【感想】暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ

堀川惠子 / 講談社
(26件のレビュー)

総合評価:

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  • リーベル

    リーベル

    数多の将兵を送り出した広島の宇品港
    日清戦争から昭和20年の終戦まで、およそ半世紀に渡って帝国陸軍の兵站の要を担っていた宇品に陸軍船舶輸送司令部があった。
    普段スポットライトが当たらない船舶輸送司令官の視点から歴史を紐解いていく本書は、これまでにない解像度だった。
    よく目がする「要約された歴史」では、単に"陸軍の暴走"などと片付けられているが、いくらなんでもこんな巨大組織で、しかも何段階も選抜を繰り返す当時の軍の全員が蒙昧だったはずがないと疑問だったのだが、これを読んで大分腑に落ちた。
    しかし、いつの世も組織が巨大化すると腐るのは変わらない。

    古代から現代まで変わらず重要な戦時の兵站問題は、海に囲まれた日本では全て船舶に頼らざるを得ない。
    船を持たない帝国陸軍の命運を船が握っているとは皮肉だが、当初は民間船をチャーターして出兵していたとは驚いた。

    明治の軍人たちは輸送の重要性を正しく認識し、宇品港開発(単に港としてだけではなく、検疫・研究・病院・倉庫など軍港としての機能を整備)に多額の予算を割り当てて来る国難に備えていたにも関わらず、その後の軍上層部に精神主義が蔓延り、兵站軽視になっていったことが残念でならない。
    (さらに皮肉なのは、米軍は軍艦には目もくれず輸送船を集中的に攻撃し、海上輸送の遮断に注力していたことで、兵站の重要性を認識していたことだ)

    歴代船舶輸送司令官の視点で丹念に描かれている大正・昭和の陸軍が、いかに道を間違え、いかに多くの犠牲を強いてきたかがよく分かった。

    終始広大な海と不足する船舶と戦ってきた船舶司令部だが、最後の戦いは原爆が投下された広島の陸(おか)だった。
    このとき既に海上輸送は崩壊していて、船舶輸送司令部は本来任務をまともに行えなかったが、原爆投下直後から市民の救護と消火・復旧活動に全力を上げた。
    これで救われた命も沢山あっただろう。
    船を持たなかった陸軍の船舶を司り海を縄張りとする軍人達の最後の戦場が陸であったことは、偶然だったのか必然だったのか?本書を読むとよく分かります。

    余談ですが、戦争物で度々登場する辻政信は、漏れ無く悪者扱いなのは余程酷かったのかと思いました。



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    投稿日:2023.12.26

  • kanetaya

    kanetaya

    凄い。

    最後のページの写真。
    読み終わる前に目に入って、なんの写真か分からなかったのだが…
    読み終わり、ページをめくったら、言葉をなくした。

    組織は狂う。
    俊英が集い、そこらの通りがかりが見ても、愚かしい隘路に、何故全力で突き進むのか。

    組織の狂った突進に、軋みに、不条理に轢き殺される多くの人々がいたことに慄然とする。英俊であろうと魯鈍であろうと、そのときがくれば、等しく擦り潰される。

    社会とは、組織とは。
    人類は、社会や組織を通じて、地球上の覇者として君臨している。
    しかし、社会も組織も狂う。

    「本書で繰り返し問われたシーレーンの安全と船舶による輸送力の確保は、決して過去の話ではない。食料からあらゆる産業を支える資源のほとんどを依然として海上輸送に依存する日本にとって、それほ平時においても国家存立の基本である。」(p381)

    あとがきに記された上記の言葉に、そこに至るまで気がつかなかったことに、その不用意さに、我ながら情けない思いがした。

    戦後、約80年も前の、敗戦を経て記録も少ないはずの内容を、このように活写できる著者の力にも、感服した。

    石をもて 追わるるごとく 去りたれど 忘れがたきは 金輪島山
    つゆ空に 花一つ散りぬ 花月園
    「ズーズー弁の天才技師」市原健蔵氏の歌。
    歌を詠める教養が羨ましい。

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    投稿日:2023.07.14

  • saihou 55

    saihou 55

    地球の歴史で初めて原爆が投下された街 広島。
    そこには日清戦争時大本営を移管しその後軍事都市として発達してきた歴史がある。特に中心部から南へ4キロの埋立地 宇品は陸軍の「軍隊の乗船基地」として幾百万の兵隊達や武器を戦地へ送り出してきた。
    「船舶の神」船舶司令長官の田尻昌次が作り出した旧日本陸軍独自の海洋輸送システムは「暁部隊」の活躍でロジスティックを担った。陸軍運輸部長も兼務した田尻は船舶不足への国家的対応の必要性を強く進言したが火災発生の責任により宇品を去ることになる。日本陸軍の兵站軽視の精神論は日露戦争に遡り、「勝った」のではなく「負けなかった」のを大勝利と錯覚したことに起因する。佐伯の時代に四方を海に囲まれた持たざる国が船舶不足という致命的な欠陥を抱えたまま広い海洋を戦場とする世界大戦へ突入していく。一年半の準備をしたマレー上陸作戦はノルマンデイを凌ぐ成功を収めた。
    米軍の本格的な反攻によりソロモン諸島のガタルカナル、ミッドウェイと大敗し輸送船団も壊滅し、残るはベニヤ製特殊艇での特攻という状況に追い詰められる。兵站(輸送・補給)、軍需・民需の海洋輸送を閉ざされ兵糧攻めのなかで、1945年8月6日広島に原爆が投下される。佐伯は関東大震災時対応の経験を生かし全力で被災者の救援・救護を行うなか8月15日の終戦を迎える。最後の業務として復員作業があった、外地には陸軍315万人海軍30万人一般200万人計545万人がいて、朝鮮・台湾・中国に帰国する人も130万人存在した。
    田尻から佐伯へと常に輸送と兵站が軽視され、船舶と予算の不足に苦しむ宇品の船舶輸送部隊は幕を閉じた。
    藩閥人事と陸海軍の反目、陸軍内の派閥対立が生み出した突撃一辺倒の精神主義はロジスティックを軽視し、日本は原爆受難そして敗戦へと至るのである。
    東大法学部助教授丸山真男の船舶司令部情報班勤務や叩き上げ長嶋機関士の痛切な逸話、そして戦後全船員の軍属化の実現など話題は豊富である。しかし、自分としては矢張り戦争指導者各人の人間性が気になる、真崎・荒木・小畑、宇垣・永田・今村、山下・石原・辻‥‥。
    まともで有能な常識人は脇に避けられた。
    作者は膨大な資料を調べ偏らず淡々と綴り、感情を抑えた正確で冷静な表現が冴える。
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    投稿日:2023.06.05

  • shinjif

    shinjif

    広島市の南にある港、宇品。
    例えばヒロシマの原爆投下後の記録や、証言を少し読めば、港の名前として「宇品」という地名はすぐに出てくる。
    広島が原爆投下の目標とされた一つの理由として、広島が軍都であったという事が挙がる。何故ならば、宇品は日露戦争の時代から、日本から兵士や資源を戦地へと送り出すための日本帝国陸軍の港であったからだ。
    本書ではその宇品がどのようにして日本の軍の兵站の中心となったのか、そして第二次大戦において日本は兵站を軽視したために、あらゆる作戦が破綻し、敗戦へと突き進むのだが、その時に宇品はどうなっていたのか、という歴史を当時の宇品の指導者たちの記録を丁寧に読み解いて語っていく。
    そして、原爆が投下され、広島が焼け野原のヒロシマとなったとき、宇品にいた陸軍の兵士たちはどのように行動したのか。

    今まで数多くの原爆とヒロシマの記録を読んできた。その中で何度となく見た「宇品」、「似島」という地名が、単なる漢字の組み合わせでしたなかった地名が、具体的な、そこで汗をかき、笑い、泣き、叫び、怒り、悲しむ人々の生きている土地として立ち上がってきた。
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    投稿日:2023.04.22

  • ぷらりん

    ぷらりん

    祖父は商社の船舶部にいて、戦時中は徴用されて終戦は横須賀で迎えたと亡くなったあとに親から聞いた。徴用されていたときになにをしたのかどこに行ったのか・・・兵站がお粗末だったとは知っていたけれど、ここまでお粗末だったとは思わなかった。もちろん、頑張ってる人や真面目にやってる人はいるんだけれど、それにしても情けない。負けるのも当然だなと思う。おじいちゃんに戦争中の話しを聞いてみたかったなと思うけれど、さて、どんな話しが聞けたんだろう・・・続きを読む

    投稿日:2023.04.21

  • akitaro

    akitaro

    島国日本にとって、当時、外国を攻めるには当然ながら船で行くしかない。

    日清戦争、日露戦争など戦争にまつわる本を色々読んできて、兵站の重要性を認識していたつもりだが、その裏にたくさんの苦労があったことを知った。

    まさか、海軍でなく、陸軍が海上輸送を行なっていたとは、ほとんど認識が無かった。しかも、自前の船を持っていない状態で。

    そして、戦争がいかに残酷であるかと言うことも改めて認識した。
    戦争自体の存在もそうだが、現実を見ないまま戦争に進んでいった空気というか、人間の決断というか、一言で言えば「なんとかなる」や「なんとかせよ」といった精神に恐ろしさを感じる。

    根拠のない「なんとかなる」や「なんとかせよ」ほど怖いものはない。
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    投稿日:2023.01.24

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