
総合評価
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powered by ブクログ自分は大人になりきれていないと感じていたので、読んでみた。この本で言われる「五歳児の大人」とは自分はちょっと違うように思ったけど、人と接する上で勉強になる内容だった。また対処法の部分は自分も試してみようと思えた。 とにかく、社会的年齢と心理的年齢は違うということを、沢山のたとえで書かれていて、叩き込まれた。
1投稿日: 2025.03.05
powered by ブクログ正直、自分のことを理解してもらうにはこれを読んでもらうのがいいんじゃないかというくらいに当てはまることが多くて驚きました。 親の育て方がどうこうとかではなく、自分の気質と周囲の環境とかそういう問題もあるのかなと思いますが、子供のころに年相応の経験とか感情の表出とか、そういうのができなかったというのはちょっとあるのかも、と思いました。いわゆる「いい子」でいないとという気持ちが大きくて、とにかく言うことを聞く、自己主張をしない、我慢する、そういう癖がついてしまっている気がします。それを強制されたわけではないんだけど、それが自然なことになってしまった。だからかわからないけど、よく大人っぽいよねとか落ち着いてるよねとか言われるし、多くの人の私に対する評価は「真面目」なんじゃないかなと思います。 「真面目」というのもこの本の中では信用できない部分もあるという風に書かれているし、自分でもそう思う節はあります。真面目なのかもしれないけどそれはあくまでそうじゃない部分を抑え込むためというか、根っからの真面目ではなくて周囲の目を気にしてそうしている部分は大きいし、でもむしろ今ではそれがデフォルトで普通のことになってしまっている。自分を見せたいように見せることができていると言えばそうなんだけど、本当の自分を知ってほしいという気持ちも持っているから厄介。 頑張るエネルギーが恐怖から来ているというのもその通り。どうやったらそんなに頑張れるのと聞かれることもありますが、頑張ってないと不安で仕方ないから頑張るしかないという感覚かもしれません。 そうして耐えて頑張って努力してきた人だから、五歳児の大人は頑張らない、我慢しない子を許せない、とこの本では書かれています。本当はそうなのかもしれないけど、そういう「許せない自分」も嫌で寛容な自分を演じるうちに、許せるようにはなったんじゃないかなと思う。けど、一方でそれは頑張ってきた自分の人生を無意識に否定することにもなっていたのかもしれない、それが無気力感につながっているのかもしれないとこの本を読んで思いました。 積極的に、主体的に何かをしなければいけない、自分で決断しなければいけない、責任を取らなければいけない、そういうことを極度に嫌うのも、この本に書いてある通り。だから「後輩」という立場では、責任はあまりない状態で、純粋に認められたい、褒められたい、役に立ちたいとか言う気持ちから頑張れるけど、引っ張っていかなきゃいけない立場になったとたんにやりたくなくなる。 目的が定まっていないというのもそうかも。だから人生をかけられる何かを持っている人を見ると羨ましいし妬ましく思っちゃう。 こんな風に、自分でコンプレックスに思っている部分が網羅されている本だだなと思いました。人生のそれぞれの段階で、それ相応の経験をすることがいかに大事か、変に大人ぶったりせずに各段階を経験し健全に卒業するということがいかにその後の人生に影響を及ぼすのかということを痛感した内容でした。
2投稿日: 2024.06.03
powered by ブクログ自分の家庭環境はそこまで悪くないとは思いながらも、5歳児の大人に当てはまることが結構あった。 今を生きること。最後の文がシンプルではあるがとてもスッと心に入った。
0投稿日: 2024.04.23
powered by ブクログ読むのは半分で終わった。 というのも、 書いている内容がやや偏り気味であるように感じたこと。 筆者の境遇と私の境遇があまりに違いすぎること 以上のことからである。 申し訳ないが、 私は意図せず自信を貰えてしまった。 (筆者と比べたら、、、という思考)
0投稿日: 2024.03.01
powered by ブクログ自己の体験を基にしている部分は、著者にとっては真実だったのかもしれない。同じ事象に対して、人によって感じ方が違うというのも納得できる。しかし、全体的に根拠が短絡的で、かえって 6 章が張りぼてに思える。6 章だけ、もしくは 1 章と 6 章だけ読んだほうがよいかもしれない。
0投稿日: 2023.12.24
powered by ブクログ477 「大人になりきれない人」の心理 (PHP文庫) by 加藤諦三 簡単に言えば、五歳児に三十歳の男が持つ重い荷物を持たせて歩かせるのである。周囲の人は、誰もが当たり前のように、この五歳児に重い荷物を持って歩くことを求めてくる。五歳児の大人がそれを重いと言えば、周囲の人から袋だたきにあうだろ しかし心理的に成長していなくて、無理に社会的に適応している人は、社会に適応した行動をとるのが辛くて、きつい。だから、毎日生きるのが辛いのは、当たり前で 礼儀正しくしたくないのに礼儀正しくした人は、礼儀正しくない人を許さ 心理的に健康な大人は、生きるのが楽しいし、他人にはやさしいのである。五歳児の大人は、この逆で 無責任に快楽を求めて生きる子どもの能力しかないのに、社会的には責任ある立場に立たされて 若い頃から、 刻苦勉励 して生きてきて、社会的に成功した人が超保守主義に傾くのは、当然というか自然なのである。「お前たちは、俺のように辛い努力をしなかったではないか」ということである。そして、何よりも、辛い努力をしないで安易に生きてきた人が嫌いなのである。許せないので 愛する能力を持っている人にとって、子どもを育てることは、生きることと同義である。 一方、心理的に成長していなくて、愛されること、与えられることばかり要求する人にとって、子育ては苦痛でしかない。心理的成長に失敗した人にとって、子育ては苦痛である。愛する能力が破壊されている人にとって、子どもを育てるための苦労は、苦痛でしかない。それは喜びも人生の意味をももたらさない。苦労は苦労でしか だから、逃げようのないトラブルが生じた時には、つけを払い出す決意を固めるしかない。トラブルは避けられない。生きている以上、色々なトラブルに巻き込まれる。そこで「自分はダメな人間だ」などと決して思ってはならない。自分は、よくここまで頑張ってきた人間なのである。どんなトラブルを抱えようが自分は素晴しい、という確信を持ち続けることである。 トラブルは、決してあなたの価値を下げるものではない。 あなたが必死で生きてきても、息子が麻薬中毒患者になることもある。しかしそれで「こんなにいい環境の家なのに、なんでお前は……」と息子を責めてはいけない。自分を責めてもいけない。しかし、立派だと信じていた自分たちの家庭に問題があった、ということを認めることで 自分の判断力で生きなくても、「この中は安全です」という場所が欲しいのである。そういう場所を与えてくれる誰かが この例は両極端であるが、子どもは天と地ほども違う世界で成長していくのである。これだけ違う親に育てられても、人は同じ年齢になれば、社会的に同じ責任を要求される。そこで心理的におかしくなる人が出てくるので その時に「お母さん!」と叫べる母親に代わるものが、宗教なのである。芸術が宗教の人もいるだろう。絵を描くことが宗教の人もいるだろう。ベートーベンの作曲は、すべて「助けてくれ!」という心の叫びである。宗教とは何も ○○ 教という名前がついた宗教である必要はない。 何度も言うように、人は辛い時に「おかーさーん」と叫ぶ。しかし誰もがそんな「母なるもの」を持った母親の子どもとして生まれてくるのではない。辛くても「おかーさん、助けてー」と叫べない人もまた 私自身若い頃、「 錦 を着て憂える人あり、水を飲みて笑う人あり」という格言を座右の銘にしていた時期がある。おそらく錦を着て憂えている人は、本当には錦を望んでいたのではない。自分が本当に欲しいものが分からなくなって、頑張って錦を着ている人であろ 私は若い頃、自分は水を飲みて笑えるような人になろうと努めた。錦を着て憂えるような 愚かな人になってはならないと自分に言い聞かせ そのように、いくら自分に言い聞かせても、私は幸せにはなれなかった。なかなか笑えなかった。自分は食べることもできるし、着るものもあるし、住む家もあるのに、どうして毎日がこんなにも辛いのだろう、と思った。自分で自分を持て余していたから、「水を飲みて笑う人あり」という格言を座右の銘にしていたので しかし世の中を見ていると、環境的に恵まれている人が必ずしも幸せに生活しているわけでもなく、経済的に恵まれていない人が、必ずしも不幸な様子でもない。優秀で社会的に成功した人が必ずしも幸せそうでもないし、逆に社会的に成功していない人が必ずしも不愉快そうに生活しているわけでも
0投稿日: 2023.07.21
powered by ブクログ小さな幸せで満足できず、満たされず周りを羨み、自分の不幸を呪う。不幸の原因を周りに求める。 そんな大人になりきれない感情の根底には、さまざまな憎しみがあり、それを消さない限り幸せを感じることは出来ない。 そしてそれを消すのは、やり返すことでも、追い越して優越感を持つことでもなく、「許し」しかない。 自分と向き合い、憎しみの根源を探し、許す。 そうして生まれてから積み上げた憎しみを消しさり、幸せに気づいていく。 簡単なようでものすごく難しい。 内容はひたすら同じことを繰り返しなのだが、いちいち当てはまるので読み飛ばせない。。。
0投稿日: 2022.09.10
powered by ブクログはじめに私の背景について書く。自分の生育環境の普通でなさに25歳になってようやく気付いた。25歳になるまで焦燥感を感じながら必死に生にしがみついている感覚があり、気付いたらうつ病になっていた。自分の満たされなさはどこから来るのだろうかと日々思い悩んでいた。なんとなく、自分は他の人と比べて子供っぽい考え方をしているなと感じていて、そこが引っかかっていた。よくよく考えてみると今までの自分は甘えが満たされないまま成長してしまったんじゃなかろうか、それが現在の満たされなさに繋がっているんじゃないかと考えるようになった。 そこでこの本に出会った。 少し冗長なところはあるが、私の言いたいことをうまく代弁してくれているいい本だった。 私のように漠然とした満たされなさを感じて生きている人、愛情を受け取った記憶がない人にとってはこの本が生まれて初めての理解者になるかもしれない。 自分が昨今知名度が高まりつつあるアダルトチルドレンに該当するのではないかと考えたことがある人にはぜひ一度読んでほしい本である。
2投稿日: 2022.08.24
powered by ブクログ加藤先生はその著作の中で、幾度となくご自身も「5歳児の大人」であったことを認めていて、この本でもそれが出発点になっている。だから、他の著作よりも主張がより明確に伝わってくるように感じた。折に触れて読み返していくようにしたい。
0投稿日: 2022.06.21
powered by ブクログ大人社会で生きづらさを感じている人たちへ贈る本。 読んで痛切に感じた。自分は筆者が嫌っていた、大人になりきれずに世間を恨んでいた父親そのものだと。そして、ひたすらに愛への渇望を叫んでいた若き日の筆者であると。 筆者はその原因を子供時代の境遇にたどり、認識することで変わることができると説くが、認識しても抜け出せないから生きるのがつらい。わかっていても変えられないから苦しくて仕方がない。 安易な解決策などはなく、結局はその人自身の力で抜け出すしかない。ただ、認識することはすべての始まり。自分に問いかけるきっかけとしてこの本は役に立つだろう。
1投稿日: 2022.06.03
powered by ブクログ大人になりきれない大人、著者曰く「五歳児大人」についての本。前半はこれでもか!というほど「五歳児の大人」をコケにします。ほんとに、読んでて腹が立つほど!笑 しかし、最終章では改善というか、「ではどうするか?」についての言及もあります。自分に置き換えながら、考えながら読むべき本だと感じました。
2投稿日: 2022.05.02
powered by ブクログ初めて読んだ加藤諦三の本。何気なくAmazonでついでのように見つけたけれど、私の今後を変えるきっかけとなる1冊かな、と思った。 著者が若い頃から記載当時(2000年頃と思われる)に至るまでの、自身の精神的な変化についての記載が所々ある。ご本人も精神的な成長を経て生きることの辛さを克服してきたと述べているので、あまり昔に書かれた著作ではなく、直近のものから読んだ方が良いのかもしれないと思った。もっとこの人の本を読みたい。
0投稿日: 2022.04.15
powered by ブクログ『周囲の人を見て、今日すべき事をひとつひとつしていく』 『大切なのは、自分が相手にしてあげたことも、相手からしてもらった事も覚えていること』との事。 私、してあげた事結構忘れてます…それって結局自己満足なんじゃないかと思っていて、私がしたいからしている。したくない事は極力しない。よって、お礼を言われても何のことか思い出せない。 子供の頃、周りにこんな大人はいなかったが、今はいる。 皆んなが幸せなら、それが嬉しい。昔から変わらず思っている私は大丈夫かな? 思い当たる所は改善していきたい。
15投稿日: 2022.04.13
powered by ブクログ体は成人でも精神は5歳児の男女がこの世の中に紛れ込んでいる。その5歳児に振り回されて不幸になってしまう人がなんと多い事か。精神の成長が5歳で止まってしまった原因の殆どは、幼少期の環境に有ると言う事がこの本の主旨だ。私の周囲にも思い当たる節が有り、「あるある」と納得しながら読ませて貰った。
0投稿日: 2022.03.31
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
私はまず、5歳児であることを認めなくてはいけないと思う。というか、今回この本を読んで、改めて心理的に大人ではないんだなって思った。 今までは、いい子でいなくてはいけないという強迫観念とありのままの自分でいてはみんなに受けいれてもらえないっていう思いがあった。それに、みんなから嫌われたくないと思って、我慢したり言いたいことを言えずに過ごしてることが多かった。 周りの人たちからは、いい子だよね、優しいよねって言われることが多かったけど、自分の中ではみんなが評価してくれる優しいって言葉にすごい違和感があったし、そんなに立派な人間じゃないよって思いながら過ごしてた。 今回、この本を読んで私が言われてきた優しいっていうのは本当の優しさではなくて、他人の評価を気にしてるが故の偽りの優しさだったんだなって納得したし、心の余裕を持って人の優しさに気づいて、自分も本物の優しさを提供できる人になりたいなって思った。 できないことを認めたり、自分のダメだと思ってる部分を曝け出すことは今の自分にとってはとても怖いことに感じる。でも、それをちょっとずつでもさらけ出して、助けてくれる人を見つけたり、自分のかけてる部分を分析して周りの人を観察していくことで何年後でもいいから、情緒的に成熟した大人になれたらいいなって思う。
2投稿日: 2022.03.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
加藤先生の本は同じことを何度も何度も繰り返し書かれていることが多い。 ACのことを「五歳児の大人」と表現している。 すごい叱られている感覚になる。ぐさっとくるというか、その通り過ぎて。 けれどもその根底に加藤先生の諦めそうになりながらもあきらめたくない愛情を感じられて、何とか抜け出してほしいと思ってくれているんだな、と伝わる。 こうやって自分に対して興味を持ってくれる人も、 叱ってくれる人もいなかった人にとっては、加藤先生のような存在は大きいのだろうな。 怒りで溢れていれば、それすらも気が付かないかもしれないが。 読みにくいし、対処法がたくさん記載されているわけではないが、 読んで良かったとは言える本。 【引用メモ】 ・人は、心が満足するからやさしくできる ・五歳児の大人は、社会的には適応しているが、毎日が不満である。面白くない、楽しくない。そうなれば「他人にやさしくなれ」と言っても無理 ・鉛筆をイヤイヤ削らされた子は、鉛筆を削るのを忘れた子どもに鉛筆を貸さない。自分がそれだけ嫌なことに耐えさせられたのに、他の子どもがそれをしないということが許せないのである。礼儀正しくしたくないのに礼儀正しくした人は、礼儀正しくない人を許さない ➡ACあるある。 ・五歳児の大人の特徴は、「生きるのが辛い」ということと同時に、他人に厳しいということ ・人は、自分がしたいことをした時に、他人のわがままを許す。しかし、それを我慢させられた人は、他人のわがままを許さない ・五歳児の大人が「こんな自分がたまらなく嫌だ」と思うようになれば、もう出口は見えている ・人は、自分がその年齢ですることをきちんとすることで、次の人生を生きる土台を築くことができる。その土台がないままに次の時代に行くから、生きるのが辛くなるのである。五歳児の大人とは、生きる土台のない人々のことでもある ➡愛着理論 ・人生にはそれぞれの時期にそれぞれ解決すべき課題があると書いた。そのほかに、人生にはそれぞれの時期にそれぞれ満足すべき欲求がある。五歳児の大人はそれが満たされていない。だから他人に対して厳しい ・多くの日本の親は五歳児の大人である。 日本の親は、我慢ばかりしている人が、アメリカに比べて多い。 だからわがままな子どもを許さない。子どもにやさしくなれない。 それ以外の親は、自信がないから子どもを放任にして ・人から好意を得るために真面目にしている人は、何かあるとまったく人が変わる。人から受け入れてもらうために真面目にしている人は、道徳的でも何でもない。彼らは認めてもらうために倫理的に振る舞っているだけで、もし分からなければ普通の人よりもはるかに反倫理的なことを平気でする ・五歳児の大人は、生き方そのものが「楽しむ」ということに重点が置かれていない 一方、心理的に健康な人は、どちらかというと楽しむことに重点が置かれて生きてき ・五歳児の大人の性格的特徴の第二は、他人の弱点を許せないで、協調性がないということで 辛い思いに耐えて生きてきた人々が、安易さに流されて努力しない人を認めたら、自分の今までの生き方、自分の価値、自分の存在そのものを否定することになる。 何よりも、辛い努力をしないで安易に生きてきた人が嫌い ➡わかる。この人はこれまでどうやって生きてきたんだろう、って思う。 でもそもそもACとACでない人の生きている世界(見えている世界)は違うから。 仕方のないこと。でも理解できないし、許せないんだよね。 ・安易さに流されてわがまま放題の人々に、どのくらい激しい敵意を抱くかということは、その人がどのくらい辛い思いをさせられながら生きてきたか、ということに比例する 小さい頃、どのくらい大人の言う通りに嫌なことを従順にしながら生きてきたか、によるのである。辛い思いに耐えて従順に生きてくればくるほど、嫌なことをしないで、安易に流される人間を認められない ➡納得。これは他の本には書かれていないことだった。 怒りの度合いの違いだね。 ・多数派になれない人々がいる。人望がない人がいる。言っていることもしていることも正しいが、みんながトップとしての 器 と見なさない。それは、今述べた憎しみを乗り越えていないから 人望のなさとは、人柄の問題 ・自分の裸一貫からの努力を社会は考慮しない、それでも貧しい人にやさしい気持ちになれる人が、人の上に立つ器なのである ・心のゆとり」が、人の上に立てる器量である。 そういう人に、人は安心感と信頼感を持つのである。 どんなに正しい理屈を言っても、それだけで人は、その人に安心感を持つわけではない。その人を信頼できるわけではない。 ➡なるほどなぁ、、 ・本当のやさしさとは、自分がやさしさを感じて、自ら他人にもやさしくできることである。やさしさを強制するのは教育ではない。 無理にやさしくさせられたのは、やさしさではない。 しかしこれを、五歳児の大人は小さい頃からやられている。 だから、立派だけれども心がやさしくないのである。 ➡その通りだと思った。自分が優しくされていないのに、人に優しくすることをずっと求められてきた。 人に優しくを常に考えながら生きてきたけど、 自分は本当は心が優しくない、とずっと思ってきた。 ・いかなる時にも自分の辛さを 切々 と訴える人がいる。「私はこんなに辛いの」と涙ながらに訴える。これが五歳児の大人 同情されると機嫌がよくなる。 「僕をちやほやしてほしい」が五歳児の大人である。 五歳児は、「僕をちやほやしてほしい」のだから、五歳児の大人も同じことである。五歳児の大人は、義務と罰で育てられている。甘えの欲求が満たされていない ➡確かに、ちやほやされたい。 ・ロジャースは、子どもは積極的に関心を持たれることを必要としている ・関心を持たれて育った人にしてみれば、 子どもに限らず相手に関心を持つことは自然なことである。 別に努力をして関心を持つわけではない。自然と関心を抱くのだ。 ・五歳児の大人は、生まれてから死ぬまで自分の自然を許されないで生きるのが、当たり前のように周囲から期待された人々である。つまり、人間として生まれ、人間でありながら、人間でないことが当たり前のように周囲から期待された人々である。 ➡つらいね、、 ・愛されて育った人は、周囲に感謝するのを当たり前だと思う。 しかし、愛されないで育った人に、そのことを期待するのは残酷で ・人間にとって本質的な不満とは、要するに幼児的願望が満たされないという不満 ・同じ体験が、ある人には苦痛になり、別の人には喜びとなる。 人間の幸せにとって重大なのは、何を体験するかということと同時に、 その体験をその人がどう感じるかということ ・トラブルは、決してあなたの価値を下げるものではない 色々なトラブルに巻き込まれる。そこで「自分はダメな人間だ」などと決して思ってはならない。自分は、よくここまで頑張ってきた人間なのである。どんなトラブルを抱えようが自分は素晴しい、という確信を持ち続けることである。 自分を責めてもいけない。しかし、立派だと信じていた自分たちの家庭に問題があった、ということを認めることである。次に、そのつけを黙々と払い続けること ・この世の中は弱肉強食ではない。少なくとも倫理的にそれは否定されている。実際に暴力が使われたとしても、暴力はいけないという倫理はある。しかし、心理的な世界では、間違いなく弱肉強食である。どんなに五歳児の大人が一生懸命しても、その努力の誠意は認められない。 必死で歩いているよちよち歩きの幼児を、「どうしてそんなに遅いんだ」と殴る人はいないだろう。しかし心理的世界においては、そうしたことは日常的に行われているのだ。心理的には、そうしたよちよち歩きの「大人」は、必死になって努力しても、その努力したことを認めてもらえずに、 怠け者と批判され、自分はダメな人間だ、冷たい人間だ、豊かな感情に恵まれなかった人間だと、自分を 蔑んで死にたくなる。だから、五歳児の大人は「生きるのが辛い」 ・自分が悩んだ時には、常に客観的にこれだけ悩む原因があるわけではなく、自分の気質が自分を悩ませている面もあるのだということを心に留めておくべき これまでの生き方の違いや、生まれた環境の違いがある ・「フロイトは、幼児期の母親に対する愛着――一般にはほとんど完全に消えることのない愛着――には異常に大きなエネルギーが内包されている ・「幼児期の母親に対する愛着」とは、母親に触れたいという欲求である。 人はみな安らぎを求めているのである。 人の安らぎを求めるエネルギーは、巨大である。 人はなんとしても安らぎが欲しいのである。 そのために、人はさまざまなことをする。これが満たされなくて、その満足を求めて、人は悪口を言ったり、長い悩みの手紙を書いたりする この手紙を書くエネルギーをどうして前向きの生き方のために使わないのだろ どうして問題の解決のために使わないのだろう、と不思議に思う 読んでいて吐き気がするほど自分勝手なのである。 その、独りよがりの他人を無視したエネルギーに、吐き気がする この巨大なエネルギーこそ「幼児期の母親に対する愛着」のエネルギー そのしがみつきのエネルギーは巨大である。 一旦 しがみつかれると、しがみつかれた人がノイローゼになる。それほどものすごいエネルギーでしがみついてくる ・深刻に悩んでいる人は、会う人みなに「母なるもの」を求める。 そしてそれが与えられないので、その人に幻滅する ➡自分で与えられる、自分でしか与えられない、ということを、納得してもらう必要がある。 そうでないと、相手は母親からの愛をカウンセラーや他人に求めることになる ・愛着人物がいない時には「良い子」であり、 愛着人物がいる時には手のかかる子になるということで ➡HSPの親しい人には思っていることを言える(=わがままを言える)のに近い気がする。 ・燃え尽きる人は、嫌いな人にさえ愛されたい ・「幸せになる能力」とは、ほかならぬ「自分を尊敬すること」であり「愛する能力」のこと ・生きるのが辛い、辛いと騒いでいる人は、多くの場合、周囲の人が嫌いなのである。そして、嫌いな人のために働いている まず第一に、孤独を覚悟することである。 周囲の人から好意を期待しないことである。 周囲の人の好意を期待して何かをしないことである。 一人になること、そのほうがいい。そうすれば自分にやさしくできる ●周囲の人から好意を期待している限り、あなたはますます周囲の人が嫌いになる。あなたの期待したようには周囲は動かない。 その結果、また周囲への憎しみを増すことになる。 そうした体験の積み重ねの結果、ますます生きることが辛くなる。 地獄とは、「人が嫌い」ということであり、天国とは「人が好き」ということ ➡納得。 ・「誰も私の気持ちを分かってくれない」などと言うのは、甘えている証拠 ・子どもに甘えないとはどういうことか。 子どもに自分の気持ちを 汲み取ってもらうことを 諦めるということである。 「親の苦労も少しは分かってくれ」と思わないこと ・自殺していった人は、みな自分の挫折を受け入れられなかった ・「母なるもの」を持たない母親のもとに生まれた人として生きていく覚悟を決めることである。 最後まで地獄で生きてしまうのは、自分が分からないからである。 自分が分からないとは、自分には何が欠けているかが理解できないということである。 生き方を間違ってしまうのは、自分には何が欠けているかが理解できないからである。そういう人は、人生の目的も間違える。 ・自分は「母なるもの」を持たない母親のもとに生まれたのだと理解した時に、人々への恨みも消えていく。 それは自分の運命を受け入れた時である ・今日まで立派に生きてきた。あなたは今、生きていることに自信を持っていい。どのような心の状態であろうと、自分は素晴らしいのだと自信を持っ ・人間というのは、お互いに相手は自分と同じだと思っているし、何をしていても同じことをしていると思っている。しかし事実としては同じことをしていても、実は心理的にはお互いに違ったことをしている ・五歳児の大人は「母なるもの」に接することなく成長している。その結果、心の底に憎しみを持っ この憎しみの感情を処理することが、五歳児の大人の最大の課題 欠けていることに注意がいくから不満になるのではない。 不満だから欠けているところに注意がいってしまうのである。 人は不満だと、どうしても欠けているところに注意がいってしまう 他人と自分を比較するから劣等感を持つのではなく、 劣等感があるから他人と自分を比較するようなもの 不満な人に満足した人と同じ物の見方をしろと言っても無理なのである。満足すれば、自然と満足した人の物の見方になる 自分を傷つけた人といつまでも心理的に 拘わっていれば、 人は心理的に成長できない。 いつまでも憎んでいては、どんなに努力しても人は変わらない。 ・傷ついている自分をそのままにして、どうして心やさしい人間になれるだろう 何度も「今に生きる」と書くのだ。自分が納得するまで「今に生きる」と書くのだ。自分の恵まれない過去に囚われ続けて、今を犠牲にしてはいけない ・恨みを消すためには「今日は人から何をしてもらったか」の日記をつけることである。五歳児の大人は、自分が相手にしてあげたことは覚えているが、相手からしてもらったことはまったく忘れてしまっている。 また人からやられたことはいつまでも覚えているが、自分が相手を傷つけたことは意識してい ・本当は自分のわがままを通そうとしているのだが、わがままとは思われたくない。そこで表面は立派なことを言っている。当然、生きるのは辛くなる。そしてわがままが通らないと周囲の人を責める。 そうした責任転嫁をしていても、生きることはいつになっても楽にならない。むしろ、自分はわがままを通そうとしているのだと分かることが幸せに通じる道なので ・自分が子どもに好かれる母親を演じながら、自分の望みを遂げようとする。子どもに嫌われないで、自分の思うように子どもを動かそうと ・人が幸せを感じるのは、求めるものが分かっている時でもある。 それなのに五歳児の大人は、自分が何を求めているか分かっていない。 今、五歳児の大人に大切なことは、自分は何を求めているかを知ること
4投稿日: 2022.03.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「大人になりきれない人」を今の言葉で分かりやすくいうと「生きづらい人」。 そのような自覚があったので読んでみた。 作者に言わせれば自覚しているだけで「5歳児の大人」を抜け出すための大きな一歩は踏み出せているという。 自分が感じている生きづらさの正体が分からず苦しんだまま死んでいく人が少なくないことを考えたら私は恵まれている方なのだと感じた。 「5歳児の大人」とは肉体的・社会的には大人であることが求められる年齢にも関わらず、精神的には5歳児の段階で成長が止まってしまっている状態の人を指す。 その肉体的・社会的年齢と精神的な年齢のギャップで生きづらさが生まれるのだという。 一般的に精神年齢が低いと聞くと好き勝手に生きてきたろくでもない人というイメージを持つだろうが、実際は幼少期に「母なるもの」と接することができずに満足できなかった、そのために精神的には成長の段階を踏めずに止まってしまった不遇の人なのだ。 決して本人のせいではない。 子供の頃に子供らしい無責任な一方的に無償の愛を求めるような生き方ができずに大人になってもそれらを求め続けている。 そして子供らしい生き方をさせてくれなかった親や環境に深い深い憎しみを持って生きているのが「5歳児の大人」。 大人であることが求められるから憎しみを撒き散らすわけにもいかず抑圧する。 そして生きづらさの原因が分からないまま苦しんで生きている。 健康な精神を持った大人になるにはその憎しみをなくさなければいけない。 自分を傷つけた人々を許さなければいけない。 心の奥底に抑圧した憎しみがあるままでは全てのものがマイナスにしか感じられず、何をしてもストレスを受け続ける人生になってしまう。 疲れて疲れて仕方がない。 子供の頃、本当は愛してくれるはずの親に傷つけられた。 自分は何も悪くないのに精神的に大きなハンデを背負って生きなければいけなかった。 でもそれは過去のこととして割り切って許すことで憎しみから開放されて生きづらさが消えていくだろう。 実際にこれらを頭で理解しても簡単に憎しみを捨てるなんてことはできるものではないし、体で理解するためには色々な人と触れ合って迷惑をかけながらも精神の成長の段階を確実に一歩一歩のぼっていくことが必要だろう。 精神の健康を手に入れるまでには人生の大半を使うのかもしれないというのが当事者である私の実感。 様々な「母なるもの」に触れていきながら少しずつ成長できればいいなと思った。
6投稿日: 2022.01.12
powered by ブクログつらい生き方をしている大人のための処方箋。 なぜ、心豊かに、人にやさしく、満足感をもって生きられないのだろうか? そんな「大人になれない大人」たちの心を成長させるヒント。 五歳の子どもに、三十歳のビジネスマンのような生き方はできない。しかし「五歳児の大人」は、何の責任も負うことなくチヤホヤされていたいと願いながらも、「大人として」生きなければならないのだ。大人になりきれない人にとって、自信もなく、人を許せず、軽蔑を恐れながら過ごす日常は辛い。それに振り回されるまわりの人もまた、辛いはずだ。 ▼本書は、大人のフリに疲れた人の困った言動とその原因を分析し、今より心豊かに、人に優しく、満足感をもって生きるための方法を、自身も「五歳児の大人だった」という著者が説き明かす。彼らを上司や同僚、家族や友人に持ってしまった人たちにも役立つ心理学。 ▼「最近の日本の親は五歳児の大人が多い」「五歳児の大人を救う3つの条件」「幼稚さを認める勇気を持とう」など、現代社会の問題点や問題解決のための具体的アドバイスを満載した人生論。 ▼『「五歳児の大人」とそのまわりの人のための心理学』を改題。 ●はしがき 子どものまま、大人になってしまった人々へ ●第1章 「五歳児の大人」とはどんな人なのか ●第2章 五歳児の大人は、五歳児の愛を求める ●第3章 五歳児の大人が、自立するときの苦しみ ●第4章 「母なるもの」にしがみつきたい ●第5章 五歳児の大人たちと「心の支え」 ●第6章 自分と向き合えば、生き方が変わる
0投稿日: 2021.08.02
powered by ブクログ作者自身のことも含め、五歳児の大人とは?から精神的な成長をするための事が書かれていた。同じ文言が繰り返しあり、読んでいて作者もどれだけ苦しんでもがいて悩んでいたのかが伝わってきたが、読んでいて息苦しく感じる事が多く、読み進めるのに時間要した。
1投稿日: 2021.07.10
powered by ブクログくどく無ければ星5の出来だと思う。 今の大人になりきれてない宙ぶらりんな自分に刺さる内容が書かれている。 優しい人とはどういうものか、成熟した大人とはどういうものか、そういった心の成長という観点に対して定義付けをしてくれている。 人に与えることに喜びを見出せるようにならなければ、与える側、背負える側にならなければ、家庭を築いたり、人の上に立つべきではないのかもしれない。 大人になるためというか、人生を進めていく中で必ず遭遇する、別れ道・困難・問題点に対してのレスポンスとして、他人頼りの選択は確かに楽だしスピーディーに物事を解決することに長けるが、自己解決能力の成長や、選択の失敗の教訓を得られないのである。 まさに自分の悪いところが浮き彫りだなと、反省させられた。 また、自分の身の回りの大人たちの中で、強く逞しく頼りがいのある人とそうでない人とでどのような差があったのか、今までモヤモヤしていた疑問が解け、視界がスッキリ晴れたような心地がした。 余談ではあるが、シン・エヴァを見た時期が重なったことで、心の成長・大人になるための落とし前という観点に重ね合わせて作品を楽しむことができたと思う。
2投稿日: 2021.06.18
powered by ブクログ読んでいて悲しくなった。 今を生きるということが何よりも大事、これだけ思っていたい。 世間体とか捨ててしまえ...楽しく生きたもん勝ちや...
1投稿日: 2021.04.08
powered by ブクログ途中で気持ちが悪くなった。心で感じる気持ち悪さではなく正真正銘の吐き気の方。言葉で体調を崩しにくるなんてもはや感動すら覚える。読み終わってからもしばらく頭がぐわんぐわんしていた。 このタイトルに惹かれ何らかの解決策を求めて読んだ人は多かれ少なかれ具合が悪くなるんじゃないかなと思う。大人になりきれない人の本当の心の内を見て見ぬふりをし続けてきたあれやこれやを何度も何度も多様なやり方である意味執念深く非常に的確に表現してあるのだ。 しかし不思議なことに読後しばらく経つと妙な自信が湧いてきた。読書中は吐き気しか感じなかったにも関わらずだ。自分5歳なのに毎日ほんとによく頑張っている、ずっと5歳のままなのに周囲の無茶振りに耐えてよくぞここまでサバイブしてきた、という妙な自信だ。他人から面と向かってお前は精神年齢が低いと言われればきっとダメ出しをされている気持ちしか湧かないだろうが、著者自信が5歳の大人経験を持っているため見下されている気がしないのだ。むしろありのままの自分を受け止めている清々しさを感じるのだ。 ということで、 5歳なのに今までよく頑張ってきたし今もよく頑張っているぞ。 もし上手くいかなくても5歳なんだからしょうがないではないか。 を自己肯定感の土台にして今後積み重ねて行けそうな気がしている。この土台が脆く崩れ去らないことを願っている。
2投稿日: 2021.03.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読了。表現がしつこいところもあるけど、刺さる部分も多かった。 〈以下メモ〉 ・やりたいことを「とことんやった」人は満足する。「私はやったんだ。もう、とことんやったんだ」と思った時には、後悔はない。人生を生きにくくしている五歳児の大人は、やりたいことをやるだけやった、という経験が一度もないのである。 ・五歳児の大人が幸せになるためには、今自分のしていることが、十年後にどういう結果をもたらすかを考えて生きることである。 ・まず第一に、孤独を覚悟することである。周囲の人から好意を期待しないことである。周囲の人の好意を期待して何かをしないことである。一人になること、そのほうがいい。そうすれば自分にやさしくなれる。今は 怯えていて自分にやさしくなる余裕もない。 ・「母なるもの」を持たない母親のもとに生まれた人として生きていく覚悟を決めることである。 ・不満な人は憎しみを取りのぞかなければ、いつになっても幸せにはなれない。憎しみが不満の色眼鏡なのである。 ・五歳児のあなたは、何度も「今に生きる」と書くのだ。自分が納得するまで「今に生きる」と書くのだ。自分の恵まれない過去に囚われ続けて、今を犠牲にしてはいけない。 ・人が幸せを感じるのは、求めるものが分かっている時でもある。それなのに五歳児の大人は、自分が何を求めているか分かっていない。 今、五歳児の大人に大切なことは、自分は何を求めているかを知ることである。自分は何に困っているかを知ることである。五歳児の大人は、自分が今サバクにいるのか、街中にいるのかも分かっていない。
4投稿日: 2021.01.18
powered by ブクログ固着を起こすと心理的に大人になりきれないのに身体的・社会的次のステップに進まされるので負荷が重すぎて潰れてしまうとのこと.負荷が重すぎというのはなるほどと思う一方,各年齢の過ごし方は「こうあるべき」という全称的べき論を規定しているのは微妙かと.
1投稿日: 2020.07.24
powered by ブクログタイトルに惹かれてしばらく前に購入したものの、飽きて途中で放置。 読む本がなくなったので続きを読んでみました。 途中、眠くなりながらもなんとか読破。 なんていうか、「あ、これ私のことだ…」となる点はとても多い。 だけど、じゃあどうしたらいいのか?ってことは具体的にはよく分からなかった。 心理的成長をしないまま、大人になってしまった「5歳児の大人」。 見た目は大人、心はこども…ってところだろうか。 最近よくいう、こどおじ・こどおばってやつかな? グサグサ刺さる部分はあったけど、結局のところ解決法は自分で見つけてくださいということなのかなあ。 それが作者のいう心理的成長なのだろうか。 何回も同じことの繰り返しで内容が終わってしまう感は否めないかなあ。
0投稿日: 2020.01.08
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「せっかく生を受けたのだ、最後まできちんと生きよう」と決断する。他人まかせではなく自分で考えて選び取る。奇抜な格好もゲームも、やりたいことをやれば満足して卒業していくもの。 「大人になりきれない人」が大人になるためのステップを書いた自己啓発本が読みたいかも。
0投稿日: 2018.04.11
powered by ブクログ著者の淡々とした語り口が最初冷たく感じたが、それも経験者故か。ずばずば書いてあって胸が痛んだ。でも救いはある。自分で決める。
0投稿日: 2017.11.09
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幼少期に親の愛情を受けられなかったり、自分のやりたいことや興味あることを満足にやらせてもらえずに満たされないまま大人になった人間を5歳児の大人と定義し、ひたすらそういう人間をこき下ろすだけの駄作
0投稿日: 2016.04.06
powered by ブクログ著者の育った環境も壮絶なものがあったようだ。それを乗り越えて来たからこと、大いに示唆の富む内容となっており、お勧めしたい。 自分に全く劣等感を持たない人はいるのだろうか。 幼少時代に満たされるべき各種欲求が満たされないまま大人になってしまった場合、大人になってもその欲求を消化出来ないまま社会と接する事の悲劇を訴える。 自分には意識すらしていない自分でも気づいていない(認めていない?)満たされなかった欲求があるのかも知れない。 「仕事が好きなふりをしてしまった。周囲の人を好きなふりをしてしまった。そして、仕事熱心な自分を演じてしまった。この自分を偽る努力は報われない。」P158 ではどうすればいいのか。「自らの幼稚さを認めるのだ」と。 同じような話題が繰り返し続くのは、その思いの深さからだろうと思う。
0投稿日: 2015.02.02
powered by ブクログ自分は甘えているな、と思ってどうしたら克服できるのか読みました。 ・自分には何が欠けているのか知る ・「母なるもの」を持たない母親のもとに生まれた人として生きて行く覚悟を決める ・生きることを楽しんでいる人の生活を見習う ・周囲の人から好意を期待しない ・スタート地点が違うのに、今まで立派に生きてきたんだから、自分は素晴らしいと自信を持っていい! ・恨みを消すために、「今日は人から何をしてもらったか」の日記をつける ・自分の恵まれない過去にとらわれ続けて今を犠牲にしてはいけない!今を生きること 加藤先生はやさしい。 わたしは、すぐに否定されたと思い込む癖があるので、なおしたい。 *わたしに欠けているもの* 話を聞いてもらうこと 関心を持ってもらうこと ありのままを認めてもらうこと 失敗を許してもらうこと 気持ちを汲み取ってもらうこと 安心できる場所 自分の気持ちをぶつけることができる人
2投稿日: 2014.04.10
powered by ブクログ『心の成長が足りず社会に出た「五歳児の大人」は、 自信がなく、人を許せず、軽蔑を恐れながら生きている。 「大人のフリに疲れた人」の困った言語とその原因を心理的に分析』 などと書いてあった。 少し耳が痛い事。思い当たる事もチラホラあり 初めは「なるほど」「うんうん」なんて読んでいたけれど 読み進むうちに、つまらないし眠気を生じるように。 繰り返しが多かったり、 指摘も、ある一方向ばかりに向いている気がした。 そのうえ、結局どうすれば良いの?・・には 答えを見つけられず。 結局、自分で答えを出すしかないのね。
0投稿日: 2014.03.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
人は、自分がその年齢ですることを、きちんとすることで、次の人生を生きる土台を築くことができる。土台がないままに進むから生きるのが辛くなる。 愛着人物の不在が、幼児に抑うつをもたらす。 愛に飢えている子供は、自分の世界を楽しむことができない。 愛を身体で知っていないと成長は難しい。 ★人の幸せの原点は、情緒的に成熟した親をもつことである。 読み進めるうちに、やはり、子育てとは大切であると実感致しました。 フルタイムで働きながらじゃ・・・無理かも。 「将たる器」というのは、感情的心理的にどんなに辛くても、憎しみを乗り越えられる人。許せないという感情を乗り越えられる人。 「人の上に立つ器量」とは、自分自身に対する不公平を許せること。
0投稿日: 2013.08.24
powered by ブクログ3年くらい前にある人を理解するために読み始め、その人と関わらなくなったので、途中で寝かせていました。今度は最後まで読もうとしたものの、読むのが辛いと感じました。それは、自分が五歳児の大人だからだと分かったのは終盤になってから。過去に釘付けされていたことは知っていました。その原因も。ただどうすることも出来なかったので、どうしたらよいかを文字で語りかけるように教えてもらえて本当によかった、ありがとうございます。
0投稿日: 2013.06.26
powered by ブクログ「大人になりきれない」困った人についての本。 筆者の私的な意見が多く、愚痴を聞かされてるような本だった。 読んでいて愉快な気持ちには当然ならなかったし、かといって何か得られたようにも思わない。
0投稿日: 2012.12.14
powered by ブクログ「五歳児の大人」 本書はひたすら、それについて述べている。 内容的には同じことを繰り返し繰り返し説明しているだけで、要約するとそれこそ数行で済みそうだが、それだけ繰り返し同じことを説明されると、頭に残って忘れない。 極端な五歳児の大人は、そうそういないとは思うが、自分も含め世間の大人たちは本当に年相応に成熟した大人になりきれているのか考えさせられる。
0投稿日: 2012.10.06
powered by ブクログ同じような文章の繰り返しが多くて読みづらかったです。しかし、納得できる部分も多々ありました。 これからを担う若者にぜひ読んでもらいたいと思いました。
0投稿日: 2012.09.12
powered by ブクログ「生きるのが辛い五歳児の大人のために、この本を書いた。」(あとがきより)の通り、「五歳児の大人」にとっては非常に多くの気付きが得られる本だと思う。つまり、そうではない人にとっては少し退屈に感じてしまうかも知れない。議論の展開よりも、具体例の提示や言い換えを主目的に置いているような印象を受けるので、良く言えば多面的、悪く言えば字数を水増ししているだけ。要点はかなりシンプルなんだと思う。この「五歳児の大人」というテーマを、エニアグラムの観点から考察するとなかなか面白いのではないだろうか。
0投稿日: 2012.06.26
powered by ブクログACの本かと思い購入したが、この本にACという概念は出てこない。似たようなものだと思うけれど。 サラリーマンのおっちゃん、子育てに苦しむママさんなど、何で彼ら彼女らはストレス溜めまくりで欲求不満なのか、すっきり分かった。でも、同じことを違う言い回しで何度も言い過ぎな節もあって、最後の方はちょっとうんざり。
0投稿日: 2012.06.24
powered by ブクログ人に「与えられる」ことだけに幸せを求め、またそれでしか幸せを感じる事ができない。そして、人に「与える」ことで幸せを得ることを知らずに人生を過ごす。それが、「五歳児の大人」である。人を愛せない人は、人から愛されないということだ。
0投稿日: 2012.05.02
powered by ブクログ今までずっと、原因不明のイライラに苛まれてきた。 この本を読んで、その理由がわかった。 私はこの本にある、五歳児の大人だったのだ。 本を読んでいる最中は、自分について当てはまることがイヤと言うほど書かれていて、読み進めるのが苦痛だったが、 読み終わると、自分の頭の周りを覆っていた原因不明の靄は消え、すっきりとした気持ちになっていた。 これから少しずつ、周りの見方や感じ方を変え、本当の大人になっていきたいと思った。
0投稿日: 2012.02.14
powered by ブクログ大人になりきれていない人にある傾向を語り、 なぜ大人になりきれなかったのかを語る。 だからどうだというわけではなく、 大人になりきれないのは自分のせいではないし、 大人になりきれない人は、普通の大人より苦労しているから、 周囲に迷惑かけても仕方ないんだ、という主張。 著者が大人になりきれていなく、自分にダメなところがあるのは、 大人になりきれなかったせいで、 それは自分のせいではないから仕方ないという全力の言い訳に聞こえてしまった。 …著者が実際に大人になりきれていないかどうかはわからないけど。 もう少し、じゃあどうするか、が語られれば良いなぁと思った。
0投稿日: 2011.11.22
powered by ブクログ”生きることが辛い”大人が現代社会には多くいる。 しかし、無論その原因は「明日食べるものがない」というものでなく、 「心の飢え」。 心の成長が幼児で止まっているのに社会は大人の責任を求めてくる。 甘えたいのに甘えられなかった大人の心理を著者の父を 登場させながら書かれた本である。 【九州看護福祉大学】ペンネーム:K.K.H.To☆
0投稿日: 2011.11.10
powered by ブクログ五歳児の大人、まさに自分がそれだと思いました。 自分が我慢してるから、我慢せず適当にしている人間を許せない。 この本には特に解決策は書かれていませんが、自分がそうであると気づくことがまず大事なんだと思います。 自分が五歳児の大人だと気づき、今は自分と他人を比べないように、自分は自分のやるべきことをしっかりやっていこうと思っています。
0投稿日: 2011.10.23
powered by ブクログ小さいころにやるべきことをやらずに五歳児の子どものまま社会的責任を持って生活しなければいけない人々について。 今の自分に非常に当てはまることが多い。 原因… 小さいころしたくないことを強制的にやらされてきた。 したいことをしてきてない 症状… 初めて挫折したときに生きる気力をなくす。 自分で考え自分で行動できないで対処能力に欠けている。 自分を信じることが出来ない。 真面目で憎しみを持っている。 人から好意を得るために真面目に生きている 自己実現が出来ていない 協調性がない 言うことは正しいが多数はになれない、人望がない、→憎しみがあるから 威張っているだけで周囲にやってもらう 自分の話をすると喜ぶ、 自分の人生に困難がないと思っている 与えることが出来るまでに成熟してない人 人を愛することが出来ない 自分が何者かを理解できていない これから… 責任を取る強さと人を愛する能力が持つ 自分が相手を理解する。 アイデンティーを持つ 間違った選択をしても自分で選択することが大切。 今自分のしていることが十年後どうなっているかを考える 今日一日をきちんと生きる趣味を持つ 孤独を覚悟する 自分の愚かさを反省する 自分にマイナスな人からはなれる 人生を楽しんでる人の生活を見習う 自信を持つ 自分を支えられるような自我を持つ 人にないものを考えるのではなく自分にあるものを考える 過去の自分にとらわれ続けて今の自分を犠牲にしない 自分に目的を持つ。
0投稿日: 2011.10.04
powered by ブクログ順調に年を取って社会的な責任がどんどん増しているのに、精神は5歳児のまま一向に成長しない「5歳児の大人」が増えていると著者は指摘する。心理学的に言うと、こういう大人は、幼児期における母親からの愛情が足りていない、ということになるらしいが、その主張はイマイチよく分からなかった。ただ、下記の引用にはドキッとしたのでメモしておく。私自身も、今のようにまっとうな職について、社会人として仕事をして、人並み以上の給料を貰っていることは「奇跡」だと思っているので…。(小学生~大学生の頃の知り合いは、みんな「あのアンタが、よく普通にサラリーマンになれたね」って反応だもん。私はどれだけ社会不適合者だと思われているんだ!?)
0投稿日: 2011.08.14
powered by ブクログ自分にも当てはまる点が多く、思考を変えなければならないな。 人生を楽しんでいる人の行動を手本として、自らも実践しようとする。人から何をしてもらったかを記録する。この2つはこれから習慣づけたい。 文章が何故五歳児の大人がいけないかと同じ内容の繰り返しで、途中諦めそうになった…。もう少し、前向きなアドバイスを増やして欲しかった。
0投稿日: 2011.07.24
powered by ブクログぞっとする。自分も5歳児の大人だった。 しかしいろいろあって、克服しかけている。油断はできないが、いい方向へ来ていると思う。 今やっている事を絶対に裏切らないこと。そして親友を大事にすること。が今の自分にとって支えであり、すべてかもしれない。 過去に付き合ってた友人で2人、5歳児の大人だろうな、と思う人がいる。すごい勢いで周囲に、愛を欲求している。もちろん私も欲求された。文中にもあったけれど、仲良くなんてない。でも時々甘えたメールを送ってくる。相手を求めざるをえないってやつ。 今となっては、同情はできるが、私も絶対に戻りたくなので触れたくない。私も治癒の途中、完治していない。 それと5歳児の大人に、「5歳児の大人なんだよ」と他人が言っても絶対に通じないし、意味がないのを知っているので何もできない。 私がそうだったように、自分自身で自分の心の状態に気付いて、治していくしかない。治ってくれることを祈っている。その時初めて、友人になれる気がする。。 --------------------- しかし、読みにくかった。6割・・いや8割ぐらい同じことの繰り返し。 いいこと言っているのに、なんかしつこい。 著者が自身を5歳児の大人と言っているのに納得。5歳児の大人って、言ってることバラバラなんだよね。まとまりがなくて。本質見せないから。 もうちょっと先の意見を見たかったな。アドバイスのようなものをいっぱい読みたかったな。
0投稿日: 2011.05.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
個人的にものすごく面白かった。いろいろ偏った所もあったし、最後らへんなんか極端な部分もあったと思うけど、それだけに著者の顔も見えてきたし、何より共感できた。 この著書では無条件に愛情を受ける「母なるもの」というのを受けられずに育った人間を「五歳児の大人」として説明して、その精神的未熟さを語っている。 一度でも無条件に愛情を受けたことのない人間は、どんな関係性においても愛情を求めてしまい、そして嫌われる事を恐れる。 自分の好きな事も見つけることが出来ずにただ社会にいいように利用されるのだという。 人はそれぞれ人生のバックボーンというものが決定的に違っている。 だからこそ人は人にこうでなければならないという一般的な社会通念を押し付けてはならないと思う。そんなものは広く世の中に出回っているものでよほどの事でない限りほとんどの人にはわかっているだろう。 ただそれが抵抗なく心で納得できる人もいれば、それに苦しむ人もいる。 苦しむのはここで述べられる「五歳児の大人」だ。 多分ニートとか引きこもりもこの範疇にはいるんだろうなと思う。 大切なのは安易に世にはびこってる社会的規範や道徳にそって人を攻撃するのでなく、その人の背景を理解して考えることだ。
0投稿日: 2011.02.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
心理的には5歳児の大人は今の日本には多い。 彼らは我慢して生きてきた。 変な髪型でもなんでも、したいことをすれば、いつかは卒業できるのに、やらなかった。 どうしたら幸せになれるか。 自分の持っている才能を使うこと、自分が強くなれることを信じて祈ること、趣味を持つこと。
0投稿日: 2011.01.29
powered by ブクログなんだかパターン例文集みたいで、発展性がなくてガッカリ。 でも、少子化と宗教の項目はオモシロかった。 つか、第6章だけでよかったんじゃ…?w 既に自分に目を向け始めてる人には物足りないのかな、と思います。
0投稿日: 2010.07.10
powered by ブクログ「心が子供のまま」って言う意味では無くて、「子供の頃にすべき事」を出来なかったために行き辛さを感じている大人、と言う意味なので結構ヘヴィです。 心が育っていないのではなくて、「欠落している」と言う表現がぴったりな書き方、かつ、誰かが特別、と言うわけではなく日本人にありがちな心の動きである事が怖い(個人的に下手なホラー小説より怖いです)。 文章中に出てくる話は、まさに「インナーチャイルド」とかそういう単語にぶつかるのかな?と言う面も。 なので、簡単に読める人とそうでない人と、読み手を選ぶ本なのかなと言う印象。 自分が勉強したい事にも少し絡んでいたので頑張って読もうと思います。
0投稿日: 2010.05.16
powered by ブクログ大人にとって「おとな」という肩書きが重すぎる。 「かせられる重み」が重い。努力を当然とか思われてるのもつらい。 いまの社会が、概念を持ちすぎていると思う。 ○歳ならこういう風にして当然とか。アラサーという言葉とか。 ある程度カラーが決められているというか、 歳による縛りが強いように感じます。 この本を読んで、過去に一方的に傷つけられた人にも苦しさがあったのだと思えば許せるような気がした。(私も悪かったと理解はしています) 同時に、私自身も、相手を認める視野を養いたい。
0投稿日: 2010.04.21
powered by ブクログ『五歳児の大人』という表現で、現代の病める大人たちの心理をわかりやすく解説されています。 「体は大人、心は五歳児」の困ったちゃんになってしまう理由 五歳児の大人は「我慢する真面目な人」 自分が我慢していることを、他人がすることがゆるせない 自分自身にも思い当たる部分もあり、また職場や家族の「困ったちゃん」の心理を理解する意味で開眼させられる本です。
0投稿日: 2010.04.19
powered by ブクログ世の中にはいろいろな人がいるが、私の知り合いの中にも私に何かを過剰に求めてくるのに私をとても憎んでいる人がいる。どうして私なのか、一体何を求めているのか、なにが不満なのか、わからなくて困っていた。 この本を読んで、もしかしたらその知り合いも疲れきっているのかもしれない、となんとなく思った。早く私を乗り越えて幸せになってほしい。
0投稿日: 2010.01.27
powered by ブクログ心にストンと定着する文章がわかりやすい。普段、苦手だと思って嫌煙する人たちの心理に、一歩近付いた気になれる。そうすると、愛着も沸いて来る。
0投稿日: 2010.01.15
