【感想】日本軍はなぜ満州大油田を発見できなかったのか

岩瀬昇 / 文春新書
(12件のレビュー)

総合評価:

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  • 不都合なデーターを無視し都合のいいデーターをでっち上げる

    安全保障のために食料自給率を100%にと言う意見はよく聞かれる。だがエネルギーの自給ができないのに食料自給率だけを高めても有効ではない。太平洋戦争直前の日本政府に明確な石油政策は存在せず泥縄的に南方石油確保策に突き進んだ。同じことを繰り返しているように見える。

    明治も終わりの1908年浅野財閥の浅野総一郎はヨーロッパ先進国同様に原油を輸入し国内で精製する消費地精製主義を日本でも行おうとし保土ヶ谷に製油所を建設していた。一方、日本石油の創設者である内藤久寛は国内石油業者が競争力を失うことを怖れ輸入関税をかけるべきと主張した。後から見れば石油が足りないとする浅野の主張が正しいのは明らかだがこの時は内藤説が取り上げられ、これ以降の日本は石油製品を輸入するしか道がなくなっていく。

    石炭から石油への転換を図っていた海軍だが八八艦隊計画でも石油政策については煮詰められておらず、石油国策実施要項が閣議決定されたのは12年に及ぶ燃料調査会の結論の出ない議論の後1933年である。その骨子は6ヶ月分の民間備蓄、石油業の振興(精製、輸入の許可制)、資源開発(国内、北樺太),代用燃料(アルコール、石炭液化、オイルシェール)だった。石油政策を考えていたはずの海軍ですら後ろ2案は運頼みに近い。

    北樺太の石油開発は日ソ基本条約締結に伴って日本が獲得した。ポーツマス条約で割譲を受けた南樺太だけでなく北樺太も日本の実効支配下にあり、ソ連が求める撤兵は日本が有利に使えるカードだったはずだった。しかし、日本は石油利権について詰めることなく撤兵に合意した。鉱区についても平等に分けるという原則が貫かれたのはまあいいとして、市松模様のように交互に配分するというミスをおかした。道路を含めたインフラも無い中ソ連はまず日本に試掘させ、有望な鉱区が見つかればその隣を採掘すると言う手に出た。日本は石油欲しさの足元を見られ続けた。日本の北樺太石油に2年遅れて創設された国有企業トラストは日本が原油代金前払いの代わりに必要な資金や資材を投入し事業を開始したがソ連政府の嫌がらせで閉鎖に追い込まれた北樺太石油とは違い順調に生産を拡大し、現在では累計生産量は1億tを超える。最期に日ソ中立条約の締結に伴い、400万円でソ連に譲渡されることになった。当時の簿価でも2500万円はあり、現在のように埋蔵量をしさんに換算していれば総額1億5千万にのぼる。結局日本はまともな交渉ができていなかったことになる。

    満州で日本は石油の発掘を行っていたが当時のやり方は地表に油兆、多くはアスファルトを見つけることから始まる。だが関東軍の調査団は海軍の序列に基づき指揮権、決定権は学者ではなく軍にあった。ソ連国境近くのジャライノールに続き、奉天に近い阜新炭田で油兆が見つかったことからこちらでも採掘を始めたが石油は発見できなかった。大慶に続いて発見された中国三大油田の一つ遼河油田はこの阜新のすぐ近くにある。民間には進んだ技術は有ったが軍部は秘密重視を優先し自分たちで全てを取り仕切ろうとした。もし、アメリカの物理炭鉱専門会社を起用していれば、満州で日本が石油を発見していたかもしれないのだ。

    戦前の日本は石油に関して量と質、両方の問題を抱えていた。経済封鎖にあった日本が量の問題を解決するために考え出したのが蘭印に対する南進だが、質の問題としてはジェット燃料を製造できなかったことだ。結局は規制の隙間を縫って備蓄した燃料で日本は戦争を始めたことになる。南方石油の取得見込み、航空燃料の需用量などいずれも若干27歳の中尉が無理やりぎりぎり足りるようにまとめた数字がたたき台になり、11月1日の大本営政府連絡会議で初めて石油に関して陸海軍や商工省が一堂に関して話し合われた。たたき台を作成した高橋中尉は書記として参加し後に記録を残している。南方からの取得見込みは元々根拠の薄い2年目100万klの見込みをそれでは進出する意味が無いと200万klに書き換え帳尻は合わされた。

    1940年経済某略機関の創設を命じられた秋丸中佐は孫子の兵法に習い、他国との経済力調査を行った。結論はドイツと日本にはこれ以上戦線を拡大する余地は無い。開戦前の経済戦力比は20:1で継戦可能なのは2年間だった。しかし軍部は「本報告の調査および推論の方法は完璧で間然とするところが無い。しかし結論は国策に反する」と報告を退けた。同年近衛内閣直轄の総力戦研究所は南方資源で経済封鎖を切り抜けられるかを検討した。ここでもロイズのデーターに基づき船舶消耗率を計算すると輸送ができなくなるという結結論だった。この結果を聞いた東条陸相は次のように講評した。「戦というものは、計画どおりにはいかない。意外裡なことが勝利につながっていく。」
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    投稿日:2016.03.01

ブクログレビュー

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  • shimu2

    shimu2

    【技術とは,ハードだけで成り立つものではない。何のための技術かというソフト面を追求することも重要なのだ】(文中より引用)

    戦前の日本のエネルギー政策、特に石油との関係に光を当てながら、意思決定や思考法にまつわる様々な問題点を指摘した作品。著者は、三井物産で一貫してエネルギー関連業務に携わった岩瀬昇。

    石油というフィルターを通して見た『失敗の本質』といった趣きの一冊。嘘が数字を作り願望が現実に優先する様子などからは、過去の出来事だからと済ませてはいけない教訓が満載かと。

    少し硬い文章ですが☆5つ
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    投稿日:2020.03.11

  • mtanio

    mtanio

    数字は嘘をつかないが、嘘は数字を作ると言う言葉がでてきたが、嘘で積み上げられた石油の産出量や需要量でWWIIの開戦が決定された。事業計画でも根拠ないが、事業規模ありきで数値目標を積むこともあるとは思うが、責任をもって遂行できる数値目標を立てるべきだと思った。続きを読む

    投稿日:2019.07.02

  • asita-asatte-siasatte

    asita-asatte-siasatte

    そもそも陸軍は石油をあまり使わなかったので関心が薄かったというのが原因。
    軍隊というのは保守的なので新しい流れについていけないのでしょう。

    投稿日:2018.12.24

  • reinou

    reinou

    ◆日本軍の組織としての問題点は、彼らが喉から手が出るほど欲しがった石油を定点に見ると、違った色彩で見える。自省心と虚心坦懐さのない組織は自壊していくのだと…◆

    2016年刊行。
    著者は物産子会社の三井石油開発の元常務執行役員。


     まず本書はタイトルのことだけを書くに止まらない。つまり、対米英開戦の直接要因になったとされる石油枯渇が、軍・政の様々な失政の帰結である点を、石油を定点に露わする書だ。
    つまり、
    ① 戦後1950年代当時の中国の技術ですら存在が確認できた満州地区の油田を、日本が発見・掘削し得なかった技術的・政治的理由
    に加え、
    ② 北樺太の油田の開発・利用機会を外交的悪手で喪失。
    ③ インドネシアの石油施設の占領と、その利用・活用とは違うことを、海軍は失念(輸送護衛戦略の欠落)。
     さらには、
    ④ 戦前、特に1930年代の油田発見や掘削技術に関する世界的潮流に言及し、日本がキャッチアップできていなかった内情
    とともに、
    ⑤ その理由としての軍・官僚の無謬性の悪癖、
    あるいは、
    ⑥ その帰結としての対米戦争の帰趨=必敗に関する軍の調査レポート(つまり猪瀬直樹が発掘した「総力戦研究所」以外にも、対米開戦必敗を報告したグループが存在した)と、
    ⑦ 米独はおろかソ連にすら「化学」「石油化学」の面で大きく見劣りしていた事実
    が開陳される。

     正直、③や⑤はこれまで散々語られてきたことで意外性はないが、石油という観点で見ると違う印象が生まれる面もある。石油不足=戦わずして負けるというほど石油に固執していたのだが、それを支える技術や思考が全く追いついていなかったこと、軍人らが組織体としてその事実を虚心坦懐に踏まえて対応策を練っていなかったことが透けて見える。

     さらにいえば、奇形的に一部の技術面では優れていたものの、日本は総合技術力、技術を支える人的基盤の層が薄弱である。これは抽象的には意外ではないが、これも②⑦のように、石油という切り口で見るのは新鮮だ。

     が、ここで一番印象的なのは⑥である。個人的に新規ネタということもあるが、正しい情報を上げても、受領側に虚心坦懐さがなければ、そして結論ありきの議論の不毛さに無自覚であれば全く価値を持たない。こんな様を見るにつけ、どうしようもないなぁと。
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    投稿日:2018.05.28

  • 鴨田

    鴨田

    世界最前線のビジネスマンが書いた本は、学者の書いた本とは全く違う面白さがある。
    太平洋戦争開戦前に石油の需給や戦況の展開を正しく予想出来ていながら、対米戦を回避できなかった不思議。国民世論が戦争を望んでいたにせよ、東条英機の頭の中を覗いてみたいと思った。続きを読む

    投稿日:2017.11.25

  • 87tom

    87tom

    石油視点での日本史。
    時系列にばらつきがあり、前提知識がないと若干読みにくい気がした。
    客に前提知識があれば良書だと思う。

    投稿日:2016.07.03

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