【感想】人に寄り添う防災

片田敏孝 / 集英社新書
(3件のレビュー)

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  • yasu.sasaki611

    yasu.sasaki611

    ■「あるべき論」を論じその都度提言をまとめたとしても防災の現場は改善されない。
    ■防災の現場は研究者や行政の「あるべき論」で動くのではなく、その時その現場に臨んだ人が何を思うかによって動きが決まる。
    ■ハザードマップマップを見る必然性を感じていない人に「ハザードマップをみよう」と連呼しても、その効果は期待できない。
     ハザードマップを見ようとしない住民の心の在りどころに理解を示し、その前提を共有した上で少なくともいざというときにはハザードマップを自ら活用する態度を醸成するようなコミュニケーションを行うことが大切。
    ■なぜ要配慮者問題は続くのか
     内閣府は2004年度に「集中豪雨時等における情報伝達および高齢者等の避難支援に関する検討会」を立ち上げ「災害時要援護者の避難支援ガイドライン」をまとめるなど早くから検討を重ねてきた。しかしそれであっても高齢者を中心としたよう配慮者が犠牲者の多くを占める状況は一向に変わっていない。
     その基本は行政に「避難行動要支援者名簿」と避難支援計画の作成を義務付けるものの、災害時の避難支援はあくまでも自助・共助の役割、つまり地域の役割とされている。現実的には地域の民生委員や自主防災組織の役員の方々が役割の中心を担っている。
     確かに災害時に急を要する状況において行政が避難支援の実務を担うことには限界があり行政側の事情に沿えばこのような仕組みは一定理解できる。しかし「個人情報の扱いは慎重に」と言われながら要支援者名簿を受け取った民生委員や自主防災組織の役員の立場に立てばこの対応には無理があると言わざるを得ない。
     避難情報が出る状況になると一人で名簿を抱えて要支援者の対応に当たるのだが超高齢社会の中で要支援者の数は多く対応しきれないのが現実。
     災害時のよう配慮者対応は行政に限界があることを理由に地域に丸投げされ、丸投げされた地域ではそれを受けきれないコミュニティの現状の中で貢献意識と責任感の強い民生委員や自主防災組織の役員が一人で走り回る。そのような状況で要配慮者から多くの犠牲者が出続けている。
    ■「防災」は「主体が行政で客体が住民」ではなく「主客未分の関係」で行政と住民が一体となって地域に襲い来る共通の敵に対して力を合わせて立ち向かうもの。
     主客未分で考える体制でなければ実効性はない。行政だけが対策を積み増すという方向性は住民の主体的な姿勢を削ぎ落す。そしてそのことが被害の拡大を招いている。今の日本の防災の最大の課題はそこにある。
    ■危ないところに堤防を作るのは行政。危ないところをハザードマップなどで教えてくれるのも行政。危ないときに逃げろと言ってくれるのも行政。避難したらお世話をしてくれるのも行政。この延長に「あなたの命を守るのは誰?」と問われると「行政」と答えかねない状況が今の日本の防災の実情。
     「自分の命は自分で守る」という当たり前が基本前提にある社会、そうはいっても自分の命を自分で守れない人を地域みんなで守り抜く地域社会。地域社会では対応できない課題に行政が懸命に対応する社会。そんな社会を取り戻すことが必要。
    ■災害が間近に迫っているとき行政は一人一人を助けに行くことができない。
     自力で動けないような「避難行動要支援者」については地域ではなく行政が責任を持つべきであるが、それ以外の大半を占める健康加齢者はやはり地域で対処すべき問題。
     地域にはその本来の姿として、何事もお互い助け合うような機能が備わっているべき。特に防災において犠牲者を出さないような地域を実現するためにはお互いが助け合うような機能を地域が持たない限り対処は不可能。
    ■避難三原則
    ①想定にとらわれるな
    ⓶最善を尽くせ
    ③率先避難者たれ
    ■アメリカの小学校で教えられていたこと
     「街を歩いていて人が一人倒れていたら助けてあげなさい。二人倒れていたら注意しなさい。三人倒れていたらすぐにその場から逃げなさい」
     アメリカでは自らの命を守ることに対する主体性がデフォルトとして社会の中に組み込まれている。
    ■防災の効果を得るために必要なことは防災上の合理的な行動のみを考え、それを声高に主張し続けることではない。防災行動の当事者である住民は、色々な感情を持った一人一人であるので、その感情を理解した上で、その感情に寄り添ったコミュニケーションを行って、防災上の合理的な行動を住民自らが選択するように導くことが重要。
    ■災害が起こるとその教訓を生かすために検証委員会が持たれる。そこでは毎回その災害に応じた課題が議論され改善策が提言として取りまとめられる。これらの議論は災害に応じて具体的な課題は異なるものの総じていうならば概ね、次の三つの課題に集約される。
    ①避難情報などの災害情報に関連する問題。
    ⓶避難所や避難路といった住民避難に関わって生じる問題で避難行動のよう配慮者問題も含めてほぼすべての災害で議論される。
    ③住民の知識が足らない意識が低いといった住民の防災意識の問題で住民に対する啓発活動や防災教育が重要だと結論付けられる。
    ■検証委員会で議論される課題を総じてみるならば、すべて行政の反省であり行政が行うべき改善。しかし、このような改善を行政がやりつくしたとして、それで本当に災害犠牲者がなくなる社会になるのか。
    ■行政が整える条件は住民が避難する意思を持ち実際に行動を起こす時になって初めて機能するもの。災害に対峙した人の心情と全く無関係に行われる議論の延長に「人が死なない防災」が達成できるとは思えない。
    ■住民一人一人の避難においてより重要になることは心情面。例えばその人にとって大切な人は誰か。その人のためにどのような行動をとるのかといったことで、行政から見る問題の構造と住民から見る問題の構造との間には大きな溝がある。
    ■行政は住民の避難が低調であれば促進を図るための避難情報、避難所整備、そして平時の防災啓発活動が重要と考え問題に対する直接的な対策を講じる。例えるなら勉強しない子供に親が勉強させようと参考書を買いそろえ「勉強しなさい」という状況。
     子供に自ら学ぶ姿勢を持たせるような親子のコミュニケーションが求められるにもかかわらず、なぜ子供が勉強しようとしないのかという根源を理解してやる姿勢を持たず「勉強しないから勉強させる」というような対処は極めて直接的で短絡的。
     「避難しないから避難を促す」という直接的な対処に終始し、住民が避難に至らない心情にまで及んで対処する姿勢に欠けているように思う。
    ■避難しない人には避難しないなりの理由がある。避難に際して困難があってもそれを押してでも避難しようと思うにはそれなりの動機付けが必要。このような前提に立って住民の避難を考えることは人々の心情に即した真に実効性を発揮する避難対策につながる。その結果として人々が自らの意思で非難を行うようになるのであれば、これまでさんざん議論されてきた「主体的な避難」が実現する。
     防災が実効性を発揮するためには、そして防災に住民一人一人の主体性を取り戻すためには人々の心に寄り添うことが本質的に重要になる。
    ■避難しなかった人が避難するように行動変容するためには、その前の段階として人々が自ら「避難しよう避難しなければ」と思う心情を抱くこと、つまり態度変容することが必要。
     この態度変容はあくまで自発的で主体的な行動意向であり、当人の深い納得をもってその人の心情に変化が生じることを意味する。
     このような心情変化は従来の防災にありがちな災害の恐怖をことさら強調する脅しや避難が必要な理由を理路整然と解説することによって説得を試みるコミュニケーションではもたらされない。
    ■「避難しよう避難しなければ」と思う態度変容は自らが納得して、自らが作り上げる心情であり、それを導くためには行政や専門家が人々の心情に理解を示し、それに寄り添ってこそ成り立つ共感のコミュニケーションがとても重要である。
    ■共感のコミュニケーションの現場において重要と考えるポイント。
    ①災害に対峙した人の心の特性をしっかりと理解し、それを前提としたコミュニケーションを心掛ける。
    ⓶避難しない人にはその人なりの理由があることを前提として、その理由は人として当然の思いであると理解を示し否定しない。
    ③他者とのかかわりを通じて自分の命の持つ意味を思い起こすように仕向けて自ら避難の意思を抱くことへ導く。
    ■ハザードマップを見ても現実感に乏しいのはなぜか、という問題は災害に対峙した人の心の在りどころを探る上で重要である。
     この問題は災害発生時に避難指示が出ても避難しようとしないことと同じ心理特性で「正常性バイアス」と呼ばれる。
     正常性バイアスは災害に向かい合う人間の基本的な心理特性。
     人は自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価したりして「いつもと変わらず正常である」と穏やかな心の状態を保とうとする。このような正常性バイアスによって人は自らが被災することを積極的に想起しようとしない。そのためハザードマップや避難情報などのリスク情報に接することに無関心な態度が形成される。
     にわかに「主体的に備えよ」と促されても積極的な態度を形成するまでに至らないのは自然なこと。
     災害に向かい合う人の心の特性として正常性バイアスは大変重要であり人が災害への対応行動をうまく取れない大きな理由と言える。
     加えて人は事態の展開の読み解き、言い換えれば時間軸の中で物事を考えるのを得意としない。被災者が必ずと言っていいほど口にする「こんなことになるとは思いもしなかった」という言葉はまさに短期的な時間軸の中での事態の展開を悲観的に読み解けなかったことを物語っている。
    ■災害時において適切な対応行動をとるためには、自らに関わる事態がこの先どのように展開するか読み解くことが必要となる。
     行政や防災の専門家はハザードマップを事前によく見て万一の事態に備えるよう訴える。しかし、ハザードマップに示される情報は洪水ハザードマップであれば浸水域や浸水深など想定される事態の最終的な状況に過ぎず、そこに至るまでの展開までも示すことはできない。
    ■ハザードマップを活かすためにはそこに示される状況に至るまでの展開を積極的に読み解き、それに応じて自らに生じる事態の展開へと思いを巡らし、それに応じた適切な対応行動を事前に取ることが必要。しかしそれは相当に積極的な態度がなければ不可能なこと。
    ■マイ・タイムラインは災害時の事態の展開をシナリオとして与え、その時間の流れの中でその時々に取るべき行動をシミュレーションする訓練。人が苦手とする事態の展開の読み解きそのものを扱い、それを自らの身に生じ得る事態に関連付けて対応行動を考える経験は、正常性バイアスを回避する試みの第一歩として意味がある。
     しかし、わが国で行われているマイ・タイムラインの取組には大きな問題点がある。そこでは事態の展開を固定的なシナリオとして与え、その下での対応行動を検討するが実際に起こる災害はシナリオのとおりにはならない。
     災害が起こるたびに「想定外」という言葉がよく聞かれるが予想もしないことが起きるのが災害の本質である。したがって固定的なシナリオで考えた対応行動に縛られてしまい、実際の事態の展開に合わせた臨機応変な対応を阻害することが危惧される。
     マイ・タイムラインのもとで検討した対応行動がマニュアル的に固定してしまっていること、その結果として想定外を頻発させていることには注意が必要。
    ■災害に接した人の行動を大きく規定する要因として正常性バイアスと並んで重視すべき心理特性が「愛他性」。
     愛他性は「利他性」とも言われ「自分に何らかのコストを負いながら他者に利益を与えようとする心の特性」と定義される。平たく言えばこの愛他性に基づく行動は自分のことよりも大切な人のことを思ってとる行動であり災害時には顕著にみられる」
    ■災害対応では自らのついては正常性バイアスが働くため積極的な行動が生じ難い一方で大切な人については正常性バイアスとは逆方向のバイアスが働き、より積極的な行動がとられやすい。
     この特性は災害対応行動に大きな影響を与えることにおいて重要。そしてそのあらわれ方によって災害対応行動の促進要因としても阻害要因としても機能するため防災のコミュニケーションにおいては極めて重要な心理特性として十分に踏まえておくことが必要。
    ■ナッジ理論による避難行動の促進
     ナッジとは人の行動特性を観察し、その知見を活かすことによって人がより良い選択を自発的にとれるよう手助けする方法。
     広島県は2019年から非難を促進する呼びかけとして「あなたの避難がみんなの命を救う」というメッセージを出すことにした。このメッセージは自分の避難行動が他者の避難行動に影響を及ぼすという外部性を直接的にメッセージに織り込むことによって避難の促進をねらったものということができる。このようなメッセージを出すことになったのは過去の避難行動を分析した結果、避難を行った人の多くが周囲の避難行動に誘発されていたことが分かったため。それを逆手にとって自分の避難行動が持つ外部性を認識させると自分だけではなく他人のためにも非難することが期待できると考えた。
    ■防災のコミュニケーションにおいて大切なことは、まずは相手の視座に立って避難しないのは避難しないなりの理由があると理解することであり、その上でそれであっても避難する動機付けを相手の立場から考えて提示すること。それがナッジの考え方の整合的であるならば防災のコミュニケーションは相手の視座から効果的なナッジを探し、それを実践するコミュニケーションであると捉えることができる。
    ■災害発生時と平時とでは防災活動に対するアプローチが異なる。
     防災において望まれることは災害に向かい合う主体的な姿勢を持つことであり、その結果として災害発生時に円滑な避難行動が達成されること。
     平時の地域防災活動の中で「自分の命を守ること、地域から犠牲者を出さないこと」に対する主体的な姿勢を醸成し、その結果として災害発生時に正常性バイアスを乗り越えて主体的に避難行動が行われる。そのようなあぷろーとがより重要になる。
    ■平時における地域防災活動は災害に対する切迫感が弱い状態。したがって避難行動に直接働きかけるというより、防災コミュニケーションによって正常性バイアスに優先する愛他性を強調し、愛他性に基づく行動を誘発することで結果として正常性バイアスを回避することを目指す。つまり愛他性によって行動変容の前段となる態度変容に働きかけることの意味が強くなる。
     このようなアプローチは自分の命を守る行動意図から大切な人の命を守る行動意図へとリフレームすることによって、いうなれば正常性バイアスを正面突破する方法と言える。
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    投稿日:2021.08.27

  • 百子

    百子

    正常性バイアス、他愛性など実際の被災者の視点に立ちながら防災問題の改善について本気で論じている。
    私たちは災害過保護状態をもういい加減に脱しなければならない。

    投稿日:2021.07.24

  • しばいぬ

    しばいぬ

    本書でも取り上げられているけど、結局、これまでの防災では、要配慮者の問題は行政がやるのか?住民がやるのか?白黒付けずグレーゾーンで放置されてきた。

    文中で、寝たきりの人や人工呼吸器利用者を行政でカバーして、その他は、住民が避難支援を担うべきとの提言がなされている。

    個人的には大賛成で、医的ケアの範疇にある人については、行政が丸抱えすべきで、まずは住民側のハードルを下げて、心理的負担感を減らすことから始めないと、多分進まないと思う。
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    投稿日:2020.11.03

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