
総合評価
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powered by ブクログ『グランド・フィナーレ』は、「視る」という行為を主題に据えながら、デジタルとアナログの対比を巧みに織り込んだ作品である。文章は驚くほど軽やかで読みやすい。しかし、その軽やかさの奥に不穏なものが潜んでいる。 とりわけ印象的なのは、少女への偏愛というモチーフがあからさまには語られない点だ。むしろ書かれないことによって、その欲望の存在がかえって不気味な輪郭を帯びてくる。視線のあり方そのものが問われる作品だからこそ、この抑制された描写は効果的に機能している。 一方で、第二部は最後まで可視化を拒むような構成を取る。読み終えてみると、最後まで視ることを欲した主人公は,本質的には何も変わっていないのではないかという疑念が残った。少なくとも私には、この物語を贖罪の物語として読むことはできなかった。 曖昧さが作品の魅力でもあるがゆえに、周囲の登場人物たちが説明的で、あまりにも「まとも」に配置されていることが気になった。主人公の不透明さを際立たせるための装置として機能しているとも言えるが、その分だけ人物造形のバランスを欠いているようにも見える。 総じて、優れた作家による意欲作であることは疑いない。だからこそ、その卓越した筆力に比して目につく疵が、かえって強く印象に残る作品だった。
0投稿日: 2026.06.21
powered by ブクログオーディブルで読了。 比喩表現の独特さがクセになる純文学でした。 物語構成としては、受賞作は前半後半が切り離された印象を受けます。
0投稿日: 2025.11.07
powered by ブクログまたこの世から一冊、未読の阿部和重作品が消えた。この悲しみを何と表そうか。タイに行くことになり、6時間も拘束されて発狂する!とお守りに持っていきました。お陰で快適わくわくフライト。内容はさすがとしか言いようがないユニバースの構築と変人たちの強固な結びつき。どいつもこいつもどの口が何をほざいてやがる、、と思えるぐらいに人間。いつかこの世界の相関図を頭で描けたら
1投稿日: 2025.08.14
powered by ブクログ表題作で芥川賞受賞作であるグランド・フィナーレはなんというか、読みやすい作品でした。小児性愛者ということでもっと気持ち悪くなるような描写も出てくるのかなと思ったけど、なんというか普通にスルーできるような軽い文体というか。終盤への繋がり方もやや強引か?と思う印象もあったり。 それよりかは他の三作品のほうがちょっとぶっとんでるっていうか、面白さという意味では勝ってました。ちょっと気になるので他の作品も機会があれば読んでみたいなという気持ちになりました。
8投稿日: 2025.03.20
powered by ブクログ純文学というものをあまり読んだことがないし、どう読めば良いのか戸惑いながら読み進めた。 まず、短編集であることを知らなかった。 本書のタイトルになっている「グランド・フィナーレ」はメインの短編となっている。 きっと、物語のあらすじをまとめることにあまり意味はないのだろうと思う。 たしかに、読み進めるうちに、この言葉は、この構成は、何かを表現するための仕掛けなのだろう、と度々感じさせられる瞬間はあるが、それがなんであるのか、見立てをたてることすら難しかった。 もう少し批評について勉強してから、再度読んでみてもよいのかもしれない。
0投稿日: 2023.06.16
powered by ブクログもうすぐクリスマスですね。 ー 二〇〇一年のクリスマスを境に、我が家の紐帯は解れ… 芥川賞受賞の表題作は、ロリコン趣味が露呈して、妻と最愛の娘に去られた男の再生の物語。 とは言え、反省はしてるんだろうけど、主人公はきっと変態なままだ。 気持ち悪いまま読み終えた。 阿部和重さんは、そんな病んでいる男を一人称でドライに描き上げる。 村上龍さんは芥川賞の選評の中で「少女に対する偏愛という、いろいろな意味で危険なモチーフについて、作者が踏み込んで書いていないのが最大の不満だった」と言っているが、そこがこの小説をかえって不気味にしている、と思った。 主人公の内面については薄っぺらく描かれてるので、引き起こした事象から主人公のヤバさを読者は受け止める。なんかね、もういや〜なもやもやが残るんですよ。 人にあまりおすすめはしたくないが、僕はこの短編にかなりやられました。 そして、meguyamaさんもレビューでおっしゃってたけど、収録された最後の短編の「20世紀」と「グランド・フィナーレ」がループしているように思えて… 読み終えて、さーっと全身に鳥肌が立ちました。 人生って、ほんとにコワイ… あと、「グランド・フィナーレ」の作中に登場するジャズ曲、アーチー・シェップの「Quiet Dawn」は危なっかしい少女のヴォーカルが心をすごく不穏にさせます。 くれぐれも、この曲を聴きながら「グランド・フィナーレ」を読まないように。 おかしくなります。
50投稿日: 2022.12.10
powered by ブクログ読書開始日:2021年10月13日 読書終了日:2021年10月17日 所感 台詞がかなり好み。 表現方法も多彩。 でも内容としてはあまり好みではない。 台詞や言い回し図鑑のような作品だった。 半導体技術はもはや何の手助けにもなってくれず 置いてけ堀 期待が大きいほど外れくじを引きやすい うすばかげろう 彼なりの動物愛護精神 どう転んでも原物とは一致し得ないまやかし=磁気的記録 不道徳の匂い 今現在は露悪趣味に走って自身であえて貶めることにより逆説的に自らを際立たせた気になって悦に入る ちっぽけでぼやけたデジタルの像を見つめることによって感受されるのは、やはりどうにも埋め難い、被写体との距離だった 沢見さんは、田舎に帰って、こっちにいる人たちの顔を見ないで暮らしていけば何もかも忘れ去られるんだろうけど 古典的メロドラマ デジタルの象を守るあまり変え難い現実を手放す羽目になった後悔を抱く 都市化の推進とは一方で、新市街地の周囲に無数の小さな田舎を同時に生み出してゆく 素寒貧 少々てれ気味に腹を立てていた わたしの中に巣食うナルシシステイックなセンチメンタリズム 無責任を玩味しながら孤独に酔っていたかったのだ。完全から孤独を恐れながら 子供たちの社会は、大人のそれよりも遥かに人間関係の変化に富んでおり、濃密な時間が流れているものだ。 死にゆくものから託されたねがいは、それを受け止めたものに対して絶対的な命令のごとき強制力を及ぼしてしまう 貫徹は美徳 イエローベースの春の肌色 ブルーベースの冬の肌色 馬小屋の乙女 素性もわからぬものに対してこうもあっさり明け透けになれるのは、きっと本心ではそれなりに不満が鬱積しており、自身の現状についてだれでもいいから話して聞かせてみたかったのだろう シャブもしくはスミ子の名器 しんじゅくよどばしかめら 新宿のなにもかもが鬱陶しく、わたしたちを逆説的に惹きつけてやまない。 渋谷=どこもかしこも広告の一部として存在するだけであって、ただ消費者のみが交通を許される 新宿=人情味の排除=ヨドバシの罪 姿見ずを克服するためにカメラは、あえて「淀」の中へレンズを向けねばならないという逆説 20世紀 ダゲレオタイプの登場により、存在という概念が明確化。観測可能なものだけが存在。 心霊写真がいい例 人間が観測技術よってしか存在を認めなくなると、無神論が蔓延る。そのため神は存在の刻印を世界中に残し続ける。
0投稿日: 2021.11.06
powered by ブクログ終わり、それとも始まり……神町を巡る物語「グランドフィナーレ」という名の終わりの始まり。毎日出版文化賞、伊藤整賞W受賞作「シンセミア」に続く、二人の少女と一人の男を巡る新たなる神町の物語。 自分の過去をまるで他人事のように小さく語る主人公。刑事事件になっていないからなのか、それとも思考を停止しているだけなのか。クライマックスもこじんまりしていてサイコパス感が出ていて良かった。阿部小説は文体にかなり特徴があるらしい。とある芥川賞作家は、この作品についてこう書いていた。「多くの読者は疲れるだろう」と。だけどグランドフィナーレを読み終えた直後の感想は「普通に読めるし面白い」だった。
0投稿日: 2021.09.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
度し難いクズのお話。なにかおかしいと読み進めると、徐々に明らかにされるクズのクズたる由縁がおもしろかった。最後はなー、きっとこの主人公は変わらないだろうなとも読めて、評判悪いのもわかるが個人的にはかなり読ませる小説で面白かったです。この2ヶ月くらい、芥川賞受賞作を10作近く読んだけれど、『推し燃ゆ』の次くらいに面白かった。
0投稿日: 2021.09.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
現代を描いたものはすべて『コンビニ人間』と比較してしまう。 取って付けたような犯罪歴や自殺の匂わせなどは『コンビニ人間』と比べると「人間が描けていない」と思えてしまう。
0投稿日: 2021.05.01
powered by ブクログ『神町サーガ』構築のため、脇で脇なりの音を奏でる、そんな存在意義の小説。これ単体で味わい尽くそうとすると、ちょっと辛い出来映え、だと思う。 安部公房が、長編小説を上梓する前に同テーマの短編を書くことによって試行錯誤することがあった。「グランド・フィナーレ」もそれに近しいものを感じる。 個人的な好みでいえば芥川賞受賞作の表題作よりも「新宿 ヨドバシカメラ」のほうが馬鹿らしさの振り幅が大きくて好き。
0投稿日: 2021.02.21
powered by ブクロググランド・フィナーレ(芥川賞) 馬小屋の乙女 新宿ヨドバシカメラ 20世紀 第132回芥川賞 著者:阿部和重(1968-、東根市、小説家) 解説:高橋源一郎(1951-、尾道市、小説家)
0投稿日: 2019.06.14
powered by ブクログ43:ダ・ヴィンチで新刊が紹介されていたものの、どうやら大きな連作(というか、物語の舞台が共通)らしく、またこの方の作品はひとつも読んだことがなかったので、借りてみました。 表題作、確かにこの主人公は人間としてどうしようもない位置にいるのかもしれなくて、言い分の正当性と言い訳の間で揺れるさまはとてもリアル。ロリコンであるという属性は、何にでも書き換えられる。ラストシーンは新たな始まり(それがどういったものであれ)を予感させる、静かながら内に秘めたものの成長が感じられる力強いもの。まさに、グランド・フィナーレ。 しばらくこの方、追いかけてみようと思います。
0投稿日: 2018.10.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
初めて阿部和重を読んだ。有名どころから入りたくて、芥川賞を受賞したグランドフィナーレを読んでみた。 いやぁ、難しい。正直なところ、小説として面白いとは思えなかった。 けれど、解説込みでなんとか「そういうことなのかな」という納得感みたいなものをひねり出した。 主人公の男性は、娘を含めた複数の女児のポルノ写真を撮影していたんだけど、そのことが妻にバレてしまい離婚となる。 都会での仕事や家庭、享楽の全てを失って、主人公は地元へと帰る。地元では二人の女児と出会って、演劇の指導を手伝うことになるんだけど、二人がインターネットで自殺サイトを閲覧する場面に遭遇してしまう。 物語の終盤で、主人公は二人の無事を確認するために夜中まで駆けずり回る。それは贖罪というよりもむしろ、もっと原初的な感情なのかもしれないと感じた。 東京では相手の立場に立って考えることなんて一度も無かった主人公が、全てを失った後に初めて必死になって何かをした。それはある意味では美しくて希望の持てる展開だったのかなと思った。 ちなみに、文体は硬くてシリアスな森見登美彦といった感じだった。
1投稿日: 2018.09.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
短編集。表題作は、ロリコンがバレて離婚させられた男が会えなくなった娘に未練を残しつつ田舎に戻ったら、ある経緯から二人の少女の演劇指導をすることになった話。演劇指導を依頼されるまで随分と退屈だったけれど、救いようのない結末でなくてホッとした。仮構に人物を当てはめてコミュニケートした気になってる、は、改めてそうだと思った。他の短編では、ホームビデオは画面の映像と記憶の映像の2つを観ている、との記述が面白く思った。
0投稿日: 2016.09.19
powered by ブクログ何が言いたいのやら全くわからない。何を感じたのか?離婚して愛娘と会えなくなったのは自業自得。家業を手伝いながら小学生の演劇の手伝いをして二人の少女の生きる手助けをしようとするのは贖罪なのだろうか?
0投稿日: 2016.06.02
powered by ブクログこれは神町絡みって分かりやすかったし、ニッポニア関連の話題も出てきたけど、やっぱりそれぞれの相関性はほぼ皆無なんですね。独立した物語になっていて、これ単独でも十分楽しめる内容でした。まあ、どこまで楽しめたかってのは別問題で、アブノーマル描写が多いなってこと以外、とりたてて言うことはない感じでした。でもそのアブノーマリティも、前2作の方が極端に思えましたが。表題作以外のおまけ(?)短編に関しては、読み流した程度で、特に感慨は覚えませんでした。やっぱりシンセミアが最強と思います。
0投稿日: 2016.06.01
powered by ブクログ何だか文というか漢字が難しかったです。 芥川賞だから難しいのか、難しいから芥川賞なのか。 文の雰囲気としては、コメディ要素を抜いた森見登美彦さんって感じでした。 内容はどうなんでしょうね。 何だか盛り上がりそうだぞ、って思って読んでたら、やっぱそんなに盛り上がらなかったかって場面が何度かあったような。
0投稿日: 2015.10.08
powered by ブクログ最近本屋で平積みされている別の本を見て再読、★1.5かな。 まぁ題材のあくどさもさりながら、結局何を語りたかったのかがいまいち分からず。構成としても前半部で終わらせるような形で締めるべきだったと思う(後半はそれこそ魅力(?)を殺いでいると感じる)。とまぁ否定的なことばかり書いてしまいましたが、解説を読んでまぁそういう理解もあるのかなと思い直し、★を0.5上げた次第。 色んな意味で挑戦的ということで芥川賞受賞と相成ったのかな?正直分かりません、当方には。
0投稿日: 2015.04.29
powered by ブクログ伊坂幸太郎氏との共作『キャプテン・サンダーボルト』を受けての阿部和重作品初読みです 芥川賞受賞作品 「阿部氏代表作になるのかな」と手に取ってみたものの・・・・・・・ えー よく わかんなーい (´-ω-`)ウーン 三次元の世界を文章で著す表現力はとても興味深くて、すごいなって感じるんだけど お話自体は何を求めたお話なのか・・・まったく理解できなかった・・・・・(^_^;) 珍しく、この時点で他みなさまのレビューを拝見することにしたが、同じような意見を持つ方々が多くいるようで・・・・・ 特に阿部氏のファンの方々の多数はこの作品が「代表作」とは考えておらず、『シンセミア』『ピストルズ』へと続くプロローグ的作品との位置づけとしているようであります ある男が幼児性愛者であることで妻子を失ってしまうというお話 自分の娘、そして、自分を頼って近づいてくる女児たち 彼女らとの係わりの中で自分自身の葛藤と周りの人物たちとの距離感を繊細なタッチで描いているのです・・・・・が・・・・・ 何を表現した作品なのか・・・・・・ その他 『馬小屋の乙女』 『新宿ヨドバシカメラ』 『20世紀』 短編集であります
0投稿日: 2015.03.03
powered by ブクログロリコン趣味が露見して、妻と娘に見捨てられ 友人関係にも暴露されたことで軽蔑を受けるおっさん それも仕方の無いことだ 幼少期に受けた性的虐待の、心の傷というものは 悪くすると自らの命を絶ってしまう原因にもなりかねないのだから ただ、ここでおっさんがその気になりさえすれば 反論することは可能である というのも、心に傷を負わない人間などいない おっさんがロリコン趣味を持ったことは これもやはりおそらくは、幼少期に受けた心の傷が原因であって そこに不可抗力は、認められるべきだと だけどもちろん、おっさんはそのようなことを言わぬ なぜなら現代社会において そのような憎しみの連鎖を断ち切ることは、大人たちの責務だからだ その矜持だけでも守りとおしたおっさんはえらい いやえらくない まあそんな感じで郷里へとひきこもったおっさんは なにも知らない昔の友人から、児童演劇の指導役を頼まれたりして 人間的な再生をはかっていくわけだ 本来なら小学生女児の前になど顔を出せないおっさんだが 子供たちの真剣さにほだされて、なんとか「大人」を演じようとする …劇作家で演出家の故・つかこうへい氏は、演技指導の際 役者を徹底的に批判することで 無駄な自意識をはぎとり、役柄に集中させたのだと聞く おっさんが、ロリコンとしてその人格を全否定されたことは 結果的にプラスに働いたと言えるだろう しかし彼の演じる芝居には、脚本がないのだった ロリコンは「大人」というものについて知っているのか? ラスト、おっさんは女児たちに セキセイインコをプレゼントしようと考えるのだが 僕にはそれが村上春樹の短編「蛍」に重なって見えたりもした
0投稿日: 2015.02.04
powered by ブクログこの間伊坂幸太郎氏の本を買ったら宣伝が入っていたので一作かりてみようと図書館で。芥川賞を取った作品だそうですが読んだ感想はなんじゃこら?でした。あとがき読むと本を読まない世代が読むとスゴイと言うので作品を再評価したとか書いてありましたがそれって結局その方が読んだときはどうってことないと思ったという事なんじゃ…?とか思いました。 なんとなく重たい文章で読みにくいのとにじみ出る自分勝手な男の言い分が纏わりつくようで一言でいうと気色悪いお話でした。何が気持ち悪いって「ワタシ」さんは自分が悪いと言いつつも本心の所で全然そう思ってなさそうなところが怖い。結局奥さんが彼の異常な娘への執着をおかしいと思わなければ、発覚しなければ彼は今も娘の写真を撮り続けていただろうし何の良心の呵責もなく少女のポルノ写真を所持していただろうしな。そしてそれが何が悪いの?ぐらいにしか思っていないからいまだに娘に執着しているし娘も愛してくれていると信じている。成長した娘がいずれ訪ねてくれるかも、なんて期待を抱いている。オイオイとこちらは失笑せざる負えないですが。 いずれにせよ自分は悪くない。見つけた妻が悪い、余計なことをしゃべる友人が悪いぐらいしか思ってないのがにじみ出ていて恐ろしい。そしてそんな事件を起こしていても幼女二人が頼ってくれていると思いインコを贈ろうとする。いやあ、引っ越す少女に生き物はNGでしょう。でも彼は自分は良いことをしていると思うから人の事を考えて行動はしない。相手の立場も、気持ちも思いやることが出来ない。想像力が無さすぎる。もしかしたら食い物にしていた少女たちにとっても自分は良いことをしていると思っていたのかも。ものすごい独りよがりで怖い。あ、でも買春で捕まる人ってこういう意識なのかも。自分は悪くない。売るやつが居るから買ってやってるだけでむしろ自分は良いことをしているんだ、って。 結局痛ましい体験をしている子供が居てもアフリカのどこか、というように自分とは関係ない、他人事で済ませられてしまう時代って怖い。まあ…嫌なお話でした。
0投稿日: 2014.12.02
powered by ブクログとても重いテーマだった。 児童性愛者の主人公。 なんだかこう、はじめてこういう人の主観にたってみて、きっと子どもに対するときめきみたいなものは抑えられないんだろうと思い、なんと少し同情の気持ちが湧いてしまった。 子どものことはみんな、好きでしょう?それを、性的に好きになるかどうかって、意外と紙一重だったりしないのかな……… 主人公の異常性が露骨にえがかれていなかったからか、彼の子どもへの愛情が強いからか、2人の女の子が非常に愛らしくえがかれていたからか、案外ぽろっとハマってしまうものなのかもしれないと感じた。 主人公の男性的な事実のみの思考、離婚やドラッグや法に触れる仕事といったハードな現実。これに対応するのが、子ども達の純粋無垢な姿なのかな。これだけキツイ汚い世界に生きていると、より子どもというものが輝かしい存在に思えてくる。 そして自殺、という行動について。 「愛する人に自殺してほしくない」 という気持ち。 主人公はIからこれを突きつけられ、終盤では自分がこの気持ちに駆られて動く。 なんとも…… 子どもを愛することをやめられないから避けようとしていた主人公にとっては、子どもを自分の欲望によって傷つけることなく、幸せに、生きていってほしいと思う行動、そんな自分との折り合いの付け方はハッピーエンドじゃないだろうか。 終始主人公は愛情深く、意外と、憎めなかったんだよな。 あまり評判よくなさそうだけど、終わり方含めてあたしは含みのある現代小説でよかったなぁと思いました。キモイ暗いテーマだけど、主人公が無機質なので割と軽くなってる印象。 阿部和重の主人公の執着思考は何だか読んでて臨場感がある。あと漢検の勉強になりそうな本笑。
2投稿日: 2014.12.01
powered by ブクログ意味不明。 表題作はまだなんとなく読めるけれども、残りの3作は全く分からなかった。いずれにしても、変態的な小説なのだろうとは思う。
0投稿日: 2014.08.04
powered by ブクログもうあんまし覚えていませんけれども、ロリコン男の話だったかと思います! この題材で芥川賞を受賞できるだなんて…さすが阿部先生ですね! ←え?? 社畜死ね!! ヽ(・ω・)/ズコー まあ、取り立てて感想めいた感想はないんですけれども、解説にもあった通り、現実味・人間味に欠けるかのような描写の主人公ではありますけれども、実際にはこういった、特に電脳化著しい現代においてはこのような男が幾多も存在するんじゃないでしょうかねぇ…みたいなことを思ったのでした。僕も実際、人間としての大事な何か、つまりは感情・情緒といった面が欠けているのかと思いますし… ←え?? といった感じで世間的な評価はあまりよろしくない芥川賞受賞作ではありますけれども、個人的にはそこまで酷い作品だと思いませんでした…おしまい。 ヽ(・ω・)/ズコー
0投稿日: 2014.04.30
powered by ブクログ2013年11月21日読了。2004年の芥川賞受賞作。妻と娘に絶縁された男の彷徨と再生(?)を描く表題作他、架空の街「神町」をめぐる短編を収録。正直、非常に個性的な小説であり、巻末の高橋源一郎による解説を読まなければ何をどう解釈していいのか迷うところだった・・・。小説の主人公は通常作者自身が投影されていたり正義漢だったり弱者だったりと読者の共感を誘うように性格設定・描写がされるものだと思うが、表題作の主人公は客観的に言って「どうしようもないクズ」であり、またその心理が空虚すぎてどうにも感情移入できない・・・そこが狙いなのだろうが。「共感とか感情移入とか、誰かの体験・感情というものはそう簡単に他者に理解できるものじゃないよ」という作者のメッセージだろうか?表題作以外の、よく分からないままよく分からないところに連れて行かれてしまう感覚も、不思議。
0投稿日: 2013.11.22
powered by ブクログ2004年下半期芥川賞受賞作。阿部和重は、これ以前に既に群像新人文学賞、野間文芸新人賞、伊藤整文学賞、毎日出版文化賞を受賞していた。もはや今さら新人の登龍門でもないような赫々たる受賞歴だ。文壇、あるいはむしろ出版界がこぞって待望する新しい文学の旗手といった位置づけである。阿部は本質的にストーリーテラー型の作家である。本編『グランド・フィナーレ』でも、そうした力量は存分に発揮されているだろう。しかし、主人公の抱える煩悶が表層的に過ぎるように思われる。日本版ナボコフたるには、あまりにも遠い階梯だ。
0投稿日: 2013.09.26
powered by ブクログ2005年芥川賞受賞作。作品全体の暗さ、不気味さが体に残る。前半は主人公の気持ち悪さが際立つが、意外と自己反省的で、自分の悪い部分を分析する一面も見られる。掴みどころがない。掴みどころのなさから多少の人間味が出ていて(とても魅力とは呼べないけど)、憎みきれない。
0投稿日: 2013.07.27
powered by ブクログストーリーは、ロリコン趣味のある父親が娘に固執し、奥さんに離婚され、実家に帰る。って言う話。 文の言い回しとか直接的じゃなくって曲折的であまり好きじゃないのよね。 たとえば、クリスマスって言うのを「聖なる夜」とか言っちゃうとこ、芥川賞的だよね~。 でも読んでて悪い本ではなかったけど、すっごい良い本でもない。 何が結局のとこ言いたかったのかちょっと理解できなかったな~。尻切れトンボみたいな結末も好きじゃない。 併録されてるとは、『馬小屋の乙女』『新宿ヨドバシカメラ』『20世紀』。 『馬小屋~』と『新宿~』はね~、イマイチ。ちょっとシモネタ系の短編。 読み終わった後「ん~~。オッケーーー。(単調に言う)」って言いたくなるほど、あ。っそうなの。 って感じの小説。 『20世紀』はね、著者が小説の舞台にもなった神町(じんまち)の取材に訪れたときの紀行エッセイ。 こっちの方が面白かったよ。
0投稿日: 2012.11.27
powered by ブクログ私は佳作だと思います。 設定から奇を衒う内容を思わせます。しかし本作品では普通に、大人から見た子供、大人になったが故遠く感じてしまう子供、その純粋なものに触れたい気持ちを抑えられない不純な大人が描かれているのです。 設定のマニアックさのバイアスがあるので酷評されている感がありますが、普通の純文学と見ていいのではないでしょうか?
0投稿日: 2012.11.16
powered by ブクログえっ、そこで終わり?って感じですっきりしない。途中まではすごく面白かったのに。興味のある作家だったが、他の短編も今一でがっかり。。
0投稿日: 2012.08.30
powered by ブクログシンセミアほどの衝撃はないが、ありそうにない話でいながら、リアリティのある、筆者の真骨頂が発揮された作品であると思う。救われない内容でありながら、何か心温まるものが感じられて、とても味のある作品ではないかと思う。
0投稿日: 2012.07.10
powered by ブクログなんか不思議な小説でした。 収録されている中では、やはり「グランド・フィナーレ」が一番好きでした。さいていな主人公なんだろうけど、物語としてすごく惹きつけられました。 結局、麻弥と亜美はどうなったのか?主人公はこれがきっかけで社会復帰するのかなど想像してしまいます。
0投稿日: 2012.06.26
powered by ブクログ久々に意味の分からない本。ロリコン男の自分勝手な再生の物語かと思いきや、何で!こんな中途半端な終わり方。胸くそ悪い変な小説。
0投稿日: 2012.03.10
powered by ブクログなんかひとつの物事に対して比喩が多い、森見的な文章→ってかまじでいちいち理屈臭い男だな→と思ったらお前ロリコンかよ!キモイ→あー、でもまぁ、ロリコンも突き詰めて言えば性癖=個性だしなぁ。言い分はわからなくもない→ってIさん、そうですよね-!こいつの満足のために、傷ついている人々は大勢いますよね! って、流れ。第一章は。 そんでもって第二章で、なんか今までの聳え立つプライドと取り囲む鉄壁の理論が完全に崩れて、まるで宗教か牢獄の洗礼を受けた元犯罪者のような恥と反省と抑制力の塊のようになってるじゃないの。驚き。 ま、児童館に集まったガキの中から人目で可愛い女の子たちを見つけて、プラス覚えちゃってるところあたりは昔取った杵柄ですが、それにしてもこの豹変っぷりは、やっぱりIの説教なんでしょうか? そんでもってその可愛い子たちが自殺を考えてるっぽくて、なんの因果か小奴がそれを止めようと頑張るところで話終わりー。 もー、何なんだよー!この本を通してのメッセージは何なのよー。ってヤキモキする。 男を上げ落とし上げ落とし上げ上げどーんと落とし、落としーーー-の最後上げっ!・・・でっ!?って振り回された。 にしても私、今こうやってレビュー読むと、男の善悪の立ち位置がコロコロ変わってる(笑)中身のない子(笑) ちなみに全4話短篇集の中、グランドフィナーレともう一個読んで、放置中。 『死にゆく者から託された願いは、それを受け止めた者に対して絶対的な命令の如き強制力を及ぼしてしまう。』・・・だよね。遺言は、自己完結の楽しいものにしましょう。
0投稿日: 2012.02.28
powered by ブクログ「グランド・フィナーレ」「馬小屋の乙女」「新宿ヨドバシカメラ」「20世紀」の4本からなる短編集。 この本を読んで最も印象に残ったのは阿部和重の「時間」というものに対する感覚。ロリコン犯罪者の、子供にとっての「時間」と大人にとっての「時間」はまるで別のものだという認識。ある年齢まで、ビデオカメラによって生活を詳細に記憶された女性の「時間」に対する感覚の歪み、すごく面白かった。思えばわたしは時間の経過による思い出の美化、風化といった、「時の欺瞞」とも呼べる何かに対して、ずっと疑問を抱いて来た。こういった時間に対する感性に出会えてとても興味深かったです。
0投稿日: 2012.02.13
powered by ブクログ『シンセミア』や『ニッポニアニッポン』に関する内容もちょろっと出てきますが、そんなの知らなくても全然読めます。読んでない人はどこに出てきたのかも気付かないじゃないかと。 で、肝心の内容自体は前述の2つの方が全然おもしろい。 簡単に言うとロリコンの男の話なんだけど、イマイチ人間の心理の奥の部分を避けてるっちゅうか変態性が足りないっちゅうか…。 『シンセミア』のような押し寄せてくる圧倒的な文圧みたいなものは感じられないですね。
0投稿日: 2012.01.05
powered by ブクログえ?これで終わり⁇というのが正直な感想… あとに三編控えてるのを忘れて読んでたことも大きいけど。 最初は面白かったのに、これから物語が展開してくかも、ってところで終わった感じがして物足りなかった。 川上未映子さんの旦那さんてことで読んでみた作品でした。
0投稿日: 2011.12.12
powered by ブクログ多彩で奇抜な文章は、読みすぎるとお腹をこわしそう。ロリコンとかドラッグとかテロとか、読む人によっては気味悪い小説だろうけど、奇妙な魅力がある。 ニッポニア・ニッポン、シンセミアと並ぶ阿部和重「神町サーガ」のひとつ。
0投稿日: 2011.10.14
powered by ブクログ出だしが異様な雰囲気で、もっと狂気じみたものかと思ったが、そこまででもない。 自分のしてきたことを、ちーちゃんあいたさに正当化している。 普通の感覚でない人間って、こんな感じなのかな?
0投稿日: 2011.08.11
powered by ブクログ気持ち悪過ぎる。 と言っても、ロリコンの中年を扱っているから ではなく、モノローグに違和感があるからです。 解説で高橋源一郎が触れているような「狙い」 があるのかもと思うけれども、狙いを実現する には読後感の居心地の悪さが酷いと思います。 非常に苦手な種の文体というせいもあるけれど。
0投稿日: 2011.08.07
powered by ブクログ実は 【「ロリコンもの」「問題作」として話題になっていたから】 という理由で芥川賞を受賞したすぐあとに一度読んでいる。 でも当時多感な女子高校生だったわたしは「あら、意外にもいい話・・・」と感じ、正直期待を裏切られた感が強く、その後興味は薄れてしまって阿部和重の作品は一度も手に取っていなかった。 当時のわたしは一体なにを期待していたのだろう・・・。 いろいろな評価をとっぱらって本当に自分が感じるものを素直に感じることを感じるにはそれなりの力量とか自分に対する自信が必要だよなぁとしみじみ思う。 わたしはまだいろいろと幼すぎたのかもしれない。 近々再読してみるつもり。
0投稿日: 2011.07.18
powered by ブクログロリコン…というか少女趣味な主人公が、ポルノ雑誌に斡旋した小学生くらいの女の子の写真を撮り溜めて、しかも自分の幼い子どももちょっと異様な感情で写真を撮りまくってた挙句、自分の妻にバレて離婚。 その後知らない町に行き、自殺願望のある小学生二人と一緒にクリスマス会を成功させようと頑張るお話。 重そうな題材を取り扱っているにも関わらず、なんか軽い話。何より主人公が軽い。 自分の子どもと引き離されたのに反省してる様子もなく隙あらばぬいぐるみを渡そうとしてるし、まるで妻が悪いと言わんばかり。主人公のマンションにまで押しかけて説教を垂れた女性の経験譚も、自分のことじゃないからかなんか妙に淡白。 知らない町に行ってからの生活も、もう手は出さないという根拠のない自信の元、少女たちに近づいていくし。 反省したの?自分のこと振り返ってみたの?っていう感じ。 もしかすると、ほんとにひょんなことで少女趣味が再発するんじゃないかという危惧を持たせた終わり方のように思った。 アンバランスというか、非常に不安定で、簡単にあっちとこっちのラインを踏み越えてしまえる主人公の薄ら恐ろしさがにじみ出ていたと思う。 更に怖いのは、作者がその主人公描写を意図しているのかいないのかがイマイチわからないこと。
0投稿日: 2011.07.08
powered by ブクログ表題作は最初から最後までずっと違和感があって気持ち悪い。 先入観によって、物語の顛末を嫌でも予想してしまい、不安を抱きながら読む自分が居た。 結局予想とは違う方向へ進みそうになって話は終わったのだけど、中途半端で肩透かしを食らった気分になってしまった。 個人的には表題作よりも共に収録された短編三本のほうが面白かったなぁ。
0投稿日: 2011.06.13
powered by ブクログなんだこれ。あたりまえに普通にゲスな「わたし」とあたりまえに普通な反応をする「わたし」を取り巻く周囲のひとびと。なんだけど、ものすっごい違和感。かゆいとこ「だけ」に手が届かない感じ。でもその感じ「わかる気がする」てのがますますわけがわからない。 ちなみに他にも唐突にヨドバシカメラの話とかも収録されてるけど、その辺は僕の脳みその許容量を超えたので考えるの止めました。
0投稿日: 2011.04.23
powered by ブクログ阿部和重作品で、まだ読んでなかったことに気付き購入。 神町絡みの作品なので、『シンセミア』が非常に面白かったことから期待して読んだのであるが大したことはなかった。主人公の行く末と物語の展開に期待して先を読み進めたのであるが、結果は結局よくわからずあいまいなままという結末で心動かされず。解説で、高橋源一郎が絶賛しているが、これもよくわからず説得力は無し。 神町を舞台にした話が出てくるので、神町に絡んだ他の作品を再読してみたいとは思うが、今すぐに!というほどの力は無し。
0投稿日: 2010.12.30
powered by ブクログ離婚したせいで愛娘ちーちゃんと会えなくなってしまった。 DVと言ってもたった1回妻を突き飛ばしてしまっただけなのに。 その原因も妻が勝手にわたしのデータをコピーしたからだ。 ちーちゃんや他の女の子の写真のデータを。 田舎に帰り大人しく実家の文具屋の店番をしていると 2人の女の子が演劇の指導をして欲しいと訪ねてきた。 小学生は避けていたのにどうしたものか。 「グランド・フィナーレ」ほか全4編。 装丁:スタジオ・エス・アンド・ディー 装画:さわのりょーた どこか壊れている。自分のしたことが社会的にどう見られるか わかっているのに抑えきれないのは自己愛なのか。 いろいろなことを予感させる文章が散りばめられているのに 特筆すべきことは起きないという不完全燃焼感。
0投稿日: 2010.10.19
powered by ブクログ(偉そうですが)芥川賞?自分の頭が追いつかないだけかもしれませんが、前衛的すぎるのと言い回しのくどさに疲れました おおまかな内容は、ロリコンの男が自分の娘に変な感情を抱いてしまい、離れる為に実家に帰され、そこで出会った二人の少女と演劇を作る、と言いった作品です。多分
0投稿日: 2010.09.16
powered by ブクログT:私は「オタク」「ひきこもり」「ロリコン」「ストーカー」・・・メディアが取りあげ、時に社会問題として扱われるような特殊とされる人間ではないと思う。しかし阿部和重の作品に登場する一般的に特殊とされる人物には共感させられるところがある。ここに阿部和重の作品の面白さを感じる。 M:まったく知らない作家なので質問。「社会問題」の人物像づくりには特殊化(アブノーマルというラベルを貼ること)によって社会の中に外部を作るからくりが隠されていると私は思うのだが、そこらへんは言及されているのだろうか。
0投稿日: 2010.09.13
powered by ブクログ第132回芥川賞。 冒頭は離婚したロリコン男が、近づくことすら許されない一人娘の誕生日にプレゼントを贈るエピソード。 後半は主人公が田舎に帰って文房具店で働いているところに、ひょんなことから小学生の女の子の演劇指導をするはめになってしまう話。
0投稿日: 2010.07.08
powered by ブクログ第132回芥川賞受賞作。表題作のほか「馬小屋の乙女」「新宿 ヨドバシカメラ」「20世紀」の3編を併録。 離婚して職を失い、故郷へ戻って古い木造の一軒家に住み、仕事もせず、妻に引き取られた一人娘の形見の品であるジンジャーマンのぬいぐるみを抱っこしながら、あてもなく町をブラブラしている、37歳のロリータ・コンプレックスの男のお話。もともと東京で教育映画の監督をしていた彼は、地元の小学生の女の子2人に請われて、演劇の指導をすることになりますが・・・・。 この本に収められた小説は、どれも一読しただけでは理解不能なものばかり。けれど、ちょっと硬めの文体と、内容のアンバランスさが面白く、なぜかしら一気読みさせられてしまいます。
0投稿日: 2010.06.06
powered by ブクログ幼女ポルノのビジネスに手を染めた冴えない中年の話です。 離婚され、最愛の娘と引き剥がされ、でも未練たっぷりで。 さて困りましたね。 面白いかと聞かれれば「そこそこ」です。さらに文学性も高いと思います。どこがと言われても困るのですが。 しかし、何が書きたかったのか良く判らない。少なくとも表面を流れている物語では無いような気がするのです。どこかに何かのバックグラウンドが存在しているように思えます。しかしぞれが何か判りません。 どう評価すべきなのか悩んでしまう、そんな作品でした。
0投稿日: 2010.05.19
powered by ブクログ粗忽が招いた阿部和重さん本 パート2シンセミアとちがい一人称で語られてゆくお話ロリータコンプレックスというものも自分自身ではどうしようもない嗜好なのかもしれないと受け止めることはできるのですが・・・1はぐちぐちと自己弁護のように語られている印象。先日 新聞の社会面で児童ポルノに関する特集記事読んだばかりということもあるからか、どんより・・・2では故郷に帰った主人公が2人の少女と出会い2人を救おうとする主人公が再生・贖罪する姿が描かれている・・・のかな・・?ばさ!といきなり幕が下りてしまったような・・・離れてもクリスマスプレゼントの小鳥を愛でながら暮らす少女を想像してみようとおもう。他“馬小屋の乙女”“新宿ヨドバシカメラ”“20世紀”という短編もありました。馬小屋の乙女というタイトルで連想するのは聖母マリアなのですが・・・・・・他の作品も鶏頭には理解不能 まだまだ勉強が足りないようです。阿部和重さんの御本鶏頭には荷が重い。読むのが辛い・・・。 ピストルズ・・・しばらく積読。
0投稿日: 2010.05.12
powered by ブクログとりあえず文庫版の高橋源ちゃんの解説がすごい、あざやか。評価が割れがちな作品を解説させたら彼の右に出る人はいないんじゃないだろうか。その上で評価がイマイチなのは、これが阿部和重の決定版ではないと思うからである。以下、各編のあらすじ。 「グランド・フィナーレ」は事情により離婚に追い込まれ、愛娘と会うことを禁じられた映像作家が、故郷・神町へ逃げ帰り新しい「希望」を見つけるまで。まわりの人間が感情を爆発させるのに対して、主人公はいちじるしく欲望や感情を欠いているように見える(けど、やってることは異常そのものだ)から、彼の見た希望が本当に希望なのか、答えは宙吊りにされる。 ちなみに物語中、トキセンターに忍び込んで警備員を殺した少年の妹が登場する。 「馬小屋の乙女」では、まぼろしの性玩具を求めて辺鄙な町(神町)へやってきた男が、奇妙な老婆に出逢う。とことんコミカルでそこはかとなく恐い話。 「新宿ヨドバシカメラ」は企業用に書かれた小説。雄弁な男がみずからのセックスを実況中継しながら新宿の地誌をつまびらかにする。バカバカしいくらい陳腐な比喩がむしろ生きてくるのは、やはりこの街だから? 「20世紀」も、やはり地誌。東北地方にある神町を取材する私は町の歴史を調査するうちにだんだんこの土地へ取り込まれていく。ホームビデオ、父と娘など、「グランド・フィナーレ」に連なるテーマがあらわれる。
0投稿日: 2010.04.12
powered by ブクログ芥川賞受賞作である表題作を含む4つの短編集。 表題作は、作中で書かれているある諸事情によって離婚させられ、愛娘の親権も妻に奪われ、娘に会うことすら不可能な「わたし」が故郷へ帰り、双子のような二人の女児に出会う。 すべての話を読んだ限りでは、私のごくごく個人的な感想をいえば、この文章はあまり好きになれない。どちらかというと苦手なタイプである。まるで早口でまくし立てられているような感覚。実際に、登場人物が相手に相槌もなく、早口に言いたいことを言っているだけの描写がある。コミュニケーションとは言いがたいようなコミュニケーションしかとれないのが「わたし」なのかもしれない、なんて思ったりもする。 なんとも、その行動意図が測りかねる「わたし」ではあるが、表題作全体のイメージとしては嫌いではない。ただ、文体が苦手、というだけで…。
0投稿日: 2010.01.12
powered by ブクログ学生に勧められて。 なるほど、なるほど。 しかし、この手の描写を、 笑えばいいのか(いいんだろうけど)、 まじに取ればいいのか、ちょっと分からない。 いくつか読んでみないと分からない、 ってことは何冊か読むことになり、 それはそれで、コンシューマーになるという罠か。
0投稿日: 2009.08.26
powered by ブクログ幼女趣味の一児の父親が、その趣味故に離婚し、娘と離れることになった。そこからこの小説は始まる。ただ、確かに娘への執着から話は始まるのだが、序盤で自分自身を冷静に理解し始め、中盤以降は娘への執着はほとんど感じられなくなる。後半は、少女たちの演劇の指導に、誠実に取り組む姿が描かれる。 題材が題材なだけに、妄想で語られるというファクターを頭をよぎる。ゆえに、フィナーレを迎えたのか迎えられなかったのか、それさえも釈然としない。読み終わったとき「え?終わり?」そんな感想を抱く小説である。
0投稿日: 2009.07.14
powered by ブクログロリコンのいろいろ。 都庁の話は意味不明。 ロリコンが異常かどうかはおいといて、異常な性癖や嗜好って多分自分で望んで得たものじゃ無いとおもうんだけど、 おれらが(一般的に誰かが決めた)「普通」のセックスで昇華していることを、「異常」な方法でしか昇華できず、そのために人間扱いまでされなくなってしあわせまで剥脱されてしまう姿に、 全てのことの表裏が紙一重な気がして、ぎりぎりのところでバランスを取っているのかもと感じた。 結構ふかく考えさせられる。 けいた ↑あたまよさそう。 さとこ
0投稿日: 2008.12.29
powered by ブクログ表題作もスキだけど、 『馬小屋の乙女』がよかった。 ええ、あの人が乙女?なのかなぁっていう。 『20世紀』も『新宿ヨドバシカメラ』も企画モノらしいけど、良かった。 書きたいものしか書かないって言うのも作家だなぁって思うけど、こういう企業とのコラボレーションなんかでも文体の特徴なんかを損なわないで見事に書けていると実力を感じる
0投稿日: 2008.12.28
powered by ブクログいったい何なんだろう、この作品は。 何かある、何かある、という期待は、読みながらどんどん高まっていった。 その意味で、先へ先へと引っ張る力はものすごくある作品だと思う。 けれど、読み終わってみると、この肩すかしをくらったような突然の幕切れは何なんだ?という感じだった。 書き出したいと思う名言は、この本の中には見つからなかった。ハラハラするようなエンターテイメント性も感じなければ、圧倒的な読後感というようなカタルシスも感じない。 まったく何もひっかかる所がないっていうのは変だろう、と思って内容を振り返って考えてみたけれど、やっぱり意味がわからなかった。また、時が経った時に読み返してみたら、一回目には気づかなかったことに気づくこともあるんだろうか。
0投稿日: 2008.11.10
powered by ブクログ最初はなんだか面白くないな…と読んでいたけど、中盤からグングン引きこまれてしまった。それはやっぱりこの小説になんらかの違和感がわくからなのかな?
0投稿日: 2008.06.16
powered by ブクログコピーと本の内容が違う、というのはありがちだけど、阿倍和重の本で特に多い気がする。 芥川賞をとったけど「この人ほかにもっと良いの書いてただろ!」という声があちこちからあがったって訳で他の作品の方が良いです。 「話最後まで終わってないじゃんつまんなーい」という初心者?に対して自称上級者(文学なんて学問はない。知識の差。正解がないという意味で)がニヤニヤしながら御高説をたれるのにうってつけですね! これが良い文学なら永遠に追いつかなくて良いよ。
0投稿日: 2008.03.21
powered by ブクログサンドバック小説とでも言いましょうか。主人公は、叩いて下さいと言わんばかりの最低な男です。読み進めるにつれ不快で胸糞が悪くなります。主人公はロリコン云々以前に人間としてクズです。正直気持ち悪いです。自分の事を最低だと言いますが、口だけだろう!懺悔して救われた気になるな!更生?ふざけるな地獄に落ちろ!と最後まで罵りながら読めます。ある意味、逆を突いた、ラディカルな作品でした。
0投稿日: 2008.01.10
powered by ブクログ自分と他との距離感がつかめていないという実感を持つ「わたし」。この実感を持てることが自分を知るということなんだろう。外見で個性を主張するとかあほくさいって思った。自分と言うフィルターを通して世界がどう見えるかというとこに個性がある。
0投稿日: 2008.01.08
powered by ブクログ帯に「文学がようやく阿部和重に追いついた」とあるが、このコピー考えた人はすごいと思う。 何の根拠があってこんなことを書いたのか理解できない。 グランドフィナーレはなんと言っていいかわからない。修飾が多すぎる文章は、作者がボキャブラリー豊富な人なのだろうと思われるが、少しごてごてしすぎて単純な私には読みずらい。 死に向かおうとしている少女たちに何とか思いとどまらせようとすることで自分の過去の罪を贖罪しようとしているのだろうか。 過去の性癖とは決別できたのだろうか。 「馬小屋の少女」を読んで、他人の夢に入り込んだような気がした。意味不明。 「新宿ヨドバシカメラ」以降は斜め読みで放棄した。 これが文学というものなら、文学とはよほど相性が悪いと思われる。05・5・8
1投稿日: 2007.11.06
powered by ブクログ「文学が、ようやく阿部和重に追いついた」 こんなキャッチコピーが『グランド・フィナーレ』のハードカバー出版時の帯には記されていた。 デビュー作『アメリカの夜』、『トライアングルズ』、『ニッポニアニッポン』で立て続けに芥川賞候補となったが、落選し続けた無冠の帝王は、『グランド・フィナーレ』で「ようやく」2005年に芥川賞を受賞したのである。 この前年、2004年に『シンセミア』で第58回毎日出版文化賞第1部門、第15回伊藤整文学賞小説部門をW受賞するほどの力量を持つ阿部ちゃんなのだから、慣例的に「新人賞」である芥川賞の中でも、本作は抜きん出た完成度であった。 内容はロリコン男の話。 いかにも阿部ちゃんが得意なジャンルである。 文庫版の解説で、阿部ちゃんに最も影響を与えたとされている作家高橋源一郎が、非常に興味深い解説を行っている。 この主人公のロリコン男は、確かに、不快で、最低で、異常である。 が、何か「ヘン」なのだ。 不快で、最低で、異常なんだけど、いわゆる『小説』っぽい不快さ、最低さ、異常さではない。 ものすごい事件を起こし、ものすごい大どんでん返しのストーリーは展開されないのだ。 以前の阿部ちゃん作品のレビューにも書いた気がするが、もはや阿部ちゃんは「小説」を超えた「小説」を書いている。 その意味がわからない輩が阿部ちゃん作品を読んでも「なにこれー超中途半端な終わり方なんだけどー。マジつまんな〜い。」で終る。 阿部ちゃん。そんな『文学』は置き去りにして、突っ走り続けてくれ。
0投稿日: 2007.10.05
