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遺体―震災、津波の果てに―(新潮文庫)
遺体―震災、津波の果てに―(新潮文庫)
石井光太/新潮社
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総合評価

44件)
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    東日本大震災発生後、とある遺体安置所の開設から閉鎖までを定点観測的に取材したルポルタージュ。カメラを通して見る出来事ではなく、その時そこにいた人間の目の前で何が起きていたのかについて詳しく書かれています。

    0
    投稿日: 2025.10.24
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    別の本を読むつもりだったが図書館で貸出中だったため、たまたまこの本を借りる。 震災後、釜石市における被災した遺体についてのノンフィクション。 たまたま今年釜石を訪れていたため、記載されている生々しい状況から復興した今が感慨深かった。 なんの心構えもなく家族との別れを余儀なくされる痛ましさは計り知れないが、今後同様の自然災害がないとも言えず、このような記録は非常に貴重と思う。

    0
    投稿日: 2025.09.01
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    どこかのブックガイドから。結果としての被害の大きさや支援状況、復興の過程などは、受動的であっても、ふとしたときに耳にしたりすることがある。では平時ではあり得ないくらい、桁違いの死亡があった場合、具体的にはどのような不都合が生じるのか。そこに焦点が当てられたのが本作。火葬場も埋葬先もキャパオーバーとなり、対応する人員の数も圧倒的に不足する中、耐え抜き戦い抜いた奮戦記。ともすれば見落としがちな、でも決して知らずに済まされない震災の真実が突き付けられる。

    0
    投稿日: 2024.10.04
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    テレビなどではあまり語られなかった、東日本大震災の犠牲者の方々のご遺体の話。 遺体安置所で奔走する方々、市職員、住職、遺族、消防団員、葬儀社、医師、歯科医師……。 当時の大混乱ぶりが詳細に描かれおり、また犠牲になった方々、ご遺族の方々の苦しみが伝わってきて、涙しながら読んだ部分も多かった。 映画化されていたことや、本書に出てくる職員が不祥事を起こしたことなどを後で知った。知りたくなかった。 石井光太さんの書く文章は、内容の濃さも、取材力も、筆致も凄まじい。他書も読みます。

    1
    投稿日: 2024.02.10
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    高1の夏、東日本大震災により甚大な被害を受けた釜石市に被災地訪問をする際、課題図書として読んだ。 『遺体』というタイトルからもわかる通り、震災のことを生々しく描いたお話だったので、被災者の方々や遺族の方々のことを思うと、胸が締め付けられ、辛い気持ちでいっぱいになった。そんな震災のなかで自分自身も親しい人や家族を亡くしているのにもかかわらず、復興のために必死で働き続けた人々のことを知り、驚いた。 私は3.11のとき、外国に住んでいたため、大地震は経験していないが、海外のニュースでも東日本大震災は大きく取り上げられていて、非常に不安になった記憶がある。実際に被災地を訪れ、震災の傷跡を見たり、被災者の方々からお話を伺う前に、事前学習としてこの本を読んでおいてよかった。

    1
    投稿日: 2021.12.18
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    ニュースでは報じられない悲惨な状態を生々しく伝える1冊。 今後起きる西日本大震災の減災に向け、今を生きる私たちが東日本大地震を教訓とし後世に伝えるべき情報が多く書かれていた。

    1
    投稿日: 2021.11.10
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    ショッキングなタイトルですが、東日本大震災直後の遺体安置所を取り巻く人々を真摯に丁寧に描いた記録です。私自身も真摯な気持ちで読みましたし、人間の暖かさや強さを再認識しました。オススメ!

    3
    投稿日: 2021.10.28
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    津波が来た、人が死んだ、街が壊れた、復興が大変。結局、震災に関してはそれらの断片しか知らなかった。 本書では、震災直後の混乱の中で、必死に何がしかをなそうとした釜石市民の動きと感情、そして被災の無残さをありのままに伝えてくれている。地元民の混乱と無念さと必死さに胸を打たれて、幾度となく涙しながら読んだ。 そしてまた、自分の中では何がしかが起きた時に、本来ならやらなくてもいいことであっても、自分にできることをやろう、自分のことだけでなく他人のことでも、と思った。

    1
    投稿日: 2021.01.16
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    東日本大震災の釜石市における遺体安置所で奮闘する人々を描くノンフィクション。 様々な立場の人が奮闘する姿勢に頭がさがる。自分ならできるだろうか、と何度も考えた。文末の「釜石に生まれてよかった」という言葉には感動した。

    1
    投稿日: 2020.10.22
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    震災直後の岩手県釜石市の遺体安置所で様々な形で遺体と向き合った人々の記録。 これほど読みながら胸が苦しくなるのは初めてかもしれない。途中で読むのをやめようかと思ったが、使命感のような気持ちで読み終えた。 事実のみが淡々と綴られている。だからこそいかに壮絶な現場だったのかが伝わってくる。登場する人物はみな地元の住民であり、彼らもまた被災者なのだ。 もっと早くに読むべきだったのかもしれないが、今更でも報道だけでは知ることができなかった事実に向き合えたことには価値があるはず。 人の尊厳とは何かを示してくれる傑作ノンフィクション。

    1
    投稿日: 2020.06.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    最初に手にした絶対貧困を読んで以来、機会があれば読みたいと思っていた著者の本を手にしたのは本書で2冊目です。 阪神淡路大震災を震源地に近い県内で体験し、震災直後に最も被害の大きかった地域にボランティアとして訪れ、手の空いた時間で近隣を歩き言葉を失った。 戦争を知らない世代ではあるが、戦地とはきっとこんな感じなのだろうと思えるぐらいの衝撃を受けた。 そして2011.3.11。 阪神淡路大震災は発生時間が夜明け前でもあり、夜明けと共に被災状況が明るみになってきたが、東日本大震災は違う。 リアルタイムでTV画面を通して映し出される被害。 世界中が息を止めた迫りくる巨大な津波と飲み込まれていく街。 目を覆いたくなる惨劇が目の前で繰り返された。 本書は甚大な被害をもたらした巨大津波直後の実話。 決してマスコミで報じられなかった現実が克明に記されていた。 説明 内容紹介 あの日、3月11日。三陸の港町釜石は海の底に沈んだ。安置所に運び込まれる多くの遺体。遺された者たちは懸命に身元確認作業にのぞむ。幼い我が子が眼前で津波にのまれた母親。冷たくなった友人……。悲しみの底に引きずり込まれそうになりながらも、犠牲者を家族のもとへ帰したい一心で現実を直視し、死者の尊厳を守り抜く。知られざる震災の真実を描いた渾身のルポルタージュ。 内容(「BOOK」データベースより) あの日、3月11日。三陸の港町釜石は海の底に沈んだ。安置所に運び込まれる多くの遺体。遺された者たちは懸命に身元確認作業にのぞむ。幼い我が子が眼前で津波にのまれた母親。冷たくなった友人…。悲しみの底に引きずり込まれそうになりながらも、犠牲者を家族のもとへ帰したい一心で現実を直視し、死者の尊厳を守り抜く。知られざる震災の真実を描いた渾身のルポルタージュ。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 石井/光太 1977(昭和52)年、東京生れ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

    1
    投稿日: 2020.05.31
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    新型コロナが世界的に流行してるせいか、生死について考える時間も多くなり、長く積読していたこの本をようやく手に取ることが出来ました。 釜石市の遺体安置所で、震災当初から奮闘していただいた様々な方々を時系列に、そしてリレー形式で書かれているので、非常に読みやすい本ではありました。 私自身、母親であるので、やはり子が亡くなるケースは涙無しでは読み進めることができませんでした。 私は被災者ではありません。だからこそ、当時の事を思うと軽々しく感想など言えません。 ただ風化はさせてはいけないと、強く再認識させられました。

    0
    投稿日: 2020.05.06
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    被災直後の遺体にまつわる混沌が、様々な人の立場から書かれたルポ。 市役所の職員、民生委員、僧侶、葬儀社の社員、歯科医など。 小学生の息子が今まさに火葬されようとしているときに、泣きもせず、少し離れたところにいたという母親の気持ちが、痛いほど分かって涙が止まらなかった。 次の3月11日はあの日と同じ金曜日。 震災を知らない子供たちに何をどう伝え、自分はどんな1日にするか、考える材料のひとつになった。

    1
    投稿日: 2020.03.09
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    岩手県庁のサイトにある「いわて震災津波アーカイブ~希望~」というページより。東日本大震災津波による岩手県の被害状況 釜石市 死者数888人、行方不明者数152人。 http://iwate-archive.pref.iwate.jp/higai/ 1人ひとりそれぞれに奪われた人生があった。そして、それぞれの遺体は弔われなければいけない人としての尊厳がある、どんなに被害が大きくても。 弔う人も被災している。親戚や知り合いが被害にあっている。それでも必死になって、遺体を運び、安置し、医師が所見し、遺族を探し、遺族をなだめ、埋葬する。 様々な立場から語られた遺体。被害が身近ではなかった人からみれば、もう過去のことになってしまっているかもしれない311。しかし、現場ではくじけそうになりながら必死に食いしばり、頑張った人々がいたということを決して忘れてはならない。

    1
    投稿日: 2019.12.22
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    感想を言うのがつらいし、申し訳ない気持ちになる。 ただただ頭が下がる。 いつか釜石に行くことで、何か力になりたい。

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    投稿日: 2019.09.19
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    釜石市の遺体安置所で展開された光景を記録した震災ルポルタージュ。遺体の最期を知ることができた。何かもう色々…何の意味を為さないと分かっていても想像力が足りない自分をただ恥じるばかり。

    1
    投稿日: 2019.03.26
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    当時の状況はこういった本や話を聞くことからしかもうわからない。文章で綴られる当時の様子に、感情がかき乱されました。自分の中でも風化させないように、日本全体としても風化しないようにと思うばかりです。

    1
    投稿日: 2019.03.19
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    リアルタイムで読んでおくべきものだったが、遅くなっても読む価値はあった。 当然のことながら、あのように実際に現実に動いていた人たちがいたのである。

    1
    投稿日: 2018.11.04
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    東日本大震災で甚大な被害を受けた三陸の町々。 本書は岩手県釜石市の震災直後の様子を綴ったものである。 中でも「ご遺体」を巡る人々の様子に焦点を当てている。 検視を行った医師たち、ご遺体の搬送に関わった市職員たち、ご遺体の供養のことを考えた僧侶たちなど、あの混乱の中でそれぞれの場所・それぞれの立場でどんなことが起きていたのかを丹念に追いかけている。

    2
    投稿日: 2018.06.10
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    何冊か、東日本大震災に関する書籍は読んで来た。 しかし、今作はタイトルにもある通り「遺体」に焦点を当てた小説であり、未曾有の大震災で溢れた遺体をどう対応するか?その対応だけを淡々と綴っている。 この手の本を読む時は、大体感情的になり、泣いてしまうことが多いのだが、今作は遺体への対応策を淡々と綴っているだけので、悲惨な体験であることは確かなのだが、事実として、しっかりと受け止められるのが、特徴的。 今までは宮城県側のルポを読むことが多かったが、岩手県側でのこれだけの被害もきちんと受け止めていきたいと思う。

    3
    投稿日: 2018.05.07
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    描かれている遺体の凄惨な状態に呆然としながらも、奮闘する人々の様子がリアルで、臨場感に溢れていて、あっという間に読了してしまった。 元葬儀屋の男性が、ご遺体に、今も生きている人に対峙するように話しかける様子が胸を打った。

    1
    投稿日: 2018.03.29
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    29年12月22日読了。 2011年3月11日14時46分。この時間を境に東北の多くの人の運命が変わった。災害死した人。生き残った人。でも生き残っても、死はすぐ隣にあった。家族、親戚、近隣。間近にいた人が一瞬にして死者となった。 そして、その死者を回収搬送し、検案歯科所見し、安置し、火葬する。死者の尊厳を第一に考え、前代未聞の自然災害の事後対応に当たった多くの人々。 復興はなったとも言われているが、未だに行方不明の人、身元不明の人の存在を忘れてはならないと、強く思った。

    1
    投稿日: 2017.12.22
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    一昨日前に叔母が亡くなった。お通夜と告別式にバタバタと出席した後はポカンと心に穴が開いた感じ。終始涙が枯れることがなかったが、それは綺麗にお化粧を施された叔母の顔を見て、生前を思い出すからだった。そんな綺麗なお化粧を施してくれるのが納棺士であり、あの静かで美しい所作が叔母の最期を彩ったのだ。 自分の最期は自分では選びとれない。選びとれない以上、周りの人間がどれだけ気を配れるかが大切となる。本書は劣悪な環境、精神状態ながら、圧倒的なプロ意識で遺体に向き合う職人たちの話である。 本書に描かれる遺体は、叔母のそれとは比べ物にならない程状態が良くない。ただ良くないながらも、手を抜くことなくベストを尽くそうとする職人魂に支えられ、それぞれの形で旅立っていく。そんな様子が描かれている。

    1
    投稿日: 2017.12.04
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    2度目の読了 土葬、火葬についての下りをもう一度読みたくなった。それぞれの生き方、社会貢献の仕方に頭が下がる。

    0
    投稿日: 2016.09.17
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    あれから5年。報道されない闇の部分がここにはありました。闇と言ってはいけないのかもしれませんが日常では到底ありえない現状がここにありました。 誰しもここに登場してくる人物になる可能性があります。もしそうなったとき自分は・・・・っと思いつつ読み進めました。 昨今ではますます、「死」や「遺体」などに接する機会もめっきり少なくなり。しかもイメージも悪くなってきている日本ではありますがここに登場している人たちはとても「死」に対し懸命に向かい合い尊重していました。とてもそこに感銘を受け自分もそうでありたいと思いました。ただたぶん今以上に「死」というものから遠ざけられていく今後の世代に同じようなことを期待していくのは現状ではなにか不安を覚えます。 そんな時代です。この本はとても良いレポートなのではないかと思います。 しかし、このレビューのために「遺体」で検索かけてみましたが結構、面白そうな本が引っかかるんですね。

    0
    投稿日: 2016.01.23
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    東日本大震災を取り上げた、2011年発表のベストセラー。2014年文庫化。2013年には西田敏行主演で映画化された。 震災後の岩手・釜石の遺体安置所をめぐる極限状態を、自ら現地へ入り、地元民生委員、医師、歯科医師、市職員、消防団員、陸上自衛隊、海上保安部員、地元住職、市長らと行動を共にして綴った、壮絶なるルポルタージュであり、マスメディアでは絶対に報道されない、最も凄惨な現場の描写には、なんとも形容しがたい、胸をえぐられるような思いである。 一方で、本書は2012年の講談社ノンフィクション賞にノミネートされたものの、著者の過去の海外ルポの小説的文体を使った手法があまりに「フィクション」的と、立花隆氏や野村進氏らの選考委員から批判を受け、受賞を逃している。特に、野村氏からは「海外ものなら、どんなに作り話を入れてもバレっこないとでも思っているのかなあ。この手法を認めてしまうと、誰も海外取材はしなくていいという結論になってしまいますよ。取材困難な箇所は、全部創作で埋めればいいわけだから」と辛辣な意見が出たという。 私は、2013年に著者の講演会を聞く機会があったが、その若さ(1977年生)ゆえか潜在的な尊大さが見え隠れしていたのも事実であり、ノンフィクション好きであるにも係らず、著者の他の作品には手が伸びない。 ただ、本書が未曽有の大震災において報道されることのない事実の記録として、手に取る価値のある作品であることは間違いないであろう。 (2014年3月了)

    1
    投稿日: 2016.01.11
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    僕の持っていたイメージでは被災者は冷静に対処して大きな混乱もなく海外からも賞賛されているというものだが、この本に書かれている人びとは冷静な人ではない。人びとは変わり果てた町に絶望し、最愛の者を失って泣き叫び、行政への不満を爆発させ、生き残った事を後悔した。普通の反応だ。 自衛隊員、警察官、市役所の職員、医師らは罵声を浴びながらもひたすら自らの職務をした。当然彼らにも気掛かりな家族はいるが自分のことより職務を優先した。こういう自己犠牲の精神で働く無名の公務員は日本の誇れることだと言える。

    0
    投稿日: 2015.12.30
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    本書は、2011年3月に発生した東日本大震災において大きな被害を受けた、釜石市の遺体安置所を舞台にしたルポ。あの日奪われた統計学的な数の命と、この世に残されたおびただしい数の遺体。それらは大きな混乱と悲しみの中で、被災者自身の手によって供養され、葬られた。このことは、大手メディアによって詳しく報道されることはなかった(と思う)。 著者・石井光太は、震災後すぐ遺体安置所に入り、そのあまりに過酷な現実をつぶさに観察した。遺体回収にあたる自衛官や市職員、検体にあたる地元の開業医たち。もちろん彼らが顔見知りの変わり果てた姿に出会うこともしばしばだ。その悲しみは、想像することなど決してできない。 遺体のほとんどは、津波の圧倒的な威力によっては破壊され、徐々に腐敗していく(津波火災による焼死体も多かった)。そんな中で遺体ひとつひとつに声をかけ、遺族に寄り添いつづけたある民生委員の行動は、悲劇の中にあって大きな救いとなった。 関係者の献身的な行為の根っこには「今、自分のできる役割を果たす」という素朴だが、強い信念があった。はたしてその場において、なにができたか?問うほどにただ、胸が締めつけられる。 自然災害によって、突然に命を奪われた人たちの無念ははかりしれない。同時に、残された遺族の悲しみと同化することも不可能だ。僕はあの時、ただ祈ることしかできなかった……。 残念は「念が残る」で、無念は「念が無くなる」。死にゆく人間の想念は消えてしまうが、残された遺族にはさまざまな想いが残る。残念/無念という言葉は、死者とそれを見取る側の関係の相対性を浮かび上がらせる。普段何気なく使っている日本語にも、深い含蓄があるように感じた。 人間は死に直面することではじめて、本当に大切なものを意識する。「メメント・モリ(死を思え)」は、常に死に意識的であることで物事の本質から目をそらしてはいけない、ということ。ある日突然訪れる死に対して、日々を後悔なく生きることは、はたして可能だろうか。 先日、若くして亡くなった先輩の一周忌があった。彼自身、突然に自分の身に降りかかった死に、無念でならなかっただろう。そして残された僕らの心には大きな穴がぽっかりを空いたままだ。 死からは決して、逃げることはできない。だからこそ、ひとつひとつ過ぎていく日常の時間を大切に……そんな当たり前のことを繰り返し、繰り返し、何度でも発見していきたいと願う。本書は、そんな気づきを与えてくれる稀有な書物だといえる。

    0
    投稿日: 2015.07.28
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    面白いかと問われれば決して楽しいお話しでない。 しかし日本人として、現体験として東日本大震災を体験した自分としては読んでよかったと思う。 感じたのは日本人の無私の心意気です。関東圏に住みある部分では正直他人事な部分もあるなかでこうゆうレポートを読むと日本人であることに誇りのようなものを感じます。多分に自分勝手ではありますが。 あのような極限状態のなかでも人のため、社会のため、人の死に真摯に向き合うその個々の人々の自発的行動に誇りを感じます。 ふりかえって自分に出来たことがあったのかもとも思います。強い人間になりたい。日本人の誇りを行動で伝えていきたいと、大袈裟いにいえば思いました。 そして今生きている自分の尊さを再認識しました。

    0
    投稿日: 2015.02.05
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    東日本大震災でたくさんの方が津波被害で亡くなられたが、どのように発見され、身元特定され、火葬まで至ったのか。未曾有の災害で町のあちこちに遺体が散見し、市井の一般人が「遺体が至る所に転がっている」光景を目にするのは先の大戦以降なかったという。 遺体安置所のキャパの問題、遺族の心のケア、混乱の中で誰が取り仕切るのか、弔いとは、身元不明の遺体は… 震災からある程度時間が経たないと語ることができなかったであろう内容。

    0
    投稿日: 2015.01.24
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    東日本大震災の遺体安置所に関わる人たちの話。もし自分の家族や恋人が遺体安置所に寝かせられていたらと考えると、やはり火葬にしたい、早く埋葬してあげたいという気持ちもよくわかった。ただ、いつまでも置いておくと病気が蔓延してしまう恐れがあるという自治体の土葬の言い分もわかったので、火葬場が間に合って全員を火葬することができてよかった。

    0
    投稿日: 2014.10.05
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    東日本大震災でノンフィクション。遺体安置所の体育館での話。実際にそこでしか聞けない体験出来ないことが詳細に書かれている。もし自分がそこにいたらそんなに強くできるだろうか。

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    投稿日: 2014.09.01
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    3年以上が過ぎてやっと読めた1冊。 あの黒い波の下に飲み込まれていったたくさんの命と、そのために奮闘した人たちのことは絶対忘れちゃいけないと思う。 その場にいなかった身としては、そんな陳腐な感想しか述べられないぐらい、圧倒的な現実。

    1
    投稿日: 2014.07.21
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    2014年3月11日、乗換がうまくいかずに立ち寄った駅ナカの本屋で偶然目に留まった一冊。真っ白な表紙に『遺体』の2文字。帯に目を移せば、東日本大震災のルポだとわかった。 この日に見つけたのも何かの縁だろうと思い、その場で購入した。 内容は実に衝撃的だった。ボランティア活動にも行っていなければ、基本的に情報源はラジオという生活を送る我が家ではテレビもあまり見ることがなく。被災地の現場の様子はほとんど目にせず3年間過ごしていた自分。 自分が学ぶ資源やエネルギーの話として、原発については大学でも話題になっていたが、被災地の復興という部分にはほぼ目を向けてこなかった。 大地震とそれに伴う火事、津波。大きな被害と死傷者、大量の土砂やヘドロ、倒壊した家屋、瓦礫の山。写真はなく、数人の当事者のさまざまな視点から、見て感じたこと、当時の実際の動きについて記録されている。 想像するだけでも壮絶な現場。重たい。 でも、この本にかかれていることは、心に刻んでおきたいと思った。 この本を通じて、一人でも多くの人が当時の現場の様子を少しでも知ることができればと思う。

    2
    投稿日: 2014.06.22
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    テレビや新聞だけでは詳しく知ることができない釜石の方達の最期を知ることができました。 遺体に触れるには、正直なところある程度の覚悟や心の準備がいると思うのです。 ただ、あの震災の場では、それらを用意する間もなかったことがよくわかりました。 人の死はたいがい突然やって来るのですが、あまりにも多過ぎました。感情のぶつけようもなかったのだろうと想像するしかありません。

    1
    投稿日: 2014.06.20
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    自らも被災者である関係者たちが、大震災で犠牲となった余りに多くの遺体に戸惑い、悲しみを飲み込み、それでいて尊厳をもって接する姿とその心の内に、尊敬と感謝するばかりであった。 耳に入る身内の遺体を前に慟哭する声を一心に手を動かし耐える姿に、その苦しさが強く胸を打ち涙がこぼれた。 大災害の際は生存者を如何に保護し支援するかに焦点が奪われがちになるが、犠牲者とその親族の対応について国や自治体だけでなくボランティアも含めて備えておかなければならないと強く感じた。 また、僅か1~2キロ先の津波の情報が地域全体に伝わりきっていなかったことにも驚いた。 本書は、3.11を伝えるノンフィクションとして貴重な一冊であると感じたが、一方で小説風のプロローグと下手な情景描写がリアリティーを失わせていた。 似たテーマを扱った作品として日航123便事故を題材とした「墜落遺体」を読んだが、当時の担当刑事の飾らない文章がよりリアルであった。 東日本大震災からの早い復興を祈願するとともに、犠牲となられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

    1
    投稿日: 2014.05.26
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    単行本以来の、再読。 やはり生々しい。石井さんの著作のなかでも、本気の一冊だと思う。被災地をこんなにも近くで見て、書いたものは、ほとんどないのでは。 この本の執筆は、祈りというべき作業であった、と著者はいう。わたしはこんな石井さんの本気さが大好きです。

    0
    投稿日: 2014.05.20
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    震災の犠牲者と一口に言っても、それは単なる数字の積み上げではなく、当然ながら、一人一人がそれぞれの人生を生きていた人々なのだ。 最後の瞬間まで、人間としての尊厳をもって遺体を扱う人々の尽力には、本当に頭が下がります。

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    投稿日: 2014.04.28
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    死者数を数字として並べてみてもそれは実態を伴わない。 ひとつひとつの遺体を目の前にしなければわからない真実というものがあるのだと思う。 遺体と向き合うことは人生と向き合うこと。 世界は不条理。

    0
    投稿日: 2014.04.09
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    所々で涙が止まらず。亡くなった人々を数字で置き換えるだけでは、想像力が止まってしまう。それぞれにそれぞれの人生があったわけで。この本の中に出てくる人々はほんの一握り。それを知るだけでも意味のある行為だと思う。震災を心の片隅にとどめておくためにも是非一読を。

    0
    投稿日: 2014.03.29
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    東日本大震災では多くの死者が出て、心を痛めた。ご遺族、そして被災された方には、心からお見舞い申し上げます。 以下、自分の語彙が少ないため、不適切な言い回しがあるかもしれないこと、予めご容赦を。 人が亡くなれば、お葬式をする。それができない状況ででの対応が、いかに厳しいことだったかが、よくわかった。 数値として出ている被害の規模は表面的なことだと、本作品を読んで改めて感じた。

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    投稿日: 2014.03.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    2011年3月11日14時46分 この日まで、日常が、当たり前に続くと思っていた。 大きな地震が来て、津波をもたらし、多くの犠牲者を生んだ。 その二日後に筆者が釜石市に向かい、地元の人たちの遺体回収現場に立ち会い、話を聞いて記した本書。 映画化にもなったようですが、観に行かなかった。 民生委員、歯科医、内科医、市の職員、自衛隊員、海上保安庁、葬儀会社。 それぞれ被災地の人たちが、自分の町の現状を見つめながら遺体と向き合った三か月の記録。 単行本として刊行されたものが、東日本大震災三年目で文庫化されました。

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    投稿日: 2014.03.21
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    2011年3月11日。40000人が住む釜石を襲った津波は、死者・行方不明者1100人もの犠牲を出した。膨大な犠牲者を前に立ち止まることすら許されなかった人たちの記録です。壮絶すぎて言葉がありません。 石井光太さんのルポルタージュは毎回読むたびに心のここから打ちのめされて、ほかの事が一切手につかなくなってしまうことが多いのであまり万人に勧められるものではないのですが、ここに書かれてあることは震災を経た日本人すべてに読んでいただきたい壮絶な記録です。 内容を簡単に申しますと、釜石市でご遺体の収容、身元確認、葬送に当たった人たちへのインタビューを丁寧に積み上げた一冊です。民生委員。歯科医師とその妻。釜石市職員。陸上自衛隊員…。 彼らの語られる『遺体』の描写が、今もYoutubeなどの動画サイトに生々しいまでに残っている津波の暴力的な破壊力がいったい何をもたらしたのか、ということが痛いほどに伝わってきて、ページをめくる手が時々鈍ってしまったことをここに付け加えておきます。 僕が読んでいて印象に残ったのは総ての医療機器が津波によって流されたときに役遺体の身元判別に立つのは人間の歯形である、ということでした。 『沈まぬ太陽』の中にも遺体を区別するのに歯科医師たちが死臭と線香の臭いでむせ返る体育館の中で歯形を調べる、という場面がありますが、それとほぼ同じ描写が繰り広げられ、中にはあまりの惨たらしい犠牲者の変わり果てた姿や、生後間もない乳飲み子の遺体が遺体安置所となった体育館に運ばれ、横たえられ、駆けつけてきた遺族が遺体の前で慟哭する姿には『絆』ですとか『復興』という言葉がいっぺんに吹き飛んでしまうくらいに生々しく、壮絶なものでした。 さらに、目の前で津波にさらわれ、後日遺体となった肉親と対面しなければならなかったという方の話には本当に今思い出しても胸が詰まりました。筆者は最後のほうで、 『復興とは家屋や道路や防波堤が修復して済む話ではない。人間がそこで起きた悲劇を受け入れ、それを一生涯十字架のように背負って生きていく決意を固めてはじめて進むものなのだ』 という言葉は、あの震災が起きてすぐに、未曾有の現場を体験し、被災した人たちに丹念に寄り添ったからこそ、かける言葉だなと読みながら感じました。 僕は大手メディアが遺体を写さなかったのかについての是非をここで云々するつもりはありません。ただ、この本を読むことによって多くの『死者の声』『声なき声』に耳を傾けていただければ、幸いに思います。

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    投稿日: 2014.03.02
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    東日本大震災から三年が過ぎようとしている。未曾有の大津波に見舞われ、多くの方々が犠牲になった岩手県釜石市。そんな中、決して避けては通れない犠牲者の遺体…このルポルタージュは、犠牲者の一人でも家族の元に帰そうと努力した方々、犠牲者に敬意を払いながら数々の問題に取り組んだ方々を被災者の視点から描いている。 まるで地に這いつくばりながら取材したと思われるルポルタージュであり、あくまでも事実のみを描いているのに強いメッセージが伝わって来るところが凄いと思う。 単行本で読んだのだが、今、再読してみても、行間から溢れ出す多くの方の哀しみや苦悩が迫力を持って伝わってくる。文庫版には著者のあとがきが記載されている。 自分自身、二年間ほど暮らした釜石市であるが、震災の数ヶ月後に訪れ、余りにも変わり果てたマチの姿に愕然としたものだ。

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    投稿日: 2014.03.01