
総合評価
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0投稿日: 2025.11.14
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0投稿日: 2025.09.04
powered by ブクログ【琉大OPACリンク】 https://opac.lib.u-ryukyu.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BA77113433
0投稿日: 2022.03.30
powered by ブクログ前置きが終わると急にはっちゃけた文章になります。そして、書きなぐっただけのような雑談が第一部は延々続きます。第二部からは、論述をどうやって展開していくのかという手段として、二項対立の技法を解説しています。例文がいくつか引用され、その文章で使われている技法を読み解いていきます。 私は、大学の文科系科目の課題で設問の意図もレポートの書き方もよくわからなかったし、そのテキストや論述がどういう理屈で論じているのかさっぱり理解できず論点もわからなかったので、もっと手前のこういった入門書を読めば何かわかるかなと思って読んでみた次第です。(私自身は芸術系で理系思考です) 論文という物には二種類ある。一つは実証。誰が見ても確かである発見や証明だ。そしてもう一つは「ふつうそう思われているような常識を覆すような論を展開すること」(p143)とあった。しかも論を展開する前提となるルールは一つではない例もあげられていて、その前提となるルールを知っていないとその論述を論理的に理解することはできないようだった。(p184-186) 文科系の論述ってすごい高度なんだなあ。難しいなあ。と感じました。
0投稿日: 2017.09.21
powered by ブクログレポート書けん!と大学三年目にしてわめきだした私に父から差し入れ。実際、形式に関してのヘルプページは少ないので「引用?」状態の人にとっては肩透かし、かも。形式くらい知ってるわと自負する私にとっては、新たな考え方に接することメインなのがうれしかった。筆者はたびたび自虐的な態度を見せたり、遊んでばっかの大学生は大学辞めてしまえなど歯に布着せぬ発言をかましたりと、とにかく面白かった。知的好奇心は満たされた!しかし進まぬレポーヨ…。
2投稿日: 2017.05.05
powered by ブクログ文系大学生向けに論文執筆法を説いた本だが、通常の論文執筆法の教本とはかなり異なっている。普通に論文を書くための作法・技術等だけ知りたい読者には不向きだと思われる。しかし、文系大学生なら一読の価値がある。 第一部は、「秘伝 人生論的論文執筆法」と題されており、まさに著者の私見満載の「人生論的」な内容で、論文執筆についてだけでなく、文系大学生のあり方について語られている。多少、説教臭いことは否定できないが、著者独特の軽快な文体で、読んで損はない内容だと思う。 第二部は、「線を引くこと―たった一つの方法」ということで、一流の論文がどういう方法によって書かれたのかを具体例に即して解説している。その中で、一流の論文はたった一つの方法、すなわち、二項対立を作って「線を引くこと」により書かれているということを解き明かしている。複数の論文の構造を解析しながら論文執筆の方法について論じるというのは類例がないと思われ、非常に参考になる興味深い内容になっている。
1投稿日: 2016.11.12
powered by ブクログ大学生ではないですが買ってみた(笑) 最近批評に興味を持っているので,その取っかかりでもなればと思い読んでみた. 二部構成だが第一部は周りにいる大学生には「読んでみ」と勧めるけれど,特に読む必要はなかった. 第二部がこの本の主題で,批評を「読む」「書く」時にひとつの指標になるべくヒントが書かれていて参考になった. 次に読む本がたくさん控えているのでとりあえず本棚に戻すが,近いうち再読しようと思う. やっぱ一回読んだんじゃ忘れちゃうんだよね(笑)
0投稿日: 2016.05.23
powered by ブクログタイトルからテクニック本かと思って読んでみたが、ちょっと違った。 でも、辛口で読み物として非常に面白い。
0投稿日: 2014.09.22
powered by ブクログ帯文(袖):”大学生にとって、論文を書くとはどういうことか。” 目次:はじめに、第1部 秘伝 人生論的論文執筆法、第2部 線を引くこと―たった一つの方法;1 自己と他者,2 国境と政治,3 「われわれ」と「彼ら」、あとがき
0投稿日: 2014.07.18
powered by ブクログ第1部「秘伝人生論的論文執筆法」は、論文、レポートの書き方についての解説です。 第2部「線を引くこと―たった一つの方法」では、論文を書くことは思考によって文化・精神の領域に分割線を引くことだという考えが紹介されており、そうした考えに基づいて7つの論考を著者とともに読み解く実践編と呼べるような内容になっています。 本書では、文学や社会学系の論文、レポートが念頭に置かれており、カルチュラル・スタディーズが隆盛している研究状況を踏まえつつ、既存の枠組みに沿って事実を並べるだけではなく、新しい発想を提示するような論文、レポートをめざすべきだという著者の信念が語られます。 「あとがき」に、著者たちが早稲田大学教育学部で「鬼教師の会」を結成したことが述べていますが、なるほど本書も、論文、レポートの書き方が分からない大学生に多少熱血気質の教師のような語り口で進められていきます。
0投稿日: 2014.06.25
powered by ブクログ文系(特に文学系)大学生に向けた、論文執筆法体得の足掛かりとして書かれた一冊。 全ての表現は思想であるという文中の言葉どおり、思想・人間性の滲み出た分かりやすくも嫌らしい文体が印象的。 書中の記述とは関係ないが、批判的読みを身につける訓練として、嫌いな人の本を読むというのは効果的だなと感じた。 前半は、タイトルの決め方や段落の変え方など基本的な論文の「型」の話から、文筆家として生きるための話など幅広い内容。 いわゆる知識人的な人の本にありがちな、「タイトルと内容が一致していない」という問題も一部見られるが許容範囲。 後半の実例を挙げて解説するパートでは、論文があらゆる事象・思想に「線を引く」形で書かれていることを中心に説明している。例示した文章自体には難しいものもあったが、この「線を引く」という方法論には大変納得させられた。
0投稿日: 2013.12.02
powered by ブクログ第一部だけで良かった。論文執筆法というのは文系の方々のためのもので、少なくとも私には2部は必要なくて、読んだ時間が無駄だったかな。
0投稿日: 2013.02.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
大学生向けということで、ほかの石原千秋の 本よりくだけた文調で読みやすい。 でも内容は濃い。よく文章構成について考えさせられた。 あいかわらず辛口。
0投稿日: 2012.11.27
powered by ブクログ論文執筆法を理解することで、論文を書くことに自信を与えてくれる一冊。注釈の書き方や引用の仕方を具体的に教えてくれるので、とても参考になる。
0投稿日: 2012.11.18
powered by ブクログいかに論文を書くかというよりも、どうやって大学生をやるか諭されたような。 文学部に入ったとき読みたかった本。 大学の図書館で借りて読み始めたら頭のほうで「大学の教師は世間知らずで心が狭いのがふつうだ」という部分に線を引いた跡があってなんだか笑ってしまった。
0投稿日: 2012.10.07
powered by ブクログ大学生が大学生なりの文章を書くということには社会性や人間性の成長が欠かせない。 1章は論文を書く上での基本的なアドバイスが著者なりの書き味で述べられている。 2章は「線を引く」というたったひとつのことが述べられている。二項対立の考え方を身につけるには線を引いて、違いを明らかにしなければならない。 文科系の大学生は読むべきだと思うが、私は理系なので1章にそれなりに触発されて新書を買いに走るくらいだった。石原千秋さんおもしろい。
0投稿日: 2012.02.21
powered by ブクログ大学一年生の頃に読んでおきたかった! 論文・レポートの書き方だけでなく、「大学生論」のようなものも書いている。 石原千秋の攻撃的なスタイルが好き。
0投稿日: 2011.10.23
powered by ブクログ題名のごとく大学生としての論文・レポートの書き方が書かれている。この本を今読んでおいて良かった。しかし、もし大学生になる前に読んでいれば…と何度も悔やみながら読んだのも事実。今まで提出したレポートを早急に書き直して再提出したくなった。特に1つのテーマで論じきることが今の自分にはできていないと感じた。構成メモを活用したいと思う。また、線引きは一見簡単なようで実は、引く位置で論点や立場が変わってしまうほど難しいものだと分かった。第二部は少し難しく感じた。
1投稿日: 2011.09.02
powered by ブクログ石原千晶ならではの鋭い文章で面白い。大学生の文章がいかに駄目なものかを語りながら、バサバサと痛快に斬っていく。 しかし、論文執筆法と題名に入っているのに、この"方法"は載ってないと言っていいほど少ししか取り扱われていない。 具体的な書き方よりも他人の文章を読んで二項対立の考え方を身につけろ。論文を書くのはそれからだと言われているように感じる。
0投稿日: 2011.07.09
powered by ブクログ文系の大学生として必ず一度読みましょう。 去年提出した自分のレポートを奪い返して光速で土下座したくなります。 確かに大学一年の時って、授業でレポートの書き方、教わらないよね。なのにレポートで評価するって言うのは、ちょっと理不尽な気がするね。 レポートの書き方なんて右も左もわからないって方には非常におすすめします。
0投稿日: 2011.07.08
powered by ブクログ宮崎アニメ研究というジャンルにとって、宮崎アニメは一次資料、宮崎アニメについて論じてるものは二次資料。 ~と言われても仕方がない、という言い回しはNG。 便利になったけど、何か大切なものを失った、というのもNG。 論文もレポートも商品だから、どういう風に書けば格好いいか、常に構成を頭に置いて書かなければならない。 文学部に文学などありはしない。文学があるのは文学部の外部である。だから自分には文学がある。 文化系の研究者の世界では鉄のトライアングルは、東大、朝日新聞、岩波書店らしい。
0投稿日: 2011.05.28
powered by ブクログ「レポートは左止めのほうがよい」と筆者は述べているが、これは講師によって異なるので各人指示を仰ぐほうが良い。
0投稿日: 2011.05.22
powered by ブクログ第一部は他の本で十分代用可能な内容。 第二部の二項対立の作り方についてはなかなかためになったと思う。 執筆法というより発想法と言うべきか。
0投稿日: 2011.05.01
powered by ブクログ論文執筆のホンネとタテマエ」 論文の書き方を教えるのは難しい。「大人」の批評家や研究者だって、自分がどうやって論文や批評を書いているのかわからないことがあるだろう。というか、そもそも「よくわからないけど書けてしまった」という部分のない文章というのは、あまりおもしろくないのである。 それから、これは少なくとも筆者の場合にはときにあるのだが、論じているうちに「いったい何のためにこんなことを書いているのだろう?」という気分になってくることがある。調子の悪いときである。文章が議論のための議論になっていて、抽象概念がやたらと多く、数学の演算のようにとりあえず概念のツジツマは合っているのだけれど、何というのか、話に迫真性がない。書いていても自分でおもしろがっていないのがありあり。そういうときは、ボツにするしかない。 『論文執筆法』と題された本でも、そこまでは面倒見きれないだろう。ただ、本書には論文を書くことの根本的な難しさのようなものに肉薄したと思わせる箇所がいくつかある。学生に対する雑談まじりの軽快な授業というニュアンスをこえて、こちらもちょっと考えてみたくなる。これは石原千秋という人の、おそらく意図的なのだろう、ややガードの緩い文章の書き方とも関係していると思う。筆者はその辺に興味を持った。 『大学生の論文執筆法』は構成としては大きく二部にわかれている。第一部は「秘伝 人生論的論文執筆法」と題され、「大学で勉強するとはどういうことか」というトーンで、「レポートにはタイトルをつけなさい」「右上をとじなさい」といった初歩的なことを含めて具体的な指示がある。第二部の題は「線を引くこと」。佐伯啓思、上野千鶴子、前田愛といった論者の文章を引き合いに出し、ときにいかにも石原的な〝突っつき〟をいれながら、評論文の議論の組み立ての妙を説明している。「線を引く」というのは、ここでは二項対立の操作というような意味と考えればいい。 こうしてみると、後半の方がはるかに知的で、本格的で、実践的と思えるかもしれない。しかし、本書の読み所はむしろ前半、とくに出だしから四分の一あたりに集中していると筆者は思う。たとえば「レポートの作法」というセクションの冒頭部には次のような一節がある。 僕は意地悪だから、大学一年生に何も言わずにとにかく五枚のレポートを書かせてみる。たいていものすごいことが起きる。要するに、自分のレポートが読まれるという単純な事実にまったく気づいていないらしいのだ。つまり、教師も自分と同じ人間だということに気づいていないらしいのだ。学生にとって教師は透明人間なのか?たぶんそうなのだろう。そこで、教師は「人間宣言」を行わなければならなくなる。そう、教師もまた好みを持った「一読者」であることを学生に理解させるのだ。(25) この「人間宣言」の部分はよく考えてみるとなかなか奥が深い。教師が「一読者」であることの確認には、たしかに「レポートはちゃんと読める形で出してね」というメッセージがこめられているが、同時に、そもそも論ずるとはどういうことか?というなかなか微妙な問いにもつながってくる。論ずるとは、いったい誰に向けて、どういう〝つもり〟で行われるものだろう。 論文にしてもレポートにしても、この〝つもり〟の問題に答えるのがとても難しいのだ。いみじくもこのセクションには「レポートの作法」というタイトルがつけられているが、「作法」というからにはそこには〝ホンネ〟と〝タテマエ〟がからんでくる。もちろん〝タテマエ〟がウソに過ぎないとか、虚構だとかそういう単純な話ではない。一般の「作法」と同じように、レポートにしても論文にしても、ある一定の〝タテマエ〟を演出として組みこむことではじめて命が吹きこまれる。しかし、〝タテマエ〟はやはり〝タテマエ〟にすぎない。どこかの時点で「これは所詮タテマエですから」と捨てられないまでも諦められねばならないものである。 具体的に言うと、たとえば「夏目漱石の『道草』をねちねち読む」という授業があったとしよう。学期末レポートとして先生の出した課題は「とにかく『道草』について何でもいいから論ぜよ」だとする。そこである学生が「『道草』と胃病」というテーマをとりあげようと考える。『道草』の中で胃と関係しそうな部分を読みこみ、食べ物のイメージとか、主人公の胃の調子とかについて何か言おうとする。いろいろ考えているうちに、「そういえば道草というのは〝食う〟ものだな」というような、あまり役に立ちそうにない思いつきにも至るかもしれない。 学部レベルのレポートとしてはなかなか野心的である。かなりの難題だ。ついに学生は『道草』だけで「夏目漱石と胃病」を論じるのは無理だ!とあきらめそうになる。しかし――そしてここからがおもしろいところなのだが――この学生はどうしても「胃病」のことが頭から離れなくなってしまう。どうしても胃について何か言いたくなってしまった。テクストには証拠がないし、自分が何を言いたいかだってよくわからないのに、でもそのよくわからない「何か」を言いたいのである。とにかく漱石の胃じゃなきゃならないのだ!(と彼は心の中で叫ぶ) もちろん〝タテマエ〟から言えば、これは×である。「よくわかりませんが、自分は何だか漱石の胃に興味を持ってしまったので、何を言うことになるかは皆目わかりませんが、あとは野となれ山となれ、とりあえず出たとこ勝負の運まかせで書きます」と始めたら、人間石原千秋は顔を真っ赤にして怒ることだろう。筆者だって、血圧は低いから顔は真っ赤にはならないかもしれないが、思わず吹き出してしまうかもしれない。 しかし、論文というのは実際にはそのようにして着想されたりするものなのだ。「よくわからないけど、ここを掘ると何かが出てくるような気がする」と犬のように地面を掘ってみる。とにかく掘るのである。そうするとほんとに何かが出てくることがあるのだ。不思議なものである。まるで自分で埋めておいたのじゃないかというような、ちょうど好都合のものが、地面/字面の中からニョキッと出てくる。それで後からもっともらしく「漱石という人の作品を考えるにあたっては、執筆リズムと体調とを関係づけることが重要である。とりわけ食べることは漱石にとって非常に……」とか何とか、〝タテマエ〟を組み立てていくわけである。 逆に言えば、〝タテマエ〟や作法のことしか頭にない論文というのはロクなものではない。もちろん〝タテマエ〟も作法もない論文というのは、それ以上にロクなものではない。石原の言うように、教師というひとりの〝人間〟を相手にすることから出発するのは必須だ。しかし、そのうえで、そのひとりの教師のご機嫌をとったりおもしろがらせたりすることを遙かに超えて、書き手の妙なエネルギーをドバッと出してしまうレポートなり論文なりが、いいものなのである。 こんなことを考えさせてくれる土壌がこの本にはある。そこで大事なのはおそらく石原自身のメッセージが、歯切れ良く潔くあるだけに、容易に反論可能なものとして提示されているということである。たとえば、論というものはとにかく具体的な提案がなければならないと石原は強調する。俎上にあげられるのは、佐和隆光によるつぎのような一節である。 日本型システムが復権することは、まずありえない。アメリカ型システムが最適であり続ける保証もまたない。二十一世紀の最初の十年に起こる『変化』を先取りし、それへの迅速な「適応」を積み重ねることにより、革新的なシステムを構築することが、次の政権に託された課題なのである。 これに対し石原は言う。 「絶対になかったとは言い切れまい」とかなんとか。当たり前じゃん、そんなこと。ここにあるのは「事実」ではなく、単なるレトリックである。そんなレトリックが論文の根拠になるはずがないではないか。(64) さらに。 肝心なのは、その「革新的なシステム」の具体的な中身である。しかし、この文章はその肝心な点に関して一言の言及もなされていない。何のためにこの文章は書かれたのだろうか。ただ、「こちらはこういう利点があるがこういう欠点もあって」という具合に、現状をまとめただけではないだろうか。これが「秀才さんの作文」の典型だ。(65;「しかし、この文章は」は「しかし、この文章には」?) 佐和に対する石原の批判は必ずしも息の根をとめるような容赦のないものではない。反論は可能だ。そもそも「レトリック」というのはそんなに悪いものか。「AはBである」という明晰な論理のかわりに、「レトリック」を使って「AはBでもCでもあるが、BでもCでもない」というような回り道をすることだってある。そうすることでやっと伝わることがあるのだ。文学作品というのはまさにそういうことの行われる場だろう。ただ、そうした「正しい議論」に拠っていてはなかなか言えないこともある。ここで石原がやろうとしているのは、論説文特有の紋切り型の、その臭みに矛先を向けることなのだ。論文の〝タテマエ〟の部分を曝いてしまいたいのである。 さらに石原は、高校生の段階で妙に文体らしきものを身につけてしまった学生が大学に入るとかえって伸びない、という話を続ける。ふむふむと筆者も思った。たしかにそういうことはある。評論家でも高校生でも同じである。論文の〝タテマエ〟を習得してそこに安住するようになると、文章のほんとうの痛みのようなものが捕まえられなくなる。なるほど、こんなふうに〝タテマエ〟のインチキさを白日の下にさらすのは、昔から石原の得意とするワザだった。 本書の後半も決してつまらないわけではない。石原のこだわるテクスト分析がきちんと行われているし、大学生にとっては文章との接し方を学ぶ良い機会ともなるだろう。ただ、本としてみると、前半の勢いに較べこちらは何となく作業のように見えてしまうところがあった。また、読者の中には「石原センセイの恋愛ギャグはオヤジ臭い」とか「もてない男を演ずるのはわざとらしい」といった意見もあるかもしれない。しかし、そうしたぬるいギャグをあえて繰り出すことで教室の学生を油断させ、こちらの術中にはめるというのは、昔から名物センセイの採用してきた高等戦術である。そういう意味では教室も、ホンネとタテマエの錯綜する、なかなか複雑な空間なのである。
0投稿日: 2011.02.21
powered by ブクログ[ 内容 ] 大学生にとって、論文を書くとはどういうことか。 誰のために書くのか。 何のために書くのか。 大学での授業の受け方や大学院レベルでの研究報告書の作法、社会に出てからの書き方まで、論文執筆の秘伝を公開する。 かつて流行った決め言葉の歴史や、カルチュラル・スタディーズが隆盛となったここ最近の学問の流れをも視野に入れた、実用書でもあり、読み物でもある新しい論文入門。 [ 目次 ] 第1部 秘伝 人生論的論文執筆法 第2部 線を引くこと―たった一つの方法(なぜ線を引くのか、あるいは線の仕事;自己と他者;国境と政治;「われわれ」と「彼ら」) [ POP ] [ おすすめ度 ] ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度 ☆☆☆☆☆☆☆ 文章 ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性 ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性 ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度 共感度(空振り三振・一部・参った!) 読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ) [ 関連図書 ] [ 参考となる書評 ]
0投稿日: 2010.08.30
powered by ブクログこの本を、大学の先生が「参考文献を提示しておきました、大学の先生やってるとみんなおんなじようなコト思うんだネ」とか言って奨めてきたので、興味を持った。 前半は「ホチキスでとめろ」「参考文献の記し方」から始まって、「自分の立場をはっきりさせる」「きっちり二項対立させる」などといったことなどに話が及ぶ論文執筆方法。 後半は、よくできた論文を載せて、その書き方批評しつつ、著者自身の考え(人生観に近い)が表されている。 結局のところ、ハウツー本のフリをしたエッセイで(前書きにもそんなことは書いてあったけど)、それがすごく面白い。あっという間に読み切れた。 メモ:石原氏いわく、蓮實重彦(はすみしげひこ)とか柄谷行人とか上野千鶴子とか三浦雅士とか吉見俊哉とか大澤真幸とか高橋哲哉とか宮台真司とか東浩典のような名の通ったプロの批評家を一人も知らなかったら、文科系の大学生としてはかなりヤバイ状況らしい。
1投稿日: 2010.08.24
powered by ブクログ二部構成であるが、文章を書くに当たって一般の事柄に触れている一部だけでも、大変読む価値がある。 論文執筆法と銘打っているが、いわゆる教科書的な本ではなく、著者の主観や自己批判を絡めながら、「文を書くとはどういうことか」と本人から説教されているようだ。 自分の大学にこういった情熱を感じないからかもしれないが、凄く刺激的だった。 ただ、この本を理解できているならば、もっと素晴らしいレビューが書けるはずだ。それができなくて悔しいので、減点している。
0投稿日: 2010.05.24
powered by ブクログ小論文のネタを仕入れようと購入。 「第一部 秘伝 人生論的論文執筆法」は、ボブの心に響いた。 卒論とか修論とかを書く段階で読むといいかもしれない。 「第二部 線を引くこと──たった一つの方法」 目次を見て、物理的に「線を引く」ことだと思った。浅学だった。 「思考」する上で必要な「線を引く」ことだと気付くのは、一行目を読んでから。 なるほど…こういう表現もあるな…(^-^ゝ 実際の文章を、著者が「線」を引いたり消したりしながら具体的に読み込んでいく… 参考になりました(* ̄∇ ̄*) 線の向こう側に行かなければならないと感じたボブなのでした…
0投稿日: 2009.04.29
powered by ブクログ石原千秋の本は高校生の頃にも読んだことがある。 文系学生のために書かれた本で、私は理系だが読んでみた。なにか小手先の学問だという気がしてならない。社会学なんて言葉のあやでやろうとする学問然と飾ってる空虚な学問だという考えがますます強まった。しかし社会学者の書く文章はたまに言いくるめるのがうまいなあなどと思うので気になってもいる。
0投稿日: 2009.03.13
powered by ブクログ高3の頃、同じくちくま新書から出てる「教養のための大学受験国語」を読んだのが著者を知るきっかけ。 この本でも「二項対立」、「二元論」が述べられてて「あ〜そんなことも書いてあったな〜」って思い出した。 論文を書くためのスキルを身につけるというよりは、どうやって大学で勉強するかということが書いてあるので、「俺、大学でなにやってんだろ?」ってちょっとでも思ってしまった時期に読むのがおススメなのかと思います。 本読まなきゃね。
0投稿日: 2008.02.27
powered by ブクログいわゆるハウツー本と思って借りてたけど、文体といい内容といい面白かった! 著者は自分を「セミプロ」としてるけど、「プロ」としている上野千鶴子や高橋哲哉と渡り合っていけるような人になるような文章。 この人はたぶん大学の「研究者」じゃなくて「先生」であって、こういう人の下で勉強できるワセダっていいところだと思う。 特に文系の人には読んで損はしない本。 大学一年のときに読めたら、もっと違う大学生活になってたと思う。
0投稿日: 2007.12.02
powered by ブクログ斎藤孝さんの本くらいに個人的にはヒット。大学って待っても何もやってくれないから自分でやりたいことを見つけ出さきゃいけない。大学生活のHOW TO本でもあって大学1年の時読めたらもっと良かったかもしれない。とにかく、本をもっと読もう!
0投稿日: 2007.09.02
powered by ブクログ論文練習の授業で紹介された一冊。前期レポートで点数を取るために読み始めたはずのにいつの間にかのめりこみ。面白いですこれ。石原さんの本は漱石関連で読みまくっていたのでなおさら。本好きでいいんだなとちょっと安心した ちょっとずれるけれど、大学の授業がつまらないという意見に、「週に10コマ以上の授業がみんな興奮するほど面白かったら、君たちだって身が持たないだろう。」……確かに……!もう文句言わない(笑)
0投稿日: 2007.07.02
powered by ブクログ単なるハウツー本ではない。文科系の学生に「大学の勉強で満足するな!学外で本を読まない奴は大学生ではない!」と喝を入れています。確かに、知的レベルが高校生程度のまま4年生になり、論文を書く羽目になる人はたくさんいそう…(自分も含めて)。「大学の偏差値は大学や社会での実力を保証するものではなく、可能性を示すものにすぎない。必死に勉強しない限り、可能性は開花しない。つまり、まともな学生にはなれない。」刺激になりますね。
0投稿日: 2007.07.01
powered by ブクログ高校生までの感想文と、大学生になってからの論文はどのように違うのか、 また大学生たる者はどのような論文・レポートを書くべきかが記されている本。 大学生のレポート・論文は主に指導教官、担当教官を読者に想定し 証拠を挙げながら文を展開していくことが望まれる。 また論文を読む際は、二項対立(文章によっては複数の二項対立)を意識し、 最終的には自分で二項対立を文章に織り交ぜながら論文を執筆できるようにならなければならない。 著者は新書を多く読み、自分の専門のみでは偏りがちな知識を 広く持つことを推薦している。 その他にも、具体的な改行の仕方や、スペースの取り方、 引用の仕方や、句読点の使い方、漢字・平仮名の使い方まで説明されている。 当然のことながら、口語をそのまま文章にすることは注意しているが、 著者の若干口語調の文調が読みやすく、一気に読めてしまう。
0投稿日: 2007.06.28
powered by ブクログいや、ホント意地の悪い本です。まぁ、ワタシ自身も平均以上程度には意地が悪い方なので、こういうのは嫌いではありませんが(笑)。「ハウツー本」っぽい匂いがプンプンする題名とは裏腹に、ガクモン論的な色合いが強い本です。「文系大学生なら、これくらいのことはジョーシキだよな」という筆者の声が、本書のあちこちから響いてきます。もちろん、そのことにはワタシも賛同します。……つーことで、いわゆる「『文系的』な考え方」のマトモなものはこーゆーのですよ、ということをご存じない方は(現役「文系大学生」も含め)、ぜひお読みになった方がいいかと思います。ちなみに、リンク先・Amazonの書評には、本書の真骨頂である後半部分について「理解が及ばなかった。……説明が足りなくて、読者を混乱に落とし入れる」などというコメントがありますが、この自称「教育学者」さんは、相当にアタマが固くていらっしゃるんでしょうね。(20060622)
0投稿日: 2007.03.15
powered by ブクログ石原さんの本は読みやすいです。「線を引く」という方法が良いみたい。レポートの書き方系の本は、一度読んだほうがいいなーと思った(●´ω`●)
0投稿日: 2006.07.21
powered by ブクログ文系の大学生や大学院生を対象にした本と謳っているだけに、書き口がぼくたち大人からみると抵抗を感じるところも少なくないが、大人向きに書いているのでないからしかたあるまい。本書の前半は石原さんの体験的論文執筆法。これは学生の作文を指導する教師が読むと参考になるし、ふだん自分たちが学生に言っていることが書いてあって、思いは同じかとうれしくなる。たとえば、話し言葉を文章に混ぜるなとか、「わたしは…と思う」は高校生の文章だとかは日頃学生に言っていることだ。後半は、石原さんからみた模範となるような文章をあげ批評する。ここであがっているのは、世間常識を覆すような論であり、二項対立をたてて論じる文章である。石原さんはそれを「線を引く」と形容する。
0投稿日: 2006.07.14
