からくりからくさ(新潮文庫)
梨木香歩(著)
/新潮文庫
作品情報
祖母が遺した古い家に女が四人、私たちは共同生活を始めた。糸を染め、機を織り、庭に生い茂る草が食卓にのる。静かな、けれどたしかな実感に満ちて重ねられてゆく日々。やさしく硬質な結界。だれかが孕む葛藤も、どこかでつながっている四人の思いも、すべてはこの結界と共にある。心を持つ不思議な人形「りかさん」を真ん中にして――。生命の連なりを支える絆を、深く心に伝える物語。
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商品情報
- シリーズ
- からくりからくさ(新潮文庫)
- 著者
- 梨木香歩
- 出版社
- 新潮社
- 掲載誌・レーベル
- 新潮文庫
- 書籍発売日
- 2002.01.01
- Reader Store発売日
- 2022.05.27
- ファイルサイズ
- 0.7MB
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この作品のレビュー
平均 4.0 (329件のレビュー)
-
大人なあなたは、同世代の友人の家で食事をしようとなった際に、そこに『人形』のための席が用意されていたとしたらどう感じるでしょうか?
人はさまざまな価値観をもってそれぞれの毎日を生きています。それぞれ…がこれが正しいと思うことを信じて生きています。しかし、表面的な付き合いの中では、そんな価値観はある意味オブラートに包まれて見えにくくもなっています。一方で関係が深くなればなるほどに、そんなオブラートの内側が垣間見えるようになってもいきます。それぞれの住まいを訪れるという行為は、訪問を許した側が、そんなオブラートの内側への侵入を許すことでもあり、そんな訪問はその人の、より素の姿を見ることのできる貴重な機会だと言えます。さらに一歩進んでその人と共同生活を送るようなことになったとしたら、素と素のぶつかり合いの中に関係性はより深まっていく、もしくは深めていくことのできる機会が生まれたと言えます。
そんな場において、テーブルを囲むのは『計六人になるはずなのに』、何故か『しつらえられた席』が七人分だったとしたら、”何故?”という思いが浮かぶのは当然です。そんなあなたが、そのプラス一人分の席が『人形のためのもの』だと知ったとしたらそこに何を思うでしょうか?あなたが抱く疑問に対して、『小さいときからこれが我が家の習慣』と言われたとしたら…。
この作品は、あることがきっかけで一つ屋根の下に暮らすことになった四人の女性の暮らしを描く物語。そんな四人の暮らしの中に一体の『人形』が確かな存在感を放つ物語。そしてそれは、そんな四人の暮らしの中に、『人はきっと、日常を生き抜くために生まれるのです』という言葉の意味を噛み締めることになる物語です。
『今日は祖母が死んで五十日目だ。昨日が四十九日だった』という日に、祖母が暮らした家の鍵を開け、掃除を始めたのは主人公の蓉子(ようこ)。『久しく人気のなかった家の畳はうっすらとほこりを積んでいた』という中、雑巾もかける蓉子は、一通りを終え、『さあ、次はりかさんだ』と、二階にある『祖母が「お人形部屋」と呼んでいた』部屋に入ります。『長持のような桐の箱を引っ張り出し』、『りかさん、起きて。開けるわよ』と、蓋を開けると『柔らかい羽二重の生地に包まれて』『りかさんは眠ってい』ました。『いやだ、りかさん、どうしたの、人形みたい』と声をかけるものの何の反応もないのを見て『りかさんはまだ帰ってきていないんだ』と蓉子の心は沈みます。そして、『祖母の家からりかさんを抱えて帰』った蓉子に『何も変わったことなかった?』と母親の待子が話しかけます。そんな待子は『いつまでもあのままにしておくわけにはいかない』と祖母の家のこれからのことを話します。『女子学生の下宿はどうかしら』と言う待子に『いいわ。私もその下宿人の一人にしてくれるんなら』と提案する蓉子。そして、父親の了解も得られ、『蓉子の独立』が決まりました。『昔から染めものが好き』という蓉子は、『二階を下宿人の個室に、一階の一部を蓉子の工房にすれば両方のニーズが満たせる』と考えます。一方で『あの古い日本家屋に喜んで来てくれる若い娘さんがいるかどうか』を心配し、ため息をつく待子。そんな母親に、『アメリカから鍼灸の勉強のため日本に来てい』て、蓉子とは、英語と日本語を教え合っている仲のマーガレットのことを提案する蓉子。下見をしたマーガレットはすぐに住むことを決めます。そして、残りの二人も『案外早く見つか』ります。『蓉子の通っている染織工房』に通う美大生の内山紀久(うちやま きく)と、佐伯与希子(さえき よきこ)です。『機を織る音』と『織機を置くスペース』に困っていた二人。そして、『四月に入って大学が始まる前に引越しをすまそう』と、相次いで引っ越してきた三人。そして、『荷物も運び入れて一段落した夜』に、『蓉子の両親がささやかな歓迎の宴を開』きました。『蓉子とその両親、下宿人の三人で、計六人になるはずなのに』、場となる居間のテーブルに『しつらえられた席』は七人分であることを不思議に思う『紀久と与希子』。そんな残りの一席は『蓉子の人形のためのもの』でした。『蓉子が小さいときからこれが我が家の習慣』と言い訳する両親。そして、席に座った人形を見て『りかさんっていうの?このお人形』と訊く紀久に『そうです』と『生真面目に答える』マーガレット。そして、『最初にりかさんがきたのはね…』と、蓉子が『りかさん』との出会いを語り始めました。そして、そんな女性四人と『りかさん』が一つ屋根の下で暮らす日々が描かれていきます。
“古い祖母の家。草々の生い茂る庭。染め織りに心惹かれる四人の娘と、不思議な人形にからまる縁。生命を支える新しい絆を深く伝える書き下ろし長篇”と内容紹介にうたわれるこの作品。すべて平仮名で「からくりからくさ」と書かれた書名が和の雰囲気感を強く醸し出しています。では、そんな内容紹介に上げられたポイントを順番に見ていきましょう。まずは、蓉子たち女性四人が暮らすことになった家の”草々の生い茂る庭”です。『町中ではあるけれど…ほら、庭がわりと広いじゃない』という蓉子に『ジャングルみたいよね』と与希子が茶化す庭にはさまざまな野草が繁茂しています。そんな『野草のアクのとりかたや料理』のコツを掴んできた四人は『タンポポ、ノゲシ、ヨメナなど』『多分キク科と見当がつくだけの名も知らぬ雑草でも、平気で食べてしまう』ようになります。『カラスノエンドウ、スズメノエンドウなどのマメ科の植物』は、『あえ物にでも油いためにでも使う。菜飯にもする』と利用します。一方で『てんぷらは一番おいしいけれど、結局その野草の持つ風味が薄くな』ると思い至り、『次第に面白味がなくなった』と繰り返し食べるが故の感覚も生まれてきます。そんな風に庭の植物を食用に楽しむ中で『全部摘んじゃうのは、惜しいくらいね。根っこごとひっこぬく、なんて蛮行はできないわ』とまさかの感覚が生まれる一方で『さすがに野草園にしておくつもりもない』と意見が分かれる四人。結局、『庭を四等分してそれぞれの管轄に』することを決めました。この植物に対峙する感覚は梨木さんの代表作でもある「西の魔女が死んだ」にも感じられるものです。とても梨木さんらしい雰囲気感がよく出た場面だと思いました。
次に”染め織り”です。そもそもが『染めもの』が好きで、その工房を設けたいと引っ越してきた蓉子、そして美大生の紀久と与希子が暮らす中では、『染めもの』の話題が出るのは必然と言えます。幾つもの場面が登場しますが、『植物園で、桂の大木が切り倒されることになった』というその木をもらって染めていく様はその工程が素人にも分かりやすく表現されています。『枝葉を払って車に詰め込んできた』という桂を手にした三人。『枝葉をざっと洗い、細かく切り刻む準備にかか』り、『割合に早く事が進み、大鍋に煮出すところまでい』きます。そして、『ステンレスの大鍋の様子を見、染め棒でかきまわす』蓉子は、タイミングを見計らい『火から鍋を降ろし、ざるにあけた。漉した染液に、糸束を浸け、ゆらゆらと染め棒で染み込ませる』と工程を進めます。そして、『鉄媒染で、多分、紫黒色』という『媒染液を用意』し、布を浸け、引き上げます。しかし、それを見て『ああ、どうも、これは…』と落胆する蓉子は、『紫黒というよりは、闇に近い、迷妄のような紫だった』という染め上がりを見て『おかしいわ、前、桂でやったときは…。これだから植物は…』と思います。そんな言葉の後に『あてにならない』と続けようとしたところを、その場にいた神崎に『こたえられないね』と言葉を括り上げられる蓉子。そんな会話の中に、思わず『にっと笑って神崎を見た』蓉子…と続くこの場面。『染めもの』の難しさと面白さを読者に絶妙に垣間見せてくれる場面だと思いました。
そして、そんな物語で欠かすことのできない存在、それが、”不思議な人形”という『りかさん』の存在です。『りかさんは、もともと蓉子が昔、祖母から貰った人形だ』と紹介される『りかさん』。その経緯は「りかさん」の中で存分に堪能できますが、面白いのは「りかさん」単行本の刊行が1999年12月にも関わらず、この「からくりからくさ」単行本の刊行はそれに遡ること7ヶ月前。1999年5月という点です。刊行順に読まれた方はこの作品の衝撃的な結末を先に読んだ後、『りかさん』の過去を遡るように、蓉子との出会いを読むことになり、何とも不可思議な読書を体験されたことになります。また、「りかさん」文庫本の後半には〈ミケルの庭〉という短編が収録されていますが、これは実はこの作品の後日談になっています。この辺り、説明なしに順不同で読むと全く意味がわからなくなります。この辺りなんとかならないものかと思いますが、これから読まれる方のために、ここに読む順番を記しておきたいと思います。
①「りかさん」: 幼き蓉子(ようこ)がおばあちゃんから『りかさん』をプレゼントしてもらう物語。
②「からくりからくさ」: おばあちゃんの死後、おばあちゃんの家に友人等三人と四人で暮らす蓉子の物語。『りかさん』も一緒。
③〈ミケルの庭「りかさん」に同録〉: 一歳になったミケルを置いて”中国に短期留学に行ってしまった”母親の代わりに育児をする蓉子たちの物語。
④「この庭に ー 黒いミンクの話」: 〈ミケルの庭〉のさらなる続編。
ということで、流れからするとこの作品は『りかさん』四部作?の中間にあたる物語となります。そんな物語では、前作「りかさん」と大きな違いをもって『りかさん』が存在します。それが、『りかさんはまだ帰ってきていないんだ』と、蓉子の心が沈んでいく様が描かれるように、前作「りかさん」と異なり、会話をしない、蓉子と心を通わせることのない『りかさん』の存在です。前作を読まれていない方には何を言っているのか意味不明かもしれませんが、実は人形の『りかさん』は、主人公・蓉子と会話をするのです。そして、「りかさん」での会話の光景がこの作品ではこんな風に説明されます。
『りかさんの声は、耳からではなく、蓉子の目と目の間、つまり顔の正面から入ってくる。父母はりかさんの声が聞こえないようだった』。
「りかさん」の中で二人が会話をする場面は幾度も描かれますが、その情景を詳述するこの記述は、「りかさん」を読んだ読者に、そういうことだったのか!と貴重な”解説書”の役割りも果たしてくれます。
『りかさんと祖母と蓉子は、秘密結社のような濃密な時間を共にした』という蓉子の幼き日々。そして、『蓉子の学校生活が忙しくなるに連れてその濃密さは薄れていったが、それでもりかさんの存在は蓉子にはかけがえのないものだった』と補足されていくそれからの蓉子と『りかさん』の関係性の描写はとにかく貴重です。そして、そんな『りかさん』が今作でしゃべらない原因がこんな風に語られます。
『人形は傍らに人間がいなくなると、「冬眠」のような状態になるのだそうだ。今回はどうだったのだろう。そういえばりかさんは「お浄土送り」をするとは言ったが、帰ってくるとは言わなかった。けれど別れの挨拶もなかったのだ…』。
おばあちゃんの死により『りかさん』に起こった大きな変化。その先に描かれていく物語は、『りかさん』という存在がただの人形にすぎない現実を見る物語が描かれているとも言えます。しかし、それを読む読者がそこから感じるのは『りかさん』の確かな存在感です。『りかさんは人形だけれど、命がある』というその存在はおばあちゃんの家で暮らす三人にとって、そして当然ながら蓉子にとって、一人の人間の存在同等の大きさで語られていきます。そして、この存在感の大きさこそがこの物語の読み味を決定付けます。世界観は全く異なりますが、四人の女性が一つ屋根の下で暮らす物語というと、三浦しをんさん「あの家で暮らす四人の女」が思い浮かびます。そんな物語にも人ではない”カラスの善福丸”が登場し、この存在が物語の印象を間違いなく決定付けていました。人間四人という安定感のある構図ではなく、人間四人+αの構図が物語を面白くしていく、そんな構成の妙をこの作品にも同様に感じました。
そんな物語は、上記した、庭の植物を食す、染めものに執心する、そして存在感のある『りかさん』についてさまざま場面で言及がなされるという構図の中に一つ屋根の下に暮らす四人の女性の日常生活が描かれていきます。それで結末までいけばこの作品はある意味書名の和の雰囲気感の上に平穏な四人の女性たちの日常が描かれた物語となるのだと思いますが、実際には後半に進むに従ってどんどん不穏な空気が差し込み始めます。どの点を衝撃と捉えるかは人によると思いますが、私が呆気に取られたのは、
『トルコ政府がクルド人に対して彼らの言葉の使用の禁止をはじめ… 民族アイデンティティを抹殺し去ろうとしている…』
唐突に登場するまさかの『クルド人』問題が俎上に上がる衝撃的な展開です。それは、ある人物の手紙の中に登場するものですが、その手紙全文がひたすらに続くその後に『長い手紙だった』という一行から次のパラグラフが始まる通り、それまで読んできた作品の世界観を一気に変えてしまうだけの文章量をもってこの『クルド人』に関する物語が全体の雰囲気を支配していきます。その一方で、物語は、これまた予想だに出来ないまさかの展開をもって、不穏な空気感の中にスピードをどんどん上げて一気に幕を下ろします。この幕の下ろし方は衝撃的であり、これには度肝を抜かれました。ネタバレになるのでこの詳細に触れることはできません。しかし、この作品のブクログのレビューを見るとその評価は完全に二分しています。もちろん人によって受け止め方は異なるとは思いますが、少なくとも私には特にこの『クルド人』問題の登場は、広い意味で作品のテーマに結びついているとわかった上でも、それでも最後まで異物感が拭えませんでした。
『人は何かを探すために生まれてきたのかも。そう考えたら、死ぬまでにその捜し物を見つけ出したいわね』と言う紀久の言葉に『本当にそうだろうか。それなら死ぬまでに捜し物が見つからなかった人々はどうなるのだろう』と思う蓉子。そんな蓉子が『私が探しているのは、隠れているりかさんなのだろうか』と自問する姿が描かれていくこの作品。そんな作品では、蓉子を含め、おばあちゃんの家で暮らす四人の女性の日常が描かれていました。前作「りかさん」の強い印象から読者もそんな『りかさん』の姿を物語の中に探してしまうこの作品。
さまざまな要素が盛り沢山に書き記されていく物語の中に、『人はきっと、日常を生き抜くために生まれるのです』という梨木さんの拘りを強く感じた、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2022.11.07
生活を共にする四人の女性。それぞれの先祖や関係が一つの模様のように複雑に織られる。彼女達は自ら自分達のルーツを知ろうとする。それは作中で語られる手仕事を営んできた女性達のようでもありながら異国からの手…紙で語られるアイデンティティーを剥奪されまいとするクルド人のようでもある。連続しながら変化すること。私もまた何かを引き継いで何かを残すのだろうか。続きを読む
投稿日:2024.02.02
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