【感想】五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後

三浦英之 / 集英社文庫
(21件のレビュー)

総合評価:

平均 4.7
12
3
1
0
0
  • 五族協和の実現を真剣に目指していた若者たち

    満州国に設立された建国大学。
    五族協和の実践を企図した壮大な「実験場」であり、「関東軍の幹部養成学校」と批判され、わずか8年しか存在しなかった「幻の大学」。
    学内は日本批判も許された言論の自由と、異民族同士とはいえ同世代の若者たちの連日連夜の議論により、入学年次によって様々な顔をもつ。

    卒業後、抗日運動のリーダーとなろうとも、長く音信不通で行方不明となろうとも、民族の垣根を超えて育んだ友情は、国境を越え世界各地で陰に陽に支援が差しのべられる。
    お互いが濃密な経験を共有したことで、以心伝心、惑わず真意を汲み取る。

    元朝鮮人学生の証言
    「満州国は日本政府が捏造した紛れもない傀儡国家でしたが、建国大学で学んだ学生たちは真剣にそこで五族協和の実現を目指そうとしていた。みんな若くて、本当に取っ組み合いながら真剣に議論した。議論というよりはほとんどケンカでね。
    お互い本気ですから、よく殴り合いにもなりました。でも、一夜明けたら夜の議論はすっかり忘れて、同じ釜の飯を食う仲間に戻れるのです」

    ハッとさせられたのは、この証言の中の日本の役割について語ったところで、日本が満州の地で他をリードする形で五族協和を実現しようとする構想には一様に批判の目を向けられても、アジアのなかで最も力を持った強国であり、その力を無視した五族協和など成り立ちようがないことは多くが理解していたという。

    もう一つハッとさせられたのは、元台湾人学生の証言。建国大学の設立に携わり、数々の戦地を駆けまわり「地獄の使者」と恐れられ、突然姿を消した辻政信との親交の思い出。
    雨中での感動的な見送りを終生忘れず、その後の辻の毀誉褒貶を耳にしても、自身の目を信じ、「残忍な人間でも、非情な人間でもなかった」と語る。
    バランスを欠いた偏った認識が、歴史をますます闇に追いやってしまっていないかと自戒させられた。
    続きを読む

    投稿日:2018.12.10

ブクログレビュー

"powered by"

  • だいだいもも

    だいだいもも

    民族協和、今、この言葉の持つ重み。

    だれでも、人生の年月を重ねれば、自らの希望の方向とは全く異なる道を歩まされた経験をも持つ。
    満州建国大学の学生もまた、あらゆる物事が即座に中断され、否定され、排除されるという境遇を直面している。正確には、ひと以上にだが。
    この作品を読んで共感するのは、希望の道を閉ざされるという不条理の連続に誰しもが遭遇してきたからであろう。彼らほどではないけれど。しかも、80代の彼らは凛としている。そこに救われた感じ。
    ジョージ・戸泉如二は4期生。日本人の父とロシア人の母を持つハーフ。敗戦後、波乱万丈の人生を送った。異質な建国大学生。学生は個性豊かで多様。

    卒業生の戦後の人生に触れて、ロシアも含めたアジアの歴史を知った。ほんの一端だとおもうが。我の視野の狭さを痛感した。

    満州国は傀儡の国、日本の恥ずべき侵略の歴史。それはそうではあるが、満州国の建国大学校に集った人たちの人生のありようは、皆の心にひびくものだと思う。
    「満州建国大学」について、初めてこの本で知った。

    https://momodaihumiaki.hatenablog.com/entry/2024/02/04/212920
    続きを読む

    投稿日:2024.03.09

  • 1662022番目の読書家

    1662022番目の読書家

    この大学の方針は、もちろん当時の政治的な思惑もあったにせよ、若者たちからすればいいものだと思った。
    言葉も文化も異なる人と共に過ごし、お互いの言語を学んで腹を割って話し、意見が違っても受け入れる。
    かを聞いて不快に感じる人を生まないために言論封殺するよりも余程建設的。これこそ多様性のあり方じゃないかと思う。今の時代こそ、日本にこういう理念を持った学校があってもいんじゃないかな。五族協和をそうだけど、学生に主体的に考えさせる教育とか必要だと思うなぁ。続きを読む

    投稿日:2023.07.02

  • 知之介

    知之介

    三浦英之の5冊目。満州建国大学の卒業生を追ったノンフィクション。取材力がすごい。
    「五族協和」を掲げる国策大学の、その実侵略的狙いの中で、一人一人の学生たちがどう学びどう生きたのか、たいへん興味深く読んだ。
    戦争は人間を引き裂く。
    続きを読む

    投稿日:2023.03.08

  • 魚雷屋阿須倫

    魚雷屋阿須倫

     この本を読むまでは、建国大学の存在を知らなかった。「五族協和」を掲げた満州国は日本が造った傀儡国家であった。その満州国のリーダーを育てる目的で設立されたのが、この建国大学である。そもそもは満州事変を起こした関東軍の板垣征四郎と石原莞爾の「アジア大学」構想が元になっている。

     建国大学では、日本、中国、朝鮮、モンゴル、ロシアの各民族から選ばれた、いわばスーパーエリートの若者たちが学費無料、全寮制で6年間寝食を共にして学んだ。そこでは「言論の自由」があり、日本政府の政策を批判することもできた。教養主義、現場主義が貫かれ、図書館には社会主義関係の書籍も置かれていた。そして毎晩のように学生たちの「座談会」とよばれた討論会が開かれていたという。

     事件も起きた。中国人の学生の一部が、北京や重慶の中国人の抗日グループと密かに連絡を取り、蜂起の計画を練っていたことが判明したのだ。さすがに逮捕、投獄となる。
     
     建国大学は、日本の敗戦とともに8年余で亡くなってしまい、記録の多くは破棄され忘却の彼方へと。そして卒業生らはそれぞれの国で数奇というか激烈ともいえる人人生を送る。シベリアに抑留された者、韓国の首相になった者、台湾で製紙会社を立ち上げた者等。また、中国では取材に対して暗に当局から圧力が加えられ、十分なインタビューが出来なかった。前述の逮捕、投獄された人物に対してである。

     作者(朝日新聞記者)は同窓会名簿を頼りに、時代の闇に埋もれた歴史を丹念なインタビューを通して掘り起こしている。日本、韓国、中国、モンゴル、カザフスタンで存命の卒業生、もはや老人となった彼らの言葉の重みに圧倒される。

     また建国大学の卒業生は、その主義主張や、戦後の立場を超えて、困っているかつての同窓生を助ける。「座談会」で本音をぶつけあった「仲間」なのだ。
     作者は「あとがき」で、(五族協和は)無数の悲劇を残したが、「彼らが当時抱いていた『民族協和』という夢や理想は、世界中の隣接国が憎しみ合っている今だからこそ、私たちが進むべき道を闇夜にぼんやりと照らしているのではないか」と記している。ロシアとウクライナの戦争をみるにつけ、まったく同感である。第13回開高健ノンフィクション賞受賞作。
    続きを読む

    投稿日:2022.04.16

  • えみりん

    えみりん

    満州に日・中・朝・露・蒙・台の若者が一緒に学ぶ大学があったのね。日本敗戦後は皆さん苦労されている。掲載されているお写真の皆さんがとてもいいお顔。

    投稿日:2022.02.25

  • あああら 1646886番目の読書家

    あああら 1646886番目の読書家

    このレビューはネタバレを含みます

    五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後 

    三浦英之氏による著作。
    2015年12月20日第1刷発行。
    著者は1974年6月26日神奈川県生まれ。
    京都大学大学院卒。朝日新聞記者(2000年入社)。
    東京社会部、南三陸駐在、アフリカ特派員(ヨハネスブルグ支局長)を経て福島総務局員。
    一言で言うと力作。
    他のレビュワーの方も書いていたが、よくぞ間に合ったなと。
    (卒業生たちが80代半ばで証言を聞き取れる最後の機会の為)
    本書はTwitterのボヴ@cornwallcapital氏が2018年末に
    今年一番良かった本として紹介していて存在を知った。

    時代のうねり、変化にこれほど翻弄された人たちがいたのだ。
    *もちろん建国大学卒業生以外も相当に大変だっただろう。
    戦後、日本の国策大学の関係者ということで迫害を受けた者も多く記録として残されることを恐れた。
    約1400人の出身者の内、生存が確認されているのが約350人。
    安否さえつかめていない者も多い。
    著者が建国大学を調べる際に国際基督教大学(ICU)の宮沢恵理子氏が1997年に博士論文として出した「建国大学と民族協和」)風間書房
    2002年になくなっていた湯治万蔵(建国大学出身)が編集した建国大学年表(非売品)の存在も大きい。
    宮沢恵理子氏とは直接合って話を伺うことが出来た事は大きい。
    本書は建国大学の卒業生達、過去の研究などの蓄積無くして
    完成することは無かっただろう。
    *それだけに研究の積み重ねの重要性を痛感した。
    本書では特に中国人卒業生のインタビューが出来なかった場面、途中で中止になった所が残念だ。(長春包囲戦の所)
    中国共産党に不利な部分は取材させないという姿勢は北朝鮮やかつてソ連と何一つ変わらないのだ。
    いかに経済発展したとは言え、中共の現実を嫌という程に理解できた。
    モンゴル、韓国(建国大学出身者が重宝された)アルマトイなど他の出身者達のインタビューは無事出来ているだけに余計に中国の無慈悲さが目立つ。
    アルマトイで最後に通訳をしてくれたダナさんの日本留学の推薦を著者が書く事になった場面は大変感動的で胸が熱くなる。
    本書はドキュメンタリーでありノンフィクションではあるがこうも胸にこみ上げてくるものを抑えることができなくなるとは・・
    三浦氏の執筆力の高さにただただ驚いた。
    読み手を引き込む力がある三浦英之氏には今後も良い記事、良い本を世の中に出して欲しいものだ。

    印象に残った部分を列挙してみる

    人の人生なんて所詮、時代という大きな大河に浮かんだ小さな手こぎの舟にすぎない。
    小さな力で必死に櫓を漕ぎ出してみたところで、
    自ら進める距離はほんのわずかで、結局、川の流れに沿って我々は流されていくしかないのです。誰も自らの未来を予測することなんてできない。
    不確実性という言葉しか私たちの時代にはなかったのです(P84)

    楊が担当していた中国東北部の農村部には無数の日本人移民村があり、どこも同じような光景が繰り広げられていた。日本人が経営していた工場や農業施設はソ連兵によって徹底的に略奪され、女たちは老婆を含め、ソ連兵からの強姦を恐れて自ら頭を丸刈りにしていた。それでもソ連兵たちはある日突然押しかけて、納屋の隅に隠れている女性たちを数人で襲った。
    同じ村で暮らす日本人はもちろん、近くで暮らす中国人たちもソ連兵の行為を止めることができなかった。戦争に負けるということはこういうことなのだ、と楊は泣き叫ぶ日本人たちの姿を見ながら胸に刻んだ。(P134~135)

    中国政府はある意味で一貫していた。

    《不都合な事実は絶対に記録させない》

    戦争や内戦を幾度も繰り返してきた中国政府はたぶん、
    「記録したものだけが記憶される」という言葉の真意をほかのどの国の政府よりも知り抜いている。
    記録されなければ記憶されない、その一方で、一度記録にさえ残してしまえば、後に「事実」としていかようにも使うことができる
    戦後、多くの建国大学の日本人学生たちが、「思想改造所」に入れられ、戦争中に犯した罪や建国大学の偽善性などを書面で残すよう強要されたことも、国内の至る所でジャーナリストたちに取材制限を設け、手紙のやりとりでさえ満足に行えない現在の状況も、この国では同じ「水脈」から発せられているように私には思われた。
    そして、その「水脈」がどこから発せられているものであるのかをそのときの私は建国大学の取材を通じて経験的に知り得てもいた。
    建国大学の卒業生たちの取材を通じて私が確信したことが一つある。
    それは「小さな穴でも、大きくて厚い壁を壊すのには十分だった」という事実だった。
    「小さな穴」とはもちろん「言論の自由」をいう概念を意味した。
    建国大学が学生に認めた「言論の自由」は、やがて中国人や朝鮮人の学生たちに物事を知ろうという勇気と現状を判断させる力を培わせ、反満抗日運動や朝鮮独立運動へとつながる確固たる足場となっていった。
    「知る」ことはやがて「勇気」へとつながり「勇気」は必ず「力」へと変わる。
    そんな「知」の威力を誰よりも知り抜いているからこそ、国家がどんなに巨大化しても「最初の一歩」に赤子のように怯え、哀れなくらいに全力で阻止する(P171~172)

    「現場の状況を知るには、現場の人間に聞くのが一番手っ取り早いのでね。組織を通して報告を受けているだけでは、本当の所は何もわからない」(P234 辻政信)

    レビューの続きを読む

    投稿日:2021.12.07

Loading...

クーポンコード登録

登録

Reader Storeをご利用のお客様へ

ご利用ありがとうございます!

エラー(エラーコード: )

本棚に以下の作品が追加されました

追加された作品は本棚から読むことが出来ます

本棚を開くには、画面右上にある「本棚」ボタンをクリック

スマートフォンの場合

パソコンの場合

このレビューを不適切なレビューとして報告します。よろしいですか?

ご協力ありがとうございました
参考にさせていただきます。

レビューを削除してもよろしいですか?
削除すると元に戻すことはできません。