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技術革新と不平等の1000年史 上
技術革新と不平等の1000年史 上
ダロン アセモグル、サイモン ジョンソン、鬼澤 忍、塩原 通緒/早川書房
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総合評価

11件)
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    japapizza
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    進歩のバンドワゴン  テクノロジーの進歩は共有利益をもたらすという楽観主義の根底には、「生産性バンドワゴン」というシンプルで強力な一つの考え方がある。これは、生産性を高める新しい機械や生産方法は賃金をも上昇させるという主張だ。テクノロジーの進歩につれて、バンドワゴン〔パレードの先頭を進む楽隊車)が、起業家や資本家だけでなくあらゆる人を引っ張っていくというのである。 説得する力は絶対に堕落する  たとえ、われわれが権力者のビジョンに行き着く可能性があるとしても、彼らのビジョンが十分に包摂的で開放的となることを、少なくとも希望することはできるだろうか?というのも、彼らが自分たちの構想を正当化する際に、とりわけ公益に訴えることが多いからだ。もしかすると、彼らは責任を持って行動するかもしれない。そうなれば、熱心に押し付けられる自己中心的なビジョンがほかの多くの人びとにコストを課すとしても、われわれはその帰結に苦しむ必要はない。これは希望的観測になりそうだ。イギリスの歴史家にして政治家だったアクトン卿が一八八七年に述べた有名な言葉がある。  権力は腐敗しやすく、絶対的権力は絶対に腐敗する。偉大な人物は、権威ではなく影響力を行使する場合であっても、ほとんどの場合悪人である。権威による腐敗の傾向や確実性を考慮に入れれば、なおさらだ。権威ある地位がその座にある者を神聖化することほど、悪質な異端はない。  アクトン卿はカンタベリー大主教を相手に王や教皇について議論していたのだが、絶対的権力を持つ支配者が絶対的に不正な振る舞いに及ぶ例は、歴史的にも現代においても枚挙にいとまがない。  だが、彼の格言は説得する力にもよく当てはまるし、自分自身を説得する力もそこに含まれる。簡単に言えば、社会的権力者は往々にして、重要なのは自分のアイデア(また、しばしば自分の利益) であると自分自身を納得させ、ほかの人びとをないがしろにすることを正当化する方法を見つける。  研究室における実験では、ケルトナーらの研究チームは、富裕層や社会的地位の高い人ほど、なにかを不当に奪ったり要求したりして、不正を働く傾向が強いことも発見した。また、金持ちほど貪欲な態度を示す傾向も強かった。これは、彼らの自己申告によって確かめられただけではなかった。被験者が不正を働いたり、その他の非倫理的行動に走ったりするかどうかを追跡できる実験を設計した場合も、結果は同じだったのだ。  われわれは、対抗勢力を作り出すことによって、とりわけ、支配的なビジョンを相殺するものとして、多様な声、関心、視点を確実に生み出すことによって、未来を再構築する必要がある。より広範な人びとへのアクセスを保証し、多様なアイデアがアジェンダに影響を与える経路を生み出す制度を築くことによって、さもなくば一部の人びとが享受することになるアジェンダ設定の独占を打ち破ることができる。  ビジョナリーそれは、同様に(社会的) 規範――社会がなにを許容できると見なし、なにを考慮に値せずとして反発するか――の問題でもある。それは、普通の人びとが、エリートや先見者にかける圧力の問題でもあるし、支配的なビジョンに囚われず、自分自身の意見を持とうとする意欲の問題でもある。  われわれはまた、利己的で自信過剰なビジョンを抑制する方法を見つけなければならない。傲慢さは、交渉のテーブルで唯一の声でなくなると、その力を弱める。無視できない有効な反論に直面すると、勢いを失う。傲慢さが認識され、嘲笑されることで、傲慢さは(うまくいけば)消えていくのだ。  民主主義の成功にはもう一つ理由がある。耳障りな声こそ、民主主義の最大の強みかもしれないのだ。政治的・社会的選択を唯一の視点から支配することが難しい場合、対抗する勢力や見解が現れ、 人びとがそれを望んでいるか、そこから利益を得ているかとは無関係に押し付けられる利己的なビジョンを弱める可能性が高い。  進歩というものは、その方向性がより包摂的に計画されない限り、多くの人びとを置き去りにしてしまいやすい。この方向性によって、誰が勝ち、誰が負けるかが規定されるため、それをめぐってしばしば争いが起こり、社会的権力によって、誰にとって好ましい方向性が優先されるかが決まる。  本章では、現代社会においてこうした決定に重要な役割を果たすのは、経済力、政治力、強制力にも増して、説得の力なのだと論じてきた。レセップスの社会的権力は、戦車や大砲によってもたらされたわけではなかった。また、彼はとりたてて裕福でもなければ、官職に就いていたわけでもなかった。そうではなく、レセップスは説得する力を持っていたのだ。  テクノロジーの選択ということになれば、説得がとりわけ重要である。他人を説得できる人のテクノロジーのビジョンが優位に立つ可能性が高いのだ。  われわれは、説得する力がどこから来るのかについても検討した。アイデアやカリスマ性はもちろん重要だ。しかし、組織的な力もまた、説得する力を形成する。アジェンダを設定する能力のある人、 つまり、典型的には社会的地位が高く、権力の回廊にアクセスできる人は、 権力の回廊にアクセスできる人は、説得する力を手にする可能性が高い。社会的地位や権力の回廊へのアクセスは、社会の制度や規範によって形成される。最も重要な決定がなされる際、こうした制度や規範によって、交渉のテーブルに多様な声や利害が反映される余地があるかどうかが決まる。  われわれの議論が強調するのは、次の点だ。つまり、こうした多様性は、対抗勢力を築き、思い上がった利己的ビジョンを封じ込める最も確実な方法だからこそ、きわめて重要な意味を持っているのである。これらの考察はすべて一般論ではあるが、ここでもまた、テクノロジーという観点でとりわけ重要になる。  さらに、説得する力がいかにして、強力な自己強化の力学を生み出すかを検討した。人びとがあなたの話に耳を傾ければ傾けるほど、あなたはますます高い社会的地位に就き、ますます大きな政治的 ・経済的成功を手にする。こうして、あなたは自分のアイデアをいっそう強力に広め、説得する力を増幅させ、政治的・経済的資源をさらに増強できる。  テクノロジーの選択に関して言えば、こうしたフィードバックはさらに重要である。テクノロジーをめぐる状況は、誰が繁栄し、誰が低迷するかを決めるだけでなく、誰が社会的権力を握るかにも決定的に影響する。新たなテクノロジーによって富を築いた者、あるいは名声や発言力が高まった者は、 より大きな力を持つようになる。テクノロジーに関する選択は、それ自体が支配的なビジョンによって規定され、テクノロジーの軌道を決めるビジョンの持ち主の権力と社会的地位を強化する傾向がある。  こうした自己強化の力学は、一種の悪循環だ。歴史や政治経済学の研究者たちはこの種の力学を強調し、富裕層が政治的な影響力を増す経路と、この追加された政治的権力によって彼らがさらに裕福になる過程を記録してきた。同じことが、新たなビジョン寡頭制にも当てはまる。それは、現代のテクノロジーの未来を支配するようになっているのだ。  抑圧する力と比べれば、説得する力に支配されるほうがはるかにましだと思うかもしれない。多くの点で、それは正しい。しかし、現代の状況においては、二つの意味で、説得する力は同じく有害なものとなりかねない。まず、説得する力を持つ者は、自分自身をもこう説得する。つまり、こうした選択とそこから生じる付随的被害に苦しむ人びとなど無視するように、と(なぜなら、説得する者は歴史の正しい側にいるのであり、公益のために働いているからだ)。さらに、説得する力によって広められる偏った選択は、暴力に支えられた選択ほど明白ではないため、無視されやすく、修正されにくい可能性がある。  これが、ビジョンの罠だ。ひとたびビジョンが支配的になると、人びとはその教えを信じてしまう傾向があるため、その束縛を脱することは難しい。そしてもちろん、ビジョンが制御不能に陥り、過信が助長されて誰もがそのコストに目を向けなくなると、事態はさらに悪化する。 うちがい  テクノロジー・セクターの埒外にいて、現代の権力の回廊とは縁遠い人びとがフラストレーションを感じるのは理解できる。だが、実を言えば、彼らはこうしたビジョンの罠に対して無力なわけではない。人びとは代わりとなる物語を支持し、より包摂的な制度を構築し、この罠を弱める社会的権力の別の源泉を強化することができる。  テクノロジーは順応性に富んでいるため、それが進むべき別の道を支持する魅力的な物語には事欠かない。テクノロジーに関する選択肢はつねに数多く存在し、その帰結も実にさまざまだ。われわれが一つのアイデアや偏狭なビジョンから抜け出せないとしたら、たいていの場合、それは選択肢が足りないからではない。そうではなく、アジェンダを設定し、社会的権力を振るう人びとがそれを押し付けているからなのだ。こうした状況を正す鍵の一つは、物語を変えることにある。影響力のあるビジョンを分析し、現在の進路のコストを明らかにし、ほかにありうるテクノロジーの未来に時間を割いて思いをめぐらし、注意を向けるのだ。  普通の人びともまた、アジェンダ設定の能力を拡大すべく、民主的な制度の構築へ向かって努力することができる。さまざまな集団が交渉のテーブルにつく資格を持っているとき、経済的不平等や社会的地位の格差が限られているとき、多様性や包摂性が法律や規則に明記されているとき、少数の人びとの視点がテクノロジーの未来を乗っ取ることは難しくなる。  実際、制度や社会の圧力が、少なくともときとして、ビジョンや進歩の方向性をより包摂的なレベルへ推し進めてきたことは、のちの章で述べる通りだ。われわれが提案していることは、これまでも行なわれてきたことであり、これからもできることなのである。  これらの考え方を現在の状況に当てはめる前に、以下の三章では、テクノロジーの変化の複雑で、 ときには貧困を招く役割について論じる。まずは産業革命以前の農業を、次に産業化の初期段階を取り上げる。いずれの場合も、公益の名の下に、偏狭なビジョンがイノヴェーションと新たな技術の応用を推進したことがわかるだろう。テクノロジーを支配する者が利益を手にする一方、多くの場合、 人口の大半は恩恵に浴するどころか、むしろ損害を被った。強力な対抗勢力が発展して初めて、繁栄を共有するのにより好ましい、異なる進歩の方向性が現れはじめるのである。

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    投稿日: 2025.07.06
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    norytomo
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    イノベーションは労働者の平均賃金を上げる、労働者の生活水準も上げる、などが起こるには条件があるという話。言われるまでもない気がするが、どんな条件かが気になる。結局は資本家が力を増すようなものは労働者を貧しくするということのよう。しかし、1800年代後半になるまで労働者はずっと搾取されてきたのがわかり、かわいそうになる。人は時間をかけて道徳的になったのだな。下巻は現代また搾取が始まっている話らしい。気になる。

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    投稿日: 2025.03.08
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    天鱗丸
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    このレビューはネタバレを含みます。

    AI等の技術革新から労働者は守れるか?等の問題を、過去の歴史や現代の例を挙げてこれからの視点を教えてくれる実用書。 限界生産性等ワードや重要な部分はボールペンでライン引きながら読んでます。

    0
    投稿日: 2025.01.01
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    千葉経済大学総合図書館
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    配架場所・貸出状況はこちらからご確認ください。 https://www.cku.ac.jp/CARIN/CARINOPACLINK.HTM?AL=10280352

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    投稿日: 2024.11.07
  • echigonojizakeのアイコン
    echigonojizake
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    現代を代表する経済学者であるダロン・アセモグル氏の日本語の最新刊。AIなゲノミクスなどの技術革新がもたらす影響についての楽観的な議論に一石を投じる名著だった。 技術革新を推進し、それを経済活動に広めることによって広く社会全体が恩恵を受けるという「生産性バンドワゴン」いう概念がある。だが、技術革新の恩恵を受けるのは、発明者や投資家などごく1部であり、一般の労働者はむしろ失業や給与の取り分が減るなどの負の影響は大きかったことを、歴史的なデータも踏まえて論じている。世界史で習ったラッダイト運動は守旧的な労働者なのだろうと評価していたが、この見方が一面的であることを知る。 またレセップスがスエズ運河では成功したのにパナマ運河で大失敗をしてしまうというくだりは、技術、金融、国家との向き合い方など当該人物の置かれた環境次第で結果は変わることを思い知るよい題材だった。 イノベーションには収奪的、包摂的の2種類があり、収奪的なイノベーションでは経済成長できないということがわかる。いわゆるカリフォルニアシンドロームの信奉者に対する有効な反論材料になり得る。下巻に期待。

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    投稿日: 2024.09.29
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    katsuya
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    技術革新が人のためになるとは限らない、というか、むしろ害悪の面が強いということを、様々な事例から説明するもの。現在のAIや宇宙開発、ゲノムテクノロジー、環境対策など、明るい未来を作ってくれると期待するが、その恩恵を受けるのは、発明者や投資家、有力者などの一握りであり、一般市民はむしろ虐げられたり、犠牲になったりする。スエズ運河やパナマ運河の開発、イギリスの産業革命、鉄道開発、など。都市伝説みたいな話かと思ったら、アセモグルさんの分析は明晰。こういうことを知っておくことは重要だと感じる。

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    投稿日: 2024.08.08
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    Tomo
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    このレビューはネタバレを含みます。

    経済学の大御所であるダロン・アセモグル氏が、「技術革新」といったまさに現在タイムリーな論点について本を執筆くれるのは本当にありがたい。 上巻では「技術革新」というテーマについて、主に労働市場の観点から議論が展開される。押さえておくべき論点は、生産性バンドワゴンが機能するための2つの前提条件であろう。1つ目は、「労働者の限界生産性の向上」で、2つ目は、「労働者の交渉力」である。上巻では、これらの条件が歴史を通じて満たされてきたのか否かについて、歴史的エピソードを用いながら検討していく。

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    投稿日: 2024.08.03
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    hisamo99
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    技術革新によって進歩は可能かどうかを、歴史的に分析した本。 楽観的ではない。 バンドワゴンのように、起業家や資本家が技術革新の成果を用いてあらゆる人を引っ張っていくことが歴史的にまれだから。 技術革新の成果やテクノロジーの進歩の恩恵は何もしなければ、なかなか共有されない。技術革新やテクノロジーをどのように活用していくかの方向性が重要とのこと。 上巻では、レセップスの成功体験やビションがパナマ運河の建設の失敗に結びついたこと、説得力がテクノロジーの活用の方向性に大きな影響をあたえること、農業と産業革命の第一段階でテクノロジーの進歩の恩恵が一部の層だけにしかなかったこと、産業革命の第二段階で制度の変化が労働者の政治参加を進め対抗勢力ができたことで恩恵の共有が進んだことなどが書かれていた。 『国家はなぜ衰退するのか』とも共通する部分があり、包括的な制度が大事なのだとあらためて思った。

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    投稿日: 2024.06.27
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    ゆうだい
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    我々が普段、当たり前のように享受している文明生活は、どうも奇跡…と言うには耳障りが良すぎる、血の滲むような戦いの末に成り立ったようだ、というコトを知らせてくれる1冊。 しかもこれが、ノーベル賞に最も近い経済学者たちによって著され、サンデルやジャレド・ダイアモンドにも激賞される。日本語版のパンチがイマイチ弱いのは題名が英語版のサブタイから取ってるからでしょうか。。 (しかし英語版タイトルを直訳しても『権力と進歩』とか?悩ましいですね) 本著、レセップスによる、スエズ運河での成功例とパナマ運河での致命的な失敗例を分析するところから始まり、ヨーロッパ中世では数々の技術革新がなされたものの農民の生活水準は全く改善されなかったというテンションが上がらない展開(笑 そして産業革命に至る訳ですが、「産業革命で自動的に生活が改善された」訳じゃなく、生まれたのは流動性がある社会。ただ、そこから小魚が大きな群れを作るように、集まって声を上げ、弾圧を受けながら戦うようになった…というのが上巻が終わるくらいまでの歴史の振り返り。 読了して感じたのは、「みんなで幸せになろう」ってのは、そんなにオトギバナシなんだろうか…と。 中世・近世の地主は、働き手に譲歩したら死ぬの?というレベルに彼らを締め付け、むしろ生産性を低下させてたのでは?という感じでしたが、そう見えてしまうのは、私が現代の教育を受けて育ったからなんでしょうか。 (同時に、仮に、現代における超オカネモチの皆様が、一般市民を税金を浪費する存在と見てるんだとすると、それは恐ろしいコトだなと。。) あと、レセップスのくだりで、「説得する力の二つの源泉」として「アイデアの力とアジェンダ設定」だと述べられていたのはなるほどなと感じました。 ひとまずは下巻まで通読したいと思います。

    12
    投稿日: 2024.03.31
  • ダイのアイコン
    ダイ
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    【読書前メモ】 中世以降の科学史と科学が人間社会に与えてきた影響を読み解く。 「国家はなぜ衰退するのか」の著者。 ・生産性の向上は労働者を豊かにするのではない ・テクノロジーは、それによって恩恵を受ける勝者と利益を奪われる敗者を生む

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    投稿日: 2024.03.17
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    Go Extreme
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    進歩とは何か:新発明の事例≠繁栄の共有 世間一般の通年に反抗しうる反対論や組織の台頭不可欠 テクノロジー支配:技術的失業 進歩のバンドワゴン 労働者の力の重要性 但しつきの楽観論  運河のビジョン:資本のユートピア レセップス・ビジョン見出す ビジョンの罠 説得力:ウォール街の支配 アイデアの力 公正な市場 アジェンダ設定 ゲームのルール ビジョン⇔力 不幸の種:序列社会 強制と説得 マルサスの罠 農業の原罪 中流層の革命:なぜイギリスか 成り上がり者の国 新しい≠包括的 進歩の犠牲者:テクノロジーの偏り

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    投稿日: 2024.01.26