優位戦思考に学ぶ 大東亜戦争「失敗の本質」

日下公人, 上島嘉郎 / PHP研究所
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  • 小田 浩彦

    小田 浩彦

    良書「失敗の本質」の解説本かと思って読んだら
    大東亜戦争(日中戦争・太平洋戦争)の歴史的解説本であり
    大体知っていた内容であった。

    投稿日:2019.11.05

  • yasz

    yasz

    私がレビューを書き始める10年ほど前から、新刊を楽しみにしている日下氏と、私には初めての、上島氏との共著で、日下氏の最新刊(2015年12月現在)です。

    日下氏が彼の著書の中で、いつか「優位戦思考とはどんなものか」について、本で紹介すると言っていたので、タイトルを見た時に、嬉しくなりました。

    この本では、日下氏が、優位戦思考を、先の大東亜戦争時に当てはめるとどうなるか等ということを、上島氏による、当時の個別の戦いの紹介と合わせて、解説されています。全体の戦いの流れが分かって、良かったです。

    日本はいまだに劣位戦思考から抜け出せていなくて、経済規模が大きくなったにもかかわらず、優位戦思考ができていない問題点を指摘しています。

    あの戦争は、経済格差が大きすぎて無謀だったと、よく本で言われますが、同様な状況で、結果として勝利した、日清戦争や日露戦争に言及されることは私の知る限りありません。あの戦争の始まった時の日本人の心は「晴れ晴れ」としていたと聞くこともあります。

    戦争をすることの是非は、現代の価値観で判断するのではなく、当時のアジアを取り巻く環境などを考慮して、戦争から何を学んだのか、戦争の目的は何で、それがどういう形で実現されたのかを見直すのに良い機会となりました。

    以下は気になったポイントです。

    ・大東亜戦争を自らの愚かさや無謀の証としてしか語れないとしたら、日本人はいつまで経っても勝者に隷従する「劣位戦思考」しか持ちえないことになる。優位戦思考から、日本の戦争目的や戦争設計を考えてみると、どんな可能性が浮かび上がるかを、を考えるべき(p2)

    ・絞り込み思考(劣位戦思考)の学者は、自ら仮説を立てて検証し、それを積極的に世に問うていく(優位戦思考)よりは、検査官のようになって、マニュアルに当てはめて人を裁くことになる(p20)

    ・幕末の日本が遭遇した「世界」は、いかなる構造だったか、時代の価値観はどのようなものだったかを、考えるのが、日本人が戦いに踏み切らざるを得なかったかを理解するために必要(p25)

    ・ヨーロッパ人の飽くなき征服意欲を支えたのは、明白なる天意という、キリスト教を背景にした意識=キリスト教以外の有色人種を同じ人間とみなしていなかったという事実、につながる(p25)

    ・ローマ教皇は、1493年に地球上に分割線(ベルデ岬諸島西はスペイン、東はポルトガル)を引いたが、1494年のトリデシリヤス条約、1529年のサラゴサ条約で修正された。近畿地方以北がスペイン、中国・四国・九州はポルトガル領となる(p29)

    ・1767-96年にかけて、マイソール王国が、イギリス東インド会社と戦って敗れた結果、イギリスは南インドの支配を確立。1819年に中部インドを飲み込み、1857年にセポイの反乱がおきると、ムガル皇帝を廃して、東インド会社を解散して、ビクトリア女王がインド皇帝を名乗る、インド帝国を作った(p29)

    ・インドシナ半島はフランス、ベトナムへの侵略後、ラオス・カンボジアを含めた、インドシナ連邦が形成。インドネシアは、イギリスを駆逐した、オランダ東インド会社が、マタラム王国の内紛に介入して保護国化した。1816年にオランダ王室の直接統治(p30)

    ・大航海時代から、19世紀末に至るまで、欧州列強によって営々と続けられた植民地収奪の歴史により、アジアに起つのは、事実上日本のみとなった。これが日本が大東亜戦争を戦う蓋然性が必然性に変わった(p30)

    ・決定的に違うのは、日本人は、肌の色や宗教が違っても人間はみな同じだと考えているのに対して、彼らは「異教徒は人間ではない」「肌色や目の色の違いは進化の過程が違うことを示している」と考えている(p32)

    ・明治開国以後の日本人が苦闘してきたのは、国家としての、1)独立主権の維持発展、2)アジアの安定確保による世界平和への寄与、3)人種平等の確立、に要約できる(p35)

    ・日清戦争と日露戦争の両方に共通する目的は、朝鮮半島の安定だった。言い換えれば日本の脅威となるような事態が朝鮮半島に起こるのを防ぐことであった(p46)

    ・戦争目的と戦争設計という視点から、日清戦争と日露戦争を戦った日本を見ると、そこには政治的にも軍事的にも限定的で、かつ明確な目的があり、政治と軍事(戦争)が絶妙な連携がとれていた。戦争の3要素とされる、国民の敵愾心・政治の指導力・軍人の勇気と才能、の間に致命的な齟齬はなかった(p51)

    ・定遠、鎮遠、との決戦用に、三景艦(松島、橋立、厳島)を建造したが、それでも清国海軍と日本海軍を比較すれば、戦力差は5対1であった(p53)

    ・それでも清国海軍北洋艦隊との間で行われた黄海開戦は、日本の勝利であった。副砲である速射砲、イギリス製の新式巡洋艦との連動により、高速で艦隊運動が可能となったから(p53)

    ・人種平等の実現が二十世紀最大の事件である、科学技術は誰かが創り出すが、白人絶対時代は、有色人種の誰かが立ち上がって、実力で打ち破らない限り終わらない。白人のほうから譲歩することはあり得なかった(p63)

    ・戦争設計とは、まずは白紙で考えて、武器やカードを列挙する。次に使う順番を決める、最終的に達成するゴールを明確にすること(p69)

    ・日露戦争では、児玉源太郎が先を読んで整備した海底ケーブルの通信網が大きな効力を発揮した。バルチック艦隊の情報は、イギリス・アフリカ回線を通じて日本に送信された(p69)

    ・トルコは当時、黒海と地中海を結ぶ、ボスポラス・ダーダネス海峡を押さえていて、ロシアの黒海艦隊を通行止めにした(p75)

    ・パリにおける国債相場は、日本、ロシアも勝敗によって上下していた。日露戦争は資金調達戦争であった。それを当時の軍人が分かっていたが、いまの評論家には欠けている(p85)

    ・優位戦思考とは、自分がどのようなカードを持っているか、持ち得るか、相手との比較の上で何ができるかを考えること。自分の長所短所をわきまえた上で、相手よりいかに柔軟な思考・発想ができるか、それを実行に移すかという勝負の世界である。戦費と人員が足りないのなら、それをいかに補うかを考える(p87)

    ・人種問題を抜きにしては、なぜ日米が戦うことになったのかの答えは出てこない。19世紀半ばから20世紀前半にあった「黄禍論」もそうである(p109)

    ・人種平等規約の提案に賛成したのは、フランス・イタリア・ギリシア・中華民国・ポルトガル等の11か国、反対は、イギリス・アメリカ・ポーランド・ブラジル・ルーマニア、であった(p116)

    ・大東亜戦争で日本が勇戦敢闘したのを見て、アメリカの黒人が立ち上がり、ユダヤ人と連携して「公民権法」を勝ち取った(p117)

    ・第一次世界大戦時のロシア皇帝(ニコライ2世)と、ドイツ皇帝(ウィルヘルム2世)、イギリス国王(ジョージ5世)は従妹同士、第一次世界大戦は、一族の戦争である(p125)

    ・スイスは、国民に兵役の義務を課した上での、武装中立国であることを、メディアは伝えようとしない(p134)

    ・戦争が始まる頃、アメリカ・イギリス(世界の4分の1)、オランダ(インドネシア)、ソ連も自給自足(アルタルキー)が可能であったが、日本やドイツ、イタリアは不可能であった(p156)

    ・ソ連における、皇室廃止指令、共産主義に賛同しない人民の大量虐殺(700万人)等に、日本は危機感を覚えた。昭和初年から日本がおかしくなっていったのは、外的要因が国内に変化をもたらしたことも、わきまえるべき(p165)

    ・治安維持法の制定は大正14年だが、同時に、普通選挙法も成立、軍縮(高田、岡山、豊橋、久留米の陸軍4師団の廃止)も行っている(p167)

    ・世界最大の債権国となった日本が戦争をしないので、21世紀の世界は平和、この視点に立つと、大東亜戦争の正体は、国と国の戦争ではなく、国際金融資本が作った戦争となる(p184)

    ・当時の日本は、繊維製品を輸出して稼いだお金で原材料と機械を買っていたが、関税障壁で、アメリカ・カナダ・南米までが関税をかけ、アメリカの保護貿易が原因であった(p188)

    ・日程が付されていないことは、法的には何の効力もない、ハルノートはそのようなもの(p199)

    ・ガダルカナル島をめぐる海戦に、トラック島の泊地にいる、大和・武蔵といった戦艦は出撃せずに、巡洋艦や駆逐艦群が死闘を繰り広げていたにも関わらず、陸奥・長門も出さないで、旧式の金剛型の戦艦をだして沈められた(p244)

    ・三次にわたるソロモン海戦、サボ島沖海戦、南太平洋海戦、ルンガ沖海戦において、日米両海軍の損失はほぼ互角(24対24)、しかしこれが、攻勢終末点であった(p245)

    ・のちに戦艦大和最後の艦長となる、有賀幸作の第四駆逐隊に魚雷での空母赤城処分が命じられた(p254)

    ・ガダルカナル失陥後の戦勢を立て直そうとした、マリアナ沖海戦は、ミッドウェー海戦を上回る大艦隊を編成したが、米国は圧倒的に勝っていた(p257)

    ・19年10月のレイテ湾海戦で、連合艦隊は事実上壊滅した(p265)

    ・短期決戦主義と、艦隊保全主義の矛盾を解消できなかったことが、大東亜戦争における日本海軍の行動を不徹底にし、優位戦を展開できる戦力行使と戦場の設定ができなかった(p270)

    ・資源確保であれば、蘭領インド(インドネシア)に進出して、オランダと日本の妨害にくるイギリスだけを相手にする(アメリカとは戦わない)方策もあった(p273)情報戦という発想で、大和・武蔵の存在を活かさなかったのはもったいない事(p275)

    ・陸軍の最小戦闘単位は分隊、分隊長の下には、機関銃手1名、小型の迫撃砲である擲弾筒手が一名、手りゅう弾は全員が数個ずつ所持という具合に、どの分隊も金太郎的な編制であった。インパール戦では、宮崎少将は現場を任された指揮官として、規則を破って能力別編制を実行した、震災後の吉田所長も同様の行動をした(p280)

    ・昭和18年8月1日にビルマ、10月14日にフィリピンを独立承認して同盟条約、同23日に自由インド仮政府を承認、30日に汪兆銘政権と同盟条約を結んで、同年11月5・6日に、大東亜会議を結実した、18年4月末に外相に就任した重光氏は、東条英機・昭和天皇の後押しも受けたもの(p284)

    ・中国、ロシア、イギリスも日本と戦ったことで衰退に傾いた。ロシアは勝者側でも、中立条約違反、侵略による領土獲得で、道東的敗北。中国も、中華民国という蒋介石の国は、毛沢東の共産党に負けた、イギリスも全アジアの植民地を失った(p287)

    ・戦勝国が何と言おうとも、人種差別が公然とできなくなった新しい世界をもたらし、その引き金を引いたのは、この世界にあって日本という国である(p292)

    2015年12月20日作成
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    投稿日:2015.12.20

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