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総合評価

108件)
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  • 130のアイコン
    130
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    字が小さいし、文体が古すぎて読みづらかった。 勉強で差がつくよ、ということだった。 でも生まれたときはみな平等だ、というのはどうだろう?

    0
    投稿日: 2025.06.07
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    はんぺん
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    人間は生まれながらにしては平等だが、学問をするか否かでその後の人生における人間性の良し悪しが変わってくるという初めの文は、勉強や読書のモチベーションになります。その後、各章においてなぜ学問が必要なのかが人間個人の視点と国家レベルの視点とで語られており、なるほどーと思いました。 個人の独立というのがもう一つテーマにあるのかなと感じました(そのために学問は必要だという流れ)。 ただし学問の中でも実学の必要性が強調されており、めちゃくちゃ合理主義だなーと思いました。 しかし、この時代、このくらい強く声を上げなければ弛んだ封建社会にメスを入れられなかったのかなと一種同情を感じます。

    4
    投稿日: 2025.04.13
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    たくわん
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    2025/04/04 p.52 そもそも人の勇力はただ読書のみによりて得べきものにあらず。読書は学問の術なり、学問は事をなすの術なり。実地に接して事に慣るるにあらざればけっして勇力を生ずべからず。わが社中すでにその術を得たる者は、貧苦を忍び艱難を冒して、その所得の知見を文明の事実に施さざるべからず。その科は枚挙に遑あらず。商売勤めざるべからず、法律議せざるべからず、工業起こさざるべからず、農業勧めざるべからず、著書・訳術・新聞の出版、およそ文明の事件はことごとく取りてわが私有となし、国民の先をなして政府と相助け、官の力と私の力と互いに平均して一国全体の力を増し、かの薄弱なる独立を移して動かすべからざるの基礎に置き、外国と鋒を争いて毫も譲ることなく、今より数十の新年を経て、顧みて今月今日の有様を回想し、今日の独立を悦ばずしてかえってこれを愍笑するの勢いに至るは、豈一大快事ならずや。 本を読むだけではなく、実際に頭と手を動かすことも伴わせる必要があるってことかな。 勇気や力は読書だけで得られるものではなく、実際の経験や行動を通じてこそ得られる。

    2
    投稿日: 2025.04.04
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    MS(1763691)
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    恥ずかしながら初めて読みました‥‥。 もっと狭義的な意味での「学問」について触れているのかと思っていたが、知識、見聞、見識、学習、経験など、人間に備わった知性をどう活かすかを説いた先進的な啓蒙書だった。当時、10人に1人が読んだという事。封建制度が抜けきれない明治初期の人たちはさぞかし驚いただろうな。

    30
    投稿日: 2025.02.02
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    金太郎
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    自己啓発の先駆けといってもいい本。 当時の売れ行きの凄さ。また、内容の苛烈さによる批判に対する、福沢諭吉の論説返しなど、自分自身知らない部分があって面白かった。 本の内容を鵜呑みにするのではなく、現代に即した読み方をして学ぶことが大事だと学べました。 論語読みの論語知らずにならないように気をつけましょう。

    0
    投稿日: 2024.12.19
  • yonogritのアイコン
    yonogrit
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    目次 合本学問之勧序 初 編  端 書 二 編  端 書  人は同等なる事 三 編  国は同等なる事  一身独立して一国独立する事 四 編  学者の職分を論ず  附 録 五 編  明治七年一月一日の詞 六 編  国法の貴きを論ず 七 編  国民の職分を論ず 八 編  我心をもって他人の身を制すべからず 九 編  学問の旨を二様に記して中津の旧友に贈る文 十 編  前編の続、中津の旧友に贈る 十一編  名分をもって偽君子を生ずるの論 十二編  演説の法を勧むるの説  人の品行は高尚ならざるべからざるの論 十三編  怨望の人間に害あるを論ず 十四編  心事の棚卸  世話の字の義 十五編  事物を疑って取捨を断ずる事 十六編  手近く独立を守る事  心事と働きと相当すべきの論 十七編  人 望 論

    0
    投稿日: 2024.11.29
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    ゆうり
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    タイトルはもちろん知っているんだけど読んでない名作を潰していこうという気持ちになり頑張って読了。 明治の大転換期に、政治について·人民のあり方について·心の持ち方について、ここまで真っ直ぐな言葉で綴られていることに対して、純粋にすごいなぁと思った。

    23
    投稿日: 2024.06.18
  • catherine1347のアイコン
    catherine1347
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    敢えて原文で読んだので読みづらかったが、何とか読了。現代の情勢にはそぐわないのではないかと思って読んでみたが、意外に現代人も読む価値がある書である。特に女性の地位、権利の向上について述べているところは素晴らしい。当時としては画期的考えだったのだろう。 英語、外国語のカタカナ表記はできれば註に原文のスペルを付けてほしい。どの語を指しているのか認識するのが難しい言葉がいくつかあった。例えば「マルチルドム」はmartyrdom(殉教)のことだと思われるが、「マータダム」と発音するので、英語を知っている人間にとってもわかりにくい。

    0
    投稿日: 2024.06.10
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    ooiebi
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    万人が必ず読むべき本だとは思わないが、昔の人、昔の啓蒙本はこういう感じだったんだなという学びはある。

    0
    投稿日: 2024.04.29
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    ぽんすこ
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    この国の教育を変えられる機関、人は今のところ誰もいない…ならば俺が変える!!!!とさながらジャンプの主人公のように流れを変え実際に慶應設立など偉大な功績を残してしまった人の、教育が国力増強のためにいかに重要かを説いたお話し。意識高い系の啓蒙とかではなく、ただただ愛国精神から愚民に教育を施して欧米と戦えるマシな国家にしていこうというアツい想いを感じた。

    0
    投稿日: 2024.04.15
  • pnictideのアイコン
    pnictide
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    学問は、書を読んでインプットするだけでなく、アウトプットして活用すること。ストイックで強めの言葉で学に励めと鼓舞され、自分も妥協せず学び続けようと思えた。

    0
    投稿日: 2023.12.16
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    星野 邦夫
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    あえて現代語訳ではなく原典を読んでみたが、予想通り読解が難しい。だが福沢諭吉が学問の重要性と尊さを説いていたのは良く理解できる。 以下、備忘しておきたい一文。 ・そもそも人の勇力は、ただ読書のみに由って得べきものに非ず。読書は学問の術なり、学問は事をなすの術なり。実地に接して事に慣るるに悲ざれば、決して勇力を生ずべからず。

    0
    投稿日: 2023.10.29
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    メガネカイマン
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     言葉は少し難しいかもしれない。  でも当たり前のことしか書いてない。  これは難解な哲学じゃない。  今の当たり前がまだ当たり前じゃなかった時代に「日本ヤバいぜ!」って叫んだ人の、これが等身大の素顔なのだろう。  今でこそ誰でも知ってる名著だが、当時は相当批判されたそうな。福沢の自宅には脅迫の手紙が後を絶たなかったらしい。今ならSNSで槍玉に上げられて炎上するような感じだろうか。しかも巫山戯たハンドルネームでこれに応酬したというのだから面白い。どうやら後世の自分が想像するより余程やんちゃで破天荒な人だったようだ。

    1
    投稿日: 2023.06.28
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    ちゃちゃちゃい
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    ヤバい、このままでは今の日本もかなりやばいよ 明治?すごいよね令和に通じるなんて 全ての日本人に読んでもらいたい

    2
    投稿日: 2023.03.19
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    あゆぺん
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    「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」 という1文ばかりが有名だけど、本当に大事で伝えたいことはその後よね。勉強頑張ろう。

    0
    投稿日: 2022.12.11
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    Take
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    欧米諸国や中国に圧倒的に遅れをとっている、教育が劣化しているこの国の人間が今こそ再び手に取って読むべき。 天は人の上に人を造らず…っていうフレーズだけ先行しているが、本来のメッセージは「貧富の差は学の差である」ということ。貴賤の差は生まれではなく、学問を納めているかどうか、そして実学とは書籍を読むばかりではなく…など、当時の体制も含めて痛烈に批判。原文は少々読みにくいが、噛み締めながら読むべき

    1
    投稿日: 2022.07.16
  • rのアイコン
    r
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    意外と読みやすい。日本は本当にレベルが低い国だったんだろうけど、福沢諭吉や他のたくさんの知識人が、こうして国民とコミュニケーションをとって近代化が進んでいったんだと思うと胸が熱くなる。

    0
    投稿日: 2022.02.18
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    だまし売りNo
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    福沢諭吉は身分制度の不平等を嫌った。「門閥制度は親の敵」とまで言っている。この平等主義は福沢諭吉のバックボーンである。その矛先は封建身分だけでない。官尊民卑も嫌った。『民情一新』では保守と進歩を区別する基準として、民間にある者は官吏よりも変動を好むと指摘する。一万円札の肖像は福沢諭吉から渋沢栄一にバトンタッチする。どちらも明治時代に民間感覚を重視した人物であることは興味深い。

    0
    投稿日: 2021.10.09
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    やまもと
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    昔の言葉遣い漢字遣いの具合でちょっと文章が読みにくい。良いことが書いてあるのはわかるが、もっと理解するには何度か読まないとという感じ。

    0
    投稿日: 2021.07.05
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    poyori
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    先行きが見えない時代に新時代を生きる知恵、慶應義塾の宣伝文、いい大学に行き〜の源 精神の働きにある(自分の頭で考える) 言葉の効果的な使い方を学ぶ、明るく親しみやすい人でいる。顔は玄関 怨望∶人を羨み妬むこと →他人を不幸に落とし込む 面と向かって話し合え 悪ガキだったけど学問に目覚めた 長崎、大阪、ヨーロッパにいき26歳で慶應義塾をつくる(スピード感!) 37歳の時に発行された 居合いの達人 人間は平等だが学んでいるかどうかの違い 飯が食える学問をせよ 理屈が通じることで国の平和を守る(もし通じないなら圧力かけるしか。圧政の原因は無知な国民でもある。) 内容を理解していても実行してないじゃないか 人民を啓蒙 言行一致、超行動重視、行動に落とし込む 批判したくなったらやってみて、比較して 活力がないのは権力に押さえつけられるから 物事の道理をわかった上でやれ、法律を理解せよ 他人のことに口出ししない 仏教、女性差別をブッダ切る 衣食住に満足してるだけでは蟻と一緒、世のため人のために生きよそのために学問を こまめに振り返り決算する

    0
    投稿日: 2021.05.19
  • けんたのアイコン
    けんた
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    『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』は有名すぎる書き出しだけど、本当に福沢諭吉が言いたかったのはそのすぐ後にある、『人は生まれながらにして貴賤の別なし。ただ、学問を務めて物事をよく知るものは貴人となり、無学なるものは下人となるなり』っていうフレーズだと思う。日本の近代化を目指した明治維新の時期に、国の独立とは、軍事力が高まったり経済力が高まったりするということがその本質ではなく、個人の独立を通じた国の独立って事なんだと思う。なんか色々勉強してて、やる気がなくなったときに諭吉先生の教え聞くと身が引き締まって頑張らなきゃってなるので愛用しています

    0
    投稿日: 2020.12.25
  • くーにゃんのアイコン
    くーにゃん
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    お偉いさんの勉強しなさい本かと思ったら全く違った。ちょっとコイツどうなのという人物を福沢節で斬っていく様が実に痛快だった。 現存してたら毒舌系YouTuberにでもなっていただろう。

    0
    投稿日: 2020.12.21
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    まなてぃ
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    批判的に構えたカジュアルな啓発書といった感じで、痛快で面白く読むことができた。一編が短いので、気負わずに読むことができる。 現代にも言えるような市民の課題が色々と挙げられており、現実的・具体的な自分の考え方を省みる機会が得られた。

    0
    投稿日: 2020.11.10
  • ravenclaw55のアイコン
    ravenclaw55
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    小泉信三の「読書論」で「学問のすゝめ」が出てきて、とても面白そうなので読んでみたら、予想以上だった。 タイトルは誰でも知っている本書だが、まさかこんなに面白いとは。 だからこそ、明治時代にあれだけ読まれたに違いない。(国民の10人に一人は読んだらしい。いまでいうと、一千万部以上の超ベストセラーということになる) 平等と独立と学問(実学)の重要性を熱く語る。

    0
    投稿日: 2020.07.16
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    O
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    初編は読んだ。二編の途中だが、これで終わりでもいいかなとも思う。初編は、天は人のうえに人をつくらず人のしたに人をつくらずだけど差が生まれているのはなぜ?→学んでるかどうかだよ、だからこういう風に学べ。という内容。言葉の裏に教養があるんだろうなということが見える。へえ、福沢諭吉はこういうのを学べという思想を持っていたのかというのがわかる。

    0
    投稿日: 2020.07.13
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    Souemon
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    いざこの本を読んでみると、学校で「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」という有名すぎる一文を学ぶだけでは不十分であるということがわかる。福沢諭吉はこの文で平等論を表すが一方で学問をするかしないかによって貧富の差が生まれているというとこをリアリスティックに語っている。 民主主義における学問の重要性にも言及されており、民主主義、資本主義が自然発生しなかった日本という国においてこの本が生まれたということの重要性は果てしない。

    0
    投稿日: 2020.05.17
  • 中村宗悦のアイコン
    中村宗悦
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     私が近現代日本における経済政策思想史の研究を志したのは、かれこれ四半世紀以上前のことである。以来、折に触れ福沢の著作には親しんできた。しかし、修士論文のテーマとしたのが、まさに福沢諭吉と田口卯吉の経済政策思想の比較というものであったので、福沢のテキストを研究の対象として読んだことはあっても、幸か不幸か、好き嫌いという観点から、あるいは自らの人生の指針という観点から考えるという機会はあまりなかった。  もちろん、福沢や田口をテーマに取り上げることとなった契機は、今から思えば単純に好き嫌いの範疇に属するものであったかもしれない。研究者として福沢の厖大なテキストと格闘する前、学部学生の頃には『福翁自伝』や『学問のすゝめ』を読み、また大学院に進学した直後(1985年)には当時出たばかりの丸山真男の『「文明論之概略」を読む(上・中・下)』(岩波新書、1986年)を手引きとしながら、『文明論之概略』を読み、福沢の自由主義思想に大いに共感したことは否定できないからである。  しかし、実際の政策論議の場でも原理原則を全面に出し、これでもかこれでもかというように持説を展開してくる田口と比較すると、福沢が主張する政策論は、よく言えば変幻自在、悪くいえば一貫性に乏しく「無残な矛盾の体系」(杉山忠平)とも言えるものであり、人生経験に乏しく「大人の議論」に慣れていない駆け出しの研究者を大いに悩ませたのである。たとえば、『学問のすゝめ 十五編』の中に、次のような一節がある。 「英国の経済家に自由法を悦ぶ者多くして、これを信ずる輩はあたかももって世界普通の定法の如くに認むれども、アメリカの学者は保護法を唱えて自国一種の経済論を主張する者あり。一議随って出れば一説随ってこれを駁し、異説争論その極まる所を知るべからず。」(岩波文庫版、156ページ) 福沢自身、「一議随って出れば一説随ってこれを駁し、異説争論」することを自らの著作等で実践した学者であった。それがどんなに正しそうな説に見えても、福沢にとって、そのことに「惑溺」することは文明の進度の遅れを示すものであったからである。  研究対象としてはこのように厄介な福沢なのであるが、上述部分に続く以下の一節は、「自由の気風は唯多事争論の間に在て存するものと知る可し」という『文明論之概略』のもっとも有名な言葉とともに、研究者として我々後進が胸に刻んでおきたい一節であると私には思われる。  「異説争論の際に事物の真理を求むるは、なお逆風に向かって舟を行るが如し。その舟路を右にしまたこれを左にし、浪に激し風に逆らい、数十百里の海を経過するも、その直達の路を計れば進むこと僅に三、五里に過ぎず。航海にはしばしば順風の便ありと雖ども、人事においては決してこれなし。人事の進歩して真理に達するの路は、ただ異説争論の際にまぎるの一法あるのみ。而してその説論の生ずる源は、疑の一点に在りて存するものなり。疑の世界に真理多しとは、蓋しこれの謂なり」(同上) 初出:『三田評論』2012年4月号

    0
    投稿日: 2020.05.05
  • kawaguccibooksのアイコン
    kawaguccibooks
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    誰もが知っているのにあまり読まれていない古典。民主主義に不可欠なのは学問なのだ。漢語の素養からかリズムが心地よいので現代語訳よりも古い文体のまま読むのがよい。オススメ!

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    投稿日: 2020.05.04
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    Pompeii
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    崇め奉られている一万円札の顔である人によるあまりにも有名な本にも関わらず、読だことのある人はかなり少ないのではないだろうか。 17編にわたって主張とそれに関連する実例が書かれている。(構成はD.カーネギーの『人を動かす』と類似) 面白いのは、明治時代だけでなく現代にも通じる教訓がふんだんに述べられていること。福沢諭吉は何度も洋行しているため、ある意味で現代のグローバル社会に生きる我々と同じ感覚を持っていたのかも知れない。 無論一読の価値はあるし、何度も読み返すべき本。

    0
    投稿日: 2020.01.06
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    猫吉
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    「flier』 「学』に人生を捧げた人だけあって、人間社会をよく理解している。 なぜ義務教育で学習させないのかと思うぐらい。 有名な名言から諭吉をバカにする人いるだろうが、彼が目指した世界は単純な考えで構想できるものではないと思う。 政府や文明への言葉からして、良い悪いではなく、それらを包括する意味で正しい考えだと言える。 何の偏見もなしに本書の内容を語れる諭吉は、本当に聖人のように思えてくる。 日本のために尽くした、真の日本人ではないだろうか。 でなければ、彼の理想を素晴らしいなんて言えるわけがない。

    1
    投稿日: 2019.08.22
  • hirocsのアイコン
    hirocs
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    ”“天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり”で始まる名著。純粋な「学問」というよりも「独立自尊」の精神を訴えたも 「蟻の門人」「新の信ずべきもの」のくだりはズシーンと響いた。 ちょっと時間がたったけれど、登録しておきます。 <キーフレーズ> ・天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり。(p.11) ・ここに余るものは彼に渡し、彼に余るものは我に取り、互いに相教え互いに相学び、恥ずることもなく誇ることもなく、互いに便利を達し互いにその幸を祈り、天理人道に従って互いの交わりを結び…(p.15) ・独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり。(p.37) ・国の文明は上政府より起るべからず、下小民より生ずべからず、必ずその中間より興りて衆庶の向かうところを示し、政府と並立ちて始めて成功を期すべきなり。(p.58) ・故に一国はなお商社の如く、人民はなお社中の人の如く、一人にて主客二様の職を勤むべき者なり。(p.74) ・蟻の如きは遥かに未来を図り、穴を掘って居処を作り、冬日の用意に食料を貯うるに非ずや。(p.97) ★兎にも角にも一軒の家を守る者あれは、自ら独立の会計を得たりとて得意の色をなし、世の人もこれを目指して不覊独立の人物と言い、過分の働きをなしたる手柄のように称すけれども、その実は大なる間違いならずや。この人はただ蟻の門人と言うべきのみ(p.98) ★いわゆる旧を信ずるの信をもって新を信じ、西洋の文明を慕うの余りに兼ねてその顰蹙朝寝の僻をも学ぶものと言うべし。なお甚だしきは未だ新の信ずべきものを探り得ずして早く既に旧物を放却し、一身あたかも空虚なるが如くにして安心立命の地位を失い、これがため遂には発狂する者あるに至れり。(p.163-164) ・交わりを広くするの要はこの心事を成る丈け沢山にして、多芸多能一色に偏せず、様々の方向に由って人に接するに在り。(p.186)  ※言語を学べ(特に演説)。顔色容貌を快く。そして交わりを広く。 <きっかけ>  人間塾の2014年11月の課題図書として。”

    0
    投稿日: 2019.08.15
  • みにょんのアイコン
    みにょん
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    言わずとしれた福沢諭吉の代表的な著作。 この本が書かれた頃、明治時代が始まったばかりの日本では、外国との国交が開け、文明開化の華々しい道筋を歩んでいるものの、まだまだ西洋列強諸国との力の差は歴然だった。このままでは他のアジア諸国同様、植民地化の恐れもある。それを西洋遍歴の経験から痛切に感じていた福沢は、当時の日本にとっての最大の課題を「人民の未熟さ」に見出していた。 「日本には唯政府ありて、未だ国民あらず」 そういった切実な状況にあった福沢が、人民の「独立精神」と「学問」の重要性を様々な切り口から、時には激しい言葉遣いで説く。その言葉は、時代は違えど現代の人々にも多くの示唆を与えてくれること間違いなしで候。

    0
    投稿日: 2019.04.09
  • Στέφανοςのアイコン
    Στέφανος
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    著者:福沢諭吉(1835-1901、大阪市福島区、啓蒙思想家) 解説:小泉信三(1888-1966、港区、経済学)、昆野和七

    0
    投稿日: 2019.03.24
  • imemuyのアイコン
    imemuy
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    冒頭が有名な本。とても読みやすかった。明治一桁台に書かれたとは思えないほど現代の万人に通じ、学問の大事さを啓蒙する。 学問をするのは実生活で使うため、それがないのは「飯を食う字引」と同じ、働き生活を独立させ家族を持つのは月並みで、世のため人のためになってこそ初めて人様に褒められるべき、疑いを持ってこそ発展あり、人の権利と幸せの尊厳は親子男女職業の貴賎なし、、、 福沢諭吉は政府の存在意義、人々の平等などかなり先進的な考えを持っていたことに驚いた。当時の人々は自分の仕事の役割や姿勢に疑いを持って客観的に考えたことなんてなかったんじゃないだろうか。

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    投稿日: 2019.03.23
  • lisaotaのアイコン
    lisaota
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    ・独立を促すために、学問の大切さを説く。 ・人間は元々平等であるが、学問をしない事によって格差が生まれてくる。

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    投稿日: 2018.12.03
  • ありあのアイコン
    ありあ
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    『学問のすゝめ』という題であるが、実は学問の意味について書かれている箇所はそれほど多くなく、国家や国民の在り方についての批判、提言がほとんど。かなり痛烈な書き方をしている箇所もある。 原語のままでとても読みにくいが、高校の古文漢文レベルの知識があれば読めなくはない。気軽に読みたい人は、現代語に直してあるものの方が良いと思う。

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    投稿日: 2018.11.01
  • jkgo11のアイコン
    jkgo11
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    素晴らしい。まさに後世に残すべき名著。しかし今なお福沢諭吉の示したものは実現できていないとも感じる。

    0
    投稿日: 2018.08.08
  • kojiokawaraのアイコン
    kojiokawara
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    ・1/30 なかなか読み進められないけど、学問のことのみならず国民としてどうあるべきかを簡潔に説いてるのがすごい.女性の権利向上にも言及していて、現代でも十分通用する思想だ.当時としてはあまりに画期的過ぎて一般の人たちには理解することさえ困難だったんじゃないだろうか. ・7/27(2018年) 読了.一気に読めば反日もかからずすぐだったのに漸く読み終えた.笑 特に学者に対して学問を社会に対して広める役割を強く求めているのが印象的だった.自分だけ学んでどうする、それに意味があるのかって感じね.

    0
    投稿日: 2018.07.30
  • Keitoのアイコン
    Keito
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    平等といふこと。 冒頭のことばは、決して人間はみな分け隔てなく同じであるといふことを述べてゐるのではない。かしこいひともゐれば、愚かなひともゐる。豊かなひともさうだといふのに、ひとが平等であるはずなどない。 しかし、人間が「存在する」といふことにかけて、存在してゐるといふことにかしこい-愚か、豊か-貧しさなどまつたくもつて関係がない。存在に軽重などなく、それ以上でもそれ以下でもなく、そして、そのことに違ひはないと当り前なことを宣言したのだ。ひとがひとであるといふことを自覚してしまつたのだ。 この大前提にたつた上で、国とは一体何であるかを考へてゐるのである。 ひとである以上、存在といふ点で違ひはないのだから、国を治め、支配するといふことに血統など関係ない。まして初めから決められてゐるわけなどない。 それ故に、合意の下法律を定め、共に考へてゆかねばならぬ。生きてゐないひとは存在しないのだから、国法を定めるにあたつては、その生活を鑑み、知らねばならぬ。国法が生活から乖離したものであるなら、遠慮なく変へてゆかねばならぬ。決められた国法を守らねばならぬといふことは、決して教義的に与へられる義務ではなく、論理的な当然の帰結だ。国法に従はないことよりも、従ふことの方が「善い」ことだからである。 かうしたひとの意志の総体である国が「存在する」といふこともやはり、違ひなどないのである。たしかに、豊かな国もあれば貧しい国もある。狹い国もあれば広い国もある。だが、すべての国はこの点において平等なのだ。裏返せば、すべての国が平等であるのは、この点においてしかない。 国が存在するといふことにかけて、それを勝手に作り出すことやそれを侵害するあらゆる建前など本来存在するはずなどないのだ。仮に創り出せたとしても、私が私であるといふこと同様、その国はその国でしかない。 この点から彼自身日本と呼ばれる国を見渡した時、支配する側もされる側も、同じ存在で、どちらも生活していく上で責任があるといふことの気風が欠けてゐると言はざるを得なかつたのだ。この気風とは、ひとびとの意識といふ観念でもあり、またひとびとがとつてきた行動といふ実体でもある。さうした気風をもつひとびとが集まれば、国も気風もまた同じである。この気風のままでは、存在するといふ当り前を踏みにじられてしまふのだ。 学者の役割とは、かうした観念と実体を明らかにして、導いていくことに他ならない。学者は何も官庁や大学だけの存在ではない。生活してゐるそれぞれのひとが、それぞれの生活の学者だ。かうして私が私であるといふ当り前を知る。さうしたひとが集まつてゐる国だから、国もまた独立してゐる。 もしもこの独立を踏みにじられて生きるといふなら、よほど死んだ方がましなのである。善く生きられないなら、毒杯を仰がねばならぬ。それが正義である。忠臣蔵の義士も金を落とした下人もこの正義にかけて同じである。殉教以外の死は愚策でしかない。 一方、ひとが生まれなど関係なく、存在してしまふといふことは、ひとはその都度協力する必要があるといふことでもある。自分ひとりで生活のすべてを賄ふことなど不可能。しかし、独立したひとといふのは、独立してゐるといふことをひとの中で確認するより他ないのだ。それを無視して生活することは、相手の独立存在を無視してゐることに他ならない。国の行き来が盛んになつた以上、ことばだなんだと言つて避けるわけにはいかない。自分たちの生活を伝へ、また相手方の独立した生活を知らねばならぬ。さういつた意味で、少なからず似通つた言語で似た生活を行つてゐた相手だけでなく、全く異なる地盤で生活する相手との協力を求められてきてしまひ、より一層、ひとがひとであるといふ大前提のもと、学問―知るといふこと―に自覚的である必要がある。

    1
    投稿日: 2018.06.30
  • 澤田拓也のアイコン
    澤田拓也
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    「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」から始まる『学問のすすめ』。この言葉は、人の平等について述べたものではあるが、その主旨は、機会の平等であり、現実にある不平等は学問のありなしによるものであることを強調するためのものである。機会はすべてのものに平等に与えられるべきものであるが、学び続けなければその機会を捉えることはできないというものである。「人と人との釣り合いを問えばこれを同等と言わざるを得ず。ただしその同等とは有様の等しきを言うにあらず、権利道義の等しきを言うなり」と明言している。 福澤諭吉は、欧米列強が世界に進出する中で世界の情勢をよく知っていたであろう。場合によっては植民地化される危機も現にあったであろう明治初期において、福澤の持つ危機感は、今から想像することも難しいものであったかもしれない。その思いは、「独立の気力なき者は国を思うこと深切ならず」と書くときに、国の「独立」が持つ意味は今とは全く違ったであろうことを意識するべきである。福澤諭吉が「国内のことなればともかくなれども、いったん外国と戦争などのことあらばその不都合なること思い見るべし」というときには、その切実さに思いを至らせるべきだろう。「独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人に諛ものなり」というくだりについては、今の時代においても心しておかなければならないところである。 また、「これをもって世の人心ますますその風に靡き、官を慕い官を頼み、官を恐れ官に諂い、毫も独立の丹心を発露する者なくして、その醜体見るに忍びざることなり」という言葉は、メディアにも当てはまることではあるが、自分も含めて多くの人に無関係なことではない。官よりも民というものは『学問のすすめ』の中ですでに徹底されているし、私学として慶應義塾大学を創設したその行動にも表れている。また外国がやっていることをそのまま信じるべきではないというところは、自分の仕事に照らすと、他社がやっていることや海外のメーカーから言われたことをそのままやるようなことはするべきではなく、きちんと自分の頭で考えよということにも通じるであろう。そのために常に学ぶ姿勢と、独立の気力が必要となるのである。 『学問のすすめ』の中でも「電信・蒸気・百般の器械、したがって出ずればしたがって面目を改め、日に月に新奇ならざるはなし」と言われている。現代は当時と比べるとさらに秒進分歩くらいのスピードで世の中が変わっていることは間違いない。その変化が自らの有利に働くようにするためには、常に学び続けることが必要だろう。 「学問の道を首肯して天下の人心を導き、推してこれを高尚の域に進ましむるには、とくに今の時をもって高機会とし、この機会に逢う者はすなわち今の学者なれば、学者世のために勉強せざるべからず」と言う。「学問の要は活用にあるのみ。活用なき学問は無学に等し」とするところは実用・現場に適用してこその知識という点でも重要である。 最後には、立ち振る舞いや容姿、スピーチ能力についても言及をしており、非常にプラグマティックである。 以下が、『学問のすすめ』の章立てである。女性の教育などについてもすでにリベラルで先進的である。 それにしても明治の知識人の範囲は広い。 初編: 端書「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」~ 二編: 端書 人は同等なること 三編: 国は同等なること 一身独立して一国独立すること 四編: 学者の職分を論ず 付録 五編: 明治七年一月一日の詞 六篇: 国法の貴きを論ず 七編: 国民の職分を論ず 八篇: わが心をもって他人の身を制すべからず 九編: 学問の旨を二様に記して 中津の旧友に贈る分 十篇: 全編のつづき、中津の旧友に贈る 十一編: 名分をもって偽君子を生ずるの論 十二編: 演説の法を勧むるの説 人の品行は高尚ならざるべからざる野論 十三編: 怨望の人間に害あるを論ず 十四編: 心事の棚卸し 世話の字の義 十五編: 事物を疑いて取捨を断ずること 十六篇: 手近く独立を守ること 心事と働きと相当すべきの論 十七編: 人望論

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    投稿日: 2017.10.09
  • gakudaiprofのアイコン
    gakudaiprof
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    よく紹介されるのは第1編のみである。しかし、後の方では、西洋ではかぎもかけずに盗みもない、という現在と真逆のことが書いてある。

    0
    投稿日: 2017.04.17
  • persoenlichkeitのアイコン
    persoenlichkeit
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    社会契約論などヨーロッパの本が手軽に読める今読むと物足りない気もする。しかし、明治一桁の時代に、一般市民向けに書かれた本書の価値は大きいだろう。さらに、社会契約論よりも日本に特化した事情が書かれている点もわかりやすい。

    0
    投稿日: 2016.06.14
  • 福翁伝と合わせて

    ぜひ,読むべきだと思う.最初の方だけでも. 一つの,しっかりした人間のモデルが書いてあり,学ぶべきところが沢山ある. ただし,これだけ読むと少し読みにくいかもしれない.真面目な話しかしていないし. まず,福翁自伝という,福沢諭吉の自叙伝を読んでみると,「まじめだけど変な人,面白い人」というのが分かり,その上でこれを読むと,「あぁ,ああいう人生を送っているのでこういう話になるのか」と「面白く」読めると思う.

    0
    投稿日: 2016.03.30
  • olive9228のアイコン
    olive9228
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    軽快で痛烈な、誰もが知る偉人の主著。 有名な「天は人の上に人を作らず」で始まる本書の第1編は、単純な「平等論」を説くものではなく、人間の力の差や貧富の差等などは、学問(実学)を勤めるか否かにより生じるとしたものである(もっとも、第2編では、人はみな権義(right)を与えられた同等の存在である(equality)としており、基本的人権の保障にも目が配られている。)。 明治時代が始まったばかりの当時の日本において、旧来の権威主義を批判し、「独立」(自らを律して他に依りすがらないこと)するよう国民を啓発し、これにより日本が近代的で「独立」した国家となることを企図した、著者の気概が伝わってくる。 平等、権利、民主政(治者と被治者の同一性)、法の遵守(自力救済の禁止)など、現代的な法的・政治的主張のほか、理論と実践双方のバランスを保つこと、計画性を持ち日々点検すること、軽信軽疑を避けつつも批判的な目を持つこと、言葉を学び顔色容貌を良くして広く交流し人望を得ることなど、学問をする上で、また善く生きていく上で重要な内容が説かれている。 時代地域を問わない普遍性を持った名著。

    0
    投稿日: 2015.12.26
  • bookmarathonのアイコン
    bookmarathon
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    日本が急成長する準備を整えた方です。 〈天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らずと言えり〉 の部分が有名ですが、これは主旨ではありません。 みんな生まれは平等だけど、その後の努力で立派な人間になれるかどうかが決まります。だからみんな学問しよう!って本です。 読みやすくはないけれど、いい読書でした。 140年前の自己啓発書。

    0
    投稿日: 2015.06.16
  • 読了した

    今更ながら読んだ。明治を生きた、作った人である。読む人の立ち位置に関係なく 読むことに価値のある本である。当時はかなり批判もあった本だが、現代に生きる 人々にも、十分示唆に富む、多くのことを教えられる本である。

    0
    投稿日: 2014.12.20
  • いっちーのアイコン
    いっちー
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    今は1万円札で御馴染みの福沢諭吉翁の本です。 140年以上前の書かれた本ですが、福沢翁の日本に対する先見の明は恐ろしく的を得ているなと感じます。色々な出版社から出ておりますので是非、一読してみて下さい。

    0
    投稿日: 2014.08.01
  • morithinのアイコン
    morithin
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    予想外のおもしろさでした。例の「天は人の上に~」で始まる有名な本書ですが、月並みな良い方では、現代でも全然古くないように思います。 ただ、文章は文語なのですこし難しいかもしれません。ただ、明治時代に書かれたものなので、平安時代に書かれた「古文」と比べれば、はるかに現代語に近いので、あまりそこは気にしなくてよいと思います。 唯一、現代ではあまり使われない二重否定の表現さえ気をつければ、変な誤解は防げると思います。「せざるべからず」みたいなのね。こういう部分は気をつけて「しないべきではない」だから、「するべきだ」という風に読んでいくとよいと思います。 さて、「学問のすすめ」というタイトルですが、その目的は「独立」ということなのだと思います。この「独立」ということも、ただ単に生計を成り立たせるということではなく、明治新時代にふさわしい、近代国家にふさわしいというような意味です。これも本書に詳しく書いてあります。つまり、「独立」を成し遂げるためには、学問をしないといけませんよ、とそういうことなのだと思います。 また、福沢は、日本の「独立」についても、とても気にしています。当時の緊迫した国際状況がひしひしと伝わってくる部分です。実際に海外を見て回った経験のある福沢だからこそ、危機感も強かったのだと思います。 本書の最大の魅力は、福沢の舌鋒というか筆鋒の鋭さだと思います。特に儒者への批判はなかなか痛快で、たとえば孟子が(親)不孝には3つあるが後継ぎがいないことが最も不孝であるとしたことに対して、「天理にもとることを唱うる者なれば、孟子にても孔子にても遠慮に及ばず」といって「罪人と言って可なり」とまで言ってこきおろします。こういう歯に衣着せぬ物言いも楽しいところです。 私はまだ福沢に追いついてないと思います。学問を進めなければなりませんね。

    4
    投稿日: 2013.12.30
  • shigeru0127のアイコン
    shigeru0127
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    マイブーム「読書とはなんぞや」を知るための読書、第八弾。 読書も学問の一手段でしょ? ということで、古本屋で買って来た。 「学問とは、ただむつかしき字を知り、解し難き子分を読み、和歌を楽しみ、詩を作るなど、世上に実のなき文学を言うにあらず。(中略)さらば今かかる実なき学問は先ず次にし、専ら勤むべき人間普通日用に近き実学なり。」 福沢諭吉は、実学の例として、読み書き算盤、地理学、究理学、歴史、経済学といったものを挙げている。 文学を否定しているわけではないが、実学の方が大事だよと。 私自身は、8割賛成。 確かに、実学の方が役にたつ。 体系化された、根拠のあるデータの力は絶大だ。 しかし、想像力を養うためには、実学よりも、文学かなと。 要は、バランスなのかなと、落とし所を見つけた。

    1
    投稿日: 2013.10.05
  • takuyanのアイコン
    takuyan
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり。」 非常に有名な一文であるが、これは決して天の下の平等だけを意味するのではない。 福沢諭吉はこう続ける。 「されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。」 人は万人平等のはずが、現実として雲と泥との相違を分けるのは何か。 それが学問なのである。 面白かったのは、学問の利点を2つに分けて議論していたことである。学問をするのは、机上の空論ではどうしようもない。実業に生きてこそ、学問の価値がある。また、実業で生計が立つからといってそれで終えてしまってもいけない。国家の独立を保つ、文明の進歩に寄与するために、学問を進め、より大きく成功していかなければならないと問いた。 それと似たことで、16編では、人の心事と働きを分けて議論していた。実際に知っているだけで、やったことがない・できないならばそれはダメだし、例えできたとしても、良く知っていないとうまくいかないというわけである。 これら2つの議論を受けて、現在学生として自分で働かず、学問だけをする身を振り返る。今、この学問のすすめのような古典を読むこともあれば、法学部生として法律や政治を学ぶことがあるが、それらは自分が金を稼いで飯を食う上で直接的には役に立ってはいない。また、本や議論を批評するばかりで、自分で本を書くこともなければたいしたこともしていない。これこそまさに、机上の空論ばかりで、心事のみ活発であり働きのない状態ではなかろうかと考えてしまった。

    1
    投稿日: 2013.09.17
  • shin51のアイコン
    shin51
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    古典は(近代文学かもしれないけど)、そのまま読んでもいまの時代に合わないかもしれないけど、中にある真理を自分の感覚で現在に消化するかということが面白い。そういう意味では、やっぱりとても刺激的な本だ!

    0
    投稿日: 2013.07.07
  • le-souffleのアイコン
    le-souffle
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    このレビューはネタバレを含みます。

    士農工商はじめ、そのような身分制度を批判し、明治日本に民主主義的な概念をもたらした書。 その中で特に、独立自尊やサイアンス、人間交際などの意義が唱えられる。 藤原正彦先生によると「文明論之概略」に比べ、特にサイアンスの要素が強いらしい。(「活用なき学問は無学に等し」と書いてあるように。) また、今川義元とナポレオンなどの歴史的な対比・比喩も豊富。 「賢人と愚人の別は、学ぶと学ばざるとに由って出来るものなり。」 「むつかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やすき仕事をする者を身分軽き人という。...すべて心を用い心配する仕事はむつかしくて、手足用いる力役はやすし。」 「元来文明とは、人の智徳を進め人々身窮(みみず)からその身を支配して世間相交わり、相害することもなく害せらるることもなく、各々その権義を達して一般の安全繁昌を致すを言うなり。」 勉強頑張ります。

    1
    投稿日: 2013.06.19
  • そららのアイコン
    そらら
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    福沢諭吉が、それまでの封建的な時代の意識から脱却して、学問の意義を唱えた有名な本です。 そうとうな先見の明をもった人物であったのだなと思いました。 当時はさまざまな批判もあったようですが、明治時代の幕開けを開いたことは間違いないでしょう。

    0
    投稿日: 2013.05.25
  • rukaのアイコン
    ruka
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    昔読みかけて挫折したので再挑戦! 最近読んだ中で一番面白かったです。平易にまとめると人間は生来平等であるが、ものの性質、世間のシステムをきちんと理解することで差が生じるということでしょうか。

    0
    投稿日: 2013.02.09
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    essere
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    明治維新から近代化へ進む日本の思想的な躍動感を感じる。 「人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」なのだが、それは「機会平等」であって、「結果平等」ではない。 競争社会の到来を感じさせる。 この50年後に『蟹工船』が書かれたことは注目すべきだろう。

    0
    投稿日: 2012.12.29
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    nabehiro
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    「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」とは、生まれた時から人の上に立つ人間はいない、同様に人の下につく人間もいない=生まれたときは皆同じだということ。 しかし、大人になってみると、世の中には力のある者、ないもの、貧しい人、稼いでいる人など、同じ人間でもその差が大きく現れる。 この違いを生み出すのが「知」であり、それらは勉学だけでなく活用によっても集積されるとあります。 その「知」の積み重ねが人の上に立つ人、下につく人を分けるのかな。だから福沢諭吉は学問をすすめているのかと感動しました。

    0
    投稿日: 2012.10.19
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    こね
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    天下国家からライフスタイルに至るまでを縦横に論じつつ、その基盤として学問の大切さを説く。「学問は事を為すの術なり」の言葉のように、福沢の説く学問はどこまでも実利に直結する。身を立て国を成すものこそ学問。 ここで求められる人物像をあえて示すなら、自主自立し国を盛り上げる意識高いグローバル人材ってとこかな。今でも同じようなことが言われてるわけで、この150年間日本人は何をしてきたのだろうという気になる。まあ日本人の10人に1人が読んだ勝間和代とロバート・キヨサキとなんやらかんやらを足したような大ベストセラー自己啓発系ビジネス書なのもうなづける。

    0
    投稿日: 2012.09.21
  • ほろほろのアイコン
    ほろほろ
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    子供の頃から家にあった数少ない本や漫画の中に「まんが・福沢諭吉」と「まんが・新渡戸稲造」があった。どちらも知り合いのお兄さんから貰ったお古だったが、他に面白い本がなかったこともあり、特に小学生半ばの頃はこの2冊をひたすら読んでいた記憶がある。そのおかげで当時から福沢諭吉と新渡戸稲造は無条件で好きな人物なのだが、今回「学問のすすめ」を読み、改めて福沢諭吉の魅力を再確認した。 福沢諭吉の魅力はその高いバランス感覚にあると個人的に感じている。文章を読んでいても、どちらか一方に偏るということはほとんど見受けられない。例えば福沢は「脱亜論」などから西洋志向の強い印象を受けたりもするが、十五編「事物を疑って取捨を断ずる事」を読むと、必ずしもそういうわけではなく、西洋文明だって欠点はいくらでも挙げられるのだと論じている。また十六編「心事と働きと相当すべきの論」などはその真骨頂だと思うが、言行のバランスを取ることが何よりも大切であるということを説いている。その流暢な語り口もあいまって、絶妙なバランス感覚を感じる。 福沢がこのような人物となり得たのは、当然その生まれや時代背景なども影響しているが、何よりも本人のバイタリティがあればこそだろう。なぜ福沢はこんなにもバイタリティがあったのだろう?福沢が勉強をしろと言うのは、学問は当然のこと、とにかく人として活発に動き、人と交わり、言葉を学び、発し、対話をし、良い顔でよくよく人とコミュニケーションを取り、縁は大切にし、品行は高尚にして、それぞれの職分をわきまえ、時には心の棚卸もしながら(・・以下続く)、実際の世の中の役に立て!ということであると思う。 ・・・、勉強しよう!

    0
    投稿日: 2012.09.03
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    debuipipi
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    子供が学校で初編を読んで(読まされて)いたので,私も読んでみた. 明治維新を経て新しい仕組みの世の中が始まる一方で,その新しい制度に戸惑う多くの人たちに向けて,学問とは何か,国とは何か,法とは何かを説くのが前半.思い切って卑近な例を持ち出し,悪いことと良いことをばっさりと切り分けるやり方はとてもわかりやすくて(その好悪は別れるだろうが),まさに啓蒙思想家福沢諭吉の面目躍如といった観がある.旧い体制のままに暮らしてきた人たちには読んで腹が立つことがたくさんあったに違いない.後半は自己啓発書風な主題が多い. 明治5年という時代を考えれば,この本がとても新鮮で多くの人を感動させ,ベストセラーになったのもうなずける.さて,現代の我々が読んでどうかといえば,あまりに当然になってしまったこともあるし,時代の移り変わりとともに通用しなくなってしまったことなどがやはり多いのではないか.その中で福沢諭吉独特の強い主張がキラリと光る部分がまだいくらか私たちに訴える力が残っているという感じだろうか. この文庫の巻末の小泉信三による解題は一読の価値あり.福沢諭吉が好んで読んだ洋書とこの本の関係とか,福沢諭吉の文章の特質の分析とか非常に明晰で分かりやすい. 文語文はなれてくると,それほど苦ではなくなった.もちろんすっと内容が頭に入ってくるわけではないし,忘れていた助動詞の活用を含めて辞書はひく必要は何度もあった.

    1
    投稿日: 2012.06.23
  • wakatsubaのアイコン
    wakatsuba
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    正直まだ読み込み理解するには難しかった。しかし生きていく上での学びの姿勢を学んだ。自立すること。発信すること。基本的に個人での学びの姿勢について読んだ気がする。読んで終わりじゃなく、実践して行くことが大切。また再読したい 1/50

    0
    投稿日: 2012.05.21
  • noracatのアイコン
    noracat
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    受験生時代、いつもカバンに入れていた一冊。 なぜ学問をするのか?また、我々はどうするべきか? 明治という激動の時代のなかで、東洋一の知識人である福沢諭吉が書いた一冊で、明治という時代を動かしたといっても過言ではない。 政府への対応、封建社会の崩壊により台頭してきた個人というものがいかにするべきかがこの本の中に書いてある。 現代に通ずるものがあると思う一冊。 機会があれば再読したい一冊。

    1
    投稿日: 2012.04.30
  • Akiraのアイコン
    Akira
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     文語体で書かれており、現代では使わないような言葉も多いので、もし原文だとハードルが高く感じられるようでしたら、現代語訳版をオススメします。 http://booklog.jp/users/a-k-i/archives/1/4480064702 以下、要約と感想です。 『学問のすすめ』を読んで  ここ30年変わらぬ一万円札の顔が、明治の世に書いた一冊の本。その言葉は現代人の心にも響く。冒頭の一文はあまりに有名だ。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」。 人は生まれつき平等であることを唱えた言葉だ。けれども、実際には人間は平等でない。人の貴さ、富みは千差万別であり、その違いを生むのは学問である。だから学問をすすめるのだ。現代人の多くは本のタイトルと最初の一文を知ってはいても、なぜ学問なのかということまでは知らない人が多いのではなかろうか。ここでいう学問とは実学のことだ。国民が西洋の実学を批判的に学び、独立の精神を持つことができれば、この国の政治も安定し平和に暮らす事ができる。福澤は、自分の身のまわりのことに満足せず、世のために働くことが学問に励む者の勤めであると主張している。  本文は文語体なので私たち現代人にとっては読みにくく感じる面もある。しかし、言葉に勢いがあり、学者だけでなく当時の国民にも広く読んでもらえるよう平易に書かれている。分かりやすい例え話をふんだんに盛り込んであるので、2世紀の時を超えて直接語りかけてくるようだ。そして、孔子や孟子の教えさえも批判するなど、痛烈な言葉が多い。  中でも私にとってショッキングだったのは、ただ働いて衣食を得る事は「禽獣に劣ること莫らしむるのみ」と断じていることだ。人が衣食住を得るところの99パーセントはすでに自然が造り上げてくれていたもので、人が加えた力はたったの1パーセント、道に落ちていたものを拾う程度の力にすぎない。自立して生活する事は「蟻の所行」で、それに満足している人は「ただ蟻の門人と言うべきのみ」だそうだ。読んでいて心がズキズキする。たしかに言われてみれば、人が衣食住を得て満足するのであれば、人間の生涯はただ生きて死ぬだけかもしれない。そういう人間しかいなければ、世の中は今も昔も変わらないだろう。私は「生きる」ということを考えたときに真っ先に「生計を立てる」ことを思い浮かべた。生計を立てて、家族を養いまた新しい命を育てることが自分にとっての「生きる」ことだとなんとなく考えていた。働いてお金を得て生活を送ることももちろん大切なことだが、それが実に初歩的なことであることを突きつけられ目が覚める思いがした。  福澤は戦争が終わり、人心の変動が続く「今」こそ学問に励む好機だと訴えている。時代は変わったものの、私たちにとっての「今」も過去の文明の末にある「進歩の先鋒」に立っていることには違いない。諸外国の文明に追いつかんとする明治の世は、グローバル化の波に乗り切れない現代日本に重なって見える。学問に励む価値は、時代を経ても衰えていない。

    1
    投稿日: 2012.04.26
  • wanlyのアイコン
    wanly
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    ブクログを開始。記念すべき第一冊目はやはりこれ。 天は人の上に人を作らず 人の下に人を作らず と言えり。 では何が上下を作るのか。それ即ち学問なり。 さすが塾経営者!

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    投稿日: 2012.02.19
  • jkfdjkfd2002のアイコン
    jkfdjkfd2002
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    内容は面白い、ただ1ページの情報量が多く、 また私にとっては難解で読み進めるのが難しかった。 昔の言い回しは格好良い。

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    投稿日: 2012.02.09
  • kaizenのアイコン
    kaizen
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    このレビューはネタバレを含みます。

    天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云えり。 されば天より人を生ずるには、万人は万人皆同じくらいにして、生まれながら貴賎の上下の差別なく、 万物の霊たる身と心との働きを以って、天地の間にあるよろずの物を資り、以って衣食住の用を達し、 自由自在、互いに人の妨げをなさずして、各安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。」 ここまで引用してあると、学問のすすめの真髄が分かるような気がする。 日本人なら読んでおきたい古典。

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    投稿日: 2012.01.29
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    akemishuto
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    ある種西洋崇拝的に劇的に変化してゆく明治時代の日本。現代の国際人にも負けず劣らずの視点で、日常の生活から政治や国のあり方までを綴っている。この書の書き方からは、福沢諭吉が古典などの書物を多く身につけていただろうことが伺える。 『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり』 生まれつき平等である人間の上下を決めるのは、人の働き、「学問」であると示唆する一章と、 『信の世界に欺詐多く、疑の世界に信多し』 真偽取捨を説く十五章に言葉の強さを感じる。

    0
    投稿日: 2011.12.20
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    acco
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    難解な日本語と格闘しつつも、著者の言わんとすることを多少なりとも知ることができた。 あまりにも有名な「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり。」の書き出しで始まる本書。 人として、国として、日本人がいかにあるべきかを、当時の状況を批判しつつ説いている。 現代を生きる我々にとっても、耳の痛い言葉が次々と展開されている。 何度も登場するキーワードのひとつが「独立」 本当の意味で独立した人間にならなくては。

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    投稿日: 2011.11.29
  • hadakasatomiのアイコン
    hadakasatomi
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    どうして岩波にしてしまったんだ…。 まぁ教養ぐらいの感覚で読みました。 1942年に書かれたにしては現代にも通じることが多く、学べるところは多数。 ただこの本からでしか学べないようなことは特になし。多分他の本にも結構同じようなこと書いてあるんじゃないかと。 わざわざ岩波にかじりついて読むべきだとは思いませんでした。 個人的には十七編の最後らへんが好きです。

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    投稿日: 2011.11.27
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    モンタニャールおじさん
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    我らが慶應義塾の創設者である福澤諭吉先生が、個人及び国家の独立自尊のためには学問に打ち込むことがいかに重要かを説いた著作。当代の通俗的西洋思想を日本のディスクールに置き換えつつわかりやすく紹介しているこの本こそ、日本近代の記念碑的著作だろう。

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    投稿日: 2011.11.16
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    フラビオ
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    10月12日読了。iPhoneの青空文庫リーダーにて。文明開化の日本にて、人民の「独立」を訴え啓蒙する書。わが大学の師匠の著書でありながら私はちゃんと読んだことはなかったのだが、これは滅法面白い。「独立とは何か・どういうことか」「何故独立が必要なのか」「独立しないとどうなるのか」「何が独立の妨げになるのか」について主張・論旨が明確でたとえ話も分かりやすく、また反対意見とそれに対する反駁もいちいち挙げられており、こりゃあ当時のベストセラーになったわけだと納得。「国民と政府は契約を結ぶもので、政府は国民のためにサービスするが国民も政府のために義務を負わねばならない・人民は国の庇護を受け、かつ国のために奉仕する二重の役割を持つ」、福沢翁と同じ時代に生き話をすることができたなら、さぞ刺激的だっただろうなあ。

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    投稿日: 2011.10.12
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    kazutaka708
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    先日、学問のすすめを読了した。 以前から読みたいとは思っていたのだがなかなか手が出なかった。 今回、電子書籍で常に携帯に入っていると言う環境を作って何とか読みきることが出来た。 天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。 で有名な本書だったから、もっと哲学的と言うか、宗教的と言うか、そういう部類の啓蒙書なのかなと漠然と思っていました。 しかし、内容は、タイトル通りに実学を勧める内容。 書いてある内容は、思想的、時代的背景の違いを差し引けば現代にも適用可能ではないかと思える程。 近代の学問、道徳感を適切にすすめている。 特に政府と国民の関係性に関して説いている部分は、民主党に一票を投じて、すぐに手の平を返した今の日本国民には耳の痛い話しかも知れない。 ホント、福澤諭吉って凄い人だったんだなと、単純に感心。 本書の中にある通り、時代背景を加味せず受け取ったり、拒否するのはボンクラのするところなので。 今の時代に照らして読んでおくべき一冊だと思う。

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    投稿日: 2011.09.24
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    tukattyan
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    日本の学問とは。 学問しなさい若者。 しないなら旅をしろ。 人の話を聞かない若者、 理由もなく人を殺す若者、 アイデンティティもなくて、 だらだらと毎日過ごす若者よ、 天は人の上にも下にも造ってはいない。 だから学問して偉くなれっていうこと。 それをけっしてまちがってはいけない。 平等だから、差別がないわけではない。 学問を持つ者こそが救われるのである。 学問こそが、この世の神様であるのだ。 学問しないと堕ちる。

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    投稿日: 2011.09.16
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    きくち
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    「学問とは、実生活に生かすためのものである」 「姑よ、嫁弄りしたくなったら自分が嫁だった頃の事を思い出しなさいな」 「暴政は民衆がバカだから起こるんだ」 著者が政治、人間、学問へのつきあい方をズバズバと斬って行く計17編。文中の例えも分かりやすくて近現代に生きた人の言葉とは思えない。当時のベストセラーっていうのも納得。 ただ、ブラックユーモア的な言い回しが多く好みが分かれるとも思う。内容についてはともかく、自分のスタイルが強く確立された文が好きな方にとっては大好物と言っても良いくらいのタイプの文章なのでないでしょうか(含む自分)。

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    投稿日: 2011.09.16
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    nt
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    教科書に載っていて(特に冒頭の一文を)誰もが知っている、この一万円札の人の名著、初めて全編読んだ。私のようにあまり古文が得意でなくても十分理解できる文章。 人は生まれながらにして貴賤、貧富の別なし、と断定するこの思考は、古日本的な、共同体や世間=世界=社会と分離し得ないものとして規定された主体の未分化状態から、「独立」したものとして「人間」を取り出そうとしているように見える。このような、西欧式の「人間」の発明は、それまでの日本には全く無かったというわけでもなかろうが、明治初期=近代の曙において言説が出版され、極めて広範な層に渡って読まれたという事実は、やはり歴史上非常に重大なできごとであったろう。 福澤諭吉は何よりも「国の独立」を案じていた。それは時代の空気であったに違いない。 日本は幸運だったのか、国土に誰も魅力を感じなかったのか、古来占領されたことはなくもともと「独立」していたものだったが、鎖国が解かれ凄まじい勢いで「西洋文化」が流入し、突如大洋の中に投じられた者のように「日本」が認識された当時の状況が、こうした言説を生んだものと思われる。 国が「独立」しなければならない、という焦燥感が、ただちに「個人」が独立しなければならない、という説諭に転じる。 おもしろいのは、人を裁くのは政府の領分であり、仇討ちなどのような「私裁」は非難されるべきである、忠臣蔵などもってのほかである。そのように「個人」のテリトリーと「政府」のテリトリーは区別されるべきであって、それが「国民と政府との約束」だ、という考え方。 近代法治国家の原思想みたいなものだが、このようにして国民(個人)は保護され・制限されつつ、学問を身につけることで独立し、ひいては国家の独立をまっとうすべし、というのが福澤の思想である。 この本に鼓舞されたような形で、つまり西洋的に「人間の独立」がその後進んだのかというと、現在の日本を見てもどうやら怪しい。「日本的体質」はやはりそういう方向には激変しなかった。 「個人の自立」は、現在はただ消費社会・情報過多社会によって「みんなバラバラ」「価値観が多様な無縁社会」「病んだ個人の急増」というかたちとなって、皮肉にも実現しているにすぎない。 病んでいない面においては、会社もお役所も政治も、どこか「個人の独立」とはちがう空気をはらんでいる。 たとえば以前、たまたま見た「ショムニ」という変なTVドラマの最終回でOL(江角さん)が「会社は社員のためにあるのよ!」という不条理で奇怪な、反-資本主義的な決めぜりふを発したとき、私はかなりの衝撃を受けたのだが、このように社員=個人がいつまでも会社=共同体に依存し続けているというところが、あまりにも日本的な世界観なのだ。 そういうわけで、福澤諭吉が論じた「独立」論はついに完徹されなかった。だから、今読んでみても古びていないのだとも言えるだろう。

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    投稿日: 2011.09.11
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    ホースケ
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    天は人の上に人 を造らず人の下に人を造らずと言え り。しかし、格差というものは存在 する。何故か。それは学無き者は必 然卑しくなるからである。学無きこ とこそ罪である。明治初頭で西洋文 明に飲み込まれないよう何をすべき かを論ずる。 この激動の時代の分かれ目に、日本人がいかに苦労していたのかが、当時の目線を通してわかった。

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    投稿日: 2011.08.19
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    tamurakoichiro
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    【出会い】 古本屋で、今更ながらどんなことが書いてあるか読んでみようかと。 【概要】 近代国家の国民としてのあり方を闊達に述べる。 【感想】 時を経た今でも学べる点は多いと思う。 有名な出だしの文句は、それに続く部分まで見ないと意味がないと知る。 つまり、生まれつきは平等であったとしても、実際に差ができているのは学ぶか学ばないかによる、というのが重要な点と思う。 古い割には読みやすいが、過激といってもいいほど自由放埓な印象。(たぶん直接差向いに話したら辟易するようなタイプなんじゃないだろうかと想像)

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    投稿日: 2011.08.07
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    naphtha
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    最初のうちは、よくこんだけ正論集めたもんだと思っていたけど 最後の方はもう時代的にいらなくなってきたかな 慶応で読んでる奴はどれだけいるんだか

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    投稿日: 2011.04.21
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    chiyo61
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    原書は難しい、の一言に尽きる。 「学問のすすめ」の現代語訳を過去に読んで、素晴らしい本だと思い、 今回原書に手を出したが、ものすごく骨が折れた。 いまでは使わない言葉や漢字ばかりで途中で読むのが嫌になった。 「学問のすすめ」自体は素晴らしいが、現代語訳を読めば十分で、 この原書を読む必要はないでしょう。

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    投稿日: 2010.12.13
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    kunitoru
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    一万円札の、慶應義塾設立の、 福澤諭吉先生の、最も有名な一冊。 僕はこの本の文体が好きだ。 歯切れがよく、骨太でかっこいい。 文体で、福澤諭吉はいい男だなあ、と、 何度も途中で思った。 凛とした、余裕ある人物を思い浮かべる。 姿勢がケチくさくない。最高だ。 まっすぐに太い声で、 ちゃんとしろ、と怒鳴られる。 怒られたのかとハッとして顔をみたら、 先生は半分にやけていて、ホッとする。 だから、こっちもにやけて、 ちゃんとしようと思う。 そんな本である。

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    投稿日: 2010.12.01
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    鼎談社
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    福翁自伝、学問のすすめともに、自立についての言及が一貫して繰り返される。個人の自立なくしては、国家の自立もない。福沢氏自身、幕府か天皇かという問いを(ぶっきらぼうに言うと)「どちらもくだらない頭の固い保守」と答え、どちらかにつくことよりも、とかく自立自立と繰り返す。 これは現在にも有効で、具体的な方法を示すとなると難しいが、民主党か自民党か、菅か小沢かどちらかにつくことによって、考えることをやめるのではなく、どちらにつくにせよ、自分の決断への疑問と説明を繰り返さなくてはいけないのである。どっちつかずと言われるかもしれないが、2択問題をを出されて、無効回答は困るからと一応答えておいて、備考欄の有無にかかわらず、補足・説明を付け加える習慣をもつことは重要である。 この本についてはらブログでもふれている。 http://teidansha.wordpress.com/2010/09/02/

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    投稿日: 2010.09.13
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    hpcgroup
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    ■概要 最近は、読みたくなるような本が特に思い当たらないので、 古典を読もうかと思い、手にとってみました。 人生に迷っているとき、なんだか知らないけど方向性に迷っているとき、雨と暑さで気が滅入っているときなどに、私は古典を読みたくなるようです。 梅雨のジメジメも、夏の暑さもクーラーも嫌いです。 こちらの本は、文体が古いので、「水のように入ってきますわぁ」という 勢いでは読めないですが、頑張って読破します。 当時の日本人の60人に一人が読んだという本だと前書きに書かれていましたが、マスメディアがほとんどなく、字も読めない人も多かった時代を考えると、驚異的なベストセラーですね。 こんな本がベストセラーになる時代は向上心とエネルギーに溢れていたんだろうなぁなんて関心せずにはいられません。 まだ全部は読めていないので、今のところレビュー書きません。 読破後、気が向いたらレビューを書きます。 社会心理学者エーリッヒ・フロムが1941年に書いた「自由からの逃走」が面白そうなので、次はこちらを読もうかと考えています。 <あし>

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    投稿日: 2010.07.14
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    shinjiteraguchi
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    日本人なら、誰もが知っている福沢諭吉の代表作。 これを読んで、今さらながら慶応義塾大学に行きたいと思ったりした。 この本が書かれてから長い年月が経っているが、全く内容が色あせない。むしろ、今の日本に必要なことが満載。 今の言葉で言って、プレゼン能力が大切という内容がすでに書かれている。恐るべし福沢諭吉。 ・明治の時代、海外の文化や学問が次々と日本に入ってきて、海外のものはすべて正しいと言わんばかりの状況だった。 そんな中、どんなことにも批判的な視点が必要だと説いている。 そのためには、事実を正確に把握していなければならない。 自分も知っているようで、知らないことがあるので、すぐに調べて、自分はどう考えるか、その背景や原因は何かを考えなければならない。 ・人間は知らず知らずのうちに、先人の知恵や遺産を使わせてもらっている。 そこに満足して、社会の発展を考えない学問に意味はない。 ・多くの人は、事の難易度と時間のかかり方を計算しない。 時間の計算は甘くなり、物事を簡単に見すぎている。 PDCAを回して、時間の感覚を身につけなければ。 これは、何度も読み返したい。 薦めてくれた伊藤さんに感謝!

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    投稿日: 2010.05.26
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    chwh
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    明治期に書かれた著書ということで、文体がやはり古い感じは否めないが、そこまで読みにくさを感じることはない。むしろ、文章に重みが感じられていいのではないかと思う。 学問のすすめは「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」の言葉でよく知られているが、個人的にはそこよりも、「心事の棚卸」の章の方が印象に残った。

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    投稿日: 2010.03.11
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    daisukebejapan
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    塾生ではありませんが読んでみました。 塾生でなくとも読む価値あり。 明治時代を感じながら、現代に通じるものを得られました。 学問は平等に与えられたチャンスなんだと改めて 理解できました。また自由の意味も。 しかし、私は集中力がないので後半は読むのに苦労しました。 昔の言葉づかいに苦戦し頭にしっかり入らず(笑) ボキャブラリーを増やし、また時間が取れれば再度挑戦したいです。 ちくま書房の現代語訳があるらしいので、 僕のように学はないけど何となく読んでみたいとか、 忙しいかたにはそちらのほうがまずはお勧めかもしれません。 古典って今読んでも役にたつことがあるのですね。 聖書の一説にあるように There is noting new under the sunとは よくいったものです。

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    投稿日: 2010.02.15
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    gkt
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    * 「畢竟」「なさざるべからず」などなど.難しい. * 現代語訳があったのを読み終わってから知った. * 「蟻」と同じではいけない.「禽獣」もいけない.

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    投稿日: 2010.02.07
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    s0910221
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    学問は、今の人にとってとても重要です。今科学は早く発展して、学問ももっと大切のなりました、たくさん学問を学ぶと、自分の生活に役に立つ。

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    投稿日: 2010.02.01
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    bbird2nd
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    「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり。」有名な一文で始まるこの本は、近代日本最大の啓蒙家である福沢諭吉が、生来平等な人間に差異をもたらす学問の意義を、簡潔な文章で説いた17の小編から成る。明治になり日本人が憂う外国との交際に向けて示した日本人が持つべき考え方は、今にも通ずる。 「私に沈深なるは淵の如く、人に接して活潑なるは飛鳥の如く、その密なるや内なきが如く、その豪大なるや外なきが如くして、始めて真の学者と称すべきなり。」

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    投稿日: 2009.12.17
  • coco3のアイコン
    coco3
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    西洋との距離のとり方、民衆の独立の心得及び一人づつが学ぶことによって人間及び国が成立するという教えを説いた啓蒙書。 江戸から明治に変わっても一人一人が学ぶ意欲がなければなにも変わらないという視点を与える。学ぶということは、古い文書を読むことだけではなく実学でなければならないという耳の痛い話もある。

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    投稿日: 2009.11.22
  • 公方丸梅牛のアイコン
    公方丸梅牛
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    この本は誰もが知る明治初期の大ベストセラー。 簡易で明快な文章の為とても読みやすい。 古くささを感じず、現代でも十分通用する。日本人なら一度は読んでおくべきだと言っても良い。 (勿論進んだ欧米、遅れた日本という見方は今では通用しないし、仮定を論拠に議論を進めるなど、強引な論説もあるけれど。) 現代の風潮に対する批判にもなる。 http://www.no-cool.com/blog/?p=382

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    投稿日: 2009.11.15
  • #10のアイコン
    #10
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     古典も読もうと思い立って読みはじめたのですが、半分くらい読んだところで紛失してしまったため、買い直して残りを読みました。おそらく出張帰りの新幹線の中に置き忘れたと思うのですが、問い合わせても見つかりませんでした。  それはともかく、福沢諭吉すごい。さすが一万円札に載るだけのことはあります。明治1ケタ時代にここまで主張していたのはただただ驚きです。  タイトルからつい学問の話題がメインかと思いがちですが、学問だけでなく政治・文化・経済など世の中のあらゆる面について鋭く切込んでいます。巻末の解説によれば海外の著作を引用したような部分も多いとのことですが、それでも普通の人にはできないでしょう。

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    投稿日: 2009.11.08
  • 晴子のアイコン
    晴子
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    半ばまでとても良く理解できたと思ったら、 後半はおなかが一杯すぎでアップアップ。 理解するには 私の人間力が足らないらしい。

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    投稿日: 2009.10.30
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    浅野 学志
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    言わずと知れた、学問のすすめ。 しかし、私たちが教えてもらった学問のすすめはその一部です。全文を読んではじめて、この書に書かれている大切な事に気づかされました。 私たちが学ぶ(まねぶ)本質、普段の生活から守るべき国のかたち、世界観まで、多岐にわたり記載されています。 今の政治に関わる人たちに、この本を必読書にしてもらいたいですね。

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    投稿日: 2009.09.13
  • orattaのアイコン
    oratta
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    人間のおろかな(不合理)な側面を永遠と語られた感じ。 それって学問がないから??と甚だ疑問な点もあったが、前向きにはなれるのかもしれない。 学問の要は活用にあるのみ。活用なき学問は無学に等し。 心に残りました。

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    投稿日: 2009.09.08
  • オーワダ125のアイコン
    オーワダ125
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     やはり、学問をしない者はどんな世の中であろうと成功しない。学問とは何か?漢書を読むことが学問であった当時と今とでは、 学問は全くもって異なったものであろう。しかし、学問の必要性は変わらないのか。。

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    投稿日: 2009.08.29
  • もえこのアイコン
    もえこ
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    学問に対する心構え・とらえ方に一石を投じる本。 「天は人の上に人を作らず。人の下に人を作らず」という有名な出だしから始まる本。 人は生まれながらにして根源的には同じであるが、結果的に差がつくのは学問の量というわけ。 いわゆる「社会的地位」の「高い」といわれる仕事、これは「高貴」だからつけるのではなく、学問の積み重ねによるもの。 つまり医者・学者・政治家・官僚・大企業の経営者・弁護士…確かに勉強してるわな。 そしてここでいう「学問」とは、人生に彩りを添える文学のようなものだけではない。 当時「学問とは教養、もっといっちゃえば机上の空論」とみなされていたのだが、 (田舎じゃ「百姓が字なんか覚えなくていい」って言われてたみたいだしねw) 諭吉いわく「実生活で役立たなければ学問にあらず」と。 だから当然、百姓であれ商人であれ、学問は必要であると。 ここでもう、学問とは何かという今までのとらえかたに変化を加えたねー。 面白いのは政治に対するとらえ方。 文明を進めるにあたり、政府が政策を打ち出しているが、 国民1人1人の意識が変わらなければ、文明開化などしないのではないかということ。 (「タコツボ理論」:友成真一「問題はタコつぼではなくタコだった!?」参照 と、まんま言っていることが同じ…) そして物事を成し遂げるには、政治家だけに任せてはいけない、国民1人1人が国のために何かをしなければ。と。 なぜなら職業は違うけれど、みな日本に住む人間なのだから…と。 あと「独立」についても随分書かれているけれど、ぐさっときたのは 「衣食住を自分でまかなっても、独立とはいえない」ということ。 自分の餌をとってこない動物なんていない。 だから自分の食いぶちを稼いでいるだけで満足しているうちは、別に悪くはないけれど、蟻と一緒である・・・と。 したがって、人間であるからには、世に何かを残すくらいでなければ「独立」といえない、と。 はー、これ脳天打ち砕かれたねー。 自分の食いぶちを稼ぐのは蟻と一緒って(笑) 生きている証を時代に打ちつけたいよね・・・・ また男女平等について、これが書かれた時代を考えると、諭吉はやはりとても合理的な人だと思う。 根源的には同じ人間なのに…と女七大学を批判。 力の強い者が弱いものを屈伏させるのはおかしいよね!! まだまだ書きたいけど、続きはぜひ本物を読んでください!笑

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    投稿日: 2009.08.10
  • alang2009のアイコン
    alang2009
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    『自由と我儘との界は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。』など、学問の重要性を中心に、生きていく上で学ぶべきことが書かれている一冊。

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    投稿日: 2009.05.31
  • 蒼威のアイコン
    蒼威
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    読みにくい。当時の子供に読みやすかった作品がここまで読みにくいのは時代の流れ。 読みきってないのは秘密。何れ時間があるときに読破する予定。 途中まで読んだ感想としては、非常にタメになった。という誰でもいえるような感想。 でも、読んでみれば分かる。その凄さが。

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    投稿日: 2009.03.25
  • 天水晶のアイコン
    天水晶
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    役に立たん学問よりも、役に立つ学問をしろ。 そんな感じで、机上の空論を否定する福沢諭吉。 「文字を読むことのみを知って物事の道理を弁えざる者は、これを学者と言うべからず」

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    投稿日: 2008.08.29
  • みぁのアイコン
    みぁ
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    格差社会が当たり前だった時代に国民は平等に学問を身につけなければならないと言っていたり、先見の眼があるのはさすが。 たしかに一人一人が自分の国っていうある種の責任感みたいなものを持っていないから今の日本は弱いんだろな。 でもやっぱり空想論っていうか・・・それが出来てれば苦労してないよっていう感じの所はあるかな。

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    投稿日: 2008.05.22
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    公道
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    福沢諭吉の『学問のススメ』をよんでショックをうけた。「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらずと言えり」から始まる130年前にその当時の日本人を啓蒙するために書かれたこの本、いま現在読んでもその指摘は当てはまるように感じたからだ。当時、明治5年の日本と西欧を比較し、なんの根拠もないものを事実であるかのごとく振舞う漢学者を批判している。そして西欧の実学(科学)に基づいた教育の必要性を主張している。 今の日本はどう変わったか。漢学者にかわって力をえた蒙昧なメディアは大衆を扇動し、大衆は与えられた情報を自分で精査ことなくメディアに踊らされている現状。曖昧で独立心がなく人と人がもたれあっている関係も130年たった当時から今はどれだけ変わっているんだろうか。福沢諭吉はいまだに僕らにメッセージを送り続けている。

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    投稿日: 2008.01.20