【感想】遠い山なみの光

カズオ・イシグロ, 小野寺健 / 早川書房
(153件のレビュー)

総合評価:

平均 3.5
15
57
46
14
1
  • カズオイシグロの世界

    悦子はイギリスで安住し、佐和子はアメリカの夢を見る…。
    大日本帝国時代の夢が大英帝国下では緩やかに続いているという日本人の琴線に触れる悲しいストーリーです。
    大日本帝国は本当に外見だけは偉大でした
    けれど、実際は、国家神道なる排外思想とアジア選民主義で中国の協力も得られないまま、海洋国家としての長大な防衛線を守るあてもなく、資源もなく、空母は輸入で内製化の量産も確立しておらいないというお粗末な内容でした。
    そして、そのことを誰も口に出せなかったという本末転倒な国家神道効果で、ついに中国との日中戦争を抱えながら、南印進駐、対英戦争、日米開戦に突き進んでしまったわけです。
    カズオイシグロの父親は海洋学者らしいですが、おそらく戦争には反対か中立だったのでしょう。そうでなければイギリスが受け入れるはずもありませんから…。
    日本ではあの戦争から年月だけは経っていますが、この遠い山なみの光は日本人の心を射貫く力があるでしょう。
    左翼はソ連崩壊とマルクスの死によって力を失いましたが、それが極右としての戦犯支持層、靖国参拝を公的に行う準極右の台頭を招いたことは、この作品中の”緒方”老人的な立ち位置にある方々が対外最終戦争の敗北を鼻にもひっかけていなかったことの裏返しでは、と考え込んでしまうような現実が今にあります。
    藤原さん的な上流半有罪層の諦念、悦子のような中流無罪層の明日と欧州への無邪気な甘え、そして佐和子的な上流有罪層がアメリカに見る夢…。
    …まるで、今の日本に当てはめても全くおかしくは無いとは思いませんか?
    非常に上手いです。
    是非読むべきでしょう。
    星5つ。
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    投稿日:2018.09.18

ブクログレビュー

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  • Penguin

    Penguin

    タイトルからは想像できない、薄暗くてちょっと不気味な小説。
    現在居住するロンドンで自分の娘を自殺で亡くした悦子が、その体験をきっかけに、長崎に住んでいたときに出会った少し変わった母娘、佐知子と万里子との経験を回想するというもの。
    大戦直後、まだ原爆からの復興も道半ばの長崎を舞台背景に、母娘との出来事を想起する形で綴られていく。

    佐知子は、かつては東京でそれなりの生活を送っていたが、戦争で母娘二人きりになり、長崎へとやってきた。
    東京で知り合ったアメリカ人の愛人のいい加減な言動に翻弄されながらも、そのアメリカ人がいまのみじめな生活を救ってくれると信じている。
    娘の万里子は10歳くらいで癇癪持ち。そして時折とても不気味な発言をして悦子を当惑させる。

    悦子は自身が身重でありながらも、この母娘に協力してあげようと必死に世話をする。

    佐知子と悦子は価値観が全く異なる。主人公の悦子は戦前からの日本的価値観の持ち主。一方の佐知子は戦後アメリカから導入された民主主義的解放を信じた言動をする。
    会話が全く噛み合わない。まず不気味さの一端はここにある。

    本作のテーマの一つは、戦後流入した新たな価値観を自分のアイデンティティとして受け入れるというところにあるのだというところが随所に感じられる。
    戦前価値観側の悦子、そして悦子の面倒をみた緒方さん。そして一方が悦子の夫で緒方さんの息子である二郎と、そして佐知子。
    悦子が回想する時点では、既に彼女は新たな価値観の中で生きており、その受容過程が想起するエピソードに大きく影響を与えている。

    そしてもう一つの大きなテーマ。これはカズオ・イシグロの多くの作品に共通するものであるが、記憶の曖昧さ。
    物語のなかで、誰かが何かを想起するという場面はごまんとある。ただ、多くの場合それは記憶とはいえはっきりと語られる。
    一方のカズオ・イシグロの作品は、記憶は、本来人間の持つ記憶と同じで、とても曖昧なもの、信頼ならないものとして物語に投入される。
    そして、想起する人間のそのときの状態によって、記憶は適当につぎはぎされ、都合良く改編される。
    劇場で聞いた実に立体的なオーケストラが、録音で聞いたら平面的になってしまうのと同じように、時系列的な奥行きが平面へと吸収され、3年前と1年前の出来事が同一平面の記憶として存在したりする。
    いなくなった万里子をおいかけた悦子が、追いかける途中でサンダルに縄がからまる。でもその記憶が、最終盤、もう一度万里子をおいかけることになった経験のときにも混在している。
    この場面、心底不気味なのだが、あとから振り返ると、人間の記憶を実にリアルに表している。
    彼の代名詞的な表現技法として名高い「信頼のできない語り手」というのは、この処女長編からして確立している。

    すごいと思う。ただほんと、薄気味悪い。
    登場人物みんな薄気味悪い。カズオさん、ほとんど日本にいなかったと聞いているけど、よくまあこんな日本人特有の気味の悪さを抽出できたなと感心する。
    ああ、そうか。あまり知らないからこそデフォルメできたのかもしれない。

    や。面白い。薄気味悪いけど面白い。読みやすいし、おすすめですよ。薄気味悪いけど。
    続きを読む

    投稿日:2024.04.08

  • おおにしみゆ

    おおにしみゆ

    あまり見えない双眼鏡が象徴的
    みようとしてもみえない、でもあながち間違ってない、暗がりの中にぼんやり浮かぶ日本像

    投稿日:2024.03.27

  • asuka1616

    asuka1616

    はじめてのカズオ・イシグロ作品。

    幾度と出てくる自らの主張を正当化するちくはぐな噛み合わぬ会話から、戦後日本の価値観の移り変わりと混乱を感じる。

    娘の自殺、離婚・異国への移住。大きな出来事の全ては語られず、過去の日常を回想することで、その背景に何があったのか、受け取り方が無数にある。読み取りきれていない行間がたくさんある気がして、読後パラパラと最初から読み返してしまった。続きを読む

    投稿日:2024.02.04

  • アガルタ

    アガルタ

    とても暖かい群像劇で、また、少し不気味で、間がある感じがとても癖になりそうだった。

    長崎の当時の橋を渡ったあとの山並みや、そこで出会った不思議な母娘の様子など、とても寂しい感じがし、寂寥感を感じた。

    主人公(悦子さん)は、イシグロカズオさんのお母さんを想像して書いたのかなと思い、とても郷愁感も感じた。
    続きを読む

    投稿日:2024.01.14

  • Mayuko

    Mayuko

    主に、舞台となる場所が日本であることから、これまでに読んだカズオイシグロ作品(「クララとお日さま」、「日の名残り」など)とは随分異なる印象を受けながら読んだが、読了後に振り返ると、一人一人の登場人物の存在から感じるメッセージの美しさには通ずるものがあると思った。続きを読む

    投稿日:2023.12.17

  • kitakitapon

    kitakitapon

    圧倒的な価値観の転換の中、人は何を許容し選択し生きていくのか。そして遺された者は逝った者への思いをどう昇華させていくのか。

    偶然にも本書を読む直前長崎へと旅をしたばかりだった。小高い山裾に立ち並ぶ家々とその間を縫うように走る小径。そこですれ違い様に「こんにちは」と柔らかく挨拶をくれた老婦人を今ありありと思い出す。あの街にもあの老婦人にも悲劇があり行方知らずの時があったのだ。その時感じた晩夏の照りつく暑さと吹く風の心地よさは本書の読後感にとても似ている。

    訳者解説の[薄明の世界]
    カズオイシグロを現す言葉としては正に!だと思う。
    続きを読む

    投稿日:2023.10.15

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