【感想】餓死した英霊たち

藤原彰 / ちくま学芸文庫
(8件のレビュー)

総合評価:

平均 4.7
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ブクログレビュー

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  • Andy0706Andy

    Andy0706Andy

    このレビューはネタバレを含みます

     日中戦争からアジア太平洋戦争における日本人の死者は、約320万人で、そのうち軍人は230万人と推定されています。但し、玉砕地域などは記録もなく、終戦間際に戦犯訴追を恐れて組織ぐるみの書類の大量破棄が行われた為、そもそも正確な数字を弾き出す方が困難な状況です。
     そんな中にあって、研究者たちの地道な調査の結果、上記の数字が暫定的ではあるが公式に用いられています。
     軍人の死者230万人のうち、戦闘中ではなく、餓死をはじめ栄養失調や医薬品不足からくる広義の餓死者がどの程度の割合を占めるのか。著者は60%強と推定しています。

     この背景にあるのが「精神主義」です。これは合理主義の対義語として位置すると思います。
     思うに、戦争とは一番合理的思想に基づいて実施すべきものです。何故なら、合理的な判断、例えば兵隊の数や、兵器の能力の差など、冷静に理解しなければ生死に直結します。合理的に判断して勝つ見込みがあるから戦闘に入ることができる訳です。これは医療でも同じです。
     合理主義が排除され、精神主義が台頭していたのでまともな判断ができなかったのだと思います。
     餓死に至ったプロセスはシンプルだと思います。戦闘に入って、勝つ見込みが無ければ、降伏か逃亡です。日本軍の場合、他国とは違い「降伏(捕虜)」は戦陣訓にある「生きて虜囚の辱めを受けるな」であり、禁止事項でした。また陸軍刑法の罰則規定でもありました(P254)。結果、投降はできない、逃げるしかないとなったのです(もちろん玉砕もありましたが、これは戦闘中の死となるのでしょう)。

     加えて兵站の考え方が希薄で、現地調達を推奨していました。故に、逃亡は食糧もないまま山岳地帯に逃げ込むことになるので餓死と背中合わせになるのでした。
     戦闘の勝敗は、しっかり戦略を練って準備してもやってみないとわからない訳ですが、作戦の形として勝つプランしか考えていないと思いました。いわゆる「プランA」しかないように感じてしまいました。結果、負けた時は「玉砕」か「逃亡≒餓死」、すなわち死しかない訳です。日本軍の作戦の枠組みが、勝ちか死かの二者択一しかなかった訳です。
     戦争でお国ために死んでこいと言う思想教育がなされていましたが、上記の作戦の枠組みで捉え直すと、至って「合理的」です。
     背景には先にあげた精神主義があり、人権感覚が希薄な点も挙げられます。これは戦後になっても生活の様々な場面で引き継がれました。過労死やサービス残業、クラブ活動での勝利至上主義等、戦後76年経っても解決途上の問題です。

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    投稿日:2021.10.21

  • ぽんきち

    ぽんきち

    なかなか強烈なタイトルだが、内容はまさにこの通りである。
    アジア太平洋戦争において、戦没した日本兵の多くが、「名誉の戦死」ではなく、餓死や栄養失調による病死で命を落としていたという。
    大量の兵を投入した挙句に餓島と呼ばれたガダルカナル島の戦い、無謀な陸路進攻を強行したポートモレスビー攻略戦、20世紀の鵯越を目したインパール作戦。太平洋の孤島群の置き去り部隊。フィリピン戦。中国戦線。
    多くの犠牲を出したこれらの侵攻は、勝算が薄いにも関わらず敢行され、奇跡を起こすこともなく失敗した。そして多くの兵は、戦闘そのものというよりも餓えや病に斃れた。
    いったい何が起きていたのか。なぜ防げなかったのか。
    本書では多くの一次資料にあたりながら、その背景を探る。

    第一章は、個々の戦地を取り上げながら、餓死の実態を追う。
    第二章では大量餓死を招いた背景を、第三章ではこうした事態を招いた日本軍隊の特質を歴史に絡めて解説していく。

    1つの重大な要因として、兵站の軽視がある。「腹が減っては戦はできぬ」とは言うが、まったくもってこの点が考慮されていなかったのだ。兵をどんどんと送り込むが、食料は現地調達せよ、という始末。中には作物の種子を持たされた部隊もあるが、気候条件も違う地で、まして戦闘も行いながら、呑気に栽培などしていられるはずもない。
    民間から徴発された馬も多く戦地に運ばれたが、熱帯雨林やサンゴ礁の島では馬は適応できぬまま死んでいく。人間の食糧も十分でない戦地で馬の飼料は真っ先に削られ、馬が食料になってしまう場合さえあった。
    武器も十分ではなく、米兵の圧倒的な火力に対して、歩兵の持つ軽火器や銃剣で立ち向かうしかなかった。この背景には武器よりも兵を重視する方針がある。武器に金を掛けるよりも歩兵を増やし、武器はむしろ兵の「補助」的なものと考えるのだ。
    制空権も制海権も奪われた状態では、兵を送り込んだとしても大量の兵器や食料は送れない。

    そして行きつくところは「精神論」になる。
    物資がない。武器もない。兵は送り込まれる。
    外から見ればうまくいくはずはないのだが、「大義」の元では、たとえおかしいと思っても反論すら許されない。
    かくして多くの兵が餓えに斃れた。

    著者自身、陸軍士官学校卒業後、中国各地を転戦したという。復員後、史学の研究者となり、日本近現代史を専攻する。
    筆は終始、歯切れよく、悲惨な現実を淡々と冷静に分析していく。
    個々の論については反論もあろうが、ともかくも各章に付された膨大な一次資料の数に圧倒される。
    客観的に歴史を見つめようとする視線の背後に、著者の痛みと憤りが見え隠れする。
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    投稿日:2020.10.10

  • ぐん

    ぐん

    86
    腹が立ってしまった。
    日本人は戦争をやってはいけない民族か。
    日本国の近現代の戦争は非科学的過ぎる。

    投稿日:2020.08.04

  • mmcit

    mmcit

     日本軍の組織としての特質と日本軍隊に通底する「思想」を追尋した古典的名著。日本にとってのアジア太平洋戦争における「死」の実相に迫る。

     冒頭に「戦場・戦地での悲惨という他にない「餓え」が、日本軍中央の責任によるものであることを「告発」することが目的とあるように、数字を列挙する淡々とした記述の中に著者の静かな怒りが滲み出ている。じっさい、読み進めていくうちに、無機質なはずの数字たちが、奇妙な実在感をもって迫りはじめる。よく被害や犠牲を数字に還元すべきではない、といわれる。しかし、これだけの迫力でこれだけの数字が並べられると、それ自体として絶対的な差異の相貌を帯び始めてくるように思う。
     著者の統計的な推測のしかたは、たしかにかなり大まかではあると私も思う。しかし、それぐらいしかできないというのが、この戦争の本質的な問題なのだ。数字の見積もりが過大であるという主張が、修正主義的な主張に取り込まれることがないよう、細心の注意が必要だろう。
    続きを読む

    投稿日:2019.09.18

  • qingxiu

    qingxiu

    本書は以前にも読み感想を書いたはずだが、文庫本が出たのを機に再度読み返した。ここに日本の戦争の本質が出ていると思っていたからだ。日露戦争でもそうであったが、今度の戦争でも戦闘死は意外に少なく、およそ3分の2は戦病死、あるいは栄養失調による病死であった。(また、死者の多くが戦況が悪くなった1944年以後に集中しているのも悲惨である)それは、攻めていくだけで補給線を確保しない、兵站を軽視した日本の軍隊の本質からきていると藤原さんは考える。中国の場合は、まだ略奪によって補給はできた。しかし、南方では戦線を拡大すればするだけ、補給はたたれ、また、アメリカの飛び石作戦によって戦闘から逃れたものの、餓死するだけの兵士たちがいかに多かったか。藤原さんは、ガダルガナル、ポートモレスビー、インパール、フィリピン等での餓死者を特に取り上げ、軍部のやり方を批判する。そのくせ、多くの将官は危なくなったら現場から逃れていっているのである。本書を再度読み返したのは、最近、藤原さんが自ら参戦した中国での経験を書いた本が文庫で再版されたからである。そこでの病死者は約半分。この数は人により多すぎるという批判はあるが、戦病死が多かったという事実は否定できない。また、解説を書いた一ノ瀬さんは、兵站が薄いというが、これだけの戦争ができたのは、それなりの兵站があったからで、そこの部分の研究が今後必要になると述べている。これはぼくにはよくわからない批評だ。続きを読む

    投稿日:2019.09.14

  • olive9228

    olive9228

    アジア太平洋戦争における日本の戦没軍人の過半数は餓死によるものであった ーこれを一次資料の分析から例証していくのみならず、そもそもこのようになった原因は何であったか、実際の飢餓の苦しみがどんなものであったかといった点も丁寧に分析・描写される。

    根本には(とりわけ日露戦争での「成功」体験により押し進められた)精神主義があり、これと密接に関わる要因として、軍事作戦遂行には必要不可欠であるはずの交通・補給・情報に対する、甚だしい軽視があった。
    このような戦時における陸軍の意思決定を実質的に左右していたのは、陸軍幼学校及び陸軍大学校を出た「エリート」中堅幕僚らであった。
    これらの教育機関においては、実務を軽視し精神主義に偏した教育が行われ、また、指導者層の間では、兵士の人権を尊重するという意識は欠落していた。
    こういった要素が相まって、日本軍の体質が形作られ、延いては無謀な作戦が繰り返されることとなった。

    著者自身も陸軍歩兵として中国戦線に加わるなどの体験を持っており、それが本書に更なる迫真性を与えていると思われる。

    太平洋戦争の実態を知るのにうってつけの一冊。
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    投稿日:2019.02.09

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