
総合評価
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powered by ブクログ困った本である。手に取らず、読みさえしなければ、なんのために研究しているのか、なぜ研究を続けているのかについて考えることはなかったはずだが、プロローグを読み終えたら、自問自答を繰り返しながら、読み続けるしかない。 何のための、誰のための研究なのか、から出発すべきところを、ややもするとデータと手段を使う為に研究してしまう量的研究者には耳の痛い話ばかり。テストの得点のために勉強する学生と同じことをしてるのだと痛感した。では、なぜこのような構造が産まれるのかについて、頷いたり首を振ったりしながら読んだ。本(著者)との対話から学ぶことが非常に多い。 ただし、(私のように)教育学のバックグラウンドがない人間には、難解な部分もあり、訳者が勧めるように読書会などで複数人で確認して、意見を交わしながら読む進めるのが良いだろう。
0投稿日: 2025.02.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
5月に発行されたばかりの本である。原著も2020年発行なので新しい。教育研究についてなかなか批判的な本が出版されないのでこれは貴重な本となるであろう。院生が博士論文を書くためというよりも、研究者が研究論文を書くときに役立つ本であると思われる。
0投稿日: 2024.12.07
powered by ブクログタイトルにもあるとおり、本書は我々に、「よい教育研究とは、いったい何か」という問いを投げかける。従来の教育研究に関する書籍が「良い教育研究とは、このようなものである」という、ある種の「正解」を読者に提示してきたのに対し「教育を研究することは、いかなることなのか」、「(『教育実践を改善する』ことが教育研究のねらうところであるとしたら)そもそも、『教育実践を改善する』とはいかなることなのか」といった、教育研究の存在を成り立たせるための根源的な問いを投げかける。 本書に含まれる全8章の論考は、これについて、読者がそれぞれに考えていくための、いくつかの道筋を示している。それらは、哲学的な知見を示すものから、、教育研究の言説を歴史的に眺めなおすもの、政治・社会的な視点から、現在行われている社会的営為としての「研究」を記述しようとするものまで幅広い。 が、本書のすべての論考を読みおえたあと、あらためて、考えてみると、本書がひとつの「結論」として我々に提示しているのは、「プラグマティストにならずに、プラグマティックであること」(p27)に尽きるのではないか、という思いに至った。 「よい教育研究とは、いったい何か」という問いの答えは、教育を研究しようとする者それぞれが、プラグマティックに、すなわち、自分が取り組もうとする「問題」とはいったい何かという問いとの関係において考える必要がある。 そのような意味でいえば、本書の第2~第8章は、私たちが、「プラグマティストにならずに、プラグマティックに」教育を研究することに考えるための道筋のひとつひとつを照らし出したものであるといえるのかもしれない。
1投稿日: 2024.06.21
