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体はゆく できるを科学する〈テクノロジー×身体〉
体はゆく できるを科学する〈テクノロジー×身体〉
伊藤亜紗/文藝春秋
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総合評価

67件)
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     先端テクノロジーで「出来る」を追求し、医療に も目を向けた本。「変動の中の再現性」と言う納得のワードが出て来たが、面白く無かったので終章を前に読むのをやめた。 初めてつまらない事を理由に読書を断念出来た。これからも合わないと思ったら損切りしたい。

    0
    投稿日: 2026.03.09
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    AI等の最新のテクノロジーを使って、楽器演奏やスポーツやリハビリや自己拡張など、「できるようになる」ことについて、5人の理工系研究者とのインタビューをまとめたもの 最先端の技術及びその活用法と、人間の身体の不思議さに驚かされてばかり ある種のSFであり身体論であり、概念を捉え直す哲学であり 文章も非常にわかりやすく、ゆっくり考えながら読みたいと思いつつも一気に読んでしまった

    0
    投稿日: 2026.01.27
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    昔、バイオフィードバックについて知った時、 これはすごいと思った。 肩こりする人が肩こりしにくい姿勢を学習できたり、 骨盤底筋を鍛えて尿漏れしなくなったり、 下腹に適度に力を入れてぽっこりしなくなったり、 いろいろ出来るんじゃないかと思ったのに。 主にリハビリに使われているらしくて、 一般の人が気軽に使える技術になってないのは どうして? ちえっ。 と思っていたら、それ以上の技術がわんさと出ていてたまげた。 上手に出来る自分のお手本があると、 上達が早いらしい。 私でも早く走れる様になったり、 ドッジボールで早い球投げられる様になったり、 踊れたり、内股が直ったりする? ウィスパーボイスをシフトキー代わりにするアイディアはすごいと思うけど、無声入力で耳打ちしてもらえる様になったら、絶対カンニングに使うやつが出そうな気がする。 相棒として組んで動けるようになったら、 おひとり様で動き回るのも楽しくなりそうだけど。 年明けからの国際ニュース見て、 今は21世紀だと思ってたけど実は19世紀だった? 今見ているのは終わりの始まり? なんて気分になっていたけど、 こうして小さな物語を紡いでいる人たちがいるのは救いだ。未来は少しは明るいのかな、と信じたい。

    0
    投稿日: 2026.01.09
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    テクノロジーを通して、体の限界や自分の意識の壁を超えていくことについて書かれた本。専門知識が無い人にとっても感覚的にわかりやすく、サクサク読める内容だった。色んな可能性が広がって、アスリートもだけど身体的にディスアビリティを持っている人にとって良い形になるような進化がどんどん生まれていけばいいなと思った!

    0
    投稿日: 2026.01.08
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    面白い。興味深い。こんな研究してるところがあるんだ!ワクワクする。そんな一冊。 エクソスケルトンで弾き方を体験すると、その後外したあとも複雑な弾き方ができるようになっているのは、凄い。意識が体を縛っていると、体は意識以上のことができない。しかし、目的を意識しないと、体はそれを目指して動けない。そのジレンマを、エクソスケルトンをつけることによって、自分自身が意識している以上のことを体に体験させる。すごいなぁ… 桑田選手の投球フォームを調べると毎回ブレがある。たけど、回転とか投げる方向とかの目的は的確に達成している。選手自身は全く同じフォームで投げているつもりでも、そういう事が起こる。

    1
    投稿日: 2025.12.02
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    体の無限の可能性×テクノロジー。人間は自分の体を使いこなせてないっていうけど、科学や機械と通じるとこんなにもできることが増えるんだな と驚いた。きっとこれからもどんどんテクノロジーが発展していって、人の活動を豊かにしていくんだろうなと思いました。とりあえず介護や看護の場面で何か職者も患者も楽に生活できる物ができたら嬉しいね…。

    8
    投稿日: 2025.09.13
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    「できない→できる」のためには未知のやり方で体を動かす→意識が正しいやり方を体に指示する→しかし未知なので意識は正しくイメージできない→体はそれを実行できない と言うジレンマを超えるジャンプ。これを可能にしているのが、体の「ユルさ」。体は、意識を超えて「ゆく」のです。 これがこの本の趣旨。この実践方法として色んな具体的な例、研究者を紹介している。 例えば、元ジャイアンツピッチャーの桑田のピッチングフォーム、バーチャルしっぽを振る実験、など医療に応用したり、アスリートや演奏家の技術向上に使ったり、新たな科学技術のヒントになったり、面白い実験ばかりだ。とても書ききれない。 読んでいて、ひとつ思い出した。 小学生くらいの頃、親にスケートリンクへ連れて行ってもらった。もちろん初めてだし、どうやれば滑れるのか分からずずっとリンクの縁を手すりを伝っているだけだった。 そこで親がとった行動だが、、。スイスイと上手く滑っている大人、当時の私からみた大人だから、20代前半くらいだったかもしれない、そんな男性に声をかけ、「この子連れて一周だけ回ってもらえない?」と頼んだのだ。今の時代なら多分やらないだろうが、私はそのお兄さんに連れられてへっぴり腰で一周した。 そしたら、驚くことに後は1人で楽々スイスイ滑ることができたのだ!お兄さんに連れられて滑る間に完全に体が覚えてしまった。ほんの一周だけの練習で!私の親、エラい! インドアでこもりがちな私と違い、体を動かすのが好きな親は、習得の秘訣を自然体で知っていたのだろう。まさにこの本の趣旨に沿う体験だった訳だ。 いや違う。また思い出した。この本の紹介文を読んだ時に、自分のスケート体験を思い出した。だからこの本を読みたいと思ったのだった。

    0
    投稿日: 2025.06.22
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    身体運動の技能獲得にまつわる不思議さと、それに関連したテクノロジーに関する対談本。自身も研究者である著者が様々な研究者と対談している。 体が動くとき、脳がその命令を出し、体はそれに従っている。…と考えられがちではあるが、実際はそう単純ではない。指の先の動きまで頭で考えてコントロールしているわけではないし、それどころか、頭で理解できている動きと実際の体の動きが全然違っているなんてこともある。そんな体の不思議さ、特に「できない」から「できる」に至るまでの過程について、ピアノや野球の投球などの分野の研究者と対談している。 「頭が体をコントロールする」という常識から、「体が頭を置いていく」という考えに誘うものとなっている。

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    投稿日: 2025.03.22
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    恥ずかしながら学問や先端技術とかわからんので、「へ〜、そういうことやってる人もいるのね〜」という反応。 アンデシュハンセン系の自分で試してみようとか、そういう本ではない。

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    投稿日: 2025.03.13
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    本書のテーマ、テクノロジーと人間の体の関係について考えること。 テクノロジーの力を借りて何かができるようになるという経験に着目する。 体が完全に意識の支配下にあれば、体にとって未知の動作は成し得ない、意識も知らない、よって意識は体に命令出来ない、であれは体は未来永劫、未知なことが出来ないはずだが、実際には未知なことをこなして行く。 体は意識の完全な支配下にはなく、ユルい存在だと思われる。 体が先に出来てしまう、意識はそれを後から追いつくようにしてそれを確認する。 難しい動作は、体験するまでイメージ出来ない、しかしイメージ出来ないものは動きが出来ない、このジレンマを解く必要がある。 イメージ出来ていなかったけど、出来たという偶然か成立する必要がある。

    0
    投稿日: 2025.03.04
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    脳に作用して体の「できる」を研究した例を挙げている。「脳を操る」の領域であり、悪用される危険性に少し言及しつつも、スポーツや学習、リハビリなどに非常に有効な方法を示している。 非常に読みやすい。VR技術を使っての練習で効率よく「わざ」を習得できる話など、根性論だけで間違った方法で練習して身体を壊してしまうことを防げるという話が出てくる。脳は「学習することはできても、身につけてしまったことを忘れられない」習性もあるというのが印象に残った。勉強にしても、ここで紹介されている学者の一人は小学生の頃、「効率よく学習効果を出すために、先生の教えることを感動して聞くように自己暗示をかけていた」とか。 技術以外にも、学習は記憶だけでなくその時の環境や状況とセットでインプットされるなど、自分の普段の行動にもあてはまる話があった。

    0
    投稿日: 2025.03.02
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    中々難しい本でした。。 時間はかかったのですがやっと読み終わりました。 技術の習得に関してあらゆる角度から議論されています。

    2
    投稿日: 2024.12.24
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    これでいい、と自己肯定すると 安心するけど成長はしない これじゃだめだ、と自己否定すると 努力や工夫によって成長するけど不安なまま この二項対立のその先を考える  これじゃだめだ、と努力する自分そのものを  これでいい、と肯定できたら 10本の指が独立して動くように、ハノンを繰り返す 音楽をさまたげないように 手癖、指癖で、いびつなドレミを並べる 体をさまたげないように この二項対立のその先を考える  癖になるほど好きな音に出会って  その音に近づこうとするなら

    24
    投稿日: 2024.09.30
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    各地の研究室の一般公開に、ガイド付きで回らせてもらうような楽しい一冊。 多岐に渡る内容をコンパクトに、素人に分かるようにまとめてあることがすごい。 挿絵と色使いも好きな雰囲気だった。

    1
    投稿日: 2024.09.07
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    「できるようになる」とはどういうことなのか。様々なテクノロジーを駆使して「できる」という身体感覚の解明に取組む5人の研究者、エンジニアへの取材を通して考察していく。身体が意識の完全なコントロール下にない「からこそ」技能習得ができるというのは言われてみれば納得だし非常に面白い。身体がテーマということで身体的な技能習得が基本軸だけれども身体的なものだけでない幅広い技能やスキルの習得、習熟にも広がりうる話で、職業面での教育・育成という自身の関心テーマとも非常に重な刺激をたくさん受けることができた。

    0
    投稿日: 2024.07.27
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    5人の専門家・科学者へのインタビューを軸に、人間の身体が能力を身につける過程や感覚の会得とはどういうのものかを解説している。最新のテクノロジーを組み合わせて進められている研究も多数派紹介されており、今後の可能性にも様々な点で期待が持てる。 あらためて、人間の身体が持つ神秘的な奥深さや拡張可能性に驚かされた。

    5
    投稿日: 2024.07.24
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    すごく良かった!令和6年今年読んだ本の中で一番良かった!今のところ。 知識や発見だけでなく、よくこれだけのものを分かりやすく、まとめて表出できるなんて本当にすごい。勉強になった!

    0
    投稿日: 2024.06.20
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    「できるようになる」をテクノロジーを通じて理解していく過程が面白かった。 5章のジャックインとかSF的で想像が膨らむ感じがする。

    0
    投稿日: 2024.05.27
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    あー難しかった。。。でもかなり面白い! テクノロジーを使って人間の脳と体を変えていく。 出来ないを「こうやるのか!」に変えていく 図書館で借りました

    10
    投稿日: 2024.05.11
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    読みやすかったし面白かった。 できないことができるようになる瞬間の「あ、こういうことか」をサポートするテクノロジーが書かれていた。 ニューラリンクのように脳にインプラントを埋め込んで考えるだけで色々できる、みたいなのは正直言って少し怖い。 でも、装着することでプロと同じ指の動きでピアノが弾ける器具だったら面白い。試してみたいと思う。

    11
    投稿日: 2024.04.07
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    【まとめ】 1 やったことがないものを、身体ができるようになるまで (株)イマクリエイトが開発した「けん玉できた!VR」という製品がある。その名のとおり、バーチャルリアリティを使ってけん玉のわざをトレーニングする、というものだ。 仕組みはいたってシンプル。コントローラを手にもち、ヘッドマウントディスプレイを装着すれば、バーチャル空間内でけん玉をあやつることができる。リアルの空間と違うのは、玉の動く速度が実際よりもかなり遅いこと。つまりスローモーションで動く玉を相手に、けん玉の練習ができるのだ。 その効果は驚異的だ。このシステムを体験した1,128人のうち、実に96.4%にあたる1,087人が、「現実空間でも」わざを習得したというのである。必要な時間も、ものの5分程度。バーチャル空間で少し練習しただけで、リアルの空間でもけん玉ができるようになるのだ。 バーチャル空間で体験したことも、それがいかに現実には「ありえない」ことであったとしても、何ら遜色ない「経験値」として蓄積され、リアル空間で行為する私たちのふるまいを変えてしまう。しかも「リアルではない」と頭で分かっていたとしても、体はそれを、いわば「本気」にしてしまう。 体のユルさが、逆に体の可能性を拡張しているのだ。 私たちは、自分の体を完全にはコントロールできないからこそ、新しいことができるようになる。なぜか。 逆のことを考えてみよう。 ①「できない→できる」という変化を起こすためには、これまでやったことのない仕方で体を動かさなければならない ②そのためには、意識が、正しい仕方で体に命令を出さなければならない ③しかしながら、それをやったことがない以上、意識はその動きを正しくイメージすることはできない ④意識が正しくイメージできない以上、体はそれを実行できない という出口のない袋小路に陥ってしまう。体が意識の完全なる支配下にあると仮定するかぎり、私たちは永遠に、新しい技能を獲得できない、ということになる。 これが「技能獲得のパラドクス」である。 しかし、現実の私たちは成長の過程で、さまざまなことが「できるようになって」いる。歩くことも、話すことも、書くことも、打つことも、みな最初はできなかったことだ。ところが、いつの間にかどれも「できること」に変わっている。 つまり、「体が完全に意識の支配下にある」という仮説が、そもそも間違っていたことになる。実際には、私たちの意識は、自分の体を完全にはコントロールできていない。そして、だからこそ、私たちは新しいことができるようになる。 2 ピアノを自動で弾く指 ピアニストであり科学者でもある古屋晋一さん。彼のサイエンティストとしての仕事は、ピアニストの「探索」――いつもと違う環境や違うシチュエーションで弾いてみて、演奏の引き出しを多くすること――をサポートするところにある。「意識がとどかないところ」に行くためのテクノロジーである。 彼が作ったのが手にはめるエクソスケルトンだ。グローブ型の外骨格であり、手にはめてスイッチを入れると、指が勝手に動きだす。特定の演奏者の指の動きをリアルタイム出力することで、プロの指の速さ、リズム、強さをそっくりそのまま体験できる。 エクソスケルトンを60名ほどのピアニストや音大生に試してもらったところ、多くの人が「指が軽くなった」と答えた。いったんエクソスケルトンで「指が速く複雑に動く世界」を知った人は、エクソスケルトン無しでも、指が速く複雑に動くようになるのだ。 古屋さんのお子さんがエクソスケルトンを体験した時、感想はひとこと「あ、こういうことか」だった。 体に先を越された意識のありようを、これ以上的確にあらわす言葉があるだろうか。体にまず「できてしまう」という出来事が起こる。意識が、できてしまった体に追いつくようにして、それを確認する。それが「あ、こういうことか」という発言につながったのだ。 ある動作が無駄なくできるためには、自分が行おうとしている動作のイメージが明確になっている必要がある。他方で、一度も成功したことのない動作は、成功したことがない以上、動作のイメージがない。できるためにはイメージが必要だが、できていないのでイメージがない。「できない」→「できる」のジャンプを起こすためには、このパラドクスを超えて、「イメージがなかったけどできた」という偶然が成立する必要がある。 まさにこのジャンプを可能にするのが、エクソスケルトンだ。エクソスケルトンは、意識と関係なく指を動かすことによって、意識することのできない動作、つまりイメージすることのできない領域へと、私たちの体を連れ出してくれる。そのことによって、自分ではできない動作のイメージを与えてくれる。「私の知らない私の体」に気づかせてくれるのが、このテクノロジーなのだ。 3 桑田真澄のピッチングフォームはバラバラ 柏野牧夫さんは、トップアスリートの体の固有性の分析を行っている。その中でも特に力を入れているのが、桑田真澄の身体能力の研究だ。 桑田真澄は、投球フォームが毎回違う。リリースポイントが1球目と30球目で水平方向に14センチもずれている。キャッチャーが構えたところに正確に球が届いているにもかかわらず、だ。 柏野さんは、この桑田の特徴を「ゆらぎ」「ノイズ」という言葉で説明する。「桑田さんの場合は、ゆらぎやノイズを内包したうえで、毎回、それらをうまく吸収するような動きをされているということだと思います」。 つまり、フォームがそもそもかっちりと固定されておらず、多少の振れ幅をもっている。その幅の範囲内の投げ方であれば、狙いを外れた失投にはならない。計測の結果得られた桑田のフォームのばらつきは、「正解からの誤差」なのではなくて、そもそも「誤差を含んだ正解」なのではないか、と。そしてこの誤差が、マウンドの傾斜や固さといった環境の変動に適応する秘訣なのではないか。 運動にゆらぎがあることで、「変動の中の再現性」が可能になる。身体の使い方を探索することで「土地勘」が身につき、さらにその土地勘が探索の可能性を広げる。 しかしながら、どうしても直感的に分からないのは、桑田本人がこうしたゆらぎを意識していない、ということである。本人としては、「今日はマウンドが柔らかいから体重移動しすぎないようにしよう」などと思って調整しているわけではない。それどころか、「全球一緒の感覚で投げている」つもりでいる。 これは桑田が鈍感だということではない。むしろ逆で、自分の動きに対して人一倍繊細な感覚をもっている。にもかかわらず、それは意識的に作られたゆらぎではないのだ。 つまり、ゆらぎも土地勘も意識の外部で起こっている出来事であって、本人はそれを知らない。知らないうちに体が動いている。柏野さんの言い方を借りれば、「体が勝手に解いている」。それはまさに「体が意識を追い越している」ということであって、奔放さの発露そのものである。 さらにさらに、桑田が自身で思い描いている「カーブの投げ方」と、測定の結果得られた「実際のカーブの投げ方」は、まるで違う手の使い方だった。桑田は手がイメージ通りに動いていなくても、結果としての回転は本人の思い通りになっていたのだ。プロは鍛錬を積むうちに客観的な選択や判断が消え、より主観的な視点に立つようになり、目の前のパターンを構成要素に分解せず、全体として捉える。プロの中でも特にエキスパートには、ある種の「自動性」が生まれているのだ。 しかしそれがゆえに、エキスパートの技能は言葉で伝えにくい。柏野さんのテクノロジーは、選手の体の動きを解析し映像にすることで、自分の外側にある動きを「探索」できる。テクノロジーはそっくりそのまま「見本」とするべきではなく、あくまで方向性を与える教師であるべきだが、このテクノロジーは人間、とくに自身の技能を明言できない上級者に対して「未知の可能性」を見つけることに役立つだろう。 4 意識をオーバーライドする ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)とは、脳波などの情報を介して、脳と機械が一体となって動くようにした仕組みのことである。 牛場潤一さんは、BMIを研究開発している。ただし、単に脳と繋がる機器を作るのではなく、工学と医学の両方にまたがり、脳のメカニズムそのものを解明する基礎研究も同時に行っている。 牛場さんは、HMDを使って、脳のメカニズムについての実験を行った。 まず、HMDに、本来より1度右側の世界を投影し被験者に見せる。被験者からすると、まっすぐ手を出したつもりでも、左に1度ずれたところから手が出てきたように見えることになる。この状態で、被験者はターゲットを指差すように命じられる。 重要なのは、1度程度の誤差であれば、被験者の意識にはのぼらないことだ。「ズレといっても1度のため、何も考えずに指差しを行っても、正しくターゲットを示すことができる。しかしながら、そのあいだにも脳は、意図した動きと目から入ってきた手の位置がわずかにずれていることを知覚している。そして本人が自覚していないところで運動を修正している」と牛場さんは言う。 それが分かるのは、この実験を繰り返したときだ。1回に1度ずつのずらしを、たとえば40回繰り返したとしよう。当然、最初と最後では40度視野がずれていることになる。自分の体に対して40度右にあるものが、HMDの中では自分の正面に見えることになる。しかし、被験者は現実空間とは40度左にずれた位置に見えるバーチャル空間のターゲットを見ながら、現実空間のターゲットに向けて正確に指をさせるのである。 牛場さんによれば、「脳には無意識下でとらえた誤差を自動的に処理して、次の運動計画のときにもうちょっと正しい運動を出力するという、オートマチックにアップデートをする機能みたいなものがある」。つまり、真正面に手を出したつもりなのにちょっとだけ左に見えるという誤差を脳は知覚し、「思ったより少しだけ右に出さないとターゲットを正確に指差しできないな」と判断して、運動のプログラムを修正するのだ。 「脳は、意識にのぼらないところでも外部の環境の情報を取得していて、その環境で自分の思ったとおりの体の動かし方ができるように、自分の頭の中のプログラムを更新、メンテナンスしていくんです。そういう機構が本人の意識してないところで絶えず動いています」。 この「体が勝手に解く」のような学習のあり方は、脳卒中などの患者さんのリハビリにおいても有効なのではないか、と牛場さんは考えている。 「バーチャルリアリティとかロボットっていうものが今高精密に高精細にコントロールできるようになったので、意識にのぼらないんだけどちょっと誤差を与える、与え続ける、アハ体験みたいなものをじわじわ好きなようにプログラムできる時代になったので、こちら側が意図をもって設計してあげれば、訓練する人は意識していなくてもこちら側の意図のほうに学習を誘導させることができる。そういう考えのもと、意識をオーバーライドして無意識のものが顕在化するみたいなことっていうのができると思いますね」 「意識のオーバーライド」とは、「意識の操作」ではなく「意識的にはアプローチできない可能性の顕在化」のことだ。「動かなくなった手を動かしたい」と思っている患者さんがいる。ところがいくら意識してがんばっても、手を動かすことができない。そこで意識的に行うのとは違う運動学習の可能性を、外部からの介入によって引き出してみる、というわけだ。 牛場さんが脳卒中の患者さんのために開発したのは、脳の活動をとらえるヘッドホン型のデバイスと、腕につけるグローブ型のデバイスから成るシステムだ。それまでと同じやり方では手が動かせなくなった患者さんのために、別の神経経路を使って手が動かせるように誘導するシステムである。仮に、左側の脳の腕の制御に関する箇所が損傷を負ったとしよう。右側の脳からの運動指令を出すことができなくなるため、右腕が思うように動かなくなる。 脳は、代わりとなる機能代償経路を探して、試行錯誤する。頭につけたヘッドホン型デバイスが待っているのは、運動野や補足運動野などのシグナルだ。視覚野や言語野が活動しても手は動かないので、この部分が活動する必要があるからだ。 ふと、偶然患者さんの脳が「正解」に相当する活動をみせる。するとヘッドホン型デバイスがそのシグナルをキャッチし、ただちに腕につけたグローブ型のデバイスが、患者さんの手の動きをアシストしたり、筋肉に刺激を与えたりすることで、腕を外から物理的に動かす。「あ、これでよかったんだ!」。これが報酬になり、先ほどの脳の働き方を強化するような方向に学習が進む、というわけだ。 実際このシステムを使ったリハビリを1日1時間、7日間にわたって体験した患者さんは、スムーズに腕を頭の上の方まで上げられるまで回復した。

    42
    投稿日: 2024.02.26
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    複数の理系研究者を現代アートの研究者がインタビューし、気づきを横展開しつつ「できるようになる」意義や醍醐味を取り戻す文脈に整理する

    1
    投稿日: 2024.02.17
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    ブクログスタッフの2023年下半期ベスト本で紹介されていたので、どんなもんかと読んでみました。 「できなかったことができるようになる」ということをテーマに、5人の科学者の研究を取り上げながら紹介されている本。日常生活でそんなこと考えたことはなかったけど、読みながら「へぇボタン」を何度も押したくなりました。(歳がバレる…) 私たちは、自分の体を完全にコントロールできないからこそ、新しいことができるようになるそうです。なんのこっちゃと思ったけど、読めばなんとなく分かった気になります。 1番へぇだったのは、脳が学習するメカニズムの中で、「そのやり方であってるよ」と褒めて学ぶ方法(報酬系)と、「それは間違ってるよ」と罰することで修正する方法(罰系)では、罰系で学習したことの方が長く定着しやすいということ。やっぱり、自分で痛い思いをしたことは忘れないんだね。

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    投稿日: 2024.02.10
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    2024.2.3市立図書館 ブクログ通信「ブクログスタッフが選ぶ、2023年下半期ベスト本!」で紹介されていて興味を持ったのでさっそく借りてみた。これまでは「(障害などで)できない/思い通りにいかない」からだに注目してきた著者が、それとは逆に見えて実は思い通りにいかないという意味では同じ「できる」のおもしろさにも開眼したというノンフィクション。「こんなのおもしろいに決まってる」と読む前からわくわくしてる。 **** 案の定、読み始めたらどんどん読めた。理工系の成果を人文社会系の目から報告することでとても読みやすくできている。ピアノ、投球といった具体的な技芸獲得からコーチングサポート、バーチャルしっぽ、そして声の活用の可能性まで、どの章も驚きとわくわくの連続だったし、そういう発想が生まれた研究者たちの経験してきたことや考え方を育んだ背景も興味深かった。 もともと言語(習得)の習熟度についてはいろいろ考えることが多いので、楽器や運動の習熟をサポートしたり分析したりする技術の話はどこを読んでも興味深かったし(思いがけず19世紀のピアノ教育観やシューマン、ショパンらの言動なども詳しく知ることができたし)、テクノロジーに「代わってもらう」というより「サポートしてもらう」ことで、人間がどこまで自分が新しい技能を身につけたり失われた力をリハビリで取り戻したりできるのかという世界の一端を見たことで、ちょっと世界が明るくなったような気がした。 (この先の人生で楽器の習得に縁があるかどうかはわからないけれど、老化や病気から身体機能が低下したり失われたりということでリハビリが必要になることはきっとあろだろうと思うから…そのときこの本にあったことを思い出せば、専門家や自分の潜在的な力を信じてがんばれそう) *** ちょっと前の新聞に載っていたバンドドラマーのジストニアの方がどうやら第2章の柏野さんの研究所で協力しているらしいなと新聞を整理しながら思ってたら、きのうか今日か、テレビでもちらっとそんんあ場面が流れていた。

    4
    投稿日: 2024.02.03
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    2023年のブクログスタッフのオススメ本に上がっていた本。 テクノロジーで「できる」を科学的に解明していく。 第一章ではエクソスケルトン(外骨格)を手につけることでピアニストと同じ指使いができるというもの。その後は習得も早いという。 何だか映画のマトリックスで格闘技をダウンロードしていたのを思い出した。 第二章では桑田のピッチングの解析。第三章は画像処理からの分析。体は脳の記憶によって実は柔軟に動かすことができるとともに、できるとはどういうことかを問う。 第四章では脳波を用いた実験からリハビリへの応用。第五章ではもはや自分の身体を越えた、別の何かへ乗っ取り(代用)も試している。ここではアニメの攻殻機動隊のことをイメージしてしまった。 身体はこう動くもの、という固定観念ではない時代。柔軟にいろんな可能性を結びつけることで、老化を超える未来に結びつくような期待がもてた。

    13
    投稿日: 2024.01.30
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    https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163916316

    0
    投稿日: 2023.12.23
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    体が動くとき、脳がその命令を出し、力の入れ方や動き方をコントロールしている。――大筋ではそうなのだけど、実際に身体に起きていることを細かく見ると、事はそう単純ではない。頭で指の先まで考えてコントロールしているわけではないし、どころか、頭で理解できている動きと実際の体の動きが全然違っているなんてこともある。 本書は、身体運動の技能獲得にまつわる不思議さと、それに関連したテクノロジーを、著者(自身も研究者)が様々な研究者と対談した内容をまとめたもの。「頭が体をコントロールする」という常識から、「体が頭を置いていく」という考えに誘うものとなっている。 もっとも印象的だったのは、プロローグとエピローグで語られている、著者の「できるようになる」ことへの考え方。技能獲得に関する本なのに、著者は当初、「できる」ことに興味があまりなかったとのこと。その理由の一つが、できるイコール優れているというような、優劣の価値判断と結びつきやすいこと。 エピローグで著者は、「能力主義から「できる」を取り戻す」と書いている。優れているからできるようになる、というところから脱して、単純にできるようになることの面白さを味わえるようになれると良い。 第1章はピアノトレーニングのための外骨格。第2章は元投手・桑田氏のピッチングフォームの解析。第3章は画像処理技術を用いた技能習得について。第4章は脳波で機械を動かすシステム。第5章は音声や「しゃべり」をもちいた技術について。 印象的だったこと: ・身体の透明化と可視化という話。ピアニストの世界では、出すべき音に”正解”があって、身体の方はその音に近づけていくような演奏法が求められがち。その中で、身体の固有性は無視される、すなわち身体が透明化してしまう。ただ、それでは身体に無理がかかり、サステナブルではない。身体を可視化する、すなわち各個人の身体特性に合わせた演奏法を修得されるようにしなければならない。そして、それはテクノロジーが支援できる。 ・n=1の科学。科学は多くのデータを取って統計的に処理するのがふつうだが、そうやって得られた平均的な情報は、個人に適用してもうまくいかない。でれば、従来の科学のやり方を越えて、n=1を対象とした科学を進めていく。 (個人的には、平均の情報を、各個人に適用するための修正項のようなものを見出すべしとの立場なのですが。) ・テクノロジーは教師ではない。テクノロジーを使って数値的に身体の動きを解析したとして、「この数字に近づけていくとよい」などという”正解”を示すべきではない。テクノロジーはあくまで学習者だけでは見えないような部分を可視化するためにあるべきで、”正解”は学習者それぞれ、あるいは同じ人の中でも場面ごとに変わるのだから、テクノロジーは教師の座からは降りなければならない。 次に読みたい本 『暗黙知の次元』マイケル・ポランニー

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    投稿日: 2023.11.26
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    1章が最も分かりづらいという珍しい本だった。 全体:テクノロジー、主にAI技術を用いて、ヒトが何か出来るようになることの方法、意味、段階を考察する。テクノロジーを、ひいては、自分の感覚を自分に取り戻す、研ぎ澄ますことに通じている。 1章:ピアニストの手を自動で動かす機械。 頭でイメージを掴む前に、カラダを先に動かし、感覚を掴む。動きを可視化する。 2章:桑田のピッチングフォーム解析。 毎回リリースポイントはブレブレ。意識とは違う動きをしていたカラダ。土地勘があるように、揺らいだ動きに対応出来る、カラダの動作の暗黙知が鍛えられている。 カラダは、アタマの意識よりも、多くを知ることが出来る。 3章:ボールカメラのような、オンサイトの撮影、計測。これを活用した、リアルタイムコーチング。 プラス、手の甲の動きで指全体の動きが分かる、バレーのサーブモーションで落下点が分かる。 運動の結果が上手く予測出来ると、スローモーションやスピードアップが自在に練習出来る。また、シャドウとの練習が出来る。 4章:ブレインマシンインターフェース。 5章:音声ガイドのようなウェアラブルデバイス。それに意識をハックされる身体。身体だけを貸す人。 声を出さずに喉で喋る。囁き声でコンピュータをコントロールする。 様々な方法で身に付ける「できる」。

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    投稿日: 2023.11.22
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    ★★★ 今月1冊目 科学的な本。ピアニストにエクソスケルトンをつけて物理的に動かすとできないからできるイメージがわいてジストニアがなくなる。 このマシーンいくらするんだ?

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    投稿日: 2023.11.11
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    目の見えない人は~を書いた人だったと読み終わって気づきました できる、とはどういうことなのか? できるようになる、とは? といったことが科学的視点から考えられていてとても面白いです たしかに、意識しなくてもできるようになっていることは沢山あるよなぁと思いながら読みました エレクトーンを習っていたことがあるので、一番最初のピアノから書かれている章は興味深かったです

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    投稿日: 2023.10.28
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    これまでの筆者の本とは少し様子の違う内容となっています。主に体の学習やできるようになることについて、最近のテクノロジーを通して見えてきたことについて書いている印象です。 紹介されているテクノロジーが興味深いことはもちろん、それを通して身体がどのように学習をしており、できるがどのように作られていくのかを見る視点となっている気がしています。 特に技能向上の行き詰まりに対して自分のこれまでの運動の枠から出た運動の仕方を示すことで枠から出ることなどは興味深かったです。自分だけの理論では自分の枠から出れず、言葉だけだと枠から出難いが、即時性を持ったテクノロジーによる学習がそれを可能にするなどは可能性を大いに感じるものでした。 できないことに注目してきた筆者が、できることについてまとめた本と理解していますが、序盤で出てきたできることの選択肢が今後も増えてくる中で、何をすべきで何がすべきでないのかは多方面から検討されるべきという点はとても共感をしました。

    0
    投稿日: 2023.10.14
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    何かが「できる」ようになるには、頭で理解できるより先に身体が理解している。さまざまな動きの試行錯誤から偶然に正しい動きができて、そこでようやく意識は「あ、こうするのか」ってなる。この発見をいかに早くできるかが鍵となっていると。誰かに教えてもらうことは、この気づきに早く近づくための方法。 この本ではテクノロジーを使って、この習得時間をいかに短時間にできるか、いろいろなアイデアが出てきて面白い。 個人的に特に気になったことは、脳の可塑性には自由度があるから習得できるけれど、間違った習得をした場合、それをキャンセルさせることが難しいこと。つまり一度ついてしまった悪い癖をを正しい動きに戻すには相当努力して悪い癖を打ち消す必要があること。

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    投稿日: 2023.09.24
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    とても面白い読書体験だった!! 工学、テクノロジーは機械や技術という側面から見ると「近未来的」「すごい」「難しい」と、自分ごとの延長として捉えにくいのだが、誰もが共通して持っている「肉体」というレンズを通して見るととても身近なものに思えてくる。 障害や様々な面から日々人間の肉体について研究されている伊藤亜沙さんにしか書けなかった本だと思うし、伊藤さんが研究の過程で繋がりができた方々の研究を1冊の本としてテーマに沿ってまとめてくれているから事例紹介としても、読みものとしてもとても面白かった。 これこそ理系と文系の理想的な融合を実現している事例だと思う。 これから私たちはどこへ行くのか。 肉体のあり方は? 意思とは何なのか? 人間性とは? こんなSFに通じる哲学的な問いと知的欲求をかき立てられる本であった。

    0
    投稿日: 2023.07.29
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    (今のところ)今年一番面白かった一冊。 体がある技能を習得するとき、何が起こっているか。 技術がそれにどう関与できるか。 美学者である著者が、五人の工学系の研究者の試みを通して体の持つ可能性を探索する。 最新の技術を、伊藤さんのナビゲートでその研究室に行って見学するような気分で読める。 最初に登場する古屋普一さんの「エクソスケルトン」。 一見ピアニスト養成ギプス。 つけると、勝手に指が動き、弾ける人はこう体を使っていると疑似体験できる装置。 テレビで少しこの話を聞いた気がする。 学習者が誤った体の使い方をして弾けなくならないようにという意図で作られたものらしい。 つけた人は「あっ、こうなのか」と思うという。 何かそれが不思議な感じがする。 ある程度練習をしてきた人に効果があるものなのかな、とも思う。 実は古屋さんの部分だけ読んでおしまいにしようかと思っていた。 失礼ながら期待せずに読み始めた続きが面白くて、やめられなくなってしまった。 柏野牧夫さんによる、桑田真澄元投手の運動解析。 リリースポイントや、カーブを投げる指の使い方など、本人の意識と全く違う結果がでてきたというのが面白い。 トップアスリートたちの「変動の中の再現性」がどうやって達成されるのだろう。 小池秀樹さんの研究は、情報技術(画像処理)を利用して技術習得を援助するというもの。 ボールや体の一部分につけたカメラで撮った映像をもとに、リアルタイムのコーチングを可能にする…? ピンポン球がスローモーションで飛んでくるVR環境の中で、ボールの回転に応じたラケットの向け方を学習する「スピンポン」。 ゴルファーが自分の影と、その状況で望ましい姿勢でできる「お手本の影」を重ね合わせてフォームを修正する「バーチャルシャドウ」。 技術を身につけるとき、自分の感覚をだましていくことになるのだが、身につけた後どうなっていくのかも気になる。 牛場潤一さんの研究するブレイン・マシーン・インターフェイスは、脳波でデバイスを操作するシステム。 医療や介護で期待される技術だ。 ただ、この章の中で出てくる「脳の可塑性」の話が自分にとっては衝撃的だった。 何かの事故で脳の一部分が損傷を受けたとき、他の部分の機能で補っていくこと―と思っていた。 が、それは事の半面だったようだ。 そのように脳の回路が出来上がってしまうと、今度はそこで固定されてしまう。 もし誤学習によってできた回路であれば、その後重荷になってしまう恐れもある、ということだ。 こうした知見が積み重なって、将来的にはより効果的なリハビリができるようになっていくのかどうか。 最後の暦本純一さんの章が自分にとってはエキサイティングな章だった。 この人、スマホをピンチして拡大する「スマートスキン」という技術の開発者だそうだ。 インターフェイスは、自分にも切実な問題なので、読むにも気合が入ってしまう。 ここで紹介されていたのは、超音波プローブで音声認識をすることだったが、ささやき声でもきちんと認識する。 これを利用して、デバイスを操作するいわばシフトキーの役割を割り振ると、完全にハンズフリーで音声入寮ができる―ということ。 指を痛めて入力が日々厳しくなっている自分には、一日も早く実用化してほしい技術だ。 あまりにも面白くて、隣の席の同僚に力いっぱいすすめてしまった一冊だった。

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    投稿日: 2023.07.16
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    「できるようになる」ことをテーマに身体とテクノロジーのこれからの関係を論ずる一冊。読み進めるに連れて自分がどう身体使ってきたか、使ってきてないかについて思いを巡らすことができる。

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    投稿日: 2023.07.05
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    ゲームには疎くて「バーチャル」の世界を体験したのはテーマパークや映画館くらいなものだから 「ないしっぽをふる」訓練がどんなものか、想像するだけで気のせいか頭のてっぺんがむずむずするけど、面白そう!意識と体、運動の関係など 5人それぞれの研究対象と経歴もとてもとても興味深い。ふだん音声入力をほとんどしないけれど、テクノロジーはこんなに進んでるのかとびっくり仰天しつつ、片耳の聴力低下がじわじわ進行中の私は音声入力の世界を使いこなせるか不安も感じ『サイボーグになる テクノロジーと障害私たちの不完全さについて』のことも思い出した。

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    投稿日: 2023.06.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    プロローグにあるように、この本は「できるようになる」を脳じゃなくて体の側に視点を置いて追求している研究者の報告。VRで先に「できた」体験しておいてから意識にできるイメージを還元させて習得する。VRを使って幻肢痛を緩和する…。 一番印象に残ったのは、「第3章 リアルタイムのコーチング」の敷衍、全盲の知人がタコ焼きをひっくり返すのを「言葉」じゃなくて「声」でサポートする話。コレって「スイカ割り」にも応用できるよね。  更に最終章「第5章 セルフとアザーのグレーゾーン」が著者とっておき(絶妙な配置!)。言われて気づいた、「声」情報の特性とI/Oバランスの良さ。見たものそのまま描ける人は少ないけど、聞いた音をそのまま真似るのは割と誰でもできるわね…。 せっかくこういう本を読んだから、私も何か「できるようになる」経験をしようと思って、バランスボードを買ったけど、難易度低すぎ。すぐに乗れるようになっちゃった…。

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    投稿日: 2023.06.13
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    少しイメージできない部分もあったけど、未来は明るいかもと感じた。 学び オノマトペのメリット 時間の固まり 複数の情報 罰系学習は長く記憶されやすい できるようになるためにイメージが必要 未知の学習 コミュニケーション→1人での試行錯誤→コミュニケーション 自然となる

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    投稿日: 2023.06.09
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    5人の理工学者の体を使った研究がどれも面白く役に立つ様子も素晴らしい。特に脳との関連が強く障害者や機能を失ってのリハビリなどへの貢献など、期待が高まる。 お猿のしっぽを動かす実験は特に面白かったです。 体が「できるようになる」ということの不思議さに魅せられました。

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    投稿日: 2023.06.08
  • 理解できないところもあるけど、星5つです。

    驚きの連続でした。桑田さんは、同じフォームで投球しているつもりなのに、実際は1球1球投球フォームが違っていた。そして1球1球投球フォームが違うのに、ボールは同じ場所に投げ込まれていた。こんな驚きの事例が満載でした。そして「できるようになる」という現象を、当たり前と思っていたけれど、本当は不思議な現象である事を理解しました。意識が体を動かしているのなら、意識が知らない動きはできないハズ。しかし、乗ったことのない自転車に乗れるようになる。これは意識以外のでものが動かしている証拠なのだろう。驚きの事例が、いくつも載っている本なのですが、私には理解できない文章分があったのは残念でした。例えば「ひとつひとつの体の可能性と限界の上にしか、サステナブルな表現はありえないという希望と絶望を含んでいます。」「意識を追い越していくような体の奔放は、体の可能性の発露ではあるけれど、その可能性をそのまま実社会に解放してよいか、となると話はべつです。」「学習が抑圧的なものから自発的なものに変わるとすれば、それは現場の人間関係や社会制度をも変える可能性を含んでいます。」のような文章です。とは言え、この本は沢山の驚きを与えてくれたので、星5つです。

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    投稿日: 2023.06.07
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    「できる」ということはどういうことなのか、科学的な視点から論じている本。 五人の科学者へのインタビューをもとに、著者が考える「できる」論が書かれていて、興味深い話が盛りだくさんでした。 ピアニストの脳と指と「できる」ということ、桑田真澄の投球コントロールから得られること、リアルタイムにコーチングする技術、(ついていないはずの)尻尾をコントロールできるようになる不思議、声を出さなくてもアレクサに指示を出せる?…。 昔なら、ドラえもんがポケットから出してくれたようなテクノロジーが、今は現実のものとなっていて、脳と体の関係が少しずつわかっていく。そして、その技術が、障害のある人への助けになったりする。 私は、伊藤亜紗さんの本を読むのはこれが初めてでした。 以前にも、医療情報を発信しているお医者さん達の話題の中に幾つかの本が紹介されていて、気になっていました。 これ1冊を読んだだけでも、いろいろな気付きをもらえたけれど、伊藤亜紗さんが伝えようとしてくれていることの一部しか受け取れていない気がする。 なので、他の本も読んでみたいと思います。 どんどん「読まなくちゃ」の本が増えていきますねー。 頑張ろうー。 (頑張る先に何かがあるわけではないけれどw)

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    投稿日: 2023.05.30
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    テクノロジーが身体の機能み拡大させていく。テクノロジーと身体反応との循環というかフィードバックがあるんですね。そのテクノロジーをどういう風に使っていくか、という発想も面白い。長嶋監督の指導の仕方も、意外と本質を捉えた指導かもしれませんね。変動の中の再現性。脳の可塑性。

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    投稿日: 2023.05.22
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    装丁を見る限り、表題等もやわらかい表現でイラストも緩いといった印象だったが 各々の理工学系の専門家の研究領域は、単体でも一冊の紙幅を埋めるに足るほどの示唆に富んでおり それを人文学系の著者がうまく導入し引き出すことに成功している。 AI等の人工的な超知性の進展がメディアでも取り沙汰されることが昨今多いが、ビジネス的な進捗が確立されていないせいかこれほど興味深い研究実践について専門知を積極的に訪ねることをしなければ触れられない部分が大きかった。 身体における未知の淵源はなお一層探求の魅力を増しており、研究者は多様なやり方でそこに至ろうとする科学立国の矜持を感じられる。

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    投稿日: 2023.05.20
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    「はじめに」からグイグイ引き込まれる内容だ バーチャルリアリティを使ってけん玉の技をトレーニングする 球の動く速度はかなり遅い このトレーニングにより、96.4%が技を習得したという (TVでもこういうの見たぞ!ご高齢の方のリハビリだ 負荷をかけたトレーニングをさせたいが、故障してしまう可能性も高い よって編み出された方法とは… 負荷の少ない器具を使うのだが、バーチャルでは実際より負荷の高い器具を使っているという設定にし、 そのバーチャル映像を見ながらリハビリトレーニングするのだ これにより身体を痛めることはなくなり、かつ効果があったという) 「自分の体を完全にコントロールできないからこそ、新しいことができるようになる」という どういうことかというと、逆に「体が完全に意識の支配下だったらどうか」 うまくやったことがないことをそもそも人は意識できないし、 うまくやろうと思ってもできない事は、意識の仕方が間違っていることになる できなかったことができるようになるとは、「意識が体に先を越されるという経験」だという 意識がお手上げでもテクノロジーがあれば介入できると嬉しいことがたくさん書いてある 五名の科学者と考えるのだが、自分自身がピアノを習っていたのでピアノ関連でざっとご紹介 ピアニストの演奏技術を助ける方法を研究している科学者 「練習と本番は、仮説と検証の関係」だという 「ふだん降りてこない演奏を降ろすため」の探索 (何かが「降りる」という感覚は芸術だけではなくスポーツでも起こりますね) 楽器の個体差、場所、時間、その日の気温湿度、本人のコンディション… すべてがそろったとき そんな奇跡を待つの?いいえ違います かつては… 筋トレ的なピアノ教育が盛んであった これは全体を部分へと分解してしまい、かつ身体を壊してしまう 本末転倒なこの方法(根性で何とかする時代ありましたねぇ 「スポコン」流行りましたもん 私も幼少時に手を広げる器具を装着しタオルを巻いて固定させられた覚えがある 今なら虐待になるんじゃないのかしらん?) 芸術、スポーツ、そして労働や仕事までもが当てはまる面白い表現で言えば… ~職人の総合的な技を解体し工場労働的な分業と単純作業への反復及び分解にしてしまう 大量生産や弱肉強食といった近代資本主義社会の論理だ~ ではどうするか プロの動きを体験できる自動で動く指のマシーンを生み出す 正しい指の動きを直感的に理解することができ、鍵盤を押す深さや押し方も再生できる 実際使用された科学者の息子さんのひとこと「あ、こういうことか」 (これめちゃめちゃよくわかりますね 結局私はピアノに関して「アハ」体験を全くすることもなく ただひたすら親の目を盗み練習をサボることばかり考えていた思い出しかない…トホホ) 意識と関係なく指を動かすことよって、意識することのできない動作、つまりイメージすることのできない領域へと私たちの体を連れ出してくれる 未知の可能性へと誘い出す(ぜひとも味わってみたいこの体感!) もう1個だけ事例を… 元巨人の桑田真澄 (何を隠そうファンだから取り上げたい(笑)) 制球力のあれほど良い桑田の投球フォームは毎回違う フォームは毎回違うのに結果はほぼ同じ そしてご本人も知らなかったそうなのだ 環境の変動に対する応答可能性 それは「体のゆらぎ」だという まさにこれが無意識レベルで体が意識を追い越している現象だという (高校時代からしっかり存じ上げており大変尊敬しているのだ そう大変な努力家であるから が、それだけじゃない何かがあるはず センス? ん?もしかしてセンスってこういうことなのか? 無意識レベルで体が意識を追い越している現象=センス?) ■「報酬」と「罰」は使い分けが大事 非常に興味深い内容があったので紹介したい 「褒められると伸びるタイプです」と豪語するゆとり世代ちゃんたちに教えてあげたい! 異なるタイプの学習で使い分けが大切のようだ ◇報酬系 ドーパミンがバーっと出る 脳の深いところがつかさどる うまくいったときの運動の仕方をフラッシュで焼き付けるようなもの 強化学習に最適だが、時間を置くと忘れてしまう ◇罰系 小脳で働く 誤差やエラーと認識し、その運動を抑制したり計画をチューニングし直す作用となる 小脳は記憶もつかさどる よって罰系で学習すると学習したことが長い間定着しやすい 長い間やっていない水泳や久しぶりの自転車がこれにあたるという 興味深い内容は尽きないのだが… ~体という謎めいた物体を前に試行錯誤する人の営みは科学者よりその人その人が真理を求めて彷徨う その営みは過去、未来に向かう体の歴史をつくり、身体的なアイデンティティとそこにうまれる唯一無二の物語は文学だという 「科学」と「文学」はいずれもテクノロジーとの付き合いに試行錯誤しながらも進んでいく~ 「文理共創」著者の目指したいところはここなのだろう なぜこの本を読みたかったか それは私が芸術+スポーツである踊りを長年やっており、行き詰っているからである(トホホ) むかしむかしはスポコンで「10回やってできないなら100回やりなさい」とご指導をうけておりましたが、 そんなことやったところで、できないことが全てできるわけがない(と気づくまでに約10年) もう20年も続けているのにこのザマは一体… プロの方や、上手い踊り手と一体何が違うのだろうか 数年前からいろいろ検証かつ試行錯誤の模索をしている最中なのである この本で少しだけわかったことは あらゆる環境に置いての再現性(変動の中の再現性)の重要性だ このために出来ることはたくさんあるだろう 練習場所を変える、服装を変える、道具を変える… そして修行は続くのである… 人の可能性を秘めた非常に興味深い内容なのだが、 ただ素人がどこまでできるかという虚しさも残るんだよなぁ そんなことより、お身体の不自由な方や障害のある方に役立ちそうな内容がたくさんあった 今後、テクノロジーのさらなる開発により不自由な方に少しでも役立つことが増えるといいと思うし、 研究されておられる方を応援したいものだ ※Kazuさんのレビューで興味を引き読むことができました ありがとうございます!

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    投稿日: 2023.05.18
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    脳と体の関係について、おもしろそうな本であったため読書 テクノロジーと人間の体の可能性について メモ ・体のゆるさが体の可能性を拡張している ・自分の体を完全にはコントロールできないからこそ、新しいことができるようになる。 ・

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    投稿日: 2023.05.08
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    「できる」と「できない」の間、ここまで豊かだったなんて。 スポーツ苦手な人間だが何かやってみたいと思った。何か出来る感覚を味わいたい。意識と身体の関係性を身をもって確かめたくなった。 桑田真澄が同じように投げていてもリリースポイントが大幅にずれていた点、 脳波を読み取るしっぽの実験で最終的に画面に映るしっぽが自分のもののように思えるくだりなどの話が非常に興味深かった。

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    投稿日: 2023.04.29
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    伊藤亜紗さんの「見えないスポーツ図鑑」は期待外れだったが、本書は面白かった。 楽器演奏やスポーツ技術の習得に苦労した経験のある人や、今苦労している人には新鮮な視点が得られるだろう。 桑田真澄の投球フォームのデータには驚いた。 30球ほど「同じフォームで」投げて貰ったところ、大学や社会人の投手よりズレが大きかったのだ。 桑田の制球力には定評があり、コントロールのブレは少ないのに、これはどういうことだ。 フォームのばらつきがコントロールの誤差を生んでいるのではない。 誤差を含んだフォームからの調整力がコントロールの良さを生んでいるのだ。 実践の投球では、マウンドの傾斜や土の硬さ、風の強さや向き、疲労度など、環境は変化している。 桑田のフォームの揺らぎは、環境の変動に対する応答の可能性に繋がっている。 桑田の制球力の良さは、精密機械のような再現性でなく、結果を同じにするためにパフォーマンスを変える、変動の中の再現性なのだ。 優秀なピアニストが、ピアノの特性や空間の音の響き方によって自分の演奏を柔軟に変形させているのと同じだ。 本書はテクノロジーと人間の体の関係について「できるを科学する」ための本です。 「できる=優れている」「できない=劣っている」という能力主義的な価値観の社会の中では、 「できるようになる」は「○○さんよりできるようになる」という他者との比較の問題になってしまう。 そんな優劣を論じた本ではない。 できないには「思い通りにならないからこその可能性」がある。 楽器演奏でもスポーツでも練習方法を変えることにより得られるものがある。 そして、色々と工夫していると、ある時うまくできることがある。 「できたっ」ではなくて、「あ、こういうことか」という感覚。 これ、殆どの人がそういう経験していると思う。 理論に体を合わせるのではなく、先に体でできてしまって後から意識がそれを確認する。 倒れないようにバランスを取って自転車に乗るなんて、まさにどうやっているのか言葉で説明できないが、体はできている。 鉄棒の逆上がりなどもこの部類か。 第1章がピアノ、第2章が野球、と興味ある話題であったこともあり、面白く読めた。 ピアノでは「感覚トレーニング」のツールとして、エクソスケルトンというものが紹介されている。 私はギターは右手と左手の動きが違っても弾けるのに、ピアノは右手と左手の動きがシンクロしてしまい弾けない。 エクソスケルトンを使えばピアノを弾くというイメージが分かりそうだ。 多人数を相手にしていると「個別より一般」「具体より抽象」になり易い。 投手で言えば、誰にでも通用する「普遍的な」良い投げ方があるわけではない。 その体にとって最適な投げ方がある。 人それぞれ、その時の体に合ったやり方があるのだ。 何度もやっているうちに体が先に理解し、どのように行っているかの理論は後付けになる。 桑田のカーブの投げ方の、頭でイメージしている理論と実際の体の使い方が違っていたというのがその証拠だ。 桑田の感覚は、 ①中指でボールを下向きにこする。 ②親指でボールを上向きに跳ね上げる。 ③腕の振りはストレートとは違う。 ハイスピードカメラの実際の映像は、 ①中指ではなく人差し指でボールを下向きにこすっている。 ②親指はボールを支えてはいるが、手のひらの中に隠そうとする動きになっている。 ③腕の振りはストレートと同じ。 同じフォームで投げているつもりが、実際はだんだん前かがみになっていたり、 感覚とは違う方法でカーブを投げていたり、イメージした結果になるように勝手に体が動いている。 今の野球選手は、映像で自分のフォームなどを確認しているが、それを見てどうしようとしているのか気になる。 桑田の場合、ずっと脳の感覚と体の動きがズレていることを知らずに成果を残してきたのだ。

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    投稿日: 2023.03.26
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    けんだま練習のAIのことをちらっと聞いて、興味を持った。 身体ができないことを、科学技術の力でできるようになるとはどういうことだろう? できるようになるというのが、「自分の輪郭の書き換え」ということであって、他者と比較してディスられるものではないという意見に共感。 桑田のピッチングフォームのことから、状況が変わる中で常に結果が同じくなるように合わせるというのは、なるほどと思った。 身体を全く同じように動かしたところで、環境が違うとどうにもならないだろうから。 それまでの自分じゃないところに誘う役割として、「暗示をかける」みたいにテクノロジーを使うということなんだ。 テクノロジーを外した後もできることが継続することもあるようで、興味が湧いた。

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    投稿日: 2023.03.19
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    . 本書のプロローグは「できるようになる」の不思議。自転車に乗れるようになるのも一例なのかな。「できるの不思議さ」を深堀りしてみたい #体はゆく #できるを科学する〈テクノロジー×身体〉 #伊藤亜紗 22/11/28出版 #読書好きな人と繋がりたい #読書 #本好き #読みたい本 https://amzn.to/3WfeVGw

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    投稿日: 2023.03.08
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    「できるようになる」は面白くて不気味。 テクノロジーとの付き合い方を考えるきっかけにしてほしいとのこと。 意識化されないレベルの「できる」を解明し、脳に学習させる方法やツールを模索するような研究が紹介されている。 例えば、オンサイトでのリアルタイムコーチング。動作の予兆から未来を予測するという脳の働きをテクノロジーが可視化し提示する。 オノマトペを用いた「わざ言語」により運動を音として理解できれば、すぐれた情報伝達ツールになり得る。というくだりは、謡曲を連想した。 意識も感覚もそんなに信用できるものではないし、まして言語化できるのはほんの一部だということは、みんな体験的に知っていて、腑に落ちる内容だと思う。 一方で、他人の顔や声により自分がのっとられる感覚は、テクノロジーが導く新しい領域。 自己の枠すらあいまいな世界で自分の身に何が起こるだろう。 脳は可塑性。変化は固まってとどまる。 元に戻る弾性ではない。 どんな変化であれ、それ以前に戻るのは容易ではない。

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    投稿日: 2023.03.05
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    何かをできるようにするため、著名な研究者たちが試行錯誤していることを、5つのテーマで分かりやすく示す。 脳とテクノロジーの親和性に行き着くのかなと感じた。 スポーツを極めるのに科学的なアプローチが有効になりそうなこと、ハンディキャップの人が健常者に近づけるようになりそうなこと等、ITの利用分野が相当に広がっていることが分かる。

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    投稿日: 2023.03.04
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    文系の著者が5人の理系の研究者に話を聞いてそれぞれの章を書かれた本。 素人には理解するのが大変であろうお話もわかりやすいように噛み砕かれていて、面白く興味深く読むことができた。 何かが出来ない状態はどうやったら出来るかのイメージが上手くできていないから、という話、逆上がり出来ない子供だった私に刺さった。出来る人はなんで出来るのかを一生懸命伝えてくれてたけど全然意味わからなかったし、出来ない私は言われた通りにやってるつもりだが!?となってたな…… あとはゴルフのバーチャルシャドウ面白そうだなとか、歌舞伎のイヤホンガイドをそう捉えたことはなかったけどなるほど言われてみれば!とか、ジャックインされる側のある種のやりがいの話とか、自分の視野が少し広がるような本だった。

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    投稿日: 2023.02.26
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    テクノロジーもピラティスだね。 お猿の尻尾の話。 ピアノが上手くなる話。 テクノロジーに頼る任せるのではなく。 脳神経と体を繋ぐ架け橋に。 本当にピラティスだ。

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    投稿日: 2023.02.25
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    感覚よりも体が先にいってしまう 意識よりも体がゆく これは何も努力しなくていいというわけではなくて、努力したり、すごく考えたり、内省したり、悩んだり、グルグルと模索したり、そういう先に体が覚えていくというか、身体値が練られていくというか。 そういう前提のもとの話だと認識した。

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    投稿日: 2023.02.19
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    「できる」を取り戻せ! できる人が優れていて、できない人は劣っている。テクノロジーによって、今まで出来なかったことが、いとも簡単に出来てしまう時代に、できるとは何か?を考えさせる。

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    投稿日: 2023.02.18
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    なんかいろいろと思ったより脳と身体のつながりに介入できるところがあるみたい。できなかったことができるようになる話が面白かった。可塑性が間違ったとき困るんだとかもなんか強力に納得。

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    投稿日: 2023.02.14
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    「できるようになる」過程における訓練のあり方や桑田さんのピッチング、音や視覚との関連性について触れられているのがとても興味深い話が多くてとても面白かった。 最近は「できるようになる」ような運動をあまりしていないのでやりたくなってきた。 昔テコンドーやってたときに飛び後ろ回し蹴りがある日突然できるようになった感覚を思い出した(今はとてもじゃないができない) 『「できるようになる」過程は、人を小さな科学者にします』

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    投稿日: 2023.02.11
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    著者は、意識で体はコントロールしていない、体は先にゆく、と言っているけれど、ちょっと違うんじゃないかな。それは要するに、脳の仕組みのせいだ。予測で判断して司令を出す、ミラーニューロンで見たものを経験したように取り込む、可塑性汎用性が高い、簡単に言うと騙されやすい、錯覚しやすい、だからそのようなことが起きるってことだ。 「体」「身体性」を前面に押し出そうとして、本来の事象とずれているように思える。 意識の支配下から逃れた体が、テクノロジーによって身体性を得る、体が意識をこえてゆくとあるが、それは違う。体はあくまでも脳の司令に基づいて動くのであり、体が奔放であるように見えるのは、体ではなくて脳が奔放だからだ。脳の汎用性の高さが理由だ。 体にゆるさがあるから、意識の裏をかいて思いがけずできちゃう、意識を超える、のではなくて、それは脳の機能によるもので、体そのものの可能性の話ではない。著者も、幻肢痛について書いた『記憶する体』で、そんなことに触れていたんではなかったか?のっけから何だかがっかり。 著者の本はとても好きだけれど、本作はちょっと感情優先で書かれていて事実を見つめていない感じがして、違和感を覚える。 と、ここまで3章までを読みながら感じたことをメモしてきたが、4、5章に入って俄然トーンが変わった。それまではあくまでも身体そのもののコントロールについて、意識との関係を中心に、コントロールすること、できるようになることについて考察されていた。ところが、4章になるとテクノロジーと脳のメカニズム、意識から離れたところで起きている脳のメカニズムを捉え、そこから「できる」ことを考察している。あれ?今までの体と意識の話はどうなった?ここまで脳のメカニズムを説いているなら、1章や2章の話はああはならなかったのでは?と思い若干戸惑ってしまった。ただ、4章のリハビリへの応用の話や、5章の「自分と自分でないもののあいだのグレーゾーン」に関する記述は非常に興味深かった。特にグレーゾーンについては、危険でもあり同時に可能性でもあるな、と。この部分が、今後、どんな風に社会で受け入れられていくのか、発展していくのか、行く末が気になる。 4章5章がすこぶる面白く、この2章がなかったら星3つだったけど、ひとつ上げて4つにしよ。 それにしても、スマートスキンの開発が日本人によるものだったとは思わなかったな。

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    投稿日: 2023.02.05
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    ピアノのエクソスケルトン、ピッチャーの動作における心身解析、画像処理による運動技能獲得、BMI(ブレイン•マシン•インターフェイス)によるバーチャルしっぽ、声のテクノロジー利用による自己の揺らぎ。 最新テクノロジーを使って体の不思議やその体の展開を紹介する技術者の話は、どれも興味深い。 元ジャイアンツ投手の桑田さんの、ピッチングにおけるご自身の認識と実際の体の動きのあまりの違いっぷりには、失礼ながらかなり笑ってしまった。 身体拡張的なテクノロジーを発展させるためには、人間にはまだ見ぬ秘めた能力が埋まっていると信じる力と、その力を引き出すには外部の力が必要だろうという自分の能力を信じすぎない気持ち、その両方の絶妙なバランスが必要なのかもしれない。 そのテクノロジーを利用する人は人間の不思議とテクノロジーの発展に驚き、すげー!と思わされる。 体や意識って不思議だなぁと楽しく思えるような本であった。 (*テクノロジーの発達はもちろん、人とテクノロジーの融合には、その発展に伴い生命倫理的な問題など大きな課題が生まれるだろう。この種類の本を読む時にはそのことも頭のすみにいれておく必要がある。自分へのメモ)

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    投稿日: 2023.02.05
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    「人工知能はどのようにして〜」に似た読後感 技術が人間の学習を俯瞰してみせてくれるところが似ているのだろう 豊富な研究や事例が面白い けん玉できたVR スピンポンのVR ピアノのエクソスケルトン これらは「あ こういうことか」をいち早く体験させ できるようにするツール 学習の可能性を感じる 声に出さないでしゃべる研究も面白い それを「頭のなかにコンピューターがいるようなもの」と捉えるのも面白い いずれも現在進行の研究だと思うので、何かがわかった、ビジネスにすぐ使えるというものでもない 純粋に読んでいて面白い 行動経済学的なビジネス書でない それもとても好感

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    投稿日: 2023.01.28
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    <目次> プロローグ 「できるようになる」の不思議 第1章   「こうすればうまくいく」の外に連れ出すテクノロジー 第2章   あとは体が解いてくれる 第3章   リルタイムのコーチング 第4章   意識をオーバーライドするBMI 第5章   セルフとあざーのグレーゾーン エピローグ 能力主義から「できる」を取り戻す <内容> 著者が、エピローグで書いているように、「できる」とは、誰かと比べた結果ではなく、自分の中での進歩なのだ。この本では、5人の研究者に「できる」をいろいろな側面から説明してくれる。第1章のピアノ。第2章は、野球で、桑田真澄が出てくる。第3章は、自分では見えないところを画像を通して見てみたら…という話。第4章は、脳波と「できる」で、BMIは、「ブレイン・マシン・インタフェース」のこと。第5章は、音声認識を文章とパソコン操作をどう区別するかの話。考えていくと、それぞれ「できる」の一側面なのだと気づく。それは、自分の成長であり、「気づき」であることだ。

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    投稿日: 2023.01.19
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    頭で思った通りに身体をコントロールしているつもりが、練習や経験を通して身につけた暗黙知が体を先に動かすことが起きたり。同じように身体を操作しているつもりでも無意識に調整することが起きている。そういったことが研究や実験から見えてきたことを知り、頭(脳)と体との関係がかっちりした主従関係ではなく、もっとゆるく出来ていることが面白く感じた。出来ないことが出来るようになる際の報酬系と罰系でメカニズムが異なり、学習のスピードと定着率が異なるという事実も興味深い。  イヤホン型のデバイスと音声(ウィスパーボイス)インターフェースの暦本教授のお話は現在の技術と近いところであり、音声入力で操作できるモノが間違いなく増えるだろうと思った。

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    投稿日: 2023.01.11
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    5名の研究者との対談から、「できるようになること」の不思議さと面白さに迫る。筆者が裏テーマと言っている「能力主義から「できる」を取り戻すこと」と記しているが、まさに、ピュアに「できる」ことにフォーカスを当てて味わえる。

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    投稿日: 2023.01.09
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    【背景】 ①なぜ読むか 『手の倫理』がおもしろかったため、伊藤亜紗さんの本を読みたかった。 ②何を得たいか テクノロジーと「できる」の関係について知りたい。 ③読後の目標 ②での知識を、スポーツや学習の指導に生かす。 【著者】伊藤亜紗 【出版社】文藝春秋 【重要語句】 できる、テクノロジー、学習、トレーニング、身体拡張、再現性、リアルタイム、脳科学 【感想】 スポーツ(水泳、バスケ、陸上)の指導をしてきた。そして、現在は自分自身がパワーリフティングも行っている。 ある意味で、身体操作については自論をもって、自分を実験台にしてきた。その中で、「動きをイメージする」ということを大切にしてきた。 私は、子供へのスポーツ指導を行う身である。しかし、いつも「何かが足りない」と感じていた。その答えの一端をこの本から学んだ。 1つは即時性だ。水泳は、その特性上、リアルタイムで声が届かない。それゆえ、動作とフィードバックに時差が生じる。それを、克服するのはテクノロジーだ。 また、ピアニストや桑田の事例から、動作の幅について学んだ。機械のような正確さだけでは、良い動作にはならない。 うまいプレイヤーと強いプレイヤーの差も、そのような所だと感じた。

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    投稿日: 2023.01.09
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    最高に面白い本。5人の研究者を紹介してますがどの研究内容もとても興味深い。 中でも野球選手の桑田のピッチングフォーム解析は腑に落ちた感覚が凄かった。 「できる」を科学することの可能性がとても広がる内容でよくぞこの本を書いてくれたと著者にお礼を言いたい。 超おすすめで個人的には絶対読んでおいた方が良い一冊です。

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    投稿日: 2023.01.03
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    とても面白かったです。「できるようになる」とはどういうことか?そこにテクノロジーはどのように介在し得るか?ということを5人の科学者との対話の中で考察していきます。科学を通して人の体を知り、人の体を通して科学のあり方を問う、非常に刺激的かつ希望のある内容でした。

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    投稿日: 2022.12.30
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    本書では、5人の研究者が開発した技術をもとに、人間の「できる」ということを科学しようとしている。けん玉だったり、ピアノを弾くことだったり、ふつうに練習していてはなかなか習得できない技術を、テクノロジーを使うことですっとできるようになる。あっ、「できる」とはこういうことなのかという感覚がつかめるようになる。ディスプレイに映っているしっぽを脳波だけで動かせるようになる。僕はちょっとこれには自信があるのだけれど(根拠はない)、一度試してみたい。なんだか、できそうな気がする。テレビとかを見ていて、だれかが痛い目にあうと(こけるとかぶつかるとか)自分もうっと痛くなる。なんか、つながりがありそうな気がする。新たな技術を使ってできることがどんどん増える。おもしろいと思う。でもそれって本当に必要?と思うこともある。が、その技術がいずれ身体に障害を持つ人の役に立つことがあったりする。そういう点では意味があるのかもしれない。それと、本書を読みながらずっと僕は、算数の問題が「できる」ということにつながらないかと考えていた。身体の動きとは違う。しかし、何らかのテクニックを身につけるという意味では似ているかもしれない。できなかったことがふっとできるようになる。根性論とかではなく、なんとかうまく導いてあげることはできないものか。VRでスローにしてけん玉ができると、現実にもできるようになるという。そういうことが算数や数学でもできないか。しかし、そのけん玉の技術は定着するのだろうか。簡単に身についたことは長続きしないのではないか。やはり自分の力で、なるほどこういうことかと気づいて初めて身につくのではないか。どうなんだろう。もうちょっと詳しく研究の続きを知りたい。2色刷りで、イラストもおもしろく、なかなかおしゃれな本に仕上がっている。ただ気になる誤植が1ヶ所。P198終わりから2行目、「右側の脳を使って左手を動かす」それならあたりまえですよね。右手を動かすんですよね。自分は読解力がないので、妻にも読んでもらったのですが、一応同意してくれました。

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    投稿日: 2022.12.12