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powered by ブクログ時間はいつでもどこでも同じように経過するわけではなく、過去から未来へと流れるわけでもない―。“ホーキングの再来”と評される天才物理学者が、本書の前半で「物理学的に時間は存在しない」という驚くべき考察を展開する。(e-honより)
0投稿日: 2020.09.01
powered by ブクログ原書のタイトルはアナクシマンドロスの「時間の順序にしたがって」。 ハイデガーとライヘンバッハが時間に関する考察を進めたものの、二人の時間のイメージはまるで異質なものになった。 その理由を「二人は別々の問題に取り組んでいたからだ。一人は、目をこらせばこらすほどぼろぼろであることが明らかになっていくこの世界の実際の時間の構造を調べ、もう一人は、わたしたちにとって、つまりわたしたちの「世界内存在」という具体的な感覚にとって、時間の構造がどのような基本的特徴を持つのかを調べていたのである。」(197頁)という指摘が面白い。 アナクシマンドロスはハイデガーも触れており、これにつては國分功一郎氏の「原子力時代の哲学」で比較的詳しく触れられていたので、この本の著者ロヴェッリのハイデガー評も聞きたかった。
0投稿日: 2020.08.09
powered by ブクログ時間か存在しないことを物理学の知識を駆使して記載。でも大変読みやすく、最終的に時間が宇宙の発生や自分に帰ってきて、哲学的要素もある、名著。
0投稿日: 2020.07.31
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
時間って何だ?ということに関して,「ループ量子重力理論」を専門とする著者の一冊。核心の部分は著者独自の見解のよう。翻訳書と言うこともあり小難しいかと思ったが,比喩も上手くてある程度一般向けに書かれている。相対論の説明なんかも,先日読んだブルーバックスの同様な本より分かりやすくて読みやすかった。とは言え,相対論とか量子論を囓ったことがあれば理解はしやすいことは間違いない。また,本文よりもさらに巻末の解説が抜群に分かりやすいことに言及しておく。この解説を読んでから本文を読んだ方が良いこと間違いなし。 内容にに関して言うと,「時間が存在しない」(そもそも原著のタイトルはそんなタイトルではない)と言うより、人間が通常使う意味での時間は存在しない、ぐらいの意味で理解した方がよさそう。時間とか空間とか言う変数自身が、人間が都合よく使うパラメータにすぎず、それらを基本として他の量があるわけではない、ということだろう。我々の住む世界が低エントロピーから始まったことが原因で”時間の矢”を感じられる世界だから時間とうい概念が存在している。とい主張。この辺の熱力学的な時間の流れ(物理の法則で時間の方向性が出てくるのはそれしかないので)は納得できる。量子力学における定式化を考えれば何となく理解できる,かもしれないし,実際そうなのかもしれない。ループ量子重力理論の基本方程式には時空は出てこないそうです。そこでは量子状態間の相互作用のみ記述し、それを空間(場)とか時間パラメータでの変化として表すこともできる,というだけ。そのような世界に馴染んでいる著者にとってはそうだと思うし,究極的な真理としてはそうなのかもしれない。が,まぁとりあえず我々の日常生活では時間が一様に流れていると近似できそうだし,むしろその方が便利なので,やっぱり時間は存在して流れていると思ってしまうよね。
1投稿日: 2020.07.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
原題『時間の順序」 実際に観察する前に理解する力が科学 熱:冷たいものから温かいものへは移れない。 エントロピー(=分子の振動)増大の法則 t =静止しているときの時間 t'=動いているときの時間 「現在」は自分の近くのもの、地球全体くらいまで。 遠くにあるのは私たちの過去。 半順序 親子関係:前後関係は確立される≒宇宙の時間構造 光円錐 各自の現在の前後に円錐型の出来事 母線の傾きは普段は感じられないくらい水平 量子レベルの揺らぎは認識できず、 時空は固いテーブルのように ーー 1883年 標準時間帯の成立 世界が同期 アリストテレス 時間は変化の計測 相対的なもの ニュートン それ自体が流れる絶対的なもの アインシュタイン 重力場によっては共に正しい 量子力学の基本方程式は時間変数を含まない ホイラー・ドウィット理論 ループ量子重力理論:著者 時間は 時間のない世界に生じる、重力波の変数のひとつ。 ーー エネルギーは保存されるが、エントロピーは増す。 太陽 =低いエントロピー資源 宇宙の根源 水素→収縮し核融合しヘリウムに あらゆるものがかき混ぜられ 無数の無秩序な配置へ向かう。 ーー アイデンティティーの構成要素 1.ひとつの視点 2.ヒトの概念を自分自身に投影したもの 3.記憶 脳は過去の記憶から未来を予測する仕組み 知覚しているのは「現在」ではなく、 エントロピー増大を頼りに、 時間の中で生じ、伸びていくもの。 音楽を感じるように。 「記憶の広がり」と「連続的な予測の過程」の組み合わせ。 それをただ一つの時間(近似され一様で順序付けられた普遍的な時間)と感じる。 ーー
0投稿日: 2020.07.25
powered by ブクログ著者は量子重力理論のループ量子重力理論の第一人者とのこと。 これだけで「ああ、むずかしそう」と思えてしまう。 ところが読んでみると、意外とむずかしくはなくてスラスラと入ってくる。 「ほほぅ、そういうことなのか、なるほどなるほど」って感じ。 そして読み終わって一息いれると、何が書いてあったのかをほとんど覚えていない。 僕がこの手の本を読むときはいつもこんな感じだ。 読んでいる最中は自分が非常に利口になったように錯覚する。 そして本のページを閉じると、途端に記憶力や理解力に難がある自分の脳の現状にぶち当たる。 だったら「読むだけ無駄じゃん」と思われるかもしれない。 でもそうじゃないんだ。 「わかっちゃいるけどやめられない!」 これこそが、この手の本を読む時の醍醐味なんだ。 少なくても僕にとっては(汗)。
0投稿日: 2020.06.11
powered by ブクログ著者のカルロ・ロヴェッリ氏は、イタリア生まれの論理物理学者で、イタリア、アメリカやフランスの大学を経て、量子重力理論の研究をしているらしく、「ループ量子重力理論」を提唱している人とのこと。詳しくは分からんが「超ひも理論」と双璧をなす最新物理学の研究者らしい。 本の中身は、アリストテレスやニュートン、アインシュタインを登場させたストーリーテリングとなっているので、読める。ただ、内容の理解ができたかと言うと、正直頭はついて行ってない… 他の哲学系の本では、時間の概念を直線とするのは、西洋哲学、キリスト教をはじめとする宗教が根本にある人の特性と言われ、仏教は輪廻の概念があり、日本人は1年が回るという感覚を持っているって言うのを読んだ事が有ったが、この本も時間は直線という前提から論が始まっているし、結局、そういう結論に持って行きたい感情を感じる。 結局の所、時間は主観なのか?って思うと、わかった様な??って感じ。
0投稿日: 2020.06.06
powered by ブクログループ量子重力理論の提唱者であるイタリア人理論物理学者によるもので、時間という概念を考察する。 まず低地と高地での時間の進みの違いから始まり、4光年離れた太陽系外惑星プロキシマ・ケンタウリbにいる姉とこちらとで対応する現在はあるのかという話になり、時空の時間的構造は層的なものではなくたくさんの光円錐によって形作られるものだとする。絶対的な時間という概念がニュートンが主張したもので、我々が思っているほどに自明のことではなかった。量子重力理論によれば時間変数は存在しない。 他にも漠然と連続しているように感じている時間も、量子力学的にはプランク時間という最小のものが存在している、出来事のネットワーク、熱時間、宇宙のエントロピー、我々は世界の特別な部分集合に属しており熱時間のある特定の方向におけるエントロピーが低い、すなわち時間の方向性は視点のもたらすもの、エントロピー増大の法則に従う物質的なプロセスが生み出した記憶の時間的非対称性が時間の経過という感覚を生み出す、といった論が展開される。 引用される古典などからも著者が物理学だけでなく幅広い教養を持つ人なのだなとわかる。そういうわけで時間は複雑で重層的な概念で、時間は存在しないという邦題はミスリーディングな気もするが。
0投稿日: 2020.05.17ループ量子重力理論に興味が湧いた。
題名が衝撃的だったが、読み進めて行くとこんな訳語の題名もなかなか面白いと感じた。原題をそのまま訳すと「時間の秩序」とかなんとからしいが、やはりあまりインパクトがないので、この題名の様な意訳にしたのだろう。 本書以外にも時間に関する本を読んだことはあるが、今まででは本書が一番印象の強い説明で、自分でもぼんやり考えていた時間像が、ある程度自分なりにまとまって腑に落ちた気がする。 物理学での時間を示す変数tの扱いには、過去や未来の区別は確かにないけれども、人の意識は時事刻々と一連の事象を経験し、過去の記憶はあっても未来の記憶というものは持っていない。不可逆現象を表す熱力学第二法則が、何かヒントを与えてくれるのではないかと考えていたが、本書の内容を読んで、全ては量子情報がキーポイントなのではないかと考える様になった。 数式もない一般向けの本だが、概念が結構難しいので、自分としては一読して理解できる内容ではなかった。なんとなくイメージはつかめたので、また読み返して理解を深めたい。 以前に読んだイーガンの小説がループ量子重力をネタにしていたので、学びたいと思っていたが、本書を読んでますますループ量子重力に興味が湧いてきた。時間変数のない理論というのも興味深い。
0投稿日: 2020.05.03
powered by ブクログ時間に関する本ではありつつも数式は皆無であり、哲学寄りの本だと思いました。 翻訳本ですが無駄にボリュームは多くなく、個人的には良書だと思いました。
0投稿日: 2020.05.01
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
物理学(量子力学)の観点から時間の存在について語った本。絶対的な「時間」は存在せず、人間が認識する特殊な状態を「時間」と述べている。 量子力学と哲学を掛け合わせた本であり、どうしても難解ではあるものの、ところどころに今までの要約を挟んでくれているため最後まで食らいついていくことができた。 分野を統合し真実に向かっていく姿勢自体がとても参考になるものだった。 もちろん内容も非常に興味深く、絶対的だと感じていた「時間」でさえ疑い批判できるものだということ、そしてそれは人間の認識と深く関わっているものだという点に驚かざるを得なかった。
0投稿日: 2020.04.30
powered by ブクログ時間という感覚は、独立した変数として存在しない。互いの系により相対的に決定されるものであり、時間の流れはエントロピー増大の法則により説明される一つの変数である。それを時間の流れとして認識しているのは我々の認知がそのように理解するようになっているからだ。時間とは個々にとっての物語であり、絶対的なものではないが、それ故に尊い。門外漢の私が本書を読んで到達した理解です。
1投稿日: 2020.04.29この世界は石ではなく、キスのネットワークでできている
荒っぽく言っちゃうと、時間って実存的要請と生理学的制約から生まれた、錯覚だと言うこと? これまで、年末になるたびに過ぎゆく1年が年を追うごとに短く感じていた理由も、見ず知らずの若者の年齢に驚き、無条件にその子の将来の無限の可能性を熱っぽく語ってしまう理由も、わかった気がする。 多くの人は漠然とコロナウイルスの猛威が収まれば日常を取り戻せると期待しているけど、「アフター・コロナ」は同時にコロナ後の世界のスタートに他ならない。 始まりがあれば、終りもある。 「時は悲嘆の種」であり、人生とは何とか切り抜けるべき不運なのだから。
0投稿日: 2020.04.29
powered by ブクログ時間はいつでもどこでも同じように経過するわけではないし、過去から未来に流れていくものはない。ということがなんとなく理解できるようになってきた。さらに本書を読んで、さらに理解を深めることができた。
0投稿日: 2020.04.19
powered by ブクログ時間は存在しないことを相対性理論やエントロピーの法則などの物理学を用いて説明していくので難しいところが多く、完全に理解できたとは言えない。 我々は時間という感覚を持つのは記憶が絡んでいるからという説明は面白いなと思った。(過去と未来の非対称性は記憶によって作られる的な)
0投稿日: 2020.04.09
powered by ブクログ読後、書かれていることが分からない不安しかなかったのですが、最近スカイツリーの展望台と地上で時計の進み方の違いを計測したというニュースを見て、この本を思い出せただけでも良しとしたいと思います。
0投稿日: 2020.04.09
powered by ブクログ1960年代にホイーラーとドゥイットは宇宙全体の振る舞いを扱う量子論を、時間を含まない方程式で記述した。量子論的な宇宙は時間が経つにつれ膨張するという形ではなく、宇宙の大きさと物質の状態の相互関係で表された。 カルロ・ロヴェッリの議論はその延長戦上にあり、宇宙を記述する時間変数は存在しない、という話が本の中で説明されます。 我々人間は、時間という絶対的なものが宇宙に流れているように考えてしまいがちだが、そもそも平原と山では時計で観測する時間の流れすら異なっているように(これも驚き)、絶対的なものではない。外側から見た宇宙全体における時間構造と、自分たちがその一部であり影響を受けている世界の内側で観察する時間の法則は異なるってことで、つまり、我々が知覚している時間感覚は、環世界における時間の流れみたいなものなのだと理解。 では、この時間感覚を作ってるものは何か?という議論になると思いますが、それは熱力学やエントロピーの概念を使って説明されます(熱力学の第二法則の不可逆性、そして低いエントロピーを地球に供給する太陽、そしてさらに太陽もさらに低いエントロピーの原始太陽系星雲から誕生し、さらに遡ると宇宙の最初の極めてエントロピーが低い状態に行き着く...というような宇宙の始原の話) ということで間違ってるかもですが、自分の理解は大体こんな感じ。書評とか読むとわかりすいとか書いてあったけど十分難しかったです(汗。でも、物理学にありがちな数式びっしりみたいなことはなく、哲学に近い説明なので自分のようなド文系でもある程度読めたかな...と思ってます。
0投稿日: 2020.04.07
powered by ブクログ世界中でベストセラーになっている作品、「時間は存在しない」という考察を、数式などを極力使わず(出て来るのは一つだけ)文学的に書き切ったカルロ・ロヴェッリによる一冊。数式を使わないとはいえ内容はかなり難解で哲学的、物理学を学んだ人ではないと全部の理解は困難かなと思った。時間が存在しないのではなく、宇宙人類共通の絶対時間が存在しないということか。
3投稿日: 2020.03.29
powered by ブクログ色々と感想が出てるが、どれもちょっと変な感じになっているのは、この本の難しさの反映か? まず、指摘しておきたいのは、訳者あとがきにあるけども、この本のタイトルは「時間の順序」というような意味のものであって、「時間は存在しない」というのは、NHK出版の編集さんが考えたのか、いかにも今の日本の出版界を代弁するような、誠実さよりも棚での見栄えが優勢された安易なタイトルと言わざるを得ない。 もとより、僕は、このタイトルの安易さゆえに、本書があちこちで推薦をみても買う直前で断念したのが続いてた。 「時間の順序」という魅力的なそそるタイトルならとっくに買ってただろう。 読者レベルを下げてるのは出版社自身だ。反省してほしい。 (ただし、同じ著者の河出から出てる「すごい物理学講義」(原題は、「現実は目に見える通りではない」)ほどは酷くない。どちらにも共有しているのは、読者への敬意ではなく、読書をただの消費者としか考えてない出版社の思想だ) で、肝心の内容ですが、皆さん、ループ量子重力理論の提唱者というのに引っ張られてますが、肝心の本文のなかで、「ループ量子重力理論」という言葉は使われてない(仮に見落としてたとしても、中心になる用語としては出てこない)。 むしろ、ループ量子重力理論の提唱者として、t という時間項のない理論を構築していく結果、時間ってじゃあなんなんだ、と考えるに至った、そんなことから着想されてるものではないかと思う。なので、ループ量子重力理論を説く本ではない。 本書全体のストーリーは、極めて平凡である。 物理学の最新成果からすると、時間なんて存在しない。 でも、僕達の実感としての時間がある。 そこを繋ぐのに、熱力学が活躍する。 これは、もの凄く平凡である。とはいえ、随所の記述の仕方などは目から鱗がいっぱいあった。 ただ、第二部だけ、凄く大胆。定説とは違うオルタナティブな世界観は興味深い。が、一番読みにくい。 構成としては、第一部で、現代人が基本にしているニュートン的時間感覚を破壊していく。相対性理論をもとに、現在、というものが極せまい距離で通じるだけの近似値に過ぎない、と明らかになる。また、ニュートン力学だろうが相対性理論だろうが、未来と過去を区別してないことも指摘される。 相対性理論に、量子論を持ち込むと、さらに色々が揺らぎはじめる。(このあたりがループ量子重力理論への最接近) ここまでは、雑誌のニュートンとか読んでれば、ある程度、共有できてる世界観なのでは。 第二部では、じゃあ、その時間の存在が怪しくなった世界には何が残ってるのか、という話。 ここが一番、難しい。 2回読んで、なんとなくわかった。ただし、細かいことは省略されてるので、この本ではなんとなく以上は理解できない。 そして、ここで、「視点」というものなくして世界をみることはできない、という指摘が入る。 第三部では、その視点から始めれば、時間が生じてくる、というところから、最近の脳科学などをちょこっとふれて、インド哲学やらから引用して時間を組み立てていく。 ここは、割と退屈。あんまり面白くない。 確か第三部で、デカルトを否定してたものの、この構成ってデカルトそのもの。 デカルトは、まず、世界を疑う。 そうすると、疑ってる自分を発見する。これがこの本の第一部。 んで、「我思うゆえに我あり」として、自分の第一歩を見つけ、その世界で、デカルトは、そんな我がある原因なんかを探ったりしていくことで、神の存在証明をする。 これは第二部にあたるかな。 で、そこから日常的なものの存在証明を経て、新たに根拠づけられた信用できる日常に戻ってくる。 これが第三部かな。 旅立ち、苦難と克服、帰還、だなんて、ジョセフ・キャンベルとはいわないけども。 で、一番、難しいのは第二部。 個人的に反論したいのは、 ・時間があるように見えるのは、世界をミクロレベルで完全に把握はできないから、つまり無知の故 となってるけども、では、完全なる把握、つまり全知がありうるのか?ということになる。 本書のロジックを簡単にすると、 ・完全なる把握、全知ができれば、そこに時間はない ということになってると思う。しかし、第一部で、現在というものは幻想だ、ということも言われてる通り、また、量子の在り方からしても、あるまとまった量が存在する場合に、その全知というのは原理的に存在しないと言えるのでは。 つまりは、 ・完全なる把握、全知ができれば、そこに時間はない。 ・しかし、全知は原理的に不可能である。 ・つまり、時間がある となるのでは。 全知がありうるのかどうかがここの判断の分かれ目で、僕は原理的に全知というのは矛盾していると思う。 全知はありえない。故に時間は存在する。 こちらが正しい結論なのでは? ここを問うには、ループ量子重力理論をもっと知らないといけないのかもしれないけども、この本からはそれが帰結されそうだ。 ただし、時間、というのは正しくないのかもしれない。世界には順序が存在する、というのが正確なのでは、と思う。 だから、この本のタイトルに突っ込んだのだ。 著者とは意見があわないのか、かなり突っ込みたいところがいっぱいある。 例えば、第一部で、何万光年も先の星とこことでは、現在を共有できない、そんな現在は存在しない、宇宙レベルで通じる現在というものはなく、それは近くの距離にだけ現れるもの、という。 ここで脳の認識速度なんかが急に入ってくるのが議論が混乱してる証拠なのだけども。 でも、ここから帰結するのは、「近くにしか現在は存在しない」じゃなくて、「遠ざかるほど現在というのはボヤけた幅のある概念になってしまう」ということなのでは。 例えば、100万光年先の星にいる人と、僕とで、現在を共有しようとして、光の信号を僕が送ったとする。 向こうに届いたときに、100万年あとだったとする。途中で重力波の影響もあったかもしれない。だから、正確に共有はできない。それは、現在なんてない、ということだ。 とも言えるけど、現在が100万年レベルでボケる、という言い方でもよいはず。だって、少なくとも10億年もはズレてなくて、100万年レベルのどこか、というタイミングの現在というのは共有できる。 これってつまりは、僕は「現在というのは点ではない」という話をしてて、著者は「点としての現在は存在しない」という話をしてる、ということとも言えて同じことを話してるともいえる。 なんだけども、著者は、この「点としての」を省略している。これは、劇的でかつ読み易くしたのかもしれないが、その結果、近くでは現在を共有できる、脳は1/10秒以下は同時に感じる、みたいな無茶苦茶なことになっちゃってる。 いや、そうでなく、近くになれば、現在のボケの幅が極小化していくだけだろう。だって、仮に1mの距離であっても、プランク秒レベルの精度でいけば、現在はブレブレなのだ。 つまり、遠いと破綻、近いと成立、ではない。 現在というもののブレは、遠いと大きく、近いと小さくなる、という話であって、ライプニッツ的に極少値で考えるのがいいのでは。 こういうところが、全体的に、本書をわかりにくくしてると僕は思う。 10章とか、一回読んだだけでは絶対にわからない。実は対したこと言ってない、めちゃ簡単な例えを使って書いてあるんだけども、どうにもこうにもわかりにくい。 ここは、ちょっと書く順序を入れ替えれば劇的にわかりやすくなると思う。 他にも意見があわないところはいっぱいある。 ミクロからマクロな構造が創発してくる感覚を、安易に単にボケてるだけ、近似値、統計学、としてしまうのは、量子レベルばっかりやってるせいだろう。 一匹の蟻と、集団としての蟻とは違うのだ。そのあたりは、ゲーデル・エッシャー・バッハのホフスタッターのほうがずっと面白い。
7投稿日: 2020.02.27
powered by ブクログ「時間」という人類の有史以来の最大の謎に物理学の範疇を超えて、哲学、芸術、脳科学に至るまであらゆる視点で考察される。現在の量子力学界で、「超ひも理論」と並んで有力な「ループ量子重力理論」をもとにして様々な時間に関する独特の性質と思われてきたものを再定義する。時間が流れていると感じるのは出来事が相互関係の結果によって生じているというのは新鮮な視点に感じられた。また、宇宙の始まりが低エントロピーのように考えら得るのは、私たちがいる宇宙の物理系から眺めた場合であって他の物理系を考慮に含めると実はそうではないという考えは、人間が結局は自らの主観の範囲を超えて思考することは極めて難しいことなんだなと感じた。著者の主張は最先端の学界でも主流ではないものもあるらしく直感として理解できなかったものもあったが、「時間」というブラックボックスな概念に新たな視点を与えてくれた。
1投稿日: 2020.02.21
powered by ブクログhttps://www.bbc.co.uk/programmes/m000cyzg https://www.msz.co.jp/book/magazine/202002.html
0投稿日: 2020.02.21
powered by ブクログ図書館で借りた本。山で過ごす人は平地で過ごす人より時間が早く進む。これは初めて知った事実。著者はループ量子力学理論の人で閉じた曲線で定義されるループ変数が重力を表すそうだ。超ひも理論とは異なる考え。時間や空間が根源的ではない。エッセイなので宇宙物理に興味がある人なら楽しめるかも。
0投稿日: 2020.02.17
powered by ブクログ『時間は存在しない』という煽り気味のタイトルの本書は、最新物理学を解説したもので、とても売れなそうな内容ではないのだが、世界的ベストセラーとの謳い文句や前著『すごい物理学講義』などの影響でこの手の本としては日本でも異例の売上だそうだ。原題は”L'ordine del tempo” イタリア語で「時間の順序」である。この原題は、ギリシアの哲学者であるアナクシマンドロスの言葉から取ったものであり、本の内容にもリンクをしている。その観点では著者の意図を超えていじりすぎの邦題ではあるが、確かに『時間は存在しない』の方がある意味で中身を象徴しているし、もちろん読者の琴線に触れやすく、これはありかと思う。一方で、「時間」「存在」と言えばもうそれはハイデガーの『存在と時間』になるだろう。言ってしまえば、この本は時間とは何かという昔からの哲学の難題を、先端物理学の知見から解明しようというのだから、そこまで言ってしまってもいいのかもしれない。このタイトルを付けた人がどこまで意識をしたのかはわからないが、業界にいる人であれば、そこはあえて付けたと信じたい。 そう、著者は、量子重力理論を扱う物理学者で、ループ量子論と呼ぶいわゆる統一理論の研究を進めている。この理論は、超ひも理論に対抗する理論で、何も証明されていないが、世界について根本的な何かを見つけようとして一線級の頭脳と熱意を注ぎ込んで研究されている領域である。時空の中に多次元の超ひもがあって素粒子や力の性質を説明するというこじつけ感のある超ひもとは異なり、ループと呼ぶものが、シンプルに量子化された時空を生み出す源となるというものである。 「本質だけが残された世界は美しくも不毛で、曇りなくも薄気味悪く輝いている。わたしが取り組んでいる量子重力理論と呼ばれる物理学は、この極端で美しい風景、時間のない世界を理解し、筋の通った意味を与えようとする試みなのだ」 本書は、著者のこの立場を数式を使うことなく一般の読者に伝えようとするものだ。正確に言うと、おそらく伝えることは意図しておらず、感じてもらうことを願ったものだ。 本の構成としては、第一部「時間の崩壊」では現代物理学でわかった事実をもとにわれわれが感じている流れる時間という概念が実は正しいものではないことを示す。そして、続く第二部「時間のない世界」では、その結果時間という概念が成立しない世界とはどういう世界であるかを説明する。最後の第三部「時間の源へ」で、改めてわれわれの慣れ親しんだ「時間」がどのようにして眼前に立ち上るのかを説明する。そういった意味で、『時間は存在しない』というタイトルは正確ではなく、正しくは、失われた時間を再び再発見し取り戻すための物語と言うことができる。 時間については、現代物理学のほぼすべての理論では、ニュートンの力学においても、マックスウェルの電磁気学においても、量子力学においても、過去と未来が区別されないことから、なぜ時間が過去から未来に「流れる」のかの必然性は説明されない。さらに、アインシュタインの相対性理論においては、時間の流れる速度や「今」の同時性も異なる時空では成立しないことが示されている。相対性理論が時間の概念に与えた影響は大きく、もはや一様に流れる唯一無二の時間があるというような素朴な概念は成り立たない。また、量子力学によって明らかになったプランク時間に制限される非連続性をどのように捉えればよいのかも課題として残された。 「時間や空間そのものが、時間や空間のことなど知りもしない量子力学の近似なのだ。存在するのは、出来事と関係だけ。これが、基本的な物理学における時間のない世界なのである」 となれば、われわれにとって流れる時間とはどういうものでありうるのだろうか。そこで、基本的な物理法則の中で、唯一熱力学だけが時間の流れをその中に内包する物理法則であることが意味を持つことになる。熱力学第二法則であるエントロピー増大の法則だけが過去から未来に流れる時間を必要としているのだ。著者自らもっとも難しいという第三部では、エントロピー増大の法則から時間の流れが生み出される様子を描写する。 「時間のない世界にはそれでも何かがあって、わたしたちの慣れ親しんだ時間 - 順序があって、未来が過去と異なり、なめらかに流れる時間 - を生み出しているはずだ。私たちにとっての時間が、何らかの形でわたしたちのまわりに生まれているはずなのだ。少なくともわたしたちのスケールにおいて、わたしたちのために」 著者は、エントロピーの増大により時間の流れが生まれるということから、われわれにとって流れる時間の源はわれわれが世界について不正確な情報しか持っていないことから生じると説明する。われわれにとって世界の像がぼやけているがゆえに、われわれの世界で時間が流れるのである。 「基本的な相対論的物理学では、先験的に時間の役割を演じる変数は皆無で、マクロな状態と時間の進展の関係をひっくり返すことができる。時間の進展が状態を決めるのではなく、状態、つまりぼやけが時間を決めるのだ」 そしてもうひとつ重要なことは、過去にエントロピーが低かったという事実から、「過去と未来の違いにとってきわめて重要で、至る所にある事実 - それは、過去が現在のなかに痕跡を残す」ということが生まれるのだ。 また、時間の順序性の起源として、もうひとつ量子の関係依存性に言及する。 「おそらく相互作用の結果がその順序に左右されるという事実こそが、この世界における時間の順序の一つの根っこなのだろう。コンヌが提唱するこの魅力的な着想によると、基本的な量子遷移における時間の最初の萌芽は、これらの相互作用が(部分的に)自然に順序付けられているという事実のなかに潜んでいる」 著者の結論はこうだ。 「マクロな状態によって定められる時間と、量子の非可換性によって定められる時間は、同じ現象の別の側面なのだ。 思うにこの熱的にして量子的な時間こそが、この現実の宇宙 - 根本的なレベルでは時間変数が存在しない宇宙ー でわたしたちが「時間」と呼ぶ変数なのだ」 「物理学における「時間」は結局のところ、わたしたちがこの世界について無知であることの表れ」だという。そして、こうつなげる「時とは、無知なり」と。 著者は自らの提唱するループ量子重力理論について、「この理論がこの世界を正しく記述しているという確信があるのかと問われると、わたしにも断言できない」という。ただし、量子力学が明らかにした物理変数の粒状性(量子性)と不確定性とすべては他のものとの関係に依存するという量子の性質と両立するような「時空の構造を考え得る首尾一貫した完璧な方法」は今のところこのループ量子重力理論しかないと断言する。時間は、さまざまな近似に由来する多様な性質を持つ、複雑で重層的な概念であり、「ループ量子」という新しい概念から導き出されるものなのだ。われわれの前に立ち上る流れる時間は、われわれが本質的に世界に対して「無知」であるがゆえに生まれるものなのだ。 ループ量子重力理論がどのようなもので、将来的に素粒子の大統一理論のような形で物理学の世界において科学的パラダイムのひとつとして受け入れられるものかはわからない。その可能性はさほど大きくはないようにも思うが、そのことを判断する能力ももちろん資格もない。それでも、ここで語られる時間についての論考はある意味面白い。何か具体的な理論が理解できた、というものではないが、時空の相対性と量子性とそこからおそらくは認識するべきであろう帰結がぼんやりとわかったような気がした。ぼんやりとしたものなので、「時間」の経過によってそれは失われてしまうものかもしれないけれども(笑。
2投稿日: 2020.02.16
powered by ブクログ「時間は存在しない」Carlo Rovelli 時間の流れはほんのわずかではあるが、山では早くて低地では遅い。低地では時間がゆっくり流れる。数センチの高低差であっても時間の減速が検出できる。 物体は周囲の時間を減速させる。地球は巨大な質量を持つ為にその周りの時間の速度は遅くなる。山より平地の方が減速度合いが大きいのは平地の方が地球の中心に近いから。この為平地の人間の方がゆっくり歳を取る。 物が落ちるのは時間の減速の為。物体は時間が減速する方向に自然に動く。 立っている時、頭よりも足の方が時間の流れが遅い。 唯一無二の時間はなく、空間の各点に異なる時間が存在し、固有のリズムを持つ。時間という単一の量は存在せず、たくさんの時間で編まれた織物があるだけ。 この世界は互いに影響を及ぼし合う出来事のネットワーク。 熱は分子のミクロレベルの振動。熱いお茶は分子が極めて活発に動き、冷たいお茶はほんの少しだけ動いている。氷の中の分子はさらに遅いが、溶け出すと活発になる。 1970年代、飛行機に正確な時計を載せたら地上に置かれた時計よりも遅れた。動いている人間は歳を取らず、時計の刻みが遅くなり、考える時間が少なくなり、持ち歩いている植物は発芽するのに時間がかかる。 私たちの「現在」は宇宙全体には広がらない。「現在」は私たちを取り囲む泡のようなもの。 ナノ秒単位で確定する場合の「現在」の範囲は数メートル。ミリ秒単位なら数キロメートル。人間に識別できるのは1/10秒程度なので、地球全体が一つの泡に含まれる。だがそれよりも遠くには「現在」はない。 欧州で機械的な時計によって律せられるようになったのは町や村が教会を作り、集団の活動リズムを必要とした14世紀。 熱分子が猛烈に混じり合う時、変わり得る変数は全て連続的に変わるが、外界と物質やエネルギーをやりとりしない孤立系のエネルギーの総量だけは変わらない。 エネルギーと時間には密接な繋がりがある。 マクロな状態→エネルギー→時間 この世界が前に進むのに欠かせないのはエネルギーではなく低いエントロピー。低いエントロピーがなければエネルギーは薄まって一様な熱となり、この世界は熱平衡状態になり眠りにつく。 私たちにとって低いエントロピー とは太陽。地球に熱い光子が一つ届くと、それに対して冷たい光子が10個放出される。ところが熱い光子1つの配置の数は冷たい光子10個の配置の数より少ないので、熱い光子1つの方が冷たい光子10個よりもエントロピーが小さい。この太陽からの大量の低いエントロピーを自由に使って動植物が育ち、モーターや都市を造る事ができ、思考を巡らす事ができる。 太陽の低いエントロピーは、太陽よりも低い原始太陽系星雲の低いエントロピーから生まれた。こうして遡ると、宇宙の最初のエントロピーは極めて低かった。 太古の宇宙には水素が広がっており、水素は星の発火を通じてエントロピーが水素より大きいヘリウムに融合する。星の発火は別のエントロピーが増大する過程で銀河の至る所を漂う大きな水素の雲が重力によって収縮する必要がある。収縮した水素の雲のほうがすかすかな雲よりエントロピー が高い。濃縮された水素は核融合が始まるレベルの熱を持ち、発火する。宇宙の歴史全体がこのようなエントロピー増大の跳躍と遅滞で構成されており、その進行は遅く、一様ではない。なぜなら物質は低いエントロピーの溜まりに閉じ込められており、その扉が開くと増大が可能になるから。またこの増大により新たな扉が開かれる。 植物は光合成を通じて太陽からのエントロピーが低い光子をため込む。動物は捕食によって低いエントロピーを得る。生体の各細胞には複雑な化学反応網があり、そのなかのいくつもの扉が開閉する事によって低いエントロピー資源の増大が可能になる。生命はエントロピーを増大させる為の様々な過程のネットワーク。 生命は宇宙の他の部分同様、自己組織化された無秩序。 この世界で出来事が生じるのは、あらゆるものがかき混ぜられ、いくつかの秩序ある配列が無数の無秩序な配置へと向かうから。 ごく小さな出来事から極めて複雑な出来事まで、全ての出来事を生じさせているのは、宇宙の始まりの低いエントロピーを糧として増大するエントロピーのダンスなのである。 すべての出来事が過去、現在、未来と順序づけられているわけではなく、「部分的に」順序づけれている。「今」は局所的なもの。 世界の出来事を統べる基本方程式に過去と未来の違いは存在しない。 我々が過去と未来が違うと感じられる理由は、過去の世界が我々の目には「特殊」に映る状態だったから。 時間は質量に近いほうが、速く動いたほうが遅くなる。 時間が流れるリズムは重力場によって決まる。 世界の基本原理には時間も空間もなく、ある物理量から他の物理量へと変わっていく過程があるだけ。そこから確率や関係を計算できる。 時間と言う特別な変数はなく、過去と未来に差はなく、時空もない。それでこの世界を記述する式を書く事ができる。それらの方程式は変数が互いに対して発展していく。 我々から見れば、エントロピーの増大が過去と未来の差を生み出している。 時間と言う変数は重力場の変数の一つでしかないが、私たちの知覚では量子レベルのゆらぎは認識できない。
1投稿日: 2020.02.07
powered by ブクログ「一般相対性理論」と「量子力学」は現代物理学の2つの大きな柱だ。 ところが困ったことに、この両者は互いに噛み合わない理論だということが分かってしまった。 ならば、「一般相対性理論」と「量子論」を融合させた理論(量子重力理論)はないかと考えるのは当然だ。 現在最有力視されている理論は「超ひも理論」だが「ループ量子重力理論」という有力理論もある。 本書の著者(カルロ・ロヴェッリ)は「ループ量子重力理論」に注力している理論物理学者だ。 「超ひも理論」は物理の根本原理として「時間」と「空間」があることを前提としている。 対して、「ループ量子重力理論」では、何かほかの根本原理(ループ?)から「時間」と「空間」が生じたとする。 つまり「時間は存在しない」という仮説が、「ループ量子重力理論」の根本原理となっている。 こういうわけで、本書は物理学的に「時間は存在しない」ということを解説した本ではなく「ループ量子重力理論」の概念を紹介した本だ。 子どもの頃よく「無とは何か?」と考えていた。(真空とか宇宙のはてとか) 現代物理学では「無」という状態が存在し、「無」から「有」という状態に遷移したりする。 ビックバンはそうして起こったと説明されている。よくわからないが、そういうもんかと無理やり納得している。 「ループ量子重力理論」では、「ループ」という要素が集まることで「時間」と「空間」が生まれるらしい。 ならば宇宙の歴史を逆にたどり最後の1つの「ループ」がなくなったらどうなるか? 本当に時間も空間も何もない、宇宙の仕組みを示す方程式もない、"真の無"になるという恐ろしい結果になる。 「ループ量子重力理論」のアイデアはとても斬新でおもしろいが"真の無"は容認できない。 時間については昔から科学者、哲学者、文学者に限らずあらゆる人達が考察してきた。 時間は次元の一つであり、我々は4次元世界に住んでいると言われれば信じてきた。 時間って毎日普通に感じていて物理的にあると思い込んでいる。 物理の超有名な法則 E=MC² の C って光速度のことだ。 1秒間に光が進む距離。ちゃんと時間が関係している。 時間を巡る微妙な議論に登場するのが「記憶」で、脳は過去の記憶を集め、それを使って絶えず未来を予測しようとする仕組みである。 自分に向かって石が飛んできた(過去の記憶)。このままでは大けがをする(未来の予測)。身を守るためによける(現在の行動)。 過去には戻れないので過去は存在しない。もしくは存在していたが消滅した。記録に残すことができるのだから過去はあった。 未来はまだ観察できていないので存在しない。 いつでも存在していて直接感じることができるのは(過去の記憶を含む)今だけだ。 私の結論:我々が生きている宇宙には「時間は存在する!」
18投稿日: 2020.02.02
powered by ブクログ>高さや速度による時間の遅延、現在が存在しないということ、時間と重力場との関係、異なる時間同士の関係が動的であること、基本方程式では時間の方向が認識されないこと、エントロピーとぼやけの関係、これらはすべてきちんと確認されている。 という、物理の基本法則には時間という物はない、ことを説明する本です。正直難しかった。 相対論的時間の話はまあ大体知ってる範囲のことを説明してくれたけど、そのあとの章は分かったふりして読み進めるのが精いっぱいでしたよ。繰り返し読めば多少は理解が進むのかも知れない。でも少し時間を空けたい・・・。 巻末の解説も助けになる。 ニュートン物理学では絶対時間が想定され、 アインシュタインが時間が相対的で伸び縮みするものであることを見出し、 1960年代以降、量子論的に宇宙を説明しようとして時間を含まない方程式が導き出された。つまり >基礎的な物理現象を記述するためには時間変数が必要 「ではない」、という結果が得られた。 >時間の向きが指定できるのは、エントロピーの増大という統計的な変化を考慮に入れた場合に限られる。 >しかし、人間には、過去から未来に向かう時間の流れが、当たり前の事実のように感じられる。その理由は何か。 >人間は、物理現象の根底にある微細な基礎過程を識別できず、統計的な側面だけをぼんやりした視点から眺めるので、一方的な(エントロピーの)変化を感じることになるのだ。 というあたりから更に難解になり、仮説の範疇に足を踏み入れていくことになる。 ロヴェッリによれば、初期宇宙が低エントロピー状態である理由は、われわれが見ているのが、始まりがたまたま低エントロピー状態だったきわめて特殊な宇宙のごく一部で、そのため生命に適した環境を用意できたからだという。 つまり宇宙のほとんどはエントロピー増大則を満たしておらず時間の向きが存在しないが、このあたりのごく狭い範囲ではたまたまエントロピーが増大方向にのみ進むので、時間に向きがあって、時間を認識する生命がいる。と。 …なるほど(?)。 高度に数学的で多くの研究者がひたすら数式をいじり回すだけで終わってしまう最先端の理論物理学を、最前線の物理学者が一般の人間にもわかりやすく(少なくとも数式を使わずに)説明してくれる本でした。
12投稿日: 2020.01.30
powered by ブクログ丁寧な口調で、ときに詩的な表現も用いながらわかりやすく、解説書風にならないように努めていることは伝わりますが、肝心なところで説明が端折られていて、消化不全な印象でした。 邦訳の際につけられたタイトル『時間は存在しない』がより一層なじみのない読者の理解を妨げているという指摘も的を射ているようです。現代は直訳で「時間の順序」とのことです。たしかに、通読した感覚からするとそのほうがしっくりきます。ここに、売るべくして名付けられたインパクト重視の戦略が恨めしいです。
0投稿日: 2020.01.27
powered by ブクログ単一で唯一無二の「時間」は存在しない 世界を「物」ではなく「出来事」(とそのネットワーク) もっと無機質に見ると,エントロピー増大の流れを時間の経過と解釈している. それではエントロピーが低い状態がなぜ最初にあったのか?という疑問は今いる地球,生活が広大な宇宙のサンプルの一つでしかなくて,地球とその周囲の系で閉じた時にたまたまエントロピーは低い状態だったから エネルギーではなくエントロピーが世界を動かす.エネルギーは保存されるが私たちが生活で必要とするエネルギーは「エントロピーが低い」エネルギー じゃあ時間は何か?⇨私たちの精神が構築する今近くしているものと過去の記憶や痕跡をつなげたもの.出来事のネットワーク できればもう一度読み返したい
0投稿日: 2020.01.22
powered by ブクログP97 時間は変化を計測したもの P111 現実の構造は、 この語法(「過去」「現在」「未来」)の前提に なっているものと同じではない。 このような語法は自分たちの作っているものが 正確さに欠け、 この世界の豊かな構造を把握しきれないということに 気づく前に作られたのだ P127 存在するのは出来事と関係だけ P201 死に対する恐れは、進化の手違いのように思える。 … 動物は捕食者が近づくとの本能的に恐怖にかられて逃げようとする。 … 一方で人間は自然淘汰の末に未来を予測する能力を過剰に持つに至った。 結果、避けられない死という見通しと直面することになった。 … そしてこの見通しが引き金となり、 怯えて逃げようとする本能のスイッチが入るのだ。 … 要するにわたしたちが死を恐れるのは、 独立した二つの進化の圧力がたまたまぎこちなく干渉しあっているからなのだ。 これは脳が自動的に誤接続するせいで生じた恐怖であって、 わたしたちの役にも立たず、意味もない。
1投稿日: 2020.01.15
powered by ブクログ現代物理学と哲学とを交えて、とても丁寧かつ論理的に展開してくれるおかげで量子力学などに疎いわたしにもある程度理解しながらついていくことができた。 1回目の読了で3割程度、2回目の読了で7割程度は分かったような気がする(あくまで気がする)。 普遍的な絶対時間なるものは存在しないが、日常では記憶と連続的な予測のつながりの中で、過去から未来への流れを感じる。それが、(その人においてのみ存在する)時間ということか。
2投稿日: 2020.01.14
powered by ブクログ「時間は存在しない」という刺激的なタイトルだが、ここで 言う存在しない時間とは、いつでもどこでも均質で直線的に 絶対的に流れていると我々が普段考えているような時間の ことであり、時間とはもっと複雑で重層的な概念だという のがこの本の結論である。充実し、示唆に富む内容の本では あったが、その意味では少し肩すかしを食らったような印象 が残ったな。 時間と熱あるいはエントロピーの増大との関係という視点は 今後出会うことが多くなるかも知れない。
0投稿日: 2020.01.06
powered by ブクログカルロ・ロヴェッリ(1956年~)は、イタリアのヴェローナ生まれの理論物理学者。現在、世界中の物理学者が構築を目標としている量子論と重力理論を統合した「量子重力理論」において、「超ひも理論」と並ぶ有力候補といわれる「ループ量子重力理論」を主導する一人である。 本書は一般向けの4冊目(邦訳では3冊目)の著作であるが、前著『世の中ががらりと変わって見える物理の本』は物理学書としては異例の世界で100万部超を売り上げ、本書も2017~18年に原書・英訳が刊行されると、2018年のタイム誌のベスト10ノンフィクションに選ばれるなど、主要な新聞の書評で絶賛され、35ヶ国で刊行が予定されているという。 本書は、大きく3つのパートからなっている。第一部では、現代物理学が「時間」について知り得たことを明らかにし、第二部では、第一部で明らかになった「根源的な時間のない世界」はいかに記述されうるのかが探求され、第三部では、「根源的な時間のない世界」に生きる我々にとって、時間の流れが当たり前の事実のように感じられるのはなぜなのかが論じられている。 私は典型的な文系キャリアの人間で、前半のアインシュタインによる重力場の解明あたりまでは、(以前に他の本から得た知識もあり)イメージできたものの、量子論の世界はやはり難解で、付いて行くことが難しかったのだが、著者は、「時の流れは存在しない」という物理学的な結論を示したあとも、物理学の範疇に留まらず、脳科学や近代哲学の分野に踏み込んで、我々の感じる時間とは何なのかを追求しており、その姿勢に引っ張られて、最後まで読み切ることができた。 そして、印象に残ったのは、「この世界は、物ではなく出来事でできている」ということである。時間は、一つでもなく、方向もなく、事物と切っても切り離せず、「今」もなく、連続でもない。しかし、この世界が出来事のネットワークであるという事実に揺らぎはない。時間に様々な限定がある一方で、ひとつだけある明確な事実は、事物は「存在しない」、事物は「起きる」ということである。この極めて難解な学術的帰結と単純に結びつけることが適当とは思えないのだが、我々人間が近年、「モノ」ではなく「コト」に価値を見出すようになりつつあるのは、我々が無意識に「時間」の本質を感じ始めたからなのだろうか。。。? 高度化した科学により「時の流れは存在しない」という物理学的事実が明らかになったとしても、我々の持つ素朴な時間のイメージは、日常の生活には適しているし、我々の生活に影響を与えるのは遠い先のことなのだろう。 しかし、我々が「時の流れ」を感じるという謎が、個人のアイデンティティの謎、意識の謎に交わっているのだとすれば、それはおそらく、物理学、脳科学、哲学に留まらないあらゆる学術分野が交わる、人間にとっての究極の問いになる。 難解ではあるが、関心を持ち続けないわけにはいかない世界である。 (2020年1月了)
4投稿日: 2020.01.03
powered by ブクログレビューはブログにて https://ameblo.jp/w92-3/entry-12562962809.html
0投稿日: 2019.12.29
powered by ブクログ最近「量子論」という言葉をよく聞くが、それはとらえどころのないもので、「揺らぎ」などという、今までの物理法則では理解出来ない世界へと誘われる。 この本もそのとらえどころのない世界がテーマを扱っている。「時間は存在しない」という。そんな目が点になるタイトルに惹かれ読んでみたが・・・。 最終章の「時の起源」を読んで、天才的な能力を持っている著者もある意味、一般人同様、人として生きることに、『記憶。そして、郷愁。わたしたちは、来ないかも知れない未来を切望する。このようにして開かれた空き地ー記憶と期待によって開かれた空き地ーが時間なのだ。それはときには苦悩のもとになるが、結局は途方もない贈り物なのである』という思いを吐露してくれていて、心から安堵感を覚えた。 『本から』 ボルツマンの理解 過去と未来の違いは、運動の基本法則のなかにはない。自然の深遠な原理のなかに存在するわけではないのだ。それは自然な秩序の喪失であり、この結果、状態は個性を失い、特別でなくなる。 ボルツマンは、私たちが世界を曖昧な形で記述するからこそエントロピーが存在するということを示した。エントロピーが、じつは互いに異なっているのに、わたしたちのぼやけた視界ではその違いがわからないような配置の数〔状態数〕を表す量であることを証明したのだ。つまり、熱という概念やエントロピーという概念や過去のエントロピーの方が低いという見方は、自然を近似的、統計的に記述したときにはじめて生じるものなのだ。 最初の問いに戻ることにしよう。「現実」とは何か。何が「存在」しているのか。「この問いは間違っている」というのがその答えだ。この問いは全てを意味し、何ものをも意味しない。なぜなら「現実」という言葉は曖昧で、意味がたくさんあるからだ。 (略) 現代のほとんどの言語では、動詞に「過去」、「現在」、「未来」の活用がある。だがこのような語法は、この世界の現実の時間構造について語るには不向きなのだ。なぜなら現実は、もっと複雑だから。 この世界には変化があり、出来事同士の関係には時間的な構造があって、それらの出来事は断じて幻ではない。出来事は全体的な秩序のもとで起きるのではなく、この世界の片隅で複雑な形で起きる。ただ一つの全体的な順序にもとづいて記述できるようなものではないのだ。 場は、素粒子、重力量子ーむしろ「空間量子」と呼ぶべきかーといった具合に粒のような形で現れる。これらの粒状に振る舞う基本的なものが空間を埋め尽くしているのではなく、これら「空間量」が空間を形作っているのだ。いやむしろ、これらの相互作用のネットワークがこの世界の空間を生み出しているというべきなのだろう。これらは時間のなかに存在しているのではなく、絶えず作用し合っており、その間断ない相互作用によってのみ存在する。そしてこの相互作用こそがこの世界における出来事の発生であり、時間の最小限の基本形態なのだ。時間は、元来方向があるわけではなく一直線でもなく、さらにいえばアインシュタインが研究したなめらかで曲がった幾何学の中で生じるわけでもない。量子は相互作用という振る舞いを通じて、その相互作用においてのみ、さらには相互作用の相手との関係に限って、姿を現す。 ここにある硬い大理石のテーブルも、わたしたちが原子レベルに縮めば、霧のように見えるはずだ。この世界のすべてのものが、近くで見るとぼやける。山は厳密にはどこで終わり、平野はどこから始まるのか。砂漠はどこで終わり、サバンナはどこから始まるのか。わたしたちはこの世界を大まかに切り分け、自分にとって意味がある概念の観点から捉えているが、それらの概念は、あるスケールで「生じている」のだ。 以下、略。
2投稿日: 2019.12.19
powered by ブクログ宇宙全体に共通な「今」は存在しない。すべての出来事が過去・現在・未来と順序付けられているわけではなく、部分的に順序付けられているにすぎない。世界を記述する基本方程式に、過去と未来の違いは存在しない。過去と未来が違うと感じられる理由はただ一つ、過去の世界が私たちのぼやけた目には「特殊」に映る状態だったからだ。エントロピーの増大が私たちのヒトとしての視点からの、この世界の近似の近似なのだ。 いろんなSFって、宇宙に共通の時間が流れているというのが、大前提だったのでは。三体とか、この先どうなるんでしょう。
0投稿日: 2019.12.18
powered by ブクログ興味があったので読んでみた。 仕事疲れの頭で読んだせいか、全然頭に入ってこない。 2ページ読むと寝落ちの繰り返し。 うーん、一旦断念して、長期休暇で時間が確保できる時にじっくりと読み直すことにしよう。
0投稿日: 2019.12.10
powered by ブクログループ量子重力理論のリーダーである、カルロ・ロヴェッリ博士の「時間は存在しない」を読了しました。 最先端の物理学が解き明かす時間の本質。 「この短い人生はさまざまな感情の間断ない叫びにほかならない。感情の叫び、それは美しく輝いている。あるときは苦痛の叫びとなり、あるときは歌となり。そして歌は、時間の認識なのだ。それが、時間だ。」 最後にこう結ぶ著者の生への歓喜。我々のいるのは、エントロピーが増大する極めて特別な世界。極めて狭小な窓からそれを認知した人間の脳に残った過去という痕跡。人間が、記憶を通じて時間を認識するから、四苦八苦が生まれる。という悟り切った結論に止まらないのが、本書の素晴らしいところだと感じ入りました。
1投稿日: 2019.11.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
時間は存在しない 著作者:カルロ・ロヴェッリ 極めて独創的で現代物理学が時間に関する私たちの理解を壊滅させていく様を紹介してます。 タイムライン https://booklog.jp/timeline/users/collabo39698
0投稿日: 2019.11.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
難解な数式は一切出てこないが時間とは何かを熱力学、量子物理学などにより解き明かす。受け入れがたいタイトルだが納得である。
1投稿日: 2019.11.02
powered by ブクログ時間は外から与えられた絶対的なものだと認識していた。カレンダーや時計で計測でき、客観的なものとして自分の生活を管理しているように思っていた。本書は、そんな常識に対して物理学の権威の著書が疑問を呈し、物理学および哲学の観点から時間の認識を考察している。 過去から未来にエントロピーが上がっていると思われるのは、我々が過去のエントロピーが低いという特殊な判断をしたからである。この意味で、過去は物理学では存在せず、現在も定義できない。一瞬は流れ続けるので、我々は現在を泡のような存在で定義している。 特殊な判断で過去を作り、現在を定義したことで、時間という概念を我々は作った。過去から未来への時間の流れを記憶によって繋ぐ事で、人はアイデンティティを手に入れた。過去の出来事を記憶から思い出し、解釈をつけ、今の自分の思考を形成し、未来の選択肢を予想しているのだ。 時間は本来は存在しないし一様に流れるものでは無いが、時間は過去から未来への一方向に流れるというフィクションを人類は共有することで、個人のアイデンティティ、そして集団の意志を形成することに成功した。 物理学の観点だけでなく、哲学の観点からも時間について考察しており、とても面白かった
1投稿日: 2019.10.27
powered by ブクログ題名はシンプルだが、内容はものすごく、深い。 時間とは、常に変化することなく進んでいくものだと思いがちだ。 物理学も、ニュートンの考える、他の影響を全く受けることなく、何もしなくても進む「固定された時間」が存在することを前提に、進められていた。 しかし、どうもそうではないらしいことが、現代物理学において、わかってきた。 時間は、出来事の連続であり、起こっている間に時間の流れを"感じる"ことができる。 すなわち、私たちが考える「時間」とは、主観的な感覚を定量化したものなのだ。 この本では、現代物理学、特にアインシュタインが予想した一般相対性理論を起点に、やがて、プラトン、アリストテレスなどの哲学の分野にまで話が展開されていく。 無学な私でも、わかりやすく説明されていて、また、日本語訳もかなりこなれていて、読みやすい。 ただ、内容としてはかなり難しい上に、実感がわかない。これはおそらく、使っている言語が、過去・現在・未来の時間軸に縛られているからのように思える。 最後に、話は人生観へと繋がる。 自分が信じているもの、特に自分の価値観に関わるようなものが崩れたとき、何を軸に生きていけばよいのか。 思うに、時間という基準があるからこそ安心できていたのだ。 足場を失った今、我々はどうすればよいのだろうかー。 いや、そもそも、最初から足場なんてないのかもしれない。 タイトルに惹かれるものがあるならば、間違いなく読んでみることをお勧めする一冊。
23投稿日: 2019.09.26
