むらさきのスカートの女

今村 夏子 / 朝日新聞出版
(52件のレビュー)

総合評価:

平均 3.9
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18
12
2
0

ブクログレビュー

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  • mitumameko

    mitumameko

    今村夏子さん、初めて読みました。
    芥川賞に選ばれる前から読みたいリストに入れていたので、受賞されて更に読みたい熱が上がりました。
    とても不思議な感覚になる話で、面白かったです。
    狂気と紙一重の滑稽さ、まさにその通りでした。
    他の作品も読んでみたいです。
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    投稿日:2019.08.12

  • ひでくす

    ひでくす

    今村夏子の作品のなかだと、「ピクニック」(『こちらあみ子』所収)に近い。叙述トリックに近い、語りの、不定の感触――発言している語り手はかなり本気で語っているのであろう(ひとつの現実が語られる)、という感触と同時に、語られている内容は真実とはかなり異なるのであろう(しかし誰の真実なのか)、という感触を、同時に与えてくる不可思議な語り――がそう感じさせるのかもしれない。
    好き嫌いでいうと、ぼくは「ピクニック」のほうが好き。本作も、もちろん、抜群に面白いのだが。

    気になったのは『文藝春秋』に掲載された芥川賞選考委員の数人が、「むらさきのスカートの女」と「黄色いカーディガンの女」の同一人物説(という単純なものではなくて、鏡説、上半身と下半身説、語りの中でくっついたり離れたりする説……、という不定形な意味での「同一」なのだけど)を本作品の読みに採用していることで、それはおそらくこの「叙述トリックに近い変な語り」がそのような読みを導いているのだろうと思うのだが、そこはこの作品にとっては、魅力の中心ではないだろうと思う。

    (もし、一人称で語るときの、「語るシステム」の閉鎖性、日常用語で言う「こころ」は当該こころの内部しか観察することが出来ない――こころの環境(閉鎖システムの環境)を観察し・それについて言及するときでさえ――について述べるならば、すべての語りは自己言及であり(これはシステム理論的にはたんなる事実である)、「黄色いカーディガンの女」にとっての「むらさきのスカートの女」だけではなく、語られたすべては自己言及であるだろう。商店街の人々も、公園の子どもたちも、チーフたちも所長も。このラインでの読みを進めるならば、ぼくはむしろ「むらさきのスカートの女」多数説をとりたい)

    整理すると、
    「ピクニック」においては、主人公の語り、あるいは主人公とその周囲の人々を「客観的に」記述した語りと、彼女の周囲の人々の考え・心理とがおそらくは乖離しているのだろう、という不気味さが、魅力の中心になる。この【乖離】を、主人公の、とある芸能人に対する思いは、ひょっとしたら妄想にすぎないのではないか、いや、そうであるに違いない、とおそらく多くの読者に抱かせるであろう疑いが、隠蔽しようとする(背景にある乖離=人々の心理と行為の乖離が、主人公の語りにある乖離=事実と妄想の乖離によって、見えにくくなる)。その意味で「ピクニック」では、二重のトリックが作動している。この二重性は、作中(作品世界内)の語りと、小説の語り(作品をこの世界に在らしめた行為)の二重性に重なる。
    対して、
    「むらさきのスカートの女」では、語りは単数である。一貫して「黄色いカーディガンの女」によって観察された世界が記述される。このとき、すべては語り手の自己言及・自己記述となる。外部を観察し、外部について語っていても、内部にひかれた〈内部/外部〉区別の線の、内部にある外部、の【側】を観て・語っていることになる。

    それを言ったらすべての一人称小説は自己記述になるではないか、というと、そのとおりである。
    「むらさきのスカートの女」は正統派の一人称小説である。
    逆に言うと、古今の一人称小説を逆照射して読むための、ひとつの批評理論として、この小説は機能する。そこがこの作品のポイントであると思う。
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    投稿日:2019.08.12

  • 本屋のおっさん

    本屋のおっさん

    〝これまで〟が少しずれて、奇妙な表情が出てくる。
    そういうこれまでの今村作品とちょっと違っていた。
    どこか暗がりのある世界観だけれど、その暗さは過去作品より少ない。

    投稿日:2019.08.12

  • 松倉 久美

    松倉 久美

    むらさきは意味深な色

    文藝春秋で読みました。

    あかのスカートの女でもなく
    みどりのスカートの女でもなく
    むらさきのスカートの女だからワクワクしたしドキドキしたのだと思う。

    投稿日:2019.08.11

  • gao

    gao

    主人公は、街で変わり者で有名な「むらさきのスカートの女」と友達になりたい一心で、犯罪レベルのストーキングをしながら近づく。尋常じゃないその執着が怖いんだけど、なんだか笑ってしまう。
    前半はかなりコミカルに進むのだけど、「むらさきのスカートの女」が主人公と同じ職場に勤めるようになり、「むらさきのスカートの女」のキャラがどんどん変わっていって。。。
    読み手の興味は「むらさきの女」から主人公の人物像へと変換する。
    どういう方向に話が進むのか気になって一気読み。
    他の作品も読んでみたい。
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    投稿日:2019.08.11

  • assemblage

    assemblage

    このレビューはネタバレを含みます

    近所に住む「むらさきのスカートの女」の行動とそれをずっと追いかける「わたし」の物語。

    今村さんの今までの作品らしさ炸裂で、大きな動きがある訳ではないのに、ジワジワと迫ってくるというか不穏な空気が全体を覆うように立ち込めている。

    タイトルのむらさきのスカートの女は確かにちょっと変わっているのかもしれないが、でコミュニケーションがそれほどうまくないけれどどこにでもいる目立たない女。

    むしろそれをずっと追い続けている「わたし」や職場の同僚の方が異常さが垣間見えて、異常な周りの人たちが主に転換していく妙な感じ。

    特に「わたし」の異常さはストーカーそのものという気がする。

    でも「わたし」や職場の人たちのおかしなところって、結構日常に潜んでいる、良くTVの事件になったりもすることのようで、人の追い込み方、追い込まれ方を、今村さんなりの不穏な雰囲気で表現した作品だったのかなぁと思う。

    不穏な空気の今村作品、完全にハマった、これからも追いかけてみよう。

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    投稿日:2019.08.11

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