【感想】首里城と沖縄戦 最後の日本軍地下司令部

保坂廣志 / 集英社新書
(3件のレビュー)

総合評価:

平均 3.7
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ブクログレビュー

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  • ようこう

    ようこう

    このレビューはネタバレを含みます

    首里城の地下にある第32軍司令部壕と沖縄戦に関する書籍。戦艦ミシシッピは35.6cm砲を搭載しているのに対し、本書で戦艦ミシシッピは30.43cm(12インチ)砲による砲撃であったと記載されているなど、情報の信憑性に疑問が持たれる。最後の章で沖縄戦の情勢と自衛隊の南西シフトを比較した話が出てくるが、今と昔では全く状況が違い比較する必要があったのか謎である。本書は第32軍を徹底的に″悪″であるとするバイアスに苛まれており、中立的な視点で書かれていないと感じた。たとえ筆者にとって憎かろうが国を想い命を捧げた立場の方々を陥れる様な発言は下品であると思わざるを得ない。
     ここまでネガティブな感想を書いたが、第32軍が現地住民を懐疑的な目で見ており、海軍の沖縄根拠地隊司令が沖縄県民に対し感謝を示した事例と真逆の評価である点は大変興味深かった。

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    投稿日:2025.03.10

  • つー

    つー

    沖縄戦は太平洋戦争中、日本国内では初めて住民を巻き込み大規模な地上戦が展開された場所だ。そして本書の舞台となる首里城は、記憶に新しく2019年に火災で焼失、2026年復元に向けて令和の復元の真っ只中にある。2022年には正殿の起工式が執り行われたが、首里城は沖縄県民の心の支えであり、再興に向けた第一歩として感慨深いものがあった。
    今回首里城の復元は勿論のこと、復元の様子を一般に向け公開・発信する「段階的公開」の手法を採用しており、我々は復興の一部始終を沖縄県広報やサイトで知る事ができる。
    首里城は歴史上、琉球王国時代の王城として作られ、沖縄の政治、文化、芸術、祭祀などあらゆる分野で、中心を担ってきた場所であり、沖縄のシンボル的な存在である事は言うまでもない。その正確な築城年や築城主はわかっていないが、琉球王国が成立する以前、14世紀末頃までに創建されたと言われ、1372年には中国、当時の明王朝へ使節を派遣するなど、日本と明との貿易地として存在している。そして琉球王国時代に3度、現代になって沖縄戦を含め、過去に計5度の焼失があったとされる。
    1879年に最後の国王尚泰が、明治政府に城を明け渡すまでの間、約450年に渡り繁栄した首里城は、日本だけでなく、中国様式を取り入れた聡明な建物となっており、それは両国の融合が生み出す、琉球独自の様式で創建されている。そして、琉球王国最大の木造建造物でもある。1925年には国宝に指定され、その後1930年代に大規模な修繕が行われるなど、文化的価値を高めていく。然し乍ら、第二次世界大戦の戦禍に巻き込まれ、1945年に沖縄戦により全焼する。
    本書はその首里城の地下を拠点に戦った、帝国陸軍第32軍の歴史と共に述べられていく。第32軍は1944年3月に南西諸島防衛を目的に創設された。そしてその年の12月には第32軍司令部壕の構築がはじまり、首里城の地下は総延長1キロにも及ぶ壕を主体とした司令部へと変わっていく。1945年4月に上陸開始した米軍との戦闘が繰り広げられ、最終的に32軍が南部撤退を決めた5月まで、第32軍の司令部として戦闘の中心にあったと言える。日本軍は撤退の際に壕の主要部分及び壕の出入口となる坑口を破壊したため、内部についての詳細な調査は長きに渡り行われていなかった。本書はそうした中での焼失•再建となった首里城及び地下壕の調査が行われる中で記載されたものだ。
    内容としては沖縄戦について描かれた数々の書籍と大きく変わる点は無いまでも、あくまで戦禍に巻き込まれた住民=県民の立場に立った目線が中心だ。沖縄を本土防衛の時間稼ぎに使うと言う軍のやり方が県民だけでなく首里城を大きく傷つけてしまったのは疑いよう無い事実だ。そうした作戦を立案した軍部、特に八原博通高級参謀の評価、32軍の長勇中将や牛島満中将(大将に昇格)にも厳しい視線を向ける。それらの間違いはこの首里城地下の壕から生まれ、そして地上にある美しい青い海や緑の自然、そこに住まう住民たち全てを破壊していく。
    本書は壕の設備や生活などあくまで壕を中心に描かれていく。この壮大な地下壕に更に覆い尽くすかの如く軍人たちがひしめき合い、無謀な作戦が次々と生まれてくる事を考えると、逆にあまりに小さく狭く息苦しい場所に感じられる。きっと恐らく壕内は木々で補強されながらも艦砲射撃や空から投下される爆弾に所々崩れ、砂埃と熱気、蒸し暑さで厳しい環境にあった事だろう。更には地上ではもっと悲惨な地獄絵図が広がっていたに違いない。地下、そして地上で無惨に亡くなっていった人々のことを考えると、二度とこのような惨禍に陥ってはいけないと強く思う。
    そして本書にも描かれる県民と軍の確執。軍は県民をスパイとして扱い、会話内容が読み取りにくい琉球語の使用を禁じたり、投降者は殺害してまでも軍の機密を守ろうとする。一方で南部撤退に際しては機密文書も焼却間に合わず逃げる無様な姿を晒す。県民にとっても軍人にとっても、この沖縄戦と米軍の圧倒的な力は神をも凌ぐ巨大な力であったのだろう。誰しも自分の命を守るのが精一杯な状況、そこまで追い詰められた人間の姿からは大きな悲しみと共に絶望を感じてしまう。空も大地も海も人も、ここ沖縄そして首里城を中心に、この世のありとあらゆる地獄があった、と言う表現は決して言い過ぎでは無い。
    6月を迎える度、毎年テレビで特別番組が組まれたり、本屋にも関連書籍が並ぶ。今は未だ辛うじて戦中を生き延びた人々が僅かながらも存命であるが、いずれはそうした人々も居なくなってしまう。残された我々にできる事は、軍やアメリカや人々の憎しみを伝える事では無く、そこに一つだけ足りなかった平和の尊さではないだろうか。暗い壕内に一筋の光と新鮮な空気を入れ、首里城焼失から再建までの間に、こうした記録を少しでも多く発掘し残していく事が大切だと感じた。
    首里城は1986年に国営公園として復元整備が決まり、本「平成の復元」が始まった。沖縄本土復帰20周年の1992年11月には正殿および瑞泉門が復元完成し、首里城公園の一部が開園している。そこから更に2000年には沖縄県内の9つの城跡や建造物とともに世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として指定され、多くの記録と共に人々の記憶を呼び覚まし始めた。そして今、令和の復元からは新たな平和への祈りが生まれていく。
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    投稿日:2024.10.01

  • supermichael211

    supermichael211

     今年、沖縄に行き、修復中の首里城も訪れました。その地下に司令壕があったとの説明を何となく受けたのですが、「立入不可」でそのままスルー。それから書店で本書を見かけ、首里城の思い出ついでにと読んでみたのですが、本日(終戦の日)の投稿にふさわしい内容でした。

     県民を守るどころかスパイ容疑で追い詰め、厳重に機密を守るようにと県民を拘束しながら地下壕に暗号表を残したまま「夜逃げ」。暗号表がそのまま米国に渡り、その後の日本の内情はすべて米国に筒抜けとなる「大失態」など、著者は琉球大学の元教授であり、割り引いて読むべきと思いつつも、読めば読むほど頭を抱えたくなる惨状です。

     「沖縄県民斯ク戦ヘリ」と自決前に中央に打電したのは海軍司令官ですが、こちらは陸軍司令部のお話。沖縄では陸軍の評判がすこぶる悪いと聞いてはいたのですが、「これじゃあ…」と納得してしまいました。米国の資料も多数引用されており、その違いがわかる一冊です。
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    投稿日:2024.08.15

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