
総合評価
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powered by ブクログ映画「殿、利息でござる!」の原作。映画がよかったので、映画観てしばらくたってから読みました。文章も読みやすく、どんどん読み進められます。こんなかっこいい日本人が、実は市井には、世の中には沢山いるのかも。と誇らしく思いました。すべての日本人に読んで、読みつがれて欲しい一冊です。
0投稿日: 2025.10.04
powered by ブクログ無名の普通の日本人にあった哲学 こんな無垢な精神を持ち 我が身の保身や利益ではなく 地域の人のために全てを投げ出し 全財産を 家族を失う事になっても よしとした市井の人々 気持ちをグッと掴まれた 何が無くても私利私欲に走る現代 お金のある無しで全てを判断する人々 出世の為に人を貶める人 そんなことをみてきた者として 本物とは何かを思い出させた作品 こんなに潔く生きてはいけないが 善とは何か考えて行動したい 3篇共に素晴らしい作品 日本人の心根について考えさせられた 歴史ものだけど一気に読めた
0投稿日: 2025.04.14
powered by ブクログおすすめ。 #教養 #感動 #興味深い 書評 https://naniwoyomu.com/38935/
1投稿日: 2025.01.18
powered by ブクログ映画観ていい人ばかりと思って読んだら映画以上にいい人ばかり。これを読むと世のために自分ができることを考えさせる。
0投稿日: 2025.01.05
powered by ブクログ社長に勧められて読んだ本。江戸時代のあまり知られていない3人の生き様は、私のこれまでの生き方、考え方とはまるで違っていた。功績や名誉を求めず、むしろ隠して世のため人のために尽くす姿勢が潔い。そうした人々に焦点を当て、歴史的資料から詳細に事実を掘り起こして書かれたこの作品が素晴らしいと思う。
0投稿日: 2024.10.22
powered by ブクログ#70奈良県立図書情報館ビブリオバトル「稀」で紹介された本です。 2016.9.17 https://m.facebook.com/events/1690190027973071/
0投稿日: 2024.09.29
powered by ブクログ自分の利益のためではなく、純粋に人のために人生を生きた江戸時代の三人のお話。 伝わった古文書や資料を探し紐解き、こうして伝えてくださる磯田さんに感謝。 おかげで三人の立派な生き方を知ることができました。 穀田屋十三朗さんのご子孫は今でも「先祖が偉いことをしたなどというてはならぬと言われてきた」とおっしゃり、その心を受け継いでおられ、そのことにもとても心打たれます。 宮城県の吉岡宿に行ってみたい。 日本の歴史の中にはこうした無私の日本人がきっとたくさんいて、今の日本が作られているのだろうな。 そしてきっと今もいる立派な無私の日本人たちが次の日本を作っていくことでしょう。
0投稿日: 2024.03.10
powered by ブクログ貧しくとも、人のために何かができる。 貧しくとも、幸せに生きることができる。 日本人のもつ美徳を、教えていただいた。
1投稿日: 2024.01.24
powered by ブクログ涙流さずして読めないような三話でしたが改めて…「この国は豊かになった」のだと思いました。貧しさや悲劇の傍らにある心ある人の心に触れ、心温まる思い出した。何故そこまで他人の為に…自らを犠牲にしてまで…主に忠誠を(この本ではありませんが)誓うことができる? 本作歴史小説ですが、説明がとても丁寧で読みやすく、かつての日本人の心に触れられた気がします。感動です。
4投稿日: 2023.01.23
powered by ブクログ磯田さんの別著作を先に読み、「殿、利息でござる!」を見たあとで本書を読みました。穀田屋十三郎の話は映画の復習の感がありましたが、中根東里、大田垣蓮月の話は、私にとって初めての内容であり、とても心打たれました。藤原正彦の解説に私も同意です。良書です。
1投稿日: 2022.09.10
powered by ブクログ穀田屋十三郎、中根東里、大田垣連月 実在した3人を古文書からわかる事実をもとにストーリー仕立てにして読ませる評伝。 欲を持たず他人のために生きた代表的な3人の話。 とてもじゃないけどマネできないですが、こういう素晴らしい人がいたということを語り継いでいきたいという磯田さんの想いが感じられる本でした。
0投稿日: 2022.09.01
powered by ブクログ私達はこの方たちの未来にある。私は頑張れてますか?社会も大地も変わってしまったけど磯田道史先生は古を掘り起こし人の在り方、大地の棲み方を示してくれてると思いました
1投稿日: 2022.06.27
powered by ブクログ磯田先生ファンなので、ブックオフで見かけて即購入。読み始めたら、おー映画で観た話しだなぁと復習気分で読みすすめると、中根東里、大田垣蓮月と、歴史の教科書には登場しない凄い人物が語られているではないか。 皆んな素晴らしい才能に恵まれながら、欲が無い。蓮月さんに至っては、数々の家族の死という不幸に晒されながらも、世の中の人の為に尽くす姿は正に今時の『神対応』としか言いようがない。 是非コロナ禍が、治ったら京都大学、知恩院を巡りたい。
1投稿日: 2021.12.29
powered by ブクログいい話。金ばかり追い求める今の生活が間違ってると思えてくる。あとがきまで感動する。 普通、歴史小説は後世の創作だろうとか穿った見方をどうしてもしてしまうが、磯田先生の小説の信頼感はすごい。
0投稿日: 2021.08.22
powered by ブクログ本気で何かを成し遂げようとする強い意志、不可能と思われる事を可能に変えるための考え抜く力。 学ばせていただきました。
0投稿日: 2021.08.17
powered by ブクログこれは「ボン書店の幻」に匹敵する名著だと思う。 真の才能に恵まれた人間だからこそ、このような清貧の極限のような思想に至れるのだろうか。 資本主義の限界が見えてきた今こそ読むべき本かもしれない。
1投稿日: 2021.02.13
powered by ブクログ無私の日本人として、穀田屋十三郎、中根桃李、大田垣蓮月の三人が紹介されている。 前書の「武士の家計簿」が歴史として面白く、一個人の成功譚だったのに対して、本書は、現代・未来への問題提起がある。 現代は競争経済で、経済成長しているのに、昔ほど皆の生活は良くなっておらず(生きるには十分ですが)、数%の高所得者に資産が集まっている。そしてお金持ちさえも、お金だけでは、満たされない何かにぶつかっている。日本もGDPが他国に追い抜かれそう。そういった状況に対する日本人が幸せに生きるヒントがあるように思った。 サピエンス全史にもある、人間が想像して作り出したやっかいなもの、神、国、貨幣は、無いと困るけど、争いごとのタネになる。 無私の日本人の3人は、これに囚われず、大きな視点で人生を歩み、葛藤し、そして喜びを得ている。 ①穀田屋十三郎 仙台藩からの重い負担(伝馬役)に苦しむ宿場を、私財を投げ打って助ける。 重い負担は、戦国時代から平安の世になって、余っている武士を食わすために、ひとつの仕事を二重三重、更には細かすぎる分業にする仕組みが、逆に平安の世をねじ曲げて、お百姓を苦しめている。 では、どう宿場を救うかだが、もうひとり重要人物として、菅原屋という人が登場する。この人物は、知恵ものとして、皆から一目置かれている。菅原屋は、金利を取られる方から、取る方への転換を提案する。お殿様にお金を貸して、利子を取って、永続的に宿場を潤そうという、お百姓から投資家への発想の転換。 衝撃的! 何を解決すべきかの課題の設定が、素晴らしい。 お百姓でも、学が備わっている。 そして幾多の苦難の末、村民9人で1000両、今にして、1億3000万円を用意する。お百姓って、サラリーマンより金持ってない?と動揺する。 ただ、これだけだと話がドライすぎて、お上の気持ちを揺さぶることが出来ず、ろくに検討もされず、却下される。(お上の足元を見るとは如何なる所存か!) しかし、却下されても諦めない。 江戸時代は、家意識、家の存続、子々孫々の繁栄こそ最高の価値、先祖を尊ぶ意識が強く、物語の端々にそういった文化が見られる。 この意識に、浅野屋甚平が先祖代々、十三郎と同じ思想で、コツコツと先代から人知れず、お金を蓄え、家全体で慎ましい暮らしを、自らに課して生活しているということが判明する。(この浅野屋と十三郎の関係性が泣けるが、それは本書をお読み下さい) この先祖代々、そして子々孫々までの繁栄、そして個人への見返りを求めないストーリーが合わさり、とうとうお上の心を動かし、宿場を救う。 穀田屋十三郎、菅原屋、浅野屋甚平は、宿場を救っただけでない。自分達が救ったことは、秘密にし、そして集まりでも下座に座ることを、決める。子孫にも同じことを引き継いでいく。要するに、名誉さえ手放してしまう。 無私の日本人、すごい。 ②中根桃李 儒者。詩文の天才。 荻生徂徠に弟子入りし、中国語を操り、師に認められ、名声を得る。しかし、文名が上がるにつれ、彼の心は何故か虚しく落ちていく。 その彼を救ったのが、「孟子」の浩然の気。 物事にとらわれない、おおらかな心持ち。 そして一時の徂徠の虚名に頼り、文明をあげようとした自分を恥じて、作りためられた名文をすべて燃やしてしまう。 その後も幾多の書物をカラクリ人形のごとく読み続けるも、せっかく得た学問では、禄をもらうわけにはいかないと、ろくに士官もしない。 しかし、自分の使命は、人々に説き、自ら行うこととして、「天地万物一体の理」を説く。 天地万物は一物、我でないものはない。 自分にこだわらない。 自分を無にすれば、みんな同じ。 人を育て、戦いをやめる、乱暴しない、いじめをしない、これはちっとも他人事ではなく、自分の病を治しているようなもの。 学問は道に近づくためのもので、四書五経は案内書。ほんとうの価値はその外にあると説く。 この時代の誰もが疑わない真実(四書五行)をひっくり返して、更に広い視点で世界を捉えている。 ③大田垣蓮月 尼僧、歌人、陶芸家。 美しさ、強さ、好奇心から幾多の才能を輝かすが、家族とは辛い別れを繰り返し、尼になるが、美しさゆえに苦しむ。(中盤まで結構長く、ツライ気持ちになる) しかし、苦しみの果てに、自他平等の修業に辿り着く。心に自分と他人の差別をなくする修業。そして、物にこだわらない。 そして、その悟りを得てから、蓮と和歌の陶器を手ぐすねで作りだす。 のちの文人画家の富岡鉄斎との出会い。 そして少年時代の彼との会話、注ぐ愛情には、心揺さぶられる。 自分に必要なものを、必要な分だけ、時代の大きなうねりにも動じず、徹底して自他平等を貫く。 ただ、辞世の歌で「願わくは のちの蓮の花の上に 曇らぬ月をみるよしもがな」と書き残されている。 清らかな生をまっとうしたように見えても、来世は曇らぬ心の月をもちたいと願っていた。 ずっと心の内では、己と戦っていたということ。 もう言葉にならない。 余談ですが、筆者の磯田さんは、古文書ハンターと呼ばれ、小さい頃に古文書に引き込まれ、学校の勉強をほったらかして、古文書を読む為の勉強に邁進される。歴史のことを本当に楽しそうに興奮気味に話されると、こちらまで引き込まれる。とても魅力的な人です。
26投稿日: 2021.02.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
江戸時代、特にその後期は、庶民の輝いた時代である。江戸期の庶民は、親切優しさと言うことでは、この地球上のあらゆる文明が経験したことがないほどの美しさを見せた 心は種である。果てしない未来を開く種である。1粒の種が全山を満開の桜の山に変えるように、心さえしっかりしていれば、驚くほどの奇跡もなし遂げられる 300年、党を組まぬように、しつけられてきたこの国民が、明治になって、政党政治と言うものを、うまく飲み込めなかったのは、至極、当然のことで、それは後々までこの国の政党政治をみすぼらしいものにした 金と言うものは、雪玉に似ている。一旦核になる資金ができると、雪玉が転がるように、金が金を呼び、玉は大きくなっていく 江戸時代、特にその後期は、庶民の輝いた時代である。江戸期の庶民は、親切、優しさと言う事では、この地球上のあらゆる文明が経験したことがないほどの美しさを見せた 本当に大きな人間と言うのは、世間的にえらくならずとも金を儲けずとも、ほんの少しでも良い、濁ったものを清らかな方に変える浄化の力を宿らせた人である。この国の歴史の中で、私は、そういう大きな人間を確かに目撃した。その確信を持って、私は、この本を書いた
1投稿日: 2021.01.06
powered by ブクログ中編「穀田屋十三郎」「中根東里」「大田垣蓮月」の3作品所収 「穀田屋十三郎」は最近、映画「殿、利息でござる!」になっている この中編も感動したけれども、「中根東里」に強く惹かれた 中根東里 天才詩人と言われていても(当時、江戸時代は漢詩であるが)後世に名を知られず 作品がほとんど遺されていず、生涯もあまりわかっていない人らしい 作者の磯田さん「じゃあ、どうやって調べて、書くのか?」 という疑問がわくが、文学研究者で社会経済史的な史料を読みこなす術にたけた方 『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』 と、これも映画でブレイク「武士の家計簿」の原作者でもあり 司馬遼太郎さんの史観とはまた一味違う、どちらかと言えば山本周五郎さんに近い この3編をまとめて「無私の日本人」としているところが 性善説に富んだ史観から書いていらっしゃると思う さて 「中根東里」という儒者の人物像 書物が好きで朝から晩まで寝食忘れて読んでいる人 貧なるが故、小坊主としてお寺に出される そこで成長したが好奇心旺盛な彼は 漢詩を極めるため唐音(中国語)を学びたいとて京都黄檗山万福寺に行く (余談だが、わが家はこの黄檗宗の宗派、親近感を持ったけれど) 彼は初期の目的、中国語はすぐ上達したが 禅宗とは「禅の心は行住坐臥のふるまいに宿る」で書見を禁じる場所 書物からも学びたい彼は失望し、そこも離れる (えええっ、わたしも興を削がれた、というのはどうでもいいが) 江戸にもどって「荻生徂徠」なる博識・文章家の評判を聞く そしてそこでもかれは失望するのだ、紆余曲折があって 書物を読みに読み ついに道をさとるというか、今でいう哲学を知るのである 磯田さんの文章による東里の到達したことは 「みなさん、書物には読み方というものがあります。書を読む人は、読む前に、まず大どころは、どこかを考え、そこをきちんと読むことを心掛けてください。(後略)・・・みなさんは道を得るために、まっしぐらに、書物のなかの大切なところをみつけて読んでいかなくてはなりません・・・」 書物は解説を解いていくのではなくみつけるもの、言うなれば書物は読まなくてもいいくらい 「天地万物一体」がわかればいいらしい なんか、わたしもこう書いてきてわかったようなわからないような(笑
4投稿日: 2020.02.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
穀田屋の末裔を探す番組を見て興味を持った。現代まで「何も驕らず、高ぶらず、地道に暮らせ」を守った末裔は、本当に素晴らしいなと。 本を読んで、そのひたむきな姿に心を打たれた。映画も見てみたい。
1投稿日: 2019.09.09
powered by ブクログ個人資産を投げ出して袋井用水を三代にわたって完成させた楠藤家の行動はすばらしいと思いながら、充分理解できなかった。江戸時代には家の繁栄こそ最高の価値という宗教があった。この宗教は仏ではなく先祖教であり、子孫教であった。江戸時代は庶民までこの国民教に入信していた。村の幸せと繁栄を願う楠藤家の行動はこれだとこの本を読んで知った。(Uno)
1投稿日: 2019.08.22
powered by ブクログ私は気に入った文章がある時はページの隅を小さく折るのだが、本作は最近の中で最も多くの端折りがあった作品である。所々で出てくる作者の歴史観に興味を引かれ、かつ日本人の本質、何より日本史を知ることの最も面白い部分を再認識させてくれた。 ただ、1つの作品としては、前半の『穀田屋〜』と後半の2作の色合いが大きく違いすぎるように思える。前者は映画になっただけあって、ストーリーに大きな魅力があり、その中で私欲のない日本人が描かれる。一方で、後者はある種、特異な人物の一生を淡々と描くもので、タイトルに合致しているのはこちらだが、少し退屈に感じられ、その特異性に感情が寄せきれない感じがした。
1投稿日: 2019.07.31
powered by ブクログあっぱれな人がたくさん登場します。慈愛に満ちているのか、それともただの怖いもの知らずかは定かではありますが、大変素晴らしい人々です。映画館には思わず何度も足を運びました。本が苦手な方はぜひそちらからでも観賞していただければと思います。
3投稿日: 2019.07.23
powered by ブクログ時代背景などきちんと教えながら書いてくれているけれど、それでも私には読むのに時間のかかる難しい感じのお話でした。 興味を持ったのは「穀田屋十三郎」 読みやすくと感じたのは「大田垣蓮月」でした。
1投稿日: 2019.07.05
powered by ブクログかつて実際した日本人で私利私欲を捨てて、ひたすら人のために活動した人達の物語。 3人紹介されてますが、一番有名なのは穀田屋十三郎のエピソードだと思います。 私は観てませんが「殿、利息でござる!」というタイトルで映画化されています。 予告編だとひたすらテンション高めの音楽で楽しげな雰囲気を醸し出してますが、原作は悲壮感漂ってます。 仙台藩の吉岡宿はこれと言った特産もなく、米作と宿街の収益によって細々と生活していた。 時代は江戸時代。 参勤交代の莫大な費用負担によって農民の生活は苦しく、さらに夫役によって疲弊していた。 仙台藩は救済のため公的補助的なものを出したが、吉岡宿は家老に与えたれた土地のためそれも望めなかった。 このままでは孫の代には吉岡宿は滅ぶ。 穀田屋十三郎は危機感に押しつぶされそうになっていた。 その救済策が、藩にお金を貸し付けることで利子収益をもらい、村人に配布すると言うことだった。 厳格な身分制度がある江戸時代なので、殿を騙す(というか、会うこともできない)なんてことはせず、代官経由で申請する形式です。 それでも大変(武士は事なかれ主義なので)なんですが、心ある代官に恵まれ計画は進みます。 しかし、肝心な資金集めはまさに命がけ。 出資者は店の蓄えから、家財、衣類、家族まで抵当に入れて資金を集めます。 足りない資金を貸してくれる商人に交渉する際には、断られたら腹を切る覚悟で死装束まで着て臨みます。 楽しげな雰囲気を出さないと映画として成立しませんが、彼らの崇高で鬼気迫る理念と決意はぜひとも原作で味わうべきです。 眠くて感想がまとまらないです。
1投稿日: 2019.03.31
powered by ブクログ日本人をよく知ろうシリーズ。教科書に載ったりするような人ではないけれど、地域のため、人のため、国のために尽力した3人の史実を描いたもの。伊達藩吉野宿の極貧の民を救うべく、全財産を投げ打って資金を集め、藩に貸し付け、金利を取るという前代未聞の策を実現した穀田屋十三郎。このエピソードは映画化もされている。史上最高の儒者、詩文家と言われた中根東里。西郷の江戸攻めの際、自重をもたらした影の張本人と言われる大田垣蓮月。なんでも金で解決しようとしたり、成長のみが成功であり幸福であるという価値観や強迫観念。このままではもう保たないというぼんやりとした懸念を持っている所に、こう行った無私、憐憫の情、献身、謙虚と行った美徳を示されると、なんだか安心する。
1投稿日: 2019.03.21
powered by ブクログ話はもちろんとても感動でき、公のためにこれほど尽くせる人が昔の日本にいたことをとても誇らしく思えた。 また、江戸時代の価値観(磯田さんは先祖、子孫を最も尊ぶ一種の宗教と呼んだ)も知ることができ勉強になった。
1投稿日: 2019.03.06
powered by ブクログ多分、小説の範疇 映画タイトルのインパクトが大きすぎて思わず手にとったものの、積読になっておりました。 小説の文体としてはいささかひっかかるところがないわけでもないのだが、素直な筆致で読み進んでしまう。 淡々と描かれてゆく光景に、あるとき突然ぐっと胸を掴まれてしまう。喉がつまり、あふれるものを必死でこらえなければいけない。人々のなんの気ない行動に心揺さぶられる。 積読にしておくにはもったいない作品でした。いや、もしかして今読んだからこそ良かったのかもしれませんが。
1投稿日: 2019.01.20
powered by ブクログ穀田屋十三郎、中根東里、太田垣蓮月。 タイトルどおり「私」を捨てて民のために事を成した人たちの物語。 すごかった。ただただスゴカッタ。 なれないけど、少しでもこうありたい。 ありがとう。
1投稿日: 2018.12.31
powered by ブクログ2018.12.7読了(図書館) ☆4.2 映画の存在は知っていたが、題名からしてふざけたコメディ映画なのかと思い見ていなかったが、実話だと知ってびっくり。 映画も見てみたいと思った。 利己的な自分を見直すきっかけをくれる一冊。
1投稿日: 2018.12.07
powered by ブクログ実写映画化したタイトルは「殿、利息でござる!」って なんてひどいタイトルだと思っていた… 小説のタイトルそのまま使えばいいのに。なんでかね キャッチーだったとでも思ったのかね。 まぁいいけど。 映画見たけど。 映画面白かったけど。 私は小説のほうがやっぱりいいなーと思ってしまった 宮城県黒川郡大和町吉岡であった実話で 著者は涙涙で古文書を読んだそうだ。 こんな風に本や映画で取り上げられなかったら 地元の人しか知らなかったんではないかと思ってしまう 著者の磯田道史氏に、良く描いた!でかした!!!と言いたい。 本は読んだ後スッキリするし 映画は観た後スッキリする。
2投稿日: 2018.08.31
powered by ブクログ持っていかれるばかりで、日々貧しくなっていく宿場町。 それをどうにかせんと、立ち上がった人達。 自分のためではなく、子供達のため ひいてはほかの人達のため。 必死になってお金をかき集め、どうにか生活の基盤を 立て直そうとする姿がすごいです。 一体何をどうそこまで駆り立たせるものがあるのか。 そもそもここまで頑張れるのか。 しかもその後、子孫がそれを利用しないように…まで 考えるのもすごいです。 そんな真実あった話が、後2話。 男性と女性、の話ですが、どこまでも澄みやかに 生きて行こうとする姿は、見習わねば、と思わせます。 とはいえ、ここまで他者を思いやり 悟って生きていくには、煩悩がありすぎます…。
2投稿日: 2018.07.17
powered by ブクログ邦画の原作として、主人公1人の人生譚を期待して読み始めました。ひとつつまづいた点は、歴史物に読み慣れておらず漢字は難しく感じました。しかし、大志を胸に仲間を作り駆け上がる桃太郎っぽい興奮で、分量はちょうど、半分くらいでしたが一気に読み切りました。評伝として注釈が丁寧なので、理解しやすいです。めでたしとなることが分かっていましたが、苦難に直面する場面ではぐっと胸が苦しくなりました。日本人として、多大な勇気が貰えます。作家の人間愛や知識が伝わる書きっぷりで、胸に深く熱く、奇跡と希望の伝説が刻まれます。残り2人の人生の物語も楽しみです。
1投稿日: 2018.05.03
powered by ブクログ純粋に感動する。特に第1章。無私。凄すぎる。こんな日本人がいることを知ってほしい。そして誇りに思います。※映画版は、CMみるかぎり、コメディタッチになっていると思われる。ノンフィクションとして読むなら文庫が良いかと思います。
2投稿日: 2018.02.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
著者は、江戸期に生きた、世にあまり知られていない穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月という3人の生き方を、あまり残されていない史料を繋ぎ再現してくれた。 動機は、日本人ならではの清い生き方を、自らの子どもや、未来の人たちに伝えたいと思ったからだそうだ。 最初の穀田屋十三郎は、映画「殿、利息でござる」を観たので、ここを読むのは省略してしまった。本当は、原作と映画でそれぞれ味わってみるというのがよいとも思うのですが。 余談だが、著者もこの映画に出演しているとの事だが、それをあとから知ったので全く気がつかなかった。 二つ目の中根東里については、彼の清貧な生き方よりも、その師であった荻生徂徠の悪徳ぶりのほうが印象に残った。歴史の教科書では、偉人の一人として称えられているが、本書を読むとクソ野郎としか思えない(笑)。磯田氏が教科書に書かれていない本当の歴史を追究されている意味がよくわかる。 三つめ、大田垣蓮月の生き方もまさに無私の歌人であり、陶芸家だ。晩年、陶芸を通じて富岡鉄舟を育てた。鉄舟は西郷とも関係が深い。 少なからず、その人格形成に影響を与えたことからすると、彼女は幕末の流れに影響を与えた女性であると言えると思う。
5投稿日: 2018.01.29
powered by ブクログ不勉強な為、知らない言葉や表現が多く、細かい描写やその時代を把握することができないこともあった。 勿体ない。 読後の感想だが、これは歴史書であるのだろう。3人の生き方に感じるものがある人もいれば、時代に興味を持つ人もいるだろうな、と。 私は日本人ってなんだろう、と、思った。日本に生きているけど日本のことは知らないって、有名な歌のようだけども、自分の子どもに伝えられるものはないな。 最近は日本はすごいってバラエティは多くて好きじゃないが、日本は好きだ。日本人の自分が子どもや孫に残したいものは、日本人らしさかもしれないと考えている。
1投稿日: 2018.01.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
こちらも映画化原作ということで、読みました。 相変わらずのミーハー。 歴史ものも久しぶりだったけれど、昔も税金ってのは苦しみの一つなんだと実感。今は使われ方にものを申せるけど、いわれるがままだったんだね。そこを知恵と「覚悟」で乗り換える彼らに心あらわれました。 自分も覚悟を持って・・・お小遣い貯めようかな。コンビニ買い食い減らして(笑)
1投稿日: 2018.01.01
powered by ブクログ磯田さんの哲学ですね。司馬さんのように、どうしても伝えたい思想を乗せる。それが端的に『無私』なのでしょう。
1投稿日: 2017.10.23
powered by ブクログ映画化というミーハーな購入動機ではあったが、良い作品と巡り合えた。「穀田屋十三郎」の舞台は、あと100年後には幕府が瓦解するという江戸中期の話。それは現代の政治不信をいかんともし難いと思う中で生きるのと同じだと思う。無私、滅私という日本人の美徳に感動できることは幸いだ。古文書を原文で読んで涙できる著者が羨ましい。ぜひ他の著作も読んでいきたい。
1投稿日: 2017.08.19無私とは・・
穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月という3人が題材に取り上げられています。この本を読むまでは皆さん知りませんでした。いずれも壮絶な人生を送った方々です。 さてここで「無私」ですが、私自身は滅私奉公のような、己を犠牲にして世の役に立つというイメージを持って読み始めました。穀田屋十三郎は、確かにその通りです。しかし、中根東里、大田垣蓮月はどうか。「私欲」から連想される、名誉欲や権力欲、金銭欲は本当になかった点で同じです。しかし、表だって広く世の役に立とうという行動も皆無です。すなわち、自分が本当の自分であることを貫く姿勢を見ていると、「私」が「無」いという無私とは対極なんですね。そういった意味では、中根東里、大田垣蓮月に対しては強烈な「私」を感じました。 素晴らしい本です。
0投稿日: 2017.08.16無私のこころ
本書には3人の人物に焦点をあてて3章だてで物語が書かれています。 第1章は「殿、利息でござる」で映画化もされています。 私は映画がすきなのでこの1章目当てで読み始めましたのですが、2章と3章の人物もすばらしくとても感動しました。 おすすめです。
0投稿日: 2017.07.23
powered by ブクログ中学時代にお世話になった、塾の先生と私が大人になり子を持つ親になっても、たまに酒を飲みながら近況を話し合う。恩師も本が好きで、読書の話になったりするのだが、その時に進めていただいた一冊。 最初「本を読むにも自分の経験、知識がいるなぁ」と入りにくいところもあったが、志高い生き様に触れ、集中し読み進む。巻末の作者あとがきも胸に来る。「今の日本人に昔の偉人の話を届けることで、日本の良さを再認識し、より良い日本人になってもらいたい」はい、日本人の良さを再認識し、私も「無私」を心がけようと。 江戸時代、歴史の教科書にこそ出て来ないが、高い志を持ち「無私」の心で、時代を突き進んだ人を、残っている情報を頼りに現代に復活させた一冊。三話収録。 藩に金を貸し、利子で村を復興させようとする穀田屋十三郎 学者中根東里 表現家大田垣蓮月 このころの藩の仕事っぷりがよく分かる。ここまで庶民や武士の生活を細かく読めるのは珍しい書物だなぁ。 【学】 苗字帯刀を許され、自分たちがさせない傘をさせる家柄という、ただそれだけのことで崇めている。本当に偉いのは、苗字が無くとも、刀が無くとも、民の方を向いて奔走する村役人であろうに。 領内の産物を藩が売るか、民が売るか。畿内周辺は民衆が売ってしまうが、東北や九州は江戸や大阪が遠いので民では運びにくく、藩がその産物を買い上げて都会に売る。だから、東北や九州は藩が強い。幕末に薩摩や土佐が富強であった理由はここにある。 近代的品種改良の無い時代、元来あたたかい国の植物である米を東北で栽培するのに無理があった。しかもそれを主食とし、藩の専売特許にして利益を民に落とさなかったので、民衆は飢饉の年には餓死者が出て衰えた。古代中世産金・産馬で豊かだった陸奥の地は江戸時代の米のせいでおとしめられた。 昭和になり、原子力発電所の立地で、東京に送られるのが、米から電気に変わった。
1投稿日: 2017.06.19
powered by ブクログ近年、海外から見て日本は凄いという自画自賛のバラエティ番組がよく放送されているが、こういう歴史の中、生活で苦しかろうが心は貧しさにあえぐことなく、清廉な生き方を貫いてきた人たちを取り上げてほしいと思った。 そのほうが学ぶことが多いと思うぐらい、本当の意味での豊かさを知る人たちの物語。 歴史に埋もれていてもきちんと文献として残されていたことが素晴らしい。 これからのためにも磯田さんには古文書ハンターとして古文書を発掘し、歴史を活かし続けてほしい。 『ゴロウ・デラックス』 #205:2016年5月12日放送分
1投稿日: 2017.03.23
powered by ブクログあなたは何のために生きるのですか?と問われる内容。 今の自分は家族もいるし、仕事も趣味も色々あるので、今の人生を犠牲にしてまでもとは思えないのだが、ここに描かれている人たちは、葛藤が無かったのであろうか?歴史的資料を大切にするのは分かるが、彼らの持つ葛藤をもっと描いてもらっても良い様に思ったりもする。
1投稿日: 2017.01.16
powered by ブクログ仙台藩吉岡宿の窮乏を救った穀田家十三郎、儒者中根東里、歌人大田垣蓮月の足跡を描いた小説(!!) 『武士の家計簿』は、学術書ではないけれども、学者が自分の研究成果を一般読者向けに啓蒙する、いわば新書文体。 だから、正直びっくりした。 学者先生が小説に手を染めるとは、と。 どちらかといえば、小説仕立てではないものを読みたかった。 たとえ読みやすさが犠牲になるとしても、だ。 これだけの興味深い人たちなのだし、磯田さんの力なら、歴史を語る新書文体でも、十分にその魅力が伝えられるはず。 その人たちの書き残した数少ない資料も、もっとたくさん引用して、私たち読者が向き合える余地をもっと残しておいてほしかった。
1投稿日: 2017.01.03
powered by ブクログ良書。 作者は、ほんと良い題材に注目し、広く世間に紹介してくれる。 正に無私の日本人。江戸時代は絶妙なバランスを取っており、偉人を生み出したのだろう。お金が無くても、どうにかかる時代だったんだと感じる。帰って現代の方が全てお金でが必要で、暮らしにくい、弱者に厳しい世の中になってしまっているように感じる。
1投稿日: 2016.12.10
powered by ブクログ穀田屋十三郎 中根東里 大田垣蓮月 江戸時代に生きた、後世にはあまり知られていない偉人の伝記。最初の吉岡宿を救おうと千両集めに奔走し、次々と賛同者の心を動かしていくのはドラマ感があって一番良かった。当時の価値観や、町民と武士についてなど、著者による解説が挟まれていて、彼らの「凄さ」がより分かりやすく感じられる。 最後の方は小説というより、歴史資料の現代語訳といった感じだったけれど(歴史小説ってこういうものなのかしら)、清廉な人々の人生を垣間見られた。こういう、地位もお金もなくても、己の道に従って突き進んでいけば、輝いて生きていけるのだなという、その生き様を見ました。
1投稿日: 2016.11.16
powered by ブクログ磯田先生の小説は歴史上の事実が散りばめられていて、まるで司馬遼太郎の小説のよう。ストーリーはまあまあ面白いが、やはり小説というよりはノンフィクションのテイスト。このストーリーがなぜあのコメディータッチの映画になるのか分からない。しかし、志の高い日本人を知ることができ、少し日本人であることを誇りに思うことができた。
1投稿日: 2016.11.15
powered by ブクログ実話だからビックリ。日本にこんな立派な人たちが昔いたんだなあ。それも東北の小さな村に。私もちゃんと生きねば。
1投稿日: 2016.11.11タイトルが総てを物語ります
タイトル通りの内容で、面白かった映画「殿、利息でござる」。その原作本とのことですが、ちょっと趣は異なりました。穀田屋十三郎に阿部サダヲの顔が被ることはありません。 この本は、一人だけの話ではなく、穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月という、三人の人物を語り尽くした一冊です。この内、私は中根東里の名だけは聞いたことがありましたけれど、その詳細はまったく存じ上げませんでした。この本は、歴史書であり、分類上もノンフィクションで整理されているとおり小説ではありませんけれど、小説風に書かれているので、大変読みやすいですよ。 「武士の家計簿」から10年あまり後に書かれたと、あとがきにありましたが、「武士の…」の時は、さほど意識しませんでしたが、磯田道史の文学的素養も、なかなかのモノだと思います。 その「武士の…」のあと、読者から届いた手紙がきっかけで、穀田屋十三郎の調査に入ったとのこと。地方に住むアマチュア歴史家は、埋もれた歴史の発掘者であり、代弁者なのですね。 内容は、先に書きましたとおり小説風に進みますが、そこは磯田道史なのです。BSプレミアムでMCを務めている看板番組と同じように、興が乗ってくると、彼の歴史観、文化観が、ほとばしってくるようで、熱を帯びた筆致にかわります。興奮気味に筆を進めている感じに、読んでいるこちらもワクワクするというもの。 一貫してその心情にあるのは、経済成長に本当の幸せがあるのか?ということでしょう。彼はあとがきの中でこんなことを書いてます。「地球上のどこよりも、落とした財布が戻ってくるこの国。こういうことはGDPの競争よりも、なによりも大切なことではないか。」そして、「あの人は清濁あわせ飲むところがあって、人物が大きかった」というのは、まちがっている。と言い切ります。 確かに、藤原正彦氏が「解説」で書かれているとおり、幕末維新の頃に来日した多くの欧米人は、「日本人は貧しい。しかし幸福そうだ。」と言いました。今の世の中、何か忘れちゃぁいませんか?と言うわけです。 古文書を自在に読み解き、それをまさに、俯瞰した目で見ることが出来る磯田道史という、歴史学者の枠を飛び越えた気鋭の人物から、これからも目が離せないと思っています。
12投稿日: 2016.11.07無私の日本人
読後、しばらくはこの世的なことや唯物的なことは考えたくない気分でした。非常に感動しました。こんな人たちが本当に実在したのだ。日本人として誇りに感じます。あ~~~久しぶりに良い本に出会った!
2投稿日: 2016.10.21
powered by ブクログ自分のことより人の為にという精神、日本人の誇りとして失いたくないと思った。 あとがきを読んで、この本を書いた磯田さんの熱い気持ちが伝わってきた。
1投稿日: 2016.10.16
powered by ブクログ映画『殿利息でござる』を見損ねたので、原作を購入。 映画を見てないのでCMの情報だけになるが、あんなコミカルな感じではなく、原作は江戸から明治にかけて人を思い、命をかけて生き抜いた人々の生き様が書かれていた。 ラストは皆報われて本当によかった。 昔の人の考え方や、生き方はかっこいい。 人の想いは人を動かす。人の心を動かすのも人。
1投稿日: 2016.09.22
powered by ブクログ教科書にも載らない無心を美徳とした日本人のあるべき姿を三人の主人公で追っていく。こういう人が居たということすら知らない人が多いのではないだろうか。
1投稿日: 2016.09.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ジャケ買いをしたが、内容は映画のような感じではなかった。昔の日本人が如何に無私であったかを説明した本。ただ、こういう高名な心をもった人の日記等の記録が少ないとなかなか背景を学べないところが寂しい。
1投稿日: 2016.09.15
powered by ブクログ江戸時代に生きた無名の3人にスポットをあてた一冊。小説風だが、ノンフィクションともいえる。どの話も最後は感動。こんな素敵な日本人を忘れてはいけない。
1投稿日: 2016.08.30
powered by ブクログ映画を先に観たが、本そのまんまなんだ・・。これが実話であることに驚きと感動を禁じ得ない。著者が泣きながら書いたとあるが、それもよくわかる。人生が変わる。
1投稿日: 2016.08.27
powered by ブクログ歴史に埋もれた、無名の実在した庶民のお話。 穀田屋十三郎 中根東里 大田垣蓮月 元来、日本人が持つ美徳が描かれている。 グローバル社会が進むにつれ、こういった美徳が風化してゆくのは、やはり偲びないな。 後世に残したい一冊。 久しぶりに☆5付けたい。
1投稿日: 2016.07.09
powered by ブクログ映画化(殿、利息でござる!)された「穀田屋十三郎」は、町のために偉業を成し遂げたにもかかわらず決して驕らずに生きた人々の心の清らかさに引き込まれたけれど、個人的には二番目に収録されている「中江東里」が印象に残る作品だった。 唐音を学び、経典を読破し、この世にあるものを全て学びつくしたいというような探究心の深さが魅力的だが、書物の解せない個所を何年も(ある日解がひらめく)まで覚えているという、粘り強い学びの姿勢(というよりもはやこれは性分なのかもしれないが)にも驚嘆した。 荻生徂徠に入門し、一時は自分の文名をあげる喜びにおぼれそうになりながら、「技をもって道とし、道をもって技となす」という細井広沢の生き方に触れ、再び純粋に(己に役立てるために技を身につけるのではなく)学問を究めていく姿勢も、最後に遺したものは姪のための著作であったというのも、東里の哲学を体現したようで、ああなんてかっこいいのだろうと思ってしまう。ただ、それでもなお、己を恥じて燃やしてしまったという詩文が遺されていたらぜひ読んでみたかったという欲望は抑えきれない。 東里のような生き方をしたいが、とてもここまでは、と自分の意志の弱さと引き比べてくじけそうになるけれど、せめて「自分なりの大きさの玉をこころのなかで磨いていく」というつとめだけはおろそかにせぬように生きていきたい。
2投稿日: 2016.06.26
powered by ブクログ表題作も興味深い内容だったが、中根東里や大田垣蓮月のような一般的に知られていない人物を取り上げたのが素晴らしい。
1投稿日: 2016.06.25
powered by ブクログ有名な歴史的人物ではないが、すばらしい志をもった日本人三人の話。いい話だがなぜか心打たれなかった。素材の問題か中身の問題かはわからないが、軽すぎてなじめない。 最初の「穀田屋十三郎」の話は、「浅野屋甚内」という人物のほうがもっと知りたいと思った。
1投稿日: 2016.06.17
powered by ブクログ今の時代のお金の話と通ずるところがあり 納得しながら読みやすい。 しかし昔の人の息を感じられる作品
1投稿日: 2016.06.07
powered by ブクログちょっとした縁で、映画「殿、利息でござる!」を観ました。笑いあり、涙ありの素晴らしい映画です。余韻に浸ったまま原作も読みたいと思い、すぐにこの本を買いました。もちろん一気読み。映画とは異なる点が多々あり、拍子抜けした部分もありますが、映画では分かりにくかった部分が詳しく書いてあり、宮城県出身としては読んでよかったと思います。 ちなみに、この本は3人の人物に焦点を当てた実話で、映画の原作となった穀田屋十三郎さんの話のほか、中根東里さん、大田垣蓮月さんの話が収録されています。
1投稿日: 2016.06.04
powered by ブクログBS歴史館で著者のことは存じておりましたが、著作を読むのは初めてでした。 3編とも、日本人の良さがわかり大変勉強になりました。 話の途中に出てくるトリビア的な事柄が、流れが中断されるとの評もありますが、私には勉強になり良かったです。 未読の「武士の家計簿」も読んでみようと思います。 *読点が、多いのが気になりました。こんなに文節で 区切らないといけないのでしょうか…。
2投稿日: 2016.06.03
powered by ブクログ5月14日に公開された映画「殿、利息でござる!」の原作(「穀田屋十三郎」)を収録した文庫本、FBの友だちが話題にしていたので、興味津々で手にしました。 江戸時代から明治にかけて生きた歴史上では無名な3人の生き様を追った物語、とても面白く読みました。 ここまで自分の信念や他人に対する思いやりをもつことができるのはなぜか、とても考えさせられました。すべてが競争第一主義のような現代において、どうやってその力を身につけるのか。話しを振り返りながら、自分に問い続けたいと思いました。普段あまり映画は観ないのですが、久しぶりに行ってみようかな。 お薦めの一冊です(^o^)/。
1投稿日: 2016.05.31
powered by ブクログちょっと感動した。 「殿、利息でござる」は公開初日に観てきた。 その後、中根東里、大田垣連月と続けて読んだ。 何の名誉も求めず、あとに残さず、その日暮らしにあっても貧しい人に施し、いったいなんという人がこの国の基礎を築いてこられたのかと、少し恐ろしくすら感じるほどの生涯だった。 あとがきもよかった。 解説で初めて作者の人物像を身近に感じた。 後先になるけれど、「武士の家計簿」も読んでみようと思う。
2投稿日: 2016.05.22
powered by ブクログまだ読んでない「武士の家計簿」の著者の本だということを知らなかった。「武士の家計簿」も読まねばなるまい。 「よくぞ日本人に生まれけり」と思うならば、この本に著された人たちのことを知っておこう。 儒学や武士道から生まれるストイシズム(それと役人の官僚主義と低生産性)が、馬鹿のように極まり国中の人たちに広がったのが江戸時代であることから、これはやはり平和の成せるものであったと言ってもいいのだろう。 東北吉岡宿の商人と庄屋たち、中根東里、そして大田垣蓮月の三つのエピソードからなる本だが、ただ三つの話が知る人のまれなそれであるだけに、日本には、その前に頭を垂れるべき無名の無私の人たちが数知れずいたことも同時に語っている。 世界中で、衣食足りた後に人々が求め、望むものが、日本人の精神にあるのも自然だ。「よくぞ日本人に生まれけり」と思うならば、自分のことだけを考えて金持に成ることなど望んではならない道理がここにある。
2投稿日: 2016.05.21
powered by ブクログ映画「殿、利息でござる」の原作。仙台藩の百姓たちが自分たちの宿場町を存続させるために私財を投げ打ち、お上のシステムを覆す。 出せるお金を出すのではなく、きりつめきりつめ足掛け8年小銭をため、そのうえ出せないお金も破産覚悟で出し、親子に渡る大願成就は、感動を超えて凄まじさに背筋が凍るほど。 原作は超真面目ですが、ぜひ映画も見たいです。
2投稿日: 2016.05.19一途な志は喋らなくても誰かが分かってくれる
いつもは年貢などむしり取られるだけの民草が、お上から金を取ろうという大それた考えも面白いが、出資者である仲間を募っていく過程もいい。 調子のいい男には理屈ではなく、酒席で情に訴えたりなどなかなかにしたたかだし、銭湯好きが一転して、水垢離をとり始めたことが思わぬ効果を生むところなどは、一途な志は喋らなくても誰かが分かってくれているんだなと感動する。 計画に一銭も出さずタダ乗りしようなんて欲得ずくの人間は、江戸時代には庶民に至るまで見られないし、たとえ思い通りならなくても恨み言を言わず、相手を気遣う質朴さは頭が下がる。 悪く言えば、仙台藩のイメージが変わった。 東北人特有のお上に対する従順さをいいことに、米を専売して利益をことごとく手中にするさまは醜悪この上ない。 震災復興の過程で宮城県政がこうした過去と重ね合わされることのないように望む。
8投稿日: 2016.05.12
powered by ブクログ映画「殿、利息でござる!」の原作で、映画になっているのは、穀田屋十三郎の部分。ここだけを一気読み。 史実をおさえながら、ドラマ仕立ての読み物になっている。 無私と言っているが、自分の材や命を投げうってもと言いながら、様々な境遇の人たちここでは町の商人や農民が、心を寄せあい、みんなで生き延びようと、奮闘する姿が胸を打つ。 いろいろな人がいる。それを認めながら、ねたみや嫉みを超えて「みんなで生きる」が、町を救う。 東北がんばる。
2投稿日: 2016.05.09
powered by ブクログ穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月、この江戸時代後期の日本人を知っている人はどのくらいいるのでしょうか。史実に基づいて書かれた3人の歩んだ半生を読むと、ここまで自分を律して困っている他人のためになれるとは!と感嘆します。そして、彼らを後世の私たちが知らない理由も然り。善行をしたなどと知られないように奢らず高ぶらず、地道に暮せと遺言を残したり、有名にならないように自分の形跡を消したり、作品の出版を拒否したりなど徹底的に無私の行動をとっているからです。 穀田屋十三郎さんの話は宮城県の宿場町を取り上げた内容で、映画化もされているのでワクワクしながら読みました。伊達藩の宿場町だった吉岡にこんな秘話があったとは知らずに過ごしてきてしまいました。このお話は庶民の智恵と勇気、気高い道徳心など江戸時代の庶民文化の粋と、組織の肥大化によって機能が麻痺し、私利私欲に走っていた武士社会の愚かさが比較の構図になっていてよりドラマチックでした。映像化された世界も楽しみです。
5投稿日: 2016.05.07
powered by ブクログ作者がこの本を書くにあたり「古文書を読みながら涙を流した」とのエピソードがあったのを聞いて手を伸ばした本。 映画化され、宣伝部分だけを見るとドタバタなのかと思いきやとても深く謙虚な内容だった。 政治や行政に関わる人はぜひ読んで背筋を伸ばしてもらいたいなあと思う。
2投稿日: 2016.05.02
powered by ブクログ惻隠、謙虚、清廉、自己犠牲といった現代の日本人が失いつつある気質を、それらに徹して生き抜いた江戸時代に実在した3人の生涯を通じて語る歴史小説。 自らの功績を決して公言しない、学問の追及に見返りや売名を求めない、など登場人物が貫徹する生き方は確かに素晴らしいとは思います。 ただ、その生き方に諸手を挙げて称賛するほどには感情移入できない部分もありました。前述の精神は大切だとは思いますが、過度に賛美すると逆に世の中の”空気”としてそれらを強要するような雰囲気になることに不安を覚えてしまう部分があります。特に最近はネットとかで世論が極端になりがちですから。「こういう気質を心に留めておこう」ぐらいの気持ちの持ちようが私にとっては丁度いいバランスに思いました。 著者が歴史学者であるために文体が小説というよりは事実の記述に軸足を置いているように感じる点は、読者に感動や共感を強要しないので、好感が持てました。
2投稿日: 2016.05.02
powered by ブクログすごいなーと思いつつ、なんとなく読みにくくあまり夢中になれなかった。 いつの世も役人の考えることはクズ。
1投稿日: 2016.04.18
powered by ブクログ歴史の教科書には、出てこない3人の偉人を描いた短編歴史小説。 これでもか!と襲いかかる不幸や逆境に立ち向かいながら、目標を達成する各編の主人公達に、敬意を払わざるを得ない。 この作家は、国民作家の司馬遼太郎よりも、史実にこだわるのだが、それがこの作家の良さだと思う。 これからも、歴史に向き合い、無知な読者へ語りかける良作を出して欲しいと思う。
2投稿日: 2016.03.27
powered by ブクログ小説とゆうよりノンフィクション的な。 「無私」というのを美徳ではなく、ごく当たり前に、自然な行いとしている。 たぶん日本人に限らず、アレ人とかコレ人にもいた(いる?)のだろうな、無私のヒト。
2投稿日: 2016.03.16
powered by ブクログ磯田さんが史料から紡ぎ出した「無私」な3人の物語である。 一人目は奥州街道の宿場町である吉岡宿の酒屋・穀田屋十三郎とその実家の浅野屋甚内たち。二人目は孤高の儒者・詩人である中根東里。三人目は悲しき運命を無私に生きた歌人・陶芸家の大田垣蓮月。 上記の3人が生きた足跡は史料上でも多くを知ることはできないが、それでも現代同様世俗にまみれた江戸時代の世の中を彼ら3人は清廉と生きた。 磯田さんが時折入れる江戸時代の公儀の構造や社会の仕組みなど、3人の生きた時代をより詳しく知ることのできる情報もあり、歴史学の専門でない人にも楽しんでもらえる一冊となっている。
2投稿日: 2016.03.09
powered by ブクログ吉岡宿の話は凄いの一言に尽きる。◆江戸期の庶民の無邪気さに惚れ惚れする。◆ああいう無私の日本人になりたい。◆◆中根東里の話も初めて知る。◆ ◆「壁書」◆◆一 父母をいとをしみ、兄弟にむつまじきは、身を修むる本なり。本かたければ末しげし。◆ 一 老を敬ひ、幼をいつくしみ、有?を貴び、無能をあはれむ。◆一 忠臣は國あることを知りて、家あることを知らず。孝子は親あることを知りて、己れあることを知らず。◆一 祖先の祭を愼み、子孫の?を忽にせず。◆一 辭はゆるくして、誠ならむことを願ひ、行は敏くして、厚からんことを
0投稿日: 2016.01.09
powered by ブクログ本書は、実在した三人の日本人を取り上げ、小説風にまとめたもので す。とは言え、そこは歴史家。丹念に古文書を読み解き、かつ、当時 の時代風俗もきちんと考証した上で書かれているので、そこらの歴史 小説のような安っぽいものには堕していません。むしろ、こういう歴 史の書き方もあったかと、目から鱗が落ちる気分になります。 取り上げられる三人とは、穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月の三 人。穀田屋十三郎は、仙台藩吉岡宿(現仙台市大和町)の酒屋、中根 東里は、市井に生き続けた江戸時代の儒者、そして大田垣蓮月は、歌 人、陶芸家として生きた江戸末期の尼僧です。 それぞれがどのような人物で、どのように生きた人かは、本書をお読 み頂くとして、三人に共通するのは、自分のことよりも、自分が生き ている地域なり、目の前の他者なり、子や孫の代のことなりを優先し て生きる「無私」の姿勢にあります。いわゆる著名人にならなかった、 というところも共通しているところでしょう。 穀田屋は、吉岡宿に「永代のうるおい」をもたらすために我が身を捧 げ、東里は、聖人の教えの核心である「天地万物一体」の哲学を民衆 に説くことに生涯を費やし、蓮月は、己の業から、人生を「自他平等 の修行」と思い定めて生きた人です。 著者の磯田さんは、「この国のありようをみるにつけ、千の理屈をい うよりも、先人の生きざまをそのまま辿ったほうがよい、と感じるこ とが多くなっていた」中で、自問自答を繰り返し、この三人を選んだ といいます。 選定の基準は何だったか。根底には、今の世界を席巻している、「自 他を峻別し、他人と競争する社会経済のあり方」への疑問があったよ うです。そこに人の幸せがあるのか、この国には、もっと違った無名 の人々の深い哲学があったのではないか、それがこの国に数々の奇跡 を起こしてきたのではなかったか…。そういう思いから選ばれたのが、 この三人だったと言います。 自分もだんだんと五十の齢が見えてきて、最近、よく思うのが、人が 幸せに生きるために必要なのは、他に求めず、高名や立身出世も求め ず、それでも、自分が関わっている世界が少しでもうまく回ってゆく ようにと、自分を捨て、自分ができることに身を捧げるということな のではないか、ということです。 競争に勝って、成功者にならない限り、幸せが得られないように思わ されていますが、そんなことより、自分が生きる地域を少しでも良く するために我が身を捧げる、みたいな生き方のほうが、ずっと幸せな のではないか。そして、実際、この国を支えてきたのは、そうやって 生きた、無数の、無名の人々の営為だったのではないか、と思います。 本書に取り上げられた三人は、そんな無数の、無名の人々(宮沢賢治 風に言えば「億の巨匠」)の大きさを教えてくれる人物達です。 自らの生き様からこの国のあり方まで考えさせてくれる名著です。 是非、読んでみてください。 ===================================================== ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文) ===================================================== −−公 というものが、おのれの暮らしを守れなくなったとき、人々はどう生 きればよいのか。いま、十三郎が歩きながら考えているのは、そのこ とであった。 人の心は種である。果てしない未来を拓く種である。一粒の種が全山 を満開の桜に変えるように、心さえしっかりしていれば、驚くほどの 奇跡も成し遂げられる。いまや、公は民を守るどころか、民をおびや かす存在になっている。なんとしても、手をうたねばならない。 庄屋は、百姓たちにとって、行政官であり、教師であり、文化人であ り、世間の情報をもたらす報道機関でさえあった。国というものは、 その根っこの土地土地に「わきまえた人々」がいなければ成り立たな い。 −−五十万人の庄屋 この人々のわきまえがなかったら、おそらく、この国は悲惨なことに なっていたにちがいない。 江戸時代、とくにその後期は、庶民の輝いた時代である。江戸期の庶 民は、 −−親切、やさしさ ということでは、この地球上のあらゆる文明が経験したことがないほ どの美しさをみせた。倫理道徳において、一般人が、これほどまでに 端然としていた時代もめずらしい。 江戸時代の日本人の、 −−公共心 は、世代をタテにつらぬく責任感に支えられていた。 (そんなことをしては、ご先祖様にあわせる顔がない。きちんとしな ければ、子や孫に申し訳ない) 「東北に産物あって商品なし」 のちに、そういわれたように、東北は資源はゆたかだが、商品には、 とぼしい。 近代的品種改良のない時代、あたたかい国の植物であるコメを東北で 栽培するには無理があった。しかも、それを主食とし、藩が専売商品 にして、儲けのタネにし、そこから生まれてくる利益を民間におとさ ない仕組みをつくってしまった。 古代中世には、産金・産馬でその豊かさをうたわれた陸奥の地は、江 戸も時代が下るにつれて、人口が減り、土地の価値が減じ、まったく もって不当なことに、 「白河以北、一山百文」 と、俗謡されるにいたった。東北は、米でおとしめられたといってよ い。 江戸に米を送らされたこのみちのくの地に、昭和になって、原子力発 電所の立地がなされ、東京に産業の主食である電気が送られるように なった。送るものが米から電気に変わっただけである。結果、放射能 がばらまかれ、美しいみちのくの山々の一部が、ほんとうに一山百文 になりかねなくなった。 (お上が、ここまで、汚いことをするとは…) このとき、誰もが発したかった一言である。いや、汚いというより、 −−はしたない と、いったほうがよかろう。 −−廉恥 とうものが、この国の隅々、庶民の隅々にまで行き渡っており、潔さ は武士の専売特許ではなかった。 明治になってできあがる近代国家は、この庶民の廉恥心を十二分に利 用できたといってよく、この国は、江戸時代に、庶民に染み透ったこ の廉恥心でもって、日清日露を戦いしのぎ、昭和の大戦を戦って、つ いに崩れた。 「楽しくなりますよ。自分をひたすら無にしてごらんなさい。我は彼 になり、彼もまた我になるというように、気持ちの垣根をとっぱらっ てしまえば、自分の物でないものはなくなりますよ。」 「この宇宙の物は、みな天地の気をうけて生じてきたものです。そう いう意味で、一体であるといえる。天から日の光がそそぎ、雨がふる と、山に草木が野に穀物が生じるでしょう。そこから、鳥や獣や人が 生まれてきました。ですから、父子・兄弟から天下後世の人にいたる まで、みな我が骨肉です。日も月も、雨も露も、山も川も、草木も、 鳥獣も、魚もすっぽんも、一物として、我でないものはない。天地万 物は一物です。」 そもそも自分というものに、こだわるから、そんな小さなことに悩み 苦しむのではないか、と考えはじめた。自分などは、とるに足らない 小さなものだ。自分の名誉を護るなどという心を一切ふり捨てて生き れば、つまらないことで苦しまなくてすむのではないか。(…)つま るところ、自分にとって必要なのは、 −−自他平等の修行 なのではいか、心に自分と他人の差別をなくする修行を生涯つづける ことではないか、と思い定めた。 大陸よりも貧しい日本が、室町時代以来、五百年ぶりにふたたび現れ る。そのとき、わたくしたちは、どのようなことどもを子や孫に語り、 何を教えればよいのか。このときこそ、哲学的なことどもを、子ども にきちんと教えなくてはいけない。 この国にとってこわいのは、隣よりも貧しくなることではない。ほん とうにこわいのは、本来、日本人がもっているこのきちんとした確信 が失われることである。 ほんとうに大きな人間というのは、世間的に偉くならずとも金を儲け ずとも、ほんの少しでもいい、濁ったものを清らかなほうにかえる浄 化の力を宿らせた人である。この国の歴史のなかで、わたしは、そう いう大きな人間をたしかに目撃した。その確信をもって、わたしは、 この本を書いた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●[2]編集後記 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 震災後、東北大学の社会人向けのコースで講義を行うようになって、 丸4年がたちました。被災地で頑張る経営者の方々と知り合えるの で、自分にとって、とても貴重な機会になっています。 先日、その講義の前日、卒業したOB達と勉強会をしていて、穀田屋 十三郎の話をしたのですが、驚いたことに、そこに吉岡宿(大和町) で代々商売をやっている方がいたのです。しかも、穀田屋の子孫を 雇っているというではないですか。 ご縁だなぁと思いました。本書を読んで以来、吉岡宿に行ってみた いと思いを募らせていましたが、こんなご縁に恵まれるとは。やは り自分がピンときたことは、口に出してみるものですね。 ちなみに、穀田屋十三郎の話は映画化され、来春、公開だそうです。 映画公開後は、観光客が増えてしまうでしょうから、その前に是非、 当地を訪ねてみたいものです。 しかし、映画をきっかけに、観光客が増えれば、穀田屋の願いであ った「永代のうるおい」に、また一歩近づきます。栄華栄達を求め ない「純心」こそが、未来を照らすのですね。
2投稿日: 2015.12.26
powered by ブクログブログに掲載しました。 http://boketen.seesaa.net/article/422245798.html 醒めていて暖かい、磯田が日本を見る視線。 江戸時代の3人の「無私の人」を顕彰し、日本の歴史と文化に新たな光をあてた一冊。 いまはやりの「日本ってすばらしい」「もっと日本を褒めて」という安物のナショナリズムとはまるで別物です。 磯田が顕彰した、穀田屋十三郎(仙台藩・吉岡宿の造り酒屋主人)、中根東里(儒者)、大田垣蓮月(幕末京都の尼僧、歌人、陶芸家)のいずれも、私はこの本で初めて知りました。 磯田は十三郎たちの事績をつぶさに再現しながら、江戸300年がどういう時代であったかについて鋭い知見を随所で語る。 「いまや、公(おおやけ)は民を守るどころか、民をおびやかす存在になっている。」 「国というものは、その根っこの土地土地に『わきまえた人々』がいなければ成り立たない。」「農村にいた五十万人の庄屋が文化のオーガナイザーになっていた。」 「家意識とは、家の存続、子々孫々の繁栄こそが最高の価値と考える一種の宗教である。この宗教は『仏』と称して『仏』ではなく先祖をまつる先祖教であり、同時に、子孫教であった。江戸時代を通じて、日本人は庶民まで、この国民宗教に入信していった。」 主筋のものがたりに沿いながら展開されるこれらの知見は、新鮮で、考えさせられることばかりだ。 無私の日本人、穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月に、乾杯。
1投稿日: 2015.10.12
powered by ブクログ<目次> 第1章 穀田屋十三郎 第2章 中根東里 第3章 太田垣蓮月 あとがき <内容> 『武士の家計簿』の磯田道史の本。『龍馬史』『歴史の愉しみ方』などの著書があるが、どれも面白い。今回のものはタイトル通り、江戸時代に生きた無名の日本人3人にスポットを当てている。しかしこの3人を描いただけではない。その周りに同じような「無私」の人間が集っていたことがわかる。陸奥(宮城県)仙台藩の宿場町、吉岡に生きた穀田屋十三郎。その同士であった菅原屋篤平治、浅野屋甚内…。自らの財産はもとより、「家」の財産を失う覚悟で、宿場全体の将来のために、藩相手に金を貸した、17世紀半ば過ぎに江戸に生きた儒学者中根東里。純粋に儒学と漢詩を愛し、またそれを完璧に理解するだけでなく、わかりやすく庶民にも伝えられるだけ能力を持ちながら、市井に埋もれることを良しとした(ここでは、荻生徂徠や宇治万福寺は悪者だ)。幕末の京都に生きた太田垣蓮月。生まれの複雑さはもとより、彼女自身の人生は悲惨なものであった。しかし、その美貌と頭の良さを使うことなく、養父太田垣重二郎や周りの人を幸せにすることに人生を捧げた。戊辰戦争では、西郷隆盛の考えを変えることまでできた。 いわゆる中央の歴史(教科書の歴史)には出てこないのだが、さりげなくその歴史の周りに生きた彼らは、今の日本を作った。そう感じる本であった。
1投稿日: 2015.09.24
powered by ブクログ無私という文字から、滅私奉公的になってしまった日本の黒歴史なのかと思っていたのですが違いました 己の全力を私欲のためではなく使い切る心美しき人々の物語 しかし歴史の中では埋もれてしまいそうな資料も少なく、後世に語り継ぐ人たちも少ない些細な(?)出来事、その資料の隙間を小説の形式で紹介していくといった嗜好 歴史的事実なのだが、チョットうまく行き過ぎてるよね?と穿った見方をしてしまう自分がいる 苦難を信念や情熱で突破した結果であり、描かれない苦労もあるのだろうけど いづれの話からも自分の世界観や度量の狭さが「それじゃ駄目だ」と言われているような気持ちにさせられてしまう もうすこし、イヤもっともっと視点を上げて考えなくちゃだわ 1話目の人たちと、2、3話では意味合いが違いすぎるかな、後半の二人は天才すぎますしね 歴史物に慣れていないからか1話目に慣れるのにチョット疲れたけど読み終えた時の清々しさ このお話は2016年に映画化されるそうです
1投稿日: 2015.08.03
powered by ブクログ「武士の家計簿」等で歴史上の人物の精神を再現する作品を続ける磯田道史氏の作品。伊達藩の宿場町、吉岡を救った穀田屋十三郎、日本一の儒者、日本一の詩文家とも言われた中根東里、津藩藤堂家の高貴な血を引きながら数奇な運命をたどった江戸後期の絶世の美女、大田垣蓮月。歴史に埋もれた三人に焦点をあてた作品。
1投稿日: 2015.07.16
powered by ブクログ3話とも、清々しい話でした。 最後の太田垣蓮月の「あだ味方 勝つも負くるも 哀れなり 同じ御国の 人と思えば」の歌を見て、江戸城攻撃を回避した話は、よかった。 中根東里も、穀田屋十三郎も、ひたすら感服です。
2投稿日: 2015.06.16
