【感想】歴史の教訓―「失敗の本質」と国家戦略―(新潮新書)

兼原信克 / 新潮新書
(6件のレビュー)

総合評価:

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ブクログレビュー

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  • shosho

    shosho

    もしかすると今年読んだ本の中で最も勉強になる本になるかもしれない。これまでの歴史本は日本人が主人公として書かれたものが多かったが、ヨーロッパ、ソ連、アメリカの思惑も冷静さをもって描かれており、とても良い。続きを読む

    投稿日:2024.02.06

  • モゲラ

    モゲラ

    日本の国家安全保障戦略においても重要な概念である、自由と民主主義からなる普遍的価値観の普遍的たる所以を歴史やさまざまな文明・宗教における哲学から説き起こし、近代日本の挫折、現代日本の国家戦略を述べている。続きを読む

    投稿日:2022.12.25

  • bqdqp016

    bqdqp016

    長年、首相官邸で安全保障に携わってこられ、現在は大学教授の兼原氏による近代の歴史に学ぶ安全保障論。近代の日本を取り巻く東アジアの歴史のみならず、欧米やインドを含め豊富な知識を基に論じられており説得力がある。勉強になった一冊。
    「人は、未来を見るために過去を見るのである」p18
    「今を生きる私たちは、私たちが信奉する価値観をもって、歴史から教訓を引き出す。それは自由、民主主義、法の支配といった普遍的な価値観である。その根底には、一人ひとりの人間の尊厳に対するゆるぎない確信がある。肌の色、目の色、文化、政治信条、宗教を超え、国境を越え、さらには時間さえ超えて、人類を貫いてきた道徳感情があるとすれば、それは人間がみな自由であり、平等であり、誰もその尊厳を侵すことができないという確信である」p19
    「スペインとポルトガルは大航海時代を切り拓いた国であるが、その理由は彼らがイスラム勢力をイベリア半島から追い出したばかりの若い国であり、オスマン帝国やヴェネチアの海軍が取り仕切る地中海貿易に入っていくことができなかったからである」p25
    「(大航海時代)当時、世界で流通した銀は2種類しかない。スペイン銀と石見銀山の銀である。この2つが世界経済を回しており、当時、世界に流通していた銀の1/3が石見の銀だと言われている」p29
    「産業革命後の僅か数十年で、ムガル帝国(インド)、大清帝国、ベトナム王朝など、いずれも大河の治水から発展した長い歴史を持つ農業文明の国々が、次々とヨーロッパ勢に屈していった。石炭を燃やし、水蒸気を使って機械を動かす火の文明が、大河の治水と農耕で繁栄した水の文明を次々に併呑したのである。そこでは当然ながら、屈服される側の同意など求められなかった。英国が中国に仕掛けた阿片戦争は、不義の戦争の典型であった」p33
    「僅か三十数年の日本の統治下で、朝鮮半島の人口は約1300万人から約2500万人に増加している。さらに200万人が日本に出稼ぎに出ており、100万人が満州に、更に100万人が華北へ移住していた。工場の数は数百から6000になり、その半分は朝鮮人自身の経営であった。稲作の生産性も2倍になった。日本は京義線、京釜線、京仁線等の鉄道インフラ整備や、鉱山開発、工場建設に力を注いだ。隣国を植民地として近代化を推し進め、安全保障上の盾とする日本の植民地支配は、欧米と比べてもかなり特殊であり、当時は「内鮮一体」と呼ばれた」p61
    「(対華二十一ケ条の要求)ここが日本近代史の1つの大きな転換点だったと思う。日本は帝政ロシアの南下が怖いから朝鮮半島を併合した。その後もロシアの南下に備えて、折に触れて北へ向かって大陸に深入りしていく。日本陸軍の頭の中には、常にロシア(ソ連)のことが念頭にあった。しかし、日本自身が帝国主義国家の片鱗を見せた対華二十一ヶ条の要求は、中国の反日ナショナリズムに火をつけることになったのである」p78
    「(第一次世界大戦後)若き米国にはまだ、欧州勢を押しのけて世界の警察官になるつもりはなかった。戦間期の国際協調主義、平和主義には、米国という力の裏付けがなかった。力の裏付けを持たない国際制度は短命である」p88
    「(統帥権の独立)その火付け役は、海軍内の艦隊派と呼ばれる人々であるが、これを憲法論に仕立てたのは帝国議会である。野党の政友会がロンドン海軍軍縮条約を利用して、民政党の浜口雄幸首相に対して、陛下の権限である「統帥権を干犯している」と主張して、なぜ軍艦の数を政治家や外交官が決めているのだと突き上げたのである。これは日本憲政史上、最大の失敗であった。なぜなら、この時以降、統帥権が独立し、軍の専横と暴走に繋がったからである。シビリアン・コントロールの一翼を担うべき帝国議会が、こともあろうに軍を野に放つような憲法論を提唱したのである。これほどの愚はない」p93
    「大陸ではドイツがまとまると、もう誰も勝てなくなる」p98
    「米国人は日ごろは人が良いが、エスカレートするときは速い。ジョージ・ケナンは「民主主義国は怒りに任せて戦う(Democracy fights in anger.)」と名言を残した」p127
    「負ける戦争は絶対にやってはいけない。自分より絶対的に強い相手と死活的利害が衝突したら、何を譲ってでも一歩下がり、国家と国民の生存を確保するのが最善の外交である」p130
    「既得権益と新興勢力は必ずぶつかる」p172
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    投稿日:2021.02.18

  • ころまる

    ころまる

    わかりやすい。明治維新から終戦までの部分は特にわかりやすい。戦後は私の勉強不足もあり、難解な部分もあった。

    投稿日:2021.02.15

  • shimu2

    shimu2

    【外交は常に連立方程式である。全体を見る力がない国は滅びる】(文中より引用)

    安倍官邸外交を支えた前内閣官房副長官補が近代以降の日本の国際関係を敷衍しながら、最大の問題であったと指摘する「国務と統帥の断絶」について解説した作品。著者は、退官後に同志社大学特別客員教授として活躍する兼原信克。

    「歴史の大きな流れをつかむ」という大きな視点から、あるべき国家安全保障戦略、そして近代日本が抱え込んだ統帥権の問題までが一本の糸でスッと連なっている様子がよくわかります。歴史一般の作品としても楽しめますが、本書を通して第二次安倍政権以降の外交がどのような方向性を志向していたかがなんとなく透けて見えたのも興味深かったです。

    単語のチョイスとか独特☆5つ
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    投稿日:2020.05.27

  • yujiohta

    yujiohta

    著者は絶賛された安倍外交の屋台骨を7年に渡り支えてきたという元外交官。
    本書に卓越した識見がちりばめられております。
    15世紀にスペイン、ポルトガルが大航海を始めたあたりから現在までの「世界史」や「日本近現代史」のエッセンス、今後の「国際政治」で知っておくべき要点などをざっくり学びたいという方には是非、読んで欲しいです。
    以下、本書より。

    【二十世紀から掬い取るべき教訓は何か】
    世界史の中の日本の来し方を振り返って見ると、昭和前期の日本が、あそこまで意地を張って頑張る必要があったのだろうかと、首をかしげたくなる。
    人間は考える動物であるから、よほど頭に血が上った人でなければ、殺し合いや果し合いはなかなか決断しないものである。

    人類社会は、弱肉強食の社会から自由と民主主義、平和と繁栄へと向かって徐々に成熟してきた。
    それが十九世紀から二十世紀にかけて起きたことである。
    二つの世界大戦の後、核兵器の登場もあり、総力戦の愚かさは誰の目にも明らかになった。
    植民地支配も人種差別も、みな廃れていった。

    日本人が戦前、心の底から腹を立てたのは、欧米のアジア支配と人種差別であったはずである。
    国際秩序の根源的な不義こそが、日本人が最も悩んだことであったはずだ。
    戦後の日本人は戦争に負けたので口をつぐみがちだが、戦前の日本人はこれが不満だった。

    しかし、戦後になると植民地支配も人種差別も消えてなくなった。
    アジアやアフリカの植民地はほとんど独立した。
    そうするとやはり、なぜ日本人はこの新しい人類社会の実現を忍耐強く待っていられなかったのか、という疑問が出て来る。

    二十一世紀に生きる私たちは、昭和前期の日本はどうしてあそこまで性急だったのか、どうしてもう少し待って様子を見ることが出来なかったのかということを、突き詰めて考える必要がある。
    政策的な過ちなのか、道徳的な過ちなのか。
    戦略的な過ちなのか、戦術的な過ちなのか。
    軍事的な過ちなのか、外交的な過ちなのか。
    それとも日本の統治機構に根本的な制度的欠陥があったのか。

    当時の日本人には、歴史の流れが見えない。
    私たちには二十世紀の世界史の流れがくっきりと見える。
    戦後、日本人は生まれ変わったと信じ、そう諸外国に言ってもきた。
    しかし、何をどう間違えたのかを分析し、今の安全保障政策や制度に生かすことができなければ、本当に反省したとは言えない。
    それでは日本の未来を私たち生き残り組に託して無念に死んでいった三百万の英霊や同胞に対して、そして希望の欠片もなかった終戦直後の混乱の中で家族を守り、生きぬいて、今日の繁栄の基礎を築いてくれた私たちの祖父母、父母の世代に対して、あまりにも申し訳ないと思う。

    本書は、その問いに答えを与えようと言うささやかな試みである。
    ここまで描いてきたように、世界史の中での近代日本の振る舞いを見た上で結論を言えば、日本が誤った根本にして最大の原因は、憲法体制の脆弱さ、特に「国務と統帥の断絶」である。
    それによって軍部の暴走に歯止めがなくなり、正しい政軍関係が破壊され、シビリアン・コントロールが全く効かなくなった。
    軍が政府と切り離され、政治も外交も壟断するようになれば、大局的な国益を見据えた外交戦略の視点は失われる。
    国家は統一された意思を持ちえず、自壊する。

    それだけではない。
    戦前の日本は、人類の理性や霊性が徐々に覚醒し、それが地球的規模で広がり、普遍的な価値観が歴史を突き動かしていく姿が見えなかった。
    それでは国際社会を味方につけ、世界史を牽引するような外交戦略は出てこない。

    日本は、欧米諸国の一部が工業化に先駆けて激しい権力闘争に入った際、ただ一人アジアから遅れて先行組に入り込んだ国であった。
    米国の主張する戦間期国際協調主義は、米国自身が孤立主義の殻に籠り、力によるコミットをしなかったために、絵に描いた餅になった。
    また、人種差別や植民地主義が横行している中で、国際政治における普遍的な価値観を信じろと言われても難しかった。
    更に日本人は、世界恐慌の後、悲惨な社会格差是正のための急進的社会変革と全体主義的な独裁政権待望の熱に冒された。
    日本人は、十九世紀から二十世紀後半にかけて進んだ、剥き出しの力の政治や革命や戦争と言った暴力を、古典的な自由主義、或いは普遍的価値観がゆっくりと繭のように包み込んでいく過程を、信じることができなかったのである。

    第二部では、第一部で得られた知見を踏まえ、二十一世紀の日本外交の戦略について考えてみたい。
    続きを読む

    投稿日:2020.05.23

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