
総合評価
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powered by ブクログあっという間に3巻を読み終えた。 武蔵は剣だけでなく、生活の中に潜む自身の弱さに負けることも許さない。自分自身を磨き高めようとする姿は、どこまでも愚直で一途でブレることはない。 「踏み敷く草も木も氷も、武蔵の足にかかるもの、敵でない物はない。勝つか負けるか!一歩一歩が勝敗への呼吸であった。神泉の中で氷化した五体の血が、今は熱泉のように毛穴から湯気を立てていた」 吉岡清十郎と1対1の真剣勝負では、誰も助太刀のいない場所で戦うことになる。武士として真剣に向かい合う臨場感が見事に描かれ、生死をかけて戦う緊張感がひしひしと伝わってくる。 また、書家であり陶芸家であり茶人でもある、本阿弥光悦との出会いが描かれる。優れた芸術に出会い、武蔵の芸術的な感性は刺激される。 自身を表現する手段があるということは素敵なことだなと思う。
1投稿日: 2021.04.30
powered by ブクログ吉岡清十郎との戦いや佐々木小次郎との邂逅など面白い章もあるので一気に読めるが、お杉の武蔵&お通に対する怨念やお通の引っ込み思案にいい加減ウンザリしてくる。 様々な人々があまりにも偶然(以上に)袖振り合うのは面白いが、同じ町に住んでてすら滅多に会わないのに、諸国遍歴をしている者同士がこうしょっちゅう会うのも、物語の腰を折る。 もっと武蔵中心になればいいのだが。
0投稿日: 2020.10.08
powered by ブクログ宍戸梅軒との対決、吉岡清十郎との対決、本阿弥光悦との出会い。 武蔵を追うお通と城太郎、お杉ばば。 時折姿を見せる朱美や又八。 見え隠れする佐々木小次郎。 物語はどんどん進んでいきます。 吉岡清十郎に勝利をおさめましたが、次は弟伝七郎が登場です。 理想のない漂泊者、感謝のない孤独、それは乞食の生涯だ。西行法師と乞食とのちがいは、心にそれがあるかないかの違いでしかない ー 178ページ
0投稿日: 2020.05.29
powered by ブクログ脇役に光が当てられている三巻。 武蔵とすれ違い、人生を翻弄されている、お通、朱美、お杉婆の三人。 武蔵は、ひたすらに剣の道を究めんとする。 そのストイックな姿勢が万人の支持を得ているのではないだろうか。 中弛みなんか無い。 ひたすら全力で吉川英治の筆が冴え渡る。
1投稿日: 2019.01.04
powered by ブクログ映画化・ドラマ化・漫画化など、様々なかたちで紹介されてきた大人気歴史小説の第三巻。ここでは武蔵を追いかけている二人の女に焦点を絞ったエピソードが多く、やや中だるみしたような印象を受けた。
1投稿日: 2018.07.06
powered by ブクログ「『われ事において後悔せず』何事にも自分の為したことは、後悔をしないというような高い境地へまで到達するには、まだまだこの身を、この心を不断に鍛え抜かなければ及ばない。」 第3巻の武蔵の心情を表すもの。この後も武蔵の心情から成長を追っていきたい。
0投稿日: 2017.07.07
powered by ブクログ2017年28冊目。 武蔵を追うお通と城太、邂逅しそうですれ違う、もどかしさのある三巻だった。 すでに達観しているように描かれていた武蔵だが、 敵わないと思っている石舟斎や沢庵坊ひれ伏させたいという野心が垣間見え、この先の巻でまだまだ人としての成長を得ていくのだなと期待が湧いた。
0投稿日: 2017.05.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
メインは剣豪宮本武蔵の武者修行の話だが、戦いだけではなく茶人本阿弥光悦親子の出会いなど、後の宮本武蔵の人格形成に不可欠な出会いの描写もあり、このシリーズが「人間宮本武蔵」をクローズアップしている物だなと感じることができました。逆に「剣と剣の戦い」という描写があまりに少ないのでその辺に期待すると面白くないかもしれないと3冊読んで思いました。お通さんは中々武蔵に会えず可哀想な気もしますがいつか出会えるのかな。その辺も含めてどんどん読んでいきたいと思います。
0投稿日: 2017.02.07
powered by ブクログ積ん読チャレンジ(〜'17/06/11) 14/56 ’16/08/12 了 武蔵と城太郎・お通さん組との擦れ違いにヤキモキする巻。 武蔵とお通さんの男女の関係に、関ヶ原の合戦の直後から武蔵に思いを寄せていた朱美も絡んでくるから大変。 本阿弥光悦との出会いを通じて武蔵に芸術を解する素養があることがあることが強く示されていて、これは絵を描いたり仏様を彫ったりといった後の彼の行動に繋がっていくことに気付く。 好敵手たる佐々木小次郎はとことんまで嫌な奴として描かれているし、その小次郎の名を騙って実力に伴わない大威張りをこいていたのが露見した又八の情けなさもここに極まれりといった具合。 また、吉岡拳法が二代目当主・清十郎を討ったことで吉岡一門と宮本武蔵の対立が決定的なものとなったのもこの巻の見所。 人恋しさから京都に親類を訪ねはしたものの、お杉婆の執拗な追跡のためにその親類から疎まれ、食卓を共に囲う間もないまま遁走する様と、直後に河原で餅を焼いて食う描写は読むものの涙を誘う。 巻が進むたびにお杉婆を嫌いになっていくが、こんな風に憎まれ役を鮮やかに描くことの出来るのも、吉川英治の文才のなせる業だなぁと思う。 -------------------- 気に入った表現、気になった単語 「だが、五十鈴川の流れを越え、内宮へ、一歩入ると、何か人心地がまるで変っていた。草を見ても樹を見ても、ここには神のけはいを感じるのであった。--何ごとの在しますかはしらねども--鳥の羽音までが人の世のものではなかった。」(P9) 「すでに名古屋から吉岡方へ、決戦状は出してあるが、その後で、武蔵は、 (はら(月土)はできているか、きっと勝ちきることができるか) と、自分で自分に向かって糺(ただ)してみると.遺憾ながら、心の隅に一脈の脆い層を認めないわけにはいかなかった。」(P14) 「恋は相思を求めていながら、恋をする者はまた、ひどく孤独を愛したがる。」(P112) 「思慕というものを、糸にたとえれば、恋はだんだんそれを胸のうちで巻いてゆく鞠のようなものだ。何年も会わないでいても、独りで思慕の糸をつくり、遠い思い出も、近い人づての消息も、みな糸にして、鞠を巻いて大きくしてゆく。」(P122) 「人間の情慾は、墓場に入ってしまうまでは、形を変えても人体のどこかに、燐のように元素的な潜在を持っていることを、丹左のふく尺八は、虚空へ自白していた。」(P155) 「なにか、やるそばから、人間はすぐ悔いる者らしい。生涯の妻を持つことにおいてさえ、男の大多数は悔いて及ばない悔いを皆ひきずっている。 女が悔いるのはまだ恕(ゆる)せる、ところが、女の愚痴はあまり聞えないが、男の愚痴がしばしば聞える。勇壮活潑なことばをもって、うちの女房を穿き捨て下駄のようにいうのである。泣いていうよりも悲壮で醜い。」(P174) 「(--理想のない漂泊者、感謝のない孤独、それは乞食の生涯だ。西行法師と乞食とのちがいは、心にそれがあるかないかの違いでしかない)」(P179) 【屠蘇】 一年間の邪気を払い長寿を願って正月に呑む縁起物の酒・風習 【こぐらかる】 1 糸などがからまって解けなくなる。もつれる。こんがらかる。 2 物事が複雑に入り組む。紛糾する。こんがらかる。 【歯の根が合わない】 恐ろしさや寒さのためにひどく震える
0投稿日: 2016.08.14
powered by ブクログ出会ってはいけない二人が出会う第三巻。 宍戸梅軒との意外な繋がりが判明するも、 経験を通して成長した武蔵は、 戦わずに逃げることを選び、 本阿弥光悦と出会い、惹かれるも、 自分とは住む世界が違うと思い、 彼の元を去っていく。 そして様々な苦難を乗り越え、 吉岡清十郎との果たし合いを 木剣一つであっさりと済ませる。 一方、又八と小次郎、お通と朱美。 武蔵の周囲の出会ってはいけない二人が ついに出会ってしまう。 あとがきで聖書との類似性が指摘されていたが、 どの辺が似ているというのだろうか。 私が思うに、宮本武蔵を読む人も 聖書を読む人も物語の結末は知っているが、 愛を貫くキリストと強さを求める武蔵が、 色々な人々や苦難と出会い経験することを通じて、 読者が様々なことを学んでいくということに 類似性があると思うのだが、どうだろうか。
0投稿日: 2015.04.05
powered by ブクログ吉岡清十郎、本来なら才人・賢人なんだろうがあまりに偉大な先人とその遺産に潰されてしまった典型例として描かれている。 しかし一方で再起し生きようとする生命力の象徴としても扱われる。 この作品にファンが多いのは武蔵の求道的態度が一番なんだろうけど、脇役もそれぞれに深い味わいがあるからではないだろうか? やっぱり日本の国民文学の一冊と評価されることに疑問の余地はないという感じでしょうかな。
0投稿日: 2013.10.20
powered by ブクログ宮本武蔵第3段。 相変わらず、実に興味深い人の縁。愛ゆえ、憎しみゆえ、嫉みゆえ、その交錯する縁は深みがある。 現代風に言えば「伏線回収」と言うのだろうが、長編故に徐々に回収される伏線は読み応え十分。取ってつけたような浅さは皆無。章ごとに視点が異なるので、たくさんの物語を同時に追っている状態だが、そのそれぞれがしっかりと記憶に残る。 今回、最も印象深かったのは、光悦親子との邂逅。武蔵がなぜ芸術の道にも足を踏み入れたのか。道の極みに見得るものは何か。 「道−芸の真髄−何事も達すると同じものとみえる」
0投稿日: 2013.07.16
powered by ブクログ「よく強がった侍が、念仏のようにいう、必死とか、覚悟などという言葉も、武蔵の考えからすると、取るに足らないたわ言のように思える。 およそ人なみの侍が、こういう場合に立ち至った時、必死になることなどは、当然な動物性である。覚悟のほうは、やや高等な心がまえであるが、それとても、死ぬ覚悟ならば、そう難しいことではない。どうしても死なねばならぬ事態に迎えられてする死ぬ覚悟だとすれば、なおさら、誰でもすることである。 彼がなやむのは、必死の覚悟がもてないことではなく、勝つことなのだ。絶対に勝つ信条をつかむことである。」 「人生の道はいつも、一歩が機微である。また、なにかの場合に、ふだんの常識さえあれば、分りきっていることを、ふと、心へ間違いを映しとってしまうためにその一歩が、十年のまちがいになったりする。」 「達人が剣をとって立った姿というものは、さながらこの世の人間とも思われない。その荘厳なものを今、茶をたてている七十の老母のすがたにも彼は見た。 (道――芸の神髄――何事も達すると同じものとみえる)」
0投稿日: 2013.06.26
powered by ブクログオカンと関ヶ原の戦友ムードで懐柔して夜襲ってw、対宍戸梅軒戦から吉岡道場撃破を経て、偽小次郎、モノホンに諭されるの巻まで。もう求道にあらば何でもありかと。 でも、本当に生きていくためにはかなぐり捨てなきゃ見えないコトがある。それだけ見つめて権威にも序列にも中指を立てる武蔵が凛として清々しいのは、日本人男子のカタルシス。
0投稿日: 2012.08.05
powered by ブクログ武蔵と吉岡清十郎との闘いがメイン。お通、又八、城太郎もそれぞれの行動をとっている。宍戸梅軒も出てくる。
0投稿日: 2012.06.27
powered by ブクログ吉岡清十郎との対決。武蔵にとっては相手にならなかった。 敗れた瀕死の兄清十郎は、戻ってきた弟伝七郎に対して、武蔵と対決するなと命じた。 賢者は悟る、「負けるが勝ち」だと。自分が太刀打ちできない相手と悟ったときは、このようにふるまうのも兵法ではないか。武蔵はすでに石周斎の草庵に貼ってあった漢詩をみて、自分が相手には及ばないとすぐに悟った。
0投稿日: 2012.05.20
powered by ブクログ3巻に入っておもしろさアップ。2巻までで引いた伏線がつながり始めた。 それと同時にそれぞれの感情がより濃く表現され始めて、おもしろくなってきた。 展開がドラマチック過ぎるのにもようやく慣れてきた。 武蔵と小次郎は、ニアミスはしたがコンタクトはまだ。次巻か。
0投稿日: 2012.04.11
powered by ブクログ武蔵のストイックさが尋常じゃない。 吉岡流の長男にもあっさり勝ってしまう。 それに全く満足しない、鼻にかけたりしないのがまた武蔵だなあ。
0投稿日: 2012.01.04
powered by ブクログ武蔵とお通の恋愛がじれったいな。朱実と佐々木小次郎も交えた四角関係がなんとも歯がゆい。続きが気になる展開だが、まあサイドストーリーだよな。
0投稿日: 2011.08.08
powered by ブクログ面白い。小次郎も登場し、役者はそろった。吉岡清十郎を破った武蔵はこの後どの様に吉岡一門の戦うのだろうか。
0投稿日: 2011.01.22
powered by ブクログお通・城太郎の旅路 朱美の受難 小次郎の登場と又八との出会い 清十郎と武蔵の立ち合い、そして伝七郎の登場 が描かれています。 武蔵の剣も精神も更なる研鑽を見せています。 光悦との出会いにより、今後どうなっていくのか楽しみです。 武蔵を追うお通と朱美の運命が悲惨すぎます・・・。 朱美は清十郎に犯され、後に小次郎の狂った愛を受けることになるし(ここでは小次郎はかなりの危険人物として描かれています)、お通はお杉婆に苦しめられることになります。 彼女らの旅もどうなっていくのでしょう。 この巻では人間模様が多分に描かれていると感じました。武蔵を中心に動いていく奇妙な人間の縁、どうなっていくのか楽しみです。
0投稿日: 2010.10.21
powered by ブクログ自分が理解できないことでも、それが歴史あるものであれば、 何か意味や良さがある。 張り詰めすぎてもだめ。安らぎも必要。
0投稿日: 2010.06.25
powered by ブクログ~~出版社/著者からの内容紹介~~ 吉岡清十郎と雌雄を決す!武蔵の年来の宿望は、ここに実現の運びとなった。時、慶長10年正月9日。場所は京都・蓮台寺野。もし武蔵が勝てば、その名声は京畿を圧するだろう。――武蔵は思いのままに戦い、勝利をおさめたが、彼の得たものは、心の虚しさでしかなかった。一方、蜂の巣を突いたような吉岡一門から、一門きっての暴れん坊、吉岡伝七郎が鎌首をもたげてきた。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~
0投稿日: 2009.12.31
powered by ブクログ吉岡清十郎との果し合いを終え、名を上げた武蔵。世間から注目も浴びるようになる。武蔵はどこへ向かうのか。
0投稿日: 2007.01.09
