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国家の品格
国家の品格
藤原正彦/新潮社
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総合評価

691件)
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    1.著者;藤原氏は数学者かつエッセイスト。著名な作家夫妻(新田次郎と藤原てい)の次男。アメリカ留学記「若き数学者のアメリカ」で日本エッセイスト賞受賞。海外滞在記から科学、数学者評伝まで幅広く執筆。エッセイでは武士道や祖国愛、情緒の重要性を説く。 2.本書;世界で唯一の❝情緒と形の文明❞を持つ日本は、❝国家の品格❞を取戻すべきだと言う。藤原氏は、『はじめに』で主張。「現在進行中のグローバル化は、世界を均質にするものです。日本人はこの世界の趨勢に敢然と闘いを挑むべきと思います。・・・孤高の日本を取戻し、世界に範を垂れる事こそが、世界史的貢献と思うのです」と。七章の構成。発行部数約300万部のベストセラー。 3.個別感想(印象に残った記述を3点に絞り込み、感想を付記); (1)『第三章;自由、平等、民主主義を疑う』より、『戦後、連合国は第二次世界大戦を「民主主義対ファシズムの戦争」などと宣伝しましたが、それは単なる自己正当化であり、実際は民主主義国家対民主主義国家の戦争でした。どこの国にも扇動する指導者がいて、熱狂する国民がいました。・・・民主国家で戦争を起こす主役はたいてい国民なのです』 ●感想⇒書、『ひとはなぜ戦争をするのか』の中でフロイトは書いています。「人間は、指導者と従属する者に分かれます。圧倒的多数は、指導者に従う側の人間です。彼らは、決定を下してくれる指導者には合理的に従います」と。攻撃本能を持った指導者が、従属する民衆を扇動して戦争の意思決定をするのです。戦争の悲惨さは、浮浪児兄妹の餓死までを描いた、「火垂るの墓」(野坂昭如著)を読めば、身につまされます。某書によれば。『太平洋戦争で、「一億総特攻」とか「国民の血の最後の一滴まで戦う」といったスローガンが指導者によって叫ばれた』と言います。無責任な言葉です。マスコミさえも報道の役割を忘れ、同調したのでしょう。現在の指導者達も、平和主義を謳った憲法を見直そうという動きをしています。戦争は失うものばかりです。正しい道筋を示してくれる指導者の出現を願ってやみません。 (2)『第六章;なぜ「情緒と形」が大事なのか』より、『私は事ある毎に「外国語にかまけるな」「若い時こそ名作を読め」と言っている。・・・若い時に感動の涙と共に(名作を)読むのが何と言っても理想です。…読書によって培われる情緒や形や教養はそれ(語学)とは比較にならぬ程大事なのです』 ●感想⇒読書の効用は、言わずもがなです。例を上げれば、司馬遼太郎氏は「必要な事はすべて図書館で学んだ」と、立花隆氏は「授業で得た知識より、自分で本を読んで得た知識の方がはるかに大きい」と言いました。私は、読書から得られる宝は3つあると考えます。❝①知識の習得 ②疑似体験によって未知の世界を知る ③人間への理解❞です。藤原氏は、「若い時こそ名作を読め」と言います。最もだと思います。私は中学の頃、読書に目覚め、野口英世等の偉人伝やヘッセ等の小説を読み感動しました。あの頃の震える程の感動は若さゆえと思います。そして、困った時や苦しい時の読書も重要です。私は、難題が発生した際に、尊敬する著者の書物を再読し、解決のヒントを貰いました。いずれにせよ、読書をベースに様々な経験を積みながら、人間性を醸成し、充実した人生を全うしたいものです。❝継続は力❞ですね。 (3)『第七章;国家の品格』より、「日本は、アメリカの鼻息を伺い、「国際貢献」などというみみっちい事を考える必要は全くないのです。・・・世界に向かって大声を上げる胆力もなく、おどおどと周囲の顔色を伺いながら、最小の犠牲でお茶を濁す、という屈辱的な態度なら、国際貢献など端から忘れた方が良いのです。そんな事に頭を使うより、日本は正々堂々と、経済成長を犠牲にしてでも❝品格ある国家❞を指すべきです」 ●感想⇒藤原氏は、品格ある国家の指標は四つあると言います。「①独立不羈(自らの意志に従って行動できる独立国) ②高い道徳(優雅と温厚) ③美しい田園(金銭至上主義に冒されていない) ➃天才の輩出(役に立たないものや精神性を尊ぶ土壌)」と。「アメリカの植民地状態でおどおどと周囲の顔色を伺いながら、最小の犠牲でお茶を濁す」日本のリーダー。我が国の官僚は❝偏差値エリート❞と揶揄されています。教養と大局感を身に着け、総合判断力を持った真のエリートを養成すべきです。一方、世界を見渡すと、❝貧困に喘ぐ人❞や❝紛争が止まらない国❞が散見されます。藤原氏が言うように「日本は正々堂々と、経済成長を犠牲にしてでも❝品格ある国家❞を目指し」世界や人類に貢献すべきでしょう。その為に、私達は、望ましいリーダー(政治家)を選ぶ眼力を養わなければなりません。 4.まとめ;「日本は、アメリカの市場原理主義(究極の競争社会・実力主義社会)を模倣し、国家の品格を失った。❝論理と合理性頼みの改革❞では、社会の荒廃を止められない」と書いています。そこで、アメリカ社会の一端を覗きましょう。堤未果氏の『ルポ 貧困大国アメリカ』の一節です。「貧困児童の為の無料給食はインスタント食品が多い。これらには人工甘味料や防腐剤がたっぷりと使われており、栄養価はほとんどない。貧困地域を中心に、過度に栄養が不足した肥満児・肥満成人が増えていく。健康状態の悪化は、医療費高騰や学力低下に繋がり、さらに貧困が進むという悪循環を生み出していく」と。さて、本書はアメリカを手本?にしてきた日本の将来に対する警告の書とも言えます。18年前に出版されたのですが、今読んでも納得いく事も多いと思います。但し、本書は「論理よりも情緒」「英語よりも国語」が大切とあり、やや偏り過ぎの面もあります。日本の戦後目覚ましい発展は、国民の知恵でアメリカに学ぶと同時に反面教師として努力重ねた結果だと思うからです。それにしても、昨今の政治の金銭問題や企業の不祥事を聞くにつけ、道徳観の欠如は否めません。経済合理主義の功罪が問われているのでしょう。(以上)

    212
    投稿日: 2023.12.22
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    2005年に話題になった本です。 タイトルは存じてましたが、今になって初めて読みました。 この年末年始、ゴーンさんの海外逃亡や中東で再び戦争が始まりそうな情勢といったニュースが飛び交うタイミングで、この本を読む機会を得たのは「なにかの巡り合わせなのかな?」と思うほど、本書で著者が懸念する事態と、現在の世間の騒がしさの背景にあるもののシンクロ感があり、いろいろと考えさせられる内容でした。 著者は、私の母と同じ昭和18年生まれ。母の世代の方の語り口調で唱える世界観と考えると、やや極端な言い回しかな?と感じられる書きっぷりも、私としては受け入れられる内容でした。 時より恐妻を自虐ネタとして書いておられますが、ネットで拝見するご夫婦のお写真は、大変に仲が良さそうで、シャレが過ぎて筆が滑っているようなところが微笑ましくもあります。 2020年になって、本書が出版された2005年当時よりも、著者が懸念する方向へ日本は突き進んでしまっているのではないかなと、この本の最終章でありタイトルでもある「国家の品格」を読んで、考えさせられました。

    10
    投稿日: 2020.01.11
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    1回目読了。 日本人が忘れつつある「惻隠」「情緒」をもう一度取り戻すこと(武士道精神を取り戻すこと)が日本を再興させることに繋がる=国家の品格が必要。おそらく令和の今、この考えは嫌悪されるのかもしれない。嫌悪されるのは、もう私たちがアメリカナイズしつつあるからではないだろうか。日本人が日本人でなくなったとき、我々は正気でいられるのか。他民族は、自分たちが自分たちを証明できなくなった歴史があり、だからこそ民族性の主張に躍起になる。日本にはその歴史がない。正気でなくなることが分からないのだ。

    8
    投稿日: 2024.04.17
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    国家の品格。タイトルがいいよね。笑 しかし、民度として今の日本に品格なんぞ感じない。 電車でダラダラ携帯ゲームをする人ばかりのこの国に、再度「品度」ってものが何たるかを教えなければいけません。 【感想】 合理・論理ではすべてをカバーできない。 大事にすべきは、日本古来からの感覚である 『情緒と形』を大切にするべきだ。 武士道を思い出し、日本人は日本人のように思い、考え、行動して初めて国際社会の場で価値を持つ。 大まかに言うと、この主張が本書の大筋。 ・自然に対する繊細な感受性 ・無常感、もののあはれ ・四季の変化を愛おしむ心 ・懐かしさ ・家族愛、郷土愛、祖国愛 筆者の主張は偏りすぎだと思いつつ、確かにこういった感覚は大切にしないとなぁ・・・ 確かに小学校から英語をさせたり、経済の勉強とか株式投資の勉強をさせること自体は良い事だと思う。 ただ、それはベースの五教科をしっかりと身につけた上で、っていうのはとても納得。 まだ子どもいないけど、子どもできたらしっかりとそこんとこ教育したいな。 家族愛、郷土愛、誇りとか、そのへんも。 また、個人的に会津藩の教えが良かったので引用。 【会津藩の教え】 1.年長者の言うことに背いてはなりませぬ 2.年長者にはお辞儀をせねばなりませぬ 3.虚言を言うことはなりませぬ 4.卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ 5.弱いものをいじめてはなりませぬ 6.戸外で物を食べてはなりませぬ 7.戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ ・ならぬことは、ならぬものです 今自身で制作中の「十戒」の参考にします!

    8
    投稿日: 2017.11.04
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    とても保守的。 保守的ではあるけれど、 愛国心が平和の糧になるなら必要なのだろうと 考えさせられた。 でも、欧米は〜だ、みたいな考えが通用する時代は もうなかなか来ないのではないかなー。

    7
    投稿日: 2021.07.02
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    近頃の我が国では、「失われた30年を取り戻せ」と言わんばかりに、西洋の価値観に順応してゆこうとする趨勢の真っ只中にある。我々が今なしていることは、ひたすらに自国の否定にあるのだなと感じた。日本人であることの素晴らしさや誇りを改めて感じさせてくれたことに感謝したい。桜の儚さに思いを馳せるのも、俳句の情景に心打たれるのも、日本人ならではの「情緒」と「形」によるものであると理解した。

    5
    投稿日: 2024.09.23
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    日本人として生まれて来れたことを誇りに思う。そんな気持ちになれた一冊。 知らなかった日本の素晴らしさ。知っていたはずなのに忘れていた日本の高貴さ。 自分が日本人として生きる意味を改めて認識出来た有り難い本だった。 「もののあわれ」を忘れてはならない。そして武士道精神の回復を今の日本に!と叫びたくなった。 今の日本は大和魂すら消えてしまいそうに小さな灯火となっているような気がする。 本来あるべき日本の姿を日本人一人一人が思い出し、品格ある国家を保つことに力を入れて欲しい、また力を入れていきたいと心から思えた。

    5
    投稿日: 2023.10.24
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    今頃やっと一昔前のベストセラーを読んだ。それほど色褪せてないし今でも十分な説得力がある内容だった。情緒と形こそこの国に相応しい品格の礎だと断言している。頷ける箇所も多い良書だった。

    5
    投稿日: 2018.03.02
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    筆者が現在の日本が如何に危機的状況にあるかを憂い、その打開策として古くは武士道にあるような「情緒と形」といったような道徳を身につけて国家としての品格を高める必要性を述べた。 品格を高める上では、自ら母国の文化や伝統、歴史、言語といったものをきちんと理解しておくことの重要性にも触れられている。このことは、真の国際人となるためにも必要である、とも。 歴史学(及び人文学系学問)をやることの意義について考える上で、一つの道筋が示されていよう。 国際化の名の下に幼少期より英語教育を行うなど米追従の姿勢に反感を覚える私としては、 より多くの人々に読んで頂きたい一冊として紹介したい。

    5
    投稿日: 2013.03.25
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    660 インド・タミルナドゥ州の古都タンジャブールの魅力を紹介していくぞう。チェンナイから南へ300kmほど。美しいヒンドゥー寺院がたくさんあって、その美しさは藤原正彦氏のベストセラー「国家の品格」で絶賛された場所なんだぞう 国家の品格(新潮新書) by 藤原正彦 爽快さを知った私は、帰国後もアメリカ流を通しました。議論に勝っても負けても恨みっこなし、ということで、教授会などでは自分の意見を強く主張し、反対意見に容赦ない批判を加えました。改革につぐ改革を声高に唱えました。アメリカでは改革は常に善だったからです。結局、私の言い分は通らず、会議で浮いてしまうことが重なりました。 数年間はアメリカかぶれだったのですが、次第に論理だけでは物事は片付かない、論理的に正しいということはさほどのことでもない、と考えるようになりました。数学者のはしくれである私が、論理の力を疑うようになったのです。そして、「情緒」とか「 形」というものの意義を考えるようになりました。  そんな頃、四十代前半でしたが、イギリスのケンブリッジ大学で一年ほど暮らすことになりました。そこの人々は、ディナーをニュートンの頃と同じ部屋で、同じように黒いマントをまとって薄暗いロウソクのもとで食べることに喜びを見出すほど伝統を重んじていました。論理を強く主張する人は煙たがられていました。以心伝心や腹芸さえありました。同じアングロサクソンとは言っても、アメリカとはまったく違う国柄だったのです。そこでは論理などより、慣習や伝統、個人的には誠実さやユーモアの方が重んじられていました。改革に情熱を燃やす人も少しはいましたが、「 胡散臭い人」と見られているように感じました。紳士たちはそのような人を「ユーモアに欠けた人」などと遠回しに評したりします。 イギリスから帰国後、私の中で論理の地位が大きく低下し、情緒とか形がますます大きくなりました。ここで言う情緒とは、喜怒哀楽のような誰でも生まれつき持っているものではなく、懐かしさとかもののあわれといった、教育によって培… 現在進行中のグローバル化とは、世界を均質にするものです。日本人はこの世界の 趨勢 に敢然と闘いを挑むべきと思います。普通の国となってはいけないのです。 このようにして世界はヨーロッパ、二十世紀にはヨーロッパを継いだアメリカに、「してやられた」わけです。産業革命の家元イギリスが七つの海を武力によって支配し、その後をアメリカが受け継いだ結果、いま世界中の子供たちが泣きながら英語を勉強している。侵略者の言葉を学ばなければ生きていけないのですから。  もしも私の愛する日本が世界を征服していたら、今ごろ世界中の子供たちが泣きながら日本語を勉強していたはずです。まことに残念です。 いかにも欧米の白人が優秀で、他の民族が劣等であるかに思えてきます。  しかし事実はそうではありません。例えば五世紀から十五世紀までの中世を見てみましょう。アメリカは歴史の舞台に存在しないに等しい。ヨーロッパも小さな土地を巡って王侯間の抗争が続いており、無知と貧困と戦いに彩られていました。「蛮族」の集まりであったわけです。  一方、日本は当時すでに、十分に洗練された文化を持っていました。文化的洗練度の指標たる文学を見ても、万葉集、古今集、枕草子、源氏物語、新古今集、方丈記、 徒然草……と切りがありません。この十世紀間における文学作品を比べてみると、全ヨーロッパが生んだ文学作品より日本一国が生んだ文学作品の方が質および量の両面で上、と私は思います。  私の友人でブリュッセルに住んでいる男がおります。数年前に彼のところに行ったら、ベッドの下からライフル銃を取り出してきました。アメリカなら珍しくありませんが、ヨーロッパの家庭で銃を見るのは初めてでした。「いったいどうしたんだ」と訊いたら、「EUの拡大で国境がなくなったら、東ヨーロッパの貧乏人たちが西ヨーロッパに出稼ぎに来るようになった。西の果てのベルギーでベンツやBMWなどの高級車を盗んで、そのままノンストップで東ヨーロッパまで逃げてしまえば、誰も捕まえられない」と言うんです。 数年前にイギリスの上院議員が私の家に遊びに来ました。私がケンブリッジ大学クイーンズコレッジで教えていた頃のそこの学長ですが、今では爵位ももらいイギリスの科学技術政策の中心になっている人です。彼も「イギリスでは理数離れがひどい」と話していました。読書離れもどんどん進んでいる、と。「原因についてはいろいろ言われるが、マサヒコ、真の原因はいったい何なのだろうか?」と深刻な顔で訊いてきました。 すべての生産手段をすべての人が共有する。それによって生まれた生産物もみなで共有する。そうして貧富の差のない平等な、公平な、幸せな社会が出来る。美し過ぎて 目 眩いをおこしそうな論理です。  しかし現実には、ソ連が七十四年間の実験で証明してくれたように、大失敗に帰しました。これを「ソ連の失敗であって共産主義の失敗ではない」と強弁するのは誤りです。共産主義という美しく立派な論理それ自身が、人類という種に適していないのです。 徹底した実力主義も間違い  資本主義にも見事な論理が通っています。資本主義的個人は、それぞれが私利私欲に従い、利潤を最大化するように努める。すると、それが「神の見えざる手」に導かれて、全体の調和がとれ、社会全体が豊かになる。  最近では一歩進んで「市場原理主義」になりました。何でも市場に任せれば一番効率的であり、国家の介入は出来るだけ少ない方がよい。少しオーバーに言うと、経済に限定すれば国家はいらない。国家は外交、軍事、治安などを行うだけでよいということです。 まず第一は、人間の論理や理性には限界があるということです。すなわち、論理を通してみても、それが本質をついているかどうか判定できないということです。 公立小学校で英語など教え始めたら、日本から国際人がいなくなります。英語というのは話すための手段に過ぎません。国際的に通用する人間になるには、まずは国語を徹底的に固めなければダメです。表現する手段よりも表現する内容を整える方がずっと重要なのです。英語はたどたどしくても、なまっていてもよい。内容がすべてなのです。そして内容を豊富にするには、きちんと国語を勉強すること、とりわけ本を読むことが不可欠なのです。 世界のトップ・エリートというのは、そういうことをいきなり訊いてくるのです。イギリスの歴史やシェイクスピアについては決して訊いてこない。日本の文学や歴史についての、非常に具体的な質問をぶつけてくる。だから、日本人としての教養をきちんと身につけていないと、会話がはずまない。 初等教育で、英語についやす時間はありません。とにかく国語です。一生懸命本を読ませ、日本の歴史や伝統文化を教え込む。活字文化を復活させ、読書文化を復活させる。それにより内容を作る。遠回りでも、これが国際人をつくるための最もよい方法です。 論理だけでは破綻する第二の理由は、人間にとって最も重要なことの多くが、論理的に説明できないということです。  もし、人間にとって最も重要なことが、すべて論理で説明できるならば、論理だけを教えていれば事足りそうです。ところがそうではない。論理的には説明出来ないけれども、非常に重要なことというのが山ほどあります。 別の言葉で言うと、「論理は世界をカバーしない」ということです。数学のように論理だけで構築されているような分野でも、論理ですべてに決着をつけることは出来ないのです。  この事実は数学的にも証明されています。一九三一年にオーストリアの数学者クルト・ゲーデルが「不完全性定理」というものを証明しました。  不完全性定理というのは、大ざっぱに言うと、どんなに立派な公理系があっても、その中に、正しいか正しくないかを論理的に判定出来ない命題が存在する、ということです。正しいか誤りかを論理的に判定出来ないことが、完全無欠と思われていた数学においてさえある、ということをゲーデルは証明したのです。 この不完全性定理が証明されるまで、古今東西の数学者は、こと数学に限れば、どんな命題でも正しいか誤りかのどちらか一つであり、どちらであるかいつかは判定できる、と信じ切っていた。ところがゲーデルはその前提を覆したのです。人間の頭が悪いから判定出来ないのではない。論理に頼っていては永久に判定出来ない、ということがある。それを証明してしまったのです。  数学の世界では、出発点はいつも、何らかの公理系です。公理というのは万国共通です。東西で寸分の違いもない。世界中のみなが同じ出発点を使っています。したがって何の心配もなく、論理的に突き進むことが出来る。  しかし現実の世の中に、公理系というものは存在しません。各人がみな違う公理系を持っているようなものです。受けた教育、家族関係、住んだ地域、育った環境、年齢、性別、何から何まで違うので、公理系は十人十色です。数学のようにはいかない。 ところが一般の世の中の論理には、1と0は存在しません。絶対的に正しいことは存在しないし、絶対的な間違いも存在しない。真っ黒も真っ白も存在しない。  例えば「人を殺してはいけない」というのも、完全に真っ白ではありません。そもそも死刑という制度があって、合法的殺人が認められている。あるいは戦争になれば、敵をなるべくいっぱい殺した者が、世界中どこでも英雄として 称えられます。だから、人殺しはいけないというのは、真っ白ではなく、真っ白に限りなく近い灰色です。 「情報社会だからパソコンを教えましょう」というのも、まったく同じ単純な理屈です。小学校からパソコンなんかとたわむれていたら、パソコンを作れる人がいなくなってしまいます。  パソコンを作るには、論理的思考をきちんと整えないといけない。小学校できちんと算数をやって、中高でもしっかりと数学をやらないと、パソコンを設計したり、ソフトを書いたりする人間が日本にいなくなってしまいます。 十年ほど前に私が訪れた時も、南インドの小学生は、ノートが買えないため、みな小さな石板を抱えて読み書きを習っていました。  そんな国で育った人たちが、なぜそんなに素晴らしいソフトウェア技術者になって、世界中で活躍しているのか。それはインドの小学校、中学校、高校の数学が素晴らしいからです。  論理が通ることは脳に快いから、人々はこのようにすぐに理解できる論理、すなわちワンステップやツーステップの論理にとびついてしまう。従ってことの本質に達しない。いじめ問題なんか典型です。こみいった問題の解決を図ろうとしたら人間性に対する深い洞察が必要になる。  実はワンステップやツーステップの論理の 跳梁 は我が国ばかりではありません。世界中がこれに 冒されています。欧米の支配を支えてきた論理や合理ですが、実はそれらのほぼすべてがワンステップやツーステップで彩られているのです。 自由とか平等とかいう概念は、神なしには実態をうまく説明できないものです。慣習や公序良俗、情緒や形などを無視している点で致命的な欠陥を内包した、神がかりのフィクションとしか私には思えません。「人間の尊厳」とか「ヒューマニズム」とか「人権」とかの耳に甘く美しい言葉も、もとをたどればカルヴァン主義という信仰に過ぎない。別の言い方をすれば、ロックによるそのいかがわしい拡大解釈です。一見論理的と思われる自由とか平等なども、論理の出発点はかくもいい加減なものなのです。 日本は四季がはっきりしています。そのせいか植生が非常に豊かです。サンソム夫人も前掲書で、日本には熱帯インドにある樹木から白樺など北欧の木まで実に種類が多いと言っています。植生ばかりではありません。ハーンは美しい音色の虫が日本には非常に多いと言っています。私の経験でもそう思います。そのうえすべてが繊細微妙に出来ている。このような、神の 恩寵 とも言うべき特異な環境の中に何千年も暮らしていると、自然に対する感受性というものが特異に発達する。この感受性が、民族の根底に年月をかけて沈殿している。そのように思えるのです。 祖国愛に対しては、不信の目を向ける人が多いかも知れません。「戦争を引き起こす原因になりうる」などと、とんでもない意見を言う人が日本の過半数です。  まったく逆です。祖国愛のない者が戦争を起こすのです。 一方、私の言う祖国愛は、英語で言うところの「パトリオティズム」に近い。パトリオティズムというのは、自国の文化、伝統、情緒、自然、そういったものをこよなく愛することです。これは美しい情緒で、世界中の国民が絶対に持っているべきものです。 「禅や儒教は舶来のものじゃないか」と言う人がいるかも知れません。禅はもちろん中国で生まれたものですが、中国にはまったく根付かなかった。鎌倉時代に日本に来て、一気に日本に根付いた。これは、禅が中国人の考えとは相容れないもので、日本人の土着の考え方と非常に適合性が高かったということです。鈴木大拙氏の言葉によると、「日本的霊性」に合致していたのです。だからこそまたたく間に鎌倉武士の間に広がった。禅と儒教は日本人の間に古くからあった価値観です。理論化したのは中国人ということです。そして、いつものことながら、日本人はそれを神道などと融合しつつ、日本化し、武士道精神へと昇華させたのです。 それでもやはり、私は新渡戸の『武士道』が好きです。私自身が推奨している「武士道精神」も、多くは新渡戸の解釈に拠っています。  新渡戸の武士道解釈に、かなりキリスト教的な考え方が入っていることは確かです。それが、元々の鎌倉武士の戦いの掟としての武士道とはかけ離れている、との説も承知しております。しかし、大事なのは武士道の定義を明確にすることではなく、「武士道精神」を取り戻すことです。  少なくとも、新渡戸の武士道は、私が幼い頃から吹き込まれていた行動基準と同一です。多くの人々も同じ思いを持つと思います。その意味で、近代武士道は新渡戸の書にもっともよく表現されていると思うのです。  新渡戸はよく「東洋と西洋の架け橋」などと呼ばれますが、彼の目は西洋にばかり向けられていたわけではありません。『武士道』が世界的なベストセラーとなり、国際的な名声を博したその二年後に、台湾に民生局殖産課長として赴任したのです。  当時の台湾は日本領となってまだ六年で、マラリア、コレラなどの伝染病が 蔓延 する未開の土地でした。新渡戸の偉さは、そこで一介の課長として懸命に台湾の農業を改革し、製糖業を興したことです。その結果、台湾の製糖業を昭和初年にはハワイと世界一を競うまでに育てた。 不惜身命 と申しましょうか、「公に奉ずる」という武士道精神を見事に実践したのです。 で、私はその教えをひたすら守りました。例えば「男が女をぶん殴っちゃいけない」と言ったって、簡単には納得しにくい。現実には、ぶん殴りたくなるような女は世界中に、私の女房を筆頭に山ほどいる。しかし、男が女を殴ることは無条件でいけない。どんなことがあってもいけない。しかも何の理由もない。そういうことをきちんと形として教えないといけないということです。 私は「卑怯を憎む心」をきちんと育てないといけないと思っています。法律のどこを見たって「卑怯なことはいけない」なんて書いてありません。だからこそ重要なのです。  「卑怯を憎む心」を育むには、武士道精神に 則った儒教的な家族の 絆 も復活させないといけない。これがあったお陰で、日本人の子供たちは万引きをしなかった。 イギリスという国を見てください。世界中の国が、イギリスの言うことには耳を傾けます。しかし、イギリスが現在そんなに凄い国かと言えば、それほどではない。イギリス経済は二十世紀を通して、ほとんど斜陽でした。最近は少し調子がいいのですが、日本のGDPの半分くらいの規模に過ぎません。  日本の言うことには誰も耳を傾けないのに、なぜ経済的にも軍事的にも大したことのないイギリスの言うことに世界は耳を傾けるのでしょうか。イギリスの生んできた「普遍的価値」というものに対する敬意があるからと思います。  例えば議会制民主主義という制度はイギリス生まれです。文学のシェイクスピアやディケンズ、力学のニュートン、電磁気学のマックスウェル、進化論のダーウィン、経済学のケインズ。みんなイギリス人です。 大いなる普遍的価値を生んだ国に対する尊敬は、一世紀間くらい経済が斜陽でもぜんぜん揺るがないということです。  逆に言うと、日本が今後五百年間、経済的大繁栄を続けようと、それだけでは世界の誰一人尊敬してくれません。 羨望 はしても尊敬はしない。やはり、普遍的価値というものを生まないといけないということです。 経済的その他の意味で本当に効率的な世界を作りたいのなら、例えば明日生まれてくる赤ちゃんから全員、世界中で英語だけを教えるようにすればいい。そうすると三十年、四十年後には、この世界で外国語の勉強などという骨の折れることをする必要性はまったくなくなります。みんなが英語で意思の疎通が出来る。政治や経済ばかりでなく、あらゆる点で素晴らしく効率的な世界ができあがります。  私に言わせれば、そんな世界になったなら、人間もろとも地球など爆発してなくなった方がよい。もはや人間が生きるに足る価値のある星ではないからです。  能率・効率は素晴らしいかも知れません。しかし各国、各民族、各地方に生まれ美しく花開いた文化や伝統や情緒などは、そんな能率・効率よりも遥かに価値が高いということです。「たかが経済」を、絶対に忘れてはいけません。  チューリップは確かに美しい。しかし、世界をチューリップ一色にしては絶対にいけない。信州に行けば、道端にコスモスが咲いている。千葉に行くと菜の花が一面に広がっている。別の地方に行けばユリの花があって、また別の地方に行けばヒマワリがある。高山に登れば駒草が岩間に顔を出し、浜辺には 浜木綿 の白い花が咲いている。これこそが美しい地球です。どんなことがあってもチューリップで統一してはいけない。効率・能率に幻惑されて、画一化を進めては絶対にいけないのです。  そういう意味で、二十一世紀はローカリズムの時代と、私は言っているわけです。世界の各民族、各地方、各国家に生まれた伝統、文化、文学、情緒、形などを、世界中の人々が互いに尊重しあい、それを育てていく。このローカリズムの中核を成すのが、それぞれの国の持っているこうした普遍的価値です。日本人が有… 私は高校の頃、英語に圧倒的な自信があって、各種の模擬試験でもしばしば一番とか二番を取っていました。「俺が日本で一番だ」と信じていました。 日本人が英語下手なのは、小学校から教えないからでも、中高の英語教師のせいでもありません。主な理由は二つあり、一つは英語と日本語があまりに異なることです。アメリカ人にとって、日本語とアラビア語は最も難しい外国語とされています。日本人にとって英語が難しいわけです。もう一つは、日本に住む日本人は、日常生活で英語を何ら必要としないからです。母国語だけで済むというのは植民地にならなかったことの証で、むしろ名誉なことです。TOEFLのテストで日本がアジアでビリ、というのは先人の努力に感謝すべき、誇るべきことなのです。 英語ばかりでなく、中学、高校とドイツ語やフランス語にも精を出し、大学以降はロシア語、スペイン語、ポルトガル語にまで手を出したのです。恥ずかしいことに、外国語オタクだったのです。高校時代に買った『チボー家の人々』全五巻、大学時代に買った『戦争と平和』、谷崎潤一郎訳の『源氏物語』全十巻は今も本棚を飾っており、目にするたびに「まだ読まないね」と私を見下します。  もちろん語学だって出来ないよりは出来た方が遥かに良い。しかし、読書によって 培われる情緒や形や教養はそれとは比較にならぬほど大事なのです。 情緒と形が大切な四番目の理由は、美しい情緒や形は「人間としてのスケールを大きくする」ということです。  欧米人のように「論理的にきちんとしていればよい」「筋道が立っていればよい」という考えは、今まで述べてきた通り、誤りです。万人の認める公理から出発する数学とは違い、俗世に万人の認める公理はありませんから、論理を展開するためには自ら出発点を定めることが必要で、これを選ぶ能力はその人の情緒や形にかかっています。論理が非常に重要なのは言うまでもありませんが、それは世界中の人が声高に言っているから、私はわざわざ言いません。しかし、この出発点を選ぶ情緒や形の重要性については、世界中誰一人言っていないようなので、私が声高に言うのです。これは論理と同等、またはそれ以上に重要です。 みなさんと、みなさんのおじいちゃんおばあちゃん、どちらが賢いでしょうか。ケース・バイ・ケースと思います。では情緒力はどうでしょうか。これも賢さのように蓄積していきません。おじいちゃんおばあちゃんにかなわないケースも多いのではないでしょうか。 知識や技術なら時代とともに蓄積していきます。私はニュートンの解けなかった数学の問題を、鼻をほじくりながらあっという間に解いてしまいます。これはもちろん、私の方が頭が良いからじゃありません。私が数学的知識でニュートンを圧倒しているからです。  このように知識や技術は蓄積する。しかし、人間としての賢さとか情緒力は一代限りです。したがって、論理と合理のみに頼っている限りは、歴史的に証明されたごとく、戦争をやめることはできません。  美的感受性があれば、戦争がすべてを醜悪にしてしまうことを知っていますから、どんな理由があろうとためらいます。故郷を懐かしみ涙を流すような人は、他国の人々の同じ想いをもよく理解できますから、戦争を始めることをためらいます。 数学や理論物理学のレベルは、実はその国の総合的な力にも深く関係しているからです。  どんな国でも経済的に発展する場合、常に工業の発展がベースとなります。金融やサービスによる繁栄は、 偽 の繁栄であり長続きしません。どの国でも、多少の才覚さえあれば、すぐに真似ることができるからです。一方、工業が発展するには、高い質の労働者の他に、それを支える基礎力としての数学や理論物理が強くないとうまくいきません。工業やエンジニアリング、テクノロジーなどは言わば「風下」にあたるわけですが、風上にあたる数学や理論物理のレベルが高くないと、長期的な発展は望み得ない。 数学や理論物理がよいと長期的に経済発展する、と言っているのではありません。イギリスや旧ソ連のような反例があります。私が申しましたのは、長期的に経済発展する国は必ず数学や理論物理がよい、ということです。これには歴史上、反例がありません。すなわち、長期的な繁栄を願うなら、強力な数学や理論物理を維持しないとダメということです。 ですから、一国の将来を予測する時、私はいつも、「数学や理論物理のレベルは高いか。その指標としての天才が出ているか」を見ています。それを見ると、二十年後にどの国が伸びてくるか、尊敬される国になってくるか、よく分かります。 当時のブラジルの数学など、取るに足らないものでした。純粋数学のような、すぐ役に立たないものに優秀な人材が命をかけて取り組んでいるような国だけが、結局は伸びる。国家にそのような厚みと余裕がないと、長期的な発展はあり得ない。その頃から私はそう思っていたのです。少なくとも、ブラジルに関する限り、私の予想の方が当たったようです。 どこにも美しいものがない。困りました。「数学では美的情緒がもっとも大切」「若い時に美に触れることは決定的に重要」などと言ったり書いたりしていながら、あれほど美しい公式を、インドの地で三千五百以上も発見したラマヌジャンにはあてはまらないことになる。彼は二十代の前半をマドラスで過ごしているのです。私の説に対する余りにも劇的な反例です。  それがずっと頭を離れませんでした。数年後に、覚悟を固めて二度目の訪印をしました。最初の訪問の時は、度肝を抜かれて逃げ帰ったような状態で、ラマヌジャンの故郷までは行かなかったのです。  マドラスから南へ二百数十キロ、運転手を雇い六、七時間もかけてガタゴト走り、ラマヌジャンが育ったクンバコナムという田舎町に着きました。びっくりしました。その周辺に、恐ろしく美しい寺院がいくつもあるのです。寒村にまでとてつもなく豪壮な美しい寺院がある。 クンバコナム近くのタンジャブールで見たブリハディシュワラ寺院は、本当に息を呑むほどに壮麗でした。この寺院を見た時、私は直感的にこう思いました。「あっ、ラマヌジャンの公式のような美しさだ」と。  ラマヌジャンは「我々の百倍頭が良い」というタイプの天才ではありません。「なぜそんなことを思いつくのか見当もつかない」というタイプの天才なのです。 アインシュタインの特殊相対性理論は、アインシュタインがいなくても二年以内に誰かが発見しただろうと言われています。数学や自然科学の発見の殆どすべてには、ある種の必然性が感じられます。ところがラマヌジャンの公式群は、圧倒的に美しいのに、必然性がまるで分からないのです。  高卒だったラマヌジャンは、「夢の中で女神ナーマギリが教えてくれる」と言って、次々に定理や公式を発見しました。ついにはケンブリッジ大学に招かれ、第一次大戦下のイギリスでいくつもの画期的論文を発表しました。 招聘 してくれたハーディー教授の研究室に、毎朝半ダースの新しい定理を持参したと言われます。不愉快な人です。 その土地に存在する美が、天才と深い関係にあるのは間違いないと思います。この半径三十キロの円は、天才を生む土壌を考える際の、決定的とも言える舞台と思うのです。 第二の条件は、「何かに 跪く心」があるということです。  日本の場合は神や仏、あるいは偉大な自然に跪きます。南インドはヒンドゥー教のメッカのような場所であり、人々はヒンドゥーの神々に跪いています。ラマヌジャンの母親は、息子を毎夕、歩いて数分のサーランガーパニ寺院へお祈りに連れて行ったほどです。ニュートン(一六四二~一七二七)の頃のイギリス人は神に跪いていた。実際、ニュートン自身も敬虔なキリスト教徒であり、聖書の研究も熱心にやっていました。 今のイギリス人について言えば、信心深い人というのはどちらかと言うと珍しい。しかし、イギリスからはノーベル賞受賞者が今でもたくさん出ています。彼等は何に跪いているのか。伝統に跪いています。最初に述べましたケンブリッジ大学のディナーはその例です。三百五十年前と同じ部屋で同じ黒マントを着て暗いロウソクのもとで食べるのです。伝統は何より大切なのです。千五百年以上も続いた天皇の万世一系を、男女平等などという理屈で捨てようとする軽挙は、イギリス人には想像もできないのです。 識字率が高いということは、読書文化が発達しているということです。金儲けにはまったく役に立たない読書に、国民は愉しみを見出していたの また、国家の品格というのは、それ自体が防衛力でもあります。日本が開国した当時、イギリスにせよアメリカにせよ、本気で植民地化しようと思えば出来たはずです。しかしイギリス人たちは江戸の町に来て、町人があちこちで本を立ち読みしている姿を 目の当たりにして、「とてもこの国は植民地には出来ない」と、 諦めてしまったのです。 『文明の衝突』を書いたアメリカの国際政治学者サミュエル・ハンチントンは、世界の八大文明の一つとして日本文明を挙げています。日本が世界のどの国とも本質的に違う、独自な文化文明を作り上げてきたからです。先人の作り上げた日本文明の非常に優れた独自性を、どうにかして守り続けるのが、子孫である我々の義務と思います。 日本は天才を生む土壌を着実に失いつつあります。美の源泉でもある田園は荒れ、小学校から大学まで、役に立つことばかりを追い求める風潮に汚染されています。跪くのは金銭の前ばかりです。金銭を低く見るという武士道から来る形は、すっかり忘れられました。田園が荒れれば、日本の至宝とも言えるもののあわれや美的感受性などの情緒も危殆に瀕します。 日本は、金銭至上主義を何とも思わない野卑な国々とは、一線を画す必要があります。国家の品格をひたすら守ることです。経済的斜陽が一世紀ほど続こうと、孤高を保つべきと思います。たかが経済なのです。 大正末期から昭和の初めにかけて駐日フランス大使を務めた詩人のポール・クローデルは、大東亜戦争の帰趨のはっきりした昭和十八年に、パリでこう言いました。 「日本人は貧しい。しかし高貴だ。世界でどうしても生き残って欲しい民族をあげるとしたら、それは日本人だ」

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    投稿日: 2024.05.30
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    少し思想が強いと感じてしまったが、ここまで強い母国愛に触れることがなかなか無いという意味では貴重な一冊であり、日本人なら読む価値はあると思った。 日本人の持つ情緒や美的感覚を、もっと鍛えるべきだという主張と、英語を学ぶ前に先ずは国語や教養を身につけるべきという主張が個人的には共感できた。

    4
    投稿日: 2024.05.10
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    不覚にも泣いてしまった。著者は数学者で論理についての持論、日本人の特質、文化、美意識から私たちにメッセージをおくっている。天才の生まれる風土について、国語言語が国家であり独自の文化であること、国際人に必要なのは国語力をつけることで中途半端な英語力ではないこと。あとは論理的で合理性をすすめるアメリカ民主主義の閉塞感を打開することができるのは日本の武士道精神や情緒であるというのも面白い。論理的であることが正しいと言えない理由を、論理展開の出発点の確からしさに論理展開時の確立との積で考える発想は流石に数学者らしく美しい。現在の鬱屈した閉塞感を打ち破るエネルギーのある書で、自国の文化をよく知らず日本語の勉強をおろそかにしている私達には必読の書といって良い

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    投稿日: 2013.09.08
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    ダメな物はダメ!理論ではなく感情を押し付ける教育も必要。人殺しがダメなことに理由なんかない。が心に残る。英語教育より大切な国語教育。情緒的思考の大切さ。武士道精神。どれも素敵な日本人の良さは引き継いで行きたい。

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    投稿日: 2025.12.15
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    発売されてから時間は経っているが、日本人全てに読んでもらいたい。ならぬことはならぬ。理屈ではない。理屈の出発点は人それぞれ違う、その出発点を作るのが人それぞれの美的情緒。家族を愛し、その延長で地域、日本を愛する。花を綺麗だと思う美的情緒が日本人には備わっている。日本人に生まれたことを誇りに思う。

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    投稿日: 2023.11.23
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    気象台に勤めながら観測所での経験を生かした山岳小説で人気を集め、昭和を代表する作家として活躍した新田次郎。本書はその次男であり、東大卒の数学者でありながらエッセイストとしても人気の藤原センセイが世に出したベストセラー。経済優先という欧米型の論理と「合理性」が幅を利かす21世紀においては、情緒と伝統を重んずる日本の「品格」こそが世界を救うという画期的な提言が話題を呼んだ。著者自らが「品格なき筆者による品格ある国家論」と称する通り、舌鋒鋭い批判の中にも独特のユーモアが溢れており、思わず声を上げて笑ってしまう。今の日本に必要なのは論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義よりも武士道精神と説き、特に昭和から平成にかけて失われた「国家の品格」を一刻も早く取り戻そうと説いた書で、このあと二匹目のどじょうを狙った「品格ブーム」の火付け役にもなった。ベストセラーという言葉にアレルギーを持つ読者にもすっと腑に落ちる、おススメの一冊。

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    投稿日: 2020.12.12
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    (2006年頃読んだ直後の感想です) 『国家の品格』(藤原正彦/新潮新書)について、「論理的におかしい文章が山ほどある」とか、「事実誤認や誇張のカタマリだ」とか、そういう野暮なことを指摘するのは、もういいやと思う。それより、この本が200万部も売れた理由のほうを考えてみたい。  この本のいいところはどういうところ? ネット書評で惜しみなく★★★★★をつけている気前の良い皆さんに聞いてみよう。まず、平易でわかりやすい。読んでて「そうそう、まさにその通りだ」と思える。日本人であることに誇りを持てるようになる。そして、読んで元気になれる。すばらしい効果だ。まさに五つ星にふさわしい! では、その効果の源泉はどこにあるのか?  この本が「わかりやすい」というのは、たとえば水戸黄門が「わかりやすい」のと似ている。あらかじめスジが決まっている時代劇のように、読者側がすでにそう思っていることを、さまざまな事例を出してスッキリ言い放ってくれるから「わかりやすい」のだ。  この本が「心地よい」のは、『キャンディキャンディ』と同じ理由による。少女マンガの王道は「そのままの君が好き!」だ。リクツなんてどうだっていい。論理には限界があるのさ。好きになるのに理由なんていらない! 著者はみんなのアタマをなでて「そのままでいいんです」と言ってくれたのだ。  この本を他人に勧めてまわる人がいっぱいいる。中には配ってまわる人もいるという。きっと「まさに自分の思ったとおり!」の本だから、みんなにわかってほしいんだね。占い師の決まり文句に、こういうのがある。「あなたは懸命に努力しているのに、周囲の人はわかってくれないんですよね?」 みんな「そう、そうなんです!」と大きくうなずくそうである。  水戸黄門と少女マンガと占いである。最強だ。これより強力なおもてなしなんて思いつかないほどだ。読者はこの本を読んで、爽快感と慰安と勇気をもらう。こんなにお得な本はナイではないの。  こう考えていくと、この本は確かに「リクツ」の本ではない。はっきり「セラピー」の本である。「あなたに心地いい言葉を言ってあげる」……スピリチュアルな江原某の本とか、美容の天才な齋藤某の本とかと、おなじなのだ。  そしてこの本は、まさにそのように作られたものだという。雑誌の記事などでは、まず最初に結論が決まっていて、それにぴったりくることを言ってくれる人を探すものだ。この本は「ちょっと愛国心とかはやってるから、読者にキモチイイこと言ってくれそうな人はいないかなぁ……」と編集部が調べるうちに、講演などで注文通りのことを言っている著者を発見し、その講演原稿を手直しする形であっという間に作り上げたそうである。(かなり情報ゆがめてますか、スミマセン、でもそんなふうに聞こえたのです、リクツじゃないのです)  そもそも講演というのは、カネを払って聞きに来た客を、たのしませてナンボである。言うなれば芸人といっしょ。めんどくさいことをしろとか、おまえらは頭が悪いとか言っていては、次のお座敷がかかるものか。客をもちあげておだてていーい気分にして帰すのが優れたスピーカーに決まっている。藤原先生は、ものすごく優秀な芸人さんなのである。  ちゅうわけで、『国家の品格』はすばらしい娯楽本である。さすが200万部も売れる本は、売れるだけの理由がある。ちょっと心配なことといったら、この本を正しく「娯楽」として消費するのではなく、「本気」にしちゃうイタイ人が、ごくごく少数出ちゃったらこまるなぁくらいのものである。  なぜなら、この本はひとつの取引を持ちかけているからだ。リクツ抜きに癒し、励まし、自信と誇りを持たせてあげる。だって、ただ日本に生まれただけで、あなたはすばらしい歴史と感性をその身に備えているのだから。その代わりに、リクツ抜きでこの国を愛しなさいと。  果たしてこの取引、お得だろうか。考えない代償というのは、だいたいにおいて高く付くような気が私はするのだが。まぁ、そんな後先考えない取引に応じてしまう人は、この本を「娯楽として」読んでいる人にはいないだろうと思うのだが…………。

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    投稿日: 2014.03.30
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    大ベストセラーだから読んでみたが、発刊された日からかなり経過しているため流し読み気味になってしまい残念。内容としては日本人らしさ、まさに日本国家としての品格を保ち続けることの大切さを説いており、世界が誇るべき日本人の素晴らしさを力説してくれている。

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    投稿日: 2021.10.30
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    武士道。名誉は命よりも重い。金銭よりも道徳。 運命を引き受ける平静な感覚、生を賤しみ死に親しむ(仏教から)▼主君への忠誠、祖先への尊敬、親孝行(神道から)▼為政者の民への慈悲(儒教から) 新渡戸武士道は日清と日露の間。西洋列強が日本に警戒感を持ち始めた時期。 敗者への共感、劣者への同情、弱者への愛情。惻隠(相手の心情を深く理解、いたましく思って同情) なぜ人を殺してはいけないのか。なぜ野に咲くスミレは美しいのか。ならぬことはならぬ。論理ではない。 薔薇の西洋、桜の日本。薔薇は花の色も香りも濃厚で、美しいけれど棘を隠している。なかなか散らず、死を嫌い恐れるかのように、茎にしがみついたまま色褪せて枯れていく。桜の花は、香りは淡く人を飽きさせることなく、自然の召すまま風が吹けば潔く散る。清澄爽快(せいちょう)。清く澄んでいる。爽やかで気持ちがよい。 能・敦盛。 悠久の自然と儚い人生。 鈴虫の歌声。秋の憂愁。 桜の木は毛虫はつきやすい、むやみに太くねじれていて、肌はがさがさ。たった三、四日の美しさのために。 もののあはれ。自然に対する畏怖。自然への繊細で審美的な感受性。  数学には美的感覚。 家族の延長が郷土。郷土の延長が祖国。祖国の延長が人類。 自国の利益を追求し、自国の文化・伝統・情緒・自然を愛する。 自国の利益を追求せず、自国の文化・伝統・情緒・自然を愛する。 自国の利益を追求するが、自国の文化・伝統・情緒・自然を愛さない。 自国の利益を追求せず、自国の文化・伝統・情緒・自然を愛さない。 日本・自己を知らない人は国際人とは言えない。縄文土器と弥生土器はどう違うのか。元寇は2回あったが違いはあるのか。中身空っぽ英語ペラペラではいけない。

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    投稿日: 2021.06.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    数学者である筆者が、近代西洋科学を否定し、情緒や感情を大事にするという非常に斬新な本でした。一方で、その情緒の醸成をしたところで、どこまで国家の品格が向上するのか?効果測定はなく、感覚的な物になるため、実際にどうするのか、ということの理解は読者に委ねられる部分が多い。 海外勤務で合理や科学を武器にマネジメントをしてきた中で、日本人として大切なものを失いかけていた。改めて国家の品格の重要性を認識。

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    投稿日: 2020.05.29
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    内を見直すひとつのきっかけになる。 日本人が無意識に抱く、欧米諸国との比較に 基づいた根拠の不明確な劣等感。それって本当に 確かなの? と、日本を見直すための土台を照らしてくれる。 ただし文中で著者自身が指摘を受けたと言っているとおり、 半分くらいは誇張や極論、というフィルターを通して 見るのがちょうどよいと思う。そうでないと、著者の意図と反して ナショナリズムに陥る読者が増える危険性がある。 大切なのは情緒、美への感受性。 これには足元を「洗われた」気がする。

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    投稿日: 2019.10.09
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    日本人の誇りについて考えられる内容だった。英語の勉強をした人が、英語が五割で国語が五割の実力になるくらいなら、国語を十割できる日本人になれとい極端でもあるが、その通りだと思った。

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    投稿日: 2019.06.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    メモ寄りの感想 結論 欧米の論理と合理よりも、日本古来の情緒と形(感受性や考え方(八百万の神や武士道、もののあわれ等))を重要視 論理には限界(世の中には論理で説明できないことが多くあるし、その中には大切なことが多い)があり、社会の安定性には情緒が必要 論理の世界は画一的であるが、情緒の世界は個性的 メモ 英語よりも国語(自国の文化や考え方を勉強含め)に注力すべき。 →思考は言語で行うものであり、国語が弱い状態で英語だけ話せても、その人の人間性の向上はできない 二つの祖国愛。ナショナリズムは自国の国益のみを優先(トランプ)、パトリオティズム(自国の文化、伝統、自然等を愛すること) 貧しいが高貴ができる国 真のエリートとは文学、哲学、歴史、芸術、科学といった何の役にも立たないような教養を身につけている(大局観)。国家のためにいざとなれば命を捨てる気概があること。 家族愛→郷土愛→祖国愛→人類愛

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    投稿日: 2025.05.25
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    表現に思想的な偏りや、一部を見て(あるいは紹介して)全てとして語る節がたまにあるが、それは読み手が個人的に適切に除いて読めばいいと思う。おっしゃっていることのひとつひとつは大変おもしろく、考えにも納得させられるものがいくつもある。

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    投稿日: 2025.05.13
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    この本の発売当時はどうだったのか分からないが、今の日本はこの本の内容からは遠い所に来てしまったなと思う。 第一章〜第三章は大きな事を語り過ぎていて読んでいて疲れる。ただ「論理には出発点が必要」の考え方は面白かった。情緒力がなくて論理的な人がいると困ると言うのは共感しかない。 第四章〜第七章がとにかく良かった。日本人の自然に対する感受性、もののあわれの考え方、武士道精神等...これが国家の品格かと思う。今は失われつつあるこの品格を持ち続けていきたい。 ただ、作中に度々出てくる作者の妻に対する暴言が気に入らない。作者は受け狙いで書いているのかもしれないが、この余計な一言のせいで作者がどうしても好きになれない。「四つの愛」で「家族愛」「郷土愛」「祖国愛」「人類愛」をあげているのに....。私が作者の妻なら冗談でも殴りたい等言われたく無い。

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    投稿日: 2023.10.03
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    久しぶりに読み返した。 筆者の言う「孤高の日本」など、夢のまた夢、幻であることはコロナ禍においてよくわかった。 この本か書かれてから、日本人の質の劣化はさらに加速したように私は思う。 今の日本に誇りなどあるのだろうか。 2007.4.13 物と金にうもれて、日本人が忘れてしまっていることが書かれていた。あたたかく豊かに生きるということはどういうことなのか、久しぶりに思いめぐらせた。少数派であってもいい。日本人として誇りを持って生きたいものだ。目が覚める思いがした。

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    投稿日: 2022.06.23
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    この本が大ブームになった頃に買ったのに15年以上読んでおらず、先日読んだ同著者の『若き数学者のアメリカ』に感銘を受け、慌てて読んだ次第。 海外での豊富な経験の元、祖国日本を愛するが故の著者の結論、警鐘、提唱は説得力と納得性のあるものだった。 今思えば、バブル崩壊後の長い景気低迷、同時多発テロの勃発やエンロン、リーマンショックなどによる金融危機などで先が見えない暗い状況の中で、この本が大変な話題となって以降多くの日本人が忘れかけていた日本の良さを思い出し意識が高まった様に思います。例えば『おもてなし』と言う言葉が日本の良さとして頻繁に使われる様になった事など。 また、『美の存在しない土地に天才は生まれない』と言うお話も恐らく本当にそうなのだろうとやけに納得。『美』には大いなる力があると信じて疑わないから。 卑怯を憎む心、自然を敬う精神、美的感受性などの情緒。。など日本人が昔から持っている特性と言うものに感銘するところも多々ありました。同時に日本人としての自分は果たしてどうか、忘れているものはないかなど考えさせられるものでもありました。 著者の言う『日本の神聖なる使命』を一日本人として忘れずに、これからも自分なりの努力をしていきたいと思います。

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    投稿日: 2022.03.19
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    高校の日本史の先生がおすすめしていたので読んだ。令和世代の自分には理解しにくい考えもあったが、新しい視点を手に入れられたのは確かだと思う。結婚はしたくないものだ笑

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    投稿日: 2021.04.29
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    ベストセラーだったのと、タイトルの仰々しさに読みのを避けていました。読み始めてからも著者の主観が強いなと思い、冷やかし半分で読んでいましたが、三章『自由、平等、民主主義を疑う』の辺りから、グッと説得力が増してきて、一気に最後まで読んでしまいました。 武士道の精神や情緒を重んじる心など、現代の日本人が失いかけている大切な心が書かれており、最後には深く共感しました。

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    投稿日: 2019.06.01
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    高校時代に教師からオススメされた一冊。 国際人=英語が出来る ではないというのは確かにわかる。 美的感受性など、日本人らしさを無くしてはいけない。自分の生まれた日本を誇りに思っていこうと思った。

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    投稿日: 2019.04.10
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    著者のズバッと主張するところ、個人的に好きですね。 世界のあらゆるところに自ら赴き、様々な国の歴史を広く学んでいるからこそ見える国家のあり方。 特に印象的だったのは、学校のいじめ問題と武士道を絡めているところです。いじめはなぜダメなのか?という問題は、理屈で説明できない。卑怯なからダメだと、ならんものはならんのだと、頭ごなしに子どもに教えなくてはならないというのは、将来教育者を目指す私にとってはグッときました。当事者の気持ちになってみようなんてヌルいことは言ってられないのです。いじめられた経験なんてものは、想像で理解できるものではないからです。こうなって、ああなるからダメだなんて理屈で説明する方がピンとこないのです。 論理的でなくていいというのは、新しい発想のようで、実は戦前の日本人に根付いていたというのが面白かったです。

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    投稿日: 2019.02.05
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    2か月前の読了なのでだいぶ内容は抜けてしまったが。『銃・病原菌・鉄』を読んだ直後だったので、どうしても考察や議論が浅い感は否めなかった。日本の伝統芸能や義理人情の文化などを改めて確認できるが、著者の言うこの日本の文化こそが世界を豊かにするという論調はいささかなナショナリズム的な物に後押しされた飛躍を感じるし、ではどのようにして日本の美徳を世界へ浸透させ、それがどのように世界を変えていくのかという具体性に欠けた。個人的にはpatriot でありたいと思っているのでイデオロギーとしてはわかるのだけどね。 ただ、近現代の論理主義(著者はこれを欧米的価値観とよぶ。まあ近現代の思想は欧米思想が基調なのでそうとも言えるだろう)に対する反駁は興味深かった。人類普遍の論理を尽くすことで、必ずお互いが合意する一般解を求めることができる。しかし実際は論理というのはそんなに素晴らしいものではない。論理というのは、結論から辿っていけば結局は主体が自明と考える命題を出発点とせざるを得ない。主体の思考力によってその根本の前提命題のレベル感は異なるだろうが、究極的には、全ての論理的帰結のよりどころとなるその命題は「自明」とするしかない。ここの説明に、何ら「論理」はない。そして、何を自明とするかというのは、主体の価値観、尺度、哲学(そしてこれららはしばしば主体の立場や状況に大きく左右される)に依って決定される。すなわち、「論理」というのは、何ら普遍的解を提示する保証などなく、むしろ主体の依る前提によって異なる帰結が生まれるものなのだ。そこで著者は、真に重視するべきはこの詭弁的な論理ではなく、その根本を成す価値観だと述べるのだ(彼はその価値観こそ日本的価値観に統一されるべきと述べるのだがそれはさておき)。 うすうす大学に入ったあたりから自分でも感じていたことではあったが、他者により言語化されたものを読んだことで改めてその認識をブラッシュアップできた。世界の全てについて論理で絶対解が出せる、心のどこかでそんな風に信じていた時期が、僕にもありました。まあ最近は統計学でそれに近いことができるんじゃないかなって思ってきているのだけどそれはまた別のお話。

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    投稿日: 2017.10.27
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    初めて読んだときは、割と感動して「そうかー、グローバルとか言ってないで日本や国家の良さを見直そう!」などと思ったものでした。しかし30歳も半ばをこえてから、大学院で社会学っぽい領域の修士号取得のため、主に経営学のフィールドから様々な"名著"を読んだ後に眺めたら、とんでもなく薄っぺらく、つまらない本に見えたいくつかの書籍のうちの一つ。論拠がいい加減ですね。学問的な流れもきちんと理解できていない。この方は哲学したつもりなのかもしれないが、単なる"読み物"、ないしは論拠なく日本の良さを語る"エンターテイメント"です。数学者の学問視野ってこんなもんなのかなぁ。

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    投稿日: 2017.07.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    本書は「論理」と「合理性」だけでは社会問題の解決に繋がらないことを指摘し、論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義より武士道精神を重んじてきた品格ある国家・日本に立ち戻り、世界と一線を画すべきだという主張が書かれている。 第1~2章では、①論理の限界(pp.35-44)、②人間にとって最も重要なことの多くが論理的に説明できない(pp.44-50)、③論理には出発点が必要でそれを選ぶのは情緒や形である(pp.50-55)、④長い論理ほど信憑性がなく、短い論理ほど深みに欠ける(pp.55-64)を理由に挙げ、「論理だけでは人間社会の問題解決は図れない」ことを指摘している。 第3章では、「③論理には出発点が必要」ということに着目し、欧米人の論理の出発点である「自由・平等・民主主義」の概念に対して疑問を投げかけている。 私たちの耳慣れた「自由・平等」はそもそもカルヴァンの予定説の潮流に乗ったジョン・ロックの主張が反映されたものであることを論拠に、論理の出発点は神なしでは主張を担保できない、いい加減なものだと主張している(pp.65-74,88-90)。またカルヴァン主義が資本主義を進め(pp.69-72)、自由・平等を前提とした「民主主義」も致命的な欠陥を抱えていると主張している(pp.74-92)。 第4~6章では、論理の出発点を正しく選ぶために必要な日本人が古来から持つ「情緒」、あるいは伝統に由来する「形」を重んじることが重要であり(pp.95-115,130-157)、情緒を育む精神の形として「武士道精神」を復活させるべきだと述べている(pp.116-129)。そして最終章で他国の文化・思想と日本のそれとを比較しながら、改めて先の議論を強調し(pp.158-190)、武士道精神を重んじてきた品格ある国家・日本に立ち戻り、世界と一線を画すべきだと主張している(pp.191-192)。 このように詳細に書いたのは、本書の問題点を浮き彫りにするためである。第1~2章に書かれている「論理だけで人間社会の問題解決が図れない」ことは当然である。しかし第3章で主張する「自由・平等・民主主義」が神でしか語れないことの何が問題なのか疑問に感じる。たとえ法の下での制限があったとしても、それは無法地帯のままよりはよいはずである。また武士道精神も、天皇や仏(神)を敬う心が根底にある。そういった点でほかの宗教と変わらないはずである。にもかかわらず、他国の思想を貶めるような批判をし、自国が優れているというような主張に甚だ腹が立つばかりである。 また著者が理数学者であるという点にも注意が必要だ。学者が自分の研究領域外のことを語るのはもちろん構わない。しかし自分の研究分野外のため、中途半端な主張しかできないし、発言に対する責任も持てない。裏付けが示せない。そういったことでいいわけがない。また論理を否定したら、著者のこの本そのものが論理なわけだから、そういったものもすべて否定されることになるのではないだろうか。 もちろん、こういった問題はそれぞれの思想の問題である。だが、だからこそ注意深く読む必要があると感じる。学者だからと言っていつも正しいことを言っているとは限らない。他の専門家の主張と比較して、注意深く読む必要がある。

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    投稿日: 2014.11.30
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    欧米の文化文明に比べて日本のそれがいかに高度だったか、「論理」の限界、伝統的なものや田園、寺院などの「美」的感覚と学問、工業的発達のリンクについて書かれた本。 「真のエリート」についての部分が特に納得できた。 国民は永遠に成長しないので、一見むだな教養を身につけた総合判断力のあるエリートが、時には身を投げ打つ覚悟で政治をするというのは、正しい考え方だと思う。 これは大企業にも同じことが言えるはずだ。 日本の卑怯、惻隠等、武士道精神が素晴らしく、欧米は駄目だという論調は正直「?」だった。部落差別や皆殺しという習慣があったことを考えると、偏っている。 それでも、外国から来た文化人が日本の文化を褒めそやしていたことを紹介している点は、やっぱり誇りに思える部分もあり、良かった。 出版後8年経っているが、オバマケアと政府機能の閉鎖に苦しむアメリカを見ると、内容は色あせていないと感じた。

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    投稿日: 2013.10.15
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    2006年度ベストセラー作品のこの本は、日本人全員に読んでもらいたい内容でいっぱいだ。タイトル通り、日本人の品格を大切に思う著者の気持ちが伝わる。日本の文化、情緒は外国では生まれない。日本にしかない伝統や武士道精神をなくさないよう著者は読者に投げかけている。あらためて、日本の良さを知る意味で、繰り返し読みたい一冊でした。数学者である著者が、論理だけでは説明できないことがあると語られていたことが素晴らしいと思った。説得力がある。「駄目だから駄目、以上終りです」と納得しました。外国の良い場所、何が起きているかはニュースやTV番組で知ることが出来る。外国人の人情はあまり知らなかったが、そのこともわかり、世界を少し知った。

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    投稿日: 2013.05.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    例え論理的には正しくてもその思考の出発点がズレていればとんでもない方向に進んでしまう。重要なのはいかに適切な出発点を選択出来るか、その能力はその人の「総合判断力」(情緒力)にかかっている。日本古来の「武士道精神」はこの情緒力を育んできたと解説。

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    投稿日: 2013.03.23
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    論理だけの世の中がいかに危険な状況を生み出すかについて述べています。文化や情などの重要性とそれが織りなす世の中を書いています。 論理だけではどうしても納得のいかない環境問題や資本主義の作る問題へ取り組むにあたってとても参考になりました。

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    投稿日: 2013.03.13
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    いきなりではありますが、数学者である藤原正彦氏の「国家の品格」です。 2日、2往復の新快速電車で読めました。 お薦め度は★★★★☆ぐらいでしょうか? 氏の「数学者の言葉では」と「若き数学者のアメリカ」を以前に読んだことがあり、結構気に入っています。 今回のテーマは国家の品格ということで、現在の日本に他国と比較してどの程度品格があるのかはともかく、あるものなら大切にしたいものである。 自分の子供(現在小学生)には、国語をちゃんと勉強させて、読書好きにしないといけないということは強く感じました。 <追記> 私がファンである有機ELで有名な某城戸教授がホームページで 本書を絶賛されていることに気が付きました。 下記です。 http://ckido8.yz.yamagata-u.ac.jp/pc/kidomyselfs/kidmyself060601.htm 「城戸の独り言」ほかのところも面白いので、ぜひ読んであげてね。

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    投稿日: 2013.01.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    卑怯五家訓 ・大きな者が小さな者を殴ること。 ・大勢で一人を殴ること。 ・男が女を殴ること。 ・武器を用いること。 ・相手が謝ったり泣いてもなお殴ること。 ダメなものはダメ、そこに理由はいらない。 論理が成り立っていれば主張は通る。しかしその出発点を決めるのは道徳観。 頭を堅くしてはいけないという人間臭い感じが好きだったなぁ。かなり影響受けた一冊です

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    投稿日: 2012.12.03
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    「自由競争にまかせていれば、『神の見えざる手』が最適な状態に導いてくれる」という話は、私も確かにまやかしだと思う。市場原理主義がもたらすのは、ほんの一握りの勝者と大量の敗者で、「再チャレンジができる社会」なんて聞こえの良い事をいうけれど、それもただの言い訳に過ぎないという感覚にも共感。 ただ、あんまり「日本民族は他の民族よりも優れている」「アメリカ人の考え方は野卑だ」という色が強すぎて違和感がある。 日本人はみんな弱者に対する惻隠があるというが、長い間被差別階級を政策として作っていたではないか。「日本人は金銭を低くみる」というが、商人はみんなそんなに立派だったのかなど… やはり「国」や「民族」で物事を考える事自体がもはやナンセンスで、「個人 対 個人」で考える時代がすぐそこに来ているのではないかと思った。 実際、領土問題で中国のデモとかみるとすごい腹が立つけど、友人の中国人の彼とは、そんな事を気にする事もなく友人なままの訳ですから^_^

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    投稿日: 2012.10.15
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    やっと借りて読んだ。 考え方の一つとしてとても参考になった。 日本的な情緒を日本に住んだことのない外国人に説明するのに苦労してたけど、役に立ちそう。

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    投稿日: 2012.07.09
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    考え方としては非常に偏っているが興味深い。あまり共感できる内容ではない。美しい自然など日本のみに限らず、ヨーロッパのように文化や古い建物を残し、昔からの自然とともにそのまま残す国は他にも多く存在する。仏や神に敬虔に跪く心は、現代社会において薄れている。神という言葉をオカルト的に捉え、元旦やイベントこそ世俗的には楽しむ物の、日常的に神や仏への信仰が見られることもない。日本の考え方を文字に起こしてヨーロッパへ伝えることは確かに難しい。(まず日本とヨーロッパという地域を比べることがよくわからない。他のアジア地域はどうなのか?日本は国だ。国同士で比較するならまだしも)読みながら疑問に感じることが多々あるが、視野を広げるという点ではよいのでは。そのまま著者の考えを鵜呑みにしてしまうのはいささか危険であるようにも感じる。

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    投稿日: 2012.07.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

     数年前の超ベストセラー本。今なお示唆に富む。国家の品格とは、個々の国民の品位であり、品格ある国家はたとえ経済的に衰えていてもなお世界に影響力がある。祖国愛のない浅薄な人間はたとえ英語がべらべらしゃべれたとしても外国から尊敬されず有害なだけともいう。たしかに佐藤優の国家の罠でも外交では筋を通すことが重要であり、筋を通すと尊敬されるとあり、本当にそうなんだろう。筆者は数学者であり、天才数学者は、美的情緒感があったというのがあらなた発見。論理とか合理性なんかよりも美的情緒感が人間にとって本質的に重要とのこと。江戸時代の識字率は50%で、当時のロンドンが10%に過ぎず、日本人は昔から読書という利益に直結しないことを楽しんでおり、文字に慣れていたとあった。日本には書道があるが、似たようなものは外国にあるのかな?なければ識字率のたまものかもしれない。

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    投稿日: 2012.06.18
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    250万部突破のベストセラーなのだそうです。 日本語書籍に飢えていたとき、オフィスにあったので手に取りました。 ヒットを狙ったいかにもなタイトルですが、内容は欧米コンプレックスを感じました。著者も言っていますが、「品格」と言いながら品に欠ける印象。

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    投稿日: 2012.05.19
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    今更ながら読了。著者の藤原さんは自分の高校で演説をしてくれたということもあり、個人的に親しみを持っています。本の中では情緒や弱者への配慮など日本人が持つ固有の資質を大事にしろ。祖国愛が今の日本、そして世界に必要である。そのようなことを述べていました。アメリカ化する世界や日本に危機感を感じているのが良く伝わってきました。偏った意見が目立つ為、考えを鵜呑みにするのは問題ですが、あくまで一つの、そして一人の考えとして自分達が適切な判断をする時の材料にはなるのではないかと思います。

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    投稿日: 2012.04.21
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    これまで生きてきて感じていた疑問のいくつかの答えを窺い知ることができた本です。 また、「真の国際人とは」というトピックが興味深くギクリとするところがありました。 この本の本質からは外れますが、たまにチラッと出てくる女性コンプレックスからくる表現を見るにつけ「ああ、どんなに難しい学問を修めていてもやっぱり男性は男性なのだな」と、ちょっとほほえましく思う部分もあります。

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    投稿日: 2012.04.14
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    国家には真のエリートが必要 エリートとは 文学、哲学、歴史、芸術、科学といった何の役にも立たないような教養をたっぷりと身に着けていること。そうした教養を背景として圧倒的な大局観や総合判断力を持っていること。 いざとなれば、国家、国民のために喜んで命を捨てる気概があること。 愛国心「ナショナリズム」(国益主義)と祖国愛「パトリオティズム」は全く異なるもの。 「ナショナリズム」自国の国益のみ追求するという、浅ましい思想 「パトリオティズム」自国の文化、伝統、情緒、自然、そういったものをこよなく愛するということ。 欧米人の精神構造は「対立」に基づいている。自然は征服すべき対象であり、他の宗教や異質な価値観は排除すべきものである。 日本時にとっては、自然は神であり、その一部として一体化している。 日本は異常な国であり続けるべき。 5世紀から15世紀の間に日本の文学は全ヨーロッパの文学を凌駕した。江戸時代の識字率もおそらく世界ダントツ一位。これらの背景があったため、明治維新から第2次世界大戦をはさみ、世界2位の経済大国へ成長できた。 筆者の記載していることにすべて賛同できることはできなかったが、もう少し、日本人は自分の国民性に対して誇りを持ってもいいのではないか?という部分には大きく共感できた。 文中で紹介されていた、「武士道」新渡戸稲造、「文明の衝突」サミュエル・ハンチントンは機会があれば、読んでみたい。

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    投稿日: 2012.01.10
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    うーむ・・・・。 何でバカ売れしたのか全然分からない・・・・。 要約すると 最近の荒廃感はすべて論理中心の‘欧米的’価値観がもたらしたもので 日本の‘もののあはれ’的情緒感覚が最も優れていて、世界を救うのは日本人しかいない、と・・・・(閉口) 以下簡単にツッコミを。 ‘欧米では・・・’ ↑このセリフを使う人は全く世界を知らない。 ヨーロッパの中だけでも全然違うのに。 ‘欧米では自然は征服するもの’ ‘自由や平等はフィクション’ ‘プロテスタンティズム=金儲け主義=現代社会の荒廃の源’ どれも嘘っぱちです(笑) 論理を否定して感覚重視だからこんな文章になるのか・・・・。 飲み屋で酔っ払いオヤジの愚痴でも聞いているような内容。

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    投稿日: 2011.10.10
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    日本人の感性は好きだなー 時雨、霧雨、五月雨、梅雨、秋入梅とか(もっとあるけど思いだせん) 「雨」だけで一つに括らない繊細な感性 そして、次に「武士道」を読むw

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    投稿日: 2011.09.27
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    文章が読みやすいです。 小難しい新書のイメージとは打って変わって、字も大きいし使っている単語も易しいし、文章自体が面白いのですらすらと読めてしまいます。 具体的な例をあげて結論に持っていって納得させるのが巧いと思います。 小学校の英語教育というタイムリーな話題や、天才は情景の豊かな場所から生まれるというユニークな主張は読者を飽きさせない造りになっていると思うのですが、ただ書いてある内容はちょっと極論過ぎます。 「ワンステップの論理に踊らされてはいけない」と主張する作者の論理こそがワンステップです。 というように、作者を信じるにはそこらじゅうに矛盾が広がっています。 始めからどこかおどけたような作者の態度は、どこかわたしたちを挑発し、試しているようにも感じます。 大人向けというより子ども向けなんじゃないかと思います…中学生~大学生が、狭かった視点を一回り二回り広くさせるには絶好の本かと。 売れる理由は非常にわかるけど、これに影響を受けすぎるのは少し危険な気がします。

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    投稿日: 2011.07.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

     終始平易かつ理想主義的、誘導的な文体で昔の日本を全肯定、礼讃した本。文章が平易なのも一種の落とし穴か?さらに、イギリスのお茶の風習を貶したり、諸外国は拝金主義で野卑と言ってみたりと実に杜撰な内容。  フォローするなら、武士道の中軸である「惻隠」の心とか、グローバル化への反対など、多少共感できる箇所があったこと。と、言いたいけど戦国時代から江戸時代初期にかけては朝倉宗滴や藤堂高虎のように武士の中でも卑怯というか現実主義的なことを言っている人もいる。  そもそも武士は自らの支配を強化するため、忠誠心を重んじる君臣関係を肯定する儒学(特に朱子学)を江戸幕府の正統的な学問としたわけだし。「忠義」とか「切腹」という単語が武士道の本質だと言うのは一面的だと思う。    何だかんだ言いつつも日本という国の、今という時代が好きな一個人として言わせて頂く。日本の歴史や文化を知り、長所、短所の両方に目を向けた上で国及び郷土を愛するべきだと思った。

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    投稿日: 2011.06.18
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    駄作。 読んでいて、イラつきが絶えない本に久しぶりに出会った。 どこかの編集者の言葉を引用するなら、 筆者自身が「品格なき筆者による品格ある国家論」と自己評価を加えている、その諧謔精神がせめてもの救い。 「論理」を否定したからこそ、 ここまで出鱈目な批評を述べることができるのか。 それとも、 「論理」を否定することで、 自己正当化を図りたいのか。 先人の思考格闘の成果である「古典」を読むことを通じ、 現実社会の表象的混沌を再構成しなおすという作業もせず、 ただ「ロックの無責任発言」などといった一面的な戯(たわ)けを抜かす筆者には、全くもって開いた口が塞がらない。これでは大衆をだますことに他ならない。 所詮、人が1人では生きられないとの同様、 国家も孤独にして生きてゆくことはできない。 日本古来の無形資産である「礼儀」とは、 そもそも相手を尊ぶ精神だったはず。 そんな「礼儀」のない暴論こそ、 駆逐されるべきだろう。

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    投稿日: 2011.06.13
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    2chのまとめサイトに時々見る、日本国のすばらしさを教えてスレのような意理屈と傲慢さ一辺倒の著者が清々しい竹を割った意見を持つ人物に見えるのは、著者が批判しているそのままの理由を当てはめることで説明がつく。そしてその理由を確実なものとするためには、だってそうなんだもん、と一言つければ足りるだろう。 日本は本来如何に素晴らしい国家であるか、それは情緒をもった国民がいて、情緒を君たちは失いつつあるのだよ、という内容が書かれています。情緒を養うべき、と書かれて方法も記されているが、何を実践すればいいか迷う人も多いと思う。迷いつつも何かをできる人には、少なからず情緒を感ずる心があるだろうし、情緒を知る本をアマゾンで即検索した人はもうきっと駄目でしょう。

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    投稿日: 2010.02.10
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    別に表現が右翼だから☆1つなのではない。 物事を単純化して捉えすぎている。 言ってることにムリがありすぎ。 懐古主義者で物事の解決方法を特定の方向からしてみてなくて全体が見えてないので全く説得力なし。 読みやすい本ですが、ですます調なのがいけない。 初等教育で算数と国語が大事で、エリートは必要で民主制はクソってのは賛同できる。 でも小学校で英語を教えることに反対していて、英語は喋れなくても大丈夫などとほざくこいつはきっと友だちがいなくてコミュニケーションがまともに取れない人間なんだろう。 なんでこんなクソみたいな本が売れたかっていうと、日本に懐古主義者が多くて年功序列の時代を懐かしむ人たちが妙に同調したからではないのでしょうか。

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    投稿日: 2008.12.11
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     昔は良かったという本。品格ブーム(?)の火付け役?経済や歴史観については色々とツッコミどころのある本。とは言っても、大学3年生の頃に読んだときは、とてもすばらしい本だと思っていた。  現在の感想としては、過去を美化し、昔に戻れというのは、成長を放棄するのと同義であると思っている。僕は、何事も過去の考えや文化を打ち破って、新しいモノがはじまると思っている。もちろん古い物がすべてダメなわけではない。古いものでもすばらしいものであれば、ちゃんと後世に何らかの形で残るはずだと考えている。なくなるにはなくなるだけの理由があるはず。  数学や理論物理などすぐには役に立たない学問をしっかりやれるほどの厚みのある国が伸びるというような記述があるが、そうだろうか?そうではなくて、すぐには役に立たない学問をやっていても生きていけるほど豊かな国がまず最初ではないだろうか?  これ以降の○○の品格というタイトルで便乗している本は読む気にならない。  「○○の品格」というタイトルには、『私には「品格」を語る資格がありますよ』、『自分にはその事柄について語るにふさわしい能力と実績がありますよ』という傲慢さを感じてしまうのだ。もし仮に「品格」を語る資格がある人がいたとしたら、その人はきっと実力と謙虚さを兼ね備えた人だと思う。そしてそんな謙虚な人には「○○の品格」なんていうタイトルはつけられない気がする。

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    投稿日: 2008.09.11
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    読んでいて気分が悪くなった。あれも駄目これも悪いの応酬だし、著者が余りにも自分の考えに自信があるし、日本人日本人と棚に上げすぎ。著者はそういう環境にあったらしいからまだいいかもしれないが、武士道を定義すること無しにそれを広めることなど到底無理だろう。自己満足に過ぎない。 ただ唯一褒められるところと言えば、この本が良く売れたことで、彼の言う中身のない国民が多くいるということが、身を挺して証明されたことだろう。

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    投稿日: 2008.09.03
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    母が持ってたので読んでみた…ら、お、おもしろい!(笑)ベストセラーになるのもわかる気がします。何が面白いってまずは語り口ですね、愉快で軽妙。すごく口語的なこともあって、読みやすいです。云ってることもとてもわかりやすい。全面的に賛成できるかどうかはともかく、一度は考えてみたい問題だな、とも思えました。日本も好きになれますよ。

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    投稿日: 2007.05.15
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    2005年に読んだ新書の中でダントツ1位。 50冊くらい新書読んだけど、まだ、これを超える本に出会った事がない。 この本が嫌いな人の意見もわからない事わけではない。 筆者「小学生に必須の英語を学ばせたら、日本は廃れていく」。 読者「国際化なんだから、早めに英語習得すべきじゃないの?」 筆者「英語習得の前に、まずは、国語の読み・書きに力を注ぐべきだ」 僕は、その意見に賛成なので、この本を読んで、爽快さえ感じた。 日本の文化が好きだからかもしれなけれど、その品格を忘れたくないと思った。 それを思い出させてくれた良書だと思う。 新書として、論理的に意見を述べている点も、わかりやすかった。 僕が印象に残っている行をいくつか紹介します。 ・論理に頼っていては永久に判定出来ない、ということがある。  (これは、数学者が言うからこそ、ココロの響く) ・いじめを本当に減らしたいなら、「大勢で一人をやっつけることは文句なしに卑怯である」ということを叩き込まないといけない。  たとえ、いじめている側の子供たちが清くて正しくて美しくて、いじめられている側が性格のひん曲がった大嘘つきでも・・・ ・民主国家では、世論こそが正義であり、必然的にマスコミが第一権力となる。  ⇒しかし、成熟した判断の出来る国民が本当にいるのか。 ・祖国・郷土を愛さない奴がいたら、ぶっ飛ばす!! ・情緒を大切にせよ。(日本人はもっとも情緒や形を重んずる民族である。) 上記に述べた筆者の意見よりも、 日本が他の国と比べて、どう違うのか説明しているところを読んで欲しい。 意見も確かに大切だけど、まず、日本に関する情報をこの本をを通じて、手に入れて欲しい。 その上で、日本とどう付き合っていくかを考えて欲しいと思う。 本当にオススメの本なので、一度は絶対読んでください。

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    投稿日: 2006.06.12
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    この本ぐらい思想ははっきりと言った方が面白い。国際化の時代だからこそ、この本が言おうとしている日本的な情緒を重んじる精神は少なからず必要だと思う。ナショナリズムではなく、作者の言う“祖国愛”を僕は持っていたい。欧米諸国への興味も強いが、その半面で日本文化を誇る気持ちもやはり忘れたくない。日本に限らず、母国への愛とそれゆえの批判がなければ、その国の品格は失われるのではないか……

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    投稿日: 2006.06.06
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    論理というのが最上級の概念だと思ってる人はいませんか?それは下品ですよ。 植民地主義も、当時は、「劣等な人種を優れた人種が統治してあげるのは、文明の神聖なる指名」と立派な論理を展開している。人間は、論理が通っていれば、残酷なこともできてしまう。 共産主義も、論理的にすばらしかったが、人間という「種」に適さなかった。 会社の中で無能なものかクビにしていくのは、会社の論理であるうちは結構だが、それが、国家自体がそうなってしまったら明らかに間違いだ。1:重要なことは、論理では、説明できない。論理には出発点が必要:例えば、彼女 が一番好きだって根拠ないでしょ?複雑性原理 2:論理は、コペルニクスが非難されたように、ある歴史的パラダイムに依拠してる に過ぎない。つまり理性の限界がある。パラダイム的不完全性 こんな無根拠の上に我々は秩序を作らねばならんのだよ! ではどうしではどうしたいいのか? 論理とか合理化を否定する必要はない、ただこれを「剛力」とするなら、「柔力」と なる両輪があっていいだろう。ここがしっかりしないと文明が進歩しても、文化は退化する。 ある人は真善美という。 ある人は「情緒」と「形(行動基準)」という。弱いものをいじめるなとか、後ろか切るなとか。 ある人は「宗教」や「武士道精神」に見て取るのだろう。たいいのか?

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    投稿日: 2006.04.16
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    SNS文化になってから、論理とか論破とか、善悪をはっきりと短い時間にまとめる風潮が強くなってる気がする。 論理に収まらないことだらけなのが日常なので、もっと広い視野を持たなくてはと思えた。 作者も相当尖った意見を持っているので、一個人の意見として参考までにしておく。

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    投稿日: 2026.01.11
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     やや日本を持ち上げすぎと思えるところもあるにはあったが、今の日本にはそれくらい強く日本のいいところを言える人が求められているのかもしれない。  欧米の論理や価値観が限界に到達していると論じ、日本の情緒だったり惻隠を重要視するのは、確かに理解できる。

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    投稿日: 2026.01.03
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    藤原先生の考えが非常に興味深く、日本人であることを誇りに思える内容だった。 教養とは何か、人の素地や国家の素地を何が規定するのか。 私は数学科の大学生だが、この本を読んで漢文に興味を持った。

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    投稿日: 2025.08.22
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    ●西洋がもたらした論理や自由、平等、民主主義といった近代的合理精神の欠陥を論じ、日本が本来持っていた情緒や武士道精神こそが日本という国家にふさわしいと説く。

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    投稿日: 2025.07.19
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    西欧や米と差異を見いだし、日本が世界を牽引する国家であってほしいと思うが、自分に何ができるかは難しい。失われた日本人の良さを取り戻すのはどうしたらいいのだろうか?

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    投稿日: 2025.03.10
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    「国家の品格」 https://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51292325.html 「『国家の品格』と『ウェブ進化論』」 https://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51292386.html

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    投稿日: 2025.03.05
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    ふっわっとしていた自由と平等の矛盾がはっきり理解できた。民主主義は、成熟した国民がいてこそ成り立つがそんな国は存在しない。ある種のエリートによる抑制が必要なこと。文学、芸術、化学、数学、文化など一見役に立たなそうな学問を極めること。情緒は、武士道に学ぶこと。 普遍的価値を生むこと、例えば親孝行 金儲けより、国語、国語とは祖国、読書 名作を若い時に感動の涙と共に読む たかが経済を忘れてはいけない 人間の命は地球よりも重いは、人間中心主義から生まれた傲慢。人間の命はかくも儚いもの。人間は偉大なる自然のほんの一部にすぎない。美しい情緒は、こうした人間の傲慢を抑制し、謙虚さを教えてくれる。 人生の指南書である。

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    投稿日: 2025.03.01
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    私は「日本人の誇り」を取り戻すために本を読んでいない。 「あ、主人公のこの気持ち凄くわかる」とか、「あの時何となく感じたことを言語化してくれてる」とか、そういう極めて個人的な感動体験を味わわせてくれる瞬間が読書の醍醐味であると思う。 しかし本著は違う。読者は“日本人”という馬鹿でかい括りの中に問答無用で放り込まれ、「日本は素晴らしい」「外国はクソ」「武士道精神こそ至高」だのと、とかく日本礼賛の嵐に遭遇することになる。そりゃこんだけ褒められれば日本人として悪い気はしないだろう。しかしそこに読書が持つ自由さ、開放感は微塵もない。 別に保守思想が悪いと言っているのではなくて、自分に都合の良い話だけを歴史の中からチェリーピッキングし、それをさもたった一つの真実であるかのようにのたまうその態度が不誠実なのである。結論ははじめから「日本こそ最高なのだ」と決まっており、その論を証明(笑)する為だけにテキトーに話を引っ張ってきて読者を騙るその恐るべき傲慢さ、最後に「世界を救うのは日本」とほざく厚顔無恥さにこっちが恥ずかしくなる。 こういうゴミ本がベストセラーになってしまう日本社会が衰退の一途を辿るのも当然だろう。

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    投稿日: 2023.07.20
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    Audible。きっかけは、佐藤優氏の『読書の技法』に出てきたので気になって。ずいぶん前からタイトルは耳にしていて気になっていたのもあり。 受け入れられない部分もあった。違和感を感じたのはなぜだろう。そこが私自身の中で言語化できなくてモヤモヤする。

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    投稿日: 2023.03.25
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    人を殺してはいけない、は価値観。そこに論理はない。ダメなものはダメ。 インドは19×19までを覚える。 平等と自由は相容れない。自由にルールを設定すると価値観による差別が起こる。 平等な条件を整備すると、弱肉強食になり貧富の差が大きくなり、不平等になる。 日本は町人があちこちで本を読んでいたので、イギリスは植民地化を諦めた。

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    投稿日: 2023.01.04
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    全ての日本人が読むべき一冊。 GHQに抜き取られた魂を取り戻しましょう。 あなたはブレない「心の芯」を持っていますか?

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    投稿日: 2022.11.27
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    ならぬものはならぬのです。この世の中には、やってはならないことがある。守らなければならないことがある。でも、それらを論理で示すことができない。示すことができないからこそ大切なことがある。そういうものを大切にしなければならない。例えば伝統とか、文化、日本人はそれを忘れかけている

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    投稿日: 2022.05.17
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    論理の限界 一つ一つの論理の信頼度を掛け合わせる 論理を超越したダメなものがある 「なぜ人を殺してはだめなのか」等

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    投稿日: 2022.05.09
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    品格ブームの火付け親。数学者・矢野健太郎さんの著作を読むにつけ、同じ数学者である著者の本を再読したくなった。初読の時にも著者の論理に賛成だったが、今回は「過激だな~」という思いが先行した。しかし、論旨は明快で首肯できることに変わりはない。数学とは違い、私達の世間は論理の正誤があいまいな世界である。正しい論理が構築できないことを肝に銘じて、論理の出発点を考える必要がある。そして、論理と並列に、情緒と形を大切にする。それができるのが日本人である、と著者は主張する内容は今も色褪せない。

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    投稿日: 2022.04.27
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    久々に面白い本に出会った。過剰な祖国愛は否めないが、自信を失いつつある現代日本人にはこれくらいが丁度良い。ウクライナを見て欧米型社会の限界と戦争を止められない人間の愚かさを、見事に証明している。

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    投稿日: 2022.03.21
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    真のエリート造り=ノーブレス・オブリージュ ①役に立たないように見える「教養」  →圧倒的な大局観・総合判断力をつくる ②いざとなれば、国家・国民のために  喜んで命を捨てる気概がある エリートのいない国家は滅びる まさに現在の日本 ③④⑤

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    投稿日: 2022.02.26
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    何度も再読していますが自分の中ではベストな本です。 子供の頃の劣悪な環境をポジティブに考えられるからか、一種の自己防衛本能なのか、私にとっては大事にしている本と言っても過言ではありません。 単に日本人のここがすごい!というヨイショした本ではなく、数学者というロジック重視の方が書かれていることに意義があります。 今の日本国家あるいは世界で何が必要なのか? ギュッと凝縮されています。

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    投稿日: 2022.02.04
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    「あ~なんか聞いたことあるな」って思って手にした家にあった有名な本。 基本的にいかに日本の「武士道精神」が素晴らしく欧米の合理思考がダメかについての比較論。 アメリカ育ちとして気分がよろしくない部分もちらほら。 でも言ってることは分かるし概ね正論だと思います。日本人はもっと日本人であることに誇りを持つべきですね。 でもその素晴らしき「武士道精神」も日本人が無駄にグダグダ残業する理由の一つ。

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    投稿日: 2022.01.06
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    「論理」は一見絶対に見えるが、実は現実社会にあてはめると欠点が多いという指摘が面白い。1、重要な事柄は論理で説明できないことがある。2、論理には始点が必要 3、論理の跳躍にはリスクあり=単純にならざるをえない。 とかく仕事は論理が重要視されるが、情緒・形といった、無常観が変形して培われた惻隠の情も、日本人独特の武器。論理とセットで車の両輪として重視したい。

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    投稿日: 2021.04.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    論理は確率の掛け算であり、現実社会で各々の確率は0でも1でもないため、長い論理の信憑性は低く本能的な危険を感じる。 かといって短くわかりやすい論理は深みがなく、それに飛びつくことは危険。 →論理はそれほど効用のないものなのに、もてはやされている。論理だけで突っ走るのではなく、情緒や形(伝統に由来)に基づいた判断を! 論理の出発点、すなわちスタンスを選ぶことが大切であり(確率の高い論理を積み上げることの大切さは言わずもがな)、そのためには情緒と形が重要。 国際人とは、世界に出て人間として敬意を表されるような人のこと。 世界に向かって大声を上げる胆力もなく、おどおど周囲の顔色を伺いながら最小の犠牲でお茶を濁すという態度では、国際貢献などできっこない。 →周囲との調和は確かに大事であるが、そこに囚われすぎると大事なものを見失ってしまう。ダメなものはダメだと声を張り上げることも時には必要であり、そのためには判断の元となる情緒と形、及び働きかける胆力が必要。

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    投稿日: 2021.03.27
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     藤原正彦 著「国家の品格」、2005.11発行、再読です。論理か、慣習や伝統・誠実さやユーモアか・・・。「論理」より「情緒(懐かしさとかもののあわれ)」や「形(武士道精神からくる行動基準)」が大切ではないか! これがこの本の本旨だと思います。換言すれば、祖国への誇りと自信を持つことの大切さだと思います。

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    投稿日: 2021.02.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    東大で数学を極めた筆者が、ゲーデルの不完全性定理を示し、論理だけでは重要な問題は解決できないと悟り、情緒や形が大切だと言っていることに驚いた。 英語に関しては、筆者と同じく、がっつり文法を始めるのは中学からが良いと思う。それまでは、読み書きの基礎を築き、かつ広く「本を読む」習慣をつけるべきだと思う。(個人的には、小さい頃は耳を英語に慣れさせたり発音を練習させるのは将来的にかなり有効だと思っている) 国際人の話でオーケストラの例がとても良かった。 バイオリニストはバイオリンを1番美しく鳴らす方法を知っている。ビオリストは美しいハーモニーの奏法に長けている。各楽器は別々の特徴があるが、それぞれの奏者は、その楽器をよく知り、愛しており、プライドを持って演奏する。大人数で同じ音楽を奏でることは簡単ではないが、その意思と呼吸とが合った時、豊潤で立体的なエネルギーを生み出し別次元へと聴衆をいざなう。 世界各国間の協力が必要不可欠な現在、私たち日本人は、自国の歴史や国民性を学び、その貴重さを理解することが大事である。それができるような教育体制であるべきだし、世の中を動かすリーダーこそ大事にするべき。 日本人の古くから大切にされてきた情緒や形を学んでいるうちにきっと、体の奥から日本人特有の何かが呼び覚まされると思う。その感覚を大切にしてはじめて、英語を手段として外国の方と濃密な会話ができる気がするし、出会いも、またうわべだけでない外国人の内的なものの範囲も広がってくる気がする。それでこそ他国の理解がより深まるような気がする。 まだ古くから伝わる日本人の感性や武士道精神を知らない。もっと知りたいと強く思うきっかけになった。

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    投稿日: 2021.01.27
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    タイトル通り国家の品格について考察したベストセラー。 グローバル化が進む現代において日本はどうあるべきかを論じる。著者は、日本は経済成長を多少犠牲にしても、武士道精神に則った品格ある国家になり、国際貢献を果たすべきと言う。確かに気持ちは判るけれど、海外ビジネスで成り立つ国の現状を考えると、著者が言う品格を示すのは難しい。例えば日本では謙虚な態度は美徳だが、海外では弱気と見られるだけかもしれない。相手が品格を理解できるかどうか、品格がある態度を好意的に見てくれるかどうか次第だ。 品格について考えるヒントを提供する意味では、良い本だと思う。

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    投稿日: 2021.01.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

    話題作だったが、ちら読み、失笑、読み切れなかった。日本の武士道と情緒芸術性があったから、列強の侵略を免れた?世界史的視野の欠如。幕末の武士に武士道があったという自己満足的幻想。「うちゅくしいにほん」、言った本人が嘘責任逃れごはん論法の末に道徳教育の重視と同じ仲間。 昭和ノスタルジアを美化して幻想を振りまくのは勝手だが、高度経済成長尾をしすすめ、国際化の時代だとして早期英語教育をすすめようとしているのも自民党。そう言う事からは目をそらしている。

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    投稿日: 2020.11.19
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    同期のエースたつさんが新書をオススメしていたので、久々に新書に手を出した。 英語よりもまずは国語だ という内容に惹かれてメルカリにて注文。 ただ英語を遠ざける自分を正当化したいという不純な動機です笑 ・論理のみによる意思決定、思考の批判がとても分かりやすく、痛快。特に帝国主義や企業の株主第一の姿勢は論理のみを追った故にたどり着いた正しくない考えであると思う。選挙の「一票の格差」とかも論理的には確かに差を埋めるべきだが、果たしてあんなに執着すべきだろうかとも思う。論理的に正しいことと、善悪ややるべきことは別次元の話なんだなと感じた。 ・論理的にA→B→Cと正しく展開していく力以前に、 「正しいA」を選択することが重要。そして、それには基本的な教養や文化的素養、道徳的精神が必要となる。 日本は文学は万葉集から、数学は江戸時代から体系化されていて、かつ貴賎に囚われない武士道精神も古くからあり、正しいAを選ぶ力がある。 源氏物語や武士道、学問のすすめなど読んでみようかな 日本が誇る文学や四季が織りなす自然、感受性豊かで正直な精神などをもっと体得しよう とこの本全体を通じて感じた

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    投稿日: 2020.08.22
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    「国際的な通用する人間になるためには、まずは国語を徹底的に固めなければダメです。表現するよりも、表現する内容を整える方が重要なのです」

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    投稿日: 2020.05.17
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    2020年5月読了。 わかりやすい文章。 子供には英語より国語。同意見。 問題提起してくれるので時々読み返したい。

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    投稿日: 2020.05.03
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    『自然への繊細な感受性を源泉とする美的情緒が日本人の核。』 【感想・考えたこと】 ・日本文化は日本人が後世に伝えていかなければならない。 ・日本の文化、伝統、歴史を愛するパトリオットになる。 ・マスコミの影響の肥大化が三権分立に影響を与えている ・近年、論理性が重視されているが、出発点を誤った論理や、長い論理の危険性を心に留めて物事を考えなければならない。 【メモ】 ○近代的合理精神の限界 ・論理だけでは世界が破綻する。 理由 ①論理には限界がある。必ずしも論理による結果が正しいとは言えない。 ②最も重要なことは論理では説明できない ③論理の土台は情緒によって選ばれた仮説である。 ④論理は積み重ねるほど精度が下がる ・民主主義の原点は、国民が成熟した判断をすることができる点にあるが、国民は永遠に成熟しない。 ・三権分立(立法・行政・司法)は今や、マスコミの下にある。(世論はマスコミが操作している) ・平等ではなく惻隠を(弱者・敗者・虐げられた者への思いやり) ・自由、平等はフィクション。 ○「情緒」と「形」の国、日本 ・自然への繊細な感受性を源泉とする美的情緒が日本人の核。 ・悠久の自然と儚い人生という対比の中に美を感じる能力がある ・人間というのは、何かに対して感性が研ぎ澄まされていると、必ずそれを言語化する生き物 ・もののあはれ ・懐かしさを基本とした、4つの愛(家族愛→郷土愛→祖国愛→人類愛)※順番が大事 ・パトリオティズムとしての愛国心を持ち、自国の文化・情緒・自然をこよなく愛し続ける。 自然の脅威→悠久の自然とはかない人生→無常感→芸術観 ○武士道 武士道には、慈愛、誠実、忍耐、正義、勇気、惻隠に加え、名誉、恥の意識も盛り込まれている ・武士道最高の美徳:「敗者への共感」「劣者への同情」「弱者への愛情」 ○なぜ、情緒と形が大切なのか ・グローバリズムは世界をアメリカ化・画一化させ、社会・文化・教育を腐食させてしまう。 ・21世期こそ、ローカリズムの時代にしなければならない。各国家に生まれた伝統、文化、文学、情緒、形を尊重し合い、育てていかなければならない。 ・国際人とは、世界に出て、人間として敬意を表される人のことを指す。 ・当面の人類の目標である「2度と大戦争を起こさない、大戦争に巻き込まれない」を達成させるために、日本は「卑怯を憎む心」、「惻隠の情」、「美的感受性」を世界に発信しなければならない。 ○まとめ ・日本は、資源に恵まれておらず、優秀な人間を海外から獲得することは出来ないため、自前で頭脳を作らなければならない。よって、初等中等教育が命綱。特に、工業を発展させるために数学、物理学を強化しなければならない。 ・天才を生む土壌3つ ①美の存在、②跪く心、③精神性を尊ぶ風土 ・日本は異常な国であり続けなければならない。「世界冠する国柄」がいい意味で日本を異常たらせた。 ・品格ある国家の指標4つ。①独立不羈(自らの意思に従って行動できる独立国であること)②高い道徳、③美しい田園(美しい田園があるということは、経済的に最も皺寄せを受けやすい農民にまで心が配られ、農民が安心して働いている国である)④天才の輩出 ・日本人一人ひとりが美しい情緒と形をみにつけ、品格のある国家を保つことは、日本人として生まれたことの真の意味であり、人類への責務である。

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    投稿日: 2020.03.04
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     数学者である人が文章を書くのだから「論理」的なのだろうと思い込んだりするのだが、大事なのは「情緒」なのだそうで、ほとんど、「思い込み」が書き散らされていて、意表を突かれる迷著。  ところが、これが200万部を超えるベストセラーだそうで、いわば「反知性主義」の出発点を象徴するような本なのだが、多くの読者が、この本のどこを読みたがったのか、それを考えるのは無駄ではないかもしれない。 https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202002240000/

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    投稿日: 2020.02.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    中学校や高校の社会科で、近代的なすばらしい思想として(?)啓蒙思想を学ぶ。ロックは「人は生まれながらにして自由で、平等であり、他の誰からも制約を受けない」と言っている。でもそんなことはあり得ない。人間は社会の中でで不自由で、制約を受ける。「私」の自由は他の誰かの自由と必ずぶつかる。その通りだと思う。平等でもない。東大生の親の年収の平均は、一般的な家庭の年収よりはるかに上である。金持ちの家に生まれた方が有利であることくらい、もうとっくにみんな気付いている。それなのに「自由・平等」という幻想にとりつかれていることが間違っている。そうじゃないことを認め、強い者は弱い者をいじめてはいけない、大きい者が小さい者をやっつけてはいけない、と、日本人が本来持っていた正義や道徳を尊重した方が、よっぽど世界が良くなる、自由や平等という思想は欧米からの押しつけである… 理屈を言うのは良くない、ということも主張している。戦争をする国は、戦争をする理屈を持っている。理屈が正しくても、結果は正しくないことが多々ある。AだからBでしょ、だからCでしょ、そしてDでしょ、と理屈を述べても、じゃあなんで最初はAなのか、ということは理屈では説明できない。その最初のAを決めるのは、人間の情緒であり、美意識であり、文化である。 とにかく100%納得できる本です。世の中の教育関係者がみんなこれを読んで、“日本らしい教育”を実現できれば、世の中がきっとよくなると思う!

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    投稿日: 2019.10.19
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    2周目。ハードスキルよりソフトスキルの重視、グローバル化による画一化とそれを拒絶する個別化の同時進行は近年世界中で議論になりますが改めて日本も例外ではないと感じさせられます。特にもののあわれや武士道精神など、古来からの日本の文化はこのソフトスキルを身に着けるためにはこの上ない材料であることは私自身も確信しています。それ故、これからは日本の古典を通して日本の精神を育み将来祖国のために活躍できるよう、日々精進したいと思う次第です。

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    投稿日: 2019.10.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    この本を読んで妙に納得してしまい、これからの自分の生き方にまでなにか影響を及ぼすのではないかと思ってしまった自分はとても古い人間なのかもしれない。が、考え方によっては世界の諸課題に対しての日本、の、日本人の在り方を示すことで、その解決策を提示することができる人間なのかもしれない。 大きな歪みが生まれ始めている国際社会。国として、社会として、人として、これまでとは違った生き方、在り方に対する疑問が生まれ、何かが始まろうとしている今。 この日本人らしい価値観、生き方は、新しい一つの解決策になりうる、少なくとも提案になりうると考える。 そして幸い自分は日本人だ。そしてこの本を読んでまだ納得できるほど日本人らしい感覚持ち合わせている。 そういう生き方いいんでない、と思ってしまう。

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    投稿日: 2019.09.25
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    数学者である藤原正彦氏の日本人論。著者の経験から西洋的論理主義を批判し、日本的な「情緒と形」の有効性が提唱されている。本書では敗戦によって失われた武士道精神の教育と、欧米的イデオロギー支配からの脱却が主張される。数学的視点から論理を量的に捉えるなど、独自の視点で近代的合理精神の限界を明らかにする過程が面白い。第三章では民主主義のポピュリズム的傾向を非難し「真のエリート」による抑制が主張されていたが、関連して読んだノーム・チョムスキー著『メディア・コントロール』と(対極的に)重なる部分があった。第四章以降では日本古来の「情緒と形」「武士道精神」について解説され、その役割と価値が説かれている。本書がベストセラーになり15年近くが経つものの、残念ながら日本人の武士道精神に復活の兆しは見えない。相変わらず横行している的外れな「国際人」の育成や、欧米追従型の国際貢献をやめ、今こそ国家の品格を取り戻すべきかもしれない。 

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    投稿日: 2019.09.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    【気になった場所】 各国の品格の特徴 ・アメリカ→論理と合理 ・イギリス→慣習と伝統 ・日本→情緒と形 論理だけでは世界が破綻する理由 ・人間の論理や理性には限界がある 例)国際化だから英語を優先すべき? ・最も重要なことは論理で説明できない 例)人殺しはなぜダメなのか ・論理には出発点が必要だが、その出発点はそれを選ぶ人の情緒 ・論理は長くなり得ない →量的思考には、知識や情緒、大局観が必要 国民は永遠に成熟しない →民主主義は世論がすべて →国民の判断材料はほぼマスコミであり、世論≒マスコミ →真のエリートの存在が必要 真のエリートとは ・教養を身につけている ・有事の際に国家や国民に命を賭ける 武士道精神こそ世界を救う ・惻隠をもって他者に接する ・卑怯を憎む心を持つ 情緒や形とは ・自然に対する繊細な美的感受性 ・インドの無常観→日本の「もののあはれ」 天才を生む国の条件 ・美しい土地 ・伝統や自然への敬意 ・直接役に立たない教養も尊ぶ風土 品格ある国家の指標 ・自らの意志に従って行動できる独立国 ・高い道徳 ・美しい田園 ・天才の輩出

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    投稿日: 2019.09.16
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    日本人を元気づける。半分納得 しつけ・きまりに理論はいらない。ダメなものはダメ。そう思う。共感。情緒力は蓄積しない。知識や技術は蓄積する。しかし人間としての賢さとか情緒力は一代限り

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    投稿日: 2019.09.05
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    近代以降欧米が支配した教義、すなわち自由・平等・民主主義とは一線を画し、美しい日本人としての情緒、すなわち祖国愛や武士道(誠実、忍耐、正義、勇気、惻隠の情など)を重んじて国家の品格を守ることが日本人としての真の責務である、と説く。 個人的に気になるのは自由・平等・民主主義と美しい日本人としての情緒を二項対立的に論じている点。自由・平等・民主主義は、「未来」のことはいざ知らず、歴史的な時間軸における「現在」においては、人類の幸福を追求しうる最適解なのでは、と思う。 美しい日本人としての情緒を大切にすることによって、より理想的な自由、平等、民主主義を追求すべし、このことにより国家の品格が保たれるのでは、と感じる。

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    投稿日: 2019.07.25
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    平成ベストセラーシリーズ 平成18年(2006年) ・1月 ライブドア・ショック ・3/3 第1回ワールド・ベースボール・クラシック開幕 ・8/24 冥王星が惑星から除外 平成18年はトリノ五輪で荒川静香選手が金メダル獲得、WBCの日本優勝、中田英寿選手の引退と特筆すべきスポーツの話題が目立ちました。 そんな平成18年のベストセラー年間売上1位は藤原正彦著『国家の品格』(トーハン調べ) ・・・・・・・・・・ <目次> はじめに 第一章 近代的合理精神の限界 第二章 「論理」だけでは世界が破綻する 第三章 自由、平等、民主主義を疑う 第四章 「情緒」と「形」の国、日本 第五章 「武士道精神」の復活を 第六章 なぜ「情緒と形」が大事なのか 第七章 国家の品格 ・・・・・・・・・・ 「民主主義」「自由」「平等」という美しい形をした論理(そして硬い)を、いびつな形でそして柔らかい現実世界に当てはめようとするからおかしな事になってしまう。硬い論理を無理やり押し込んでうまくはまらない箇所からは、論理に弾かれた人たちの悲鳴が聞こえてくる。 ではどうすればいいのか。それは、日本人が古来から大切にしてきた「情緒」で解決していこうよ、というのが本書の骨子です。 「筆者は数学者なのに論理を否定するなんて…」と思いましたが、それは本書で「論理的思考の欠陥」と言われるものが理由となります。 「AならばB、BならばC、だからAならばC」という論理があるとします。 これを「A→B→C」と矢印で表現すると、Aにはどこからも矢印が来ていない、思考者の仮説から生まれたもの。 つまり、どんなにB以降の論理が筋道立った素晴らしいものでも、Aの仮説が間違いである時点でその論理はおかしなものであるということ、これが「論理的思考の欠陥」。 だから論理の出発点である仮説Aを正しく選択することが大切、つまり仮説を生み出す本人の「情緒」が大切になってくるというのです。 「情緒」の育み方まで説明すると、とんでもない量になるので割愛します。興味のある方は読んでみてください。内容は濃いですが、新書なので文章のボリューム自体はありません。 そう。骨太の内容ですが、第4章はエッセイとしても面白い読み物だったので、藤原さんのエッセイを今後ぜひ読んでみたいと思います。

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    投稿日: 2019.05.30
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    ・心や日本語を勉強していない日本人がいくら英語が 話せるようになっても意味がない →日本の歴史をよく知ろうと思う。 ・「もののあわれ」「武士道精神」が日本人にそなわっている気品 →「武士道」+「サラリーマン」の本ってある? ・経済的に優位になっても、世界から尊敬されない イギリスの経済の反映は、年十年も昔のことなのに、 いまだ、世界から尊敬されているのは、普遍的な秩序を 生み出した国だからだ。(議員内閣制、、、) →家族写真を撮るなど。 ・国の底力の指標→天才の輩出→その条件とは? 1.美の存在 :美しい田園風景 2.跪く(ひざまずく)心 :神、仏、武士道精神 3.精神性を尊ぶ風土 :文学、芸術、宗教 →美術館に行く。 ・今のおかしくなった民主主義、世界を救えるのは、 この世界からみて「異常な国」日本である

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    投稿日: 2019.05.04
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    面白くなかった この本が売れることこそ日本人が弱っている証拠 この本が売れれば売れるほど 著者が心配している通り日本人が 自分たちの美徳を失って自信がなくなっている 著者としてはある意味悲しい 逆せつてき

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    投稿日: 2019.02.01
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    数学者が日本をどう論じるのか興味が湧き、読んだ本。 賛否両論かもしれないが、私は頷けた作品。 国家にも品格は必要で、日本、あるいは日本人のあるべき姿を考えさせられる。

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    投稿日: 2019.01.04