ホモ・デウス 上下合本版 テクノロジーとサピエンスの未来

ユヴァル・ノア・ハラリ, 柴田裕之 / 河出書房新社
(1件のレビュー)

総合評価:

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  • サピエンスの未来 に関する新しい知見を得たいと思った。

    前作でホモ・サピエンスの歴史、社会について、新たな認識に目を見開かせてくれた著者の、人類の未来に目を向けた作品。自分には思いもつかない未来を見せてくれるのではないか、と強い期待を持って読んだ。
    著者が予言する二つの可能性。1)人類の貧富の差は拡大し、裕福な者は自らの生殖細胞の遺伝子を改変し、不老、不死、神のような能力を手に入れる(これが、ホモ・デウス。今は研究者のモラルで抑制されているが、技術的に可能となり、熱望する金持ちがいれば抑えることはできないだろう)。残された人類は重要性が失われ、家畜のような扱いを受けるようになる。2)AIの様な人類以外のものが人間を超越した存在となり、人類の重要性は失われる(所謂、シンギュラリティ)。
    ベースにあるのが、19世紀から21世紀前半まで尊ばれた人間至上主義から21世紀には情報至上主義へと価値が変化する。科学が示唆する新たな教義は、生き物はアルゴリズムであり、生命はデータ処理である、ということ。
    人間が自らの遺伝子を改変し現在の人類をはるかに超える情報処理能力を得るか、人間以外の存在が人間の情報処理能力を超えたとき、世の中で最も尊いとされている人類の価値は失われる。
    本書の大半は、過去からの歴史を振り返り、将来が不安になる内容を積み上げていく。この大冊の最後の最後に著者は以下の三つの疑問を提示し、これらを頭において生きていくことを求める。望まない未来を迎えずに済むように、従来とは違う形で考えて行動してほしい、と。
    1)生き物は本当にアルゴリズムに過ぎないのか? 生命は本当にデータ処理にすぎないのか?
    2)知能と意識のどちらの方に価値があるのか?
    3)意識を持たないが高度な知能を備えたアルゴリズム(GAFAのサービス等)が、私達が自分自身を知るよりも多くを知るようになったとき、社会や日常生活はどうなるのか?
    前作は目からウロコの認識が多く得られたが、本書はそれほど意外性のある内容ではなかった。データ至上主義については、なぜデータそのものに価値が生じるのかわからない。前述の二つのディストピア的世界は既知で想定されているものだ。
    未来はきっとこれらとは異なり、予想されていないものになるに違いない。ただ、著者が最後に言っていたように、可能性は頭においていこう。
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    投稿日:2019.05.21

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