
総合評価
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powered by ブクログいったいいつ購入したのやら。定価200円って! 化石化する前に発掘できたというレベルだが、『それから』があまりにも動きのない小説で、ようやく最後に動き出す気配があったのならば、気になるじゃないの、先が。 語らずとも物語る2人の来し方。いいねぇ、この奥ゆかしさ。そしてその過去があるからこそ、お互いがお互いだけを頼りとし、信頼し合っている姿は夫婦のある意味理想だと思う。 好きだ。漱石ものの中でも気に入りに入った。
1投稿日: 2025.11.29
powered by ブクログ前期三部作の締めくくり。希望だろうと何だろうと門は門でしかないという人生の残酷さ。宗助と御米の夫婦の過去をミステリアスに匂わせながら淡々と綴られる構成。二人の生きている気配が空気ごと静かに立ち上がってくる解像度の高い文章。漱石フレーバーのフルコース。
0投稿日: 2025.08.06
powered by ブクログ言わずと知れた、夏目漱石による代表作の一つ。 全編を通して、独特な気怠い雰囲気が漂っている。時代の空気を良く反映した一冊といえそう。
7投稿日: 2025.07.28
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
p.21註 「明治30年代から40年代にかけて、都市居住者の家庭に登場し急速に普及した〈ちゃぶ台〉のこと。四、五人が坐れるくらいの大きさで、厚板の下に四本脚がついている。円形、四角形の二種類があり、脚は折りたたみ式のものもあった。……」 ちゃぶ台って深く考えたことなかったが、明治末頃にひろまったというのは時代が感じられて面白い。それ以前は何を使っていたのか。……というまあ、時代背景が知れて面白い註釈はよいが、ネタバラシを注釈でするのは如何かと思う。 たとえば、序盤で宗助とおヨネの間のギクシャクしているわけではないけど妙に冷めている、なんともいえない雰囲気が書かれていて、それを読み手は一体過去に何があったんだろうと思って読み進めていくのに、ふと註釈があってみてみると、「宗助とおヨネの姦通をにおわせている」と書いてあって、本文でもまだでてこないのに、註釈でさきに経緯を知ってしまう。録画したドラマをみるまえに内容聴かされるようなもんで本当に興醒め。 それと、註釈あんなに沢山いらない。一眼みて当字だなとわかるものにまで「◯◯の当字」とまじめにして註釈つけているのが滑稽だった。 さて本題。三島由紀夫『豊饒の海』のあのアラヤシキ攻めがとても辛くて(涙)、本作で禅寺のくだりに差し掛かったときに本を閉じそうになった。 禅寺のくだりは結局、宗助が自らの運命をかえようと思って縋りついた一筋の藁穂である禅の教えが、宗助には最後まで会得できず、宗助自身もそれを続けてゆくだけの心をもちあわせず、したがってまた元の運命の中に自らすごすごと戻ってゆかざるを得なかった、ということなのかな。 家に戻るとまた日常が始まり、幸にか安井も坂井の家を離れ蒙古に戻り、宗助とおよねの生活はまた旧の状態に復したが、宗助はそれを運命としてめぐってくるものと観念している風でもあり、受け入れたというよりは俎の魚として自覚しているようにもみえた。結局、運命の門をこじ開けるだけの根気も意欲もなかった宗助は、運命を受け入れざるを得ないと。
1投稿日: 2024.09.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
最初の方でごく普通のように見えながら少し不穏な家庭の様子が書かれていましたが、後になってその秘密がわかりました。秘密が分かってからは日常のような場面でもかなり怖く感じます。 最初からずっとあったわだかまりは結局消えないまま残っていたのもまた恐ろしかったです。
1投稿日: 2024.05.27
powered by ブクログ面白いじゃん! 漱石の三部作を完読。素晴らしい。この年になって今更だけど。。。^^; 3冊読んでどれも話が完結してない。こんなふうに、でどうなるのかを想像させるのが良いとこなんだろうか?う〜ん消化不良。。。
0投稿日: 2023.04.10
powered by ブクログ一貫して作品を貫くトーンは暗いが、明治時代の作品とは思えぬ現代的なテーマを内包した作品である。 主人公の宗介には感情移入出来る人は、現代でも結構いるのでは? 私には現実逃避しがちな思考回路や、問題を先延ばしにする所、挙句は運命のせいで納得する所など、全くもって宗介的な考え方はよく分かるし、自らの中に宗介を見る。 幸せなのは御米との仲が、小六というさざ波はあったものの仲睦まじい所でホット出来る所である。
3投稿日: 2019.08.24
powered by ブクログ宗助の必死の、しかし逃避的な行動に自分が重なり、後半は読み進めるのが辛かった。漱石はどういう視点と言うか心持ちで本作品を書いたのだろう。自らの内に観たのか、当時の社会から抽出したのか。
0投稿日: 2019.08.18
powered by ブクログ夏目漱石の前期三部作の3作目。 「三四郎」、「それから」に比較すると知名度が低く、三部作を上げたときに思い出せない作品だと個人的には思ってます。 ストーリーも他の2作と比較すると地味で、カタルシスを感じるようなシーンなどもなく、平坦な日々を送る主人公「野中宗助」とその妻「御米」夫婦の苦悩を描いた作品となっています。 三部作の他の2作同様、夏目漱石らしい直接的ではない表現が多々用いられており、それが返って情景描写を鮮やかにするのは変わらないのですが、本作はそもそも何が起きたのか、物語の核となるストーリーが深く語られないままとなっていて、人によってはよくわからない、面白くないと感じる可能性があります。 文章自体は口語で読みやすく、文学に慣れ親しんだ方であれば面白く楽しめる作品だと思います。 「それから」では、友人の妻を奪い、高等遊民から脱して職を求めたところで終わっていますが、本作の主人公は過去に友人の妻を奪ってしまい、世間から背を向けて生きる役所勤めの男「野中宗助」が主人公です。 実直で生真面目な「三四郎」、高等遊民を気取り親の脛を齧ってのうのうと生きる「それから」の代助とはまた全然違うタイプの主人公で、野中宗助は愛する妻と共にひっそりと生きており、日常への飽満と同時に倦怠を備えた人物です。 宗助はかつては活力に満ちた、アグレッシブな人物でしたが、友人の内縁の妻を愛してしまった事により世間から背を向けて生きることとなりました。 宗助は役所に勤め、毎日電車で通勤をしており、経路には賑やかな街があるのですが、頭に余裕がなく、いつも素通りします。 七日に一度の休日も贅沢をせずに散歩だけで終わってしまうような日々を送っている。 そんな宗助と御米の夫婦に厄介な問題が降りかかる話で、作品としての雰囲気は暗いです。 「それから」では友人の妻に思いを打ち明ける、盛り上がる展開がありましたが、本作はその結果、また、その代償のような物語が展開されます。 私は大変楽しく読めましたが人を選ぶ作品かと思います。 作中の人物の事情や過去について序盤に説明などなく、中頃になってようやく明かされる書き方となっているため、だからこそ先が気になるわけですが、読む人によってはそこが難しく感じてしまう可能性があります。 ただ、本作は「それから」でなぁなぁで終わったいろいろがちゃんと書かれているので、直接の繋がりはないのですが、前期三部作のラストらしい作品でした。 本作は「それから」の完結編のような内容だと思いました。全2作を読んだのであれば、読むべきと思います。
0投稿日: 2018.12.29
powered by ブクログp.167 大風は突然不用意の二人を吹き倒したのである。二人が起き上がった時は何処も彼所も既に砂だらけだったのである。彼らは砂だらけになった自分たちを認めた。けれども何時吹き倒されたかを知らなかった。 思ったより平易で読みやすかった。平和で静かで、少し気後れしがちな夫婦の家庭に落ちている陰の理由がだんだん明らかになっていく。結局核になっているものは夏目漱石の作品は同じテーマなのか、という感じはするけれど、崖の上と下等何かとつけて対比されている坂井家と描写や物語の進み方と明かし方といった手法が分かりやすく、そして意識的で良かった。
0投稿日: 2016.12.30
powered by ブクログ崖下にある暗い家に住む宗助と御米。世間から背を向けて暮らす二人を視点に物語が進む。登場人物と情景がぴったりと合わさっている小説。ただ正直に言うと物語は大きな変化がなく淡々と進む。いつのまにか読み終わってた。ちゃんと読めてないかもしれない…
0投稿日: 2016.11.08
powered by ブクログ朝日の連載終了。三部作は10代半ばで読んだ気がするけど、三四郎、それからぐらいまではまだ何とかだが、門は10代では面白みが分からない内容だったことが分かった気がする。今読んでもそんなに面白くは無いけど、主人公の気持ちが少しは分かる。明治末期の悩めるエリートの若者、高等遊民、没落したインテリ達の様子が描かれている三部作ということかな。閉塞感の漂う日本で下っ端役人をしながら隠れて生きる主人公と、妻?を奪った相手であり日本を捨て新天地・満州に行った親友。時代は違うが、成長期を過ぎ国内だけではじり貧の現代日本に通じるところはあるかもしれないが、いつの時代にも通じる普遍的な人間の内面を描いているところが漱石が愛されている理由なのかもしれない。寅さんに言わせりゃ「おまえ、さしずめインテリだな」と言われてしまいそうな主人公達の悩みは、最近なら流行の自己啓発本とかアドラー心理学でも読ませておきたくなる。
0投稿日: 2016.03.04
powered by ブクログ三四郎、それから、門と続けて、朝日新聞で読む。学生時代、略奪結婚、そして、その後の暗雲たる生活。門では、宗助が座禅のため、寺を訪れるが、結局のところ、悟りに至るまで我慢できず、ろくでなしな主人公が、再び描かれている。
0投稿日: 2016.03.04
powered by ブクログ宗助、お米の2人が世を憚り、こっそりと生活する孤独な様が、弟小六、叔父叔母との関係でも痛切に感じる。お米の三度の出産失敗と易者の不吉な言葉が重く押しかかる。小六の年から計算すれば、宗助たちは未だ30歳過ぎと若いはずなのだ。なんと暗い小説なのだろうか。しかし、2人が寄り添う愛情の描写が救い。2人は幸せではないかと感じるほど。過去を振返り、京都での宗助と安井・お米の出会いの場面が青春の美しさを感じる場面。そこから2人の「転落」の表現が何とも暗示的!「それから」の代助・三千代の続きとして読んでよいのかどうか、迷うところはあるが、続けて読むとどうしてもイメージを引き摺る。
0投稿日: 2015.10.24
powered by ブクログ遅々として進まなかったけれどようやく読了。 難しいとか面白くないとかではなく、ちゃんと読み終えたかったから。 やはりクライマックス、宗助が禅門をくぐるところになると一気に読みたくなる。 次のページを捲ろうとしたらなく、これが最後の一文かと思うとぞくりとした。 それにしても御米との関係がなんともいえずいいなぁ。 漱石小説の中では子どもに恵まれない夫婦が多いけれども、それってなんなのだろうか。 ちょうど『それから』『こころ』と読んだので共通点、相違点があってなかなか興味深い。 さあ、次はどれを読もうかな!
0投稿日: 2015.03.02
powered by ブクログ映画を見ているかのような丁寧な描写。ドラマチックな場面も、淡々とした筆致が崩れないところが好き。「こころ」同様、今は幸せを味わってよいはずの夫婦が、過去の出来事のために心に常に錘を乗せられたように過ごしているのは、不倫が、今よりももっと許されない時代だったから?生まれた家や、友達や、学校と決別してまで二人で生きることを選ぶ勇気があったのに、罪の意識から逃れられないのが、かなしい。
0投稿日: 2014.07.06
powered by ブクログ高知大学OPAC⇒ http://opac.iic.kochi-u.ac.jp/webopac/ctlsrh.do?isbn_issn=4003101081
0投稿日: 2014.01.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「秋日和と名のつくほどの上天気」から、物語はつらい冬を越えて、春にいたる。 「うん、でもまたじきに冬になるよ。」
0投稿日: 2013.12.27
powered by ブクログ2013/04/11-2013/04/22 星4.8 僕は果たして大学生になったので、色々と名作と謳われる文章を読んでみることにした。その第一号が、この『門』。夏目漱石作。 僕は理系であって、読解というものは比較的苦手とする所なので、こういう込み入った文章を読むにはゆっくり消化しながらでなければいけないから、少し疲れた。しかし、僕の日常にあるような、読後の疲労感というものには不思議と見舞われなかった。 陰か陽かと問われれば陰に値するだろう物語だのに何故だろう、物語を通して問題は全く解決していないように思われるのに何故だろう、陰鬱な気持ちにはならなかった。 もしかするとそこらへんが、この文章を名作といわしめる要因なのかもしれない。主人公の宗助が、悲観しすぎず、楽観しすぎず、を保ちながら、解決を模索する。その中で物語の時系列は折り込まれていき、重層的な感じを読者に与える。 読み始めた頃は、なんだか文章の方向がはっきりせずにもやもやしていて、本当にこれは名作なのかと疑いすらしたけれど、読み終えて分かるのは、この作品はその「もやもや」を意図的に狙ったかのような構成だということだ。読んでいく中でもやもやが解消されたり発生したりする流れが、とても楽しかった。 つまりは、名作だったなぁ、ということだ。
0投稿日: 2013.04.22
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
三部作の最初に『門』を読んだ。 移り変わる季節の中、世間と切り離されてひっそりと暮らす宗助夫婦。罪を洗うこともできず、過ぎるだ生きる二人に穏やかな寂しさを感じる。 決して盛り上がりはしないが、青空に一つだけぽっかり浮かんだ雲を見ているような、波風のない感傷的な気分になる。
0投稿日: 2013.03.08
powered by ブクログ『三四郎』『それから』に続く、いわゆる三部作の締め。もっとも、前2作とは打って変わって、筋立て上ではドラマチックな展開はほとんど無い。むしろ、『それから』にも通じるような道徳上の「不義の愛」が、いつまでも宗助と御米の人生を暗くし続けている。その描写が手を変え品を変えなされる。『それから』同様に、「自然」とも「運命」とも称される、自我を超越した何らかの力が生活に働きかけているとしか思えないような出来事を、宗助も御米も体験してしまう。この繰り返しは、生活上の小康状態を得た最後のシーンでもなお予感されている。「またじきに冬になるよ」という言葉は、「自然」「運命」の力の強大さを表して余りあるものではないだろうか。
1投稿日: 2012.11.22
powered by ブクログ門の意味。くぐってもかわれない。坂井は救ってくれるように見えても救ってくれない。虚構の自分と、季節のうつりかわり。戻ってくるのは冬。
0投稿日: 2012.07.24
powered by ブクログ『三四郎』『それから』を読んでからかなり時間を置いて読んだ。『門』というタイトルからしてなんだか地味だし、「横町の奥の崖下にある暗い家で世間に背をむけてひっそりと生きる宗助と御米」なんて紹介文を読むにつけてもあまり食指が動かなかったのだ。今にして思えば、読むのを先延ばしにしていたのが実に悔やまれる。 よかった。ひょっとしたら前二作よりもよかったかもしれない。 思うに、漱石の作品には独特の雰囲気が漂っている。匂い立つような明治の東京の空気が。それは鮮やかな風景の描写からも、活き活きとした登場人物たちの会話からも色濃く感じられる。漱石の小説を読むたびに、私はその空気の中に浸る。筋を追うというよりもむしろ「夏目漱石的な感覚」に身を任せることを愉しむ。 そういう観点から見ると、この『門』は大変気に入った作品だ。落ち着いていて、うつくしくって。愛というよりは慈しみと呼ぶのがふさわしいような宗助と御米の関係が淡々と描かれる。読者は彼らの背負った業の深さを知っているだけに、現在の関係性のありかたには迫ってくるものがある。 最後の場面での宗助の言葉「うん、然し又ぢき冬になるよ」が効いているなぁ。思わず息を飲んだ。 この作品の持つ深みを全然言い尽くせないのが歯がゆい。歳を重ねるに連れてまた違った読み方ができるのではないだろうか。いつか再読しようと心に決めた。
3投稿日: 2012.02.23
powered by ブクログ夏目漱石の門 (岩波文庫)を読んでみた。こんな日本の近代文学の名著を読むなんて実に久しぶりだなあ。学生時代にはこの手の本を色々乱読したものであるが、特に社会人になってからは、経済関係の本や仕事がらみで必要な本などで結構時間がとられるし、我輩の敬愛する椎名誠さんの本は新刊が出るたびに読まなければならない。小説といえば最近話題になっている現代作家のものを読むくらい。社会人の読書も結構忙しのですね。と言う訳で漱石など手に取る機会何てほとんどないんだよね、実際。 「門」は「三四郎」「それから」に続く夏目漱石の初期の3部作の3作目。ストーリーは言わずもがなでありますが、主人公である宗助の人生に立ちはだかる越えがたき「門」が物語が進むに従って様々なモチーフで浮き彫りにされていく。やはり名作ですね。情景描写は実に素晴らしく、明治時代の当時の東京の情景がVividに脳裏に展開されていく。物語の後半に宗助が山門に入るあたりの描写は実に荘厳で格調高いものであった。 ふと社会人がこのような近代文学の名著を読む事の意味というものを考えてみた。一昔前は、こういった一般教養を深く身に着けているという事は一種のステータスであっただろうし、仕事絡みでの様々な社交の場での会話に必要不可欠であったのかも知れない。大前研一さんの最近の著書にも書いてあったけど、今はそういったクラシカルな教養よりも、スティーブジョブスがスタンフォード大学の卒業式で何を語ったか、などなどグローバルな世界で起きている最新の話題をネットでいち早く情報収集して会話のストックにしておく事が必要な時代になっているのかも知れない。 では、近代日本文学なんてサラリーマンが忙しい時間を割いて今更読む意味なんてないんだろうか?中々難しい問題でありますが、我輩なりの考えはこうであります。素晴らしい物語には必ず伝えられるべき強烈な「メッセージ」があると思うのであります。今回読んだ「門」から感じた事。「人生にはいくら頑張って越えたくても如何ともし難い巨大な門が立ちはだかっているものだ。これは大なり小なりみな同じなんだ。それを越えようと皆必死に頑張っている。」当たり前の事だけど、忙しい日常でこういう事を「ハッと」気付かせてくれる機会何てそうあるもんじゃない。更に、忙しい日常を離れて「情緒ある美しい世界に一時的にせよ浸ることが出来る休息の時間や幸せ」を得るという意味も無視は出来ないだろうと思う。 そうだ!これからも時間が許す限り素晴らしい近代文学の世界に再び浸ってみようと思う。学生時代に読んだ本の山が実家のどこかに眠っているはずだ!! 【Dance1988の日記】 http://d.hatena.ne.jp/Dance1988/20120102
0投稿日: 2012.01.02
powered by ブクログ「二人は...道義上切り離す事のできない一つの有機体になった。二人の精神を組み立てる神経系は、最後の繊維に至るまで、互に抱き合ってでき上っていた。彼らは大きな水盤の表に滴したたった二点の油のようなものであった。水を弾はじいて二つがいっしょに集まったと云うよりも、水に弾かれた勢で、丸く寄り添った結果、離れる事ができなくなったと評する方が適当であった。」
0投稿日: 2011.12.18
powered by ブクログ宗助と御米の仲のよさがうらやましい~~。 高等遊民の坂井さんも良し。 序盤で宗助が丸まってたのが、かわいらしかった。
0投稿日: 2011.12.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
前期三部作の第三部。 宗助と御米は不倫の末結ばれた夫婦で、他人との交流を最小限に抑えてひっそりと慎ましく暮らしていた。彼らの不義は社会的な制裁のみならず、運命的な力も彼らを苦しめる。宗助は不安を解消するために宗教にすがるが、何も変わらないまま季節は移ろいでゆく。 宗助・御米夫婦は、互いを慈しみ支え合って生きている。きっと理想的な夫婦と言えると思う。しかし、「彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。」(P224)のイメージが示すように、悲哀や不幸、憂うつから逃れるすべをもたない。哀しくて切ない。
0投稿日: 2011.06.19
powered by ブクログ横町の奥の崖下にある暗い家で世間に背をむけてひっそりと生きる宗助と御米。「彼らは自業自得で、彼らの未来を塗抹した」が、一度犯した罪はどこまでも追って来る。彼らをおそう「運命の力」が徹底した映像=言語で描かれる。
0投稿日: 2011.06.16
powered by ブクログ宗助と御米は世間から見捨てられた夫婦だ。それは二人にとって覚悟の上でのことであった。 宗助の終わりの言葉「うん、然し又ぢき冬になるよ」はあまりに悲しい。
0投稿日: 2011.05.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
漱石前期三部作のトリを飾る作品『門』。 世間から冷たい目で見られる覚悟を互いにしてまで不倫関係となった代助と千代子。その二人は今後どう生きていき、どう世の中を渡り歩いていくのか。その答えが『門』にあると、『それから』の解説では述べられていた。 自分自身その事が気になっていただけあって、「門=不倫後の話」を頭の中で繰り返しつつ読み進めていった。けど、どこにも見当たらない。気付けば残るページは1/3。ここから先にようやく出てくるのかと思いきや、迫りくる事態に対処できる自信をつけるために参禅し、戻ってきたら無事暗雲は過ぎ去っていきましたとさ、めでたしめでたし。気付けば注訳のページになっていた。 宗助とお米が不倫関係であることに全く気付かなく、解説を読んでそのことを知った時は衝撃が走った。言われてみれば確かにそのようなくだりがあったかもしれないと思う程度のおぼろげな記憶しか残っていなかった事実を再認した。おそらくその箇所は現と夢の境を彷徨っている中読んでいたのだろう。それらしい記憶もあり、今では納得できる。 今度読み直す時は宗助とお米の関係に特に注意し、心の底から『それから』の続編であると実感したい。
0投稿日: 2011.05.02
powered by ブクログ夏目漱石の前期三部作、三四郎、それからに続く最終作の位置づけ。 ある事情により俗世を離れ崖下の家でひっそりと暮らす宗助と御米。 過去も未来もない二人がその日その日を緩やかに生きていく。 そんな二人の時間に一つの変化が訪れる。変化の中を生きて行くふたりを書いた退廃的でそれでいてどこか羨ましい。 ゆるやかな日々に羨望を抱く小説でした。漱石の作品の中でも随一だと思います。
0投稿日: 2011.03.30
powered by ブクログ巡る巡る繰り返し。 喜怒哀楽を伴いそれはただただ繰り返す。 冬が過ぎ春が来てもまた冬になる。 苦しいこともない、愛しいこともない、ただの繰り返し。 それなのに苦しい、それなのに愛しい。
0投稿日: 2009.11.11
powered by ブクログここ最近、読書にいそしむなか、前回読んだときよりも 深い感銘を受けた最初の一冊。 前のときは前期三部作の中でも、只管暗い、地味・・という イメージでしたが、今回は「それから」よりも面白いかも と思ってしまいました。 たんたんとした日常の中に、繰り返すことの美しさを見ました。 それにしても大根のお漬け物とお茶漬けが美味しそう。
0投稿日: 2009.01.08
powered by ブクログ結局、くぐることで簡単に浄化してくれるような門はなく、 自らの背負うべきものは、背負いながら生きていくしかない。 逃げるのもひとつ、挑むのもひとつ、どちらにしても自らの過去を消し去ることはできない。
0投稿日: 2008.12.29
powered by ブクログ人生で2回目の夏目漱石。1回目は昔授業で読まされた「こころ」。 この作品が「それから」の続編と言われていることも、「三四郎」とあわせて三部作と言われていることも知らずに読んだ。だから、ただ静かに愛し合う夫婦の物語として読んだ。 この夫婦の、特に宗助のあり方を見ると、明治と平成の間に隔たりは感じない。明治という時代は直接現代に繋がっていると強く思った。素晴らしい文章で綴られた、古くささなんて感じない作品。所謂、「名作」や「古典」というものは敬遠しがちだったけど、目を開かされた。漱石、面白い。
0投稿日: 2008.02.16
powered by ブクログ歳喰うにつれて、三部作内の好みも三四郎→それから→門と移り変わり。給料もらう身の物思いとか、昔も今も変わらないのね、って感じで笑えます。漱石は大御所の顔してるくせに、ちょくちょく落語的風景を落とし込んでくれるから好き。文体も今の現代文の基礎となったような人なので、実はものすごく読みやすかったりします。エラソーではないので読まないと勿体ない気がする。そしてエラソーな本だと教えるのは読書的に逆効果のような気がしてならない。
0投稿日: 2007.07.14
powered by ブクログ『三四郎』『それから』に続く、三部作最後の作品。ぱっとみ個々の物語は完結したようにも見受けられますが、まだ根本的な解決には至っておらず、将来的にも影を残したまま物語が終わります。
0投稿日: 2006.12.16
