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海馬を求めて潜水を――作家と神経心理学者姉妹の記憶をめぐる冒険
海馬を求めて潜水を――作家と神経心理学者姉妹の記憶をめぐる冒険
ヒルデ・オストビー、イルヴァ・オストビー、中村冬美、羽根由/みすず書房
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総合評価

7件)
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    海馬(≒記憶)を主題とする本書は、専門的で難解な内容を扱いながらも、意外なほど平易で、むしろ物語を辿るかのような読書体験をもたらす。 「大切なことを覚えておくために、不要と判断したものは忘れていく」や「幸せな記憶は、誰もが持つ抗うつ剤ではないか」といった印象的な一節が随所に散見され、記憶に関する本質的な洞察を静かに提示している。 本書を通じて、記憶や物忘れという現象を、従来とは異なる視座から捉え直す契機を得ることができた。

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    投稿日: 2025.08.13
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    「記憶」に関して医学的、脳科学的に考察した本。特に注目したのが本の表紙にもなっている〝海馬”(表紙はタツノオトシゴだが)だ。体験したことは、人、物事、感覚、行動として個別に記憶に保管される。それらが海馬の働きによって、記憶ネットワークで互いに結びつけられているという。それによって記憶容量に余裕ができ、私たちは自由にものを考えることができる。 単に記憶と言っても、それを有効利用するような場合と、それに思い出せずに苦しんだり、不要な状況で強引に出てきて振り回される場合がある。本書ではこうしたあらゆる状況について解説していて、どれも面白い。特に、テロに遭遇した人のPTSDやロンドンのタクシードライバーにおける脳の変化、外傷による脳機能の欠損した人についての話は興味深かった。 ー トラウマは、脳を萎縮させるほど有害なのだろうか、と。大変に恐ろしい思いをしている時、ストレス反応のせいでコルチゾンというホルモンが最大限に分泌される。確かにこのコルチゾンを大量に浴びると脳や、特に語源が同じタツノオトシゴと同様に傷つきやすい海馬は、害を受ける可能性がある。しかし学者のマーク・ギルバートソンと同僚がおこなった双子研究は、また別の可能性を示した。被験者となったのは、ふたりのうち片方のみが何か事件に遭遇しトラウマを負った双子だ。一卵性双生児は海馬もお互いにそっくりのはずだ。そこでギルバートソンは、トラウマのないひとりと不運にもトラウマを負ってしまったもうひとりの海馬を比較した。驚いたことに、彼らの観察によれば双子の海馬はトラウマがある方とない方を比べても、お互いにそっくりだった。「つまりこれはトラウマを負う前の海馬のサイズ自体が問題であり、リスク要因となる可能性があるということです」。 ー 脳の変化が明らかなのは、ザ・ナレッジ合格者に限られているのだ。合格するか否かは、明らかにトレーニング量にかかっていた。これもまた、トレーニングが脳にとって効果があることの証明だろう。一方、ザ・ナレッジを突破できない理由は多々考えられる。志願者は経済的に不安定な中、自由時間は原付に乗って地理を覚えるなど何年も猛勉強をしなければならず、気力が途中で萎えてしまっても不思議ではない。また、家族の世話に時間を取られ、十分に勉強できなかった人もいるかもしれない。別の可能性が考えられるのは、ザ・ナレッジに合格する人たちの脳は、そうでない人たちよりも、変化する可能性が高いのではないかということだ。しかし、これは測定が難しい。遺伝子、脳内の特殊な成長因子、栄養など、何が決定的な要因なのかは今日ではまだわかっていない。「現在わかっていることは、記憶力は必要に応じて変化するということです。たとえ歳を取っても」。 ー だが、脳の一部だけを特別に訓練することには、ちょっとした問題がある。脳は頭蓋骨にがっちりと囲まれているので、記憶力をトレーニングしても脳全体を大きくすることはできない。だから、ある分野の記憶力のトレーニングをすると、どうしても他の分野に負担が行くようだ。ロンドンのタクシー運転手たちを観察する限り、そう言える。「海馬後部は大きくなりましたが、海馬前部は少々縮んでしまいました」とマグワイアは説明する。タクシー運転手になるための訓練は、別の記憶力を劣化させてしまった。つまり、人物を覚えることが苦手になってしまったのだ。この点に関しては、簡単な記憶力テストをしただけで、一般人とタクシー運転手の違いが明らかになるという。「タクシー運転手の脳は地理記憶を優先するので、その他の視覚情報は二の次になるようです」 後半の上記のような内容を読みながら、記憶力のキャパシティに上限があるのか否か、という点に興味を持った。忘却は大切な機能だという事は分かったし、タクシー運転手は、海馬の一部が大きくなった代償を受けていた事も分かったが、結局、無限大か否かは分からなかったのが残念。忘れたくない、という本能が文字を書き起こすのかもしれないし、忘却という機能の存在自体が、限界の証拠になるのかもしれない。あるいは、本当に忘れたくない事は、忘れていない。忘れたことは、不要だった開き直っても良いのかもしれない。

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    投稿日: 2025.01.17
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    人間に宿るタツノオトシゴ…脳にある海馬を、つまり記憶のしくみについて書かれた本。 タイトルと表紙の雰囲気に惹かれて手に取った。 神経科学や認知心理学など、科学の本でありながら歴史、文学、心理学、建築学、神話学、生物学、環境問題などいろいろな分野の話題を組み合わせながら、情緒的でユーモラスでもある。 そんな本書はノルウェー人の作家&神経心理学者の姉妹によって書かれている。姉妹同士であることの屈託のなさから、時には喧嘩をしつつも、好奇心旺盛な彼女らはとことん記憶について突き詰め書いたとのこと。とても愛着の湧く本だ。 姉妹は様々な記憶に、海馬に関する過去の事例や先行研究を紹介しながら、自身らでも実験の再現をしたり、それらを鑑みた上で、どんなことでも記憶しておこうという試みはやめるべき。と記憶の衰えに日々憂える私たちに寄り添うように語りかけてくれる。 第1章 海の魔物――海馬の発見 第2章 二月にタツノオトシゴ(海馬)を求めて潜水を――記憶は脳のどこに定着するか 第3章 スカイダイバーが最後に考えること ――個人的な記憶とは 第4章 カッコウのひな ――虚偽記憶はいつ(正常な)記憶の中に忍びこむか 第5章 大掛かりなタクシー実験とかなり奇妙なチェス対決――記憶力をよくする方法 第6章 忘却は思い出の真珠を作る――なぜ人は忘れるのか 第7章 脳内のタイムマシン ――過去を思い出すことも未来を想像することも どの章も面白かった。 記憶の捏造は誰でも簡単にしてしまいがちであることがとてもよくわかった。 とりわけ目から鱗が落ちたのは第7章だった。 記憶は過去にも未来にも双方に働くというのは、薄々生活の中で分かっていたはずなのに、このようにわかりやすく科学的に説明されるとハッとしてしまったのだ。 過去の記憶があるからこそ未来を想像できる。 未来が想像できるからこそ、文学が生まれたのだ。 また、うつ病などを患うと未来の想像があやふやになり難しくなる。孤立を深めても未来の想像があやふやになる。生き詰まりそうになる。 そんな時は「物語」に触れるのが良いのだそうだ。 物語に、他者の人生に多く触れることで、生き詰まっていたところに、「今」以外の未来を見ることができる。 そうか…だから私はこんなにも物語を欲しているのか。とものすごく腑に落ちた。物語に触れるのは私にとって、とても大事なことだ。 具体的に未来をシミュレーションすることで、さまざまなシナリオの細部が明確になりどれを選ぶか判断しやすくなるという未来思考を「エピソード先見(⇔エピソード記憶)」と、トーマス・ズデンドルフ氏は呼んでいるらしく、とても興味深かったので書き留めた。 またノルウェーでの事例・研究やノルウェーで活躍する人物などもたくさん知ることができるのでそこもいい。 本書ではたくさん先行研究を調べていて、それでもまだ未知数な部分の多い記憶。人間の脳のしくみ。 もっともっと知りたいと思った。 そして何度でも本書を読み込みたいと思った。 もちろん、多くの人に読まれてほしいとも。 

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    投稿日: 2022.06.23
  • 小説家の創造性と描写力で記憶の謎に迫る

    記憶をめぐる小説としては『失われた時を求めて』のプルーストが有名だが、記憶の特性を理解するのに、研究者による数値を用いた精緻な科学的分析よりも、実は作家による自身の感覚から掴んだ描写の方が、脳の作用を的確に表現していることがある。 しかも記憶と物語は深く関わり合っていて、小説家が真実と作り話を組み合わせて物語を創作するように、私たちの記憶も回想と事実をごちゃまぜにする。 記憶とは正確な思い出がいっぱい詰まった鍵付きの箱などではなく、いわば創造的なスポンジで、なんでも吸い込んで、新しいものを生み出しているのだ。 この印象的なタイトルにあるように、中心にあるのは海馬だ。 記憶がどのように蓄えられ、想起されるのか - 脳内のタツノオトシゴ(海馬)に、記憶を理解するための鍵がある。 記憶とは静止したものでも信頼できるものでもない。 また、山のように動かざるものでもない。 常に詳細な事柄を加えて生まれ変わっていく。 曖昧で移ろいやすく、時に物事をひっくり返す。 海藻の間でゆらゆらと踊っているタツノオトシゴのように。 MRIで明らかになったのは、私たちが何かを想像している時の脳の活動は、実際に体験している時のものとほぼ変わらない。 想像も記憶も、虚偽記憶でさえ、実際に観察すると、脳内では同じような動きを見せている。 まるで願望によって創られているように、本当の記憶とは想像の一形態で、想像による再構築だ。 生きた有機体のごとく、心象風景を取り入れ、新しい構成要素が入ってくると元々あった記憶の映像と縫い合わせてしまう。 自分の想像力のせいで、縫い目もなくひとつになるため、真実と作り話の境界は常に曖昧だ。 しかもそれを無意識に、何も考えずにやっている。 ドキュメンタリー映像のような正確性を求めても無駄。私たちの記憶は司法制度のためにできていない。 記憶は、将来起こりうる危険を予測し、それに向けて備えるために進化したのであって、事件の目撃者として間違いのない証言をするようにはできていない。 思い出す度に、筋書きは必ず再構成され、隙間はもっともらしい事柄で埋められる。 しかし過去を思い浮かべ、未来予想図を描くことができるという、人間だけが持つ能力は、一種の記憶の副産物だ。 「未来は暗黒の”時の深淵”の向こう側にあるのではなく、川の中に配置された飛び石のようなもので、常に私たちの目の前にある。私たちはその一つ一つに足をのせることで先へ進む」 ノルウェーの姉妹による作品であるためか、同国のウトヤ島で起きた2011年のテロ事件の被害者が抱えるトラウマは、かなり詳細で生々しい。 トラウマはありとあらゆる手段で記憶と結びつき、被害者の感情を強く揺さぶり続ける。 予告もなく飛び出すびっくり箱のように、記憶は元のままの残酷さを保ちながら、何度も何度も飛び出してきて、決して箱を閉めることができない。 考えずにいろというのは困難で、それは「象のことは考えるな」と言うようなもの。 いない振りをしたところで、象は地面を踏みならし、辺りのものをひっくり返す。 トラウマの犠牲者はまるで象使いになったように、ずっとそばに象がいつづけるため、考えずにはいられない。 そしてある日自分が象になってしまう。 トラウマと同化して、自らの一部になってしまうのだ。 親が我が子に幼児期の様子を話すと、それが子どもの記憶として定着する話が興味深い。 ただし親の話し方が重要で、それが子どもの記憶の維持には関係してくる。 「子どもに覚えておいてほしいことがあれば、そのことをお子さんに話してください。そして、お子さんの体験のポジティブな面に重きを置いてください」 そうやって親は、すてきな幼児期の思い出を子どもに贈ることができる。 「幸せな子ども時代を送るのに遅すぎることはない」

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    投稿日: 2021.11.30
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    海馬から始めて記憶への考察実験が始まる。お決まりのラットに電流を流すものからMRIや不幸なきっかけで海馬を除去したヘンリーの記録、ダイバーによる記憶やイルヴァ自身による100日間の実験など実に多方面から記憶を見つめる。そして未来との関係、鬱との関連など興味は尽きない。 忘れることにも意味があり、忘れてもいいんだよということにほっとした。

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    投稿日: 2021.10.07
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    人の脳に棲むタツノオトシゴ——海馬。作家のヒルダと心理学者のイルヴァ姉妹は、地理と記憶の関係性や、他人の記憶を捏造することは可能かどうかなどを過去の研究に基づいて自らも実験し、記憶を司る器官の謎を探っていく。また、警察官、タクシー運転手、チェスプレイヤー、俳優、テロ被害者でもあるテロ研究者など、幅広い人びとへのインタビューを通じて「人の生にとって記憶とは何か」という問いに軽やかな答えを提案してくれる、記憶と忘却にまつわるノンフィクション。 面白かった!オリヴァー・サックスに近い読みごこちだが、サックスが脳神経科医として患者の脳に接しているのに対して、こちらは作家と心理学者のコンビなので固い定義に拠らない、柔らかい意味での〈精神〉や〈心〉に触れるような書き方。この距離感がとても読みやすかった。「私たち」という一人称複数も心地よい。 面白かったエピソードは、まず脳の機能不全でエピソード記憶がない人が一定数いるということ。意味記憶はあるので日常生活を送るには支障ないが、他人が幼少期の記憶をありありと語るのを聞いて「作り話だ」と思っていたという。なにせ他人の頭のなかの話なのでわからないが、こういう人はそれなりにいるんだろうな。個人的にはエピソード記憶がないとどんな夢を見るのか気になる。見ないのかな。 PTSDのような心的後遺症を残さないためには、激しいショックを受けた直後にテトリスをすると記憶が定着するのを防げる、という実験の話も面白かった。実践向きじゃないと言われてたけど、たぶんみんな好きな芸能人のスキャンダルにショックを受けたあと、自然とスマホゲームして記憶定着を防いでたりするよねきっと。ノルウェーのウトヤ島で起きたテロ事件の被害者へのインタビューによって浮き彫りになる目撃証言のみを頼ることの危うさや、かつて脅迫めいた取り調べを行なっていた警察官へのインタビューも印象深かった。 人はなぜ過去を記憶するのだろう。本書の著者、オストビー姉妹によれば、それは未来を想像するためだ。〈未来思考〉と〈過去の記憶〉は分かち難く結ばれている。

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    投稿日: 2021.07.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    記憶と脳の働きについて書かれた本。神経心理学者と作家の姉妹の共著ということで、海馬をタツノオトシゴに、記憶を真珠に例えて、読みやすくうつくしく様々なエピソードを紹介している。今まで読んだ「情動はこうしてつくられる」「私はすでに死んでいる」などに比べると専門性はそんなに高くなくて、実験や研究の軽い紹介にとどまるものが多く、目新しい話はあまりなかったけど、わくわくする語り口と分かりやすさで読んでいて楽しい。 記憶は何度も何度も再構成して解釈され、全く同じ形を保つことはできない。忘却し、変容する。そうでなくては大事な記憶を守ることができないとは、何たる悲しい性。 一つ「どうもあれ以降めっきり記憶力と集中力が落ちた気がする」と思っていたことが、この本ではっきり解説されていたのですっきりした。やっぱりそうだったのか!一度そうなった場合、通常の人と同じように記憶するには繰り返して時間と手間をかける必要があるとあって、ちょっとがっかりするけれど、まあやる気を出して頑張っていくしかない。当然だけど気分と好奇心を盛り上げていかなくては記憶もやる気を出してくれないみたいだし…。 トラウマ体験の定着予防にテトリスが有効というのも納得感がある。昔本当にしんどかった頃に狂ったようにスパイダソリティアやってたのを思い出した、脳が無意識に求めていたのかもしれない。テトリスが脳の(言語ではなく)視覚的領域だけをトラウマと取り合うことで、強烈な記憶が意味を得ずに暴れまわるのを抑えることができるってすごいな。トラウマを肥大化させず理解という支配にどう取り込むのかということなんだろうか。感情も記憶も、本当に脳って解釈、解釈、解釈の繰り返しだ。

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    投稿日: 2021.07.08