【感想】モーリス

E・M・フォースター, 加賀山卓朗 / 光文社古典新訳文庫
(3件のレビュー)

総合評価:

平均 4.5
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ブクログレビュー

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  • みゅすも

    みゅすも

    このレビューはネタバレを含みます

    ※クライヴのことしか話していません※

    クライヴとかいう男を生きたまま熊の体に縫い付けて火を放って燃やしたい!!!!!!!!!!!!!!!!!
    (※ミッドサマーを視聴していた)
    ミッドサマーのクリスティアン以上に胸糞男だった。
    とりあえずクライヴのせいでお腹を壊した。

    おっとりして人畜無害だがスポーツマンのモーリスは自分の性的指向に気づいていたけれども、その性格のせいで「自分は同性が恋愛対象なのだ」とはっきり意識することができなかった。
    聡明であらゆることに鋭敏なクライヴは早々に自分の性向に気づき、苦しんで自分を抑圧することに慣れてしまっていた。
    当時イギリスでは、同性愛は犯罪とされていて、社会通念上(「キリスト教社会の中で」って言葉は使いたくない。調べたらいまキリスト教圏で同性愛の可否は盛んに議論されているホットな出来事だからだ。ローマ教皇が同性愛感情を認めたり、同性愛者の牧師がいたりする。非常に微妙な言葉になるからだ)、同性愛というものは神が認めない忌むべき悪行とされていた。

    そんな二人が出会い、おずおずと愛情を育んでいく。モーリスは自分に自信がつき、クライヴは孤独ではなくなった。この時期、クライヴのほうが恋に盲目といってよく、おっとりしたモーリスのほうが「自分たちは結婚しないので子供ができない」と気づいているのに、未来のことを考えることはなかった。

    ところが、ある日、クライヴは自分が女性を愛せることに気づく。モーリスとの関係は彼の心の中で急速に色あせていく。
    それはいいんだ。そうだよな恋の終わりって。

    ただ、そこからが我らがクライヴ様の本領発揮。
    彼は「かわいそうなモーリス」の「親友」として、同性愛傾向のある彼を心から心配し、結婚して幸せな自分と同じように「結婚」して欲しいと願う。
    かたやモーリスはクライヴに拒絶されてから、自分はどこかおかしいのではと自殺を考えるほど悩み、同性愛の「症状」を記録して医者に通っているというのに。
    クライヴも過去、小さい頃から同じように悩んだ人間として、モーリスの精神的危機がわからないのか、と唖然とした。

    さらにクライヴの嫌なところは、あんなことがあったモーリスとすっぱり縁を切ればいいのに、切らないところだ。
    それは振られたのだから、モーリスにとっては、クライヴの幻影がところどころでつきまとうことは仕方がない。時間をかければ同性愛云々はさておき、ゆっくりと失恋の痛手は癒されるはずだった。

    けれど、クライヴとてあれほど愛した人を振ったのだから、二度と連絡を取らないくらいの覚悟と潔さは必要だろう。
    なのに「友」でありたがる。モーリスを導きたがる。わざわざ「親しかったけれども」「親友ではなかった」と妻に言い訳するかのように、結婚を報告する際の友人リストでは、モーリスを「八番目」におくといった芸当もする。

    本当に生きたまま熊の体に縫い付けて火を放って燃やしたい。おう。殺意しかわかなかった。これほど殺意しかわかない登場人物に会ったのはかなり久しぶりであり、フォースター御大がいかに文豪かということを物語る。

    だが、と考える。
    これはモーリスが、前半はクライヴ、後半はスカダーと出会い、「自分の性」を自覚しそれを受け入れ成長していく物語である。
    本来ならばクライヴは前半のみ、パイデラスティアー的同性愛によって、モーリスの性的指向を自覚させてくれた「先輩」としての立ち位置で済むはずだ。後半にしゃしゃり出る必要は一切ない。
    ましてや、実業家ではあるが自分のありように苦心して人として成長するモーリスと、政治家として成功しつつあるも、権力と学歴に固執し教条主義に陥り、凡庸になっていくクライヴの物語として描く必要はない。
    御大が一番描きたかったのは物語の影=クライヴなのではないか。

    ケンブリッジにいたころのクライヴは「成長」しようとしていた。自分を肯定してくれる存在を得たかったからだ。プラトンもなんでも読み、ついには無神論者になった。
    けれど、モーリスと恋愛をして、彼は完全にモーリスに肯定される。
    自己を肯定してくれる存在を手近に得てしまった時、クライヴは気づいている。同性を愛する自分は神に呪われた存在で、自分の言葉で愛するモーリスが神を否定してしまったこと、同性愛という堕落した行動にモーリスを導き、ついにはその純潔をうばいかけたことを(※クライヴ、プラトニック愛を求めていたのではなく物凄い我慢していたんだろうなとこのくだりを見て思った。行為を行えば言い訳ができない。オスカー・ワイルドと同じく牢屋に入れられる。自分どころか愛しい人が)。
    同性愛禁止が不条理である世の中であれば「そんなの大したことないじゃん」といえるが、現代でわかりやすく例えると、この「同性愛」を「罪」に置き換えてみたらクライヴの気持ちがわかるかもしれない。
    法曹を目指すほど高潔なクライヴは最愛の人を罪に陥れかけたというひどい罪悪感に竦んだのだ。
    弁護士が殺人教唆をした、——そんなレベルの気分だったかもしれない。

    さらに、モーリスは、自分がデートに誘ったせいで停学処分になってしまった。クライヴはヒステリックなほどこれに反応するが、モーリスは従容として停学処分を受け入れる。もともと罪深いと思っている自分の恋は相手を停学に追いやる類のものだと知った時のクライヴの衝撃はどんなものだったろう。
    モーリスの母親から「そうあることとそうあるべきことは違う」といわれたときのクライヴは「そんなことはない」といって気絶しているが、何を考えただろう?
    しかも、憧れていたギリシャへ行き、そこが「ヨーロッパの火薬庫」と化していたため荒廃していたことを知る。そう、クライヴの憧れたプラトンの世界はすでにそこにはなかった。
    折良く(モーリスには折悪く)、自分が異性も愛せることに気がついたクライヴは自己欺瞞を始めたのだと思う。

    かつての恋人を「親友」ということばで塗り、その激しい愛情の一つ一つを「親友という暖かな光が自分を照らしてくれた良い思い出」に書き換えていく。
    親友との愛の行為を、「行き過ぎた戯れ」として脳内で処理する。
    愛情を過度に卑小化していく。
    そんなレベルのものではなかったはずなのに。

    直接語られてはいないが、振り返れば、クライヴは法曹を目指していて鋭敏な分、はるかにモーリスよりも考えてしまったのだろう。
    「ラボーチャー修正条項」について。
    もともと同性愛行為はイギリスにおいて死刑であったが、それを修正したのがこちらの「ラボーチャー修正条項」だ。だが、それも鬼であり、同性愛行為を働いたものは死は免れるが無期懲役となる。オスカー・ワイルドやアラン・チューリングを苦しめたのがこの「ラボーチャー修正条項」だった。

    自分とモーリスを「親友」にしてしまえば、「ラボーチャー修正条項」にひっかからないのだ。クライヴはモーリスを罪に陥れずにすむ。

    おっとりしていて物をよく考えないモーリスより、賢くて敏感なクライヴは恋心を抑圧し記憶を塗り替え、自己欺瞞をするしかなかった。
    「モーリスの妹」で「女性らしい」エイダとの恋が叶わないと知った後は、モーリスとは全く違う女・アンを妻にして溺愛する。(※ちなみに妻と性的関係を持っていないと受け取れる描写があり、精神をぼんやりさせておくのは結婚生活で学んだという、そもそもそのアンを人として尊重していないかのような描写もある)
    自己欺瞞をし続けると人格は腐食しつづける。世間体を気にし続け、虚栄と妥協の産物と化す。

    一方で、モーリスは、スカダーという幸せを手に入れたことで、破滅は近くにいつでもあるけれどもおっとりと、穏やかな好ましい人格のまま生きていく。

    自己欺瞞をすると、大切なものどころか元あった輝かしい自分自身も失ってしまう、という作品だ。

    ただ、たまにクライヴの自己欺瞞は崩れる。クライヴはモーリスが不調の時はベッドに腰掛けて寄り添い、彼が「結婚する」と言ったときには視線を床に落としている。モーリスの指先に口付けて、モーリスにも口付けをせびっている。

    そして最後。
    スカダーとモーリスの関係を知ったときのクライヴの自己欺瞞の崩れ方は、この物語を読んできてよかったと思った。
    恋を友情と偽り、記憶を塗り替え、親友を精神崩壊寸前にまで追い詰め、それでも愛した人を罪に落としたくなかったクライヴに対する報いはコレなのだ。
    クライヴには運命の恋だっただろう恋を友情と偽り、記憶を塗り替え続けながら、モーリスの不在を抱えて死んでいく。

    でね。クライヴが酷いぶん、モーリスが全然憎めないあほかわいい奴で善意の塊なのが良いのですよ。スカダーくんと幸せになれよ。

    フォースター御大があとがきで「判事であるクライヴが同性愛者のスカダーを裁くとき、モーリスは罪をまぬがれるかもしれない」ということを言っていた。
    これにつきる。
    同じ男を愛しているのに上流階級か労働階級かで罪の重さが分かれる話でもあり、クライヴとしてはスカダーに対し自分の体面を汚された屈辱感と怒りで無期懲役にしたいだろうし、クライヴの心に去来するのは愛する人を罪に陥れたくないという気持ちなのだ。

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    投稿日:2021.09.28

  • ゆ

    1913年にはじまり1914年に終わったより幸せな一年に捧げる


    イギリスの上流階級のモーリスが性癖に悩み苦しみ自分の道を選んで人々の偏見を恐れる話。
    同性愛は死刑だった時代もあって、苦しかったと思うけど人が悩み苦しむのは美しいと思った。

    クライヴはモーリスのことをわすれられなかったのに世間に合わせて生きることを選んだけど、心の中はどうだったのかな。急に女性に興味をもったりとかあるのかな。モーリスを忘れるためとしか思えない?わからない。
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    投稿日:2020.11.06

  • toca

    toca

    名作の新訳が古典新訳文庫から。映画版が昔、地上波で放映されたことを覚えている人はどれぐらいいるだろう?(確か深夜枠だった)。

    投稿日:2018.06.12

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