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世界はなぜ地獄になるのか(小学館新書)
世界はなぜ地獄になるのか(小学館新書)
橘玲/小学館
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総合評価

84件)
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    自由を求めてるはずなのに、自由になってってるはずなのに、現実はどんどん息苦しくなる。 ポリコレやソーシャルジャスティスの名の下に、今日もあちらこちらで火が上がる。SNSでの炎上は、もはや通常運転のうちになっています。オンライン上に残した足跡はすべて監視され、バレたら総叩きの目に。いまやこの世はおそるおそる薄氷の上をゆくようなキャンセル・カルチャーの嵐です。どうしてこんなことになったのか、またどうやってこの地獄をサバイブすべきかをこの本は教えてくれます。 五輪担当をキャンセルされた小山田圭吾の問題。会田誠の芸術作品『犬』に見る表現の自由と言論の自由。差別へのNoを先鋭化させた海外リベラルの、度を越した言葉狩り。複雑多様な性別やジェンダーを紐解くために、変態性癖やその原因であるテストステロンにも触れ、はたまた日本語の敬語表現など言語学的なフィールドにも分け入り、それらを全体的に俯瞰しながら、キャンセル・カルチャーの構造を暴きます。 この本の中で著者はリベラルを「自分らしく生きたい」という価値観、だと定義します。そもそも人類史において、生まれながらの身分などに縛られず、”自分らしさ”を追求できるような社会になったのは戦後からだということにあらためて驚嘆しました。日本も戦後急激にリベラル化が進み、いま現在もみんなが自分らしく生きられるように、よりよい社会を目指しています(そのように見えてはいます)。 しかしそんな戦後のリベラルな運動によって、格差や人間関係の複雑化、婚姻率や出生率の低下、価値観の衝突が生まれたとこの本は説きます。旧態依然の価値観やコミュニティでは安定を得られなくなり、リベラルな価値観からこぼれ落ちたものは、その反動でより右傾化。そして2026年2月現在、今の政治的潮流はまさにこの説明の通りで、この右傾化する結果まで含めて、近現代のリベラル化の必然的な帰結だと述べられています。そもそも「リベラルで格差や生きづらさがなくなるという考えが大きな勘違いだった」というのが(どちらかというと)リベラルな自分にとっては少なからずショックでした。インクルーシブを目指してるはずなのに、不寛容になって、息苦しさが色濃くなっていくなんて、本末転倒すぎる。こんな残酷なカラクリってあるの!? 英語圏で”障がい者”を表す単語が、よりポジティブなものに言い換えされていった結果、当事者である障がい者の側から「まるでポジティブであることを強要されているようだ」という声が上がって、元の単語に戻ったというエピソードが紹介されています。一見笑い話のようだけれど、なんとも考えさせられる示唆に富むものでした。叩かれないように言葉遣いに気をつけた結果、「無意識レベルの差別だ」という言いがかりで、◯◯警察が逮捕(ネットスラング)し始めて、しまいには当事者間でも意見が分かれるような細かいニュアンスまで掘り下げてしまっては、息苦しいに決まっているでしょう。 現代美術家・相田誠を取り上げた章が特に面白かったです。美術や表現活動が不適切だという場合、抗議は作家に対してではなく、美術館や主催者などへ向く場合が多いとのこと。なぜなら作家への抗議は表現の自由への配慮があるからだそう。相手の言論・表現の自由を直接否定することは、ブーメランのように自分に返ってきますもんね。でも平気でそれをする奴がいるのも事実。昨今の論破ブームも、自分の正当性を守りたいだけで、そのために相手を引きずり下ろすばかり。それでは建設的な議論にはなり得ません。他者の文脈を読み取りつつ、自分の文脈も守っていかなきゃ。それが本当に難しくて、体力を使うことは百も承知だけれど。 わたしにとって複雑怪奇だったのがジェンダー/セクシュアリティ問題を取り上げた章。ひとくちに「性」といっても、生物学的な性、性自認、ジェンダー、表現する性と階層は複雑。でもこの章を読んで昨今話題になった、男性から女性に転換したトランス女性は女性トイレ・女風呂を使ってもいいのか問題をわかりやすく捉え直すことができました。 社会的なステータスを得られないものが、匿名かつローコストで正義のヒーローになれるSNSを手に入れ、正義の名のもとに他者を糾弾するようになり、”正義というエンタテインメント”の味を覚えた、と著者はキャンセルカルチャーの社会的・生物学的な背景をこのようにまとめています。 この本を読んで、キャンセル・カルチャーはこんなに複雑で繊細な問題なんだと気づきました。ジェンダー、人種、宗教、性的指向、障がいなどの全てのポリコレに適応するなんて無理ですよ。配線が張り巡らされた爆弾に立ち向かう地雷処理班ぐらいの器用さじゃないとサバイブできないのでは、と思えてきます。 「正義」という、まるで大いなる意志のようなものがつねに自分たちのそばにある、というのがまず幻想だと思いますし、その幻想が人それぞれで全く違うということが問題の複雑さを産んでいると思います。そもそも正義なんてない!地球が誕生して以来、正義なんてものを自然は用意してない!人間が作っただけ!本当はすべて個別の事案!どんなルールにも完璧はない!ルールや、ルールを作った存在である人間に、完璧はない!、、、ゼエ、ゼエ、ゼエ、、、とこんな風にヒートアップする自分も、「正義」という幻想に取り憑かれているのかもしれません。 放火魔のごとく、火をつけ焚き付け面白がっているだけの人間のことはわからないけれど、少なくとも本気でキャンセルを訴えている人にはその人なりの理屈や文脈があるんだ、ということは分かっておこうと思いました。それを理解できるか、理解する必要が自分にあるかは置いておいて。 とりあえず瞑想でもするか、、、

    5
    投稿日: 2026.02.21
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    各々の権利や主張を認めるようになると、家の外では窮屈で過ごし辛くなるようになる。そのため、家にこもって過ごす人が増えるようになる。 誰かの正義は、他の誰かの正義で正当化できないので、軋轢が生じて、これもまた過ごし辛くなる要因となる。

    0
    投稿日: 2026.01.18
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    著者は、本書で正義とは何か、自由とは何か、差別とは何かを問うている。 天国と地獄が一体のものならばこの世界から抜け出す方法はない。世界の仕組みを正しく理解し、うまく適応することだけだろうと結論付けている。 特に印象に残ったのは、北朝鮮から脱北し、コロンビア大学に入学した女性が『北朝鮮は狂っていた、しかしこのアメリカほどではなかった』と述べた事だ。パクヨンミ『生きるための選択』 自由の国アメリカで、極端な思想が溢れている事に狂気を感じた。

    0
    投稿日: 2026.01.16
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    小山田圭吾のいじめ問題から始まる。ポリティカルコレクトネスによる生きづらさがメインのようだが、根は深い問題として提起されている。

    0
    投稿日: 2026.01.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

    世界はなぜ地獄になるのか ─ キャンセルカルチャーと「構造との付き合い方」をめぐる読書メモ この本を通して浮かび上がってきたのは、「悪」を設定して世界を単純化しようとする人間の認知の省エネ本能と、それがネット空間で野生化したときに社会全体を地獄化させるメカニズムだと感じた。小山田圭吾や会田誠、イェール大学のハロウィン騒動、ドッグパーク論文、woke文化やナイス・レイシズムといった具体例は、すべて「悪を確定し、文脈を捨て、二元論に還元する」という同じパターンをなぞっているように見える。 自分自身の経験と重ね合わせると、この本は単なる「現代社会批判」ではなく、「いま自分が立っている足場の説明書」に近い。エールのつもりでかけた言葉が「冒涜」と受け取られ、構造を変えようとした動きが「パワハラ」とラベリングされる。こちらの意図や文脈と、相手のソシオメーター不安とが食い違うところに、キャンセルまでいかないまでもミニ・キャンセル的な出来事が起きる。この本に出てくる登場人物たちと、自分の状況が妙に重なって見えた。 印象的だったのは、橘が「炎上する世界」を、進化心理学とステイタスゲームの観点から描き直している点だ。人はソシオメーターによって他者からの評価を常時モニタしており、拒絶や失墜への恐怖を抱える。その不安を和らげる一つの方法が、「他人を陥れて、自分が攻撃される位置から少しでも遠ざかること」だという説明は、自分が考えていた「恐れ起点のいじめメカニズム」ともぴたりと噛み合う。正義や社会正義を掲げた攻撃が、実はソシオメーターの自己防衛として機能しているという視点は、心地よいほど腹に落ちた。 マイクロアグレッションやインターセクショナリティといった概念が、なぜここまで強く支持されるのかも、この文脈で理解できる。有色人種やマイノリティの学生にとって、イェールのような大学は「外の世界よりは安全であってほしい場所」であり、そこすらも抽象的な自由の名のもとに放任されると感じたとき、「ここだけは守ってくれ」と強く主張したくなる。その背景には、「イェール以外には本当に守ってくれる場がほとんどない」という生きづらさがある。そう考えると、彼らの被害者意識は単なる甘えではなく、希少な安全基地への期待の大きさの裏返しと見える。 一方で、この本が描く地獄は、当事者にとってはかなり身近な話でもある。会社内での自分の立場、かつての査読経験、相手部署へのエールが「冒涜」と読まれるエピソードなど、自分がこの数年で味わってきたことの多くが、「構造を知らないまま、正しさだけで踏み込んだ結果」として読み替えられる。自分の言動の動機は「エントロピーに抗う」「構造をよくする」側にあるつもりでも、相手から見れば「批判」「攻撃」「上から目線」として処理される。その落差を、橘の枠組みはかなり冷徹に説明してくれる。 この本を読んだことで、一つ大きく変わったのは、「100点を取りに行くことをやめる」という決心に近い感覚だ。状況を変えたい、構造をよくしたいという欲求に突き動かされると、「すべての場で常に最適解を選び続けねばならない」というインナーペアレントが顔を出す。だが、そうやって全方位で本気を出すと、ソシオメーターと評判リスクの板挟みになり、燃え尽きるだけだということも、体感として分かってきた。今の「歴史的・構造的な背景がある問題としていったんラベリングし、自分は整理役・アイデア提供者に徹する」というやり方は、まさにこの本が示す“地獄を生き延びる”スタイルと重なっていると感じる。 もう一つ、この本と対話する中で強く浮かび上がってきたのが、「バンド」と「トライブ」の構想だ。人類学的なバンド/クラン/トライブの話や、橘川幸夫の「世界を変えるのはバンドだ」という感覚と、自分のバンド構想がリンクしてきた。すべての人がバンドに属し、その中で自己実現と他者貢献をする。そのバンドを束ねるトライブには、コーチングやファシリテーションを担う人を置く。全員がエグゼクティブ・コーチングを個別に受けられなくても、バンドとトライブを通じて“構造への気づき”が循環する社会。これは、この本が描く「炎上とキャンセルで地獄化した世界」とは真逆の設計思想として、かなりしっくりきている。 結局のところ、『世界はなぜ地獄になるのか』は、「世界がなぜこんなに面倒くさく、生きづらくなったのか」を他人事として眺める本ではなく、「今ここで自分がどんなゲームの盤上にいるのか」を理解するための地図だと感じた。そのうえで、「全部を救おうとしない」「C調で、でも世界は変えられるという楽観を手放さない」「バンドと小さな場に賭ける」という自分なりのスタンスを少しずつ言語化できたことが、この本を読んだ一番の収穫だと思う。

    2
    投稿日: 2025.12.13
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    橘玲さんの書籍はこの世界の攻略本なので、読んだことは秘密にしておきましょう。 攻略本を見ながらゲームをしたら簡単になってしまいます。

    0
    投稿日: 2025.12.04
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    はじめに、の中に、タイトルに対しての回答がざっと詰まっているので、ここを立ち読むだけでも意味があると思います。 私は正直ショックだったのですが、なるほどとも思い残念な納得感を感じました。 誰もがその所属するなににも縛られず「自分らしく」生きられる社会は素晴らしい、というのはその通りなのだけれど、結局そのリベラル化が極まっていくことにより社会はどんどん複雑になり、私たちはの首がだんだんと締まっていくという現実。 ポピュリズム(右傾化)がリベラル化の行き着く先ということは、もうどっちに行っても最終的には地獄に着くってことなのかもしれないですね。悲しき人間社会。。 日本も近年は平和と自由を享受できるサービス期間だったのかな。

    7
    投稿日: 2025.11.29
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    なんとなん感じていることが言語化されて行く面白さ。人類が長きにわたって夢見た安定した平和で飽食の世界はユーディストピア。

    0
    投稿日: 2025.11.24
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    人間は自分の見たいものしか見ない。自分の正義と誰かの正義に優劣はつけられず共存する世の中、天国でもあり地獄でもあり、その中で生き抜く必要があるのか。

    1
    投稿日: 2025.10.28
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    SNSで無限に繰り広げられる醜い言い争いやネット上での炎上を1度でも見た事ある人にはぜひ読んで欲しい。 リベラル化の行き着く先、キャンセルカルチャーが勢力を広げる理由、差別、正義、過度な尊敬表現などを生物学的視点を交えて論理的に説明される。 世の中の動きを少し離れたところから見ることで自らの立ち回りや思想を確認し、上手く生きていくことが出来るかもしれない。

    6
    投稿日: 2025.10.21
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    リベラルとは、自分らしく生きたいという価値観。そのためには皆対等に同じ権利が保証されなければならない。リベラル化は、必然的に、格差拡大・社会の複雑化・孤独化・アイデンティティの衝突を招く。社会正義の運動は、キャンセルカルチャーに変貌しつつある。 リベラル化を論理的につきつめると導かれることに成程。日本はドメスティックがベースだから、更に大変なのか。

    0
    投稿日: 2025.10.06
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    このおどろおどろしい表題に言うところの「地獄」とは、ある日突然、「正義」の地雷を踏んで「社会正義」の実現に躍起となる無数の輩にフルボッコにされる状況のこと。これを「キャンセルカルチャー」と称し、SNSの発達した現代ならではの現象といえる。 具体例として本書が取り上げるのは、東京オリパラの楽曲依頼をキャンセルされた山小田圭吾、四肢切断の美少女絵画でキャンセル騒動を巻き起こした会田誠、海外ではハリーポッターの作者でおなじみのJ.K.ローリングだ。いずれも、世間の大勢、もしくはある特定のグループの気に障る表現などを行ったために、すさまじく非難された。その有様は、これまでの功績を無に帰させんばかりでなく、その後の人生の表舞台から退場させられるほどのすさまじさだ。 近代以降、リベラルが価値を持つ社会に我々は生きている。リベラル実現のために「社会正義」を求めるのは当然だ。 だが一方で、「ポリコレ」という言葉が昨今流行っている。「社会正義」を実現する意味での「ポリティカル・コレクトネス」すなわち政治的な正しさを求める運動のことを総じて指す。これが行き過ぎて、その「正義」に反した「やらかし人物」に集団制裁を加える向きが流行っているわけだ。 集団リンチが流行る原因は、ストレスフルな社会にあるといえる。人はステイタスに敏感な生き物だ。己のステイタスの微動に一喜一憂するストレスに日夜さいなまされている。ステイタスを上げたければ、「成功」「支配」「美徳」の戦略がある。熾烈なデスゲームが予測される成功ゲームや支配ゲームと違って、美徳ゲームはいわば「正義というエンタメ」を楽しめる気軽さがある。不道徳な者を探し出し、「正義」を振りかざして叩くことで、自分の道徳的地位を相対的に引き上げ、美徳を誇示できる戦略だ。こうして、多くの「成功」「支配」ゲームから排除された概ねステイタスの低い者たちが大挙して美徳ゲームに雪崩を打ってきた。自分たちを「被害者」に位置づけ、正義の名の下に他者を糾弾することは、社会的・経済的地位に関係なく誰でもできるし、SNSではそれを匿名かつタダでできる。これで「正義というエンタメ」を思う存分楽しめるわけだ。 キャンセルカルチャーの最先端、アメリカで起きている出来事が耳目を引く。リベラルが左派(レフト)から攻撃を受けているのだ。歴史的にアメリカは人種問題を抱えている。が、昨今では黒人は被害者で、白人は生まれながらに罪を背負った存在との前提のもと、黒人の訴えはすべて容認され白人のそれはキャンセルされる、という逆転現象が起こっているという。原罪という観念を借りてくるあたりがなんともキリスト教国家らしいが、とまれ、常識的な発言があげつらわれ、いつ何時攻撃されかねないと戦々恐々となれば、勢い言論も行動も慎重にならざるを得なくなるだろう。アメリカのリベラル界ではこうした雰囲気が蔓延しているのだとか。 日本も対岸の火事と思うなかれ。日夜特定の正義に関するテーマに没頭できる「活動家」等が、素人判断で常識的な言葉を放った一般人に対し、「知らない奴は黙ってろ」とマウントをとりたがる。それはある意味、マイノリティ(特定テーマに際限なく時間を割ける人)がマジョリティ(日々の忙しさで、そんな問題に構ってられない一般ピープル)を抑圧する構図だ。 では、そんな地獄絵図と化した「キャンセルカルチャー」の蔓延する社会を生き延びるためには、どうすればいいか。徹底して、正義を振りかざす「極端な人」を割けるべし、と著者は語る。 SNSには、正義を振りかざす「極端な人」がいる。彼らは決して社会の落ちこぼれでもカルト気質の輩でもない。ある調査によれば、それは男性で世帯年収が高く、主任・係長クラス以上という属性の持ち主だという。仕事が忙しくても、同居する家族がいても、2時間もあれば数百件は書き込めてしまうというから、「暇人」である必要はないのだ。 自分の身を守るためには、リアルでもネットでも「極端な人」に絡まれないこと。そのための最低限の原則は、個人を批判しないこと。なぜなら、こうした輩は、自分が批判されていると思ったとたんに、常軌を逸して攻撃的になるからだ。自分が「被害者」で、なおかつ「正義」だと信じている相手に対しては、ほぼ打つ手はない。 自分の発言に不愉快なコメントがされたら、無視するかブロックするに限る。「批判されたら反論しなきゃ」とは最悪の対応。「極端な人」は、自分へのどんな反論も善と悪の戦いにしてしまう。こちらは「悪」のレッテルを貼られ、泥沼に引きずり込まれることになる。 そして、リベラリズムの原則を共有していることも重要だ。それはリベラルな社会で生きていくために絶対に必要なリテラシーだからだ。 キャンセルの標的にされたときの損失は膨大だ。そのリスクを考えたら、消極的ながら、「地雷は避けて通る」一択の戦略で身を守るのが得策だろう。 「物言えば唇寒し」とはよく言ったものだが、それが先鋭になってきた昨今だと実感させられた一冊であった。

    2
    投稿日: 2025.09.23
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    読んでいてどんどん怖くなる本。 大義や正義を振り翳して、憎しみ合い攻撃しあう。 人は醜く愚か。 ボンヤリ感じていたことを言葉にしてくれてて、しっくり。 面倒で地獄のようなこの世界で、平穏に生きていきたい。。。

    0
    投稿日: 2025.09.23
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    リベラルから生まれた鬼っ子レフトが巻き起こすキャンセルカルチャーの実態がよく分かった。いつでも極端なことを主張するものは、自他共に苦しめ、地獄を作る。アメリカの大学がとんでもないことになっている現状に驚きつつ、日本でも学園闘争が叫ばれた時代に「極左暴力集団」と一括りにされた中に、似たようなことが起こっていたことを思い出す。筆者が言うように、キャンセルカルチャーの落とし穴を息を潜めて回避しながら、新しい時代の新しい解決策を待つしかないのだろうか。

    0
    投稿日: 2025.06.29
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    「リベラル=自由で生きやすい」って本当? むしろ逆じゃない?と感じる内容。 個人主義が進めば、格差は広がるし、主張のぶつかり合いも多くなる。 今は、人種や性別、平等や公平が複雑に絡み合って、ちょっとしたことで炎上する“キャンセルカルチャー”の時代。なんだか息苦しい…。 この本では、そんな混沌とした社会の中でも、「どうすれば巻き込まれずに、自分らしく生きられるか?」を考えるヒントをくれる。 科学の進歩で、私たちはすでにかなり豊かになってるっていう事実に、もっと目を向けようよ、っていう視点が印象的だった。 ただ、正直なところ今回はちょっと刺さらなかった…。 橘さんの本は自分の人生観に影響を及ぼす作品が多いが、今回はテーマが広すぎて、読み終えてもどこかモヤっとしたまま。 考えさせられる一冊ではあったけど、心に残る一打は弱めだったかも。

    0
    投稿日: 2025.06.01
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    現代のSNSに蔓延る大義や正義を振り翳す人たちの内心や社会的構造に迫った一冊。内容は広く薄くといった感じで、キャンセルカルチャーや差別構造に関しての知識を得る入門としては丁度いいかも。ただ、一つ一つの話題を概観するだけで、まともな分析をできていないような印象。例え話が多く、括弧書きで細かく注釈を加えてなるべく多方面に配慮している風の語り草は学部生の卒業論文レベルの稚拙さを感じた。最終的に、益々先鋭化していくキャンセルカルチャーに対しては、「地雷原には近づくな」としていて、解決を避けた不誠実な結論に思えた。

    0
    投稿日: 2025.05.25
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    “地雷原に突っ込むな” これが全てかな。多様性を強調されるに従い、段々とめんどくささと分断を感じる今日この頃。良し悪しはあると言え、昔の方がまだ生きやすかったのはあるかもしれない。

    0
    投稿日: 2025.03.19
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    リベラルということは、自分らしく生きたいという価値観。多様性を全て承認していくと、なぜか格差社会が出来ていく。能力主義ということだろうか。 人がステイタスと自己肯定感を求める時、 それを上げるためにとる行動に問題がある。 成功、支配、つまりお金と地位。それが無ければ後は美徳。それが歪んだ正義感となり暴走する。 しかし、最初から自己肯定感をしっかり持っていれば問題は起こりにくいのではないだろうか。 みんな違ってみんないい。 金子みすずはなんて良い事を言ったのだろうか。 他人を見下げれば自分もまたその因縁に絡め取られていく。地獄を作らないのはまず自分から。

    0
    投稿日: 2025.02.11
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    2025/01/23:読了  株式投資をしていると、こんな言葉がよく出てくる。 ESG(イーエスジー):Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治) DEI(ディー・イー・アイ):Diversity(ダイバーシティ:多様性)、Equity(エクイティ:公平性)、Inclusion(インクルージョン:包括性) どちらも、怪しさにみちた言葉で、特に環境・社会の多様性は、人間であることを変えてしまうような、止めようのない社会正義を推し進める凶器=狂気のようなものになってしまった。 かつては、人間の進歩を象徴するようなリベラルという考え方が、人を排斥するキャンセルカルチャーになっていることを 説明している本。 今まで権力に守られて異常な性的嗜好を好き放題していた人達を排斥することと、性的な多様性を認めない人を排斥しようとすることは 次元が異なる。性的多様性を認めると、それが同じ次元で、もしかすれば、OKになってしまう恐れまである。 環境問題も、二酸化炭素が環境に悪い、という前提をきちんと議論しないで、石油や石炭を使わないのが環境にことになってしまっている。 石油なんて枯渇するとか言われていたのが、いまは埋蔵量は年々増えており、石油を悪者にしないと、原子力発電や電気自動車に 置き換えができないから、環境問題で石油のイメージを悪くしていることも可能性としてありうる。 環境負荷を低減し地球を守る、人々の多様性を認める、ということを突き詰めすぎると、人間がいないほうが良いという結論になり、 どこかで、きちんとベースラインは作っておくべきと思う。 トランプは、触れすぎた針を戻す仕事をしている。 ちょうどこんな記事があった。 DEI問題はDIE、いやdied|徽宗皇帝のブログ 2025/01/23  http://dorian.en-grey.com/メモ日記トゥディ/Dei問題はdie、いやdied

    1
    投稿日: 2025.01.23
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    世の中で起こっていることやニュースで目にするような、なんか「モヤっと」することをはっきり文章にして解説してくれていて、読んでいてすっきりした。 人種問題やキャンセルカルチャーなど、あくまで中立な立場で説明があるため読みやすかった。 リベラル化による弊害など、一切興味のなかった分野にも少し興味が持てて理解できた。 特に、SNSとキャンセルカルチャーの関係など、スマホ脳や最強脳の書籍と関連するような話もあり繋がりが持てた。

    0
    投稿日: 2024.12.29
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    凡庸な結論だけど地雷原に突っ込むな キャンセルカルチャーが広がり社会と関わりを断ちたくなる者が増えていくって話があったけどまさにそれを考えていた 私はマイノリティ的な属性は持たないので非常に楽に生きていけているけど、それでも面倒な人から絡まれてゲンナリする事がある マイノリティ側の人の心労が伺える こちらから攻撃しないから傷つけないで欲しい 白人は無条件で黒人差別の罪を背負わされてる話は興味深かった

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    投稿日: 2024.11.16
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    社会問題についての知識が浅いことを認識させられた。頭の中で噛み砕きながら読み進め時間はかかったが、その分考えさせられることが多かった。 エッセンスとして教養も深められた。散々遠回りしても、結局の結論はやっぱりそうだよなと思わされた。ふわっと思っていたことや疑問が言語化されて、1冊の本の分量の根拠も肉付けされた感じがする。

    0
    投稿日: 2024.10.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    おーこれは久々に面白かったです。(最近、著者の新しい本て前の奴と中身いっしょじゃなない?みたいのが多かった気がするのでいうと。) 2025.2.6追記 松ちゃん・中居くん、フジテレビの件など、本当に世界が地獄になってきましたねえ。また、トランプがLGBTをぶったぎったことで、これまでの数年がいかにおかしなリベラルが広がっていたかも露呈しまった気がします P6 私は”リベラル”を「自分らしく生きたい」という価値観と定義している。そんなのは 当たり前だと思うかもしれないが、人類史の大半において「自由に生きる」ことなど想像 すらできず、生まれたときに身分や職業、結婚相手までが決まっているのがふつうだった。 「自分らしさ」を追求できるようになったのは近代の成立以降、それも第二次世界大戦が終わり、「とてつもなくゆたかで平和な時代」が到来した1960年代末からのことだ。 P7 その影響は現代まで続いているだけでなく、ますます強まってお り、もはや誰も(右翼・保守派ですら) 「自分らしく生きる」ことを否定できないだろう。 「自分らしく生きたい」という価値観が社会をリベラル化させる理由は、自由の相互性から説明できる。 わたしが自分らしく生きるのなら、あなたにも同じ権利が保障されなくてはならない。そうでなければ、わたしとあなたは人間として対等でなくなってしまう。それで構わないと主張するのは、奴隷制や身分制を擁護する者だけだろう。 このようにして、人種や民族、性別や性的指向など、本人には選べない「しるし」に基づいて他者(マイノリティ)を差別することはものすごく嫌われるようになった。わたしと同じ自由をあなたがもっていないのなら、あなたにはそれを要求する正当な権利がある し、先行して自由を手にした者(マジョリティ)は、マイノリティが自由を獲得する運動 を支援する道徳的な責務を負っている。 「社会正義(ソーシャルジャスティス)」をあえてひと言で表わすなら、「誰もが自分らし く生きられる社会をつくろう」という運動のことだ。そしてこれは、疑問の余地なくよいことである。誰だって、自分らしく生きることを許されない社会(たとえば北朝鮮)で暮 らしたいとは思わないだろう。 ここまではきわめてわかりやすいし、自分を「差別主義者」だと公言するごく少数を除けば、異論はほとんどないはずだ。世界も日本も、このリベラル化の巨大な潮流のなかにある。誰もが「自分らしく生きたい」と願う社会では、「自分らしく生きられない」ひと たちの存在はものすごく居心地が悪いのだ。 光が強ければ強いほど、影もまた濃くなる。社会がますますリベラルになるのはよいことだが、これによってすべての問題が解決するわけではない。 P9 1) リベラル化によって格差が拡大する 行動遺伝学の多くの研究によって、社会がリベラルになるにしたがって遺伝の影響が強 まり、男女の性差が大きくなることが一貫して示されている。 これは考えてみれば当たり前で、「自分らしく生きられる」社会では、もって生まれた才能を誰もが開花させられるようになるが、知識社会に適応する能力にはかなりの個人差がある。その結果、社会がゆたかで公平になればなるほど、環境(子育てなど)の影響が 減って遺伝による影響が大きくなるのだ。 リベラル化で男女の性差が拡大するのは、男と女で好きなこと・得意なことに生得的な ちがいが(一定程度)あるからだ。男女の知能の平均は同じだが、男は論理・数学的知能 が高く、女は言語的知能が高い。その結果、経済的に発展した国の方が共通テストの平均 点が高くなると同時に、男は数学の成績が、女は国語の成績がよいという傾向が見られ、 男女の性差は拡大している。 性差だけでなく個人のレベルでも、知能や性格、才能など、わたしたちはかなりの遺伝 的多様性をもって生まれてきて、そのちがいは自由でゆたかな環境によって増幅される。 P10 誰もが自分の才能を活かすことができるリベラルな社会でこそ、経済格差は拡大するのだ。 逆に、独裁者が国民の職業を決めるような専制国家では、(一部の特権層以外の)経済格差は縮小するだろう。 (2) リベラル化によって社会がより複雑になる 前近代的な社会では、個人はイエやムラ、同業組合などの共同体に所属していたから、 社会を統制するには何人かの有力者に話をつければよかった。だが「自分らしく生きられ る」社会では、個人はこうした中間共同体のくびきから解放され、一人ひとりが固有の利 害をもつようになる。その結果、従来の仕組みで利害調整することが困難になり、政治は 機能不全を起こすだろう。 (3) リベラル化によってわたしたちは孤独になる 自由は無条件でよいものではないし、共同体の拘束は無条件に悪ではない。あることを 自由意志で選択すれば、当然、その結果に責任を負うことになる。逆にいえば、自分で選択したわけではないことに責任をもつ必要はない。 (4) リベラル化によって自分らしさが衝突する P12 リベラルを自称するひとたちは多くの基本的なことを間違えているが、そのなかでもも っとも大きな勘ちがいは、「リベラルな政策によって格差や生きづらさを解消できる」だろう。なぜなら、そのリベラル化によって格差が拡大し、社会が複雑化して生きづらくなっているのだから。 P55 キャンセルカルチャーの特徴は、キャンセルされるような地位についた者が攻撃の対象になる一方で、同じことをしていても、キャンセルできる地位になければ無視されることだ P78 日本語の複雑な尊敬語や謙譲語は、お互いの身分をつねに気にしていなければならなかった時代の産物だ。それが身分のちがいのない現代まで残ってしまったため、命令形は全 人格を否定する。上から目線になってしまった。日本語は、フラットな人間関係には向異常に丁寧な言葉づかいが氾濫する理由は、日本人が日本語に混乱しているからだ。 P145 毎日、殴るけるの暴力にさらされていたら、とうてい健康に過ごすことはできないだろう。周囲から批判されたり、仲間外れにされたりして、ステイタスが低いことを意識させられ宇のは、脳のレベルではこれと同じ体験なのだ。 人類が進化の大半を過ごした旧石器時代では、ステイタスが下がる(共同体から排除さ れる)ことは文字通り死を意味した。こうして脳は、ステイタスが下がると「このままでは死んでしまう」という警報を全力で鳴らすようになった。 その結果わたしたちは、ささいな批判や噂を過剰に意識して動揺し、ストレスホルモン を大量に分泌させ、交感神経がつねに亢進している状態になってしまう。現代社会では、 この不都合な仕組みが、身体的・精神的なさまざまな不調を引き起こしているのだ。 P161 わたしたちはステイタスの高い者に憧れながら、ステイタスの高い者を引きずり下ろそ うとし、他者からの批判を過剰に気にして身を守りながら、ライバルの足を引っ張って自分のステイタスをすこしでも高めようとあがいているのだ。 ところがステイタスゲームでは、理由もわからないままソシオメーターに振り回されるだけで、どこまでいってもゴールは見えない。この残酷なゲームを、ものごころついてから死ぬまでプレイし続けなくてはならないのだ(高齢者施設では、入居者同士のステイタ ス争いを調停するのが大きな負担になっているという)。 P165 地方の平凡な高卒の女の子は、スーパーなどで非正規の仕事に就き、同級生の男の子と 結婚して子どもをつくるという退屈な未来しか想像できないかもしれない。だがそんな女の子でも、エロス資本を活用することで、数万人や数十万人のフォロワーを獲得できる。 AV会社が「フォロワー100万人でAVデビュー」などのプロモーションを盛んに行なって いるからで、ハッシュタグをつけて写真や動画を投稿するだけで、多くのフォロワー(AVファン)が集まってくる。 それ以外の方法で彼女が同じ数のフォロワーを集めようとすれば、アイドルや歌手、あるいはYouTuberとして有名になるなど、かなりの才能と幸運が必要だろう。そう考えれば、これは評判を獲得する魔法の薬(劇薬)のようなもので、“夢”を目指す女の子が次々と 現われるのも不思議ではない。いまや若い女性にとって、AV女優は「汚れ仕事」ではな く芸能活動と見なされているという。 P168 自分のステイタスが低いと感じたとき、劣等感を覚え自己肯定感が下がる。その意味でわたしたちはみな、ある状況では自尊心が高く、別の状況では自尊心が低い。 自尊心が危機に瀕したとき、どのような対応をとるかは、個人によって異なるだろう。 あるひとは、劣等感を感じさせる集団から離れ、高いステイタスを確保できる(マウンテ イングできる)集団に移るかもしれない。一方、その集団にとどまり、ステイタスを上げようと努力するひともいるだろう。 これは、どちらが正しいとはいえない。 自己肯定感をもてる環境に移れば精神的には楽になるが(主観的なステイタスが健康に 及ぼす影響を考えればこれはきわめて重要だ)、競争を放棄して低い社会的地位に甘んじ ることになりかねない。その一方で、自分を高める努力をすることは成功への条件だが、無理矢理ステイタスを高めようとすると、燃え尽きてしまうかもしれない。ステイタスゲームはきわめて複雑で、唯一の攻略法はないのだ。 P217 地雷原に近づくな これが、キャンセルカルチャーへのもっとも現実的な対処法になる。そして多くの場合、評判を守り、社会的な信頼を失わないための(ほぼ)唯一の方法でもある。

    0
    投稿日: 2024.08.29
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    う〜ん、なんか怖いですね。 SNSの発達で、誰もが自由に発言できるようになった。しかし、執拗に攻撃して炎上し、人を傷つけることも。 マイノリティの人権を保護するが行き過ぎて、マジョリティが息苦しさを感じる。それも違う気がしますし…。 余計な発言をして、物凄いバッシングを受けた事例などもあり…なんでしょうね。生きづらい世の中になったのでしょうか。 冒頭の小山田圭吾さんの話も、なんだかなぁ…そうなの?無実の罪で、東京五輪の音楽プロデュースから降ろされたの? この内容が、どこまで事実かわかりません。でも、書くことの暴力みたいな事は感じます。どこを、どう切り取って書くかで、受ける印象は変わりますから。 そこから、誰もが発言出来るSNSの暴力的な話になり…本当、生きづらい世の中ですね。

    0
    投稿日: 2024.08.12
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    世の中の歪み、生きづらさの原因、難しさ、矛盾などについて、こういうことなんだな と思う。 地獄的な面について認識しておきつつ、世界や身の回り確かに存在する、ささやかな幸せや美しさに目を向けて生きたい。

    0
    投稿日: 2024.08.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    リベラルが格差を広げ、ポリコレが自由を奪う。 前半はキャンセルカルチャーの台頭(小山田圭吾)やポリコレ(会田誠)の実例。またLGBTQなどがいかに少数派の権利から多数派の多大な責務になったかが詳説されている。 インターネットの台頭により、人間は常に世界中の不特定多数との競争を強いられるようになった。その中で成功ゲーム、支配ゲームに勝てない人達が美徳ゲームで報酬を得るために不道徳を攻撃することがSNSを通じて過激化される。他方で推しとはアイデンティティ融合により集団としてゲームに参加しステイタスを上げることである。そのような過程で人々はSNS上で集団を形成し時に互いを攻撃するが、心の痛みは体の痛みと同じダメージを脳に与えるということを考えればこれは実質的には集団同士で暴力の応酬をしているのと実質的に変わらない。 第二次世界大戦後の平和な時間が長く続き、世界は極端にリベラルになった。そこでは各個人の個性が尊重されるべきで、その個性に対する意見は場合によっては社会悪とみなされる。しかも物理的な暴力や脅迫などのわかりやすい悪と比べてこのような社会悪は法律ではなく被害者の感情にのみによって判断されるので、不用意な発言を切り取られSNSなどで集団罵倒などを受けることがあり、これは現代における超法規的な私刑であると捉えると、このような社会はある意味で法治国家以前の相互監視による社会システムにも取ってしまったとも考えられ、特にSNS上での有名人達にとって非常に生きづらい世の中になった。このような世界でダメージを最低限避けて生きていくためには目立たず主義主張を表明せず生活するというのが残念ながら一つの解決策となっている。

    0
    投稿日: 2024.08.04
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    誰もが「自分らしく生きる」ことを追求できるようになってきたという意味でリベラル化は基本的によいことだということは前提としつつ、その必然的な帰結として、そこから生じた「社会正義(ソーシャルジャスティス)」の運動がキャンセルカルチャーという異形のものへと変貌していき、世界が「地獄」と化していくことの背景等を考察し、それをどう生き延びればよいかについて示唆。 偏った考えが入り込みがちなかなり難しい問題だが、著者は冷静かつバランスのとれた筆致で、様々な研究や見解も参照しつつ、考察を進めていて、好感を持つとともに、内容にも納得性があった。 報道で聞きかじった程度でイメージを形成していた小山田圭吾炎上事件や会田誠キャンセル騒動の詳細も把握でき、また、アメリカの「社会正義」運動の実情やトランスジェンダー問題等についても勉強になった。 ただ、この天国と地獄が一体となった「ユーディストピア」をどう生き延びるかということについては、「極端な人」に絡まれないようにする、「寛容」と「中庸」が肝要、そして、この世界の仕組みを正しく理解し、うまく適応することだというあまり救いのないもので、まあそうだろうなと納得しつつも、ちょっと暗澹たる気持ちになった。

    3
    投稿日: 2024.07.31
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    2024.7.16 読了 現在の自分を取り巻く社会の、ちょっとした「どっちがドッチ?」な疑問が解消された。 リベラル、フェミニズム、LGBTQ・・・などの細分化され追加されていく思想や区分が、スッキリと理解できた。 個々人が自由を得たことで、一方向を向いていた時代では「悪」だったものが、「それぞれの価値観の中での善悪」となり、そこに抵触するものは取り除き(キャンセルし)たくなる・・・

    0
    投稿日: 2024.07.19
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    リベラルやポリコレの問題がテーマ。 社会が安全で快適になり、大きな問題が排除されても、結局は満たされずに次の問題を作ろうとするのが人間なんだなと思った。

    2
    投稿日: 2024.06.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

     「はじめに」でほぼ言い尽くされている。"リベラル"を「自分らしく生きたい」という価値観と定義すれば、「リベラルな政策によって格差や生きづらさを解消できる」は「大きな勘違い」で、「そのリベラル化によって格差が拡大し、社会が複雑化して生きづらくなっているのだから」という。そして「「反知性主義」「排外主義」「右傾化」で、一般的にポピュリズムと呼ばれるが、これはリベラリズムと敵対しているのではなく、リベラル化の必然的な帰結であり、その一部なのだ。--したがって、リベラルな勢力がポピュリズム(右傾化)といくら戦っても、打ち倒すことはできない。」「誰もが自分らしく生きられる社会」の帰結がキャンセルカルチャーの到来を招き、世界を地獄にする。 ということが、具体的に、そして論理的に書かれている。なるほど、そんな感じがする。 地獄を生き抜くための結論は「エビデンスを呈示できる専門分野では積極的に発言してフォローワーを集め、それ以外の領域では炎上リスクのない投稿(ネコの写真など)にとどめるのがいいかもしれない」「キャンセルの標的にされたときの甚大な(取り返しのつかない)損失を考えれば、これがほとんどのひとにとってもっとも合理的な選択になるのではないか。」

    4
    投稿日: 2024.05.06
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     橘玲さんの本は、ごく当たり前のこととして自分達がふわっと思い感じていることを具体的な言葉にして、エビデンスを持って説明しており、毎回分かりやすく読みやすい。  本作は、一昔前にいわれた言葉狩り等から波及したキャンセルカルチャーに焦点を当てて話しを進めているが、話が深掘りされてLGBTQ等のマイノリティに話が及ぶ辺りから、専門性が強くなり若干飽きてきてしまった。

    12
    投稿日: 2024.04.27
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    社会がどれだけ複雑化しているのか、これでもかと例を見せられる。 格差、差別、敬語問題、キャンセル文化、etc..これらを理解しつつ、変な地雷を踏まないように過ごすしかない。

    0
    投稿日: 2024.04.26
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    ・タイトルの命題を現在進行形の事例をもって解説していく本。 ・では、それの対処は?これらを肝に銘じ「地雷」を踏まぬ様、慎重にそれぞれの日々を生きよ。 ・広範な事例を元に結構明け透けな(でもリアルな)結論を提示した本書。 ・全てに賛同できる訳では無いが、ある種実践書の様相を見せているこの本の正直さには好感を持った。

    0
    投稿日: 2024.04.10
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    リベラル化の潮流 自分らしく生きられる  社会が複雑に 孤独に 自分らしさが衝突 格差拡大    リベラル化の帰結、その一部としてのポピュリズム キャンセルカルチャー 反倫理 反道徳  小山田圭吾 東京パラリンピックテーマ曲   ロッキングオンジャパン記事 和光学園 高機能自閉症  地位についた者が攻撃の対処、キャンセルできる地位になければ無視  資格がないと辞退すべきだった・・・ ポリコレ political correctness ~グローバル空間での適切なふるまい方  身分制から生まれた日本語 相手のとの距離を調整 上下/内外  大きな差別がなくなり 小さな差別へ 言葉づかい 過剰な敬語    会田誠「犬」  オリエンタリズムを超える「低俗な変態的画題を風雅な日本画調で描く」  アーティストではなく、プラットフォームへの抗議  言論・表現の自由: 何が正しいかは議論で決着・・できない  評判格差社会のステイタスゲーム   80億人の中で ステイタスを上げる  「成功」「支配」の地位にない被害者が「美徳」で正義を振りかざす  「帰属する集団のステイタス」アイデンティティ融合(推し)   共同体の制約の中、ステイタスの高いものを引きずり下ろし、自分を高める ↓ 社会正義  欧米の左派の信念 あらゆるものに差別がある 陰謀論 リベラルと対立 ↓ 大衆の狂気 ~法に触れなければ何をしてもいい  キャンセルカルチャー産業によって作り出される地獄  特定の問題に時間資源投じられるマイノリティが そうでないマジョリティを抑圧  脳はしゃべり続けている差別主義者 ←前頭前野がブレーキをかけている  「極端な人」 一定の抑圧がされているが 批判されるとブレーキが外れる人    地雷原に近づくな 個人を批判しない リベラルの立場で発言する 

    2
    投稿日: 2024.04.06
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    それぞれじゅうぶんな大義があるとする。だがますます複雑化する社会で、すべての理想を叶える魔法のような政治制度は存在しない。だからこそ、誰もが不満を抱えつつも、ほどほどのところで妥協するしかない。これが「寛容」と「中庸」だ。 奇しくも「不適切にもほどがある!」の最終回のテーマが「寛容になりましょう」だった。 「寛容が肝要」だ。

    0
    投稿日: 2024.04.04
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    リベラルの行き過ぎで曖昧さがなくなると地獄になることが事例をもって示されている。自由の国米国もどんどん不寛容になっているのかも知れない。「不適切にもほどがある」を思い起こさせる。大きな問題(戦争やあからさまな人種差別)が片付いた今、こまかな問題をあげつらって議論することになり、意見の一致が得づらくなる。大変興味深い本だったが、今後の生き方として「炎上をなるべく避ける」という方策が述べられていて、暗い気分になった。

    0
    投稿日: 2024.03.31
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    行き過ぎたポリコレ、誰もが振り翳し幸福感を感じる社会正義、ターゲットになるとキャンセルカルチャーが蔓延し、正義を讃美するかの様な風潮が世界に溢れる。SNSやネットにより情報は取りやすく広まりやすくなったが、世界はユートピアどころではなくディストピアに向かっているのではなかろうか。

    9
    投稿日: 2024.03.27
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    脳は下方比較を報酬、上方比較を損失と捉える。 そのために、キャンセルカルチャーやネットの正義が蔓延してしまう。

    0
    投稿日: 2024.03.21
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    『#世界はなぜ地獄になるのか』 ほぼ日書評 Day769 読むのにも時間がかかったし、読み終えて評を書くまでにも時間のかかった一冊。 他の方が各種評にも書かれている通り、勉強にはなる。冒頭の小山田圭吾や会田誠ネタは賞味期限短いと思うが、その後のトピックは、かなり普遍的なものである。 が、どうにもスッキリしない。 ひとつには、ちょうど今クール流行りのドラマ『ふてほど(不適切にもほどがある』と同じで、超めんどくさい、どーでも良いじゃん的な生理的反応がきてしまうこと。 もうひとつには、著者が書中では批判的な立場もとりつつ、やはり「リベラル」思想の持ち主だからだろう。 第1章、東京オリパラ開会式の作曲担当を「いじめ事件」炎上ゆえに辞退に追い込まれた、小山田圭吾問題。当時、表面的に語られた"いじめ被害者"と小山田は、実は奇妙な"友情"とでもいうべきもので結び付けられていたことについて、かなりの使紙面を割いて語られる。 そこで開示される"事実"は、我々自身が自らの胸に手を当てて、過去を振り返った場合に、常に持つ傷が皆無と言える人は稀ではないかと思われる内容である。にもかかわらず、筆者の結論は「開会式の作曲担当を受けるべきではなかった」…それだけなのだ。 あまりに"ナイーブ"(英語の語源的な意味で)な結論である。 https://amzn.to/3TEQW5F

    1
    投稿日: 2024.03.17
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    トランスジェンダーについての疑問点が言語化された。 その他おかしいと思っていることについて述べてある。

    0
    投稿日: 2024.03.17
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    ものすごくおもしろかった 太っている人を差別することも禁止されている、という箇所で激しく動揺した もう一度借りて、マインドマップを描きたい

    0
    投稿日: 2024.03.14
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    これまで橘玲氏の著作は多く読んできたが、本書は他の進化心理学、人類学とは少し趣が異なる内容。 キャンセルカルチャーや人種差別、リベラル化など現代の社会問題が主なテーマ。 タイトルの世界はなぜ地獄になるのか、に対する回答は最後の最後に一言で示されている。 他の著作と比べてテーマが分散気味であり、最後の結論もイマイチ弱く、全体としての主張が理解しづらく感じた。

    3
    投稿日: 2024.03.07
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    途中まで読みましたが、個人的な事情によりギブアップです。 個人の自由が重視されるがために世界は無秩序になっていく。 ステイタスゲームに勝つためには道徳的であることが万人に残された唯一の道だが、その手軽な手段として不道徳的な他人を攻撃することが挙げられる。このあたり、解決法が無いというのが辛い。

    4
    投稿日: 2024.03.05
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    橘玲さんの本は、以前にも斜め読み的に読んだことがありましたが、この本、ふと手にして、小山田圭吾炎上事件に関する詳細を読んで、その後は、止まらなくなって読みました。取り上げられているテーマは、キャンセルカルチャー、ポリティカルコレクトネス、表現の自由への萎縮的効果、評判格差社会、リベラルの終焉というか、リベラル化のもたらしたもの、リベラリズムとリバタリアン、コミュニタリアン、エガリタリアンなど、優れて現代的なもので、その議論は、極めて素面の、真摯なものです。 リベラリズム(自分らしく生きるという価値観)が格差拡大、メリトクラシー、社会の複雑化と個々人の孤立、自分らしさに関する価値観の相違による衝突とその過激化をもたらす。。。ポピュリズムがリベラル化の必然的帰結でその一部であるとする著者の基本的な考えには異論もあると思います。 しかし、この数年でサンデル教授の近時のご論考を読んで、その帰結がコミュニタリアンに分類されながらも、保守派の議論にすごく近いんじゃないかという疑念を抱いていた私としては、なるほど、その視点かとヒントを得た次第です。

    2
    投稿日: 2024.02.27
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    昨今のキャンセルカルチャー、世界の分断、炎上の問題など、最新の研究を紹介しながらよく整理されている。その結果、「地獄」になっていくが、現代の私たちはテクノロジーを手にして幸福な生活も送っている二面性。地獄に向かう世の中に対する著者なりの処方箋も。 いっぽう、最近の著者の作品は、さまざまな研究の紹介が多く、少しわかりづらいと感じることもあり。それだけ世の中が複雑化しているということかもしれない。引用されている原本にあたり、再び氏の著作に戻ることで、よりすっきりするのかもしれない。急がば回れか。

    8
    投稿日: 2024.02.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    リベラルがリベラルであるが故に他の主張と対立してリベラルでなくなってしまう この本を読んで気付いたのは、情報が溢れかえる世の中ではタイパを重視せざるを得なくなり当事者置いてけぼりでキャンセル活動が行われるということ 私自身研究分野にフェミニズムが含まれ、ネットでの主義主張で引っかかる言動が多々ありモヤモヤしていたがこの本でその原因がよくわかった。 研究を進める際は、この本を参考にして論じたいと思った

    2
    投稿日: 2024.02.08
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    この作者が沢山出していた近年の著書と一味違って、他で書いた短文の繋ぎ合わせではなく、かなりオリジナルの原稿でできているので、既視感の少ない、お得な一冊です。ダイヤモンド社との契約が切れて、短文発表の場が減ったことの影響かもしれない。 著者の思考の切れ味は、鈍ってない。現代の世界で標準化されているリベラル思想の生み出している問題がよくわかる。(それでも、保守思想は、問題解決にならないので、リベラルの中で問題に付き合っていくしか無い)

    0
    投稿日: 2024.02.02
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    ジェンダー問題、ポリコレ、表現の自由、いじめ問題、評判格差社会のステータスゲーム、キャンセルカルチャー、リベラリズムにかんしてとても理解が深まった 橘玲さんの本ははずれがない 本書の中の一節↓ 正義に関する特定のテーマに精通している者(一般に「活動家(アクティビスト)」と呼ばれる)は、その問題にほとんどの時間資源を投入している。そうした活動家が、時間 資源のきびしい制約に直面しているひとたちに対して「正しい知識をもて」というのは、 「自分たちが真理を独占しているのだから、なにも知らない奴は黙っていろ」というマウ ンティングを婉曲に言い換えただけだ。 は、自戒する点があったので、それを気をつけながら過ごしたい。 また、まとめると、 ユートピアとディストピアが一体となったユーディストピアで私達ができることは、この世界の仕組みを正しく理解し、うまく適用し、地雷を踏まないこと。 テクノロジーで急速に人類史的には豊かになったこの世界では、平穏な人生を歩むことはこのことさえ、気をつけていれば楽しく暮らせるだろう。この言葉に少しばかりの希望を見いだした

    3
    投稿日: 2024.01.14
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    問題が細分化、複雑化しているので、専門用語やカタカナ語が飛び交い、かなりややこしかった。 細かいところまでは理解していないかも知れないが、「誰もが自分らしく生きられる社会」から生まれた闇の部分に焦点を当て、最終的には現状が100点でなくても、そこで満足しようというメッセージだということは十分伝わった。 過剰なポリコレなどに嫌気がさしている人は多いと思うが、マイノリティたち、程度の差こそあれ抑圧されている人たちを囲うあまりに、マジョリティが窮屈な思いをしている現状をロジカルに語ってくれるので、すっとする人もいるのでは? すっとしても本書にあるとおり、解決策がないのが辛いところだが…。 今の世の中、正直言って「そんなことで?」と思うことでも問題になる。 全てを平らに、誰の不満もなく過ごす社会を作るのは無理があるのではないか。 私自身はジェンダー論に興味があり、男とか女とかで不利になる社会のあり方が新しい方向に向かうのは歓迎したいところだった。 でも、なんだかやりすぎだよ!という違和感も拭いきれない。 そんな違和感の正体がこの本で言語化された感覚だった。 一方で、少数派の人たちが不満を言えば、それは大問題となって対策をしなくてはならない…というのはとても息苦しいなとも思っていた。 相手が間違っていれば鬼の首をとったように大勢で叩き潰す、それをキャンセルカルチャーというらしいが、全てのことが正しい方向にいかなくては気が済まないというのはちょっと異常だと思う。 「自分らしく」という言葉もなんだか窮屈だと思う。 言われたことを何も考えずにこなすのが好きな人もいるわけで。 多様性とか、自由とか、平等とか、大切な言葉だけどそう言ったことを求められることに疲れていたのかも…というのを本書を読んで感じた。

    2
    投稿日: 2024.01.08
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    キャンセルカルチャー、LGBTQ、BLM、リベラル、保守、行き過ぎたポリコレについてガンガン斬ってくれている本!私も個人的に疑問に思っていた「多様性」を語るリベラルっぽいコメンテーターの「非多様性」な意見を一切認めようとしない矛盾・・・当著の終盤に書かれている「右か左かにかかわらず、あるテーマに特化した知識をもつ少数の者が特権的な立場を占め、それ以外の多数派を排除する構図」という橘玲さんの意見に大いに賛同します。気になる方は是非、手に取ってみてください。

    2
    投稿日: 2023.12.11
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    このレビューはネタバレを含みます。

    今世界で起きていることの解像度が少し上がったのでよかった しかし結局、トランス、フェミニスト、表現の自由、すべて答えのない問題なんですね あと何十年か互いの価値観を武器に殴り合えば、前例が集まってなんとなくの基準が確立するかも?それを願うばかり 社会正義にのめり込むのも怖いね

    1
    投稿日: 2023.12.03
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    生き辛い世の中になるメカニズムがソースを交えて紹介されていて納得感がある。ただ、地獄とはいっても何の自由もなく過ごしていた昔の庶民と比べるとマシなのか、そうでもないのかは気になるところ。なお、比較はできない。

    0
    投稿日: 2023.11.30
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    「させていただく」使役の助動詞の「させる」と授受動詞の「いただく」を連結の「て」でつなげたもの。 代替させる事を自身に都合よく(無許可)交換させる効果を狙う。これは当然、ハラスメントを含むことにもなる。 昨今のジャニーズや宝塚の会見風の自社広報はこれだな。 組織文化(情報体系)が違う外部との接続の齟齬が、露骨になっている状態。さらに、この露骨になりうる状態が、より広範で上位の操作の拡大へ向かう。業界での支配力の差を使い、使役(強制)へと相手を操作する実演となっいる。つまり忖度を促してきた事の証左。 そしてやはり資本という数量化を前提に駆動する仕組みとも、相性がいい。権力の大小が、明確で絶対的な状態を無自覚に作り出し相手に強制することが容易となる。 「敬意逓減の法則」ね、面白い。 同じ基準で測れないものを測ろうとして無理をすると地獄が現出する。 これに対処するには、礼なり、敬意なりを見直すことから始めるしかないのか。 これには、距離感を上手く測る事。実の距離ではなく、あくまでも距離感が重要になる。そしてこの距離感ではあるが、逆ベクトル的な絶対値もありかな。 そんでもって、これがキャンセルカルチャー化へ進むのか? ポストモダンて、測れないものを呪わずにどう扱うかを模索しようかの試行を秘めているものだっただろう。リベラル的な社会正義の実現に向かう必要があるのか。 結果的にそうなるのなら、いいというだけではないか。 地獄ということからなら、人類には未だ測りきれない世界と、そしてヒトの社会が、そこにあり、これをどうするか。AIの進化は、これの一つの解答で言語活動の限界と不完全さを人類に教えている。ただ便利なツールには違いないだけ。 言語も生命にとっては、絶対ではない、と。つまりは生命は生命で、それが単純なる意味。物差しには使えるが、生命を測るには使えない。そして地獄も測れない。

    0
    投稿日: 2023.11.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「火のないところにも煙はたつ」 ネット社会は情報のが持つ価値を大きく変えてしまった気がする。 面白かったです。

    0
    投稿日: 2023.11.20
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    人種や性別等等によらず、誰もが「自分らしく」生きられる社会は素晴らしい。しかし、現実はリベラルが強調され過ぎると、格差は拡大し社会はを窮屈になる。生きづらさにつながるこのジレンマが哀しい。

    0
    投稿日: 2023.11.19
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    アイデンティティ。マジョリティ対マイノリティ。あっちを立てればこっちが立たず。文化全体に地雷が仕掛けられている!

    0
    投稿日: 2023.11.11
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    これは難易度高い。 キャンセルカルチャーや、米国のリベラルのレフトの極端さについて。大きな流れと細かい説明がある。わかりやすい。 難易度高いのは、この日本がその狂気にまだ完全に飲まれていないから実感があまりないため。 米国の左派は、lgbtなどの差別に対して、分断している。過激なレフトと、穏健なリベラルへ。言論統制と、表現の自由で。これが日本に来つつあるが、まさに地獄である。

    4
    投稿日: 2023.11.09
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    「誰もが自分らしく生きる」という、誰もが同意する理想に向けた「社会正義」運動が、キャンセルカルチャーへと変貌していく。この「天国(ユートピア)」と「地獄(ディストピア)」が一体となった社会を生きていくには、「距離を置く」ことが現時点でできる最良のすべだと著者は言う。 小山田圭吾氏はどうするべきだったのか。「過去に傷があることを知っているのなら、キャンセルされるような地位は辞退すべきだった」という著者の指摘は、現実性はともかく、斬新だと思った。 アメリカの左派の「圧制」は、北朝鮮で性奴隷として売られたヨンミに「北朝鮮でもこんなふうに狂ってはいなかった」とまで言わしめた。それと同じ風潮が、日本のSNSで跋扈していることに寒気を覚えた。ロビン・ディアンジェロによれば、「白人は特権を与えられてきたのだから、白人は生まれながらにレイシストで、どんなときでも自らの『加害性』に自覚的でなければならない」という。これを「男性は自らの『加害性』に敏感であれ」「男性であるだけで警戒されて仕方がない」とする一部の言論と重ね合わさずにはいられなかった。Youtubeのショート動画で「学校では黒人のほうが人気だよ。白人は人気がない。ダサいと思われている」と言っている白人の青年がいたことを思い出した。彼の気まずそうな顔は、こうした風潮が背景にあるのではないかと疑いたくなってしまった。 事故で脳を損傷したドーランの事例から「人はだれでも他者に対する憎悪・嫉妬・嫌悪・罵詈雑言がチャッターとして頭の中で渦巻いているが、それを前頭前野の働きでなんとか抑え込んでいる」。SNSは匿名でどんなヘイト発言でもできる環境のため、この前頭前野のブレーキが外れてしまう人がいる、と著者は言う。この本を買ったときに立ち読みした本(東北大の川島隆太教授の本?)に「スマホは前頭前野を破壊する」と書いてあって、なんとなくつながって納得した。 そのほか、「ステイタスの低さが健康に悪影響」とか「アイデンティティ融合」とか「マイクロアグレッション」とか「ポストモダン思想・現代思想」とか「マイノリティは特定の問題に時間資源を投じられる」とか、いろいろな視点で「この地獄」を解説していて興味深く読めた。 ―わたしたちは、自分よりステイタスの高い者と比べるときに痛みを、ステイタスの低い者と比べるときに快感を覚える。これは脳の基本設計なので、心がけや道徳教育で変わるわけではない。 ―このようにして、成功ゲームや支配ゲームをうまくプレイできない(その多くはステイタスの低い)者たちが、大挙して美徳ゲームになだれ込んでくるようになった。自らを「被害者」と位置づけ、正義の名の下に他者を糾弾することは、社会的・経済的な地位に関係なく誰でもできるし、SNSはそれを匿名かつローコスト(ただ)で行うことを可能にした。(中略)キャンセルカルチャーの社会的・生物学的な背景は、このようにまとめることができるだろう。 ― 地雷原に近づくな これが、キャンセルカルチャーへのもっとも現実的な対処法になる。そして多くの場合、評判を守り、社会的な地位を失わないための(ほぼ)唯一の方法でもある。 ―キリスト教徒は地獄をつくりだすことによって救済への不安を生み、それから逃れられる唯一の方法として自分たちのゲームを提示した。同じように、新左翼の活動化たちは、偏見だと非難してもよい条件を根本的に書き直し、単に白人や男性であることが罪の兆候になるようにハードルを下げることで地獄をちらつかせる。こうして救済への不安を生みだしたうえで、自分たちの活動を唯一の救済策だとして提示するのだ。地獄の脅威から逃れるためには、これみよがしに熱心に、非常に正しくプレーをするしかないのだと。(ウィル・ストー 『ステータス・ゲームの心理学』)

    2
    投稿日: 2023.10.22
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    差別を解消し、また自分らしく生きようとするほど、この世界にはコンフリクトが発生する。 キャンセルカルチャーが大手を振るこの世界で生きるために。 読めば読むほど認知的不協和が起き、めんどくさくなってくる。 これがタイトルの地獄という意味。 キャンセルされそうな火元には近寄らず、SNSには猫の写真をpostする、というのが現状の最適解か。

    6
    投稿日: 2023.10.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    橘玲さん、ちょこちょこ読んでいます。新書はもくじをざっと見て買うことが多いけど、「小山田圭吾炎上事件」とか「性的少数者の呼称が長くなる理由」とか「障害は差別用語なのか」とか、「日本では中間管理職の死亡率がもっとも高い」とか「個人は国家の過去の加害行為に責任を負うべきか」などなど、興味深いタイトルだったので即買いました。 東京オリンピックの時に、小山田圭吾が過去のインタビューやら発言をほじくりかえされて、”キャンセル”された。いったい、過去に何言ったん?っていう単純な興味も沸いたし。どんな発言だったのかも簡単に紹介されていました。じゃ、彼はどうすれば良かったのか。著者によれば、以前にも過去の発言が問題視されていたわけだし、オリンピックの演出のような公の仕事を引き受けるべきではなかった、というのが正解だそうで。それ以外、謝罪したところで、過去にいじめられた人が再び傷つくだけだし、どうしようもなかったであろうと。 「障害者」を「障がい者」と表記するようになったのはもう何年も前から。そういうの嫌いだな、とは思っていた。意味は変わらないわけだし。ばかばかしいというか。表記を変えたら差別がなくなるわけでもないし。 LGBTが LGBTQ となったのは数年前に知ったけど、またさらにアルファベットが追加されているとか。いろんなパターンの”性的少数者”が詳しく解説されていたけど、読んでいるうちに訳がわからなくなりました。一言で要約してしまうと、結局「いろんな人がいる」っていうだけで、みんなが自分の基準に無理に当てはめようとせず、「いろんな人がいる」ってことを受け入れさえすれば、名称なんてなんでもいいのに、と思いました。 私なりに、いろいろ努力して固定観念に縛られず、偏見を持たず、差別をしないようにしているし、ことあるごとに子供たちにもいろいろと話して、差別をしない、差別を許さない大人になるように見本となる大人になるべく努力いるつもりです。 一方、私の母は非常に頭がかたく、保守的で、ともすれば差別的な考えに至るし、「それ差別だよ」っていう発言もする。でもすごくピュアで素直なので、長年教員をしている私が「そういうのは、・・・・・だから差別なんだよ」って冷静に伝えると、「そうなんだー!」目をぱちくりさせて驚く(笑)。そういう彼女は、目の前にどんな障がい者がいようが、LGBTの人がいようが、真正面から付き合って、たまにうっかり差別発言をしたり、「かわいそう」とか言っっちゃったりしながらも、とても慕われて深い付き合いになったりするから不思議だ。要するに、「何が差別にあたるか」とか小難しいことを考えなくとも、いろんな人がいる、目の前にいる人は私の仲間、と認識すればちゃんとバリアフリーな世の中になるんじゃないかな。 そうではなく、あれもダメこれもダメと小難しい世の中になったことを「世界はなぜ地獄になるのか」というタイトルで表現している、非常に興味深い本でした!

    8
    投稿日: 2023.10.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    あとがきにある、『「だったらどうすればいいのか」の解がない』がこの世が地獄とよぶ部分なのだろう。 社会正義を振りかざすものには近づかないしかない(現状は)というのが悲しい気持ちにさせる。

    1
    投稿日: 2023.09.28
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    キャンセルカルチャー 社会的正義 この本で扱う小山田圭吾炎上事件なんかは、 過去の自分の行いはどこまで許されてるのか。もしくは許されないのか。一面的な報道のみから養護するのは難しいと同時に、ここで騒ぎ立てている人たちとは、これに関わらずどんな人たちかなと思う。 当事者同士の関係は、彼らにしか分からないという部分もあるけど、オリンピックに関わる立場は、また別の話かなと思う。 美術館のアート表現にしても、気に食わないという思いだけが先行して攻撃的になる。本書でもありましたが、現実社会では自制がきく行為も、監視のないネット社会では、歯止めが利かなくなる。 上方比較を損失、下方比較を報酬とする脳の構造は、上の人の足を引っ張ることで、溜飲を下げる。これが、ネット社会でより顕著になったということかな。 インターネットの登場で、世界はより便利になるという想像は、人の負の側面をそれ以上により加速する結果になったのではと思う。

    3
    投稿日: 2023.09.27
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     誰もが自分らしく生きられる社会が地獄になるのはまぁそうだよなって、誰かのらしさと自分のらしさが同じ訳ないし、ぶつかったりするよなと思いながら読んでました。本書はどちらかというと個と個の対立というよりは集団内での対立のイメージな気がしました。たしかに、性別や性的志向の話題を何人かで集まってすると変な緊張感があります。らしさを正義とした魔女狩り裁判が行われている感じ。まさに地雷原を歩く緊迫感。たぶんそういうのが嫌で独りのが楽だなと思ってしまうんだろうなと気付けました。  筆者の結論としては地雷を踏まぬように気をつけましょうという感じですが、納得せざるを得ないほど今の社会の息苦しさの一面を知ることができました。

    6
    投稿日: 2023.09.24
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    キャンセルカルチャーという言葉も知らない者にとって、現在が「地雷原」を踏むと地獄になる現状を認識できたことはよかったとは思う。しかし「天国はここにある」と最後に言われてもね.....

    2
    投稿日: 2023.09.24
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    Aかと思えばB、BではあるがA、といった風に、論調が行ったり来たりで、結局ドッチナンダイ?と言いたくなるが、この語り口がまさに地獄になる世界で地雷を踏まない身の処し方を指し示しているのかもしれない。そう思えば途中では矢鱈と刺激的な事例を紹介しつつも、結論だけは優等生的にまとめているのも頷けるというものだ。 この著者は簡単に尻尾を掴ませたりはしない。

    2
    投稿日: 2023.09.20
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    ふー、今回も面白かった。表じゃリスクが大きすぎて口に出せない(正しいと思っているか否かに関わらず、話題のテーブルに乗せられない)話のてんこ盛り。 でも、開けてはいけない扉を覗き見るのはいつだって楽しい。

    2
    投稿日: 2023.09.15
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    小山田圭吾の「いじめ問題」の詳報から始まる、キャンセルカルチャーの考え方。切り取り方によって変わる「事実」と、端的に受け取った世間の「正義」のあり方。本文中でも二転する「事実」がそれをより思わせる。 SNSの発展により「成功ゲーム」に参加できないステータス的な弱者が「美徳ゲーム」に傾れ込んだ。これは本当にその通りだなと感じる。SNS上では簡単に匿名になれたり、はたまた自分を偽ることが出来る。自身の弱者性を隠して、美徳ゲームに参加するのは(成功ゲームに参加出来ない敗者にとって)さぞ楽しかろう。 ステイタスゲームの戦い。自分はある種そういう世界から抜け出したように感じているが、この行為自体がステイタスゲームの勝者宣言のようにも感じる。むずかし。

    5
    投稿日: 2023.09.13
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    この生きづらい社会で「地雷」を踏まないために、世界で起きていることやその背景を知り、その上でどのように振る舞えばよいのか、そのヒントを提示してくれる 感情的に反応しないこと、自分が良しとする価値観が絶対でないことを自覚きておきたい

    2
    投稿日: 2023.09.09
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    LGBTをめぐる様々な問題などについて取り上げている。興味深い論考ではあるが、やや細かなところに話がいっている印象を受けた。

    2
    投稿日: 2023.09.08
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    橘玲の新刊『世界はなぜ地獄になるのか』は、「誰もが自分らしく生きられる社会」を目指す社会正義の運動が、キャンセルカルチャーという異形のものへと変貌していく現象を考察する。 初めの章で取り上げるのは、小山田圭吾炎上事件である。東京オリンピック開幕直前のあの騒ぎの本質は何だったのか。 それ以降の章も「評判格差社会のステイタスゲーム」、「社会正義の奇妙な理論」といった刺激的なタイトルが続く。 著者は『言ってはいけない 残酷すぎる真実』や『上級国民/下級国民』、『無理ゲー社会』などで知られる作家である。編集者から作家に転身しており、人目を引くタイトルの付け方が上手いが内容はむしろ堅実と言って良い。 大っぴらに言ってはいけないと日本社会でタブーとされてきた事項について、なるべく平易に、タイトルほどセンセーショナルにならず書き記すスタンスは好ましい。 本書は、分かりやすい結論を示さず、読者に真実とは何かを問い掛ける。真実は一つではなく、時代によって立場によって異なる様相を見せる。差別がどうして無くならないのかという問いについて、問いを持ち続けることが大事と教えてくれる。

    2
    投稿日: 2023.09.01
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    p80 させていただく は本来、相手の許可が前提になっている p88 日本語では、「上か下か」だけではなく、「内か外か」」が決まらないと、どのような言葉遣いをするかを正しく選択できない 日本語の複雑な敬語システムは、島国のドメスティックな人間関係に最適化されている。逆にいえば、日本語ではリベラル化が進むグローバル空間の人間関係にうまく適応することができない p93 Whiteを大文字で書くと、白人至上主義を指示していると暗黙のメッセージになってしまう p117 日本画は日本固有の絵画ではない 会田誠 1965 佐渡生まれ 自伝 げいさい 1980年代なかばに芸術を目指す若者の前には大きな2つの壁が立ちふさがっていた 19世紀後半のクロードモネら印象派によって始められた芸術革命が、パブロ・ピカソによって一応の完成をみたこと 人間が思いつくような実験はこの100年間でほぼやりつくされてしまった 日本固有の問題で、あらゆる美術が西洋文化の借り物であること p146 ステイタスを上げるには、成功、支配、美徳の大きく3つの戦略がある p149 不変と思われる7つの美徳 家族を助けること/ 自分の属する集団を助けること/ 恩を返すこと/ 勇敢であること/ 目上のものに従うこと/資源を公平に分けること/他人の財産を尊重すること p150 美徳ゲームにはもう一つ、もっと簡単で効果的な戦略がある。不道徳な者を探し出し、正義を振りかざして叩くことで、自分の道徳的地位を相対的に引き上げ、美徳を誇示する戦略だ p154 そのように考えれば、個人の努力によってステイタスを上げる成功ゲーム、支配ゲーム、美徳ゲームの他に、もう一つ重要な戦略があることがわかる。帰属する集団のステイタスが上がれば、それに伴って自分のステイタスが心理的に上がり自己肯定感が高まるのだ。

    1
    投稿日: 2023.09.01
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    新書ということで橘さんの他の単行本と比べるとちょっと堅めの印象。ただ、相変わらず、数々の文献やファクトデータに基づいた氏の考察はさすがな切れ味。 この最新刊は後半の社会正義の章の内容が、自分的にはちょっと難しい、というか、理解しづらい感じでした。 ”ユーディストピア”の生き方、は超高齢化な日本のシニアにとっては関係する話なのかどうか。。。(とシニアの入口に立つ自分に照らして思ったりしました ^^:)

    1
    投稿日: 2023.08.31
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    キャンセルカルチャーの考察で、今回は中間報告と言う位置付けではないだろうか。非常に面白いし、価格以上の価値はあるが、いつもに比べると切り口も結論も切れ味が足りないように感じた。これは橘玲にはかなりの期待を込めて読み始めるから、それの裏返しだ。

    1
    投稿日: 2023.08.30
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    変質する社会正義を例示しつつ多面的に解説した著作。いつもの橘節で慣れていると読み易い。個の正義=社会正義と勘違いする輩が続出する必然性を鋭く指摘している。

    2
    投稿日: 2023.08.29
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    性別や人種といった大きな差別がなくなったことにより、より微妙な領域の差別がクローズアップされ、「リベラル」な人々によるキャンセルが蔓延していると指摘する内容。ここに真正面から取り組むには、あらゆる事実を洗い出し自分なりの見解を組み立てていく必要があるが、すべての領域でそんなことをする余裕などほとんどの人にはない。その中での処世術は危うい人には関わらない、無視することだ、という主張だった。 寂しい結論だが、どこに地雷があるかわからない人にとっての現実解はここなのだろうか、と考えさせらせた。

    1
    投稿日: 2023.08.26
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    昨今のトランスジェンダーをめぐる議論や事件を見ていて、なぜ世界がこのような方向に舵を切っているのかとても興味を持っていた。 この本は改めて、なぜ今の時代にジェンダーや人種の問題が更に厄介で扱いづらい話題になっているかと言うことをとてもわかりやすく説明している。 端的に言うと、このような状況になることで儲かる人々がいるというのも一因だと理解できた。 一方で、差別などの意識についてはなかなか一筋縄で解決することはなく、むしろ根本的な解決など不可能ではないかと思ってしまうような感想を持った。 この先、世界はどのような結論を下すことになるのだろうか。

    1
    投稿日: 2023.08.23
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    #世界はなぜ地獄になるのか #読書記録 爽やかな島旅に持ってくる本じゃない。 自分の正義感が汚いものに感じる。 世界が地獄に見える。 リベラルへの冷静な冷たい考察。平和な世の中で、心からの正義ではなく、自分のアイデンティティを見つけるために、主張するために、自分を正義にするために、どんどん細分化され、露呈していく差別、不平等に対して声をあげている? ある意味自認して自省する機会としながらも、飲み込まれないようにもしたい。 地獄だな。

    1
    投稿日: 2023.08.21
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    世の中の動き、人々の行動でなぜそうなってしまったのか?今、どうしてこうなっているのか。 日本の状況、そして一部を見ているだけではわからなかったことがこの本でたくさん説明されていて目から鱗が落ちるような気持ちに何度もなりました。 まず、本の構成が良いなと思いました。導入が、日本でのオリンピックのあの騒動が取り上げられていたことは、日本人なら誰しも耳にしたことがある騒ぎで、日本ならではのことなので身近なものとして読みやすく受け入れやすいなと。 そこから、日本にも流れてきたムーブメントの根源、欧米で何が起きているかが、つぶさに語られておりなるほどなるほどー!と腑に落ち微妙な気持ち悪さを伴っていた違和感が説明されて気持ちの良い読書となりました(内容は重い問題であるのできついですが) PART2『ポリコレと言葉づかい』 ブラック企業という表現に違和感を持つ日本人は多くない、というのが衝撃で、自分自身この本を読まなければその考えがなかったです。 外国での大きなムーブメントをそのまま日本にも無理やり持っていき、世界中がグローバル化していくのならば、日本語は消えていくのかもと思いました。 危機感というのとはまた異なり、ラテン語とか古い英語とかのように話し言葉としては消えていくけれど、物語を読むうえ(シェイクスピアとかほかの古いもの?)では、元の言語を知っている方がよりその物語を理解できる、といったように日本語という言語自体、話し言葉として形を変えていくものもあれば、今の日本語は古いものとなっていくかもとぼんやり思いました。 PART4『評判格差社会のステイタスゲーム』 PART5『社会正義の奇妙な理論』 PART6『「大衆の狂気」を生き延びる」』 この本の真骨頂という感じがしました。 ○○派というのを、今の混在・混乱の状態以前のものですらしっかり理解できていないのできちんと理解できたと自信はないですが、わかることは時代が目まぐるしい速度で変化しており、ついていけていない人も多い中、ごく一部の当事者やその問題に注力している人の発言を中心に問題が吹き上がり追いきれないスピードで事態が進行しているという感じ…。 これ、大人ならまだ、これまでの人生経験から違和感を抱く勘が働いたり取捨選択する判断力をなんとか持てるかもですが、この真っ只中で成長する子供たちは混乱するだろうなと同情してしまいます。 実際、どこの国か忘れましたが、SNSで、 ・子供たちが性自認に混乱して小さいうちから自分はトランスジェンダーだという子が増えた ・学校で男らしい恰好をしないといじめられるからわざわざ髪の毛を突然ベリーショートにする女の子 など見かけたので、混乱が生じているのだと思います。 差別について言葉にしないから逆に差別的思考が生まれてしまうという皮肉が本著で語られていましたが、それと同様に世の中をよりよく多くの人が住みやすいようにとしてきたことなのに、様々な選択肢・種類が増えたからこそ判断力が培われる前の子供たちが混乱して良くない方向に行く場合もあるのではないかと心配です。 歌舞伎町タワーのジェンダーレストイレの件でも大騒ぎとなりましたが、トランスジェンダーのMtFの話が興味深かったです。 ハリポタが好きなので、ローリング女史の発言を当初は残念に思いましたが、性適合手術をせず、女性用トイレやお風呂を利用したいという性自認が女性という身体的男性が恐ろしくなり、ローリング女史の懸念することは必ずしも間違いではないのでは、と思うように変わりました。 性自認で女性、と思うのって、実際に女性の苦労を体をもってして体感していない状態の人もいるはずです(ホルモン治療で外見がほぼ女性となって過ごしていたらまた別かもしれません)。 生理などそういったものだけでなく、常に性的対象として嫌な視線にさらされ痴漢など実際の被害に遭うだけでなく、品評されるような目線がいまだ横行するゆがんだ日本社会のような、女性の性的消費がまかり通っている状況で女性として生きたことで感じてきた嫌な気持ちとか、そういうものを知らないで、自分は女性だと思う男性の中には、本当に性自認女性かな?と疑いの目を向けてしまう人もいます。 私は自称アライと思っていますが、本当に悩んでいる人たちには支援があるべき、受け入れるべきと思いますが全員が全員そう思えないのはアライじゃないのでしょうか。。 「オートガイネフィリア」という言葉は、この本で初めて知りました。 日本社会で、多くの女性が怯えているのはこれに該当するMtFなのではと思いました。本著では、レズビアン女性が性愛の対象になるのではと言われてますが、個人的には、性愛の対象は関係なく、女性の体を持つ人すべてが危険にさらされる可能性があるのではと思ってしまいます。性暴力に関しては、パーセンテージで低いから危険度は高くないなど言っていられないと思います。性暴力だけではないですが、、心を傷つけ、その人の今後にも暗い影を落としかねない。防げるのであれば防ぐことに全振りしたいので、MtFの女性は女性用トイレも更衣室もお風呂も使うべきではないと私は思います。 日本では、戸籍変更には性器の手術が済んでいることが必須条件だったはずで、それに私は安心しています。怪しい人(幼児向けアニメの着ぐるみを着ていた人、、)もいますが、手術は大変な苦労を伴うので、そこまでするのであればまだ、とも思いますし男性性器がない方が安心できます。 未オペの自称女性は、信頼できません…。いくら、身体的金銭的に負担がある手術だとしても。本当に悩んでいるMtFの人には申し訳ないけれど。 SNSでキャンセルを求めるムーブメントがなぜ起きるのか、しかも日本では、大体本当に必要な政治家の悪行の場合はよっぽどそこまで世間的大騒ぎにならないのに芸能人の不倫や不祥事だけ大騒ぎになるのがまた歪んでいて嫌でした。 でも、この本でステイタスゲームの話を読んで納得できました。以前から自分でも、SNSで引きずりおろしたい人は、普段だったら自分より肩書も経歴も上の人を貶める機会を見つけ水を得た魚になっていると思っていましたが、そのものずばり、脳の構造上からそうだったのだとわかり腑に落ちました。 推しはアイデンティティ融合という話も、日本社会はよりその傾向が強いなと思います。国(代表チーム?)の活躍としてWBCが例として取り上げられていますが、ほかにもノーベル賞受賞や、アカデミー賞受賞など権威ある外国の賞を日本人(戸籍はもう変わっていることもあるんですが)が受賞すると急に騒ぎ立てるのもそうかなと。 いつも気持ち悪いなとそれを思っていて、ノーベル賞受賞者の方の中には、研究の環境も待遇も良くない日本を見限っている方もいますし、アカデミー賞受賞後に日本の国籍を放棄したカズ・ヒロ氏の言葉はとても納得のいくもので、他人の努力に乗っかって陶酔するマスコミからSNSへの流れ、どうにか変わってほしいですし自発的におかしいと気付ける大人であってほしいと思います。 問題が多すぎて、憂鬱になることもあったけれど、 最近とても良い映画(『君たちはどう生きるか』)を見て、この地獄のような現実世界は唯一無二のもので、喜びもあるから、そこで生きるのを諦めないと、私は励まされたので、考えることは放棄せず、自分自身の倫理観に従い、希望し過ぎず絶望し過ぎず生きていきます。 P275から一部引用 ~誰もが不満を抱えつつも、ほどほどのところで妥協するしかない。これが「寛容」と「中庸」だ。 ~いまの自分の満足し、小さな改善を積み重ねていきなさい」という提言だ。

    1
    投稿日: 2023.08.21
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    2023.08.19 デジタル、ネットの世界の恐ろしさは、いったん「発信」されてしまったものは未来永劫残り続けるということ、過去がとつぜん襲いかかってくる恐怖が常にある、そんな時代に生きている。 「若気の至り」という言い訳は、それこそ死ぬまで許されないそんな世の中に生きていることを自覚させられた。 この社会で生きていくうえでの「一般人の」金言は「沈黙は金」ということにつきる。

    1
    投稿日: 2023.08.19
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    世界が上手くまわるためには全員が寛容になって少しでも考え方が異なる人に理解を示そうとすることだと、確かにその通りだと思う。 ただ今の仕組みとしてはそのキャンセルカルチャーを止める要素は一向にないように感じる。

    1
    投稿日: 2023.08.17
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    【比べるとそうなる】 ちょっとしたことでもすぐに炎上する時代です。 身分を明かさず、あまり深く理解していなくても、正論をここぞとばかり言える状態は「快感」を与えるということです。 「正論で糾弾できる」喜びです。 さらに、糾弾する本人にマイナスリスクは無いことが、より激しく糾弾できる要素となっています。

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    投稿日: 2023.08.16
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    行き過ぎたキャンセルカルチャーに強い違和感を感じていたため、本書のテーマはとても興味深かった。リベラルは総じて人の暮らしを良くしていくが、キャンセルカルチャーを生む土壌になってしまうのはよく分かったが、本書の結論はマイノリティを避けるあるいは面倒くさい人がいることを織り込んでバランスよく過ごせ、とのことでモヤモヤは全く晴れなかった。(筆者も解が無く、解を出すのがなぜ難しいかまで言及してくれてるので異論があるわけではない) あとトランス女性に2タイプいて、女性嗜好のパターンの存在がトランスジェンダー問題を難しくしているのは初めて知った。

    1
    投稿日: 2023.08.07
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    いつも通りの切れ味で、現在における問題を分析し、ひとまずの解決策を示している。 馴染みのない外国人の名前、カタカナの用語、アルファベットの頭文字で作られた略語が多数引用されており、十分に理解することは難しかった。しかし、いつもよりも、著者の主張が一貫していたので腑に落ちるところは多々あった。 すべての人が幸せに暮らせれば良いはずなのに、さまざまな「自由」が認められてきている昨今、互いに潰しあうという結果になっているのは皮肉である。

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    投稿日: 2023.08.05
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    感想 悪口を広めないために。他人にしてほしくないことを他人にしない。自らの評価を下げる行動はとらない。しかしナッシュ均衡の移動は困難。

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    投稿日: 2023.07.25