スバル――ヒコーキ野郎が作ったクルマ

野地秩嘉 / プレジデント社
(3件のレビュー)

総合評価:

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ブクログレビュー

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  • tomom

    tomom

    歴史的背景を含めSUBARU(旧富士重工)がどのような変遷たどり現在に至るのかが非常にわかりやすくまとめてある。加えてプリンス/日産プリンスがIHIエアロスペースになったりという航空宇宙防衛に関する相関も学ぶことができる。資料/情報源として非常にわかりやすいと感じるとともに、歴史のロマンを感じられる一冊だった。今後10年で自動車の業界も、航空の業界も大きく変わっていくと思うが、スバルを応援したくなるそんな本であった。
    航空宇宙/自動車業界に興味のある方は是非ご一読いただきたい。下手な業界誌などを読むよりも全容がすっきり理解できる気がする。
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    投稿日:2021.09.17

  • glideoff

    glideoff

    仕事のモチベーションを上げるきっかけにならないかなと思って読んだ。

    戦前の軍需企業、多大な借金からの銀行支配と、永らく不自由な経営環境であったことが分かる。それでも偉大な創業者や技術者が築いたアイデンティティのある会社はやはり強い。戦後から約50年間は実質スバル360しかヒットがなくて続いているのだからそう思う。そして、やっと花開いたと思ったらEV化の波。だいぶ運には見放されている会社だ。

    もはや国内消費者の方を向いていない会社だとの批判があるが、応援している。結局のところ、輸出産業が輸出で稼いでくれないと対外の購買力が弱くなって貧しくなってしまう。

    あとがきの「今のスバルはもう一度、大きな夢に挑戦してほしい。EVや自動運転車ではなく空飛ぶ車を作ってほしい。だいたいスバルが空飛ぶ車を作らなくてどうするのか。他社にやらせていいのか。」はちょっといい言葉。
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    投稿日:2021.08.09

  • tomtomusc

    tomtomusc

    戦時中の話は詳しい。中島飛行機は三菱重工と二分する飛行機会社だった。異なる点はフランスの技術を学びそこで安全性重視の考え方を取り入れ、それが、水平対向エンジン、モノコック、アイサイトといった安全技術絵と繋がった。戦後は解体され、一部はプリンス自動車として日産に取り込まれたが、残りの富士自動車は6つ集まってその数でスバルと名付けられた。スクーターからスバル360という軽自動車のヒットを出すが、トヨタが販売店を完璧に組織化するのに対し、自転車上がりの販売店を自動車化することなく、併売店中心のネットワークでうまく立ち上がらない。その中で興銀出身の田島社長が研究開発投資やアメリカ進出の礎を作り、次の財務悪化立て直しのための日産出身の川合が立て直し、今のスバルへとなっていく。この本ではそこで大体が終わってしまい、アメリカでなぜ成功したかについては、日本は出遅れてアメリカしかなかったのでそこに集中したくらいしかなく、そのあとの品質不正問題も背景は全く掘り下げられていない。続きを読む

    投稿日:2020.02.08

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