【感想】市民のための歴史学:テーマ・考え方・歴史像

桃木至朗 / 大阪大学出版会
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    市民のための歴史学―テーマ・考え方・歴史像

    序章 現代世界の中の歴史学

    筆者の意図を説明しておきたい。それは第一に、紹介すへき現代歴史学の多面的かつ高度な発展、それがもつ面白さと社会的意義にある。意義が大きいが多様で高度なものをみんなが理解するには、解説が必要である。第二は、それと対照的に、専門外の社会では歴史と歴史学についての誤解・無理解が拡大していることである。

    多数の良質な出版物の一方で、大学の危機と「教養」や「人文学」の衰退、2006年度に発覚した「世界史未履修問題」に象徴される中学・高校歴史教育の失敗、そして「歴史修正主義」や「トンデモ史学」の横行など、むしろ社会における無理解と危機が広がっているように見える。

    日本社会におけるその直接的な理由として茗者が重視することが二つある。
    第一に、高校の教科書や授業でも歴史の新しい知識や歴史像が教えられることは確実に増えているのだが、一般にそれは「正しい結論」として示されるだけで、その背後にある歴史学の方法論や考え方、歴史が書き換えられるとはどういうことなのかなどはブラックボックスのままにされているため、生徒は(しばしば教員も)それを個別知識として覚えるだけしかできない。

    第二に、歴史学の方法版や考え方は、大学史学系や教員長成課程においてすら体系的に教育されることがめったになく、現代歴史学の全体像や方向性は、個別の分野や方法の例から学生が経験的 ・帰納的に発見するに任されている。

    現代社会の状況と、研究者・教員を含む多くの人々が持つ歴史に関する理解や戸惑いを念頭におきながら、高校・大学の新しい教科書の背景にあるような歴史学の考え方・動きが理解できるようにすることが本書の目標である。

    教育の埸で教員が自分の思想を生徙・学生に押しつけてはいけないという原則は、「だから教員は自分の思想を述べてはならない」という意味ではない。完全中立・非政治的な教育が可能だなどという幻想はいい加減に卒業すべきだし、多元的民主主義の担い手はいろいろな政治的見解に触れなければ育たないと信じる。

    ある学問のあり方を学ぶには、入門・概論などの授業で体系的な解説を聞く直接的方法と、すぐれた著作や先瑞研究の成果に触れて自分で学び取る間接的方法がある。

    公式1 歴史学は史料から事実(史実)を確定し、それをもとに時系列的な変化、因果関係や時代の特徴など大きな説明をしたり(歴史像を描く)、それらを批評・評価する学問である。

    公式2  史料から事実を確定する作菜は客観性をもつが、歴史像を描いたり批評・評価する部分では、研究者の「歴史観」などの主観から自由ではない。

    公式3 歴史像を描いたり批評・評価する部分も含めて、研究者は他人が、検証できるように資料的根拠と自分の論理展開を明示する義務がある。そのような検証を受けて多くの研究者に妥当性を承認された事実や像が「定説」となる。

    公式13 全世界の歴史やあらゆる時代の歴史を同時に研究したり叙述することは個人ではもちろん集団でも容易でないので、通常の研究や叙述は、特定の時代や国・地域、自然や社会の領域に焦点を当てて行われる。

    第1章 歴史学はなにをどう問題にしてきたか、こなかったか

    公式12 歴史学は社会科学と比べると、過去の出来事の共通性・法則性を見ようとするだけでなく、個別の状況の違いや時代の特性も明らかにしようとする(例:別の時代の帝国や独裁政権について「歴史は繰り返す」と考えるだけでなく、それぞれの背景の違いにもこだわる)。

    公式17  ある事象の理解や説明・評価には、当時の視点で見る方法と後の時代からの視点(しばしば近代ないし現在の視点)で見る方法の両方がある。これもどちらか一方に統一することは不可能である。

    公武21 単一のモデル(例:封建社会、資本主義)や要因(例:地理環境、経済構造、 家族形態)ですべての歴史的事象を説明しようとすると、例外だらけになるか、修正を繰り返して多元化しすぎたモデル・要因が定義不能なものになって崩壊するかのどちらかにしかならない。


    第2章 史料(資料・史資料)とはなにか

    公式3  歴史像を描いたり批評・評価する部分も含めて、研究者は他人が検証できるように史料的根拠と自分の論理展開を明示する義務がある。そのような検証を受けて多くの研究者に妥当性を承認された事実や像が「定説」となる。

    公式4 史料(記録,資料)にのいてあることはすべて事実とは限らないので、使える情報と使えない情報を見分けるためには、資料の性質や由来、オリジナルな情報を含むか単なる伝聞や引き写しか、書かれた目的や想定する読み手などを吟味する(史料批判)必要がある。

    公式5 史料や記録は、[事実」だけを書いてもその配列や表現、強調のしかたなどによって、読者を誤った理解に導くことがありうる。

    公式7 文学.芸術など事実の記録ではない創作物も、そこから作者の意図や思想、 その社会の通念などを読み取る歴史史料として使える場合がある。

    第3章 時間の認識と時代の区分

    公式24 時の流れがもつ意味や人々の時間間隔は、それぞれの社会・文化のあり方や権力の構造を反映している。

    公式83 [近世」は「世界の一体化が本格化する時代」「各地域の伝統が結晶・成熟する時代」
    「欧米モデルに限らないさまざまな近代世界の在り方が準備された時代(初期近代)」「ポスト近代世界の予兆が示された時代」などの特徴がからまり合った時代として、きわめてユニークな意味をもつ。

    第4章 ローカルな歴史とグローバルな歴史

    公式13 全世界の歴史やあらゆる時代の歴史を同時に硏究したり叙述することは個人ではもちろん集団でも容易でないので、通常の研究や叙述は、特定の時代や国・地域、自然や社会の領域に焦点を当てて行われる。

    公式27 近代以前の人類はあまり移動しなかったというのは大きな間違いで、グローバルな人の移動や交流・対立は人類史の最初からしばしば起こっている。生産力や社会の不安定さ、大規模な災害や戦争は、人を動けなくするケースと一箇所にとどまれなくして移動を促すケースの両方がある。

    公式97 資本主義社会では、大量生産など「均質化」のベクトルの一方で、賃金金や経済発展度の格差、文化の差など「差異」によって利潤を拡大するというベクトルも働くので、全世界が同じように発展することはありえない。

    公式57 大文明や超大国の周辺に有る国家や民族は、中心へのコンプレックスが強く、事大主義と国粋主義の間で揺れ動くことが多い。また周辺国・民族同士では「中心に次ぐナンバーツー」の座をめぐって争うことになりやずい。

    公式59 伝統の浅い周辺部では、伝統に縛られる中心部に出来ない大胆な実験や改革が容易である。

    公式76 東アジアでは宗教は多元的だが国家・民族・文化面では一元性を重んじる社会が成立した。

    第5章 環境と人類、技術と科学の歴史

    公式25 人類社会の生産力は時代を追って増大してきたが、人口の問題などがからむので、環境負荷が比例して増大することが多かったし、「労働生産性」も常に上がっていたとは限らない(例:狩猟採集社会は農耕社会より、焼き畑農耕社会は定住農耕社会より、少ない労働量で必要食料を得ていたが、人口が増えてしまったので「仕方なく」後者に移行した)。

    公式26 人類社会は環境・生態の影響を强く受けるが、それは一方的な作用ではなく環境の改変・破壊などを含む双方向的なものだし、同じ環境でも別の集団が別の行動を取るなど义化・社会による選択性も見られる。

    第6章 暮らしと経済の歴史

    公式6 「自由競争」を唱えるのは、覇権国家などそれが一番有利な国家・人々である場合が多い(例:イギリスの「自由貿易帝国主義)

    公式63 ある国や社会で経済成長や技術革新が起こったからといって、その国の全員が豊かになるとは限らない。むしろそれによって格差が拡大するケースも多い。

    公式96 近代資本主義社会では、品物やサービスなどすべてを商品化する傾向が強まり、消費の拡大と経済成長が当然視されるようになる。

    第7章 政治と外交、権力と反抗の歴史

    公式33  権力者が他人を服属させる方法には、制度や組織を通じるものと人間関係を通じるものがある。したがって招力者や政治リーダーの資質には両方を動かす力が求められるし、政権の安定には制度や組織に強い人材と人間関係づくりや人を動かす宣伝の得意な人材の両方が必要になる。

    公式36 どんなに強力な政権でも、カや制度、利益分配だけで人を完全に支配できるわけではない。支配される側が支配の正当性を認めてはじめて、安定した支配が可能になる。それがないところでは、近代の植民地支配下ですら、人々は積極的抵抗はしないとしても、消極的抵抗をしたり逃げ出そうとする。

    公式38 国や政権の衰退・滅亡には周辺諸国との相対的力関係の変化、内部バランスの変動などいろいろな原因があり、衰退・滅亡が即、力や富の絶対値の減少を意味するわけではない。(例:唐やムガルの後半期)

    公式42 他国・異民族を支配するような帝国は、理念の普遍性の一方で、 文化・宗教や特に法制度などの多元性なしには成り立たない。帝国は一般に、いろいろな民族や集団の「公共財」として機能した場合に発展する。

    公式44 植民地の征服や支配の維持にはコストがかかるので、近代以前の朝貢関係などはもちろん、近代でも「不平等条約で従属国にずる」「直轄しないで保護国にしておく」などの戦洛が選択されることが多かった(例:イギリスの「非公式帝国」)。

    公式45 近代国民国家を含む、住民の均質性や制度の一体性を強調するタイブの国家が成り立ちやすいのは、中規模国家である。都市国家などの小規模国家は、広域交流の拠点以外では安定的自立が難しい。

    第8章 戦争・平和と軍事の歴史

    公式48 戦争には敵を大勢殺す戦争とあまり殺さない戦争(例:遊牧民の戦争)がある。

    公式49 戦争は軍人・兵士(正規軍)だけではできない。だから戦争参加によって、職業的.階級的・ジェンダー的などの要求が実現するケースがよくある(例:第一次大戦後の女性参政権)。

    公式51 戦争は戦闘行為が終了した瞬問に終わるものではなく、和平交渉や歯医者の措置など「戦後処理」が完了してはじめて終わったと言える

    公式52 戦争は勝った方が一方的に得をするとは限らない。分け前をめぐる仲間割れ、占領地を支配する負担の増大など、勝った側がかえって「損をする」ケースもある。

    第9章 法と秩序・制度の歴史

    公式53 建前と実態は食い違うのか普通なので、法律や制度、宗教の協議が存在することと、人々がそれをすべて守っていることとは別問題である。ただそれは、建前は無意味だという意味ではない

    公式54 制度や法律を作る専門家は、 系統性・統一性が高い精度や法律、もしくはきめ細かくあらゆる要素や事態に対応できるような制度や法律を作ろうという欲求が強いが、それが良いとは限らない。統一性が高ければ社会の多様性に対応できないし、きめ細かいものを正確に運用し続けることは難しいからである。

    公式55 特定の身分や集団などが独占している権利をみんなのものにする方法には、身分制を解体するような方法のほかに、みんながその身分を獲得する方法もある(例:ローマ市民権、朝鮮王朝の両班)。

    第10章 社会と共同体・公共性の歴史

    公式29 どの社会にも仲間同士の「共同体」と、強い者・カのる者が他者を支配する場の両側面があり、どちらが、強まるかは状況による。

    公式30 ある「民族(ネーション、エスニシティ)」の客観的定義は不可能で、突き詰めると「われわれは同じ00人だ」「あいつらはXX人だ」などの「共同幻想」や「レッテル貼り」にしかならない。「人種]や「語族」"もやはり「どれを分けるか」を完全に客観的に決めることは不可能である。

    公式97 社会主義思想には、資本主義より進んだ豊かな社会を作ろうという発想(例:ソ連)と、資本主義で破壊された人間の社会的な結びつきを回復することを重視する発想の二種類がある。

    第12章 文化。芸術。思想と情報・メディアの歴史

    公式28 ひとつの国・社会の全成員の支化、考え方や利害が一色に染まる(一枚岩だる)ことは、イメージの問題としてはありえても実態の問題としてはほとんどありえない

    公式55 宗教や支化,制度が他の社会に伝わって受け入れられた場合、そこではかんらず「いいとこ取りと勝手な改造」「もともとあった文化・制度との混合」などの現象が見られる。大文明の周辺への伝播(中国文明の周辺への伝播)や植民地支配下での押しつけ(スペイン植民地でのカトリックの布教)などのケースですら例外ではない。

    公式74 近代以前の世界では、支配者・知識人や商業民の間で国境を越えた国際語(リンガ・フランカ)が成立する一方、一般民衆は狭い地域ごとに違った言語を話すのが普通で(ただし一言語しか話さないとは限らない)、ひとつの国家にひとつの言語という状況は多くの場合、近代国民国家とともに成立した。

    公式87 ある国や社会の構成要素で近代的でない「伝統的」なものは、すべてが遠い昔から存在したものとは限らないし、近代に入れば弱まり消えていくばかりとも限らない。近代世界でもナショナリズムや商業経済などによって、「伝
    統の創造」が強力に進められる例がある。

    第13章 歴史と記憶、歴史と現在

    公式22 人々はどの時代にも「過去」「歴史」や「伝統」をめぐって「忘却」や「再解釈」を繰り返している。ただしある社会でそのことがもつ重みは、 社会の性格によって違う(例:歴史のある文明,歴史のない文明)。

    公武23 「勝者」「強者」が過去にさかのぼって自己を正当化したり偉大に見せかけるような歴史を作ってきた例が多いが(例:西洋中心史観)、すべての場合にそうなると考えるのは単純すぎる(例:菅原道真、平氏や源義経への同情)。

    終章 歴史学の未来を考える

    公式27 国や民族でも個人(性別も基本的な問題)でも、歴史上の帰路には、たいてい複数の選択肢があり、同じような条件でも違う道を選ぶ集団や個人が出てくる。

    公式63 歴史の段階を画するような「発展」は人問の本能や理性によって自然に起こるものではなく、しばしば「危機に対処する模索・試行錯誤」から生まれ、しかしそこで作られ成功した新しいしくみが将来的には新たな危機の根源となる。
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    投稿日:2023.10.06

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