【感想】開けられたパンドラの箱 ――やまゆり園障害者殺傷事件

月刊『創』編集部 / 創出版
(6件のレビュー)

総合評価:

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ブクログレビュー

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  • 棚田 弘一

    棚田 弘一

    2016年に相模原市の障害者施設で起きた殺傷事件を風化させてはならないと、事件の背景を慎重に検証している。読んでいると常に「あなたはどう考えるか」を問い詰められているようで、非常に重たいテーマの本だった。この事件では被害者の名前を匿名で報じたことも含めて議論が起こり、日本の社会と人の心の在り方が問われている。

    被告が編集部等に充てた手紙の内容や書いた漫画など、「読むに堪えない内容」も、事件の真相を解明するためにあえて掲載されている。とは言え、関係者の感情や安易に被告に賛同するような風潮を作らせないように細かく配慮されている。

    著名な精神科医2人による対談の中で交わされた一節が刺さってきたので抜粋したい。
    「(この事件を起こした被告のような)犯罪を起こすかもしれない奴のために税金を使うな。どこかへぶちこむか死刑にしてしまえということを言う人がいる。」
    「自分が被告とそっくりなことを言ってることに気づかずにね。」

    本書が解明したいことの、大きな要素の一つと受け止めた。
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    投稿日:2023.01.07

  • だまし売りNo

    だまし売りNo

    2016年7月26日に相模原障害者施設殺傷事件が起きた。神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が殺害された。犯人が特定の人々は殺した方が良いと命を選別する思想を持っていたことが強い衝撃を与えた。
    犯人の思想を批判する意見が各所から出されたが、逆に事件が命の選別思想を社会に拡散する契機になるのではないかと憂う声も出た。「パンドラの箱が開けられてしまった」ことを示すタイトルの書籍も出版された(月刊『創』編集部編『開けられたパンドラの箱』創出版、2018年)。
    残念なことに事件から4年後の2020年7月は命の選別思想が日本社会に拡散していることを示す出来事が相次いだ。最初に「れいわ新選組」大西つねきさんの「命の選別」発言がある(林田力「れいわ新選組が命の選別発言の大西つねきさんを除籍処分」ALIS 2020年7月18日)。
    https://alis.to/hayariki/articles/365kGnrbGX5M
    大西発言は優生思想と批判された。これに対して大西さんは記者会見で自分の思想が優生思想でないことの説明に時間を費やしている。実は相模原事件の犯人も優生思想を知らなかったとされる(「植松被告は優生思想もヘイトクライムも知らなかった やまゆり園事件から2年」AERA 2018年7月16日号)。優生思想の繋がらないところでも車輪の再発明のように命を選別する思想が生まれてしまうことが恐ろしい。
    続いて京都で筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性を殺害した容疑で医師らが逮捕される事件が起きた。この医師も死なせる思想を持っていた(林田力「医師嘱託殺人は危険ドラッグ売人レベル」ALIS 2020年7月26日)。
    https://alis.to/hayariki/articles/KJN1101dkXLN
    最後は野田洋次郎さんのツイートである。「前も話したかもだけど大谷翔平選手や藤井聡太棋士や芦田愛菜さんみたいなお化け遺伝子を持つ人たちの配偶者はもう国家プロジェクトとして国が専門家を集めて選定するべきなんじゃないかと思ってる」。このツイートは7月16日付であるが、25日に注目されて炎上した。
    野田さんはロックバンドRADWIMPSのボーカルである。野田さんを知らない方でも、野田さんの歌は聞いたことがあるだろう。アニメ映画『君の名は。』の挿入曲『前前前世』もその一つである。『前前前世』は運命決定論の影響を感じる。それが遺伝子信仰になるのだろうか。
    これらからは個人を立脚点とするのではなく、社会を良くしたいという全体主義的な動機が命の選別思想につながると感じている。日本では右翼は「滅私奉公」、左翼は「一人は皆のために」とどちらも全体主義的傾向がある(林田力「フード左翼とフード右翼」ALIS 2020年4月25日)。
    https://alis.to/hayariki/articles/3qQE5WPYALrE
    これに対して昭和の価値観とは異なる生き方を選択した人々を取り上げた記事には「利己的だからこそ社会に貢献したいと思う人が増えている」とある(秋場大輔「ヤメ銀 銀行マンは絶滅するのか」週刊文春2020年7月16日号45頁)。社会全体ではなく、個々人から考えることが大切と感じる。
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    投稿日:2020.08.16

  • schopenhauer

    schopenhauer

     2016年7月26日未明、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で、障害者19人が殺害され、27人が負傷するという事件が発生した。犯人の植松聖が同園の元職員であったことや優生思想的な発言から、マスコミは一時騒然となった。
     あれから二年が経過した現時点での事件の風化もさることながら、当時からこの事件に対してはだれもが腫れ物に触るような、あまり話題にしたくないという雰囲気が濃厚であった。一般人は一様に口を閉ざし、マスコミにしても全否定の一点張りで、生産的な議論はほとんどなかったと記憶している。それというのもこの事件からは、何か自分の陰部を見せられるような、他人事として割り切れない「不都合な真実」が顔をのぞかせていたからではなかったか。
    「差別はいけない」とわれわれはだれもが口にする。その言葉におそらく嘘はない。しかしその言葉とは裏腹に、われわれは常に差別をしている。全ての人間を同じように愛することなど不可能である。植松聖の行為は、そんなわれわれの後ろめたさ、やましさに突き刺さるものではなかったか。
     もちろん「いけないと分かっていながら差別してしまう」からといって「差別をしてもいい」ことにはならないし、ましてや「殺してもいい」ことにはならない。それは確かにそうなのだが、われわれがあの事件に対し居心地の悪さを感じてしまうのは、「犯人を断罪する資格が果たして自分にあるのか」という根源的負い目、原罪と言ってもいい罪悪感を突きつけられるからではあるまいか。
     本書が出版されたとき、一部のマスコミや読者からは「時期尚早だ」「不謹慎だ」などという声が上がり、不買運動も起こった。凶悪な犯罪者の言葉を活字にすること自体が問題だというのである。しかしそれは事件の封印でしかないし、表現の自由にも反する。それに読んでみれば分かるが、本書における植松聖の主張部分はごくごく一部にすぎず、大半は彼の言動を識者が冷静かつ客観的に分析する内容となっている。煽動的とは程遠い極めて真面目な本なのに、中身をろくに読むこともなしに本書の出版自体に反対した読者たちもまた、この本が鏡となって自分の醜い姿を見ることにおびえていただけではなかっただろうか。
     事件を起こす前に植松が衆院議長公邸を訪れ犯罪予告状を渡した時点で、植松を措置入院させてしまったことが、逆にこの事件の引き金になったのではないかという精神科医斎藤環氏の指摘が興味深かった。世間は麻薬のせいだとか狂っているとか言って犯人を隔絶しようとするかも知れないが、それでは植松が主張した差別的思想を受け入れることになってしまうだろう。おぞましい事件ではあるが、本書をきっかけにより多くの建設的議論がなされることを望む。
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    投稿日:2019.07.11

  • 穂苅太郎

    穂苅太郎

    センセーショナリズへの批判を前提とした上であえてすべての立場からの論を開示していることに感謝の念さえ持った。犯人のすべてをさらすことは露悪ですらあり、グロテスク極まるが、この曝された文章、絵画、漫画こそが多くを語りかけてくる。むしろ被害者家族からの言説が幾重にもベールをかぶっているように感じられたことも重要。このベールをはがして向き合ったときに新たな希望が生まれるとさえ思う。続きを読む

    投稿日:2019.03.29

  • 七鵺

    七鵺

    こいつの一言一言が胸糞悪い。面会時や手紙での丁寧な物言いのわざとらしさ…漫画はちゃんと読む気にもならんかった。
    でも、自主映画を作った人工呼吸器ユーザーの女性と、精神科医の斎藤環さんの項目は興味深かった。続きを読む

    投稿日:2018.09.19

  • yonosuke2019

    yonosuke2019

    ちょっと予断をもって読みはじめたのだが、後半の松本俊吉先生と香山リカ先生の対談は非常に啓発的だった。私には優生思想とか社会的な障害者差別とは関係ない事件に見えるし、松本先生たちが指摘してるようにむしろ措置入院とか保安処分とかそういう系の問題を投げかけてるっぽい。なんといっても被告直筆のイラストの破壊力がすごい。続きを読む

    投稿日:2018.08.05

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