
総合評価
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powered by ブクログエクアドルの日系人の若者が主人公。文化人類学者の叔父がエクアドルの奥地に住む白い肌で金髪の先住民を調査するため、その通訳兼雑用係として同行することになる。 調査チームは学者とは思えないチンピラ的なアメリカ人たち。違和感を感じながらも先住民たちの助けを借りて目指す場所へと向かう。野営地では同行している女性編集者と叔父の関係を目撃してしまったり、アメリカ人たちが叔父を殺そうと相談しているのを聞いてしまったり、何を信じれば良いのかわからない状態。しかも最後の最後で叔父たちの真の目的が明らかになる。 表題作ともう一編の2つの作品が収められているので、この作者にしてはどちらも長い話ではない。表題作の方では白人至上主義的な考えをアメリカ人たちが言いまくるので気分はあまり良くないが、それに対して先住民たちは聡明で誇り高く拝金主義とは真逆の清らかさのようなものが際立つ。 もう一編は語り手が5名。話の中心にいるのはイタリアンマフィア。それに関わりを持ってしまった人たちがそれぞれの立場で語ることで物語は進む。 トリッキーな技を使っているが、途中であれ?と思ったがらいからだんだんと点が線になっていく。
0投稿日: 2019.10.28初期の船戸氏作品で初々しさを感じる中編小説2作品 後半の『メビウスの時の刻』が面白い。
船戸氏の初期の作品(2作)で、それなりに面白かった。『緑の底の底』:人間のむき出しの欲望がテーマ、登場人物の大部分が亡くなるというストーリーは、その後の船戸作品に流れる“滅びの文学”のはしりか。『メビウスの時の刻(1989年)』:私としてはこちらの小説の方が面白かった。登場人物の各々が、段落毎に一人称でストーリーを綴っていく中で、時間の異なる段落が含まれており、最終段になって順次語られた段落が、実は前後して繋がることになる。貫井徳郎氏の『慟哭(1993年)』を彷彿とさせたが・・・船戸氏の作品の方が早い。
0投稿日: 2014.09.17
powered by ブクログ若さが、大人にぶつかって行く。 ベネズエラの日系二世のマサオは、 伝説の白いインディオを探しに、 密林の奥地へ入って行く。 知らなかったことを体験して、目覚める。
0投稿日: 2013.01.23
