
総合評価
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powered by ブクログ男の書く文章と女の書く文章は超えられない違いがあるものだろうか。違いの原因はあるのだろうか。それとも個性の違いとして理解すべきか? 女性の作家をしばらく読んでないな、と思い、そして偏った文章ばかり読んでいる気もして、この本を手に取ってみた。 先入観もあるのかもしれないが、ドラマのような場面展開で、人物の語らせ方もセリフのように読んでしまう。戦前という舞台設定に関わらず、現代的な感じがするのは、“戦前もの”によくある翳りを感じないからだろう。 友情もの、恋愛もの、家庭ものいかようにも見方ができるけれども、読みながらずっと女性のにおいをずっとしたいた。美醜に関わらない女性の符牒のようなにおいがこの作品の全体を包んでいるようにわたしには感じられた。 愛だ友情だと言ったところで、とどのつまり我々は生物としての人間であって、その中で賢しらな劇を演じているとも言えようか。 冒頭の疑問は解決せぬままだが、女が出すにおいには、男にとって母の記憶であり、男にとって超えがたいものがある。 寝屋川「ひまわり書房」にて三十円でもとめる。
2投稿日: 2026.06.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
この本は戦前の男の友情を軸に描いた物語である。 2人の男の友情とその周りで起こるだらしない出来事、そして、その2人自身も人間味あふれるだらしなさ。 だが、どうも令和の人間からすると、時代を感じさせる価値観で、その点は共感しづらいが、当時の人の気持ちになってみれば、当たり前だったんだなと思う物語。
0投稿日: 2026.06.20
powered by ブクログBRUTUSのNHK特集で、向田邦子の脚本について触れられていて、その際に挙げられていたドラマが「あ・うん」だった。 残念ながらNHKオンデマンドには残っていないそうで、さてどう観たものか…という折に本屋で平置きされているのを発見。 すごく面白かった。戦後日本(1950年くらい)かと思っていたら、大戦間のお話だった。ドラマではどのように友情とプラトニック・ラヴが描かれていたのかますます気になってしまった。
0投稿日: 2025.09.21
powered by ブクログ再読。 この小説は雰囲気がすごく好きだなぁと初めて読んだ時思った。 時代は戦前なんだけど古くささをあまり感じない。 話が大きく動くわけではないけど、色んな景色が見れるというか。 「プラトニック・ラブ」って言葉はよく聞くけど、これこそがプラトニック・ラブなんだなぁとこの本で分かった。 向田邦子はこの本しか読んでないけど、これが唯一の長編らしく少し残念。 飛行機事故で亡くなったらしく、きっともっと書きたい小説があったんだろうな。読みたかったな。
7投稿日: 2025.05.20
powered by ブクログ読んでみたいと思ってた本を お父さんの蔵書中に見つけたので拝借。 すごく好きだった。 戦前の市中の人を描いている点、 すでに私の好奇心を刺激するし、 人の描かれ方に引き込まれた。
5投稿日: 2025.02.26
powered by ブクログ軍靴の響きが鳴りやまぬ東京下町を舞台に、軍需景気で羽振りのいい金属工場の社長・門倉修造と、製薬会社勤務のサラリ-マン・水田仙吉の家族が織りなす人間模様を、戦争への道を歩む世相を交えながら、軽快なユーモアと涙で語られる7章の連作小説。神社の鳥居に並ぶ一対の狛犬の阿・吽(あ・うん)になぞらえた門倉と水田の親密な仲ゆえの衝突、嫉妬、愛憎の心境をぶつけ合いながら、阿吽の呼吸で元の鞘に収まっていくという、向田邦子さんが生きた時代の人々を投影しているかのような愛情こまやかな物語。
2投稿日: 2021.07.29
powered by ブクログこの本を読んでの一番の感想は、やはり「テレビドラマのノベライゼーション」と「文学」とは質を異にするものだな、ということです(あたりまえだけど)。 「思い出トランプ」は、まさに「文学」だったなぁと思いますが、この「あ・うん」はやっぱりちょっと違う。 エピソードの配し方のバランスだとか、心情を表現する手法だとかが全く異なる。 この「あ・うん」では、門倉とたみのプラトニックな恋愛感情というのが大きなポイントになるわけですが、そのあたりの感情も全て科白やト書きで直截的に書かれてしまう。 そのあたりに若干の違和感と物足りなさを感じてしまいました。 NHKのドラマ「あ・うん」を自分は観ていませんが、門倉を杉浦直樹が、水田をフランキー堺が演じたことは知っている。 だから、小説を読んでいても、各場面で杉浦直樹とフランキー堺の顔が浮かんでしまうんですが、これがもう本当にぴったりハマってしまうんですね。 絶妙のキャスティングだったのだなと改めて思います。 楽しんで読むことはできましたが、やはりこれはドラマを観たほうがずっとよいのだろうな、と思いました。
1投稿日: 2019.01.06大人の真の友情とはこういうこと!
テレビドラマに、映画にもなった。向田邦子の世界がいかんなく結実した作品。中年の男と男の、男と女の付き合い方、生き方が本当に羨ましく、何故か懐かしい気がする。平成の今だからこそ、読んでおくべき作品だ。
0投稿日: 2015.09.05生身の人と人が付き合い、生きていくって、やっぱりこういうことかな。
門倉と仙吉、そして、たみ。この3人だけではなく、登場する人たちがその日その日を地に足つけて生きている昭和の一コマ。この平成のドライでスマートな生き方ではない、かなり泥臭く、でもエネルギッシュで、人情の薫る素敵なエピソードが流れるように語られます。あの戦争の後で、失った何か大きなものを感じさせてくれます。大正から昭和初期にかけて、我々は今にはない別のものを確かに持っていたのかも。著者が生きていたらこの先の話も読めたかもしれないと考えるとちょっと別の意味で切ないです。
6投稿日: 2015.05.05
powered by ブクログ初めて読んだ向田邦子作品。 これは晩年の作品だったようだ。 実業家として成功し遊びも知り余裕もある門倉と、一介の勤め人である仙吉。一見すると釣り合わないようであるが二人は強い友情で結ばれている。 門倉は仙吉の妻たみに想いをよせながらもそれを決して口にすることはない。たみは分かっているのだが知らないふりをする。仙吉は門倉が自分の妻に気があることを誇らしく思っているという不思議な関係の三人。 この三人を中心に、今年十八になる仙吉とたみの娘さと子、家の金を使ってしまう元山師で仙吉の父初太郎、門倉の女遊びに嫌気がさしている門倉の妻君子、門倉の二号禮子、などが現れ人間模様が描かれる。 長い付き合いだから、という台詞がよく出てくる。長い間一緒にいると他人が入り込めないあ・うんの呼吸が生まれてくる。夫婦、家族の良さというものはそういう部分にあるのだと思った。 MORIOKA TSUTAYAで購入。
0投稿日: 2014.05.08恋、友情、自己愛の終着点はどこに
神社の狛犬「あ・うん」のように、一言交わすだけで相手を理解できるほどの親友を持つ男が、親友の妻を愛してしまう葛藤を書いた小説です。先にテレビドラマの脚本として書かれ、その後、自ら小説化。人と人の関係はこうあるべきと言い切らずに、誰かを愛するかたちは様々あるのだとそっと教えてくれる。二人の関係性を公然と言い切れなくても、大切に想ってしまう人が居るとは切ないかぎりです。(スタッフO)
1投稿日: 2013.09.20
powered by ブクログ090228(a 090329) 090924(a 091029) 091221(a 100106) 100914(a 100919) 100927(a 101007)
0投稿日: 2009.09.21
