りかさん(新潮文庫)
梨木香歩(著)
/新潮文庫
作品情報
リカちゃんが欲しいと頼んだようこに、おばあちゃんから贈られたのは黒髪の市松人形で、名前がりか。こんなはずじゃ。確かに。だってこの人形、人と心を通わせる術を持っていたのだ。りかさんに導かれたようこが、古い人形たちの心を見つめ、かつての持ち主たちの思いに触れた時――。成長したようことその仲間たちの、愛と憎しみと「母性」をめぐる書下ろし「ミケルの庭」併録。
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商品情報
- シリーズ
- りかさん(新潮文庫)
- 著者
- 梨木香歩
- 出版社
- 新潮社
- 掲載誌・レーベル
- 新潮文庫
- 書籍発売日
- 2003.07.01
- Reader Store発売日
- 2022.05.27
- ファイルサイズ
- 0.6MB
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この作品のレビュー
平均 4.0 (313件のレビュー)
-
あなたは、「りかさん」を知っているでしょうか?
う〜ん、『りかちゃん』なら知ってるけど、違うのかなあ…そんな風に思う方もいらっしゃるでしょう。では、そんなあなたの思う『りかちゃん』だったとして、
…
あなたは、『今抱いているりかちゃんから声が聞こえた』としたらどう思うでしょうか?
う〜ん、”Hi!Alexa!”とか”Hey!Siri!”と同じで人形の体内にAIが埋め込まれているのかなあ、今の時代であればそんな風に答える方が多そうです。また、そんな答えに何の違和感もありません。
科学技術の進歩には驚かされるばかりです。人形に話しかけて、そんな人形が返事をしたとしても大人も子供もなんの違和感を感じないという現代社会。ほんの20年前の時代からしても、それは魔法と言える出来事でもあります。
しかし、この世にはそんな科学技術の進歩だけでは説明できないことも多々あります。そして、人はそんな事象をファンタジーという言葉で一括りにします。そんなファンタジーの事ごともやがて科学技術の進歩で説明できる未来が訪れるのか、それは今は誰にもわかりません。
さて、ここに”Alexa”も”Siri”も動作していないのにも関わらず、『りかちゃん、しゃべれたのかあ』と主人公の ようこが驚く『真っ黒の髪の市松人形』が登場する物語があります。「りかさん」という名のそのお人形。そんなお人形と『なじんでおつきあいが始まった』ことで、ようこは『ほかの人形の気分も分かるようになっ』ていきます。この作品は、そんな ようこが数多のお人形の話を聞く物語。そんな話の中にお人形の裏に隠されたさまざまな人たちの存在を感じる物語。そしてそれは、そんな お人形たちが経験してきた事ごとの中に、出会ったことのない人たちのさまざまな思いを感じる物語です。
『ああ』と、『一人になってしみじみと箱を覗』いて、悲しいため息をつくのは主人公の ようこ。『母さんの前では』『がまんしていた』ものの、『がっかりのあまり、涙が出そうだ』と思う ようこ。『リカちゃん人形が欲しかった』ようこの元に届いたのは、『真っ黒の髪の市松人形だった』という展開に『なんでこんなことになったんだろう』と、ようこは『おばあちゃんとの電話のやりとり』を思い出します。『今度のお雛祭りに』欲しいものはあるかと訊かれた ようこは『「リカちゃん」が欲しいの』と答えるも『なんだえ、それは』と答えたおばあちゃんに『お人形よ』と説明した ようこ。『人形なら、ようく、知ってる』と言うおばあちゃんの『妙に力強い言い方を、少し変には思った』という ようこの元に届いたのは、『半紙に「りかちゃん」と書』かれた『古い抱き人形の箱に』入った『市松人形』でした。『こんなの、リカちゃんじゃない』と『みじめな気持ちで』ベッドに入った ようこ。そんな ようこの姿を見て母親は『おばあちゃんに電話をかけ』ます。『今日、お人形届きました』と言う母親に『説明書はちゃんと読んでいるようだったかい』と訊くおばあちゃん。電話を切った母親は、『人形の説明書って何だろう。あれ、からくりでもあるのかしら』と『首をかしげ』ます。(視点が切り替わり、)『今日からここが私のお部屋ね』と思うのは、お人形の『りかちゃん』。ベッドに ようこが『背を向けて眠っている』のを見て『がっかり』するものの、『ようこちゃん、つらいね』と『りかちゃんは同情』すると同時に祈ります。それによって『部屋に漂っていた「悲しい切ない」粒つぶが、急に小さくな』ります。『祈る力のある人形』でもある『りかちゃん』。そんな『りかちゃん』は『だいじょうぶよ、麻子さん。私、きっとようこちゃんとうまく行く』と遠くのおばあちゃんに語ります。(視点が切り替わり、)『朝、目覚めた』ようこは、『部屋の感じが普段と違っ』ているのを感じ、『風の吹き抜ける草原の朝の気持ち良さ』の中、『おかしいなあ』と思います。そんな ようこは『昨日届いた人形』を箱から出し、『りかちゃん』と呼びかけ抱きしめます。そして、母親から説明書の話を聞いた ようこは『朝は着替えさせて髪を櫛で梳き、柱を背に、お座布団に座らせておきます…』と細かく書かれた説明書を読み『新しいペットが来たみたい』と感じます。そして、一週間後、『りかちゃん』を抱いて客間の横を通ると、『障子の向こうが妙にざわついている』のを感じた ようこ。しかし、開けるのを躊躇する ようこ。そんな時、『だいじょうぶよ』と『りかちゃん』がしゃべりました。『うわ、りかちゃん、しゃべれたのかあ』と驚く ようこ。そして、『私のことを、りかさん、と呼んでくださらない?』と言う『りかちゃん』の希望に従って「りかさん」と呼ぶようになった ようこ。そんな ようこが体験するファンタジーな世界が描かれていきます。
“雛祭りに ようこがおばあちゃんからもらった人形の名は「りかさん」。生きている人間の強すぎる気持ちを整理し、感情の濁りの部分を吸い取る力を持った「りかさん」と ようこのふれあいを優しく描いたファンタジー”と内容紹介にうたわれるこの作品。そんなこの作品の作者である梨木香歩さんは、”云い忘れたが、私の名前は綿貫征四郎”という物書きを生業とする主人公・征四郎の前に亡くなった友人の高堂が船を漕いで掛け軸の中に現れる「家守奇譚」など独特な世界観の作品、他に替え難い魅力溢れる作品を多々刊行されています。そんな梨木さんがこの作品で描くのは、『うわ、りかちゃん、しゃべれたのかあ』と、言葉を話し、人と心を触れ合わせることのできる人形、「りかさん」が登場する物語です。主人公の ようこと、人形たちが語らう世界が描かれていくその世界は、まさしく和風ファンタジーです。
人形がしゃべるという衝撃的な事象を目の前にしたらあなたはどうするでしょうか?普通ならそんな恐ろしげな人形を手放して逃げるが勝ちとなるように思いますが、主人公の ようこは『かぐや姫でも抱いているような気分』と感じ、「りかさん」と自然に関わっていきます。『ようこちゃんが私とお食事するようになってから、今日で七日、今夜は七日目の夜ですから。だから、ようこちゃん、私がしゃべりかけても、それほど気味が悪くないでしょう』という『りかさん』の問いかけに『ほんとだ』と馴染む ようこ。そして、そんな「りかさん」との心の通じ合いが始まったことで、『ほかの人形の気配も分かるように』なっていく ようこが見る世界はたまらなく魅力的です。物語は、〈養子冠の巻〉と〈アビゲイルの巻〉の二つの章から構成されていますが、そこにはさまざまな人形たちが登場し、その人形たちが抱えるさまざまな悩み、苦しみが語られていきます。私が特に印象に残ったのは次の三つの物語です。
・『りかさん、ほら、あの西洋人形の話が聞きたい』と手にした『ビスクドール』が、『生まれたのはフランスなの。お店のショーウィンドウで、日がな一日、外を眺めていた…』と語る先にまさかの展開を経て日本へとたどり着いたビスクドールの物語。
・『男雛をはじめ、何体かは鼠に齧られてしまっ』たため、知り合いからもらったり、『父さんが自分の実家から男雛だけこっそり持って来た』りした混成の雛飾りは『別々につくられたお雛さまたちが、一つのセットになってしまった』ことで不協和音の中にいました。そんな中で『もの思いに沈』む男雛。そんな雛飾りたちに足りなかったあるものによって『あな、めでたや。 と、雛壇じゅうが歓喜の声をあげた』という物語。
・『日本という東洋の国へ、親善のために送られる人形なの』というアビゲイルが送られたその先に、『あなたの故郷のアメリカとこの日本の国の間で戦争が起こってしまったの。あなたの身の上にも何が起こるか分からないわ』という戦時中の衝撃的な出来事に思わず息を呑む『親善大使』の人形に起こる運命の物語。
そこには、人形というものに心があるとするからこそ見えてくるさまざまな物語が次から次へと展開していきます。そんな人形たちの世界を見て、主人公の ようこはこんな風に感じます。
『同じ異界のものでも、幽霊と言われると気味悪いのに、不思議にさっきの人形たちが繰り拡げた世界は、ようこにはおもしろくあっても、怖いという気はあまりしなかった』。
そう、人形たちから逃げることなく、そんな人形たちの話を丁寧に聞き取っていく ようこは、『怖くはない。怖くても当然だけれど。向こうの世界の案内人のようなりかさんが付いているからだろう』と、「りかさん」の存在の大きさを感じていきます。『ベッドの中で、ようことりかさんは長いお話をした』とさまざまな話をする日々の中に、やがて『りかさんに連れられて、変わった演し物をしている劇場に行ったような印象だった』とさえ思うようになる ようこ。そんな ようこと共に人形たちと当たり前に心を通じていくことが読者にとっても当たり前の感覚になっていくのがとても不思議です。いつしかそんな物語世界にどっぷりと浸っている自分自身に気づくとともに、この物語世界にいつまでも浸っていたい、そんな風にも感じました。
『人形にも樹にも人にも、みんなそれぞれの物語があるんだねえ、おばあちゃん』と訊く ようこに『そうだね。哀しい話も、楽しい話もあるね』と返すおばあちゃん。そんな二人の会話の先に展開する人形たちと触れ合う主人公・ようこの摩訶不思議な体験が描かれるこの作品。そこには、『りかちゃんは祈る力のある人形なのだ』という主人公・ようこと共にある「りかさん」の存在がありました。『その存在自体、不思議の固まりのようなりかさんが不思議だと言うのを聞くのは、とても不思議な気分だった』といった絶妙な言い回しの数々にも強く魅かれるこの作品。不思議世界を当たり前の感覚の中に描くことで不思議感がさらに強調されもするこの作品。
和風ファンタジーの魅力溢れる世界にどっぷりと浸らせてくれた、梨木香歩さんの絶品だと思いました。続きを読む投稿日:2022.11.05
『からくりからくさ』の蓉子がりかさんと出会った頃の話とマーガレットの子が生まれた後の話。「養子冠の巻」と「アビゲイルの巻」は人が人形を幸せにすることで人形もまた良い性質を持つことが何処か育児のようだっ…た。「ミケルの庭」は蓉子と下宿人が赤子の面倒を見る話で母性と人形を愛する心はやはり似ているのかも知れない。蛇足だけれどマーガレットの人形や子供への頑さは世界への違和感や抵抗感にも思える。続きを読む
投稿日:2024.03.21
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