市川團十郎代々

服部幸雄 / 講談社学術文庫
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  • tetujin

    tetujin

    ・服部幸雄「市川團十郎代々」(講談社学術文庫)を読んだ。本書はその書名の如く、市川團十郎初代から十二代までと、十三代目襲名間近の七代目新之助、つまり現海老蔵までを述べる。ただし、本書は文庫である。単行本で出たのは'02のこと、まだ十二代が亡くなる前である。従つて、十二代以降の記述は古く、少なく、不完全である。これさへ割り引けば、本書は團十郎代々を知るには実に便利な書である。團十郎代々の書はありさうな気がするが、実際には多くないといふ。その中で伊原青々園「市川團十郎の代々」(私家版)がその基本である (「あとがき」237頁)らしい。青々園は魅力的だが、私家版である。私には読めさうにない。そんなこともあつて、現代歌舞伎研究の大家たる(故)服部幸雄を読んだのである。
    ・本書には代々に関はる内容の章もある。最初が、つまり巻頭にあるのは「江戸っ子の團十郎贔屓と襲名」である。ここに團十郎が「『随市川』と称されて江戸の歌舞伎役者の別格とみなされるに至った」(11頁)その理由と思しきものが3つ書かれてゐる。第一、「代々の團十郎が際立った名優だったこと」(同前)、第二が「代々が他ならぬ『荒事』を『家の芸』として確立し、伝承してきたこと」(13 頁)、そして第三が「代々の人物と芸とが江戸文化を代表するものとして、江戸っ子の伝統主義・排他主義によって盛り上げられていったこと」(同前)、以上3点である。どれもさうだと私にも思へる。荒事の件を補足すれば、荒事は「演技面には様式性の洗練、性格面には呪術性・宗教性が加わって、祭祀的ないし饗宴的色彩の濃い江戸歌舞伎の体質を象徴的に表していた。」(同前)だから「市川團十郎の演ずる荒事の主人公は、悪疫の流行、飢饉、災厄などから生命と生活を守ってくれる江戸の守護神」(同前)であつた。これが例の口上に於けるにらみに通じる。にらんでもらつて悪疫退散である。十一代目が海老蔵であつた頃のこんな話が、織田紘二「解説 團十郎代々の『聖性』に肉薄」に出てゐる。「初代市川團十郎発祥の地」の石碑を建立することになる山梨県三珠町(現西八代郡市川三郷町)の蹴裂神社でのこと、「農家の主婦が幼い子を抱いて来て、近い将来團十郎になる成田屋の当主に、赤児の肌着にサインを頼んだのを初めて見た。『この子が丈夫に育つように、サインをお願いします』と、いうのである。」(244頁)にらんでもらふまでもなく、團十郎のサインで悪疫退散、無病息災である。織田氏は「團十郎の霊力をまざまざと見るようで、感動した」(同前)と書いてゐる。團十郎といふ役者にはこれだけの力があると知つた私もまた感動した。荒事の、例へば曽我五郎でなくとも良いのである。團十郎といふ名を背負つてゐるだけでこれ だけの力がある、これはつまり江戸の人々、そしてそれに続く時代の人々にまで團十郎が信じられ、受け入れられてゐたことを示す。團十郎は守護神なのである。大体の團十郎論はかういふ線に沿つて書かれてゐるのかとも思ふのだが、どうやら違ふらしい。青々園と本書の 「大きな違ひは、後者において團十郎代々の『聖性』と『信仰』の背景に肉薄したことにある。」(「解説」245頁)これが本書の大きな特徴であつた。代々もこれに沿ふ形で書かれてゐる。初代は「荒事の創始」(28頁)、二代は「家の芸の確立」(52頁)である。かうして代々の團十郎は聖性をまとひつつ進んできた。それが十三代目團十郎白猿に通じるかどうか。本書がこの團十郎襲名記念して文庫になつたのは明らかである。これが売れるか売れないかといふのもここに関はつてゐよう。守護神團十郎、現れ出でよ。
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    投稿日:2020.05.28

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