【感想】太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで(下)

イアン・トール, 村上和久・訳 / 文藝春秋
(5件のレビュー)

総合評価:

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  • ミッドウェイの陰に隠れがちだが珊瑚海海戦もだいじ

    下巻では、ドゥーリットルの東京空襲、米軍の暗号解読、珊瑚海海戦そしてミッドウェイ海戦へといたる。前線の兵士の証言も収録し、歴史的なところだけでなく戦争の悲惨さも伝わる。

    むかし空母ホーネットのプラモを作ったのだが、それにはB-25 も付いてきていて、子供心ながら「こんなデカイ飛行機が空母から飛び立てるのだろうか」と思ったものだ。実際、空母から双発爆撃機を飛ばすのはかなり意表をついた作戦で、発艦させるだけでもギャンブル的なところがあったようだ。

    日本海軍の暗号が米側に解読されたいたことはよく知られていると思うが、本書ではそれがなかなか一筋縄ではなかったことがよく分かる。既知の出来事に関する暗号文が、解読のための良い手がかりになるというのは面白い。

    ミッドウェイの陰に隠れがちだが珊瑚海海戦こそ初の機動部隊同士の交戦であり、まさに日本軍のターニングポイントという要素を複数持っていた。本土から遠く離れて伸び切った兵站線、開戦以来の疲労がたまった部隊、空母が被弾した際のダメージコントロールの重要性、米軍の新型レーダー。日本軍は微妙な戦術的勝利こそおさめるが、ポートモレスビー攻略という戦略目標は果たせない。

    そしていよいよミッドウェイなわけだが、皮肉かつ面白いところは、米軍が事前に日本軍の作戦内容をかなり詳細に把握しながらも、その主たる、かつ唯一有効と思われる作戦目的である米機動艦隊のおびきだしに結局は乗っかっているところ。キング提督は味方機動部隊を危険にさらさないように指示したが、スプルーアンスの追撃自重をのぞけばあまり遵守されたとも言いがたい命令だったと思う。ただその一方で、連合艦隊は、米機動部隊が誘いに乗ってきたにもかかわらず、ミッドウェイ環礁の攻略か敵機動部隊の捕捉・殲滅かで、戦略レベルでも戦術レベルでも目標を絞り込めなかった。そのもっとも大きな要因は米機動艦隊の所在がまったく分からなかった情報不足だが、それを脇においても作戦計画そのものの不明確さは否定しがたい。

    いろいろ書いたが、日本にとってはどうにも勝ちようがない、これ以上やりようがない戦争であったのは強く感じた。仮にどれかひとつに絞り込めたとしても、ハワイもオーストラリアもインドもちょっと無理な作戦目標だっただろう。
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    投稿日:2017.08.21

  • 珊瑚海からミッドウェイへと続く布石

    下巻に入っても日本軍の侵攻は止まらずABDA司令部は崩壊する。アメリカはインド洋はイギリス軍太平洋はアメリカ軍が受け持つ事を提案し英連邦のカナダ、オーストラリア、ニュージーランドをアメリカの影響下に置く事をチャーチルは不本意ながらも受け入れた。キング提督はヨーロッパに向けるはずだった戦力を太平洋に割りふり太平洋艦隊司令長官のニミッツと南西太平洋地域司令長官マッカーサーに率いさせた。

    戦争開始4ヶ月後日本艦隊は事実上無傷で国民は浮かれていた。しかし山本五十六は休戦の可能性を妨げる勝ち誇ったプロパガンダー「国内の軽薄なる騒ぎ」ーを忌み嫌っていた。事実日本軍はアメリカ軍はたいした事が無いとなめはじめあまりにも早く侵攻が進んだために次の計画は立てられていなかった。日本としては消耗戦は避け連合国に壊滅的な打撃を与え1942年末までに講和を求めざるを得ないようにする方法を見つけなければならなかった。海軍の一部はオーストラリアやインド攻略を提案したが陸軍は大陸から大規模な部隊を動かす全ての案に反対した。陸軍はドイツがロシアを破った際にシベリア侵攻できることを目論んでいたからだ。陸軍は米軍の海上交通路を遮断するポートモレスビー攻略を主張する。一方海軍はオーストラリアの孤立化には同意し、ニューカレドニアからフィジーまでを占領することを提案する。ここで山本五十六はミッドウェイ攻略を主張する。この本当の目的はアメリカの空母部隊をおびき寄せ撃破する事だった。4月16日大本営は次の3ヶ月の目標の順序を説明した。5月ポートモレスビー占領、6月ミッドウェイとアリューシャン列島占領、7月ニューカレドニアとフィジーを占領。

    4月18日アメリカはB−25による帝都攻撃を実行した。空母に着陸はできないがなんとか発艦はできる。飛んでしまえば中国におりる事はできるというギャンブルにも似た作戦だった。空母に気づいた漁船はB−25には気がつかず日本軍はまだ米空母が攻撃距離に入るには時間が有ると見積もった、B−25を発見した哨戒艇の報告も誤報と片付けられている。進入機を発見した目撃者は敵機と気がつかず手を振って迎えている。山本はミッドウェイはアメリカの脅威の要で有るとし6月1週にミッドウェイ攻撃が実施されることになる。

    アメリカ軍は着々と反攻の準備を整えていく。ひとつがハワイの暗号解読部隊でミッドウェイ海戦における日本の機動部隊の情報はかなり正確に掴んでいくことになる。もう一つは新たなレーダーの開発で日本軍より索敵範囲が広くなった、そしてゼロ戦対策は単独での空戦を避け2機がセットで1機のゼロ戦に対峙する。

    日本軍のポートモレスビー攻略では珊瑚海で史上初めて空母同士の海戦が行われた。空母レキシントンを沈め、給油艦と駆逐艦も沈め空母ヨークタウンに損害を与えた。軽空母翔鳳と軽巡洋艦1隻、駆逐艦2隻、輸送船1隻と砲艦4隻を沈められた。損害は米軍の方が大きかったように見えるが航空機とパイロットは日本の被害の方が大きかった。珊瑚海海戦は戦術的には日本の勝利、戦略的にはアメリカの勝利と言う昔からの評決に著者のイアン・トールは異を唱える。珊瑚海からミッドウェイを一連の戦闘と見た場合、
    ヨークタウンが修理されミッドウェイ海戦に参加したのに対し、空母翔鶴は損傷し瑞鶴は艦載機を失いミッドウェイ海戦には参加していない。そして元々の目標のポートモレスビー攻略にも失敗している。戦術的にもアメリカの勝利だったというのがその評価だ。

    ハワイの暗号解読部隊は6月3日のアリューシャン列島、4日のミッドウェイ攻撃を読み取り戦力はミッドウェイに集中させていた。ヨークタウンはそれに合わせわずか3日でとりあえず動かせる程度に修理された、つぎはぎを当てたと言った方がいいかもしれないがそれで充分だった。ミッドウェイ海戦もアメリカ軍が洗練されていたわけではない。いくつものドタバタ劇が有ったが重要な点は先制攻撃を仕掛けたのはアメリカ軍で爆撃や雷撃は外れ続けたがやがて当たり、日本の空母に損害を与えるたびに戦力の均衡は傾いていった。

    何が勝敗を分けたのか?アメリカ軍にいくつもの幸運が有ったのは確かだが、持てる航空戦力を結集し、先に敵艦隊を見つけ、先制攻撃を行った。そしてアリューシャン列島の攻撃には目もくれなかった。

    この本には多くの実際に戦闘に参加した日米両軍や市井の一般人など様々な人の見方で当時の出来事が綴られている。主人公と言えるのは山本五十六やニミッツやスプルーアンスであり暗号を解読したロシュフォートだが同じくらい名も無き人々の様子を描いている。
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    投稿日:2016.05.18

  • ミッドウェー海戦の敗戦の決定的な要因は、暗号解読ではなかった

    この本を読むまで、日本にとってミッドウェー海戦は、事前に米側に暗号を完全に解読されていた時点で、負けるべくして負けた、振り返るのも気の重い戦いだと思っていた。
    しかし本書によると、敗戦の決定的な要因は、必ずしも暗号解読ではなかったようだ。
    もちろん作戦が筒抜けだったのだから、さすがに日本側の完勝はあり得ないが、少なくとも痛み分け、もしくは不戦敗ぐらいにはできたのかもしれない。
    勝敗を分けたポイントは、一度は見失った日本空母を再び発見できたという幸運とヨークタウンのあり得ないほどの不沈ぶりと日本側の消火のまずさ。

    これまで言われてきたように、ミッドウェー海戦は米側が、日本側の暗号をまるごと解読できたから負けたわけではない。
    苦労しながら少しずつの成功だっため、現場では不確かで矛盾する情報に最初は信じられていなかった。
    確かに、事前に日本軍の攻撃目標がわかり、さらにその日時までつかめたのは、「空母機動隊二個分に匹敵する価値」だった。
    念のため、ひっかけをして再確認が取れた時も、その目標の戦略上の重要度の低さのため、日本側がかついでいるのではと疑ったくらい。
    これを読んでわかったが、暗号解読者のその後は不遇で、きちんと評価されはじめたのは戦後しばらくたってから。

    前もって攻撃目標と日時が分かっていたにもかかわらず、米側は勝利までに犠牲を出し過ぎ、その勝ちさえも幸運によってひろっている。
    ただ、空母に群がる米軍機が悉く返り討ちにあったことで、それまで動揺していた日本側の油断を誘ったというプラスの面はあるかもしれないが、それは意図せざる結果だろう。

    スプルーアンスは攻撃隊が全機揃って発艦する前に攻撃を命じているが、これは日本軍に比べて発艦にそもそも時間がかかりすぎていたことと、日本側にこちらの艦の所在を知られたためであるが、それによって第8雷撃飛行隊はすべてゼロ戦に撃ち落とされている。
    むしろ、それだけ発艦に時間がかかるのに全機揃って編隊を組んで向かわさせようとしたので、著しく時間をロスしており、事実目的地に駆けつけた時には日本軍はおらず、ただ大海原が広がるだけだった。
    探し回った末に、たまたま運良く見つけることが出来たのも、パイロットの勘がすぐれていたことと、南雲提督があろうことか米空母に接近するよう命じていたため。

    第一撃でミッドウェー島の攻略に成功しなかったことと、ありえないほど早く敵空母が周辺海域に現れていることをもって、作戦を中止し撤退していれば良かったが、南雲艦長はむしろ敵艦に向けて前進したことが、一度は見失った敵パイロットに発見される不運を招いたようだ。

    一度は大破させたはずのヨークタウンだが、実はまだ沈まず動いていて、日本側のパイロットが戻って再度二艦目の標的を探していたところまたも発見され、さらに致命的な打撃を受ける。
    日本の潜水艦が魚雷を見舞うまで沈没しなかった。
    珊瑚海海戦から数えて4回目の攻撃でやっと沈没すると言う不沈ぶりが凄い。

    米側にとっては、
    ・暗号解読によって日本側の奇襲をさけられ、ミッドウェー島の防備を固めることが出来たこと、
    ・無敵の日本艦隊やゼロ戦に対して不安はあったものの、不思議と戦闘意欲は高かったこと、
    ・ゼロ戦に対する必勝戦法を編み出しつつあったこと、
    などがこの戦い前までの有利な点であったが、それでも、
    ・暗号解読していたにもかかわらず不完全な奇襲になったこと、
    ・米空軍パイロットの技量が極めて拙かったこと(命中率が悪く、弾を無駄にしすぎたり、発艦に時間がかかりすぎる)
    などによって、危うくこれほどの大勝を逃しかけていた。

    日本側にとっては、
    ・暗号解読により思わぬ奇襲にあったが、それまでが相手を呑んでかかっていたためか、さほどパニックにもならず冷静に対処できたこと、
    ・零戦乗りの技量がずば抜けていて、稚拙なトップの失敗を何度も救ったこと、
    など有利な面もあったのだが、最後には挽回しきれない不運とミスが重なった。
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    投稿日:2016.05.13

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  • じん

    じん

    ご存知の通り,太平洋戦争(日本人の立場からは大東亜戦争と言うべきかもしれませんが)初期の約半年間に限っては,日本は大きな勝利を重ねていました.前代未聞の「空母機動艦隊」というアイデアは,真珠湾の米国大戦艦群を火の海の叩き込み,栄光の大英帝国海軍を太平洋から駆逐.彼らはインド洋まで進出,敵国の根拠地を覆滅しながらの大航海をしました.しかしその機動艦隊の栄光も,ミッドウェイで深い深い海の底に葬り去られます…….本書はそんな「日本が勝っていた半年間,アメリカから見れば,「我々が負け犬だった」半年間の話です.

    日本海軍のミッドウェイにおける失敗,またそれを敷衍して,日本海軍の米海軍における根本的な戦略の失敗に関する,日本人の手による書は多く読みましたが,米国の立場から,個別の人物の日常にまで迫って書かれた書は初めて読みました.
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    投稿日:2018.03.31

  • DJ Charlie

    DJ Charlie

    こういう「戦争の展開」というのか、「指揮官の決断」というのか、正しく“戦い”に身を投じた人達の物語というのは、非常に重々しいのだが、色々と考えさせられることが多い…

    投稿日:2016.03.21

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