことを重視する日本のコミュニケーションにおいては、この「共感」こそが重要な論理なのだ。 日米の4コマ漫画への感想の違いも興味深い。 アメリカの子どもは、結果に直結する原因を重視するのに対し、日本の子どもは、出来事の順序を丁寧に説明する。 これは、日本人が物事を多角的に捉え、様々な要因が複雑に絡み合って結果に至ると考える傾向を示している。 一つの原因に絞り込まず、全体像を把握しようとする姿勢は、複雑な社会状況を読み解く上で大きな強みとなる。 また、古いものを捨てずに、新しいものと融合させていく日本の文化も、この思考法と関連している。 伝統と革新を両立させるバランス感覚は、世界的に見ても稀有な才能と言えるだろう。 一見遠回りに見える共感重視のコミュニケーションや、多角的な視点も、実は日本独自の論理に基づいた、高度な思考法なのだ。 相手を非論理的だと感じてしまうのは、多くの場合、自分と相手の「論理の型」が異なっているため。 自分が当然だと思っている思考の進め方、情報の整理の仕方、結論の導き方が、相手とは全く違う場合、私たちはそれを「論理的ではない」「筋が通らない」と認識してしまう。 これは、文化的な背景の違いによるものが大きい。 例えば、アメリカ文化で重視される明快な結論提示と根拠に基づく論理展開は、結論を曖昧にすることを良しとする文化圏の人々には、回りくどい、あるいは冷たいとさえ感じられるかもしれない。 逆に、間接的な表現や文脈を重視する文化圏の人々のコミュニケーションは、直接的な表現に慣れた人々には、何を言いたいのかわからない、非論理的だと受け取られる可能性がある。 さらに、コミュニケーションの目的の違いも影響してくる。 相手を説得することが目的なら、明確な論理展開が求められるが、共感を得ることが目的なら、感情に訴える表現が有効だ。 目的が異なれば、最適な論理の型も変わるため、互いの論理を非論理的だと誤解してしまう可能性があるのだ。 つまり、相手を非論理的だと感じるのは、必ずしも相手が本当に論理的に考えていないからではなく、自分と異なる論理の型を使っているからなのだ。 多様な論理の型が存在することを認識し、相手の論理を理解しようと努めることで、より円滑なコミュニケーションが可能になる。 学校作文は、単なる文章作成の練習ではなく、その社会が「論理的」と考える思考の型を学ぶための、重要な訓練場でもある。 たった一つの、永久不変な論理的思考なんて存在しない。 作文の構造、結論に至る道筋、そして結論そのものの形は、社会の価値観や文化によって変化する。 目的が違えば、論理的思考も変わる。 論理的思考はひとつではなく多様。 これは、社会的な合意によって形成された「論理的」の規範が、それぞれの社会に存在することを意味する。
0投稿日: 2025.02.28
powered by ブクログ表がわかりやすい 相手と話が食い違う時に論理的でないとすぐに退けるのではなく、どういう思考回路をして何を目的としているのか一歩立ち止まって考えてみる癖をつけたい 無駄な苛立ちや不当な軽蔑を改善できそう 文化の差もそうだし、同じ文化内でも無意識にどの思考法を用いているかは人によりけりだと思う、エッセイ的な最短ルートで効率化を目指す思考以外を、話が長い。非論理的。と見下すのは早計。
1投稿日: 2025.02.25
powered by ブクログ論理的思考にもパターンがある、一つではない 型を知ることが大事 これはかなり良い本 エトス(倫理) パトス(感情) ロゴス(論理) →説得の技術の体系化、レトリック 演繹(前提から仮説) 帰納(個別から抽象化) アブダクション(結果から原因) 科学はアブダクション→演繹→帰納を繰り返して発展してきた 哲学は意味が知識が確定されていないものの意味を問う「〜とは何か」 アメリカ5パラグラフエッセイ フランスディセルタシオン 論理的思考の違いを、国の持つドキュメント生成カルチャーで説明してくれて興味深い 相手のことを論理的だと思えないのは、それぞれの社会が異なる領域を主流文化としているから(論証が目的なのか、社会規範の納得なのか、それが主体的か客観的か)
2投稿日: 2025.02.23
powered by ブクログ昨今の日本では、共通テストへの改変が示すとおり、「論理的思考」が重視される傾向にある。では、論理的思考の具体的意味は?と言われると、途端に言葉につまる。「論理的思考」という言葉より私が連想したのは、小論文や数学といった、論理的手続きを経る何かであった。しかし、どうやらこれは万国共通ではないらしい。アメリカ式、フランス式、日本式、イラン式といった、背景が異なる4つの論理が、2元軸のマトリックスの元、明快に示されていた。これからのグローバル化において、これらの異なる「論理」はぶつかり合うのだろうか。
33投稿日: 2025.02.21
powered by ブクログ日本的作文の社会的素養の醸成に関する価値などの考察が面白かった 国内で教育を受けた人であれば、自分の経験を敷衍して説得するような論理構造の方がわかりやすいのかもしれないと思った
2投稿日: 2025.02.18
powered by ブクログ論理的思考を4つの専門領域(論理学、レトリック、科学、哲学)の推論の型に、 価値に紐付けられた4つの思考法(経済[アメリカ].政治[フランス]、法技術[イラン]、社会[日本])に 国や立場が変われば論理的思考法も変わる。大事なのはその目的などに応じて思考法を選び組み立てること。 なるほどです。
2投稿日: 2025.02.15
powered by ブクログ去年の秋にタイトルを見てそのうち読みたいな、と思っていたら新書大賞2024に入っていたので、とりあえず手にとってみることにした。
3投稿日: 2025.02.13
powered by ブクログ【論理的思考が身に付くと1日が変わり人生が変わる】 "理にかなった思考と行動が出来れば..." 情報を正確に把握し分解し整理をする。難しいと感じていたプロセスが身につく。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー FUCK SOCIAL MEDIA. READ BOOKS. “The truth is nowhere to be found in such places.” Instagram @fucksocialmedia_readbooks Twitter @fsm_read_books ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 『論理的思考とは何か』渡邉雅子による著書。 論理的思考の重要性とその方法論について解説しています。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 1. 論理的思考の定義と必要性 論理的思考とは【理にかなった思考】であり、【物事を筋道立てて考える能力】だと説明しています。 身につけると問題解決や意思決定がより効果的になり、コミュニケーション能力が向上します。 現代社会では複雑な情報を整理し、合理的な結論を導く力が求められています。 2. 論理的思考の構造 論理的思考にはいくつかの基本的な構造がありそれには【「命題」「前提」「結論」】などが含まれます。 これらを理解し、正確に使いこなすことが論理的思考を身につける第一歩です。 特に、【前提と結論の関係を明確】にし、【誤った推論を避ける】ことが重要です。 3. 論理的思考を鍛える方法 論理的思考を鍛えるためには仮説検証や論理的な問題解決の手順を紹介しています。 論理的に思考するためには、まず【情報を正確に把握】し、それを【整理・分析する力が必要】です。 次に、【仮説を立ててそれを検証】し、【最適な解を導き出すプロセスが推奨】されています。 4. 論理的思考の実践 例えば、プレゼンテーションをする際や、意見を述べるときに、論理的に考えることで自分の主張が明確になり、相手を納得させやすくなると説明しています。 5. 論理的思考の限界 最後に...論理的思考にも限界があることを指摘します。 特に【感情や直感】が絡む場合、論理だけではすべてを【説明しきれない】こともあります。 したがって、論理的思考はあくまで問題解決の一つの手段であり、【他のアプローチと組み合わせること】が重要だと結論付けています。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 本書は、論理的思考を強化したいと考える読者にとって、実践的で有益なアプローチを提供しています。
28投稿日: 2025.02.13
powered by ブクログ手元において5回くらい読んで、内容を自分化したい本。 論理的な考え方の先にある到達点、目的の考え方のズレというのは面白い発想で、その領域を、経済(アメリカ)、政治(フランス)、法的(イラン)、社会(日本)の四象限に分けて分析されていることにも納得がいった。特にいつもムスリムの人たちと仕事しているため、理解が追いついた感覚。
3投稿日: 2025.02.11
powered by ブクログとても興味深い内容だった。論理的に考えるということが、歴史や文化によって異なるパターン化された思考を元にした行為である、という指摘が面白い。示されたパターンを知ることで、多元的思考という考え方を駆使してみたいと思う。
3投稿日: 2025.02.10
powered by ブクログ一方的に捲し立てて、論破しまくる、またはそれに快感を感じる、日本は非論理的で、アメリカはロジカル最先端な国だと思っている。そんな自分が読んで目から鱗がこぼれ落ちました。
2投稿日: 2025.02.10
powered by ブクログ論理的思考は万国共通ではなく、4つの型があるという考え方を教えてくれた。それはそれぞれの国の文化や歴史に由来している。私にとって新たな気づきであり、意識していなかったことである。異なる論理的思考の型があると知るだけでも、ものの見方に新たな視点が得られるように感じる。今後は状況に応じて論理的思考の型を意識したい。
2投稿日: 2025.02.02
powered by ブクログ本当は元々の『「論理的思考」の文化的基盤 4つの思考表現スタイル』を読みたかったが、5000円はさすがに躊躇した。大まかがわかれば新書で充分。
2投稿日: 2025.02.01
powered by ブクログ2025年1月24日読了。何を「論理的」と感ずるかは文脈に応じて受け手が決めるものであること、論理の4つの型と特徴的な4文化について説明する本。面白い!結論ファーストなアメリカ型=経済領域の論理が「論理的」であり、日本的な感想文=社会領域の論理は「情緒的で論理的でない、劣っている」という考え方に自分もとらわれていたが、単に組み込まれた文化が違うだけで優劣を論じても意味がない、ということか…。アメリカ・フランス・イラン・日本のそれぞれの文化が他の論理を見たときに感じるネガティブ印象が非常に興味深い、思えば自分の大学のゼミ教授もフランス哲学者であり、常に反証を挙げられ問いを求められ続ける授業には「それで結論は何なのか!?」と怒りを覚えたものだが全く自分が未熟だった…。4類型の中では法技術領域=イラン型の論理の理解が難しいが、「そんな考え方もこの世にはあるのだ」ということを知っているだけでだいぶこちらの心構えも変わってくるものだ。
9投稿日: 2025.01.25
powered by ブクログ論理的であるかどうかは、演繹や帰納といった論理形式ではなく、順序といった文化様式の側面もあると著者は述べている。 これを知れた時、自分の中の論理的であるかが何か明瞭になった。ビジネスシーンでは、あまりにも結論ファーストであることが論理的であると言われてきたため、それが論理的であると思ってきた。 しかし、あくまで論理的であるかは、目的に応じる。それが4つの領域であり、経済、政治、法技術、社会となる。これらの4領域が顕著に見られる国の作文をもとに、論理的であることは何かを考察している。 これから何を前提に置いているかを意識して、論理的な文章を使いこなしたいと思う。
5投稿日: 2025.01.18
powered by ブクログよくある思考法のハウツー本ではなく、論理的思考とはそもそもなんなのかを体系立てて分かりやすく説明してくれている。 論理的思考は米国式のロジカルシンキングが常識として認知されているが、各国によって、ベースとしている価値観によって異なるということがよく理解できた。
3投稿日: 2025.01.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
まず、私が高校生なら最後まで読めない自信がある。 小さい脳みそで理解できたことは 論理的思考とは ひとくくりで決まっているものではく 大きく分けて 経済、政治、法技術、社会 と4つの思考の型に分けられる。 またそれは それぞれ国によって(本書では、アメリカ、フランス、イラン、日本に分類) 大事にされている型が違う。 それは国ごとの歴史も影響している。 だからといって、それぞれの国が一つの型のみ 使っているわけではなく 人はそれぞれ状況によって使い分けているとのこと。 これからの社会は、これらをより使いこなすことが大切だというような内容だった。 文化面と思考方法に繋がりがある点は 面白かった。 ただ、それぞれを的確に使いこなせるか… 特に法技術の論理的思考が まだ理解不足である… 社会の論理(日本が重要視)の以下の部分を読んで 他者の五感を自己のもののごとく取り込み感じることで、他者の期待を理解し、その期待に応える行為を志向させる。 そのような行為は、対立を避け、場の調整を行う高度な認知を養う機能がある(133) 感想文はいわゆる 空気を読む力を育てるんだなぁ と感じた。
2投稿日: 2025.01.11
powered by ブクログ簡潔で読みやすくとても分かりやすい。 「論理的」にはいくつかの型があり、目的と文化的側面により異なる。なぜ意見の違う人と話が通じにくいのか、それがいらだちを誘発するのはなぜか。これらの問題を考えるための重要なヒントが得られる。
3投稿日: 2025.01.11
powered by ブクログレポートや文章を書くときなどの参考になった。 あと日本の綴り方の歴史については別の本で軽く知っていて何となくバカにしていたけれど、この本でメリットを明確に知ることができてよかった。 追記 たぶん小説でもなんでも、日本語の文章は読めるけど翻訳ものは読みづらいと感じるひとは、少なくともアメリカ式の記述の仕方をすこし頭に入れておくだけで読むときのストレスが少し軽減されるのではないかと思う。
2投稿日: 2025.01.05
powered by ブクログアメリカ式の『論理的』が唯一絶対的なものでなく、それを含めて4つの類型があり、使われる領域によって最適なものがあることを知ることができた。それだけでも価値があるし、高校卒業までに誰もが教わるべき内容だと思う。 ただ著者が夢想する全世界の人々が領域ごとに最適な『論理的』を使い分けて、お互いの社会の論理性を認め合う世界はおそらく来ない。やはりアングロサクソン流の思考、表現方法が絶対善で、他の、特に東洋的な思考形式は非論理的と見做されるだろう。その上で本書の知識を活かすには、我々が相手社会の『論理的』を理解し、それに合わせる事に尽きる。
3投稿日: 2025.01.04
powered by ブクログ「論理的思考」はどこの国でも共通したものではなく、文化的に異なる。 論理性と合理性は連動している。合理性は、形式合理性・実質合理性の軸と主観的・客観的の軸で4つ領域に分類できる。 どの国においてと4つ領域が併存しているものの、優先される領域が社会によって異なる。その違いがそれぞれの国の作文の型、論理の型の違いに出てくる。 お互いに論理的思考をしていても文化的衝突が起こる可能性があり、これからは多元的思考が必要。 上記の価値に紐づいた4つの思考法と4つの専門領域の推論の方の対応がわかったようなわからないような。「政治」(ディセルタシオン)と哲学は対応してて、「経済」と科学のアブダクションは逆向きの構造が同じということはわかった。 とりあえず、目的に応じた思考ができるように心がけていきたい。
2投稿日: 2025.01.02
powered by ブクログよくビジネスでの「論理的思考」となると、結論から先にといった話になるが、個人的には違和感を感じていた。 本書では、論理的思考の文化的背景による多様性が提示されていて、腑に落ちるものであった。 本書では触れられていないが人口ボリュームの多い、中国やインドではどんな論理的思考がなされているのか、興味を持った。
2投稿日: 2024.12.31
powered by ブクログ論理的であるか否かについて、よく問われるもののきちんと定義されていない、もしくは話者によって都合よく使われていると感じていたので、本書で「論理的思考」が多面的であると理解できて腑に落ちた。「結論を先に言う」だけが論理的であることの証左ではなく、議論の目的が説得なのか共感なのか、その目的に応じた思考・表現が大切。
2投稿日: 2024.12.31
powered by ブクログいやはや、めちゃくちゃ面白かった。 今まで習ってきたロジカルシンキングはこの本で取り上げられる4つの論理的思考方法のうちの1つに過ぎないという衝撃。 仕事ではアメリカ型の論理的思考が主流。 でも実体験としてそれでは通用しない場面もたくさん。当てはめるべき型はその時々の目的によって異なる(経済効率、議論をし尽くした上での合意形成、聖典(真理)への追従、共感や成長) ーーーーーーーーー 経済、政治、法、社会 アメリカ、フランス、イラン、日本 西洋由来の四つの専門分野の思考法 論理学、レトリック、科学、哲学 論理学 古代ギリシャ、アリストテレス 真理探究の哲学の方法 論理的であることと非論理的手間あることの明確な線引き(言語や文化に関わらず) ドグマ=反論を許さない権威的な考え 形式論理、演繹的推論→数学 蓋然的推論→レトリック、真偽よりも議論の強さ弱さ 未知の原因を結果から遡及的に説明→科学 演繹的推論、問いに対する相手の答えを論駁→ソクラテス式問答法 論理的である=矛盾がない aがaである aと否aは同時成立しない aであるか、a出ないかのどちらか(その中間はない) →分と分の関係は内容ではなく形式で真偽判断できる→記号化できる。言語の固有性や文化を超える 演繹的 既知→未知の方向への推論 ベン図で示すと狭まる方向に。 論証=前提の正しさと、導出(過程)の正しさ 数量詞 すべての、あらゆる、誰一人... →軽々しく使うとすぐさま反例を呼び理論が破綻 pからqが成り立っても qからpが成り立つとは限らない 原因→結果があるからといって結果→原因とは言い切れない 論理学の体系は日常生活であまり役に立たない→レトリックという新たな学問 →人々の"常識"を前提とし、常には正しくないが多くの場合にただしい"蓋然的推論"と、類似事例で証拠づける例証による新しい「実践的論理学」 →"説得"のための論証 一般大衆に向けた説得的な弁論をするための技術 発想、配列法、修辞・表現法 人を説得する技術 →理性だけでなく、話し手の論理(エトス)や聞き手の感情(パトス)も視野に。 説得するとは →心からの同意を引き起こす →考えや行動を変える 強制的な同意を引き出すのは説得ではない 議論の余地がない明白な論点は取り扱いしない →反論が予想される 反論を見越した議論 レトリック→ 蓋然的推論+例証+常識あるいは通念 蓋然的=ある程度確実。真と偽の間 例証と帰納の違い 帰納はここの事実を抽象化する 具体→抽象 例証は具体的な事例に類似する他の事例に移行して主張を根拠づける 具体→具体 論理学は推論の形式から真偽を決定する レトリックは何かしらの価値判断をする。そのために論争が不可避。学問的な厳密性ではなく他人を動かす技 レトリック=「説得」という目的達成の戦略的な思考 ーーー 科学的発見 アブダクション=遡及的推論 発見的三段論法 Bである AならばBである よってAは確からしい 結果から原因を探究 Aは仮説。驚くべき事実Bを説明する解釈 Bを観察→Bを合理的に説明する仮説Aを導出→演繹(数式やテスト)により仮説Aを解明、証明 →帰納。演繹で導いた帰結や結論を集めて法則、原理、理論に。(経験に照らし合わせてどれだけ一致するか) アブダクション→演繹→帰納から成る、仮説の検証と修正の繰り返し →モデルケース 海王星の発見、地動説、万有引力、相対性理論 演繹 真とされる前提から、未知の結論を得る 真から真を得る 前提以上の新しい情報、知識は得られない アブダクション 演繹とは逆で知識の拡張をもたらす 拡張的か否かを分析する ときには非-論理的な思考プロセスが、未知の発見という思考の飛躍を可能にする レトリックの蓋然的推論との違いは、これまでの通年、常識を論拠とするか、それを取り去った新しい観点=発見を導くか 帰納は観察可能事象を一般化するが、アブダクションは直接観察することが不可能な原因を推論する →万有引力では「引力」という概念の発見を伴う "誤りを正す作業の蓄積によって知識は広がる" "科学はまさにそのような歴史の積み重ね" ーーーー 哲学 目的は物事の本質を捉えること 「xとは何か」という問いに「xである」と答えようとすること、定義すること 権力とは、法とは、時間とは、幸福とは と絶対の真理がないものに対して"意味を問う" GDPとは、やGDPを増やすには、論点とはならない 哲学のアプローチ →問答と対話、ソクラテスの産婆法 →問いを立てる、答えさせる、さらなる問いを与え答えさせる、矛盾に気づかせ、それまでの考えを捨て去る →"真理を求めながらも、その答えは常に議論や反論によって更新されていくことを前提としている" 思考実験、 弁証法、正→反→、合 ーーーー アメリカの応用言語学者のカプラン ・言語圏によって論理展開のパターンが異なることの発見 ・論理的とは、読み手にとって一貫性と統一性があること。統一性は必要な要素が並んでいること、一貫性はそれが読み手の期待する順番で並んであること。 ★要素と構成(順番) →"読み手にとって"が味噌。論理的とは社会的な合意の上に成り立つもの。 "論理的"に対する論理学の形式論理とは異なる考え方。 価値観=何を優先して、何を後回しにするか 価値観は何を目的とするかできまる →目的の優先順位に価値観が表れる 価値観に紐づけられた理論展開を"論理的"と考える 書き手の目的に合致した書き方を選択することが「良い作文」の条件であるという基本概念の誕生 物語、描写、説明、説得 説得のエッセイが5パラグラフエッセイの主流に 政治領域のレトリックは慎重な政治的判断を行うために「十分な審議が行われたか否か」が重要な観点 フランス式小論文、弁証法 正→反→合 →なぜーーーなのか →なぜならーー →例えばーー ↑正反合で展開 故意に矛盾を作るのがディセルタシオンのわかりづらさ ディセルタシオンでは「私」という言葉は登場しないし、書いてはならない 時の淘汰を受けた古今の著名な思想家や作家からの引用のみが根拠となる ーーー 法 "宗教の教義も法律も自然法も、所与のものとして、個人の外から与えられるため、それを個人が批判的に見たり議論の対象としたり、別のあり方を探ることは想定されていない。唯一資格を与えられた専門家のみに、第一原理を示す書物の解釈が許されている。しかも解釈の方法も、過去の注釈書を総ざらいにして検証する手続きが厳密に定められている" イラン ことわざや著名な詩の一説、神への感謝と称賛で結ぶ文章 エンシャーの文学的断片 序論、本論、結論 本論は全体→部分へと、3つのパートに これらが揃って"理路整然" 結論→個人の経験や視点を超えた揺るぎない真理、独創性や新奇性は期待されてない。 真理の伝達。 神の存在証明 人間は神を直接知覚したり数学のような推論でその存在を解くことはできない →しかしこの世界は秩序の群集合でできている →この秩序は偶然生まれたものとは考えられない →神が存在し、目的と計画がある イランの人にとっては科学と神の存在は矛盾しない。全ては神の思し召し。 ーーーー 日本 共感されるか否か "感想文" 序論→書き手の背景 本論→書き手の体験 結論→体験後の感想(成長や心構え) 当事者性や切実性、自己の変化があるかどうか。 他者になったつもりで感じ、意を汲み取って、自らの身の振り方を考える思考法 共感を媒介とする "意見文" 主張 根拠+だが、しかし(他者への配慮) 反論への反駁(それでもやはり) "社会秩序の維持に多くの国が莫大な資金を注ぎ込み、対処的なプログラムが試行されながらもいずれも機能しない現状を考える時、感想文は社会秩序の形成・意地という点から再評価されるべきだろう" ★ "しかしその強みは諸刃の剣となって、戦力的に振る舞ったり駆け引きしたりすることに心理的抵抗を感じ、好機を生かすことができにくい、すなわち決断力の欠如という形で重要な局面で弱道なると批判されてきた。 ディセルタシオンでは「説得」ではなく、「合意形成」あるいはその言い換えとして「あらゆる可能性の吟味」を最終目的とする。
11投稿日: 2024.12.28
powered by ブクログ内容は大学の教養課程で学ぶレベルだなあと思っていたら、あとがきに同様なことが書いてあった。(高校生にもわかるようにとはあったが、その高校生は相当優秀だろう)ただ、ビジネスシーンや現代の社会一般に照らしあわせても気づきが多くとても有益な本であった。読むかどうかはわからないが大学生の息子に推奨しておいた。
2投稿日: 2024.12.27
