無私の日本人

磯田道史 / 文春文庫
(72件のレビュー)

総合評価:

平均 4.1
26
25
16
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  • タイトルが総てを物語ります

     タイトル通りの内容で、面白かった映画「殿、利息でござる」。その原作本とのことですが、ちょっと趣は異なりました。穀田屋十三郎に阿部サダヲの顔が被ることはありません。
     この本は、一人だけの話ではなく、穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月という、三人の人物を語り尽くした一冊です。この内、私は中根東里の名だけは聞いたことがありましたけれど、その詳細はまったく存じ上げませんでした。この本は、歴史書であり、分類上もノンフィクションで整理されているとおり小説ではありませんけれど、小説風に書かれているので、大変読みやすいですよ。
     「武士の家計簿」から10年あまり後に書かれたと、あとがきにありましたが、「武士の…」の時は、さほど意識しませんでしたが、磯田道史の文学的素養も、なかなかのモノだと思います。
     その「武士の…」のあと、読者から届いた手紙がきっかけで、穀田屋十三郎の調査に入ったとのこと。地方に住むアマチュア歴史家は、埋もれた歴史の発掘者であり、代弁者なのですね。
     内容は、先に書きましたとおり小説風に進みますが、そこは磯田道史なのです。BSプレミアムでMCを務めている看板番組と同じように、興が乗ってくると、彼の歴史観、文化観が、ほとばしってくるようで、熱を帯びた筆致にかわります。興奮気味に筆を進めている感じに、読んでいるこちらもワクワクするというもの。
     一貫してその心情にあるのは、経済成長に本当の幸せがあるのか?ということでしょう。彼はあとがきの中でこんなことを書いてます。「地球上のどこよりも、落とした財布が戻ってくるこの国。こういうことはGDPの競争よりも、なによりも大切なことではないか。」そして、「あの人は清濁あわせ飲むところがあって、人物が大きかった」というのは、まちがっている。と言い切ります。
     確かに、藤原正彦氏が「解説」で書かれているとおり、幕末維新の頃に来日した多くの欧米人は、「日本人は貧しい。しかし幸福そうだ。」と言いました。今の世の中、何か忘れちゃぁいませんか?と言うわけです。
     古文書を自在に読み解き、それをまさに、俯瞰した目で見ることが出来る磯田道史という、歴史学者の枠を飛び越えた気鋭の人物から、これからも目が離せないと思っています。
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    投稿日:2016.11.07

  • 一途な志は喋らなくても誰かが分かってくれる

    いつもは年貢などむしり取られるだけの民草が、お上から金を取ろうという大それた考えも面白いが、出資者である仲間を募っていく過程もいい。

    調子のいい男には理屈ではなく、酒席で情に訴えたりなどなかなかにしたたかだし、銭湯好きが一転して、水垢離をとり始めたことが思わぬ効果を生むところなどは、一途な志は喋らなくても誰かが分かってくれているんだなと感動する。

    計画に一銭も出さずタダ乗りしようなんて欲得ずくの人間は、江戸時代には庶民に至るまで見られないし、たとえ思い通りならなくても恨み言を言わず、相手を気遣う質朴さは頭が下がる。

    悪く言えば、仙台藩のイメージが変わった。
    東北人特有のお上に対する従順さをいいことに、米を専売して利益をことごとく手中にするさまは醜悪この上ない。
    震災復興の過程で宮城県政がこうした過去と重ね合わされることのないように望む。
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    投稿日:2016.05.12

  • 無私の日本人

    読後、しばらくはこの世的なことや唯物的なことは考えたくない気分でした。非常に感動しました。こんな人たちが本当に実在したのだ。日本人として誇りに感じます。あ~~~久しぶりに良い本に出会った!

    投稿日:2016.10.21

  • 無私のこころ

    本書には3人の人物に焦点をあてて3章だてで物語が書かれています。
    第1章は「殿、利息でござる」で映画化もされています。
    私は映画がすきなのでこの1章目当てで読み始めましたのですが、2章と3章の人物もすばらしくとても感動しました。
    おすすめです。
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    投稿日:2017.07.23

  • 無私とは・・

    穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月という3人が題材に取り上げられています。この本を読むまでは皆さん知りませんでした。いずれも壮絶な人生を送った方々です。
    さてここで「無私」ですが、私自身は滅私奉公のような、己を犠牲にして世の役に立つというイメージを持って読み始めました。穀田屋十三郎は、確かにその通りです。しかし、中根東里、大田垣蓮月はどうか。「私欲」から連想される、名誉欲や権力欲、金銭欲は本当になかった点で同じです。しかし、表だって広く世の役に立とうという行動も皆無です。すなわち、自分が本当の自分であることを貫く姿勢を見ていると、「私」が「無」いという無私とは対極なんですね。そういった意味では、中根東里、大田垣蓮月に対しては強烈な「私」を感じました。 素晴らしい本です。続きを読む

    投稿日:2017.08.16

ブクログレビュー

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  • yuunao

    yuunao

    これは「ボン書店の幻」に匹敵する名著だと思う。

    真の才能に恵まれた人間だからこそ、このような清貧の極限のような思想に至れるのだろうか。

    資本主義の限界が見えてきた今こそ読むべき本かもしれない。

    投稿日:2021.02.13

  • なりすけ

    なりすけ

    無私の日本人として、穀田屋十三郎、中根桃李、大田垣蓮月の三人が紹介されている。

    前書の「武士の家計簿」が歴史として面白く、一個人の成功譚だったのに対して、本書は、現代・未来への問題提起がある。

    代は競争経済で、経済成長しているのに、昔ほど皆の生活は良くなっておらず(生きるには十分ですが)、数%の高所得者に資産が集まっている。そしてお金持ちさえも、お金だけでは、満たされない何かにぶつかっている。日本もGDPが他国に追い抜かれそう。そういった状況に対する日本人が幸せに生きるヒントがあるように思った。

    サピエンス全史にもある、人間が想像して作り出したやっかいなもの、神、国、貨幣は、無いと困るけど、争いごとのタネになる。

    無私の日本人の3人は、これに囚われず、大きな視点で人生を歩み、葛藤し、そして喜びを得ている。

    ①穀田屋十三郎
    仙台藩からの重い負担(伝馬役)に苦しむ宿場を、私財を投げ打って助ける。

    重い負担は、戦国時代から平安の世になって、余っている武士を食わすために、ひとつの仕事を二重三重、更には細かすぎる分業にする仕組みが、逆に平安の世をねじ曲げて、お百姓を苦しめている。

    では、どう宿場を救うかだが、もうひとり重要人物として、菅原屋という人が登場する。この人物は、知恵ものとして、皆から一目置かれている。菅原屋は、金利を取られる方から、取る方への転換を提案する。お殿様にお金を貸して、利子を取って、永続的に宿場を潤そうという、お百姓から投資家への発想の転換。

    衝撃的!

    何を解決すべきかの課題の設定が、素晴らしい。
    お百姓でも、学が備わっている。

    そして幾多の苦難の末、村民9人で1000両、今にして、1億3000万円を用意する。お百姓って、サラリーマンより金持ってない?と動揺する。

    ただ、これだけだと話がドライすぎて、お上の気持ちを揺さぶることが出来ず、ろくに検討もされず、却下される。(お上の足元を見るとは如何なる所存か!)

    しかし、却下されても諦めない。

    江戸時代は、家意識、家の存続、子々孫々の繁栄こそ最高の価値、先祖を尊ぶ意識が強く、物語の端々にそういった文化が見られる。

    この意識に、浅野屋甚平が先祖代々、十三郎と同じ思想で、コツコツと先代から人知れず、お金を蓄え、家全体で慎ましい暮らしを、自らに課して生活しているということが判明する。(この浅野屋と十三郎の関係性が泣けるが、それは本書をお読み下さい)

    この先祖代々、そして子々孫々までの繁栄、そして個人への見返りを求めないストーリーが合わさり、とうとうお上の心を動かし、宿場を救う。

    穀田屋十三郎、菅原屋、浅野屋甚平は、宿場を救っただけでない。自分達が救ったことは、秘密にし、そして集まりでも下座に座ることを、決める。子孫にも同じことを引き継いでいく。要するに、名誉さえ手放してしまう。

    無私の日本人、すごい。

    ②中根桃李
    儒者。詩文の天才。

    荻生徂徠に弟子入りし、中国語を操り、師に認められ、名声を得る。しかし、文名が上がるにつれ、彼の心は何故か虚しく落ちていく。

    その彼を救ったのが、「孟子」の浩然の気。
    物事にとらわれない、おおらかな心持ち。

    そして一時の徂徠の虚名に頼り、文明をあげようとした自分を恥じて、作りためられた名文をすべて燃やしてしまう。

    その後も幾多の書物をカラクリ人形のごとく読み続けるも、せっかく得た学問では、禄をもらうわけにはいかないと、ろくに士官もしない。

    しかし、自分の使命は、人々に説き、自ら行うこととして、「天地万物一体の理」を説く。

    天地万物は一物、我でないものはない。
    自分にこだわらない。
    自分を無にすれば、みんな同じ。

    人を育て、戦いをやめる、乱暴しない、いじめをしない、これはちっとも他人事ではなく、自分の病を治しているようなもの。

    学問は道に近づくためのもので、四書五経は案内書。ほんとうの価値はその外にあると説く。

    この時代の誰もが疑わない真実(四書五行)をひっくり返して、更に広い視点で世界を捉えている。

    ③大田垣蓮月
    尼僧、歌人、陶芸家。

    美しさ、強さ、好奇心から幾多の才能を輝かすが、家族とは辛い別れを繰り返し、尼になるが、美しさゆえに苦しむ。(中盤まで結構長く、ツライ気持ちになる)

    しかし、苦しみの果てに、自他平等の修業に辿り着く。心に自分と他人の差別をなくする修業。そして、物にこだわらない。

    そして、その悟りを得てから、蓮と和歌の陶器を手ぐすねで作りだす。

    のちの文人画家の富岡鉄斎との出会い。
    そして少年時代の彼との会話、注ぐ愛情には、心揺さぶられる。

    自分に必要なものを、必要な分だけ、時代の大きなうねりにも動じず、徹底して自他平等を貫く。

    ただ、辞世の歌で「願わくは のちの蓮の花の上に 曇らぬ月をみるよしもがな」と書き残されている。
    清らかな生をまっとうしたように見えても、来世は曇らぬ心の月をもちたいと願っていた。

    ずっと心の内では、己と戦っていたということ。
    もう言葉にならない。


    余談ですが、筆者の磯田さんは、古文書ハンターと呼ばれ、小さい頃に古文書に引き込まれ、学校の勉強をほったらかして、古文書を読む為の勉強に邁進される。歴史のことを本当に楽しそうに興奮気味に話されると、こちらまで引き込まれる。とても魅力的な人です。

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    投稿日:2021.02.09

  • kasaharapapa

    kasaharapapa

    このレビューはネタバレを含みます

    江戸時代、特にその後期は、庶民の輝いた時代である。江戸期の庶民は、親切優しさと言うことでは、この地球上のあらゆる文明が経験したことがないほどの美しさを見せた
    心は種である。果てしない未来を開く種である。1粒の種が全山を満開の桜の山に変えるように、心さえしっかりしていれば、驚くほどの奇跡もなし遂げられる
    300年、党を組まぬように、しつけられてきたこの国民が、明治になって、政党政治と言うものを、うまく飲み込めなかったのは、至極、当然のことで、それは後々までこの国の政党政治をみすぼらしいものにした
    金と言うものは、雪玉に似ている。一旦核になる資金ができると、雪玉が転がるように、金が金を呼び、玉は大きくなっていく
    江戸時代、特にその後期は、庶民の輝いた時代である。江戸期の庶民は、親切、優しさと言う事では、この地球上のあらゆる文明が経験したことがないほどの美しさを見せた
    本当に大きな人間と言うのは、世間的にえらくならずとも金を儲けずとも、ほんの少しでも良い、濁ったものを清らかな方に変える浄化の力を宿らせた人である。この国の歴史の中で、私は、そういう大きな人間を確かに目撃した。その確信を持って、私は、この本を書いた

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    投稿日:2021.01.06

  • ばあチャル

    ばあチャル

    中編「穀田屋十三郎」「中根東里」「大田垣蓮月」の3作品所収

    「穀田屋十三郎」は最近、映画「殿、利息でござる!」になっている

    この中編も感動したけれども、「中根東里」に強く惹かれた

    中根東里
    天才詩人と言われていても(当時、江戸時代は漢詩であるが)後世に名を知られず
    作品がほとんど遺されていず、生涯もあまりわかっていない人らしい

    作者の磯田さん「じゃあ、どうやって調べて、書くのか?」
    という疑問がわくが、文学研究者で社会経済史的な史料を読みこなす術にたけた方

    『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』
    と、これも映画でブレイク「武士の家計簿」の原作者でもあり

    司馬遼太郎さんの史観とはまた一味違う、どちらかと言えば山本周五郎さんに近い
    この3編をまとめて「無私の日本人」としているところが
    性善説に富んだ史観から書いていらっしゃると思う

    さて
    「中根東里」という儒者の人物像
    書物が好きで朝から晩まで寝食忘れて読んでいる人

    貧なるが故、小坊主としてお寺に出される
    そこで成長したが好奇心旺盛な彼は
    漢詩を極めるため唐音(中国語)を学びたいとて京都黄檗山万福寺に行く

    (余談だが、わが家はこの黄檗宗の宗派、親近感を持ったけれど)
    彼は初期の目的、中国語はすぐ上達したが
    禅宗とは「禅の心は行住坐臥のふるまいに宿る」で書見を禁じる場所
    書物からも学びたい彼は失望し、そこも離れる

    (えええっ、わたしも興を削がれた、というのはどうでもいいが)
    江戸にもどって「荻生徂徠」なる博識・文章家の評判を聞く

    そしてそこでもかれは失望するのだ、紆余曲折があって
    書物を読みに読み
    ついに道をさとるというか、今でいう哲学を知るのである

    磯田さんの文章による東里の到達したことは

    「みなさん、書物には読み方というものがあります。書を読む人は、読む前に、まず大どころは、どこかを考え、そこをきちんと読むことを心掛けてください。(後略)・・・みなさんは道を得るために、まっしぐらに、書物のなかの大切なところをみつけて読んでいかなくてはなりません・・・」

    書物は解説を解いていくのではなくみつけるもの、言うなれば書物は読まなくてもいいくらい
    「天地万物一体」がわかればいいらしい

    なんか、わたしもこう書いてきてわかったようなわからないような(笑
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    投稿日:2020.02.14

  • yashiti1

    yashiti1

    このレビューはネタバレを含みます

    穀田屋の末裔を探す番組を見て興味を持った。現代まで「何も驕らず、高ぶらず、地道に暮らせ」を守った末裔は、本当に素晴らしいなと。
    本を読んで、そのひたむきな姿に心を打たれた。映画も見てみたい。

    レビューの続きを読む

    投稿日:2019.09.09

  • ビブリオラボとくしま

    ビブリオラボとくしま

    個人資産を投げ出して袋井用水を三代にわたって完成させた楠藤家の行動はすばらしいと思いながら、充分理解できなかった。江戸時代には家の繁栄こそ最高の価値という宗教があった。この宗教は仏ではなく先祖教であり、子孫教であった。江戸時代は庶民までこの国民教に入信していた。村の幸せと繁栄を願う楠藤家の行動はこれだとこの本を読んで知った。(Uno)続きを読む

    投稿日:2019.08.22

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