この作品のレビュー
平均 4.0 (50件のレビュー)
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【感想】
どこのラノベだ?と思ってしまうような奇抜なタイトル。しかし、この本は紛れもない実話である。本書の筆者である済東鉄腸氏は、大学を卒業してから半ひきこもり生活を送っていたフリーターだった。地元千…葉県はおろか家からもほとんど出なかった筆者が、「ルーマニア語を学びたい」という情熱だけで日本人初のルーマニア文学作家となってしまったのだ。
そもそも、なぜ数ある言語のうちルーマニア語なのか?それは、筆者が引きこもり生活中に映画を観まくるうち、とあるルーマニア映画に強く魅了されたからである。その映画はルーマニアという社会におけるルーマニア語の役割を考察するような作品だった。筆者はこの作品を通して「ルーマニア語」という言語の特異性に強く惹かれ、同時に「こんなマイナー言語学ぼうとする俺カッケェ……」という中二病的感情を抱き、ルーマニア語を学ぶことを決意する。
しかしながら、ルーマニア語はヨーロッパの中でも相当にマイナーな言語だ。日本語で書かれた学習用テキストも3冊しかない。それはつまり、「学びたくても物理的に学べない」という状況を意味する。
筆者がここで生み出したのが「ルーマニア・メタバース」という手法である。
Facebookでルーマニア語用のアカウントを作り、プロフィールに「私はルーマニアが好きな日本人です。ルーマニア語を学びたいです」という趣旨のコメントを書いて、とにかく片っ端から友達申請を送りまくる。その数なんと4000人。ルーマニア人からしてみれば、「いきなり出てきたこの日本人はなんなんだ?」と思うかもしれないが、そこは丁寧に自分の熱意をルーマニア語で説明する。特に役に立ったのは日本人―ルーマニア人コミュニティだ。ここに登録すると日本文化が好きなルーマニアの人々と繋がれるため、彼らと交友関係を築くことで、自然とルーマニア文化に触れることができる。
これを繰り返していくといずれタイムラインがルーマニア語一色に染まり、日常で話されているルーマニア語が一目瞭然となる。このように「自分の世界を拡張しルーマニアで染め上げる手法」こそが、「ルーマニア・メタバース」なのだ。
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このような形で、筆者が引きこもりになった理由からルーマニア語に目覚めた経緯、ルーマニア・メタバースを通じて出会ったルーマニア人たちとひょんなことからつながりができ、現地の文壇に進出していく過程など、まさに「ルーマニアン・ドリーム」と呼べるほどの信じられない出来事が筆者の身に起こっていく。
筆者が偉大な功績を成し遂げられたのは、その尋常じゃないほどの情熱と行動力にある。普通ルーマニアの映画が好きになったといっても、それだけでルーマニア語に人生を捧げようなどとは思わない。それでも筆者は「この道で行ってやろう」という決断をした。その熱意と知識欲、好奇心、そして「人生を楽しむんだ」という強い思いが、夢を現実に変えてしまうほどのパワーを筆者にもたらした。
加えて、映画批評という「日本語能力の下地」があったことも大きい。本書を読めば実感できるが、筆者は心の中にある感情を余すことなく切り取って、それを読者に提示するのがとても上手い。きっと評論家・小説家・言語の分析家という筆者ならではの性質が織りなす業なのだろう。人生のターニングポイントで湧き上がってきた思いを丁寧に分析し、自身の下した決断をユーモアたっぷりに考察していく。ルーマニア語とともに生きた道筋を振り返り、その後の人生の意味を見出そうとする筆者の営みは、さながら一人の人間の成長物語を見ているようでとても楽しかった。
それにしても、筆者が一度もルーマニアに行ったことがないばかりか、千葉からすらほとんど出たことがないというのは本当に驚きだ。「書を捨てよ、町へ出よう」という言葉があるが、それとは対極のやりかたで成功を収めている。
コロナによって人との隔たりが生まれた現代。そんな世の中であっても、「ただそこにいること」に価値があるし、「ここにいるだけで成し遂げられる」ことがあるのかもしれない。このサクセスストーリーからは、そんな勇気をもらえる気がした。
――だが俺はアンタにこそ、他にはない可能性があるって信じてるよ。何でってそれは俺だからね、自分なんかダメダメだと思い続けていたかつての俺。外国に行く必要がないとは言わないよ、行ける機会があるんなら行くべきだ。だが今立っているその場所でもやれることがある、その場所でこそ成し遂げられることがある。
――そうなんだよ。俺が感じるのは、住谷さんからバトンを渡されたということなんだ。彼が積みあげてきたルーマニアと日本、いやそれ以上にルーマニア語と日本語の豊かなる関係性をさらに前へと進めていくってそんな使命を、住谷さんから託されたような気がしたんだ。(略)エリアーデやスタンク、レブリャーヌ、ササルマン、カルタレスク、そんなルーマニア文学における巨人の肩に乗っているのはもちろんのこと、彼らを日本に紹介してくれた住谷さんたちの、大きな大きな肩の上で、俺は自分なりに想像力を育み、創造を行ってきたんだよ。
これに関しては感謝してもしきれないほどだけど、俺は日本語とルーマニア語で書き続けることによってこそ感謝を続けていきたいと思っている。ここに終わりはない、終わりは在ってはいけないんだ。
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【まとめ】
1 引きこもり時代にルーマニア語と出会う
筆者の済東鉄腸は、根っからの引きこもり体質に加えてクローン病という難病を患っており、30年間千葉と東京からほとんど出たことがない。もちろん海外には1度たりとも行ったことがない。にもかかわらず、ルーマニア語で小説や詩を書き、作品はルーマニアの文芸誌に掲載されている。
大学四年生のとき就活に失敗した筆者は、実家にこもって映画を見まくり、映画批評を書きまくる日々を送る。そんな筆者を変えたのはルーマニア映画だった。その映画はルーマニアという社会におけるルーマニア語の役割を考察するような作品だった。筆者はこの作品に強く惹かれ、ルーマニア語を学ぶことを決意する。
2 ルーマニア語学習は茨の道
世間では語学は外国の人とコミュニケーションをとったり、日本語では学べないことを学んだりという目的のための手段として扱われている。
しかし、筆者にとっては語学こそが目的だった。何か別のものに繋がるならそれはそれで面白いが、新しい言語を学ぶこと自体が楽しかった。授業で学ばされるのではなく、自分から能動的に学んでいく行為に快楽を覚えていた。
ルーマニア語はスペイン語とイタリア語と同じくロマンス諸語に属する言語だが、ルーマニア自体は周囲をスラブ語圏であるブルガリアやセルビアに囲まれている。文法の特徴から、ルーマニア語はロマンス諸語とスラブ語の狭間にあるような言語と言える。
ルーマニア語を学ぶうえでの問題は、知っている人が誰もいないことだった。本屋にテキストがほとんどないどころか、大学にも専門的に学べる場所がない。立ち位置は完全に「弱小言語」である。
加えて、ルーマニアという国も弱小国扱いである。ルーマニア人は、若い世代であれば英語がペラペラだ。ルーマニアはヨーロッパの最貧国であり、メジャー言語が喋れなければEUで働き口がないからだ。ルーマニア含め東欧移民たちのなかには、母語を捨て、労働条件の過酷な仕事、例えば食肉加工や売春などに従事する人々も多い。こういう職業への差別意識が彼ら自身への差別に繋がり、さらに「自分たちの仕事が奪われる!」と現地の労働者層に敵視される。北欧の福祉国家は彼らの犠牲のもとに成り立っているのだ。
3 学習環境の構築
というわけで、ルーマニア語を日本で学ぶことは非常に困難だった。そんな中、言葉に触れる機会を増やしてくれたのがNetflixである。Netflixのオリジナル作品にはルーマニア語をつける機能があり、それを活用していたのだ。日常的に外国語に親しむことのできる状況を作っておくのは、ルーマニア語に限らず語学学習においてとても重要である。
重要なのは、並行して英語も勉強することだ。日本語もルーマニア語もマイナー言語であるため、相互翻訳するのが難しい。その点英語は世界の覇権言語である故に、あらゆる言語の情報が揃っている。勉強の他にも、ルーマニアの人々とコミュニケーションを取るには英語がうってつけの言語だ。40代以下なら意志疎通ができるレベルの英語はほぼ全員身につけているので、英語ができるとできないとで習得までの時間に残酷なまでの差が出る。
ルーマニア語の日常会話を覚えるのに役立ったのがFacebookである。ルーマニア語用のアカウントを作り、プロフィールに「ルーマニアを学びたい!」という趣旨の言葉を書いて、4000人に友達申請を送った。日本人―ルーマニア人コミュニティに登録し、日本文化が好きなルーマニアの人々と地道に関係を築いていった。
これを繰り返していくとタイムラインがルーマニア語一色に染まり、日常でどのような言葉が話されているかがわかるようになってくる。いわば「ルーマニア・メタバース」である。
4 いきなりルーマニア語の小説家に!?
もともと映画批評を書いていた筆者は、批評を書くために物語の構造や構成、演出がどのように作用しているか、物語と演出の噛み合い方はどうかを、永遠と分析していた。物語をどう書けばいいか自然と分かってきた筆者は、誰に言われるでもなく日本語で小説の短編を書き始めていた。
筆者は、これをルーマニア語に翻訳することを思いつく。そのアイデアをルーマニア人小説家のラルーカさん(Facebookで知り合って、日本で一度会っている)に伝えたところ、なんと「ルーマニアの文芸誌に送ってあげる」と言われたのだった。
ラルーカさんが文芸誌に作品を送ってくれると言った後、筆者はこのような文章を Facebookに上げた。「自分は日本人なんですが、日本の暗部について書いた短編をルーマニア語で書いています、興味ありますか?」。
これには「ぜひ読ませてほしい」と多くの反響があった。友人たちにせっせと作品を送っていく中で、作家のミハイル・ヴィクトゥスから「読ませてほしい」というメッセージが届く。そして彼から「ぜひネットの文芸サイトに掲載させてほしい」と返事が届き、数日後に本当に載ってしまったのだ。こうして筆者は日本人で初めて正式にルーマニア文学作家となったである。
5 ルーマニア文壇の現状
ルーマニアには、職業小説家が存在しない。小説を書いて金を稼ぐという概念が存在しないため、自動的に兼業作家となる。
そして、ルーマニアの小説は売れない。ルーマニア国民は基本的に自国の文化を面白いとは思っておらず、海外文化の方が魅力的に映るらしい。だから文学に関していえばアメリカ、フランス、ロシア文学の方がよく読まれる。日本文学も入ってくる。しかし、ルーマニア文学は全然売れない。
売れないのに何故出版しているかといえば、文化振興のためである。自国の文化を絶やしてはいけないから、慈善事業としてやっている。外国文学を売ったお金で、ルーマニア文学を出版しているのだ。そのためお金が稼げるわけもなく、小説家はみんな他に仕事をやりながら、趣味として小説を書いている。
ルーマニアでは芥川や谷崎、川端など多くの日本文学が読まれているが、外国人作家はほとんどいない。ルーマニア文壇は、日本やアジアへの知的期待や異国趣味を満たすものを求めているのかもしれない。
6 ルーマニア語の旅は続く
ルーマニア人文芸評論家のミハイ・ヨヴァネルは、筆者の作品を「関節の外れたインターネット・ミーム」と称した。筆者は彼にリプライを送ってFacebookで繋がり、少し因縁のある友人関係が続いていた。
ヨヴァネルは2021年に「ルーマニア文学現代史1990-2020」という、社会主義政権崩壊後から今に至るルーマニア文学の全史を執筆している。そして、その本に済東鉄腸の名が載ったのだ。
筆者は嬉しい反面、これからも小説家として文芸評論家と魂をかけて戦っていかなければならないと決意した。己の言葉をかけて戦うべき好敵手を見つけていく。それが創作者だ。
筆者は30歳になった今、ルーマニア国内でルーマニア語の本を出版するという夢を叶えるため、執筆活動に勤しんでいる。
――ルーマニア語で小説を書くっていうのもそうだが、逆にこうやって日本語でルーマニアや東欧について書いていったり、アルバニア語とかスロベニア語とか東欧の言語を他にもマスターしたり、そうしてまた別の言語で小説や詩なんか書いて、積極的に東欧文学の時代ってやつを手繰り寄せたい。
――有名になったら東欧文学の翻訳者と対談したりなんかして、東欧文学について思う存分語るなんて場も作りたいよ。東欧の想像力と何かコラボレーションできたらとか、そんなことを思ったりする。続きを読む投稿日:2023.06.11
公立の小中学校で非常勤講師として5年ほど勤めたことがあるのですが、私にはとても異様な場所に思えました。「言われたことを言われた通りに出来ること」が一番の評価ポイントで、それが国語算数なら最上級。あとは…走るのが速いか、球技が上手──それ以外はみんな並。特に褒められることはない。帰りの会が特に異様で、「さぁ、キラキラタイムです。何かありますか?」「はい!◯◯さんが、⬜︎⬜︎さんが筆箱を落としてしまった時に拾うのを手伝ってあげて偉いと思います!」みんな拍手‼︎…気持ち悪い… 学校なんて、行けない(または行かない)メンタルの方が普通なんじゃないかと私は思う。まぁ、そんなだから、5年で病んでしまったんでしょうけど。
千葉在住ってことで親近感と好奇心で読んでみました。著者の語学感覚は突き抜けすぎてて理解できなかったです。でも、それほどすごい感覚があるからこそ、手探りでもルーマニア語を身につけることができたんだということはよく分かりました。そういう、何かに突き抜けた人がその能力を存分に伸ばせる環境が学校にあるといいのに。続きを読む投稿日:2024.04.06
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