【感想】蠕動で渉れ、汚泥の川を

西村賢太 / 角川文庫
(13件のレビュー)

総合評価:

平均 3.5
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ブクログレビュー

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  • yonogrit

    yonogrit

    871

    西村賢太の小説って主人公がめちゃくちゃ下品で貧乏でアウトローなのに、神保町まで家から歩いて行って手に入れた本を読むのが好きだったり文化的な一面もあるところがなんか魅力的なんだよね。

    西村 賢太
    1967年東京都江戸川区生まれ。中卒。2007年『暗渠の宿』で野間文芸新人賞、11年『苦役列車』で芥川賞を受賞。著書に『どうで死ぬ身の一踊り』『二度はゆけぬ町の地図』『小銭をかぞえる』『瘡瘢旅行』『人もいない春』『廃疾かかえて』『一私小説書きの日乗』等がある。


    たかだか性犯罪者の 倅 で家庭内暴力にも及んでいた中卒、及び性格破綻の生活不能のマイナス要素程度のことで、すべてを諦め去るには、まだまだ早過ぎるのである。

    すると、その店主──あとで知ったが浜岡と云う名の、ゴマ塩頭をスポーツ刈りみたいにした猪首男は、いかにも脂肪でノドの気道が圧迫されているような、ヘンにくぐもった笑声を洩らし、 「なにも、スピードを競うわけじゃないんだから、そう足腰は強くなくてもいいですよ。それに配達するものもお弁当箱だから全然軽いもんなんだけどね。けどこのあたりは人の通りも多いし、細い道にもバイクや車がバンバン入ってくるから、自転車に乗り馴れてる人の方が、こっちとしても安心なんだけど……北町くんなんかは、その辺のところは大丈夫そうだね」  と、過大評価を下して、それでもう話は交通費のことに移り、貫多は完全に採用済みとなった模様であった。

    元より貫多は、小学生の頃から友人が極端に少なく、他者と会話をするのが至って苦手にもできている。

    「あっ、ぼく東京です。江戸川区の、駅で云うと新宿線の船堀の辺りです」 「ふうん。江戸川って、映画とかによく出てくるあの川か? 俺はあの辺りは、まったく行ったことがないな」 「あの、木場さんは、どちらのお生まれなんですか」 「俺は青森。青森に○○球場ってあるだろ。あの近くだよ。元浅草ってのは、ただ単に今住んでるアパートの部屋だ。店で借りてる、寮がわりのな」

    尤も貫多は歩くことに関しては、元より余り苦にはならぬ質でもある。現に、神保町辺りへ古本を拾いに行く際には電車賃をケチり、平生からせっせと徒歩で往復している程である。なのでこれは単に骨惜しみのことではなく、そうして駅から或る程度の距離を歩いてしまうと、また無駄に腹が減ってきてしまうと云う、一種の損失を指しての不便さである。

    それは、やや点数を辛くするならブスのカテゴリーにも包括できそうな、やけに顔の長い一重瞼のひっつめ髪だったが、それでも一応、股間には女陰の備わっているであろうレッキとした 雌 である。  このブスが、年下の男のことを好むかどうかは全く知らぬが、しかしながら貫多は自分の甘いマスクと、その常日頃から意識的に放っているところの、孤狼のムーディーで危険な香りには些かの自信をふとこっている。  ちょっと本気を出してアプローチを試みれば、これまでに男から声をかけられた 様 なぞほぼ皆無であろうこんなライトブスは、いとも簡単に、そしていともあっさりとなびいてくるに違いあるまい。赤子の手を捻るようなものである。

    なので、それらのことを併せ考えると、さしもの根がロマンチストにでき過ぎてる夢見がちな貫多も、所詮はこのアルバイト先で恋人を得るなぞ云うのは虚しき夢想でしかないことを気付くに至ったが、しかしそうは云ってもその彼は、やはり狂おしい程に女の友達が欲しくてならないのである。

    「見たまんまを云ったまでですよ。そこに立ってるのは、どこから見たってブタとババアの合いの子みたいな、醜い化け物じゃありませんか」

    朝、決まった時間に起きて夕方までを働き、それから後は恋人と仲良くデートしたりする日常を、普通に手に入れてみたかった。小汚ない、すべてが共同使用の乞食部屋でなく、玄関が独立し、水洗トイレが完備されてる広々とした六畳部屋で、そこに机なぞも置いて小説本を読むと云う、ごく当たり前の環境を、ごく当たり前に得てみたくてならなかったのである。  その為に必要なのは──ここでもまたもや繰り返すことになるが、何んと云ってもお銭 と云うことになる。幸い、母親の方も来週末頃にはパートの給金を貰うであろうから、その内より六畳間を借りられるだけのものをぶん盗ってくるのだ。

    アパートの家賃を何カ月も支払わずに強制退去させられているし、煙草も吸っているし、年を越すのもままならないようなその日暮らしを送っているし、関わる人のほとんどに胸の内で悪態をついています。  それでも、いつもと様相が異なるのは、なんと貫多、肉体労働を脱し、洋食屋でアルバイトをするのです。しかし、少し毛色の違う仕事に就いたからといって、性格や暮らしぶりが激変するわけではありません。貫多は貫多、ある意味まったく期待を裏切らない日々を送ってくれます。  アパートの強制退去が決まり、未払いの家賃を踏み倒して夜逃げした貫多は、洋食屋で寝泊まりすることになります。もう、いやな予感しか生じません。  深夜に、店の酒を盗み飲み、その際のつまみも店の備蓄品からまかないます。店でためているクーポン券を無断で使いおやつに換えるという、みみっちいこともします。そして、現金にも手を付けるのですが、これもまたみみっちく、レジ台に置かれた募金箱から小銭をくすねて煙草代に充てるのです。

     アパートを出て行く時、洋食屋を出て行く時、貫多の荷物の中にはいつも本が入っています。文庫本二十冊など、夜逃げの際にはかなり負担になりそうなのに。  対談の際、賢太さんご本人にお伝えしたところ、本はお金になるから、と照れたようにおっしゃっていましたが、本を大切にしてきた人だからこその発想だと思います。  親として、教師として、という大人の目線に戻るなら、十七歳の貫多のそばに本があったことに、一番ホッとしました。十代のうちから、自分の人生に必要なものを知っている人は、そう多くありません。  貫多は未来の貫多に 繫 がる。そんな希望を持つことができます。  同時に、この物語から、貫多の生きる強さを感じることもできました。 『確かに貫多は、中学卒業時点で学歴社会の落伍者としての烙印を押されはしたが、けれどまだ人生の落伍者までには至っていない。』  物語前半に出てくるこの文章に深く 頷きました。他にも、貫多は十七歳を『まだまだ人生の一回裏の攻撃中たる若さ』と位置付け、『人生の逆転のチャンスはいくらでもあろうから、この段階での敗北は決して認めるものではないが、』と考えたりしています。
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    投稿日:2024.04.16

  • suenaganaoki

    suenaganaoki

    まず冒頭申し上げたいのは、西村賢太作品を相部屋の病室で読んではいけないということです。
    思わず吹き出して、同室の患者に眉を顰められること必定。
    笑いを堪えようとして咽たり咳込んだりし、事態が悪化することもしばしばです。
    今回、大腸ポリープの摘出手術を受けるため1週間入院していますが、西村作品を持ち込んだことを軽く後悔しております。
    それはさておき、本作は言わずと知れた「北町貫多」シリーズ。
    貫多17歳、洋食屋でアルバイトをする青春の日々を描いています。
    「青春」と書きましたが、貫多の青春は、一般にイメージされているものとは真逆のものです。
    貫多は、小学5年のころに父が性犯罪で捕まり、母と姉と共に都内の別の土地へと逃げました。
    その後、中卒で社会に出ると、港湾人足など重労働で糊口をしのぐ生活を送るのです。
    しかし、まだまだ17歳。
    自身初となる洋食屋でのアルバイトも順調です。
    貫多はこう思います。
    「確かに自分は〈青春の落伍者〉になりつつあるが、しかしながら、まだ〈人生の落伍者〉には至っていないのだ」
    見上げた心意気ではないでしょうか。
    不遇をかこつのではなく、むしろそれをバネにして自ら人生を切り開く――。
    なんてことは、貫多に限っては一切ありません。
    バイトで得た給金は酒と買淫に費消し、家賃は踏み倒し、金に困れば実家に戻って母から金をむしり取る。
    自ら人生を切り開くどころか、職場その他で出会った年配の人たちを「人生の落伍者」と決めつけ、優越感を得て恬淡とする始末です。
    それだけではありません、自分を棚に上げて、気に食わない人をとにかく悪し様に罵るのです。
    何と下劣な品性の持ち主でしょう。
    しかし、この下劣さこそが貫多の魅力として、私を含む多くの読者の心を捉えているのだから不思議です。
    しかも、貫多の言い立てる悪態の痛快さといったら、もう中毒になります。
    これだけ多くのファンがいるということは、恐らく私を含め、貫多のように自分にもっと正直に生きたい人が多いのだと思います。
    蛇足ですが、西村賢太には珍しいエンタメ作品「悪夢――或いは『閉鎖されたレストランの話』」の着想は、この洋食屋で得たものなのだと本作を読んで知りました。
    ちょっと感動した。
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    投稿日:2023.09.03

  • naoki210

    naoki210

    自分にとって2作目の北町貫多モノ。以前読んだ"苦役列車"は救い様の無い物悲しさが漂っていた記憶だが、自分が貫多に慣れたためか、こちらは随所でクスッと笑ってしまう愛嬌ある作品。飲食店の見習いに潜り込んでも、変わらず"どうしようもない"貫多の姿には、人間のカルマを感じてしまう。続きを読む

    投稿日:2023.07.09

  • オレ

    オレ

    西村賢太の作品は文庫本にして5〜6冊は読みましたが、この作品が1番勢いがあり、もはや疾走感とも言えるテンポで、悪行と自堕落の果てに破滅に向かって行くいつものストーリー。

    内容はいつも通りの破滅型青春文学ですが
    個人的には最高傑作だと思います。
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    投稿日:2023.07.08

  • 黒岡伸治

    黒岡伸治

    作者の私小説を読むのは数冊目
    私小説だから、事実を元にしたフィクションだそうであるが
    どこまでほんまかいなと、いつも感じてしまう
    と、言うことは作者の術中にハマっているのだろうと思う

    物語は毎度ひどい内容で、言い回しも下劣な感じ
    なのに、リズム感があって読んでいるのは楽しくて、毎度一気読みしている

    You Tube の作者の動画があるので興味があれば見てほしいなと思う ← 誰に向けとるん???自分

    内容はいっぱい他者が書かれているので、書かないけど
    人生を簡単に諦める若者に読ませたい、どんな事があっても自分は自分で生きていくことが、来ていることが大事なんだと言われている、そこを感じてほしい。

    乱読ジジイでした
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    投稿日:2023.05.10

  • grpcd

    grpcd

    『苦役列車』『小銭を数える』に続いて。北町貫太セブンティーン、洋食屋での奮闘の日々。今回は長編ということもあり序盤はいささかかったるくもあった。読者としてはやはり貫太が暴虐の限りを尽くすのがオモロイわけで。洋食屋の仕事に慣れるにつれ、彼の本性が顕になり小狡いちょろまかしや淫行を重ねていくのはなんとも生々しい嫌らしさがある。バイトの小娘のスカートの匂いをこっそり嗅いで悪態を吐きまくる場面は大いに笑わせてもらった。続きを読む

    投稿日:2023.03.18

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