朝井まかて / 集英社文芸単行本
(8件のレビュー)

総合評価:

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ブクログレビュー

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  • カレン

    カレン

    森鴎外の末子、森類 偉大な父親の庇護のもと何不自由なく育つ。
    しかし偉大な父親を持ったがために、世間や家族からの無言のプレッシャーからも逃れられない。
    何もせずとも暮らしていけるが、何かやりたい、やらねばという思いで、絵画に打ち込みパリにまで出かけて修行?するが芽が出ない。
    二人の姉は、文筆で名をあげ益々焦る類であるが、いかんせん道楽(のように私には見える)である。
    やがてエッセーのようなものを書き始めるが、家族の暴露本のようになってしまい、姉たちを怒らせ絶縁状態に。
    その間に結婚するがやがて戦争が始まり、終戦、生活は経験したことのないどん底、それではと仕方なく初めて勤め人になるが、使い物にならなくすぐに解雇、無理もない、それまで働いたことのない人だから。
    と、なんともあからさまにその生涯が綴られている。
    世間知らずのお坊ちゃまだから、悪気はない。
    世が世なら、森鴎外の子供として一生涯周りからちやほやされ、苦労知らずで何の心配もなくその生涯を送れていただろうが、戦争がすべてを変えてしまった。
    それも類という日との運命なのだ。
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    投稿日:2020.11.18

  • dee_dee

    dee_dee

    優雅な生活が最高の復讐である。
    でも優雅に暮らしていられなくなったら?
    しかし、生まれながらにしてハイソサエティの住民だった森類は存在自体が優雅なので貧乏だろうと愚かだろうと才能がなかろうと美しく生活するしかないのである。
    その高貴な後ろ姿を見送った読後に、集英社にしちゃあイヤにセンスのいい装丁を見直してみると、森類その人の絵が使用されていた。
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    投稿日:2020.11.17

  • tamazusa_do

    tamazusa_do

    文豪・森鷗外の息子、森類(もり るい)さんの生涯。
    分厚い本を約一週間かけて、類さんの生涯にお付き合いした。
    文豪の子という宿命(あるいは枷)をとにかく生き抜いた類さんの一生だった。
    小説として昇華されているのだからぜんぶ鵜呑みにしてはいけないことは分かっている。
    しかし、以前、類さん本人の随筆を読んでいて、この本に出てくるエピソードは、細かい会話部分はともかく、ほとんど事実だ。
    全く、小説ネタには事欠かない、個性的で「キャラ立ってる」森家の人々。

    読み始めは、頼りない子供な印象。
    長ずれば、何をやっても長続きせず、モノにならず。
    今盛んに言われている“グレーゾーン”か?
    ケーキを切れない何ちゃらか?
    などと思ってしまう。
    文学に無縁な周りの人間も、同じように考えたのでは無いかと思える話もあり…
    植木屋に防空壕を掘らせていると、訪れた斎藤茂吉先生が興味深げに覗き込む。
    「どちら様で?」と尋ねる植木屋に、文学者としての肩書を説明しても分からないだろうと思った類は、「精神科のお医者様」とだけ説明する。
    気の毒げな顔で納得した植木屋は、森さんがついに頭のお医者様にかかるようになった、と思ったのだろう。

    しかし、文学や芸術の関係者は、何かと森鷗外と比べずには居れない。
    親の七光り、印税のおかげで働かなくて済む高等遊民。
    「あなたのような人が今の時代に生きてることが間違い」
    「あんたが偉いんじゃない、森鷗外が偉いんだ!」
    などとひどい言葉を浴びる。

    類は、本人の随筆を読んでも、自分の手で当たり前に稼ぎたいという気持ちは確かにあったのだけど、自分が何に向いているのかもよく分からなかったらしい。
    それでも、結婚して、子供も四人生まれる。
    戦前戦後の混乱をどうにか暮らしていけたのも、ひとえに奥さんの美穂さんのおかげだと思う。
    そんな美穂さんにも、不甲斐なさを責められて喧嘩になることもしばしば。

    芸術家はダメ人間が多いものだ。仕方がない。
    と思いつつ、終盤に差し掛かれば、何だか類さんが素敵なシルバーに見えてくるのだ。
    子供たちも(まともに)成長して、穏やかな晩年。
    ルックスも生き方も飄々として。
    「僕の本当の夢は、何も望まず、何も達しようとしないこと。質素に、ひっそりと暮らすことだ」
    生き方の多様性を認めようという流れも出てきた現在、類さんを理解できる人も多いのではないかと思う。

    最後に、母が同じ鷗外の三人の子についての印象。
    ・茉莉は、己のうちに夢の世界を作り上げ、鷗外に溺愛されたという誇りに生きた。
    その呪縛、他人からの目については、三人の中ではわりと自由。
    ・杏奴は、自分から「鷗外の娘」という呪縛に縛られようとし、世間に対して完璧な姿を見せようとした。
    ・類は何も繕わず、正直だった。
    自身にはその気が無いのに、親の威を借りようとしている、と歪めて判断され割りを喰った。

    そして三人とも「表現したい」という思いと父親への愛は同じだったのだろう。
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    投稿日:2020.11.17

  • todo23

    todo23

    森鴎外の残された家族を、鴎外の末子・類(るい Luis)を主人公に描いた作品です。
    まかてさん、ますます上手くなったのかな。私の嫌いなタイプを主人公にした500ページにわたる大長編。でも、とても面白く読めました。
    文学者であり同時に医者として軍医総監まで務めた万能の天才・森鴎外の子に生まれながら、中学校の勉強について行けず、今なら「発達障害」とでも言われそうな少年時代(ついつい同名の栗原類が頭に浮かぶ)。そして何を為す事無く過ぎる青春時代。晩年の類の
    「どうして何もしないで、ただ風に吹かれて生きていてはいけないのだろう。どうしても誰も彼もが、何かを為さねばならないのだろう。
    僕の、本当の夢。
    それは何も望まず、何も達しようとしないことだ。質素に、ひっそりと暮らすことだ。」
    という独白がその生き様を良く表します。
    鴎外の残した財産が有るうちはともかく、それも尽き果て家計はひっ迫。子供らの食費にと奥さんが嫁入り道具を質に流すのを傍らに、一人で行った東京でウナギなどを食べたりする。悪気は無いのです。妻を愛してるし、子供らも可愛い。でも金持ちだった癖が抜けず、今では過ぎた贅沢と感じる感性が無いのですから、家庭人としては失格。
    中年を過ぎた頃からは多少は世知も着きますが、それにしても最後までフワフワと生き通します。それでも子供たちから慕われた所を見ると、そのフワフワ具合が欠点を上回る魅力だったのでしょうね。もっとも奥さんが偉かった事も大きいでしょうが。
    長姉の森茉莉(随筆家)と次姉・小堀杏奴(あんぬ、同じく随筆家)も主要登場人物です。特に類以上に世の中から浮き上がり自分の感性で生きた森茉莉は興味深く。今度何か読んでみようかな。
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    投稿日:2020.11.13

  • tomoyasu727

    tomoyasu727

    4.8
    読み終えた…

    というよりも、
    一生を共に生きた様な疲労感… 笑

    そして、
    思いもよらない所で、
    説明の出来ない涙が溢れてくる…

    そんな本でした



    杏奴と二人、
    縺れ合う様に過ごした巴里で、
    生まれて初めて自分を開放した類の心の軽さが、こちらまで巴里の空気を運んで来て、自分もマロニエの路に佇んでいるように…

    老いて後、
    三女の生活するパリを再び訪れた時の、
    カフェのギャルソンが男前過ぎて、
    悪名高きフランス人の印象が覆ったり…


    様々な困難を乗り越えて世に出た、
    類の初めての著書「鴎外の子供達」の新聞評に対し、負の感情を抱く類に佐野が諭す場面。
    佐野の言葉に対する類の様子を
    「佐野の言葉は妙な動き方をした。
    日を経て、徐々に背骨を通っていく。
    飴玉とは異なる苦みと痛みを伴うが、類はそれを少しずつ受け入れている」
    と。
    放たれた言葉に対して
    「動き方」と表し、「背骨を通って」と表現する感性
    …そして語彙力に舌を巻く。

    久しぶりに連れ出した散歩で、動かなくなった飼い犬・次郎。
    ー「散歩への期待に気づかぬふりをして、愛情が単なる義務に成り果てたと気づいた時、次郎は老い切っていた」ー

    そのまま妻や子供に当て嵌めれば、なにやら妙に我が身が薄ら寒い…

    美穂を喪った後、
    焦がれるようにパートナーを求める類に
    また涙…

    そして女達の見せるエグ味…その出会いの難しさ…

    老齢化社会の、行き着く先が…
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    投稿日:2020.10.16

  • gabrielpetajirio

    gabrielpetajirio

    朝井まかての作品はこれが初めてだけど、過剰な自然描写(特に花木の名前の多さ)にいちいち思考が中断して、流れに乗れなくて難渋しました。
    森家の子供たちは、長男・於菟に始まり、長女・茉莉、次女・杏奴、そして末子・類と全員が父である鷗外について、ひいては森家の家族についての文を残しているから、このような小説を他の作家が書く意義は何なんだろうなぁ〜。
    このやたら情緒的で回りくどい描写のせいで無駄に長い作品に仕上がっている割に、感情の起伏も覚えず、読後の達成感も感動もないのは、類という人物がなんとも憐れな高等遊民の成れの果てとしか思えなかったからかもしれない。

    彼は言う、「どうして何もしないで、ただ風に吹かれて生きていてはいけないのだろう。どうして誰も彼もが、何かを為さねばならないのだろう」

    ん〜、偉大な父の重圧はわかるんだけどね、ただ何もしないでいても食べていかなきゃいけないんだから、何かを為さなくてもいいですから食い扶持だけは稼いできて下さい!って言いたくなるよね‥‥
    続きを読む

    投稿日:2020.10.11

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