小野不由美ほか『七つのカップ : 現代ホラー小説傑作集（角川ホラー文庫 ; あ9-14）』（KADOKAWA） 2023.12発行 2025.5.3読了 小野不由美「芙蓉忌」 　2015年発表の作品。貴樹は、学者を目指して上京するも夢破れて都落ちした無職の青年である。亡き両親が残した襤褸屋で生活の立て直しを図ろうとするのだが、日がな土壁の隙間から芸妓の亡霊を覗く生活を止められないでいる。貴樹は芸妓を見守ることで、地に足の着かない荒んだ生活を送る自分自身をも慰めており、いわば相互依存状態に陥っている。似た者どうしが依存し合うことで負のループから抜け出せなくなることは現実社会でもよくあることだ。本作はそれを亡霊で実演してみせており、人間のどうしようもない弱さがにじみ出た作品になっている。 山白朝子「子どもを沈める」 　2017年発表の作品。子どもの時分では理解できなかったことでも、大人になって初めて理解できることもある。主人公の吉永カヲルがそうだ。因果がめぐって、赤ん坊が生田目頼子そっくりになってしまったが、よくよく考えると、生まれ変わりだろうがなんだろうが、親にとって赤ん坊は他人なのである。ありのままの現実を受け入れるという判断も、つつがなく生活していくための処世術の一つだろう。なお、山白朝子は乙一の複数あるペンネームの一つである。 恒川光太郎「死神と旅する女」 　2016年発表の作品。少女フジの暗躍で、日本は敗戦を経験せずに1945年を迎えた。フジは人殺しになったわけだが、特に罰を受けることはなく、むしろ幸福な人生を送る。日本を参戦に導いた77人の戦争犯罪人の生命と大多数の無実の国民の生命を天秤にかけたとき、恒川光太郎は後者のために前者を処刑して構わないという思想の持ち主なのだろう。あるいは、芸術のためなら人が死んでも構わないということだろうか。選ばなかった道は振り返らず、ただ自分の道を突き進む。これも一つの生き方なのだろう。 小林泰三「お祖父ちゃんの絵」 　2003年発表の作品。いわゆる「信用できない語り手」と呼ばれる叙述トリックを用いたホラー小説となっている。この手の叙述トリックは正直食傷気味なのだが、描写が上手いので最後まで面白く読むことができた。 澤村伊智「シュマシラ」 　2018年発表の作品。食玩の蒐集家の話から始まって最後は異界に迷い込むというスピード感のある小説だった。本作に収録されている作品の中ではこれが一番面白かった。文章にユーモアがあり、くすっと笑える部分もあって、知らず知らず読み進めていくと、突然怪異がはじまってこれまでの話が伏線だったと気づく。非常によく考えられた小説だと感じた。 岩井志麻子「あまぞわい」 　1999年発表の作品。岡山弁を用いた文章で漁村の伝承を描く渾身の作品である。ただでさえ余所者に排他的な田舎社会を、岡山弁で描くものだから、窒息感を覚えるほどであった。二つの由来を持つ「あまぞわい」の怪談についてその真相が語られることはなく、その点が少し残念だった。 辻村深月「七つのカップ」 　2013年発表の作品。ラストをかざる話であるが、物足りなかった。「みどりのおばさん」の亡くなった子どもを巡る話で、主人公は小学5年生である。名の知られた作家だが、主に低年齢層向けの作品を発表しているのだろうか。記憶に残らない話であったが、他人が傷つくようなホラーは書かないという作家としての矜持を感じさせる話だった。 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I033201764

「子供を沈める」 いじめを苦にして自殺した被害者が、4人の加害者の子どもに生まれ変わってくるというお話。 被害者は、加害者の子どもに生まれ変わって何がしたかったのだろうか。初めは復讐なのかと思っていたが、最後の加害者が、他の3人の（加害者の子達）分まであなたを愛すると伝えると、微笑みを返したという形で終わっている。 被害者には、前世でいじめられた（というより、怖い事をされたという曖昧な）記憶は残っていても、母親となっている相手が、そのいじめをしていた当人だと分かっている様子はなく、反省を求めるような素振りもない。 もしかすると、加害者自身が具現化した過去の罪と自ら向き合い、それを乗り越える事が、これ以上ない被害者に対する真摯な反省と償いになるということなのだろうか？ 加害者4人が全員、追い詰められて自殺をしてしまっていたら、よくある怖い話。 もちろん、いじめは絶対に問答無用でしてはいけないことだが、加害者が現実を受け止め、これからも向き合おうとする覚悟を被害者も受け入れる展開になっている事で、何か救いのある贖罪の物語に昇華しているような印象を受けた。

小林泰三さんと宮部みゆきさんは、このアンソロジーでなく読んでいたのですが、改めて、う！　(ｰｰ;) 岩井志麻子さんは日本らしい、湿気たっぷりのホラーで、やはりうまいですよね。 去年から読みはじめて、ようやく完読。 ことしは去年よりも読みたい本がたくさんあるので、出だしは順調でうれしいかも。