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習得への情熱 チェスから武術へ――上達するための、僕の意識的学習法
習得への情熱 チェスから武術へ――上達するための、僕の意識的学習法
ジョッシュ・ウェイツキン、吉田俊太郎/みすず書房
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総合評価

36件)
4.3
15
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    ☆信州大学附属図書館の所蔵はこちらです☆ https://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BB19433580

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    投稿日: 2025.09.01
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    チェスの神童であり映画のモデルともなった世界的な天才チェスプレイヤーが、太極拳・推手にハマり、そちらでも世界トップになるまでに得た知見を惜しみなく披露してくれる。今回、手術のレベルを上げるための知見を得たいと思って読んだが実践できるポイントが数多くあった。 例えば、手術の序盤で小さなミスをしてそれに引きずられてミスの連鎖をしてしまうことがよくあるのだが、著者も同様の事を経験しておりそのために取るべき行動が具体的に描かれている。 自分が向上させたいスキルに関して、どのようにして高みを目指せるかを考えながら読むことによって必ず得るものがある本だと思う。

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    投稿日: 2025.05.06
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    まるで現代の修行者のような道を歩んだ男がいる。チェスの神童として知られ、後に太極拳の推手で世界チャンピオンとなったジョシュア・ワイツキン。彼の著書『習得への情熱』は、表向きは学習論の体裁を取りながら、実は古来より伝わる秘伝の現代的解釈とも読めるのだ。 幼き頃のワイツキンは、チェスの盤面に隠された神秘的なパターンに取り憑かれていた。彼は徐々に、初心者が執着する表層的な「数」の理解(ポーンは1点、ビショップとナイトは3点...)から、盤面全体を流れる「気」のような力の存在を感じ取るようになっていく。それは東洋の達人たちが語る「見えない力」の理解に驚くほど近いものだった。 面白いことに、彼のチェスの極意は、古代の武術の奥義と不思議なほど重なる。たとえば、エンドゲームでの駒の動かし方。それは単なる「勝つための手順」ではなく、相手の動きを制限し、空間全体を支配する―まさに古来の兵法書が説く「形なき戦い」の本質そのものなのだ。 チェスの修練を極めた彼が次に導かれたのは、意外にも太極拳の世界だった。しかし、これは偶然ではないのかもしれない。推手という、一見するとチェスとは全く異なる技法の中に、彼は同じ真理を見出すのだから。 推手では、二人の修練者が互いの「中心」を探り合う。それは見た目には単純な押し合いに見えるが、実は古代中国の道家が説く「気」の運用の実践そのものだ。面白いのは、ここでもチェスと同じ原理が働くということ。相手の力が強ければ強いほど、それを利用できる―これはチェスで相手の強力な攻めを誘い込んで反撃するのと、本質的に同じ思考なのだ。 「投力」という太極拳の奥義がある。これは単なる技術ではなく、道家の言う「全身の気が一点に集中する」状態の表現だ。ワイツキンは、この感覚がチェスでの決定的な一手を放つときの感覚と酷似していることに気づく。どちらも、個々の「技」を超えた、より深い「理」の現れなのだ。 彼の修練法は、道家の内丹術を思わせる。チェスの特定の局面を数百回、太極拳の単一の動作を数千回と繰り返す。それは表面的には異なる実践でありながら、実は同じ「道」への沈潜だった。 特に興味深いのは「形から無形へ」という彼の悟りだ。チェスでも太極拳でも、最初は決められた形を学ぶ。しかし真の達人は、最終的にそれらの形を超越する。これは禅の「守破離」の思想や、道家の「無為自然」の境地と驚くほど重なってくる。 「ソフト技術」という彼の概念も、実は道家の「柔よく剛を制す」の現代的解釈として読める。チェスでいう「地形を譲って反撃の機会を作る」という戦略も、太極拳の「相手の力を借りて制する」という原理も、実は同じ深い真理を指し示しているのだ。 ワイツキンは意識していたのかもしれないし、いなかったのかもしれない。しかし彼の探求は、古来の修行者たちが追い求めた「道」の、現代における再発見として読むことができる。チェスと武術という、一見かけ離れた二つの道を極めることで、彼は普遍的な真理に到達したのだ。

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    投稿日: 2024.11.12
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    プロセスを褒める。 成功した時、失敗した時にプロセスを褒める、見直すと良い。 そうすれば挫折する事がない。 自分でゾーンの出し方を見つける、ゾーンの入り方、入るポイントは違う。(テンションが上がる所)そこに見つけ、最終的にすぐにゾーンに入れるように鍛える。そうすれば良いパフォーマンスが引き出せる。(どのジャンルでも) それにしても読むのに苦労した!笑

    8
    投稿日: 2024.06.21
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    チェスマスターでありながら、太極拳推手においても世界大会で優勝するほどの実力を持つ異例の経歴、ジュッシュ・ウェイツキン氏著の本書。心技体を丁寧にチェス、太極拳の上達に合わせて事例を交えて紹介し、チェス、太極拳以外のあらゆる分野に活かせるように洗練していった名著。初期段階、熟達した段階、更に高みを目指す段階に合わせた精神的な修練が学べる。また著者自身の人生がドラマチックであるため、物語としても読み応えがある。精神や思考などの内面に迫る内容が多いが、自己啓発的な根拠のないものではなく、エビデンスベースであったり、自身で試行した結果であるものが中心であるのも◎。

    0
    投稿日: 2024.04.30
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    チェスや太極拳を極めた著者がその習得過程を突き詰め、「極める」という事を考え抜いた本である。自己啓発本としても読めるが、学ぶ、体得するとは何かを考えさせられる。 ー 決められた動きをスローモーションで、徹底的に純化させながら、何千回も繰り返してきたことで、僕の体はもはや直感的にそういう姿勢を取ることができるようになっていた。この種の学習体験はチェスでもよくあることだ。チェスのテクニックや原理、定石が自分の無意識と一体化するまで徹底的に学ぶ習慣がついていた。 ー 正解を出すことと知能レベルには因果関係は無いことが示されている。難問を突きつけられた時、実体理論者で頭脳明晰な子供の方が、習得理論者でさほど賢くはないとされている子供よりも、はるかにもろく崩れてしまう傾向が強い。 ー 騒音などの外部刺激に対して、いかに平常心を保つかと言う訓練。 気になった箇所を書き出したが、特に最後の「平常心を保つ」という点は今の自分には強く刺さる考え方だ。外部刺激だけではなく、内発的な感情に対し、いかに動揺しないか。そうしたコントロールスキルも向上するという事だろうか。ならば、人間は機械のように冷静でドライな存在になってしまわないのか。感情が鈍磨する事と、感情を統制する事の違いを理解して身に付けられれば、悲しみからの立ち直りは早いだろうか。生物として、心が囚われて身体が危機に晒されるのは、望ましくない。平常心は防御機能として、意識して鍛えるべきだと再認識した。

    33
    投稿日: 2024.04.06
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    チェスと太極拳で世界一になった著者の意識的学習法を紹介した本。 思考が揺らぎ始めたら、少しの間だけすべてを忘れて回復させる。

    5
    投稿日: 2024.03.30
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    チェスのトッププレーヤーでもありながら、太極拳の世界でもトップに登りつめた著者が、習得のための方法論を自身のエピソードを交えながら語っている本になっている。 当然、トッププレーヤーの経験による方法論なので、難しいと感じるところもあったが、 読んでいて、考えさせられるというか、真似していきたいと思わせてくれる内容だった。 そもそも、能力や知識への考えとして、生まれつきや人によって得意不得意の決まっているものと考えるのでなく、誰でも少しずつ、身につけ、上達していけるというマインドセットは大切だと感じたし、 ゾーンに入るための習慣づくりの方法論、特に、困難な状況でも、むしろそれを利用して高い集中を保てるように訓練していくということは、この本を読むまであまり考えなかった内容で、勉強になった。 方法論としても、ドキュメンタリー的にもおもしろく読める良い本だった。

    2
    投稿日: 2023.12.25
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    気になる箇所を書き出していったら、膨大な量になったので、そんなメモたちの要約にあたるんじゃないかと思われる部分を記す。 * それがどんなに小さなものであれ、ある一つの技術を徹底的に磨き上げさえすれば、その感覚をクオリティの指標にすえて、磨く対象をさまざまな別のものに広げていけるところにある。よい感覚がどんなものが一度わかってしまえば、別の何かを追求する際にも、その感覚を得られるようになることを目標にすればいい。 単純な日常のなかに価値を見いだすこと、平凡なものの中に深く潜って行き、そこに隠れている人生の豊かさを発見することが、幸運だけでなく成功も生み出すはずだと僕は強く信じている。 * 具体的な練習メニューを書いてくれてる部分もあるし、チェスや太極拳の試合の攻防を詳細に描写している部分もある。 著者は、とても努力する人で、繊細で、工夫を凝らして上昇していった人なのだとわかる。 ハイレベルな話だけでなく、ハイレベルを極めると上のような、平凡な日常も発見の連続のようになるのだろう。 この本を読むと、自分の日々の努力にはまだまだ努力が足りないと思えてくる。くさってるんじゃなくて、やる気を起こさせてくれる。 * 訳者の言葉づかいで気になった箇所 「ゆく」を多用。たまに「行く」。「行」の意味合いが強い時に使ってるのか、平仮名が多いから漢字にしただけなのか。 私、個人的には「いく」が好きだけどなー。

    1
    投稿日: 2023.09.20
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    フィードバックの重要性、そしてフローに入ることで2つの分野の頂点を目指した著者。 折れない気持ちが大事ですね。

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    投稿日: 2022.02.07
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    自分自身の失敗や成功、そしてプロセス、リカバリー方法について、ここまで冷静に分析している事が素晴らしい。 メンタルの要素についても、とても論理的で分かりやすい。

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    投稿日: 2021.09.03
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    よく、続けられる才能があるからこんなに素晴らしい記録が残せたとか、そこが天才だとか言われているのをきいてきたけど、何故続けられるのかが少しわかった。 こんなことを書いた人は初めてなのでは?

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    投稿日: 2021.08.17
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    HowTo本ではない。著者が習得する際に、どのように考え、どのように学んできたのかを語る内容。その考え方は微細で、概念というか、それぞれが文章を読み取る中でさまざまな気づきが得られる。 読み手の状態、度合いによって、学べる概念も変わってきそうな考え方なので、奥深い内容でした。 現状、気付いた内容はメモへ。

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    投稿日: 2021.08.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    チェスのチャンピオンと太極拳のチャンピオンになった著者の学習理論、パフォーマンス理論の一端に触れることのできる本。 技術的に巧みなだけの存在から、独自の創意を発揮できる存在へと飛躍するためには、どうすればいいのか。その営みそのものが自分自身のエッセンスを表現するものとなったとき、ようやく真の意味でその学習の中に芸術の要素が生まれる。 以下、ポイントと思しき点 ・複雑性を排除した局面を研究すること(オープニングを学ぶ前にエンドゲームを学ぶこと)で確固たる基礎的土台を作る ・一つの技術やアイデアだけを用いて、そのエッセンスが感じられるようになるまで練習を繰り返し、その上で、そのパワーを失わないようにしながら、動きだけを凝縮させ、結果的にとても力強い上にほとんど誰の目にも見ることのできない武器が出来上がる(より小さな円を描く) ・特定の技術だけを選んで、それだけにフォーカスを当て、自分の意識がその技術を徹底的に細かく知覚できるようになるまで自分の中に取り入れる(時間の流れを緩める) ・今の二つの原理を磨いて、対戦相手の意図をコントロールする ・ある一つの技術を徹底的に磨き上げさえすれば、その感覚をクオリティの指標にすえて、磨く対象をさまざまな別のものに広げていける

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    投稿日: 2021.07.26
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    結果よりも過程が大事とよくいわれるけど、 その根拠が分かった。 自分には能力がある、ないで判断しない。 今はなにもできないかもしれないけど、なんかいも練習することでできるようになる。 その出来るようになったことは、回りと比べたらできてないかも知れなくても 過去の自分と比べたら出来るようになってる! その積み重ねが大事。 小さな円を描く これは派手な技は目立つが、地味で基本的なことの方が大事ということだ。 何事も基礎が大事で基本を何回も繰り返すことで応用が出来るようになるし、逆に基本を疎かにすると 応用もなかなか上達はしない。 武術の試合のシーンは、心情など細かく描写されており 観戦してるかのようだった。 チェスの試合にしても武術の試合の話でも 過去のことをこと細かく描いてあり、こんなに細分化して描くのは簡単じゃないのではと思った。

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    投稿日: 2021.06.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    チェスと太極拳推手の世界チャンピオンの話。 興味を持ち、楽しみ、集中し、反復演習をして体や頭が反射的になるまでにし、いつでも落ち着いて対応できるように心理的な部分を強化することが大切。 練習をしっかりやるとかフィジカルの部分は最低限であり、世界クラスになると心理的な部分で勝ち負けが決する。 自分は、そもそも最低限の部分が十分にできていなかったと思う。 心理的な強化とは、ルーティーンを作るとか、いつでも最高の状態にする為の工夫であるが、部屋の中をあえて散らかしておくとか、ノイズが多い中で集中する訓練をするとか、ほんと、すごいなあと感心する。 あとは、以下に回復するかも大事。

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    投稿日: 2020.12.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    本書を読んで重要だと思ったポイントをまとめています。 ・難しい課題に直面したときに自らの能力を向上させる可能性は、習得理論者(結果よりも過程を重視したフィードバックを受けてきた傾向が強い)の方がはるかに高い、実体理論者(親や教師の影響でそういう考えをするようになった子ども。結果に対するフィードバックを受けてきた)は脆い。 ・重大なミスをしたあとでも澄んだ精神状態をすぐに取り戻して、しっかりと今という瞬間に気持ちを据え続けることの大切さ →悪く働くと、ミスがミスを呼ぶ連鎖となる。 ・中庸の探求 →たとえば、自分を容赦なく追い詰める必要はあるけれど、激しく追い詰めすぎたらメルトダウンを起こしてしまう。強い相手を選びながら、自らを向上させるべきだが、それと同時に自信を失わない程度に勝ち続けることも大切。 ・数を忘れるための数 →道徳経の知恵が重きをおいているのは、自ら持って生まれた認識力の障害となっているものを取り除くこと ・負の投資 →成長するためには今持っている考えを捨てる必要がある。 いずれ勝てるようになるためには負けなければならない。 ・直感こそが、この社会でもっとも価値ある羅針盤。直感は無意識と意識の橋渡しをするものなので、事物をうまく機能させるために必要な無意識とつながる上でとても大切。 ・内的調和 →自分の感情から逃げ出すのでもなく、また、心の底から湧き出る感情に流されてしまうのでもなく、それらをしっかりと受け入れて、その感覚の特異さに自分で自分の心を乱すことなく、最終的にはその奥底にあるインスピレーションの源泉を見つけ出すこと

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    投稿日: 2020.05.06
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    物理的な攻撃をしない攻撃。 混沌をパワーにできる、その根本が子供時代のキャンプ。 元の文章も良いんだろうが、翻訳もよいな。推手の描写はたいへんだ。

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    投稿日: 2019.09.27
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    個別なことに対して具体的に記述された学習法の本というものは巷に多くあふれていると思います。 この本はそういうものとは一線を画しています。 チェスのグランドチャンピオンになり、太極拳の世界選手権制覇もした筆者。 全く異質に見える2つの競技ですが、それぞれの技術を習得していく中で、彼はある共通点に気づきます。それは外的なことではなく、内的なプロセスについてです。 この本では、彼の自伝を軸にしながら、その時々に何を感じていたか、どういう風なことを心掛けながら技術を習得していったかが語られていきます。 物事を習得するということはどういうことなのか、ということも考えさせられることはもちろん、自伝としても大変面白く読めます。

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    投稿日: 2018.07.23
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    でもそこには問題があった。映画が公開されてからというもの、どの大会に出場しても、サインを求めるファンの群れに囲まれた。僕はチェスの局面に神経を集中する代わりに、有名人としての自分のイメージに気を取られていた。そうなる前は、小さい頃からずっと、深く深くチェスに没頭するひとときを、難解さが幾重にも折り重なった深淵な層の中を泳ぎ回るひとときを、宝物のように大切にしてきた。そうやってチェス盤の前で何時間も過ごしてから立ち上がると、チェスだけでなく、大好きなバスケットボールや海や心理学や恋愛に対する洞察力までもが燃え上がる炎のように湧き出してくるのを感じることができた。 小さいころから無茶をするのが大好きで、近所の建築現場から拾ってきた木材やブロック材の廃品で間に合わせの自転車ジャンプ・コースを作ったりもした。最初はヘルメットを被るのもこばんでいたが、ある華麗なツイスト・ジャンプを試みて顔面から着地したとき、母から、ヘッドギアを被って乗馬する母を見習わないのなら、これからは彼女も何も被らずに馬に乗ることにすると脅迫されてからは、しぶしぶヘルメットだけは被るようになった。 懸命な努力が報われたのだから、バラの香りを嗅ぎたくなるのは当然だ。むしろ大切なのは、僕が思うに、バラは儚いからこそ美しいということを認識しておくだ。鼻から吸い込んでいるその瞬間にも、もうその香りは消えようとしている。深く息を吸い込んで勝利を十分に味わい、次に息を吐き出すときには、その瞬間で自分が学んだことに注意を向け、次の冒険へと進んでゆけばいい。 チェスプレーヤーとして当時の僕が何よりも先に乗り越えなければならなかった第一の障害は、無作為に起こる予期せぬ出来事―誰もが日常的に悩まされる小さな地震のようなこと―があっても、気が散らないようになることだった。パフォーマンス向上のためのトレーニングとして僕が最初にやるべきことは、どんな出来事に出くわしても思考の流れを止めずにいられるようになることだ。それができるようになったら、今度は何が起きてもそれを逆にアドバンテージとして利用できるようにする。そして最終的には、地震に相当するものを自力で起こせるようになって自給自足を実現させ、外部からの刺激がなくてもインスピレーションの奔流を促すことのできる心理的プロセスを身につけるのだ。 心の平静は、ワールドクラスのパフォーマーにとっておそらく最も重要な資質ではないかとされているものであり、また、コンスタントに養い続ける必要があるものだ。 ミュージシャンも、役者も、運動選手も、哲学者も、科学者も、作家も、小さなミスから素晴らしい何かを創造できることを知っている。その一方で、絶対的な完璧さや過去の成功の再現といった儚い安心感に頼ろうとするパフォーマーには問題が起こりやすい。たった一つの小さなミスが、恐怖心や心離れや疑心や混乱の引き金となり、意思決定のプロセスを鈍らせてしまうのだ。 こういう悪循環には十分気をつけろと、僕はあの素晴らしい生徒たちに何度も語った。試合中、危機的局面にあっても、心を今という瞬間に置いておけば、敗北の間際からでも勝利を導き出すことができるものだと語り、その方法も教えた。深呼吸を2、3回してみるとか、冷たい水で顔を洗ってみるだけで悪い心理状態からスッと抜け出せることもあれば、より過激な対処法が必要となることもある。僕はたまに、難解な戦いの最中に頭が鈍っていると感じたら、試合会場からいったん退出して外で50ヤードの短距離ダッシュをしていた。観客からは奇行に見えるかもしれないが、あれをやると悪い心理状態をすっきりと洗い流すことができるので、会場に戻ってきた僕は、確かに汗まみれかもしれないが、心をまったく新たな状態にリセットして盤面に臨むことができた。 当時の僕がチェスで犯したミスのほとんどすべてが、大きな変化の直前か直後ばかりだった。たとえば、長期的な戦略プランで複雑な駒繰りを駆使しながらテンションを築いてゆくポジショナル・プレーをしていたのに、突然その意図に反して別の確固たる戦術が見えたとき、その新しいシナリオを自分の中に取り込むのに必要以上に時間がかかってしまう。または、とても戦略的に局面を作るようプレーしていたのに、そのゲームが突如としてずっと抽象的なエンドゲームへと変化したとき、本当なら一つ深呼吸をして気持ちを切り替えてから長期的なプランを考え直せばいいものを、それをせずに頭の中で手順を読み続けてしまう。他にも、対局開始前に用意しておいたオープニングの手順通りにプレーできても、それに続いて次にどちらの方向に進むべきかを決断するのが苦手だったし、また、戦いのペースが急激に変わると自分のペースを保つこともできなかった。チェスにおけるそういった僕の心理的問題点は、つまりは、それまでの形に拘泥してしまうことに帰結するものであり、それは僕が根深い所でホームシックの心理状態になっているからにほかならない。 中国武術の教師の多くは、保守的な呼吸法を生徒に共用する傾向が強い。自らが信じてやまない特定の流派が編み出した最上無比の呼吸法を習得しなければ何も始まらないという盲信的な発想からだ。しかしウィリアム・チェンの呼吸に関する考え方は、呼吸は自然でなければならない、というだけの慎ましいものだ。これをもっと詳しく説明するなら、人は何年も忙しすぎる社会生活を送り、動き回り、ストレスを受け続けているため、呼吸にも悪い癖がついてしまうものだけれど、そうなってしまう以前の本来の自然な呼吸に回帰すべきだということ。これには僕も思い当たる節がありすぎた。 ウィリアム・チェンの太極拳套路では、(外方向または上方向に)広がる動きをするときは、息を吸いながら行う。そうすることで身体と心が目覚め、エネルギーが形成される。この時の感覚について、彼は、好意を持っている人物と握手をしようと手を伸ばすとき、よい眠りから目覚めたとき、または、誰かの意見に賛成しようとするときなどを例にあげて説明している。大抵の場合、そういったポジティブな動きは、息を吸いながら行われるものなのだという。太極拳套路ではよくこれを「指先まで息を入れる」と表現する。そうやって息を入れた後で吐いてみると、ちょうど眠りに落ちる直前の最期のひと吐きのように、身体は緩み、エネルギーの電源が切られる。 このおぼろげな感覚を体感してみよう。まず胸の前で掌を合わせる。その状態で左右のひとさしゆびを数インチ(約5~7センチ)ほど離し、肩をリラックスさせる。次にやさしく息を吸い入れながら、意識を両手の中指と人差し指と親指におく。息と意識の両方が指先までソフトに通るように心がける。この吸気はゆっくりと行い、酸素を優しく丹田(臍から6センチ強下のところ)に引き込み、次いでそのエネルギーを丹田から指先まで伝えてゆく。息を吸い終えたら、優しく息を吐く。指を緩め、頭の中は眠りに落ちようとするまま放置し、股関節をリラックスさせ、柔らかく静かな意識の中にすべてが落ちていくようにする。 ある女学生が「五百単語で自分の暮らす町について書け」という課題にすっかり行き詰まる。彼女は一言も書くことができずにいた。この町はあまりに小さく、ありきたりで、こんな町のことを面白く書けるわけがない、というのだ。パイドロスは彼女をその行き詰まりから解放するため、課題の内容に少しだけ手を加えて補正する。この教室の外に建っているオペラハウスの正面について書くよう言ったのだ。そこはこの町のありきたりな通り沿いにある、ごく限られた区域だ。さらに、文章の出だしでは、必ず左上のレンガについて書き始めること。そう言われた女学生は、始めは疑心暗鬼の様子だったが、ほどなくすると創作熱に火がつき、すっかり執筆に夢中になる。 トップになるために必要なのは、ミステリアスなテクニックなんかではなく、一連の基本技術とされているものだけを深く熟達させることだ。どんな分野でも深さは広さに勝る。 ルークとビショップの組み合わせはルークとナイトの組み合わせより効果的だが、クイーンとナイトの組み合わせはクイーンとビショップの組み合わせよりもよく働きやすいというようなことがわかってくる。一つ一つのコマのパワーは純粋に関係の中で生まれるもので、ポーン構造や周囲の戦況といった可変的なものに大きく左右されることが理解される。そうなってからは、ナイトを見るときにも、そこから数マス離れたところにあるビショップとの関係性を重ね合わせて、そのポテンシャルを考えることになる。 翌朝、僕はデイヴとレーヤーからストレス・アンド・リカヴァリーのコンセプトについて教わった。LGEの心理学者グループは、ほとんどすべての競技や分野において、一流のパフォーマーは、リカヴァリーするために何らかのルーティーンを行っているという特徴を発見している。とても重大な試合で生き残れる選手の大半は、プレーとプレーの間の短い隙間にリラックスdけいる選手なのだという。 一貫した安定性のないパフォーマーの多くがこれと同じ問題を抱えている。彼らはパフォーマンス能力をピークに持っていくための刺激となる触媒を探して行き詰まり苦しんでいるのだ。これはまるで、モチベーションを高めてくれる都合のいいツールが宇宙のどこかにフワフワと浮かんでいて、じっと見つけられるのを待っているという発想だ。しかし僕が提案する方法は、これとは正反対で、自ら引き金を作ってしまうというものだ。僕はまずデニスに、日常生活の中で一番心静かに集中できるのはいつかという質問をした。彼は少し考えてから、十一歳の息子ジャックとキャッチボールをしているときだと答えた。息子と野球ボールを投げ合っていると至福の感覚が訪れ、世界にそれ以外の何も存在しないかのように思えるという。二人のキャッチボールはほとんど日課となっていて、どうやらジャックも父親と同じくらいこのひとときを楽しんでいるらしい。これは完璧だ。 これまでいろいろなタイプの人たちを見てきたが、ほぼすべての人が自分をそういう心理状態にしてくれる活動を一つは持っているのに、当の本人は「こんなのは単なる息抜きにすぎない」と言って見過ごしている場合が多い。その息抜きがどれほど価値あるものになり得ることか、それに気づかないのはもったいないさすぎる! 茨の道を歩くためには、その道をことごとく革で覆うか、サンダルを作るか、二つの方法がある。 フランクと組んでトレーニングをし始めると、首を狙われたときに怒りがこみ上げる理由は、僕がそれを怖がっているからだということに気づいた。 敵意に満ちた極寒のスタジアムで満員の敵チームのファンが失敗を望んで叫び声を上げている一世一代の見せ場と、練習グラウンドとでは、あまりに状況が違いすぎる。そういう状況でも仕事をやり遂げる唯一の方法は、現実をしっかりと認識してそこに集中し、ナーバスになった神経を利用するしかない。完全ではないことを受け入れる心の準備が必要なのだ。 あの狭い子供部屋にいた少年の頃には、こんな闘いが自分を待ち受けていようとは夢にも思っていなかった。これらのページにつづられている日々を送りながら、僕の考えは進化し、いくつかの恋が終わり、新たな恋が始まり、世界選手権で負け、そして勝った。この29年の半生で何かを学び知ることができたのだとしたら、それは、大切な競技やアドベンチャーや偉大な愛というものは、いくら分析しても分析しきれないものだということだろう。唯一わかっているのは、きっと何かに驚かされることになるに違いないということだけ。

    1
    投稿日: 2018.06.18
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    凄すぎる。 前半の習得術みたいな部分はどんな人が読んでも腑に落ちる点がある。細かい細かい部分まで削ぎ落として書かれた濃密な言葉だから伝わってくる。 そして最後の決勝戦は圧巻でしかない。 張り詰めた緊張感と観客の声援が聞こえてきそうなぐらい精密に情景が伝わってくる。

    2
    投稿日: 2018.03.11
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    2015.11/15 ボビーフィッシャーを探して」の原作者の実在の天才チェスマスターの論述。少年時代のチェスの習得における段階的な局面からは、子どもが才能を開花するための親やコーチなど周囲のあるべき姿が示唆され大いに学べる。また後半、太極拳推手の世界選手権覇者になるまでの身体的かつ精神的な考察、検証、実験、鍛錬の理論的でも具体的でもある経緯からは、人生における物事への姿勢を学んだ気がする。またロシアとか台湾でのコーチや自国審判団の汚さとかが名指しや具体的で驚く。そういうことにも振り回されない精神力の維持の仕方はいろんな競技に応用可能かと。

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    投稿日: 2018.01.09
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    チェスの神童と呼ばれ、太極推手の世界選手権覇者で黒帯の柔術家という変態的に習熟の達人である本書はあらゆる学習書を上回る力を持っている 筆者は飛躍の為には基礎を注意深く積み重ねる事の大切さを解いている。勝つ事や正確に動くことに囚われていては成長は出来ない。まず最初に心がける事は「コンスタントに起こる心理的・技術的課題やミスを探す事だ(ビギナーズマインド)。時として相手のミスからも学べる。またピーク状態でパフォーマンス出来ない期間を許容する事は学習の過程で重要(負の投資)。 基礎を積み重ね、無意識化した後それで終わりかというとそうではない。彼曰く凝縮させるプロセスが発生する。エッセンスの真髄を保ちながら小さくしていく。どんな分野でも深さは広さに勝り、ミクロからマクロを学ぶことしか出来ない(より小さく円を描くメソッド)。一つの技法について洞察を深めると往々にして別の事物への深い考察に結びつく。 基礎を深く身につける事により創造性の閃きが生まれ、それを基礎とする事により進化させる事が出来る。 時間を緩めるには無意識の力を使う。 逆境を利用する→逆境はインスピレーションの源泉ともなりうる。今という場所に心をおく事の大切さを思いおこさせてくれる。怪我により今までおざなりがちになってる内的、抽象的、直感的トレーニングに目を向けるキッカケとなる。 ストレス&リカバリー→リカバリーにかかる時間を意識的に調べる(そしてそれを凝縮する) ゾーンに入る為の「引き金を構築する」→意図的に準備する(イチローの朝カレーや準備に対する姿勢) 「サンダルを履く」→ダーティープレーヤーに対する対処法。激情に流されず、逃げ出さずに自分の内面を観測する事によりインスピレーションの追求、鋭い集中力を生み出す(例 マイケルジョーダンやレジーミラーは野次や相手の選手の毒舌を集中の刺激に変えてしまう) 発達心理学キャロル・ドゥエック博士は知能に対する解釈の違いで「実体理論者」と「増大理論者」に分かれるとしている。長い目でみて強いのは後者。

    1
    投稿日: 2017.10.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    チェス、太極拳、その両方で得られた経験の統一、という3つのパートからなる。 この本が面白いのは、太極拳にて、相手の状況(まばたき、両足のどちらに体重がかかっているか等)、自分の精神状況、等試合中とは思えない程細かい所の情報までもが試合運びに利用されているということ。その細かい情報を思考するのでなく、無意識下で認識して、反射的に正しい打ち手を出す状態にまでしている。 チェスでも太極拳でも、刻刻変化する状況の中で、短時間で状況を認識し、正しい打ち手を用いて、相手より有利になるかが、細かく描写されている。 それは、チェスや太極拳だけでなく、コミュニケーションや事務処理、リーダーシップや勉強にまで応用できるであろう。趣味やビジネス等、どんな取組の上達に必要なことであろうと考える。 ・自分の感情を拒否しない、流されない。活用する。 ・小さく円を描く。一連の作業を、無意識に、素早く、無駄なく、行えるようにする。その為には反復練習。 数を忘れるための数、意識的に出来る事を無意識に出来るレベルにまで昇華する。 ・無意識に認識・処理出来る事を増やす。それにより、差別化出来る事に意識・集中出来る状況を作る。 その瞬間に、集中する領域が狭くなることで、その領域だけに集中できる。これにより、その領域がまるでスローモーションのように感じる事が出来る。 ・ゾーンに入ること。ゾーンに入る為の条件を外に求めるハードゾーンでなく、自分の精神・肉体からゾーンに入るソフトゾーンで、自分を滅却する。 ・その為に、インターバルトレーニング。ガッと集中、極限まで追いつめて、リラックス、を繰り返す。これにより、集中とリラックスに必要な時間がどんどん短くなる。 ・ゾーンに入るためのルーティンを構成する。

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    投稿日: 2017.07.11
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    チェスも柔術も学び方には共通点がある。映画「ボビー・フィッシャーを探して」の後日談の自伝としても読める。

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    投稿日: 2017.04.22
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    実態理論←→増大理論 結果をほめるのではなく、過程をほめること 負の短期的な投資が可能になる増大理論で物事を学んでいくスタイルをつくる。

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    投稿日: 2016.11.27
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    勝負の世界に身を置くものにとって、最も示唆に富む書籍である。著者自身も学習理論を学んでいるからだろうか、凡庸で真新しくない研究の解説もある。しかし、それらの解説と彼自身の体験、理論が交わり、具体的にいかに上達し、勝負に勝つか、プラグマティックな方法論の展開される点が魅力である。子供時代に読んだ伝記が将来の職に影響を与えたという話も多いように、伝記には自己啓発的な効果も期待されるが、自らが勝負師であるか、何らかの世界で勝負師として生きたいと思うのであれば、本書は最適である。勝負の世界を生きる優れた方法論と、自己啓発的な効果とを兼ねる伝記は他に存在しない。 <学習以前の心構え> 努力すれば能力は漸次的に伸ばしていけるもの(増大理論)だと考える人ほど、実際に上達する(『「やればできる!」の研究』に詳しい)。この考えが根付いていると、困難は自らを成長させる機会であると、長期的な観点から捉えることができる。ジョッシュ自身も、「成功者のほとんどは、より高いところに目を向けてあらゆる戦いで危険を冒しているし、目先のトロフィーや栄光なんかよりも、頂点を目指す過程の中で学んだことの方がずっと意味があるということを知っている」と自らの経験を振り返る。ただ同時に、「傷ついている戦いの真っただ中で、こういった長い目で見た大局観を維持できるかどうか」は最大の難関であり、習得技法の核にあたるものであるとも語っている。 <ふたつの集中> 脆い集中と柔軟な集中がある。まず、リラックスとは対極にあるような多分な緊張を含む集中は「ハードゾーン」と呼ばれ、その神経をすり減らす心理状態は、外部要因によって簡単に崩れてしまうものである。しかし「ソフトゾーン」は、静かに深く集中しリラックスしつつも、精神的な活力が漲っている心理状態であり、その状態にあっては、どんな自体が起こっても、その心理状態のまま意識は流れ、ハードゾーンでは障害にしかならなかった外部要因を逆にインピレーションを喚起する素材として自らに取り入れることも可能になる。世間でいわれる「ゾーン」は後者で、アスリートにとっての理想的な心理状態である。 <心の平静> 心の平静は達人クラスの人間にとっては不可欠なものである。自らにとって不都合な事が起きれば、衝動(感情)が発生する。ジョッシュは、不都合な出来事とそれに伴う感情への対処法は、それら否定するのではなく、むしろアドバンテージとして利用することにあると語る。彼は、不快を感じたとき、それを避けるのではなく、その状況の中でいかに平安を見出すかを考えるようになったという。こうした鍛錬は日常的に行える。あえて騒音の只中で読書をするのも良いし、嫌な人間と積極的に関わるのも良いだろう。不快を、自らを成長させるものだと捉えなおすことは、良い精神状態を生み出すリフレーミングである。彼は本能的に、チャレンジが必要な困難を探し出そうとしているそうだ。呼吸するかのごとく、今の瞬間に心を留められるようにならねばならない。 <澄んだ精神状態は勝利を呼ぶ> ジョッシュが少年少女にチェスのコーチをした際、彼らに教えたのは、重大なミスをしても澄んだ精神状態をすぐに取り戻し、「今」という瞬間に気持ちを据え続けることの大切さだったという。彼は2本の平行線で、時間と心のあり方をイメージで捉えているという。今に集中しているときは、時間と意識が同時並行で進んでいるため、刻々と変化する状況も捉えることができる。しかし、ミスをした際に、ミスをする以前の状態に拘っていると、心は過去に留まり、実際の状況との乖離が進む。時間と状況は進むが、心は過去に留まったままでは、状況を捉える能力は減退する。 <負の投資> ジョッシュは、「心をオープンにした増大理論の学習アプローチをとり、ピーク状態でパフォーマンスできない期間を時に許容することが、学習の過程に絶対に必要である」と語っている。ベストを目指すためには、世間が理解を示すか示さないかに関わらず、この「負の投資」を自ら責任で背負うことが重要だそうだ。古い信念を作りかえるためにも、時には負け続けることが必要なのだ。彼は、この心構えで太極拳のレッスンを受け続け、自ら、そして他人のミスからも何かを学び取ろうと心がけた。そして数ヶ月も経つと、2、3年学んでいるという人を相手にしても渡り合えるようになったという。ミスを直視することの重要性は、『才能を伸ばすシンプルな本』でも書かれている。 <より小さな円を描く> ある分野で秀でるためには、まず、基礎技術をシンプルな形で徹底的に覚えていく。それが無意識にまで浸透した段階で、それを応用分野に適用することで、無理なく着実に進歩し続けることができる。複雑な応用分野から着手すると、ミスをしないことばかりに気を取られ、進歩は難しくなる。達人級の人間は、徹底的に覚えた基礎技術(*応用技術も段階を経るごとに基礎技術になっていく)におけるエッセンスの真髄を保ちながらも、外形的にはそれを小さくしてゆくのではないかと、ジョッシュは語り、それを「より小さな円を描くメソッド」と呼ぶ。徹底的に覚えることで、その技術は無意識の段階に到達し、最終的には頭で考えるのではなく、感覚として捉えられる段階に達している。その感覚を維持しつつも、目に見える外形的な技術は限りなくそぎ落とすのである。小さな円を描くことで、同じように小さな円を描ける者以外には実際に何が起こっているのかを知られることがない、分解さえすれば基本的な原理に従っているにも関わらずだ。何かに熟達した者であれば、理屈としてはすぐに理解できるだろう。初級者は上級者がどういった原理原則に従ってプレイしているかは検討も付かないが、上級者からは、初級者が何を考えているのか、あるいは何も考えていないか全て筒抜けである。上級者を越えた達人級になるためには、基礎技術を徹底的に深く学び、ただの知識を無意識に、そして感覚にまで落とし込むことが必要だ。ジョッシュいわく、「どんな分野でも深さは広さに勝る」である。 <チャンク化とその先> 特定のパターンや原理についての情報を統合することをチャンク化・チャンキングという。彼はチャンク化と神経回路の開墾が物事の熟達に必要だと語る。神経回路の開墾とは、チャンク化のプロセスと、複数のチャンク間を行き来するナビシステムを作り上げる作業のことだという。基本原則から段階的に学習していき、十分チャンク化が為されたときに応用原則へと進んでいく。上位原則までそれを繰り返していくことで、上級者へと達する。上級者なだけのプレーヤーと偉大なプレーヤーの境界線は、心を今に留め、意識をリラックスさせ、無意識を活用できるかどうかにあるという。視野狭窄に陥るか、周辺視野をも活用できるかの違いである。チェスのグランドマスターとただのエキスパートでは、意識的にものを見ている量は、前者の比率がずっと少ないという。グランドマスターのチャンク化がより優秀であり、無意識で処理できる量が多く、少ない意識的思考で、多くの情報を取り扱えるということである。意識する必要のある要素が少ないのであり、グランドマスターとエキスパートでは、同じ時間単位の中で、扱える情報量が大きく異なる。 <疲労をせずゾーンを保つ> 「ストレス・アンド・リカバリー」というコンセプトがある。プレーによってストレスに晒された心身をリカバリーすることが重要なのはもちろん、一流のパフォーマーは、何らかのルーティーン(後述)を行っているという特徴があるというのだ。まず、ジョッシュはチェスの対局中、片時も気を抜くことなく熱を込めて集中することがないという発想を持てたことで楽になったという。自分の手番でないとき、相手の思考中も局面に集中することが当然と考えていたが、この概念を知って以降、頭の緊張を取るために機会を利用するようになる(席を立ち水を飲む、顔を洗いに行く)。席に戻れば、エネルギーは充填され、プレーのパフォーマンスも向上したらしい。思考が揺らぎ始めたと思えば、少しの間すべてを忘れて回復させ、フレッシュな状態で戻ってくるようにする。肉体のトレーニングもリカバリー能力の向上には効果がある。心肺機能をトレーニングすることで、精神的疲労からの回復に大きな効果があることがわかったのだ。 <ルーティーン(引き金)の作り方> ルーティーンは自らをリラックスさせ、ゾーンに入るために有用なツールである。ジョッシュは自らをリラックスさせる引き金を探すのでなく、ルーティーンを作り、それを引き金にせよという。まず、リラックスできるものを用意する。例えばお気に入りの音楽を聴くなど。次に、4~5ステップからなるルーティーンを作る。例えば、1.顔を洗う 2.お茶を飲む 3.瞑想をする 4.お気に入りの音楽を聴く これを繰り返し、リラックスした精神状態と、ルーティーンとの間に生理学的な関連性を持たせる。完成すれば、あらゆる活動の合間に行うことで、リラックス状態を呼び起こすことが出来る。慣れてくればステップを緩和しても良い。上の例で言えばお茶をどんな飲み物でも良しとするとか、顔を洗うのを手を洗うでも良しとするとか。徐々に変化させることで最終的には大きな変革、短縮も可能である。 <感情を利用する> 感情を遮断したところで状況の解決にはならず、感情を利用することで有効な状況へと導かなければならない。感情の波がやってきたら逆らわずにたゆたうのは基本として、自分にとって良いパフォーマンスを生み出す感情を探し、それを引き金にすることをジョッシュは勧めている。怒りの感情が自分に向いているのであれば、嫌な状況、例えば相手からの盤外からの口撃などを引き金にし、感情を増幅させる。それでいて今の瞬間に心を留めるのだ。自らが怒っていること、そしてそれがパフォーマンスを向上させることを客観的に理解しつつ行うということだ。こうした引き金作りを彼は「サンダルを作る」と表現している。 <上達法に関するまとめ> まず、複雑性を排除した局面を研究し、確固たる基礎的土台を作る。土台が完成したら複雑な状況へと適用させていく。ひとつの技術を徹底的に磨き上げれば、その感覚を指標に、さまざまな対象に応用することができる。ミクロを通してマクロを理解する原理である。土台があると閃きが起こる。閃きとは決して神が与えたものではなく、自ら作り上げたチャンク同士の関連、既存知識から生み出されたものであり、閃きと既存知識の間には必ず関連がある。閃きが起きた際の次の段階は、そこに確かに存在する閃きを生み出した技術的要素を見つけることである。 その他メモ ・自分が優位に立てるかどうかは、闘いのトーンをコントロールできるかに懸かっている。 ・体力を保つため、長いチェスの間には45分ごとにアーモンドを食べるのが良い。 ・著者のプラトーに対する態度。『もちろん停滞期だってある。次の成長段階へと跳躍する準備として、必要な情報を取り込んで自分のものにする間は成績が横ばい状態になってしまうものだが、それはまるで気にならなかった。燃えるほどチェスに恋していたので、困難な時期も「やればできる」という態度で臨むことができた』

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    投稿日: 2016.06.11
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    原題Art of Learningの方が適切。チェスのジュニアチャンピオンが太極拳の大会で優勝するまでの著者自身の経緯の中で、どのように学んでいったかを詳細に述べる。 数を忘れるための数、基礎的な原理のトレーニングを一つづつ重ね、体と頭にしみこませるこれをいくつもの原理に対して集中し無数に行うことで、その原理同士が繋がって競技のレベルを一段階以上上げていく。そのためには虚栄心を捨て、初心に帰り、失敗を繰り返す、負の投資を行わなければならない。原理を理解すれば、それを徐々に省略し本質のみに絞り込むことができる。これは外部から見ると派手さは全くなく、よくわからない技術的な差異となる。訓練を積めば重要なことがわかり、そこに焦点を当てることで制度が高まる。 また、集中するためには外部の雑音をシャットアウトするのには限界があり、むしろ外部の雑音を受け入れてその上でさらに集中できるようにした方が良い。 チェスや太極拳など一対一の大会なので、特に相手の出方をこちらの微動で引き出し、それを利用するテクニックがある。そのためには自己の挙動を客観的に見てコントロールしなければならない。 教育の方法としては、ある確かだと思われる方法を押し進めるのとその人の状況を診て合っていると思われるのを考慮する方法があり、著者は後者を取る。

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    投稿日: 2016.05.22
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    友人の紹介で読む。 例えるなら「羽生善治がムエタイのチャンピオンになるまで」的な自伝。つまりノンフィクション。 僕はワークライフバランスという言葉が好きではなくて、やっぱりどれだけのめりこめるか、だし、面白いことに集中できればそれはもう充実のライフだし成果があがらないわけが思うんですよね。集中力を切らさない環境づくりをもっと意識しないと。 この人はそれが極端で(だからチェスと太極拳推手の両方で世界チャンピオンになるんだけど)、「1万時間」どころの騒ぎじゃない。やりすぎです。 集中と弛緩(全くのリラックス)のコントラストも鮮やか。日本のサラリーマンも、海外のように1ヶ月や1年っていう長期休暇をとれば何かが変わるかも。

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    投稿日: 2016.01.21
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    集中すると何も耳に入らない友人が1人いる。 そんな彼から分析的な話を聞いたことはないが、本書の著者は、それを具体例を交えながらわかりやすく教えてくれる。 習得の出発点になる自己分析の徹底ぶり、身につけるべき知識、動作の分析など、これまでの自分の取り組みの深さとの違いに愕然とさせられた。 どうでもいいけど、チェスと太極拳をやってみたくなった。

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    投稿日: 2016.01.18
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    チェス神童が、チェスや太極拳の学びを通じて、Learningについて語る本。 読み物としては面白い。実用書としては、本人の能力が高いからか、なかなか一般人には参考にならないように感じた。

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    投稿日: 2015.12.26
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    私はチェスを体系的に学んでいるわけでもないし、太極拳の稽古経験もないが、それでもこの本の実用性に圧倒された。 凡百の自己啓発本を百冊読むよりもこの本を繰り返し読む方がずっとためになると思った。 まさしく学びのアート。

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    投稿日: 2015.12.26
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    ノンフィクション的にも面白く読めるが、 やはりメインは「上達論」。 過度に精神的でもなく、極めて普遍的な内容。

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    投稿日: 2015.12.21
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    素晴らしい内容でした。チェスだけの人が書いても、武術だけの人が書いてもこの濃密さは出ないだろう。 「数を忘れる為の数」など、哲学的とも言える言葉の数々は脳細胞を非常に刺激されました。 ただある程度読み手を選ぶ内容かもしれません。 個人的には読んで損はないと思います。

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    投稿日: 2015.12.06
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    素晴らしかった。 途中から格闘技の話になって ついていきにくい部分もあったけれど、 ”習得”という観点で見て行くと よくわかる

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    投稿日: 2015.11.24
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    徹底して基礎を繰り返すこと。 ビギナーマインドをもって、恥を恐れずに失敗した先にこそ、学びがあり、成長があること。 集中するトリガーは自分で創ること。など、習熟のための情熱が実体験をもとに抱えていて刺激ある一冊!! 【外に原因を求めない】 海の上で生活するためには、今という瞬間にしっかりと心を置き続け、状況を自力で無理やりコントロールしようとする気持ちを捨てなければならない。波のリズムに身を預け、どんなことがあってもそれに対処できるよう心の準備を整えておく以外にない。 【トップを目指す】 頂点につながる狭き門をくぐれるものとくぐれないものの差はどこにあるのか? そこまでする意義は本当にあるのか? 大志をもつということは、裏を返せば大きな失望の可能性をはらんでいる。それなのにわざわざ最高峰を目指す必要があるのだろうか?この2つの疑問を解くカギは、やる気を誘発するように考えつくされた学習アプローチ、さまざま異なった分野で探求した内容どうしを関連付けることのできる能力、日々のプロセスを楽しむこと、の3点にあると思う。 【増大理論】 実体理論者の子供たちは「自分はこれが得意だ」という言い回しをよく使い、成功や失敗の理由を、自分の中に深く根付いていて変えることのできない能力のレベルにあるとする傾向が強い。つまり、ある特定の課題における知能や技術のレベルそのものを、進歩させることのできない固定された実体として捉えている。 増大理論者は、結果がでたとき、「頑張って取り組んだおかげだ」、または「もっと頑張るべきだった」というフレーズを使う傾向が強い。知能のあり方を習得理論で解釈する子供は、頑張って取り組めば難しい課題でも克服することができる、すなわち、初心者でも一歩一歩進むことで漸次的に能力を増大させ、ついには達人になることだって可能だという感覚を持つ傾向にある。 【結果よりもそのプロセスに学ぶ】 成功者のほとんどは、より高いところに目を向けてあらゆる戦いで危険を冒しているし、目先のトロフィーや栄光なんかよりも、頂点を目指す過程の中で学んだことの方がずっと意味があるということを知っている。長い目で見たとき、身に染みる敗戦の方が、勝利の栄冠よりもずっと価値がある場合だってある。「嬉しい経験」か「苦い経験」かに関わらず、その経験から知恵を引き出せる人ならば、道を逸れることなく最後まで突き進むことができる。 目先の成果に捉われることは、数学の勉強法を覚える代わりに、先生の机からテスト内容を盗み出す習慣を身に着けることに似ている。たとえテストで良い点が取れたとしても、何一つ学んではいないし、何よりも学習の価値や美しさを味わって認識することが一切できない。 試合に勝った者だけが勝者であると教え込まれた少年バスケットボール選手が、勝敗を左右するシュートを外したら望みをすっかり失ってしまうだろう。完ぺき主義で通っているビジネスマンという自己イメージを確立させたものが、仕事でミスを犯したら、果たしてその間違いから何かを学び取ることができるだろうか。 【敗戦を恐れないために】 大きなプレッシャーがのしかかっている場合でも、負けることへの恐怖心よりもチェスに対する激しいほどの情熱がいつも優っていた。それはきっと、初タイトルを獲る以前に痛切な配線を経験したおかげで、瀬戸際でも戦える心理状態を築けたということだと思う。 【負けたときの慰め方】 自分のもっているすべてを賭けて臨み、そして敗れた。そこで母親はなんて声をかけるべきか。とにかく、決して言ってはならないことは、勝ち負けは重要じゃないという言葉だ。それが真実ではないことを彼は理解しているし、現状についてウソをつかれることで、悲嘆に暮れる彼は更に孤独になる。重要じゃないというなら、それに勝とうとしていた自分は何だったのか?私のこれまでは価値のないものだったのか?勝ち負けは重要なものだし、そのことを彼は心得ている。ここで求められるのは、まず「共感」だ。 お母さんは、その気持ちが理解できるし、何よりも彼のことを想っていること、そして卓越するための道のりに失望はつきものだということを言葉で伝える。少し落ち着いたら、静かな声で、今の試合で何が起こったのかを自分で理解しているかを尋ねてみる。 これにより、彼はいかなる配線も成長のためのチャンスだということを学べる。 心のこもった、思いやりのある、習得志向の両親や教師がいれば、大志をもつ子どもは心を解き放ち、こんなにあっても勇敢にむかえるようになる。全力で挑戦しなければ、そこから何一つ学ぶことはできないものだ。困難無くして成長はない。もっている力を出し尽くして、その限界の先に何があるのかを見つけ出し、ようやく何かを学ぶことができるのだ。 【スポットライトを浴びて失敗する心構え】 日常的に競争が繰り返される中で、数週間だけパフォーマンスにこだわらなくてもいい期間を設けても大丈夫なんてことはまずない。本当に初心者であれば負の投資を行うことは容易かもしれないが、人々の視線と期待を一身に浴びながらパフォーマンスする立場にいるものにとっては、恥をかいても一切気にすることのないオープンな心を保って学ぶのは容易ではない。 心をオープンにして増大理論の学習アプローチをとり、ピーク状態でパフォーマンスできない期間を時に許容することは、学習の過程において絶対に必要である。個の時、ベストを目指すためにはこれが必要なのだと世間にわかってもらうことを期待するのではなく、その責任を自分自身で背負うこと。偉大な人物は、剣に火をくべて磨きをかけるためなら、やけどなど厭わないものだ。 マイケル・ジョーダンだってそう。試合終了直前にシュートを決めてチームを勝利に導いた試合数がNBA史上最多というのは有名だが、最後のシュートを外してチームを敗戦に導いた試合数も一番多い。ジョーダンを偉大なプレーヤー足らしめるのは、彼が完璧だからではなく、ギリギリの状態に自分を追い込むことを厭わなかったからだ。2万人のファンを悲しみにどん底に突き落として家路に向かわせた夜、彼の心は辛苦にさいなまれていただろうか?もちろん、そのはずだ。それでも彼はバスケットボール界に普及の名を残す道のりの中で、戦犯として責められることを恐れたりはしなかった。 【集中力を保つルーチンをもつ】 一流のパフォーマーは、リカバリーするために何らかのルーチンを行っているという特徴を発見している。とても重大な試合で生き残れる選手の大半は、プレーとプレーの間の短い隙間にリラックスできる選手なのだという。 例えば、水泳が好きな人には次のような方法がある。くたくたになるまで泳ぎまくってやめるのではなく、身体に無理のないぎりぎりのところまで泳いだら、1~2分間のリカバリータイムを入れ、ふたたびギリギリまで泳ぐということを繰り返す。他にも、読書中に集中力が切れたと思ったら、一旦本を置いて、何度か深呼吸してから、リフレッシュした気持ちで再び本を手に取る。仕事中に精神的スタミナが切れたら、休憩して、顔を洗い、新たな気持ちで戻ってくる。 【引き金を構築する】 ここぞという瞬間を上手に待てるようにならなければいけないというよりも、むしろ、待つこと自体が大好きにならなければいけない。なぜなら、待つことは、実は待つことではなく、人生や生活そのものだからだ。残念なことに、多くの人々が精神をフル活用することなく日々を送りながら、本当の人生が始まる瞬間を待つような生き方をしている。退屈な日々が何年続いても、いつか真の愛を見つけたときに、または、天啓を授かった時に、そおから本当の人生が始まるのだから大丈夫だと考えている。しかし、悲しいことに、今という瞬間に心を置き続けておかなければ、たとえ真の愛が目の前を通り過ぎたとしても、まるで気づかないだろう。単純な日常の中に価値を見出すこと、平凡なものの中に深く潜っていき、そこに隠れている人生の豊かさを発見することが、幸福だけでなく成功も生み出すはずだと強く信じている。 そのために、日常の中で一番心静かに集中できることを考えよう。 それが思い浮かんだら、それを行うまでに4~5つのルーチンを作ろう。 そのルーチンが身に沁みついたら、それを重要なMTGがある朝にやってみよう。 【激怒をスイッチにする】 相手に問題があるのではなく、これは自分が抱える問題なのだということをしっかりと認識することから始まる。世間には不愉快なやつなんていくらでもいる。そういう人々と冷静な頭で渡り合えるようにならなければならないのだ。激怒してみたところで人生は何も変わらない。

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    投稿日: 2015.11.05