【感想】時の娘

ジョセフィン・テイ, 小泉喜美子 / 早川書房
(105件のレビュー)

総合評価:

平均 3.9
24
44
20
5
0
  • 彼は本当に悪人だったのか?

    最近、リチャード3世が主人公の某少女漫画に出会い、彼について久しぶりに調べていたところ、この作品にヒット。
    実はリチャード3世が主人公の漫画は数十年前に発表された某作家さんの中編があり、それが本当に素晴らしい作品で、私のマイベストに入るぐらいの傑作なのです。そのせいか私はもともとリチャード3世が『悪人』というイメージはないので(シェイクスピアも未読)、すんなり入っていけました。
    主人公グラント警部は、長年犯罪者と接してきた経験から、リチャード3世悪人説に疑問を持つ。つまり肖像画からみるリチャードは決して犯罪者の顔ではないと睨むのだ。歴史上の人物を論じるのではなく、グラント警部の思考は現代の犯罪捜査という点が本書の面白いところ。調書?を読み解き、グラント警部の出した結論は?リチャード3世は果たして、シロかクロか?
    ミステリーとしての本書ですが、やはり歴史的背景を知っていた方が読みやすいとは思います。


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    投稿日:2015.04.06

  • 『時の娘』談義

    「まず、表紙の絵をよく見てほしいんだ」
    「肖像画…ですよね。昔の貴族かなにか?」
    「うん。…どんな人だと思う?」
    「えー、どうだろう…。ちょっと神経質だけど、芯は強そう。頭はいいんじゃないかな。繊細で感受性は強いが、あまり友達はいないと見た」
    「…ビミョーな評価だな。この人、リチャード三世といって、昔のイングランドの王様なんだ。…と言っても、すんなり王様になったわけじゃない。この人のお兄さんが前の王様だったんだけどね、亡くなったとき王位継承権はその幼い息子…つまりリチャードの甥にあった」
    「ふむふむ」
    「ところがリチャードは、難癖を付けて幼い甥っ子から王位を奪い、あげくにその甥っ子と弟の二人をロンドン塔ってところに閉じ込めて、殺した…と言われてるんだ。それだけじゃなくって、ほかにも政敵を数多く粛正した…と言われてる」
    「極悪人じゃないですか」
    「…と言われてるね。シェイクスピアも『リチャード三世』というそのまんまのタイトルで、極悪非道、残忍狡猾な男に描いている。ほかにもトマス・モア…というのは当時一番の知識人で『ユートピア』という本を書いたりした人なんだけど、この人もリチャード三世が幼い甥っ子二人を殺したいきさつを詳細に書き残している」
    「うーん、わかんないもんだなあ。…でもまあ、最近の事件でも『あんなことする人には見えなかった』っての多いし」
    「…やっぱり、そう思う?」
    「やっぱりって?」
    「『あんなことする人には見えない』…つまり肖像画を見ても、そんな残虐なことをする人には思えなかった」
    「…まあ、そうですね」
    「この『時の娘』の主人公、グラント警部もそう感じたんだ。大けがをして入院生活を送っているんだが、暇で暇でしょうがない。ところが、この肖像画がふと目にとまると、刑事の勘というやつだね、『この男は犯罪者の顔ではない』と」
    「ピンときちゃった」
    「…きちゃったんだね。さて、そう思って改めて調べてみると、どうも色々とおかしい」
    「と言うと?」
    「たとえばさっきのトマス・モア。リチャード三世に関する記録としては最も古い部類だし、知識人としての絶大な権威もあって、広く信頼されている。シェイクスピアなんかもこの記録を元にしてるくらいなんだけど…」
    「…だけど?」
    「これって、モアが人づてに聞いた話でね。聞いた相手というのが、どうやらリチャード三世の仇敵にあたる人」
    「一番、参考にしちゃいけない話だ、それ…」
    「とまあ、こんな風に病院のベッドの上でさまざまな資料を読み込み、リチャード三世は本当に極悪人だったのか解き明かしていく…という趣向のミステリなんだ」
    「なるほど…。ていうか、ミステリだったんですか、この本」
    「言ってみれば冤罪事件だからね。…でもたしかに、作者が本当に訴えたいのは歴史の…何というか面妖な部分なのかもしれないな。作中、トニイパンディという言葉が出てくるんだが」
    「…何か響きは陽気ですけど。トニイパンディ!」
    「…いや、南ウェールズの地名なんだがね。20世紀初め頃にイギリス政府が軍を派遣して、ストライキ中の市民に発砲した…と言われてるところ」
    「言われてる…」
    「そう。実際は、非武装の警察が対応にあたり、軍は後ろに控えていただけ。銃なんか撃ってない。でも当時、軍が発砲したという話がイギリス中に広まって、南ウェールズじゃ延々と『トニイパンディを忘れるな』と語り継がれたそうな」
    「…んー」
    「嘘っぱちなのに、黙って見ている間に伝説にふくれあがってしまう。そんな『トニイパンディ』方式で、リチャード三世も悪者に仕立てられたのではないか…」
    「…ひどい話だけど、でもそういうことってよくあったんでしょうね」
    「歴史ってのは往々にして、声が大きいものや立場が強いものに都合よく作られちゃうからね。鵜呑みにせず、できるだけ客観的な資料を使って検証し直すのは大事だよ」
    「それをやろうとしてるのが、この『時の娘』であると」
    「まあ、そうだね。ただ、研究書じゃないから、そこは多少割り引いといてほしいな。作中、色々と文献を引いているが、リチャードを善人にしようと我田引水になってるフシがないでもない」
    「はあ」
    「でも、そういうのはあくまで枝葉。謎に迫るアプローチや人物造形などなど、しっかり楽しめる作品だよ。ただ、作品とは別に、ひとつ大きな問題があってね…」
    「問題?」
    「…エドワードやらリチャードやら、この手の名前がやたら出てきて、頭が混乱するのよ。人物相関図を逐次メモしながら読むのがオススメ。巻頭に系図はあるけど、ちょっと参照しにくいからね」
    「…いますよね。外国の小説は名前が覚えられないから苦手っていう人」
    「いや、ホントなめてかからない方がいい。もうリチャードまみれ、エドワードまみれになるから」
    「リチャードまみれって(笑)」
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    投稿日:2013.10.29

  • こんな入院生活ならしてみたい

    骨折で入院生活を余儀なくされたグラント警部が、見舞いにもらった数枚の肖像画から歴史の謎に挑むミステリー。
    警部自身がそれほど歴史に詳しい人物ではなく、周囲の人に話を聞いたり、看護婦から歴史の教科書を取り寄せたりして、少しずつ謎を解き明かしてくれるので、歴史が苦手な私でも楽しむことができた。
    周りの登場人物も魅力的で、いろいろと助言をしたり、資料集めや推理を手伝ってくれる。
    こんなに楽しい入院生活を送れた警部が、ちょっと羨ましくなった。
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    投稿日:2013.09.25

  • ダヴィンチ・コードの走り?

    アクションシーンのないダヴィンチ・コードのような感じで、甥殺し(と言われている)リチャード3世の謎に迫っていきます。
    人物関係や事件の流れがわかりにくかったりするので、wikipediaなんかを参照しながら読みました。続きを読む

    投稿日:2013.11.09

ブクログレビュー

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  • すきま

    すきま

    斬新!安楽椅子探偵がまさか時代を遡って推理をするなんて。そして、回想や再現VTRではなくあくまで思考を書き連ねてるのに飽きさせない。正直歴史の知識不足も多々あるので、混乱することもあったけど、楽しめました続きを読む

    投稿日:2024.04.14

  • きなこ黒蜜

    きなこ黒蜜

    さすがに歴史ミステリの名作といわれるだけあって、面白かった! ただ歴史ものなので、多少の前知識がないと分かりにくそうだった。予習としてシェイクスピアの「リチャード三世」を読んでいて良かった。
    調べたところ、タイトルの「時の娘」はフランシス・ベーコンの言葉「真理は時の娘であり、権威の娘ではない」に由来するようだ。真実は隠されていても時の経過によって明らかになり、権威によって明かされるものではない、という意味らしい。まさにぴったりのタイトル!続きを読む

    投稿日:2024.03.11

  • 萵苣(chisya)

    萵苣(chisya)

    アームチェアディテクティブならぬベッドディテクティブ。
    警官の(推理作家の)視点で歴史ミステリを解明していくお話の古典とも言える作品。
    これから読むとリチャード三世推しになり、シェイクスピアから入ると真逆になるという。
    映画『ロスト・キング 500年越しの運命』も見てみたいなぁ。
    映画のノベライズはなかったけど、『王家の遺伝子 DNAが解き明かした世界史の謎 (ブルーバックス) 』も関連としてメモ。
    時の娘の作中作の『レイビィの薔薇』は架空の作品で残念。そうか、架空か…。
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    投稿日:2024.01.18

  • 一条浩司(ダギナ)

    一条浩司(ダギナ)

    ロンドン塔の王子たちを殺害したのは本当にリチャード三世なのか?ベッド探偵が真実に迫る歴史ミステリの傑作。

    シェイクスピアの戯曲では清々しいまでの極悪非道の人物として描かれていたリチャード三世。そのイメージが広く流布したまま時は流れ、本書が発表された20世紀半ばに至っても彼の悪名は依然として世間に轟いていた。退屈な入院生活中にふとその肖像画を目にすることになったグラント警部は、人間の顔分析についての職業上の経験と独自の見解から、「この人物は本当に悪人だったのか?」と疑問を抱く。退院までベッドで暇を持て余す警部は、歴史的人物の真相に迫るべく文献の調査と推理に乗り出していくのだった。

    英国の歴史とか、薔薇戦争とかおぼろげな知識すらないレベルだったけれど、直前にシェイクスピアの『リチャード三世』を読んでいたおかげですんなり入り込めた。あの悪王のイメージと、表紙にある神経質そうな彼の肖像画とは、確かにイメージが合わない。加えてグラント警部の鋭すぎる「人間の顔」分析が面白く、警部がこの肖像画とその人物伝とのギャップに抱く疑問に読者としても俄然興味がわき、冒頭から引き込まれた。

    焦点となるのはリチャード三世が殺害したとされるロンドン塔の二人の甥についての真相。文献と友人たちの調査から推理を重ね、次第に見えてくる、「歴史」とはまったく異なるリチャード三世の人物像に驚愕する。なぜ真実はゆがめられたのか?グラント警部は、とある人物の思惑につきあたる……。

    もし、リチャード三世がボズワースの戦いに勝利していれば、歴史と彼の評価はまったく異なるものになっていただろうという「歴史のIF」について分析するところも面白い。本作の中で一つの結論にたどり着くが、この点について調べると、リチャード三世を擁護する説そのものは古くからあり、現在でも評価は分かれるようだ。ただ本書の面白さは知的好奇心を刺激する歴史の謎を題材としながらも、推理を重ねる「ミステリー」の部分が主体であり、どちらの説を取るかということよりも、その過程にこそ魅力があるのだと思う。最初から最後まで興味が尽きない、引力のある傑作だった。
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    投稿日:2023.09.11

  • alpine310

    alpine310

    あちこちで不朽の名作的な紹介を見かけたので読んでみた。面白い……とは思う。が、気軽にさらっと読むというわけにはいかなくて、読了には時間がかかった。理由ははっきりしている。
    まず、基本は歴史ミステリなので、その時代背景の基礎知識がないと話に入り込みにくい。イギリスの薔薇戦争の頃というのは人間関係が複雑でただでさえ系図が分かりにくいのに、リチャードとヘンリーとエドワードとエリザベスとマーガレットそれぞれがあちこちに出てきて絶望的である。最初に載っている系図もないよりはマシだがそれでも分かりにくい。まあ同時代の日本の室町時代についてもそんなに知識はないのであるが、こんなに同じ名前の人ばかりは出てこないし地理がわかっているのでマシである。
    そして、この歴史上のミステリを検証する人々が暮らすのは発表された1950年代に設定されているのだが、これがまた訳が時代がかっているせいなのかどうか馴染みにくい。今回読んだ文庫版の出版は1977年なのだが、53年の訳を底本としているということで、古めかしい言い回しを残して50年代を演出しているのかもしれない。が、私にとっては登場人物に親近感を抱きにくく、物語に入り込むのがさらに難しくなってしまった。
    ということで、歴史ミステリのお手本として勉強するつもりで読むか、薔薇戦争大好物で人物関係図ソラで書けますという方は楽しめると思う。
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    投稿日:2023.03.06

  • いなえしむろ

    いなえしむろ

    江戸川乱歩絶賛の歴史ミステリー

    なんだけど、どうも乗り切れないまま終わってしまった。ラストはなかなかに現実味があるユーモアあふれるもの、つまり大発見ではないってことだったんだけど、そのに味がある以外はあまりおもしろいとは思わなかったかな。続きを読む

    投稿日:2023.03.02

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