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powered by ブクログカラー版は最近のものとはいえ、もとは半世紀前に出た書物ってことだからビックリ。今読んでも十分興味深い内容。掲載されているのも、細かい背景とかは知らないけど、どこかで見たことがあるような作品ばかりなので、そういう点でも読みやすい。他のも読んでみたい。
0投稿日: 2026.05.08
powered by ブクログ昨年、オルセー美術館に行きました。見てるようで、詳細は見てなかったですね。今月やっと読み終えて、細かな所の意味を知ることになり、再認識しました
0投稿日: 2026.02.05
powered by ブクログ1969年の旧版を改版して、2023年に図版のカラー化・追加・拡大などを施したもの。 やはり全ページがモノクロというのは厳しかったと痛感させられる。 ベラスケス「宮廷の侍女たち」の天井部分とか、ターナー「国会議事堂の火災」とか、モノクロ図版では厳しかった。 あと、活版だから誤植を修正できないでいるのか、何か深い意図があるのかと勘ぐっていた箇所が誤植だったと確認できた(魔法陣→魔方陣と修正されていた)。 カラーになってよりよくなったと思うが、本文の記述内容については旧版から素晴らしかったので感想は変わらない。 よって、その感想を再掲しておく。 ーーーーーーーーーーーー 読み継がれてきた名著だが、なるほど、格調が高い。 ファン・アイクからマネまで、15点の名画(画家)をピックアップして、各10ページ程度で論じる。 それぞれの章(名画)の文章構成には定型がある。 1 その絵で何が描かれているかを述べる。 2 テーマに即した比較対象の絵との類似点・相違点を述べる。 3 技術的な特長を述べる。 4 歴史的・宗教的な背景事情との関係に言及する。 5 結論としてその絵(画家)の現代における価値を述べる。 という感じ。もちろん前後することや変化をつけることはあるが、定型の存在を読者に感じさせながらの変化である。 「守破離」という印象を与える書きぶりで、そこに格調の高さを感じた。 なんといっても「その絵について説明する」ことを序盤に行っていることが素晴らしい。 当たり前のことと言いたいが、その当たり前を実践することがどれだけ難しいか。 絵に描かれたことを言語化する作業は手間もかかるし面倒だと思うが、それを根気強く実践している。また、書き方によっては冗長に、つまらないものになりがちだが、そこも手際よく処理していると感じた。 こうした「基礎情報」がないと後に続く記述を読んでもピンとこない(逆に言うとピンとくるように書いている技術)。 もちろん、絵そのものの写真も掲載されているのだが、新書サイズだしモノクロだし1960年代の印刷技術だし、言語的な説明が必須という事情もあるだろう。 しかし一方で、限られた紙幅なのでそういった「基礎情報」ではなく早く本論に進みたいのが人情だ。それをこらえているとも言えるのだし(前振り、撒き餌だと割り切るのがプロなのか)。 というわけで、絵について論じた内容を云々する以前に、文章が良くて感服してしまった。 内容についても面白いのだけど、50年以上も経った現在の目から見れば目新しさはないのかもしれないし、もしかすると先行研究をまとめたものでオリジナリティはないのかもしれない。 そういった留保条件がありつつも、★5つ評価にしてしまう。 ちなみに、本書と正反対に位置付けられるのが洲之内徹だと思う。でも私は洲之内も好きなんだよね。
0投稿日: 2026.01.25
powered by ブクログ長年読みつがれた定番の名著を図版をカラーにしただけでなく、理解を深めるための関連図版を大量に追加した54年目の完全版。 解説は見る限り前と変わっていないが全く古びておらず、研究によって左右されることのない基本的なところから説いてくれているのがわかる。単に教科書的というのではなく、ファン・アイクやベラスケスの駆使した鏡のギミックなど技巧的に凝った部分にも言及して絵画の愉しさを直に伝えてくれる。 話の運び方がうまく、一見見た通りの絵だが実は奇妙なところがある→その奇妙なところは実は……と意外性のある導入から謎解きするようにテーマやモチーフを教えてくれるので娯楽的な入門書としても質が高い。 これに加えて歴史的背景もビシッと要を得ている書き方なので勉強にもなるが、驚異的なのはこの文章のうまさと解説の情報量で1章15ページちょっとという短さ。不要を省いた洗練された文章家だ。 一巻はファン・アイクからマネまで。個々の作品に焦点を当てた点描式だが、近代絵画史の流れをつかむのに十分なセレクトである。
0投稿日: 2026.01.20
powered by ブクログ1364 印象派はドラクロワのモロッコ旅行から生まれたらしい。 「ここでは、何もかもが魔法の世界のように輝いて見える。 舞台は特にこれと言って変わったところのないフランドルの富裕な商人の家の内部で、そのなかにやはりフランドル風の礼装をした夫妻が、手を握りあって立っている。部屋の様子は、特に飾り立てたとも見えぬ質素なものだが、天井から吊り下げられた豪華なシャンデリアや、壁にかけられた凸面鏡、ふたりのあいだの床の上にその一端を覗かせる多彩な敷物などに、この家の主人の趣味と財力とがうかがわれる。しかもそのシャンデリアや敷物や、その他室内のひとつひとつの調度品からふたりの人物の衣裳にいたるまで、何と精緻に、見事に描き上げられていることだろうか。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「しかしいずれにしても、油絵の技法の登場が絵画の表現能力を飛躍的に高めたことは否定し得ない。そして、その油絵の技法が、ファン・アイクを中心とするフランドル地方でまず発達したということは、この地方が早くから活発な商業活動を示していたことと無関係ではないであろう。商人たちの現実主義的なものの見方というものが、油絵による写実的表現の大きな支えになっているからである。 その意味で、多くの中世以来のシンボル表現の伝統を受け継ぎながら、それらのシンボルを日常的に現実表現のなかにさりげなく覆い隠し、新しい市民的室内肖像画を創り出したこの「アルノルフィニ夫妻の肖像」は、やはり新しい時代の到来を告げる輝かしい序曲であったと言ってもよいであろう。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「そのこまかい意味を探るための鍵のひとつは、フローラの後ろにいる例のニンフである。このニンフは、一見して明らかなように、すぐ前にいるフローラ女神とは、あらゆる点で対照的に描かれている。例えば、フローラの衣裳は、ありとあらゆる華やかな花で飾られているのに対し、ニンフの衣裳には何の飾りもない。ニンフは後ろを振り向きながら追跡者の手を逃れようとする不安定なポーズを見せているのに対し、フローラの方は、まっすぐ前を向いたまま、悠然と落ち着いた様子を示している。そして、それに応じて、ふたりの表情も、ニンフの方が髪をふり乱して恐れと驚きをあらわしているのに、フローラの方は髪にさまざまな花をちりばめてきちんと盛装しており、何の不安も驚きも見せていない。このようなコントラストは、もちろん、ボッティチェルリによってはっきりと意図されたものである。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「それと同時に、この「春」は、当時すでにフランドル地方では広く用いられていた油絵の技法によらず、中世以来のテンペラによって描かれているため、いっそうその華麗な装飾性を強めているということも見逃してはならない。テンペラというのは、卵(卵黄または卵白)を主成分として、それに時にアラビア・ゴムや膠を混ぜた媒剤に顔料を溶かして描く技法で、油絵具が登場するまでは、もっぱら絵画の主役を務めていた。イタリアでは、すでに十五世紀の前半に、ナポリやヴェネツィアなどを中心にフランドルの油彩画の技法が伝えられたが、しかしこのテンペラ画もまだまだ強い力を持っていた。そしてテンペラは、乾けばしっかりした絵具の層を形成するが、しかし透明絵具なので、油絵のように塗り重ねや微妙な肉付けの効果を出すよりも、むしろ水彩に近い純粋でみずみずしい表現に適している。ボッティチェルリの作品の持つあの夢のような澄んだ色彩効果や、日本の琳派の作品を思わせる装飾性などは、このテンペラの技法によるところが大きい。「春」が背景を林で覆ってしまって、人物もなるべくおたがいに重なりあわないよう、平面的な構成をとっていることは、テンペラ画の持つ装飾的効果を強調するためには、きわめて適切な構図法であると言える。ボッティチェルリは、ファン・アイクのように鋭く現実のものに肉薄するというよりも、哀しいまでに美しい理想の美の世界に憧れる抒情詩人だったのである。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「 解剖学は、言うまでもなく、人間の生命の本質とその再生の秘密を探ろうとするものである。彼が「聖アンナと聖母子」の画面に、わざわざ胎児の姿を描きこんだことは、上に見た通りである。また、水の動きは、レオナルドにとって、絶えることなく続く自然の力の象徴であった。親から子へと伝えられる生命の力は、そのまま水の動きによって象徴される自然の力であった。いや、というよりもむしろ、自然のなかにも、人間やその他の有機体に見られるのと同じような生命の営みが見られると言うべきであろう。少なくとも、レオナルドが地質学の研究から学びとったのは、そのことであった。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「レオナルドの知的関心の対象分野としては、解剖学、地質学、水力学に加えて、特に「マドリード手稿」再発見以降いっそう明らかとなった光と影の作用、すなわち光学研究を加えるべきであろう。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「ニコラ・プーサン(一五九四─一六六五)は、修業時代を除いてその生涯のほとんどをイタリアで過ごしたが、しかし、それにもかかわらず、彼の作品は、厳然としてフランスの絵画の歴史のなかにその地位を占めている。 すでにしばしば触れた通り、十七世紀は、イタリアをはじめとして、スペイン、フランドル、オランダ、ドイツに、「バロック」と呼ばれる華麗でダイナミックな様式が支配した時代である。プーサンのこの「サビニの女たちの掠奪」の例でも明らかなように、フランスも、少なくとも十七世紀の前半には、このバロック様式の強い影響を受けた。 しかし、ヨーロッパ全体にバロックの嵐が吹き荒れていた時代に、フランスだけは、次第に落ち着いた、安定した古典主義様式を育て上げていった。ルイ十四世の治下に創設された芸術アカデミーは、その後フランスの美術行政の中心となり、いわゆる「アカデミズム」を形成していったが、そのアカデミーを支えていた美学理念は、古典主義のそれだったのである。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「フランス美術特有のこのような格調高い厳しさは、デカルトに代表される徹底した合理主義や、パスカルやラシーヌを生み出した厳しいジャンセニスムの精神と同じ根を持つものであるが、祖国を遠く離れてイタリアで制作を続けながらも、プーサンは遂にフランス人の魂を失わなかったのである。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「その光の効果の表現において、フェルメールほど調和のとれた魅力をたたえている画家は、おそらくほかにない。例えば壁の上にかけられたオランダの地図が、多少折り目がついたり皺になったりしている様子をこれほどまで正確にわれわれに伝えてくれるのは、その上にあたる光と影の戯れが一分の隙もないほど精密に再現されているからである。あるいは、天井から吊り下げられた豪華なシャンデリアに光がまつわりついて輝いている効果を指摘してもよい。そこでは、光が、まるで輝かしい水滴のように、真鍮の曲がりくねった枝を濡らしている。いや、というよりも、シャンデリアそのものが、溢れるほどの明るい光を凝集させるためだけにそこにあるかのようである。ザルツブルクの塩坑のなかで、水に投げこまれた枯れ枝にきらきら輝く塩の結晶が一面に付着するように、この室内に溢れる北国の光は、金色の結晶となってシャンデリアに取り付いているのである。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「総じて、油彩画の登場とともにその頂点に達した西欧の写実主義は、本来視覚世界を通してものそのものの存在を確認しようとする試みであり、したがって最終的には手にとって触れることができるという触覚的効果を目指したものであるが、フェルメールは、視覚的効果だけで自己の世界を完結させることのできる稀有の画家であると言ってよい。対象そのものよりもその対象の上の光の効果を体系的に追求したのは、言うまでもなく印象派の画家たちであり、その点にこそ印象派の「近代性」があったのだが、とすればフェルメールは、二百年も早く、印象派の問題を先取りしていたわけである。視覚世界だけに満足することのできなかったセザンヌがモネのことを批評して、「モネはただひとつの眼に過ぎない」と断定しながら、そのすぐ後で、「だが何と素晴らしい眼だろう」とつけ加えたのは、結局印象派に対するこの上ない讃辞であった。われわれは、同じ讃辞を、「絵画芸術」の芸術家にも捧げなければならないであろう。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「フェルメールは、決して大きいとは言えないこの自分の画室のなかに、モデルのみならず、さまざまの小道具を自分の好みのままに配置して、それらを丹念に眼で愛撫しながら、ゆっくり時間をかけて心ゆくまで描き続けた。彼の家が父親の代から骨董商を営んでいたということは、このような彼にとっては二重の意味で幸運であった。というのは、ひとつには彼は、生活のために無理に人びとの趣味に投じた絵を描いて売る必要がなかったからであり、もうひとつには、自分の家の商売物のなかから、気に入ったものを持ってきては画面に登場させることができたからである。例えば、彼の作品ではたいていの場合、奥の壁に、作品全体の主題と関係の深い絵とか、地図がかけられているが、それらは、その時その時に応じて、彼が自分の店から持ってきたものである。骨董商と言っても、古画の売買を主としていたから、絵はお手のものであったわけだが、そのほかに、この作品に見られるように、地図もしばしば登場してくる。例えば、アムステルダムの国立美術館に所蔵されている「青衣の女」や、ニューヨークのフリック・コレクションにある「笑う娘と士官」の背景に、やはり地図が見える。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「ワトーが、ダンクールの芝居をはじめ、当時の演劇世界をしばしばテーマとして取り上げているのも、舞台というものが、現実とは違う束の間の幻を作り出してくれるものだからにほかならない。ロココ趣味の時代と呼ばれたワトーの時代は、彼以外にも多くの画家がコメディア・デ・ラルテ(イタリアの軽喜劇)や野外の仮面劇のような題材を描いたが、多くの画家たちは、それらの主題を、単に風俗的のものとして描いた。それに対して、ワトーは、作りものの演劇の世界を通じて、人生の真実を描いたのである。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「あるいは、そのサラゴサから、アカデミーのコンクールに参加するという名目のもとにマドリードまで歩いていって、コンクール落選後もマドリードで奔放な生活を送っていたが、女のことをめぐって町のならず者と刃傷沙汰を起こし、警察に追われる身となってイタリアに逃亡した、というのもそういう「伝説」のひとつである。 そしてイタリアでは、こともあろうに、修道院から尼さんを誘惑したという罪で死刑になるところを、やっとのことでうまく誤魔化して逃げたと伝えられている。 しかし、このような「伝説」は、いずれも、何の資料も根拠もなく、いつのまにか何となく口から口へと伝えられてきたものである。したがって、そのほとんどは、後世の創作であるに相違ないが、しかし、そのような「伝説」が生まれてくるというところに、ゴヤという異色ある画家の強い個性がうかがわれると言えるかもしれない。 マドリードのプラド美術館を訪れる人がこれだけは絶対に見逃すことがないと言われるゴヤの二点の傑作「裸体のマハ」と「着衣のマハ」についても、「伝説」は欠けていない。事実、長いこと、この二点の作品は、ゴヤの愛人であったアルバ公夫人をモデルとしたものだと言われてきた。ゴヤは、自分の愛人の輝くような裸身をカンヴァスの上に残そうとした。しかし、ふたりのあいだに疑いを持っていたアルバ公が不意にアトリエを訪れた時のために、着衣の作品を用意しておいた。つまり、実際は裸体を描きながら、表向きは着衣の肖像を描いていることにしていたので、結局二点の作品ができたというのである。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「もともとスペインにおいては、裸体画、特に裸婦像は、それまでほとんど描かれたことがなかった。ひとつにはそれは、カトリックの教えが非常に強かったという事情にもよるものであろう。今日でさえ、袖なしの服や、帽子なしの恰好では教会にはいることもできないようなお国柄である。同じラテン系の民族と言っても、スペインの美術史は、イタリアのそれと比べて、いちじるしく裸婦像に乏しいのである。 ゴヤの「マハ」以前にスペインで描かれた裸婦像としては、第 Ⅵ章でもちょっと触れたベラスケスの有名な「横たわるヴィーナス」(ロンドン、ナショナル・ギャラリー所蔵)が、ほとんど唯一の例である。しかもそれは、裸婦とは言っても、神話のなかの女神を描いたものである。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「補色関係の適用のほかに、ドラクロワは、後の印象派の重要な技法である筆触分割も部分的に試みている。彼は、日記の中でイギリスの風景画家コンスタブルの牧場の緑色がただひとつの緑ではなく、さまざまの種類の緑色を並列することによって輝かしい効果を挙げていることに気づき、ほかの色の場合もやはり同じだと述べている。事実、ある平面をただひとつの色で塗りつぶすのではなく、いくつもの色をこまかい筆触で並列していくというやり方は、後に印象派の画家たちが大がかりに行なうことであるが、ドラクロワは、特にモロッコ旅行以後、明るく輝かしい色彩表現のため、さまざまな色を並置するこの筆触分割に似た技法を用いるようになった。彼の作品が同時代のどの画家よりも明るい魅惑的な輝きを持っているのはそのためであり、印象派がドラクロワのモロッコ旅行から生まれたと言われるのも、理由のないことではないのである。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「ターナーの時代には、絵というものは、画家がアトリエのなかで描くものであった。次章のクールベの「画家のアトリエ」の画面を見ても明らかなように、純粋の風景画ですら、現場でメモしてきたスケッチをもとにして、アトリエで制作するというのが常道であった。 したがって、ターナーの場合も、普通の油絵はもちろん、水彩でさえアトリエのなかで描かれたものが大部分である。ところが、この国会議事堂の火災の夜は、ターナーは水彩の道具を持ち出して、直接自分の印象を紙の上に残そうとした。それまでのターナーであれば、鉛筆で簡単にスケッチして、そこに必要に応じて色の名前を書きこむというやり方ですませていたであろう。わざわざ現場で水彩の道具を拡げるということまでしたのは、よほどその印象が強烈だったからに違いない。もっとも、国会議事堂が焼けるなどということは、そうめったにあることではないから、千載一遇の好機であったことは事実である。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(一七七五─一八五一)は、十九世紀の美術の歴史の上で、いささか奇妙な位置を占めている。彼は、ある意味では印象派の先駆者であり、近代への扉を開いた重要な芸術家であるが、他面、ロマン派的心情を多分に備えた伝統主義者でもあった。彼が印象派の先駆と言われるのは、海や空の雲のような明るい風景を見事な色彩によって抒情的に描き出したからであるが、しかし、色彩そのものから言えば、ターナーの色彩はモネやピサロの色彩とは本質的に違っている。というのは、彼の色彩は印象派のそれのように、科学的な光学理論にもとづいたものではなく、彼自身の特異な映像世界から生まれてきたものだからである。彼は、ゲーテの『色彩論』に傾倒し、自分でも独自の理論を作り上げていたが、それは、結局微妙なニュアンスに富んだ自己の色彩世界を正当化するためのものであった。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「ターナーは、同じ色彩を用いながら、そこに微妙なニュアンスの差を与えることによって、眩いほど輝かしいものにする秘密を心得ていたからである。その意味では、彼の色彩は、プリズムで分析された太陽の光線にもとづいて多くの原色をふんだんに使った印象派の色彩とまったく違う。ターナーは、明るい自然の風景を前にしても、いったんそれを自己の内面のフィルターを通して一定の色調に統一しないではいられなかった。われわれがターナーの多彩な世界について語る時、問題となっているのは、実は、かぎられた色彩のなかにおける無限のヴァリエーションにほかならない。彼の画面の持つ華やかさは、たった一本の綱の上でさまざまな変化を見せる曲芸師の妙技に似ている。それは、どんなに変化しても、彼固有の色彩世界から離れることはないからである。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「それは、彼がこの大作において、「社会」を描こうとしたからである。「社会」は、風景や静物のように一望のもとに眺め廻したり、手にとってみたりすることはできない。しかし、われわれが生きているかぎり、社会を離れて生きていくこともできない。社会は、オルナンの岩山のように厳然と存在し、裸のモデルと同じように生きた息吹きを持っている。したがって、それは、風景と同じく立派な現実である。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「もちろん、単純に裸の女がいけないというような理由からではない。裸婦ならば、ルネサンス以来何回となく描かれてきたし、現に当時のルーヴルにも、いくらでも並んでいた。ベッドの上に横たわったポーズが大胆過ぎるというのもあたらない。例えば「オランピア」より半世紀以上も前に描かれたゴヤの「裸体のマハ」は、これより慎み深いポーズをしていたわけではなかった。(早くからスペイン絵画に傾倒していたマネは、もちろん、この作品を描く時、ゴヤを意識していたに相違ない。)いやそれよりも、このモティーフ自体は、マネの考えたものでも何でもなく、はっきりと立派な先例がある。現在フィレンツェのウフィツィ美術館にあるティツィアーノの名作「ウルビノのヴィーナス」がそれである。 マネとティツィアーノの両方の作品を比べてみると、マネがティツィアーノの構図をそっくりそのまま借りてきたことは明らかである。ベッドの上に横たわる裸婦を大きくクローズアップし、背景は真ん中から左右ふたつの部分に分けて、左側には何もない無地のバック、右側には召使いという全体の基本的な構図をはじめ、裸婦の重ね合わせた足、手の位置、腕環や指環などの装飾、白い敷布が画面左下の部分で枕の下に引っ張られて三角形の切りこみを作っているところにいたるまで、両者はまったく同じである。強いてモティーフ上の相違を探せば、どちらも裸婦の足許に小さなペットの動物がいるが、それがティツィアーノではうずくまる犬であるのに、マネの絵では背のびする猫であることと、召使いがティツィアーノではふたりいて、やや遠くの方で衣裳を用意しているのに対して、マネでは黒人の召使いが、おそらくは彼女の讃美者のひとりから送られてきた花束を彼女の方に差し出していることぐらいであろう。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「エドゥアール・マネ(一八三二─八三)は、十九世紀の絵画を近代絵画の方向に大きく押し進めた革新者であった。マネ以後、絵画の歴史は、それ以前とはっきり違った道を歩むようになる。その意味では、マネの果たした歴史的役割は、クールベのそれよりもはるかに大きかったと言ってよい。クールベは、市民社会に対する反逆者であり、革命的思想家ではあったが、革命的な画家ではなかった。クールベの作品においては、伝統的な表現はそのまま受け継がれ、生き続けていた。しかしマネの作品は、はっきりと伝統との断絶を示しているのである。 自ら革命家であろうとしたクールベよりも、市民社会のなかで自己の地位を保とうとしたマネの方が結果としていっそう革命的であったというのは、いささか皮肉な話である。しかし、歴史というものは、しばしばそのようなパラドックスによって展開していく。事実クールベが徹底した野人であったのに対し、マネは洗練された都会人で、社交界や上流市民階級との交際を好み、外出する時はつねに服装のすみずみまで気を配るようなダンディであった。サロンに提出した絵が拒否されると、クールベはわが意を得たりとばかり自己の革新性を主張したが、マネは本気になって落胆した。マネは気質的には、むしろ保守的であり、小市民的であった。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「自ら革命家であろうとしたクールベよりも、市民社会のなかで自己の地位を保とうとしたマネの方が結果としていっそう革命的であったというのは、いささか皮肉な話である。しかし、歴史というものは、しばしばそのようなパラドックスによって展開していく。事実クールベが徹底した野人であったのに対し、マネは洗練された都会人で、社交界や上流市民階級との交際を好み、外出する時はつねに服装のすみずみまで気を配るようなダンディであった。サロンに提出した絵が拒否されると、クールベはわが意を得たりとばかり自己の革新性を主張したが、マネは本気になって落胆した。マネは気質的には、むしろ保守的であり、小市民的であった。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著 「レオナルド・ダ・ヴィンチの手記のなかに「絵画とは精神的なものだ」という一句がある。この言葉は、さまざまな意味に解釈され得るだろうが、少なくともレオナルドが、絵画を単に手先の技術としてのみ捉えず、感覚的、理知的ないっさいのものを含めた全人間的な精神活動と考えていたということは、ほぼたしかであろう。そして、事実現在も数多く残されている西欧の絵画には──おそらくこれは西欧にかぎらず、芸術一般について言い得ることであろうが──それを生み出した西欧の精神がなまなましく息づいている。私は自分の専門として西欧の美術を研究するようになってから、精神的なものと物質的なものとが微妙にからみあっている芸術というものの不思議をつくづくと感じさせられた。」 —『カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで (岩波新書)』高階 秀爾著
4投稿日: 2026.01.03
powered by ブクログ名画を見る眼Iを読みました。 マネまでの、15人の巨匠の15の代表作の短めの評論です。 遠近法などの描き方や題材・内容の時代による変遷が分かりました。 実際に見て、確かめたいと思いました。
11投稿日: 2025.11.14
powered by ブクログ初版は1969年。カラー版になるとともに、参考図版や、この50年での研究の進展などにつき簡単な注を加えてある。このⅠは、ルネサンスから印象派の手前まで 文章が端正で、古びた感じはまったく受けない。やはり、作品の背景や、漫然と眺めているだけでは気づかないポイントにつき解説があるのはありがたい
8投稿日: 2025.11.12
powered by ブクログ15人の有名画家の代表作をとりあげるとともに、関連作品時代背景などをわかりやすく解説した本。割と俗っぽく、うんちくを楽しみたい私にぴったりな本だった。ひとりあたり15ページくらいの分量というのも手軽で有り難い。 初版が1969年と50年以上前の本で、画家名や地名などの記載は初版のままだけれど、変化のあったところは章末に追補されていて誠実なつくりをしている。 またカラー版として刷新されていて、参考として上げられている彫刻や絵画までカラーで掲載されているのは素晴らしいと思う。
2投稿日: 2025.10.25
powered by ブクログ各時代・各絵画様式を代表する一枚を挙げそれに関する解説の書かれた本。作品を通じて筆致の特徴や前時代の作品と比べた革新性、画家の生きた時代の解説までを端的にわかりやすく書かれた本でよかった。 ちなみに、ベラスケス「ラスメニーナス(この本では「宮廷の侍女たち」)」の解説では画面に登場しているベラスケスはマルガリータ王女を描いているという解釈だったが、この解釈はこの本で初めて見た(視点に映っているフェリペ4世を描いているという解釈しか見たことがなかったので)。
1投稿日: 2025.07.30
powered by ブクログ名作・定番。 何度も読み返して名画を楽しみたくなる。 照会された絵画のいくつかは見たことがあるのだけど、もう一回近くで見て確かめたくなる。 【Ⅰ】はルネサンスから19世紀まで。 ファン・アイク 「アルノルフィニ夫妻の肖像」 ボッティチャルリ 「春」 レオナルド 「聖アンナと聖母子」 ラファエロ 「小椅子の聖母」 デューラー 「メレンコリア・Ⅰ」 ベラスケス 「宮廷の侍女たち」 レンブラント 「フローラ」 プーサン 「サビニの女たちの掠奪」 フェルメール 「絵画芸術」 ワトー 「シテール島の巡礼」 ゴヤ 「裸体のマハ」 ドラクロワ 「アルジェの女たち」 ターナー 「国会議事堂の火災」 クールベ 「画家のアトリエ」 マネ 「オランピア」
16投稿日: 2025.04.20
powered by ブクログ美術館でぼんやり絵を眺めるのが好きなくせして「わぁ大きい絵だ」「赤い絵だなぁ」「美味しそうなパンが描かれてるなぁ」くらいの感想しか出なくて、極めつけは宗教画を見ても「サイゼリヤだ!」としか思わない。いい大人なんだからもう少し解像度あげないとダメだと思い立ち手に取ってみた1冊。 普段から絵画に触れている人からすると当然のことかもしれないけど、名画の1つ1つに歴史的な背景があり、何を主張しどういうところが優れていて後世にどんな影響を与えたのかがあるのが理解できました、あまりに自分が無学だったのかがわかりました!!絵画の見方を知らないまま美術館にいって、なんとなく気に入った絵のポストカードを買うのも楽しいけど、今度からはもう少し考えながら美術館に行ってみたいと思えた。とてもいいきっかけ。 …という話を美大卒の妻に話したら爆笑された。今までの自分はレッチリを聴いたことないのにレッチリのTシャツを着ている人に近いのかもしれない。
2投稿日: 2025.04.09
powered by ブクログ人物ごとに解説がなされており、読みやすかった。 絵画の書き方や見方だけでなく、その人物や絵画がアート界にもたらした影響を知ることができ、見る目が変わった。特に印象に残ったのはゴヤ。前期、後期の作品の違いを知り、一度後期作品の版画は見たことがあるため、前期の作品も見てみたいと思った。
4投稿日: 2025.01.27
powered by ブクログ絵画も一緒に載せてくれるのが有り難かった。 絵の知識が全く無い僕にでも分かるように丁寧に教えてくれているようでした。
9投稿日: 2025.01.18
powered by ブクログ以前近代絵画史の本でとても分かりやすい解説だった著者の油彩画から近代までで代表する作品の紹介 タイトルの通り、前半と後半は印象派の時代が境目になっているが、 やはり当時エポックメイキングな出来事だったのだろう 確かにパトロンからの依頼に自身の筆をどう反映しているかから、画家自身の考え方を表現することへ時代と共に変化していくことがよく分かる ヨーロッパ史、特にフランス革命に至るまでの流れや思想の変容と合わせて考えるとかなり面白い
3投稿日: 2024.11.07
powered by ブクログ西洋近代社会の例に見られるように、文化は、聖から俗へ、富裕層から庶民層へと広まっていきます。 日本でいえば、太平洋戦争後の焼け野原から奇跡の復興を図っていく1960年代の高度経済成長期以降、クラシック音楽も美術鑑賞も庶民層に広がっていったそうです。 そして、その当時から美術鑑賞の指南役となっていたのが、本書の著者である高階秀爾先生だったということです。 わたしが、高階先生を知ったのは、NHK教育テレビ(今のEテレね)の「日曜美術館」という番組でした。 丁寧に作品の解説をしていらっしゃいました。 その語り口はエレガントで、時にはお洒落な冗談もおっしゃる。 子どものくせに、知的なものを精一杯背伸びして吸収しようとしていた当時のわたしには分かりませんでしたが、後に、これがエスプリというものだと知りました。 この本の初版は1969年10月。カラー版の本書は2023年5月に発行されています。 作品の批評は微に入り細に及び、膨大な知識と緻密な研究成果から解説されています。 美術作品の部分を捉えて仔細に描写していく筆致は、まるでフランス近代ロマン派作家のユゴーやバルザックの背景描写を読んでいるように的確であり流麗です。 また、西洋文化の基盤となっているキリスト教の秘蹟やギリシア哲学から連なる2500年間の思想背景も併せて説明してくださっています。 20世紀末以降、美術批評や美学の潮流は様々に分化し、作品もデジタル技術(死語か?)を取り入れたインタラクティブな現代アートが拡張しています。 3DMRIやAIなどの技術を駆使した名画の分析研究も盛んです。 このような現代の状況にあっても、高階先生の美術批評は一時代を築いた金字塔です。岩波新書がカラー版を2023年に発行したことも証と言えるでしょう。 (『 Ⅱ - 印象派からピカソまで』も同年6月に発行されています。) ぜひ、新書というサイズの利点を活かして本書をバッグに入れ、紅葉鮮やかな日当たりの良い公園や、落ち着いた雰囲気のカフェなどでページを繰っていただきたいと思います。 超一流のキュレーターが企画した展覧会を、最高の解説者の話を聞きながら観覧するようなものですから。 「文化の日」を前に 哀悼をこめて
55投稿日: 2024.11.02
powered by ブクログ今まで「綺麗だな〜すごいな〜」だけだった名画への解像度が上がり、とても勉強になった。 それぞれの国や宗教的な背景が絵にあらわれていることを知り、昔の時代に思いを馳せるきっかけになった。 海外の美術館にも行ってみたい。
7投稿日: 2024.09.21
powered by ブクログ宗教画としての絵画も、識字率の低い時代に聖書を読めない人のためという側面もあるので、元々絵画は読み物であるという観点から言うと、とても勉強になる一冊。 作品の背景や作家が表現したかった事を知る事で、作品の表象的な理解にとどまらず、深く理解することができる。
3投稿日: 2024.09.14
powered by ブクログ絵画をなんとなく見ていたものにとって、とても勉強になる本。絵画の持つ「目で見るもの」という機能と「目に見える以上の寓意を描くことができる」という機能、「作者が書いた以上のものを読み取ることもできる」という意味で本質的には文章でのコミュニケーションとほぼ同義なのかもしれない。2も読まねば。
4投稿日: 2024.09.08
powered by ブクログ絵画の見方を、要を得た文章で伝えてくれる。白黒版を若い頃に読んでいたが、内容はほぼ忘れていた。図版がカラーになったことは喜ばしい。白黒では分からなかった部分がかなりあったからだ。しかし、初読の時ほどの感激はなぜかなかった。感性、経験、知識ともに深化してしまったがゆえか。
2投稿日: 2024.08.20
powered by ブクログ「西洋美術史入門」の本というにはあまりにも高度で深い解説。取り上げられている15点の絵画は有名なものばかりですが、絵画の技法のみならず、神話、歴史、哲学、宗教や音楽に至るまで様々な視点から論じられていて、まさに「絵画とは全人間的な精神活動(あとがきより)」と感じさせられます。絵について論じる著者のことばの選び方と表現力には舌を巻いて感嘆するばかりでした。絵画の知識を得るだけでなく、文学作品のように読みごたえもある1冊です。 ―「オランピア」には、今にも崩れ去ろうとする壮麗な建築を最後の一点で辛うじて支えているような緊張感と不安感とがある。
2投稿日: 2024.04.29
powered by ブクログ15点の有名な絵画について、著者の保有する広範な知識や経験を基にその作品の背後に隠された様々なエピソードが次々に現れる好著だ.現物を見たものはなかったが、画集などで出会ったものが多かったが、ここまで綿密に解説してある事例はなかった.今後の絵画鑑賞の手引きとしたい.特にフェルメールの「絵画芸術」の論評が楽しめた.
2投稿日: 2024.04.09
powered by ブクログ1969年に刊行されたなんて信じられないほど、分かりやすく新鮮。絵画はただ眺めるだけでなく本質について理解すると、何倍も見て楽しくなる。
2投稿日: 2024.03.14
powered by ブクログ描かれた背後にある時代と社会、主題とモティーフ、技法、画家の生涯を知ることで、絵画の味わいが深まることを知る。 歴史を学ぶことで、絵画の味わいはまだまだ広がる予感の楽しみ。 革新的な画家マネと保守的な人間マネの同居の面白み。
2投稿日: 2024.03.03
powered by ブクログ僕のような素人向けの一冊。オリジナルは1969年刊行。今年、カラー版として刷新された。ルネサンスから19世紀の初めまで、ファン・アイクからマネまでが紹介される。主題となった名画だけでなく、参考図版も多く収録されているのが嬉しい。おかげで分かりやすい。西洋絵画のお約束の一端が腑に落ちる。 続巻は印象派以降を扱っていると思うけど、楽しみだ。
2投稿日: 2023.10.28
powered by ブクログ国立西洋美術館館長を務め大原美術館館長の高階秀爾さんが語る名画。 中野京子さんの書でも感じる、絵と解説が同時になる部分は本当に何か対策がないかと思った。 とても細かな見過ごしてしまう部位を、プロの眼を持って解説してくださるのに、本の中心に折れてなんだかわからなかったりする。残念でならない。 絵の上手さから見過ごしてしまうちょっとした細工に気付いて驚きと納得に至る。この感覚は本当に素晴らしい。展覧会でも音声ガイドがメジャーになったが、こうした本の力でもっともっと深く好きな絵が見つかり他の絵を見た時にもその眼その視点が楽しみをもたらす。
19投稿日: 2023.08.26
powered by ブクログ絵がカラーになっているためとても見やすい。また、1前の絵からこれだけの洞察ができることにも驚かされる。 数百年前の絵がきれいなかたちで残っているのには、文化を保護することに対する先人達の知恵があるのだろう。
2投稿日: 2023.08.14
powered by ブクログカラー図版を増やして改版! ありがとう、岩波書店\( ˆoˆ )/ ファン・アイク『アルノルフィニ夫妻の肖像』 ベラスケス『宮廷の侍女たち』など 好みの絵の解説をじっくりと。 大好きな『ラス・メニーナス』ですが この本の初版の頃(昭和44年)には 直訳タイトルで知られていたんですねぇ。 レンブラント『夜警』じゃなくて 『フローラ』を取り上げていて しかも3枚パターン並べてくれていて なんか嬉しかった。 次の巻は印象派以降だそうです。
2投稿日: 2023.06.13
