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朝のあかり 石垣りんエッセイ集
朝のあかり 石垣りんエッセイ集
石垣りん/中央公論新社
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総合評価

18件)
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    言葉ひとつひとつに息づかいと矜持が宿っていて、ぐっと心の深い部分でその言葉たちを受け止める気持ちになる。時代を感じさせない美しく強い輝きを放つ文章たち。石垣りんという詩人は私の道標。

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    投稿日: 2026.02.28
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    14歳から定年まで働き通し、病気の父や弟、継母の生活を背負いながら試作にも励んだ石垣りん。 昭和の生活の明るさや遣る瀬なさの描写の合間に、彼女の自省に関する記載が繰り返し出てくるところも好きだった。 出征する彼女の弟に叔母が「おまえ、決死隊は前へ出ろ、と言われて、はい、なんて、まっ先に出るのではないど」と言ったことの驚きを後年振り返った際の記述。 “私が聞き捨てたはずのことばを耳が大切にしまっていて、今日でも、何かの暗示のようにとり出して見せるのは、それが、ほんとのひびきをもっていたからだと思われます” “私は、権力とか常識のとりこになり、そういう真実の言葉を、いつも勝ち得ないで生きているのではないのか?と時々心配いたします” (p.222) “終戦を境にして、すっかり目をさましたように思ったのも、アテにはならないようです。現在、違った状況のもとで、私はやはり、同じように愚かだろう、と思うからです。” (p.223) 残念ながら私は詩を理解する感性がないのだけど、この本に収録された詩のなかでは原爆被災写真によせて書かれた「挨拶」が響くものがあった。

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    投稿日: 2026.01.14
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    そこに虹があるとして、詩を書くということは虹を描くことではなく虹をさし示している指を描くことだというような文章をきっかけに読み始めた。 読んでみると、ひとりの価値観?みたいなものが割と近しくて(電車の定期的な音に人気を感じたり程度だけど) 心なしか自身と重ねて等身大の姿勢で読めるし、心強いし、14-5歳から銀行で働く継続的な鍛錬さは素晴らしい。 結婚しなかったこと、女性だから「偉くならなくて済む」ことへの安心感を言葉にしてくれること、歳を重ねること、鳥に餌をあげてしまう身勝手さの自覚と少しの図々しさ、赤の他人でもお互いに孤独があることでわかちあえること、心に沁みた。 エッセイを読んでから詩を読むと(確か「くらし」という詩)その人生として行き着いた先に出た涙やひとらで歳を重ねたことによる寂しさと開放感がうかがえる。これまで、言ってることは理解できる詩、何に感動したか言語化できる詩、にばかりであってきてしまったけど、久々に、それができない、少し飛躍した絵本のような詩に出会えてよかった。 須賀敦子もある種また逞しかったけど、また別の方向の逞しさがある。

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    投稿日: 2025.11.24
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    ▶戦後を代表する詩人のひとりに数えられる石垣りん。本書は、彼女の生前に刊行されたエッセイ集の中から71篇を選んで収録されている。 ▶石垣りんの詩は教科書で目にする人が多いそうだが、恥ずかしながら私には学校でその詩を読んだ記憶がない。詩人としての彼女について何も知らない私は、このエッセイ集を読むことを通じて、1920年から2004年という時代を生きた一人の女性が、この国の労働を、暮らしを、創作を、老後を、そして人間というものをどのように感じ、どのように考えていたかを真っ直ぐに聞かせてもらったような読後感を得た。 ▶読んでいて何度も感じたのは、「この国で暮らして感じることは、今も昔も変わらないなあ」ということ。 ❝最近になって姥捨が物語の中だけのことでもなければ、伝説でもなく、近い将来をも暗示しているのではないか、と思いはじめています。必要度の減った人間が、自分から死にに行かずにはいられない社会。上手にそれを仕組んだ掟のようなもの。そのムゴサを現在に当てはめてみることは、経済の高度成長と呼ばれているもの、ひとつとって見ても明白に思われます。老人の自殺が、ごく日常的なものにならなければ良いと案じます。❞ (p.57) ❝現在、なお、その戦争というものにさらされている国があることを考えると、そこには若い日の私のような女性がひとりいて、爆弾の恐怖にさらされながら、日本という国は平和で、とても栄えているのだ、ということを、どう思っているだろう、と考えます。❞ (p.222) どちらも50年以上前に書かれた文章だが、いま現在、私はまったく同様のことを感じ、考えている。それは驚きでもあり、「何をしても変わらない」という諦めでもあるが、そんな中でも数々の詩作を残し、自分の言葉で考えを述べ、しっかりと暮らし切った女性がいたという事実は喜びでもあると思う。 ▶71篇ものエッセイ集なので、彼女の人生におけるエピソードで何度も登場するものがいくつかある。その中で、死期が迫った祖父との会話がおもしろい。 ❝「お嫁にも行かないで、この先、私がやってゆけると思う?」「ゆけると思うよ」「私は、私で終わらせようと思っているのだけれど」「ああいいだろうよ、人間、そうしあわせなものでもなかった」❞ (p.74)

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    投稿日: 2025.08.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

    わかることばで、むき出しの生を紡いでくれる石垣りんさん 詩は好きだけどエッセイは読んだことなかったので 買ってみる 戦中戦後をしっかりと生き切った方なんだなーっと 三度も母親が変わるなんて、なかなか厳しい子ども時代なのではないかと思う 早くに就職してずっとそこで働き続けて。 自分で自分を支えて、家族も支えて、なんだろう 放り出したくなったりしなかったのかなー 今も昔も女性の生きづらさってのはあるんだよなーっと 姉妹で心中した人たちの話に胸つまされる どこへも頼ることのできない寄るべなさ 退職してからも詩人としてのお仕事とかで あっちこっちいかれてたようで、結構充実してたんだろうなあ 1人で生きることに気を張ってるわけでもなく卑下するわけでもなく哀しむわけでもなく、それをそのまま受け入れて 楽しいことは楽しい、寂しことは寂しいとして生きる、 そーゆー中で彼女のことばは生まれてきたんだろうなあ 別に偉くなりたいわけでなし、自分が読みたい本を自分で買えるくらいのお金を稼ぐほどの仕事をして、やりたいことをする。 全く、わたしもそれがしたい。

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    投稿日: 2025.06.27
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    「朝のあかり」石垣りん著、中公文庫、2023.02.25 318p¥990C1195(2024.11.03読了)(2024.10.25借入)(2023.04.25/3刷) 「石垣りん詩集」を読んでみたのですが、詩とか短歌とか俳句は、読み手の感性が反応しないと面白くも何ともないので、感受性の鈍感な僕には苦手な分野です。 エッセイなら、読み手に分かるように表現されることが多いので、わかりやすいかなと思って、図書館で借りてきて読みました。 石垣りん(イシガキリン) 1920年東京生まれ。 詩人。高等小学校時代から詩作を始め、少女雑誌に投稿する。 小学校卒業後、十四歳で日本興業銀行に就職。 二十五歳の時に敗戦を迎え、戦後は職場の組合活動にも参加しながら詩作に集中。 38年同人誌「断層」を創刊し福田正夫に師事。 59年第一詩集『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』刊行。 69年第二詩集『表札など』でH氏賞、 71年『石垣りん詩集』で田村俊子賞、 79年『略歴』で地球賞を受賞。 2004年没 【目次】 Ⅰ はたらく 宿借り けちん坊 朝のあかり 雨と言葉 目下工事中  ほか Ⅱ ひとりで暮らす 呑川のほとり シジミ 春の日に 電車の音 器量  ほか Ⅲ 詩を書く 立場のある詩 花よ、空を突け 持続と詩 生活の中の詩 仕事  ほか Ⅳ 齢を重ねる 終着駅 四月の合計 二月のおみくじ 椅子 私はなぜ結婚しないか  ほか 解説  梯久美子 初出一覧 ●詩による社会変革は可能か(184頁) いつか書店でパラパラと詩の本をめくっていたら、「詩による社会変革は可能か、不可能か」というアンケートの設問がとびこんできました。私はとっさに、可能でないならつまらない、とひとりで答えてしまい、ました ●わからない絵の値打ち(186頁) 著名な絵かきさんを招いてその話に耳を傾けた。席上一人の男性がたずねた。 「僕ら一流の大学を出て、知識も教養もある者が見て、わからない絵、というものの値打ち、はどういうものなんでしょう?」 「それは、絵に対する教養があなたにおありにならないのです」 答えは三岸節子さん。 ●言葉の素晴らしさ(230頁) 長いあいだ言葉の中で生きてきて、このごろ驚くのは、その素晴らしさです。これはひとつの富だと思います。人を限りないゆたかさへさそう力を持つもので、いいあんばいに言葉は、私有財産ではありません――。 ●死にそうなときの祖父との対話(245頁) 「私のところで人間をヤメにしてもいい?」 「ああいいよ。人間はそんなにしあわせなものじゃなかった」 ☆関連図書(既読) 「石垣りん詩集」石垣りん著・伊藤比呂美編、岩波文庫、2015.11.17 「forユース」齋藤孝・土井英司・河合俊雄・文月悠光著、NHK出版、2024.03.01 (「BOOK」データベースより) 自分の住むところには自分で表札を出すにかぎるー。銀行の事務員として働き、生家の家計を支えながら続けた詩作。五十歳で手に入れた川辺の1DKとひとりの時間。「表札」「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」などの作品で知られる詩人の凛とした生き方が浮かび上がる、文庫オリジナルエッセイ集。

    4
    投稿日: 2024.11.05
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    石垣りんさんは、名前は知っていて気になってたけど、詩の人だからあまり接点はない(詩が全くと言っていいほど俺は理解できない)かなと思ってたところにエッセイをを発見、読んだ 『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』は詩だけど、理解できたことが嬉しかった 彼女が、地面にしっかりと自分で立って、ぶれながらもしっかりと生きてるのがわかるから、なんか安心する ぶれてもいいんだって それにしても政治家、経営者がいう私はぶれないという言葉の軽さよ

    3
    投稿日: 2024.09.06
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    著者、石垣りんさん、どのような方かというと、ウィキペディアには、次のように書かれています。 ---引用開始 石垣 りん(いしがき りん、女性、1920年(大正9年)2月21日 - 2004年(平成16年)12月26日)は、日本の詩人。東京府東京市赤坂区(現在の東京都港区)生まれ。銀行員として働きながら、詩を次々と発表。主な詩集として、『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』(1959年)、『表札など』(1968年)、『略歴』(1979年)、『やさしい言葉』(1984年)。代表作に「表札」。「断層」「歴程」同人。 第19回H氏賞、第12回田村俊子賞、第4回地球賞受賞。教科書に多数の作品が収録されており、また合唱曲の作詞でも知られる。 ---引用終了 で、本作の内容は、次のとおり。 ---引用開始 自分の住むところには自分で表札を出すにかぎる――。銀行の事務員として働き、生家の家計を支えながら続けた詩作。五十歳のとき手に入れた川辺の1DKとひとりの時間。「表札」「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」などの作品で知られる詩人の凜とした生き方が浮かび上がる、文庫オリジナルエッセイ集。 ---引用終了 本書で気になった箇所は、p38~p40。 新春の仕事始めに、女性が晴着を着る時期があった、ということ。 これには驚いたが、冷静に思いを巡らせると、自分が新入社員として入社した頃、昭和61年になるが、その頃は、珍しいことではなかったのかな、とも思う。 自分は営業所に配されていたので、女性は事務職が一人いるだけで、仕事始めに晴着を着るということはなかったが、本社では、あるいは着ていたのかもしれない。

    36
    投稿日: 2024.06.23
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    教科書のシジミを読んで、世のお母さんはシジミやあさりの味噌汁を作る前、台所に立つ背中からは分からないが、鬼ババになるらしいと詩のイメージを引きずってきました。エッセイを読めば、お母さんではなかったし、一人暮らしでは食べきれない量のシジミを長く生かすことも難しく、えいやと明日の調理を決意するひとこま、また職業を定年まで全うしようとするなかで、家族の生計を支える女性がやっとはじめた一人暮らしのひとこまでもあり、イメージは塗り替えられました。

    1
    投稿日: 2024.05.30
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    14才から銀行に勤め続けて定年を迎え、つつましくひとり年をとる女性の暮らしと心の動きを写し取るものとしては、近年流行の元気前向き一人暮らしおばあちゃんの本よりもむしろずっと共感できる。 P36 2月21日【前略】このところ、隣の家の念仏が十二時を過ぎても低く続く。一時を回る頃には近くの保健所工事現場から、鉄筋を打ち込む音が規則正しく響き始める。私の所在を知って台所口に呼びに来たのは野良猫シロ、夜食をよこせというのであった。貧しくにぎやかな夜更け。寒い冷たい夜更け。 2月24日【前略】未婚者が自分の資質をゆがめず、素直に年をとるにはどうしたらよいか、その困難さについて先輩女性と語り合う。 P57 さしあたっての希望は、欲しがらない人間になりたい、ということ。誰が何をしてくれなくても。さみしかったら、どのくらいさみしいか耐えてみて、さみしくゆたかになろうと―。 P76 祖父がなくなる前、年をとったひとりの女が生きてゆくことをどのように案じるか、たずねました。「お嫁にも行かないで、この先、私がやってゆけると思う?」「ゆけると思うよ」「私は、私で終わらせようと思っているのだけれど」「ああいいだろうよ、人間、そう幸せなものでもなかった」 闇の世を立ち出でてみればあとは明月だった、という句を、祖父は口移しで私に伝え、やがて逝きました。 P86 シジミをナベに入れるとき語りかけます。「あのね、私といっしょに、もう少し遠くまで行きましょう」 P101 けれど洗濯機のない貧しさは、一面そんなことをしていられる時間のぜいたくさでもあって、家族が何人もいたら、とてもできない芸当に違いない。そんなことはさっさと片付け、一人暮らしならなおさら、もっと時間を有効に使わなければいけない、とけしかけるものの声がする。【中略】人が手を使うことより、頭を使うほうがずっと有効だ、というのはそのほうが高級でそれは高給につながるから得なのだ、という世間の風潮、その底からの呼び声である。 P204 (男対女の綱引きになぞらえて)男が力任せに引く綱に、ざざっと引き倒されて、軽く腰を浮かせてしまう、残念無念な女性群像も次第に見えてきた。降参した時点で、選ばれた女性が相手方の陣営に招かれていく。【中略】私は捕虜の光栄にも浴さず、戦士のように倒れて抱き起されることもなく年をとった。男を語る資格がない。 P229 働かないと、書くことも思い浮かばない、といった習性のようなものが、私の身についたのではないか、と案じられます。そして、物を考えているのは私の場合、頭だろうか?手だの足だので感じたり、考えたりしているのではないだろうか? P249 せつない、という言葉の重みは、心の中のどの部分に寄りかかろうとするのでしょうか。寄りかからせる優しい部分は、どこにどのようなかたちで存在するのでしょうか。うれしさとつらさ。有難さとすまなさ。恋しさと恨めしさ。いろいろな感情が、その時その時で違った混ざりかたをする、そのせつなさ。 P252 かりに好意で5年置いてもらったところで、いずれはやめなければならない。それなら少しでも早く一人になる稽古をしておこう。【中略】定年時の手習いが私の場合「一人立ち」だとしたら、これはどういうことになるのだろう。会社とはなんだったろう。【中略】ちょうど建物と同じで外から古く見えても、中で暮らしている限り変化はない。並んでいる新しい家と古い家の窓から見える空は同じなのよ、というと、同年配の人は、ほんとにそうね、と答える。

    2
    投稿日: 2024.05.04
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    昔も今も働く女性は変わらないと思っていたけれど、このところ急に世の中のシステムが変わった。しかし、心は変わらない。

    2
    投稿日: 2024.02.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    やられた。 また、師匠がひとり誕生してしまった。 母ほどの年齢の人なのに、感性が、考え方が自分に似ていて、大きな企業の最下層にいる環境まで同じで。 「誰が何をしてくれなくても、さみしかったらどのくらいさみしいか耐えてみて、さみしくゆたかになろう。」 南の国でのんびり暮らそうとと誘われてそれもいいですねと答えながら、今から覚える拙い言葉で自分の心のひもじさは耐えられないと。私のふるさとは日本の言葉だと言い切る。 ほんとにそうだよなとなんとも腹落ちのすることよ。 ネットでお顔を拝見したら笑顔のチャーミングな方で、ますます好きになったのでした。

    3
    投稿日: 2024.02.24
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    若くして銀行に就職し、銀行で働き続け家計を支える一方で詩を書き続けた詩人・石垣りんのエッセイ。 当時の女性としては少数派であったであろう自身をアウトサイダーを称しつつ、自分の職場をはじめ「社会」を批判的な鋭い眼差しで見ており、フェミニズムの潮流を感じた

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    投稿日: 2023.11.21
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    はたらく、ひとりで暮らす、詩を書く、齢を重ねるの四章に分けられたエッセイ集。 彼女の詩を書くこと以外にない人生の真面目さに感動しました。働くことや結婚を選ばなかったことなど、あるいは重荷になるばかりの家族といった事も全て詩の中に昇華されています。そして何気ない言葉に女性ならではの叫びが聞こえます。石垣りん氏の詩はとても好きですがエッセイもしみじみ良かったです。

    2
    投稿日: 2023.11.12
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    「表札」の作者らしい、日々の暮らしの中で感じた心の動きが伝わってくるエッセイ集だ。今よりも女が一人で生きていくことが難しかった時代にあって、自分のしたいことをするために働いてきた決意が伝わってくる。

    2
    投稿日: 2023.11.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    この時代の人はほとんど全員生き残りなんだった。健常でない人がたくさんいた。今よりずっと。そういうことも思い出した。

    2
    投稿日: 2023.07.07
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    石垣りんの代表的な詩をいくつか知っている程度で読んだ。 石垣さんは14歳で銀行に就職し、定年まで働いた。 ほとんど昇進はしなかったが、これはもちろん当時の日本の会社が女性を男性と同等に扱っていなかったからである。 石垣さんが詩人としてどれほど才能があっても、結婚も出産もしなかったから「君は半人前だ」といい放つ上司、「なぜ結婚しないのか」で書かせる雑誌編集者と付き合わざるを得なかった。ホント、何様だよ、と怒りが湧くが、石垣さんや当時の女性はうんざりするほどそういう扱いを受けてきたのだろうと思うと暗澹とする。そんな毎日の中、感じたことが詩となり、エッセイとなったのだから、よしとすべきか?いや、そんな毎日がなかったとしても石垣さんは詩を書いただろう。違う詩になっただろうけど。 私ならあからさまに怒ったり悲しんだりしそうなところを、ぐっと押さえて余韻を残す文章にできたのは流石と言うしかない。 梅の木肌に手を置いて「また来年の花に会わせてください」と願い、「春は来るのではない、生きてこちらが春に到達するのだ」(p131)。 「納められる税金を「せつなく」受け取って、大事に使ってくれる」政治家はいないのか。(p249) 「さしあたっての希望は、欲しがらない人間になりたい、ということ。誰が何をしてくれなくても。さみしかったら、どのくらいさみしいか耐えてみて、さみしくゆたかになろうと―。」(p57) これらの言葉を忘れないようにしたい。

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    投稿日: 2023.05.03
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    働きながら続けた詩作、五十歳で手に入れたひとり暮らし。「表札」などで知られる詩人の凜とした生き方が浮かぶ文庫オリジナルエッセイ集。〈解説〉梯久美子

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    投稿日: 2023.02.16